第八十九癖『試合の終わり、高みからの激励』

「焔衣兼人、そして煙温汽。素晴らしい試合を見せてくれたことを心から感謝する。大儀であった!」

「い、いえ。そんな……」

「はい! こちらこそ良い経験が出来ましたです!」


 試合が終わり、目の前で俺たちのことを褒めてくれるマスター。いやはや喜んでくれたようでなにより。


 これにはほっと安堵のため息をつくばかり。もっともマスターの目の前でため息なんか吐けるわけないから心の中でだけど。


「俺たちからも改めて良い試合だった。今年のベストバウトだな」

「ええ。技も様々な種類を満遍なく使えていましたし、特に暴露撃と解放撃の衝突。あれの余波を抑えるのにこっちも暴露撃を使わせたのは良かったわ。80点の出来ね」


 試合を最も近くで見ていた閃理と舞々子さんからもお褒めの言葉をいただく。

 戦いに厳しい舞々子さんから高得点を得られるってそうそう無いからな。貴重な体験である。


 もう一度言うが俺と温温さんの試合は終わった。

 お互いに必殺の一撃を打ち合い、会場を文字通り沸かせて有終の美を飾った……温温さんが。


 そう、またしても俺の負けである。悔しいがあの一騎打ちを制したのは向こうだったのだ。

 技をぶつけ合った一部始終……それを思い返そう。












「焔魔大熱斬!!」



昇華爆水ションファバオシュイ!!」



 炎と蒸気のぶつかり合いは、例えるのならばそこに爆弾が落ちてきたと言わんばかりの衝撃を生み出した。


 それはもう凄まじく、技を撃った俺が吹き飛びそうなほどの風圧に熱、そして砕けた舞台の破片が飛んできたくらいに。


 剣の加護を得ていない生身なら間違いなく大怪我に繋がる威力。よく分からないが多分水蒸気爆発の類いだろう。

 どういう原理で発生するのかまでは覚えていないが、水蒸気が関連する現象であることは分かる。


 聖癖剣の技として放たれた炎と蒸気それらには相当の圧力もかかっているだろうし、条件は大体揃ってたと思う。


「ぐっ……!? まだまだァ!」


 技の衝突からの大爆発。それだけで勝負か決まりかねない現象ではあったが、俺は再び反動無視からの突撃を仕掛けた。


 相手は上位剣士一歩手前の強さ。おまけに悪癖円卓マリス・サークルを倒すために羞恥心まで捨てる度胸の持ち主なんだ。

 きっと耐えているに違いない。警戒は最後まで怠りはしねぇ!


「うおおおおお──……って、あれ?」


 一面を白くする蒸気の塊を突っ切って、温温さんがいたであろう場所へ。


 剣を振りかぶってとどめを刺しに行った時、そこにある変化を知る。

 そう、またいなくなっていたのだ。この発生した蒸気に再び紛れ込んでいるらしい。


「二度も同じ作戦が通じるか! 焔魔熱喰!」


 俺はもう一度開示攻撃を発動して蒸気から熱を吸収する。

 瞬く間に消えていく白煙の蒸気。こいつを奪えば温温さんの蒸気化を強制的に解除される。


 また裸にしてしまうのはやぶさかだけど、決着がかかってる以上気にしちゃいられない。

 姿を現したらすぐに剣を突きつけてやる。今度こそ俺の勝ちだ、温温さん!


 急速に消えていく蒸気の塊はあっという間に舞台の上から消え去る。割れた地面を水が濡らし、剣士の姿を露わにする──はずだった。


「あれ? 温温さんが出てこない!?」


 何ぃ……? 熱を奪ったにも関わらず、蒸気化を解けていないだと!?

 辺りを見回して見ても裸の剣士は視界に入ってこない。声すらも聞こえない。


 どういうことだ? まさか今度こそ本当に消えてしまったとか? いや、それこそあり得ない。

 一体どこへ……? 不可解な現象に混乱していると、は姿を現す。


「この勝負、やぱり私の勝ちです!」


 不意に聞こえる温温さんの声。それはから! はっと気付き、急いで上を向いたが時すでに遅し。


 真上から降ってくる蒸気の塊。俺の真横にそれが落ちると、突如として実体化した温温さんが出現。

 そしてすかさず湯烟ゆけむりを俺の腹部に当て、そのまま剣を思いっきり引き裂くように一閃した。


「ぐはぁっ……!?」

「きちんと上見ないと、予想外の攻撃来ますよ。その辺り、まだまだだと思います」


 実践なら致命打になる一撃。剣に殺傷防止のコーティングをしているとはいえ、単純に金属の棒で思いっきり腹を叩かれたようなもの。


 そ、そんな……。我ながら最後の最後に詰めの甘さに嫌気が差す。

 温温さんは爆発の衝撃に紛れ、上空に移動していたんだ。蒸気体となっていれば文字通り昇華して空を浮遊出来るってことか。


 この一撃で倒れないわけがない。我慢して立っても判定は俺の負けになるのは確定。まさか、こんなヘマをしちまうとは。



『そこまでッ! 勝者“昇華の聖癖剣士”煙温汽!』



 マスターによる試合終了の合図。これで交流試合はエンディングを迎える。

 結果は俺の負け……どうにも敗北の女神に愛されているようだ。実に悔しい限り。


 会場に鳴り響く拍手や歓声は勝者の特権。敗者である俺には今のところ無縁なものだな。

 しかし、そんな俺の下に温温さんは近付いてくる。


「焔衣さん、今回の試合、ありがとうございます。とても良い戦いでした。またしましょう」


 倒れたままでいる俺に向けて、そっと手を差し伸べてくれた。

 正々堂々剣士として戦い合った相手に敬意を払うか。何とも殊勝な心がけだぜ。


 それには勿論応えないわけがない。差し出される手を掴み、起きあがろうとする……んだけど。


「あの、温温さん。服着てください……」

「え……哎呀アイヤー!? 見ないでください! 服! 私の服どこですか!?」


 掴むよりも先にそっぽを向かざるを得ない。何しろまた蒸気化したせいで真っ裸なのだから。


 流石に戦闘時以外は羞恥心を捨ててはないようで、指摘したら猛烈に恥ずかしがって遠く離れてしまった。

 おまけに着ていた服が爆発で吹き飛ばされて行方不明になっている模様。こりゃすぐには着れないな。


 各国の剣士が集う大観衆の下、全裸で居続けるわけにはいかないだろう。

 仕方ない。痛む腹部を我慢しつつ服探しを手伝ってやるか。




 こうしてマスターが主催する温温さんとの交流試合は幕を閉じた。

 結果は残念なことにはなったけど、良い経験にはなったとは思っている。


 今回の試合で俺自身のレベルアップを多少なり実感したし、やはり徐々に力は付いてきている模様。

 間違いなく一歩……いや、二歩くらいは前進出来ている気がする。そう信じたい。











 そして現在。試合を終え、マスターからの閉会の言葉も終わると各支部へ観戦者たちを帰すためにメイディさんが奮闘している。


 舞台裏で一息つく俺たち。何というか、今日一日の間ですごい色んなことがあった気がする。


 思えば日向とメイディさんが試合したのも今日の話なんだよな……あんな戦いだったのに少し頭から抜け落ちてたわ。


「おーい、二人とも~! 試合お疲れ~!」


 と、このタイミングでどこからか聞き覚えのある声。これは響だな。

 聞こえた方向を見ると歓迎会参加組の全員がこっちに向かって駆け寄って来ているのが見えた。


 ここは闘技場だからか、やはり控えの部屋と観客席と繋がる道があるっぽい。

 そこを教えられてここへと来たんだろう。わざわざありがたいことよ。


「お疲れさまでした。端から見てもすごい戦いだったと思います」

「そうですね。今なら自分が勝てるかどうか分かりません。それくらい以前とは大違いです!」

「聖癖剣士ってやっぱりすごいね! 現実で起きたこととは思えないよ。んもうめっちゃ興奮した!」

「ありがとな真視、輝井、あと孕川さん。ま、結局俺の負けだけど」


 試合後の俺たちを労ってくれるみんなには感謝だ。

 やはり他から見ても俺はレベルアップしてると見ていいのかもしれない。慢心はせずとも少しだけ誇らしく思っておく。


「あそこで私の聖癖章を選んだのは正解だったわね。『透過』の権能の使い手として誇らしいわ」

「はい。私の権能も相手の属性攻撃に合わせて使用したのも良かったと思います。まさか技の模倣技術まで学んでいるとは……私も精進が必要ですね」


 透子さんと凍原も試合内容に感心している。特に二人の剣が出自である聖癖章を使っているからか、めっちゃ褒めてくれるな。


 前者のは前から使ってみたいとは思ってたし、後者に至ってはメタを読んでの抜擢。選ばれるのはほぼ必然的だった。


 俺も使いたい物を使えて満足である。全部の聖癖章をコレクションしている賢神サマには感謝感謝だぜ。


「すみません。話に割り込むようで申し訳ないんですが、剣の状態をチェックしてもいいですか?」

「剣の状態? ……ああ、そういえば確かに。一応見てもらうか」

「じゃあ、私のもお願いしますです。焔神えんじんの威力に押されかけてたので、ちょと心配です」


 ここで口を開くのは純騎。本業が鍛冶師であるため、試合後のメンテナンスを自ら志願してきた。

 こういう時に鍛冶師が居てくれると助かる。安心して俺と温温さんは剣を純騎に預けた。


 前のようなことになっていなければいいけど。そこはまぁ……剣の頑強さを信じておく。


「……はぁ、あんたも結構やるのね。悔しいけど間近で見て少し納得したわ」

当然トーゼン。何度もメルと閃理と戦ってル。むしろ勝てないのが変」

「メルと閃理の強さは別格だろ……」


 日向に俺の実力を知ってもらったのはいいが、メルからは厳しい意見を貰ってしまった。

 確かに上位剣士二人と毎日訓練してるのに試合の一つも勝てないのはあまり誇れることではない。


 俺とてそろそろ白星を得たい気持ちではあるんだけどな。悲しいが現実はそう簡単に勝ちを与えてはくれないんだ。


 そうこう俺たちが話している裏で上位剣士の二人もマスターと会話をしている。内容はまぁ……何となく察してはいるが。


「マスター、今回の件……焔衣が大変失礼な言動をしてしまったことについて、心からお詫び申し上げます。全て自分の指導不行き届けが原因。後で焔衣にはきつく注意をしますので、どうかお許しください」

「構わん。むしろ今の時代にあれくらい血気のある者がいると知って嬉しいくらいだ。剣があれば本当に私が相手になってやっても良かったのだがな」


 閃理、そして舞々子さんは俺のしでかしたことについて責任者の立場として誠意を込めた謝罪をする。

 一方のマスター本人はそこまで気にしてはいないようだが、発言した内容が少しヤバい。


 剣を持っていれば本気で俺と戦うつもりだったのか……。

 いやまぁ、マスターの剣がどんな物なのかちょっと気になるけど、そうならずに済んで良かったわ。


「取りあえず焔衣兼人をこちらへ寄越してくれ」

「分かりました。……焔衣、マスターがお呼びになっている。待たせるなよ」

「ウェッ!? ま、マジすか……」


 こっそり聞き耳を立てていたら突然のお呼び出し。これにはドキッとするのもわけないこと。

 剣士の会話から引き抜かれ、俺は閃理に引っ張られて改めてマスターを対面する。


 と思ったその矢先、マスターは何と俺の肩を掴んでそのまま少し奥まで連れて行かれた。驚きすぎて悲鳴なんか出せるわけ無いだろ……!


 あまりにも突拍子もない行動に強ばる俺。それを気にすることなくマスターは話をする。


「焔衣兼人、改めて良い試合を見せてくれたことを感謝する。試合を観戦して思ったのだ。君はやはり焔衣カエの孫だということを」

「支部長の時にも言ってましたけど、俺のばあちゃんのこと知ってるんですね……」

「勿論だ。彼女は私の友であり部下であり、そして私に膝を突かせた数少ない剣士の一人だからな」


 気さくな言葉の内容は、俺のばあちゃん……焔衣カエのことについて。


 やはり現役当時のことをマスターは知っているらしい。今が八十代後半と仮定すれば六十年前当時は二十代だし当然か。


 というか膝を突かせたって……いくら当時の話とはいえ相当スゴいことしてないか俺のばあちゃんは!?

 流石は最強の剣士の称号を現代でも欲しいままにしている人だ。桁違いも甚だしいぜ。


「見れば見るほどまるで生き写し……いや彼女を男にしたかのようだ。性格はまるっきり違うようだが」

「メイディさんにも同じ事を言われました。本当に似ているんですね、俺とばあちゃんは」

「写真があれば見せてやりたいくらいだが、生憎そういった物を彼女は嫌っていてな、数少ない当時の姿を写した物も回収されてしまっている。実に残念だ」


 まじまじと俺のことを眺めるマスター。どうやらこのお方もメイディさんと同じく生き写しレベルでそっくりな俺を見て懐かしんでいる様子。


 マスターが言うんだから本当に似ているんだろう。何度もそう言われると気になるのだが、当人の性分のせいで証拠は何も残っていないらしい。


 持って行った後に処分されてなければ祖父家に行けばもしかするとあるかも。もし行くことがあったら探してみるかな。


「今回の試合は残念な結果だったが、私は君に期待しているのだ。カエの孫で焔神えんじんの後継者だからというのもあるが、何より確かな才能が君にある。カエも剣士として天賦の才を持っていたが、その血は君にも受け継がれている。もっと自分に自信を持って良い……慢心さえしなければな」


 なんかめちゃくちゃ褒めてくれるな。嬉しいけど、流石に恥ずかしい。


 にしても才能ねぇ……。クラウディも俺に才能があると言っていたが、マスターにも同じことを言われればきっと事実なんだろう。


 正直そう言われて喜ばないわけがない。内心とても嬉しく思ってはいるが、現実はその才能を開花出来ていないのは事実。


 この試合も結局負けたしな。褒められてすぐ慢心出来るほど俺は図太い神経を持ち合わせていないんだ。

 何となく嬉しさ半分の複雑な気持ちになったところで、マスターは俺の肩から手を離すと小さくため息をついた。


「ふぅ、君とは一度直接話をしてみたかったのだ。年寄りの我が儘に何度も付き合ってもらってすまないな」

「い、いいえ! 謝るのは俺の方です。さっきも閃理が言ってましたけど、マスターともあろう方に失礼なことを言ってすみませんでした。すごく反省してます」


 どうやらこの会話はマスターの希望によるものなのだそう。

 個人的な用事で呼び寄せた上で、一介の下っ端である俺へ丁寧に謝ってくれるとは。本当に変わったお方だ。


 取りあえず謝罪には謝罪で返しておく。平身低頭、深々と頭を下げて先ほどの無礼を詫びる。

 フッと小さく笑みを浮かべたから、多分許してくれたんだと思う。恐る恐るだが頭を上げて前を向く。


「ああ、最後に君の欠点について一言言わせてもらう。報告書によれば闇の剣士を取り逃がした時や、支部襲撃の件で第七剣士を倒し損ねた件。そして先ほどの試合もそう、最後に詰めの甘さが目立つ。戦いが終わっても気を抜かないように」

「は、はい! 気を付けます!」


 マスターは最後に俺の欠点について追及してくる。

 これは耳が痛いな。というかやはりマスター程の人物ともなれば一発で人の難点や短所を見抜けるのか。


 しかし欠点を見透かされているのは実に不味い。俺自身分かっていることだとはいえ、精進せねば。


 こうしてマスターとの会話は激励を以て終了。同時に皆の下へ戻ったタイミングでメイディさんも帰って来ていた。


 全員集合の図。長かったような短かったような……ちょっとしたイベントはこれで終わりだな。


「では皆様、支部へ送り届けますのでこちらをお通りください」


 そしてメイディさんは近くの控え室の扉に触れると、その扉の枠が白く光った。

 権能でどこかに繋げた模様。開けてみればそこは第二会議室の前だった。


 アヴァロンの別荘でないのはちょっと残念。最後にあそこの景色を目に焼き付けておきたかったんだが、我が儘は言えないよな。


「では日本支部の諸君、君たちのおかげで実に有意義な時を過ごせた。特に焔衣兼人と煙温汽、今日はゆっくりと休むと良い。ご苦労だった」

「お礼を言うのはこっちの方です。マスター、今日はありがとうございました」

「はい! こちらこそありがとうございました!」


 ドア越しに最後のやり取り。今回の件について歓迎会参加者全員……特に俺と温温さんを労ってくれた。


 手を振って見送ってくれるマスター。それに対し俺たちも相応の態度で感謝を言葉にする。

 メイディさんの手によって扉は閉じられると、権能が解除。もう扉を開けてもそこにマスターはいない。


 ようやく終わった……。本当に突然の出来事が連続して起きたのは心臓に悪い。

 今日ほど濃密な出来事はきっと無いだろう。それくらい濃い一日だった。


「では私はアヴァロンに戻り片付けをして参りますので、少々離れさせていただきます」

「分かりました。そうだ、もしよければこの聖癖章を地下の保管庫に戻していただくことは可能でしょうか? 何なら俺も同行してこれを戻しますが……」

「承知いたしました。聖癖章も元の場所へ戻しておきます。閃理様もお疲れでしょうから、お休みになられてください」


 そういえば聖癖章のことをすっかり忘れていた。

 試合が終わった後、控えに戻って来た時に閃理へ全部渡しているが、アヴァロンには行けてないから真の意味で返却は出来ていない。


 だがメイディさんは快く返却を請け負ってくれたようだ。渡された聖癖章を全て次元収納に入れると、一瞬でアヴァロンへと消えてしまった。


「はー、なーんか疲れたー。特に心労がねー。ほんとねー」

「何度も謝ったしいいだろもう……。マスターも許してくれたし」

「二度目は無いってことよ、このバカ」


 わざとらしく今回の失態をリフレインさせてくる響。ぐぬぬ、まだ引きずるのかよ、ソレ。


 言い訳がましく反論したら日向に足で小突かれ、他のみんなに笑われてしまった。

 いくら何でもあんまりだぜ。これでも現在進行形で反省してるんだからさぁ。


 とにもかくにも、今日はもう大変に疲れる一日となったな。

 まさか三度も海外に行くとは思わなかったし、色んなピンチも起きてしまった。これだけでもう腹一杯なのだが、それだけに留まることを知らない。


 特にマスター……あの人と普通以上の縁が出来てしまった。祖母である焔衣カエという人物のせいで。

 決して悪いことではなんだけど、二重のプレッシャーがな……。


 マスターの期待に応える、先代の伝説に釣り合う剣士になる。その二つをこなさなきゃいけない気分になっちまったぜ。


「では我々も解散だな。響、寮に戻るなら温温と孕川も連れて行ってくれ。部屋は覚えてるな?」

「もっちろん! それじゃ行こっか。ほら、オージもまみみんも帰るよ」

「もー、待ってくださいよぉ。それでは自分らはこれで。また明日ですね」

「みなさん、今日はありがとうございました! 今日の日はさようならです。また明日会いましょう!」


 閃理の指示を受けて響と輝井、真視の三人は温温さんと孕川さんを寮へ案内するためにここでお別れとなった。


 騒がしさを引き受けていたグループが抜け、残り八人となる。


「では僕も……取りあえず剣は預かっておきます。明日までには調整を終わらせておくので」

「ありがとうな。なんか、支部長の子供ってんだからどう接すればいいのか不安だったけど、案外いい奴で良かった」

「うん、あの人とは同じになりたくないからね……。それじゃあ、また明日」


 次に帰宅の意思表示をしたのは純騎。メンテのために預けておいた剣を持って行かれたが、まぁ心配はあるまいて。


 むしろ最後にぼそりと呟かれた言葉が意味深で心配になるな……。思いの外闇が深そうだし、あえて触れないでおくが。


「純騎、支部長シブチョーと仲良くなイ。理由は知らなイ」

「だからあんた、純騎の前で支部長の話を出すのは止めときなさいよね。嫌われても知らないから」

「マジですかいな……」


 あえて触れない選択をしたけど普通にメルが教えてくれた。親子仲が悪いって闇そのものじゃん……。

 そうか。純騎にとって地雷なのか紫騎ちゃん支部長は。ギクシャクした親子関係って本当にあるんだな。


 思わぬタイミングで個人の闇を知ってしまい、ちょっと雰囲気が暗くなった気分。

 でもそんなことなどお構いなしに次々と帰り始めていく。


「私も帰ろーっと。ほったらかしにしてた自転車の整備をしとかないといけないからね。それじゃ」


 日向も続いて離れた。あいつには特に言うこともないから、去り行く姿に手を振って見送る。


「私たちもここらでお別れです。狐野さんを呼びに行かなければならないので」

「そういえば幻狼のやつ、歓迎会に不参加だったけど何で来なかったんだ?」


 次に二班が帰る模様。凍原曰く、幻狼を連れ戻しに行くらしいが……実はちょこっと気になっていた。


 一度気になってしまえばずっと気にしてしまうのが人のサガというもの。日本支部が誇る二大ネガティブ思考剣士の行方は如何に?


「幻狼くんは支部に戻るといつも描人くんの所に行くのよ。ほら、あの子は絵が好きでしょ? 描人くんは絵描き……所謂芸術家で、絵の先生をしてるのよ」

「芸術家!? そんな人が剣士なんですか?」


 おおーっと? ここでまさかの人物が話に上がる。

 絵之本描人。現状俺が唯一出会えて……いや、正しくはまだ言葉を交わせていない支部の剣士。


 よもやその人と幻狼が仲良しだとは……。そういえば支部に初めて来た時、絵之本描人という人は絵画展だったかに行ってたっけ?


「ちなみに俺もついて行くことは可能で?」

「それは自由だけど行っても会話は多分出来ないわよ? 作品に熱中していて話とか聞いてくれないから、挨拶に行くつもりなら今は止めておくべきね」


 それを聞いた俺は、今回ばかりは素直に引き下がることを決定した。


 もしかしたら結構気難しい人なのかもな。芸術家って変人……もとい普通とは一線を画す性格の人が多い印象があるし。


 仮に会えたとしてもあまり好印象に受け取れないかもしれない。日向の二の舞になるわけいもいかないから、後日改めて挨拶に向かうとしよう。


 そういうわけで二班ともここでお別れだ。これで残ったのは俺たち一班だけになる。


「俺たちも戻ろう。色々あって忘れかけていたが、お前にはさっきの話の続きをしなければならないからな。もっとも、そんな大した内容ではないが」

「確か特命剣士とかの話か。すっかり忘れてたや」


 そういえばそんな話もしてたっけ。もう色んなことが立て続けに起きてたせいでマジで忘れてた。

 特命剣士……閃理が請け負った特命とは何なんだろうな。後でゆっくりと話を聞こうじゃないか。


 そんなわけで俺たちも移動拠点に戻る。大変な一日を過ごし、ようやく一休み出来るようになった。

 今日もまた沢山のことを知り、そして学んだ。良くも悪くも──俺の糧にはなったと思う。


 明日はどんなことが起きるのやら。今の支部には所属剣士のほとんどが集まっているとはいえ、例の一件以降もう安心は出来ない。


 可能なら何事も起こらないで欲しいんだけど……。

 うっすらとそんなことを心配しながら、模造剣で夜練をしてから俺は眠りにつく。


 支部にまで来て闇に襲われることを考えてしまっているあたり、相当警戒してるんだな、俺。

 嫌な癖がついちまったもんだ……。これも直さないといけない箇所なのかもしれない。

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