第八十八癖『戦闘、昇華の聖癖剣士』

 マスターのかけ声によりついに試合が始まった。

 剣を構えていた状況から、俺と温温さんは同時にバックステップで距離を取る。


 最初の動きはお互いに同じみたいだ。相手の先制攻撃を警戒して、まずは様子を伺う戦法を取った。


「警戒心は高めて損はないとはいえ、守備に徹することだけが最適解じゃないですよ!」


 しかーし、俺の剣の性質上ただ黙って相手の様子を伺うのは性に合わない。

 故に……先んじての攻撃! 未知の権能が相手とはいえ、攻めなきゃ勝てないからな!


 剣に炎を纏わせて牽制攻撃。振りかぶって放つ炎の塊は真っ直ぐ温温さんに向かう。


「ふっ! このくらいの攻撃、全然平気です!」


 だが俺の攻撃は湯烟ゆけむりの斬撃によって切り伏せられる。牽制とはいえ中々やるな。

 まぁ今のを直撃で食らうようなら俺の敵ではない。温温さんの実力、確かめさせてもらう!


「今度は私の番です! 湯烟ゆけむりの力、その目に見せつけます!」


 挨拶代わりの一発を退けた温温さんも攻撃に出る。

 一気に俺の方へと攻め込むと、湯烟ゆけむりを使い連続切りを決めてきた。


 ガキン、ガキンと剣を打ち付けあう音が会場に響く。心配しなくともきちんと捌けてはいるぜ。


 ふむ……剣を振るう腕力自体は響や輝井と同じくらいに感じる。決して弱くはないが、強いとも言えない微妙なラインだ。


 実力は上位の一歩手前レベルと聞いているが、パワーはメルや透子さんには劣る。これならいけるんじゃないか?


「攻めるのは俺だって得意ですよッ」

「くっ、すごく重い、攻撃です……!」


 連撃の隙を突き、一転攻勢。今度は俺の剣が温温さんに攻撃を仕掛けにいった。

 基本的に攻め込むスタイルを得意としている俺と攻撃的な力を秘める焔神えんじんの相性は抜群。


 おまけに一発の威力は下手な剣よりも高いってんだから、下手な防御は簡単に打ち破られたっておかしくはない。


 今回もその例に漏れず、焔神えんじんの一撃を受けた温温さんはその威力に思わずたじろぐ。

 対人戦練習では負け越しがほとんどの俺でも、しっかり成長してるってことだ。


 よーし、この調子ならいけるかもしれない。初の白星はマスターの前で勝ち取れるかもな!

 攻撃しっぱなしも体力を使う。だから一旦攻撃を止め、鍔迫り合いの状態にして休憩を挟む。


「焔衣さんすごいです。入て間もないレベルとは思えません。でも、権能のこと忘れないでください!」

「何だって……!?」


 しかし温温さんの言葉を耳に入れたその瞬間、予想だにもしなかった不意打ちが俺を襲う。



【聖癖開示・『温泉』! 立ち昇る聖癖!】



「うわ熱っうぅ!?」


 突如として湯烟ゆけむりの剣腹に刻まれたスリット部から猛烈な勢いで熱い煙が吹き出したのだ!

 これには熱に強い俺もたまらず後退。いや誰だっていきなり熱い煙をふっかけられれば驚くわ。


 一瞬怯んでしまったが、隙を見せてしまうわけにはいかない。何とか体勢を戻して温温さんへ再接近しようとした時──


「あれ、消えた? 温温さんがいなくなった……!?」


 急いで視線を元に戻すが──そこにいるはずの剣士は何故か忽然と姿を消していたのだ。

 しかもただ消えただけじゃなく、剣から出た霧のような煙が立ちこめて周囲の景色をぼやかしている。


 あとこの煙、ちょっと臭う。嗅覚に作用する他の聖癖と併用でもしてんのかな。

 とはいえこれが湯烟ゆけむりの力。ふむ、もしや煙に紛れて姿を消す権能だな?


「でも問題ない! 姿を隠すくらいじゃ焔神えんじんの権能には勝てないぜ!」


 ふふふ、見誤ったな温温さん。もし遮霧さえぎりと同じタイプの権能ならば、熱感知能力を行使すれば場所は簡単に割り出せる。


 もう何度だって攻略してきた技だ。本人には悪いがそれは俺に通用しない!

 すぐに熱感知能力を行使。俺の技で相手を一瞬で見つけ出す────はずだった。


「は!? な、何で……? 熱感知で捉えられない!?」


 それは俺にとっても初めての経験だった。

 サーモグラフィーよろしく熱を視ることが出来る状態であるにも関わらず、いくら周囲を見渡しても温温さんの姿を発見することが出来なかったのだ。


 そんなことあるのか? まさか不調? いやしかし、焔神えんじんが今までそんな風になったことはない。


 都合良く今だけダメになったなんてあり得ないし、ましてや逃亡など出来る状況ではない。一体何が起きてるってんだ!?


「よそ見は危ないですよ!」

「え……ぐはぁっ!」


 この状況に困惑していたら背後から声。振り向く間もなく俺の背中に一撃入れられた!

 嘘だろ……!? ちょっと待て、確かに今後ろに温温さんがいたんだが!?


 もう一度熱感知を使うもやはり相手はどこにもいない。はて、これは一体どういうトリックだ?

 相手は間違いなく近くにいるが、その姿は視認不可。権能を駆使しても捕捉も出来ないときたもんだ。


 何これ、めちゃくちゃ厄介じゃん……。流石は三年でメルや透子さんと同じ上位剣士一歩手前まで上り詰めただけのことはあるぜ。


「くっ……。どこだ? ああもう、匂いも気になって仕方がないな」


 何とか体勢を立て直し剣を構える。熱感知が機能しない以上、頼れるのは本物の目だけ。でも周囲は濃い霧が漂っていて視界がすこぶる悪い。


 おまけにこの霧、ちょいちょい気になってはいたが妙に湿っぽくて熱くて……嗅ぎ覚えのある匂いがする。


 んー……何だろうか、この匂い。なんつーか臭いと呼ぶには微妙だけど、決して良い匂いでもない。

 例えるなら火薬か卵の腐った匂いをマイルドにした感じのが一番近いような……。


 周りに警戒をしつつ、匂いの正体を考えていると、不意にあるワードが脳裏に浮かぶ。




 ──『それがこの剣です。【隠泉剣湯烟おんせんけんゆけむり】……』



 ──『聖癖開示・【温泉】! 立ち昇る聖癖!』




「……あ、この匂い、思い出した。硫黄臭……いや、の匂いか!」


 ビビッと脳裏を駆けめぐるヒントワード。そうだ、これは温泉の匂いで間違いない!

 確か入浴剤でこういう香りの物を使ったことがある。硫黄の……正確にはその化合物の匂いらしいが。


 剣の名前は【湯烟ゆけむり】。つまりこの煙は湯気!

 それも温泉から立ち昇るような熱を持った蒸気というわけか!


 なるほど。これじゃ熱感知が上手く機能しなくなるのも道理。蒸気の温度に紛れて温温さんは移動していたんだ。


「ふっ、だけど仕掛けが分かれば後は何てことない。俺の剣が『炎』の剣だってことを忘れちゃ困るぜ!」


 権能の正体が分かれば攻略法は見えている。温泉は熱湯、熱湯は水が熱を持った物。

 熱湯から立ち昇るのは湯気。湯気とはすなわち水蒸気! つまりそういうことだ。



【聖癖開示・『ツンデレ』! 熱する聖癖!】



焔魔熱喰えんまねつくらい!」


 開示攻撃で俺は熱を吸収する技を発動させる!

 これはいつぞやに敵の体温を奪ったり、プリンを冷やした時に使った技だ。


 焔神えんじんの刃に吸われていく周囲の蒸気。気温が下がり、舞台の上を凝結した水が濡らすという予想通り変化が起きる。


「わわわっ。焔衣さん、一旦止めてください!」

「止めろと言われて本当に止めたらマスターが怒るので止めません! 覚悟!」


 やはり効いているみたいだな。どこからかは分からないが蒸気を奪われて慌てる温温さんの声がした。

 これはお偉いさんが見守る一対一の真剣勝負。待ったは無しだぜ!


按照这种速度,可能真的很危险ヤバい。このままじゃ本当に……!」


 中国語で何か言ったみたいだが、理解出来ないので無視! 最後の一押しで俺は全ての湯気を吸収しつくした!


 これには観客席の剣士たちからもどよめきが湧く。ふふふ、会場の除湿や除熱くらい朝飯前よ。

 これで隠れられる煙はどこにもない。これで真正面から戦える──そう思って振り向いたその時だ。


「さぁ今度こそ勝負しょ──……おおおって何で裸!?」

「……酷いです。止めてて言たのに」


 振り向くと目の前には温温さんが座り込んでいた。……何故か全裸で!


 大きい胸を左腕で押さえているが、今にも溢れそうで直視出来ない。

 だから紳士の俺は急いで視線を逸らす。今は真剣勝負中だけど。


 しかしこれは一体どういうことだ? 別にそういう感じのことをしたつもりはないんだけど……。


 あ、もしかしてさっきの歓声って俺の技にじゃなく、裸で現れた温温さんに向けられたものだったのかな。どっちにしても良いことではないが。


「私の剣、湯烟ゆけむりは『蒸気』の権能です。身体を蒸気にすることが出来ますが、服まで蒸気に出来ません。だから、権能使うと裸になってしまいますです」

「な、なるほど……?」


 シクシクと泣きながら剣の権能を教えてくれた温温さん。いやぁ……あのちょっと、罪悪感がすごいんですけど!?


 なんか会場の至るところから白い目で視られているような……。これ他国の剣士たちに最低の印象付けられてるじゃん絶対。


 と、取りあえず服を渡しておくか……。キョロキョロと見回したら足下に。危うく踏みかけてたぜ。

 それを持ってなるべく温温さんのことを視界に入れないよう近付いた……その瞬間。


「……優しいだけだと足下すくわれますよ」

「へ?」


 ぼそりと何かを呟いた温温さん。すると、次の瞬間にはその身体を蒸気化させて姿を再び消す……。


 ────かと思わせた直後、俺の身体に蒸気が絡みつくと、コブラツイストさながらのロックをかけて実体を取り戻しやがった!


「へへーん。引かかりました。男の人、女の人の涙に弱い。日本人でも同じでした!」

「しまった……!?」


 ま、マジかよ……!? まさか涙で同情……もとい隙を晒させるなんて卑怯だぞそんなの!

 思いの外完璧に決まっている締め技。マズい、脱出出来ねぇ……。


「も、もしかしてさっきのは全部、演技だったのか……!?」

「蒸気吸われたのは焦りました。でも裸にされて泣くようじゃ悪癖円卓マリス・サークルに勝てません。戦いの中で裸見られる覚悟、私きちんとありますです!」


 ギリギリときつく締め付けながら、温温さんは俺の問いに答えてくれる。

 どうやら人前で裸になるのも厭わないらしい。年頃の女性なのに肝が据わっているじゃねぇか……。


 敵討ちのために羞恥心までもを捨て去るだけでなく、卑怯な手だって構わず使っている。

 その覚悟、俺が思っている数十倍も強いかもしれん。ナメてたつもりはないけど想像以上だ!


「ここであなたを倒すこと出来ます。でも、そう簡単に終わらせるわけにはいきませんです。焔衣さん、ここから見事脱出してみせてください」

「ぐ、何ぃ~……!?」


 すると温温さん、俺への情けなのかトドメを刺せられるにも関わらずチャンスをくれやがった。

 コブラツイストが完璧に決まったこの状態を脱してみせろとのこと。余裕見せつけやがって。


 まぁ剣士の戦いなのにプロレス技をかけられてお終い、だなんてことにさせるわけはいかない。当然の判断である。


 本音を言うと試合を続行させるのならそのまま解放してくれた方がありがたいんだけどな。本当はな。


「ナメるなよ温温さん。俺だってこういう状況は何度か経験あるもんでな。当然想定内だ!」


 だが俺とて剣士。おまけに何度も悪癖円卓マリス・サークルと戦った経験がある。


 悔しいがこれについては他の追随を許さない。これまでの戦闘経験が拘束攻撃という手段を警戒しないわけがない。

 対処法は──この手にある! 使い時はここだ!


 温温さんの腕によって動かせない右手に握っている剣に向かって、俺は唯一自由に動かせる左手でそれを投げた。


 拘束中、こっそりとだが俺は準備をしていた。事前に借りていたアレを!

 運命は俺に味方してくれる。だって俺はまだ一度も負けたとは思ってないからな!



【聖癖リード・『スク水』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】



「なっ……!?」


 幸運にもエンブレム部に当たったそれをリードした瞬間、俺の身体は温温さんの身体と拘束をすり抜けて地面へと沈むように消えた。


 そしてすぐさま離れた位置に浮上して着地。なるほど、物体をすり抜けるってのは水中を泳ぐ感覚と似ているんだな。


「すり抜けた!? 一体何の権能を……」

「こういう権能もあるって覚えておいてください。これ、日本支部の先輩剣士の力なんで」


 選んだのは『スク水聖癖章』。透子さんの剣【透瑞剣擦貫スクみずけんすりぬけ】の権能を宿した聖癖章だ。


 物体だけでなく人体でさえも通り抜け、しかも衣服もその影響を受ける。物理的な拘束にはこれが最適解の権能だな。


 振り向けばやっぱり裸のままな温温さん。視界に局部が映らないように俺は手を翳してセーフティーをかけながら向かい合う。


 さっきは不用意に近付いたせいで捕まったんだ。同じ轍を踏まぬよう距離は取っておく。


「流石に悪癖円卓マリス・サークルを倒してるだけはあります。あの噂、本当でした。焔衣さんは強いです」

「別に倒してはいないけど……。とりあえず一旦服を着てください。やりづらくて仕方ないんで」


 俺のことを認めてくれたのは嬉しいけど、その噂は尾びれが付きまくった誤報なんだよなぁ……。

 改めて撤回させたいが今はそれよりも服だ。俺はまず温温さんに服を着るよう頼み込む。


 すると、温温さんは再び蒸気化。一瞬身構えたが散らばる衣服の隙間に入って実体化し、きちんと服を着てくれた。これで視界にセーフティを入れずに立ち向かえる。


 そして続けざまに足下に転がっている『スク水聖癖章』を回収された。

 おっと……これはマズいな。実は剣にリードさせるために投げた後、聖癖章を回収し損ねている。


 言わずもがな強力な権能であるそれを相手に使われるのはかなり痛い。ここから試合は厳しくなるだろう、そう思っていたら──


「これ、忘れ物です」


 ぽーいと投げて返された。あれ、盗られなかった?

 これは意外や意外。嘘泣きという卑怯な手を使うから、てっきり勝つために手段を選ばないタイプかと。


「人の聖癖章、奪たりしませんです。マスターの前なので。その代わりここからより本気で行きます」

「……なるほど。まだまだ続けられそうだ」


 驚く間もなく温温さんは正々堂々とした戦いをすると宣言。嘘泣きはしたくせによく言うぜ。


 でもまぁ盗られなかっただけマシか。戦いはさらに勢いを増していくようだしありがたい。 

 じりじりとお互いに歩み寄らずとも遠ざからず、剣を構えたまま距離を保つ。


 その間に使う聖癖章を選んでおく。一応言っておくが俺たちはそれぞれ何の聖癖章を持っているのか教え合っていない。


 だから温温さんが何の聖癖を使ってくるのか俺は全く分からないのだ。

 むしろ俺の手は一つ見せてしまっているからやや分が悪いんだなこれが。


 そして、最初に動いたのは────


「行きますです!」



【聖癖リード・『湿潤』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】



 温温さんからだ。瞬時に聖癖を読み込ませ、それを一気に振りかぶる。

 剣から解き放たれるは水を纏わせた斬撃の波動。炎の権能である俺に有効だと見ての選択か。


 焔神えんじんとて水の影響をモロに受ければ弱体化する。クラウディとの戦いで改めて学んだことだ。

 シンプルながらも完璧な相性選び。相手の権能をよく見ている証拠だな。


 だが、俺だって対策してないわけはない。有利な属性で攻めてくることくらい予測済みよ!



【聖癖リード・『クーデレ』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】



「凍原の技、ちょっと真似させてもらうぜ! 焔魔氷牙砲えんまひょうがほう!」


 リードして放つのは炎ではなく冷気を纏った一閃。

 これは凍原が氷牙ひょうがに『クーデレ聖癖章』をリードさせることで発動させられる技……の模倣だ。


 俺とて昔に知った技術をいつまでも後回しにするほど面倒くさがりじゃないもんでな。他人の技を模倣する技術は陰でひっそりと磨いていたつもりだ。


 でも技術が未熟故か威力はやっぱり本家に劣る。

 だからその分を焔神えんじんの熱吸収能力でカバーすることで今の技となったのだ。


 ぶつかり合う属性の塊。そして俺の目論見通り温温さんの攻撃は冷気と熱吸収により氷へと形を変え、俺に命中することなく地面に転がる。


「むむ、私の攻撃が……」

「今度は俺のターンだ!」


 相手の技の無力化に成功し、今度は俺の攻撃へ。

 聖癖章は用意しつつ、接近戦へと持ち込んでいく。


 剣戟がなきゃオーディエンスも不満だろう。演じるではないにせよ、苛烈に攻めていく。


 焔神えんじんが纏う炎の連続攻撃。対する温温さんは先ほどの『湿潤聖癖章』を再びリードし、今度は剣に纏わせた。


 剣と剣がぶつかり合う度に炎が水を蒸発させる音が俺たちの間に鳴り、熱された水分が気化して空気を徐々に湿らせていく。



【聖癖リード・『ピグマリオ』『スプリットタン』『擬獣化』! 聖癖三種! 聖癖融合撃!】



「さぁ、俺のとっておきだ。焔魔三幻身!」


 剣戟の隙を見て刹那に仕込んでいた聖癖をリード。こいつらを使うのは久々だ。

 俺の身体から分かれ出る二人の俺。分身の出現に会場もおおっと沸き立つ。


 閃理も認めたこのコンボ。幻影で包み込んだ炎の人型の力を見せつけてやるぜ。


「おおっ、分身の術ですか!? サムライじゃなくてニンジャですね。面白い組み合わせです!」


 これには温温さんも賞賛の声を上げる。ふふん、もっと褒めていいのよ?


 それはそれとして攻撃だ。三人の俺は温温さんの周りをぐるぐる回りながら包囲していき、向ける意識の先をかき乱していく。

 本物の俺はど~れだ。失敗は大火傷の元になるぜ!


「でも私見ました。その分身、炎の塊に焔衣さんの姿を映してるだけ。つまり──」

「ぬっ……!?」



【聖癖リード・『湿潤』『パンチラ』! 聖癖二種! 聖癖混合撃!】



「触ればダメージ。すなわち触らなければいいだけです! 水旋風シュイシュアンフォン!」


 見切ったと言わんばかりに温温さんの混合撃が承認された。


 先ほどから使っている聖癖と一緒に使用したなんとも古典的な聖癖。もう前々時代的で苦笑いせざるを得ないな。


 だが、その聖癖から引き出した権能は苦笑いで済むような軽いもんじゃないようだけど。

 水を纏っていた剣に旋風が追加されると、混ざり合って一体化。まるで小さな竜巻のようになる。


 そしてそれを──振るう! 剣先が指し示した方向に向かって水を纏う竜巻が俺の分身に襲いかかった。

 案の定風圧に負けて幻影ごと分身二体は消失。そのまま俺に向かって竜巻が迫り来る!


「ぶっちゃけ相性悪いけど竜巻対決なら負けねぇ!」



【聖癖暴露・対陽剣焔神ツンデレけんえんじん! 聖なる焔が全ての邪悪を焼き払う!】



焔魔追炎召えんまついえんしょう!」


 あっちが竜巻なら、俺も竜巻だろう! 暴露撃を発動し、迎撃に出る。


 今となっても相変わらず持続時間が短いのがネックだが、今回は聖癖章による混合撃が相手。凍原の時のようになることはない!


 ぶつかり合う技と技。流石に水を纏う竜巻にはいくら暴露撃と言えども相性差が出る。

 若干押され気味だけど……これでもほぼ毎日特訓してるもんでな。昔とはひと味違うぜ!


「いっけぇぇぇぇ! 焔神えんじん!」

「相性は良いはずなのに……押されてます!? ダメ、耐えてください湯烟ゆけむり!」


 全身全霊気合いを込め、俺は焔神えんじんの力を心で後押し!

 そのせいなのか、焔魔追炎召の焔が混合撃の竜巻を押し始めた。


 これには相性を完璧に読んで選んだ温温さんも驚きを見せる。

 聖癖剣士の戦いは属性の相性だけが全てじゃない。使い手の感情が剣の性能にも直結するんだ! 多分!


 俺の想いを込めた技は、最終的に温温さんの攻撃を相殺。炎の熱気と霧になった水が空間に舞う。


「くぉっ……!?」

「隙ありだァッ!」


 竜巻を打ち消し合うことに成功。一瞬怯んだ温温さんの隙も逃さない。

 俺は技発動後の反動クールタイムを無視して突撃。一太刀入れてやろうとした。だが──


蒸気化ヂォンチーファ!」

「んなっ!?」


 剣が温温さんの身体に迫ろうとした瞬間、またもや身体が蒸気化して服だけが残された。

 これにより俺の一撃はスカ。なんとか受け身を取って地面との激突は免れたが。


 こんにゃろぉ……蒸気化すると物理攻撃無効になるの強すぎだろ!

 そういう点は擦貫すりぬけを彷彿とさせる。何て厄介な……!


「今のは危なかたです。それにしても攻撃の反動があるのに動くなんて……。身体に響きますよ」

「これでも多少の無理は何度もやってきてるんで。こんくらいしないと悪癖円卓マリス・サークルには適いませんからね」


 蒸気化から戻り、またもや裸の状態で現れた温温さん。今は気を使ってか蒸気で局部を隠しているが。

 少しだけ驚かれるのも当然で、そもそも技の反動を無視して動くと身体へに相当な負担をかける。


 暴露撃や解放撃のような高威力技には反動が付き物。内容によってはその場でぶっ倒れるリスクも孕んでいるわけ。


 最初のクラウディ戦やウィスプ戦の時が良い例だ。前者は眠るように気絶し、後者は諸々の事情があったとはいえ一切身動き出来なくなった。


 身体を鍛えることで反動を軽減することが出来るものの、俺の場合二ヶ月前と比べかなり仕上がっているが未だ不完全と言わざるを得ない。


 今の俺が反動を無視出来ているのは剣舞の影響かつリスクを軽減してるだけなのだ。正直後が恐いぜ。


「捨て身の動き……なるほど。強さの秘訣、少し分かた気がします。やぱり日本に来て良かた。焔衣さん、あなた最高です!」

「お褒めに預かり光栄~。でも勝つのは俺だッ!」


 この時、温温さんは笑みを浮かべていた。そして言わずもがな俺も同じ。

 これは多分剣士として申し分ないレベルの相手と戦っていることへの満足感故の現象だろう。


 交流試合という枠組みから、お互いの実力を認め合った剣士のコミュニケーションへと変貌。

 勿論マスターのことは忘れちゃいないが、最初のような変に気を使った戦いではなくなっていた。


「いえ! この戦い勝つのは私です! 決着つけましょう!」

「そっちがその気なら俺も! この試合、どっちが勝つのか──一騎打ちで!」


 そうこなくっちゃな! 気持ちの高ぶりが凄まじい今、お互いが最後に決めるのは剣士らしく一騎打ち。

 戦いを越えた先にある結末……それを知りたい!


 さぁ、いよいよ決着の時。高まる緊張が良い感じに気分を高揚させてくれる。

 剣を強く握り、聖癖章を用意。お互いに同じ動作をして睨み合いへ。そして──



【聖癖リード・『ツンデレ』『ツンデレ』『ツンデレ』! 聖癖重複! 潜在聖癖解放撃!】



【聖癖暴露・隠泉剣湯烟おんせんけんゆけむり! 聖なる熱水が滾る穢れ無き領域!】



 承認される技と技。俺は解放撃に対し、温温さんは暴露撃で迎え撃つつもりだ。


 蒸気……つまり『熱』と『水』の権能じゃ流石に相性差があるものの、勝負の行方はまだ分からない。

 俺の解放撃はとにかく高威力。本気で打てば周囲一帯を熱と炎が支配する炎獄に変えるのも容易いこと。


 そうなれば懸念すべき事柄は舞台の外にいる閃理や舞々子さんもそう、オーディエンスに被害が及びかねないところだ。


 まぁやりすぎないよう加減はするけども、どこまで抑えられるかは正直言って分からない。

 とにかく最悪なケースにだけはならないようお祈りしつつ、燃え滾る剣を構えた。



「焔魔大熱斬!!」



昇華爆水ションファバオシュイ!!」



 そして、ついに技が解き放たれる。燃える炎の一撃に『蒸気』の権能はどこまで抗える…………!?

 解放撃と暴露撃、二つの大技の衝突は会場を大きく揺るがすほどの衝撃を生み出した。

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