第八十七癖『華麗に舞えよ、焔の剣舞』

「思いの外早く終わったのは幸いだったが、果たして間に合うだろうか……?」


 仕事を全て片付け終えた俺は急いで歓迎会が開かれている場所を探していた。


 もうすでに焔衣たちと離れてから三十分以上も経過している。

 時間を鑑みるに早ければ終わっていてもおかしくはないのだが、俺が急ぐのには理由がある。


理明わからせ、まだ歓迎会は続いているか?」



【──わからないよぉ】

【──どこにも見つからないよっ】



「そうか。……まさかメイディさんの仕業か」


 何故か理明わからせの権能でも歓迎会が開かれている場所が明らかにされないのだ。


 元々の開催場所であった第二会議室はもぬけの殻。一応痕跡こそ残されていたが、それは片付けた跡でしかない。


 とはいえこの現象を発生させた者の目星はある程度ついている。つい先日、似たようなことが起きたばかりだからな。


 またあの方がどこかへ連れて行ったのだろう。空間跳躍の権能は実に厄介だ。


理明わからせでも捕捉出来ないということは、また海外の可能性があるな。さて、どうするべきか……」


 状況を打開する方法を考える。メルか焔衣に電話をかければどこにいるのかは分かるだろうが、場所によっては行くことは不可能。


 せめて国内ならばいいのだが……その線は実に薄そうなのが悔やまれる。

 もっとも、あいつらが帰ってくるまで支部で大人しくしているのが最適解なのだがな。


 どうしてそうしてまで行きたいのかと言えば、舞々子の存在が大きい。またいつもの発作が起きてないのか実に心配なのだ。


 前回の暴走からそれなりの時間が経った。そろそろ再発する頃合いかもしれないからな……。


 そうこう思いながら支部拠点内を行ったり来たりを繰り返す。最悪大人しく待つことも視野に入れつつ考えを練っていると、権能が反応する。



【──後ろ空間に変化があるよぉ】

【──異次元の聖癖剣士の権能だよっ】



「……! いきなり背後から現れるとは感心しませんね」

「失礼致しました。理明わからせの権能に察知されずに近付けれられないか好奇心が勝ってしまったものでして」


 剣が教えてくれた直後、俺の真後ろに人の気配。

 振り返ればそこには先ほどまでいなかったメイドの姿があった。


 また権能を使い、ここに戻ってきたようだ。これは実にタイミングが良い。

 ……どうやら俺の背後に現れたのは偶然ではないようではあるが。


「突然のことで申し訳ないのですが、これよりマスター・ソードマン主催による“炎熱の聖癖剣士”対“昇華の聖癖剣士”の試合が開催されることになっております。そのご招待にあがりました」

「試合……やはりか。するだろうとは薄々思っていたが、まさかマスターがまた絡んでいるとは」


 ご丁寧にも封蝋が施された手紙を手渡してくれる。

 中身を見る前に全て口頭で説明されてしまったためにわざわざ封を開けたりはしない。


 なるほど。マスターはどうやら随分と退屈しているようだ。ここまで動向がはっきりしているということは、今日は休みといったところか。


 勿論この招待には応じさせてもらう。現在の歓迎会の場所へ行けるのならばむしろ好都合だ。


「分かりました。是非とも行かせていただきたい」

「承知しました。ではこちらへどうぞ」


 すぐに招待を承認すると目の前に白い次元の穴が出現。ここを通ることで文字通り一瞬で到着する。

 眼前に広がる美しい庭園。ここは……まさかか。


「実に懐かしい場所に連れてきてくれましたね。俺も幼い頃に来たことがあります。アヴァロンでしょう」

「ご存じでしたか。まだここの存在を知っている剣士がいるとは思いませんでした。流石は閃理様です」


 やはり……。ここはあの地で間違いないようだ。

 とんだ場所で歓迎会を開いてくれたものだ。まさかもう一度来れるとは夢にも、当然理明わからせでさえも予感させなかった。


 アヴァロンには俺も数度来たことがある。賢神がよく連れてきてくれたものだ。

 あの時とほとんど光景が変わらないから一目見て理解出来た。ここの美しさは何も変わっていない。


「ではこちらへ。皆様がお待ちしています」


 そして案内された先にある古めかしい建物。ここも懐かしいな……。過去の記憶が溢れ出る。

 扉に触れた瞬間、理明わからせの声が俺の脳裏に囁く。



【──中にみんながいるよぉ】

【──焔衣のお兄さんがみんなに怒られてるよっ】



「あいつは一体何をしたんだ……。まったく、家具でも壊したか?」


 何やら扉の向こうではちょっとした修羅場が展開されているらしい。

 扉を開けて中へと入る。そこにいる者たちの会話に俺も参加させてもらおうか。











「も~~~~っ!! ほんっとうにバカじゃないの!? どこにマスターに試合を申し込むバカがいるのよ! 連帯責任取らされたらどうするつもりだったわけ!? このバカ!」

「こればっかりは何も反論できねぇ……」


 食事を終えて休憩時間に突入すると、真っ先に日向の大声が俺に向かって飛んでくる。


 バカバカ言われているが今回ばかりは認めざるを得ない。俺がやっちまったことの重大さは俺自身がよく分かっている。


 地べたで正座する俺の周りには、今回の件で文句を言いたい人たちが集っている。俺はそれをただ聞き入れるだけだ。


「そうよぉ。マスターが寛容な方だったのが幸いだったけど、もしこれがプライベート以外だったら長期謹慎どころか剣の剥奪だってあり得たのよ。もっと先を見据えた行動を心がけてちょうだい」

「まったくね。試合を申し込んだ瞬間に食べてる物の味がしなくなったのは初めての経験よ」

「ほんとすいませんでした……」


 俺が今回しでかした件については舞々子さんや透子さんも味方してくれない。

 それほどまでにヤバいことだったんだ、俺のやったことは。許しをもらえたのは奇跡に近い。


「多分今年に入ってから一番ヒヤッとしたわ……。ケンティー、マジああいうの止めてよね。次やったらマジ容赦しないよ?」

「肝に銘じておきます……」


 深々~と土下座して誠意を見せつける。これで許されるとは思っちゃいないが、まぁ今はそれでいい。

 問題はまだ山積みだ。この自由時間中に俺は……いや、俺たちは準備をしなければ。


「温温さん。すみません、巻き込むような形になっちゃって……」

「大丈夫です。どうせ試合は遅かれ早かれの問題でした。ただ、マスターの前でするとは思わなかったですけど」


 一時間もすれば試合が始まる。俺の軽率な行動が生んだ歓迎会の余興だ。


 そんな俺は試合相手の下に行き、こっちでも深々と頭を下げに行った。

 まさか温温さんを巻き込んでしまうとは……。なおさら俺に物を言える権利は無い。


 当の本人は今回のことを許してくれているようではあるが、やはりマスターの代行という役割を与えられたのは重く受け止めている模様。


 率直に言えば負けることは許されないのである。ただの練習試合とはいえ、敗北はマスターの顔に泥を塗るのと同義。


 責任と重圧。移籍早々大役を買わされた温温さんの運命は如何に?


 ……さも他人事みたいに言ったけど、その対戦相手は俺。温温さんの命運は俺の双肩にもかかっているんだけどな。


「と、取りあえず打ち合わせしません? 余興とはいえマスターを楽しませるのが現状一番優先って感じですし、魅せる戦いをするって感じで」

「魅せる戦い……なるほど。一理あるかもです。じゃあ早速──」


「それは止めておけ。手を抜いていると知られたらエラい目に遭うぞ」


 と、不意に聞こえたこの声!

 はっと振り返れば入り口の方から歩いてやってくる人物。そう我らが光の聖癖剣士、閃理である。


「閃理! 来たんだ」

「ああ、メイディさんが連れてきてくれてな。それはそうと焔衣、お前はどうして人の肝を冷やすようなことばかりをしてくれるんだ」


 近付いて来て早々ため息を吐かれた。理明わからせを通して俺のやらかしを知ってしまった模様。

 そこはほら、現在進行形で反省してるし、一応本人から許してもらっているから見逃してほしいぜ。


 それはまぁそれとして、どうして俺のナイスな提案に待ったをかける? 別にそう変なアイデアでもないだろうに……。


「どうして魅せる戦いがダメなんです?」

「あの方は祭りや催しなどを大層好んでいるが故に、出し物に手を抜かれることを嫌っている。だから何の練習もなしに行う魅せる戦いなど以ての外だ」

「マジか……」


 そ、そうなんだ……。あぶねぇ、もし閃理が来なかったら危うくマスターの反感を買うところだった。

 確かに目に見えて適当な出し物を見せられたら嫌だもんな。うむ、魅せる戦いをする案は撤回しないと。


 ……ふと気付いたんだけど、じゃあ俺が初めてマスターの前でやった剣舞はどうなんだ?

 もしかして内心じゃ快くは思っていなかったのでは? うっ、何か急に精神にダメージが……。


「とにかくマスターの前で小細工はおすすめしない。全身全霊、お互いの力をぶつけることこそが一番だ」

「わ、分かったよ……。でも俺、今聖癖章なんか持ってないんだけど」


 下手な行動を起こすのも気が引けるから、ここは閃理の言うとおり普通に全力で戦うことにしておく。

 でもさらに問題は残っている。今から試合なのに、俺は一つも聖癖章を持ってきてないのだ。


 そりゃあ支部に到着して早々支部長との対談、中国の空港、そして歓迎会と続けざまに場所を移動しまくって一度も移動拠点に戻れてない。無くて当然って状況なのである。


 文字通り剣一本での戦いになりそう。別に自信がないとかじゃなくて、単に戦闘のバリエーションが少なくなって見栄えに影響が出そうなのを懸念している。


「案ずるな。こっちへ来い」

「え……何?」


 すると閃理、俺たちを呼ぶとどこかへと移動。俺と温温さん、そして他の面々も同行していき、向かった先は建物の少し奥側にある行き止まりだ。


 その辺りの壁をペタペタと触る閃理。一体何をしてるんだ……そう思った瞬間。

 ガコンッ、という音と共に壁を構築するレンガの一つが窪み、そしてすぐ横の壁が動き出した!


 ゴゴゴゴゴ……と、レンガの壁を引きずる厳めしい音。その奥に隠れていた道が解放される。

 こんな場所があるのか、この建物。一体どういう別荘なんだよ……。


「な、なんだぁ……これは……!?」

「この建物は賢神……ああ、賢神というのは組織においてマスターと同等の権威を持つ人物のことだ。その方が所有しているコレクションの収集場所でもある」

「え、何それ……ここマスターの家じゃないの?」

土地アヴァロンは元々マスターの所有地だが、この建物を建てたのは賢神だ。それらを先代炎熱の聖癖剣士が譲り受けたんだ」


 賢神、そういえば数時間前にメイディさんも口にしていたな。マスター共々始まりの聖癖剣士疑惑のあるお偉いさん。


 ここは別荘になる前はその人の建物だったってわけか。マスターと同等の人から認められているとか、マジで俺のばあちゃん規格外の剣士だわ。


 それはそうと隠し通路の中へとお邪魔しまーす。

 どうやら地下へ続いているらしく、階段を下って行くと一際広い部屋に到着。

 そこにある光景を見て、俺は驚きを隠せなかった。


「こ、これは……!? 聖癖章!?」

「ああ。賢神はほぼ全ての聖癖章を所有している。古い物では千年前の物から、今は失われた剣の物まで選り取り見取りだ。ここにある物を使うと良い」


 目の前に広がるは無数の聖癖章。これには俺だけでなく同行してきたみんなも驚くばかり。


 天井高くまで積み上げられた棚に額縁のような専用の入れ物に保管されていた。それが部屋中にいくつもあり、何か壮大さを感じさせる。


 ご丁寧にどんな能力を発揮するのかの説明までプレートにかかれている。誰かが使う前提で置いてあるようにしか思えない。


 まるで博物館にでも来たかのような気分だ。賢神の聖癖章コレクターとしての手腕をこれでもかと見せつけられている。


「マジでここにあるの使って良いの? 賢神って人に怒られたりしない?」

「確かに賢神はマスターと比べあまり寛容な人物ではないが、聖癖章を本来の使い方で使用するならば許してくれるだろう。試合後はきちんと返却すればいい」

「事後承諾で済ませる気じゃん……」


 流石にそれは如何なものかと……。でも閃理が言うんだし、責任は取ってくれるってことでいいのかな?


 とにかく、ここにあるやつは全部使ってもいいんだな。俺にとって使い慣れた物から、まだ見ぬ物まであるのならありがたく使わせてもらおう。


「探している物が見つからなければ俺に言え。理明わからせで教えてやる」

「分かった。それじゃあ温温さん、時間までにどっちが先に聖癖章を集められるか勝負ってことで」

「分かりましたです! 私の愛用を見つけます!」


 ということで、俺たちはこの広大な聖癖章博物館を巡って好きな物を借りる。

 マスターへ捧げる試合のため、準備は万端にしないとな。俺は俺の責任やらかしを全うするぜ。


 そして早一時間が経過────試合はついに、始まりを迎える。











「では皆様、準備はよろしいでしょうか?」

「はい! いつでも大丈夫です」

「大丈夫です!」


 準備を終えた俺たちは、ようやく戻ってきたメイディさんによって最終チェックが行われていた。

 とは言ってもそう厳しいものではなく、単に忘れ物がないかの確認なのだが。


「先程申し上げました通り、今からマスター・ソードマンがお待ちになっている会場へとお連れ致します。そこでは剣士らしく振る舞うよう心がけてください」

「ところでなんですけど、メルたちはどこへ……?」


 淡々と説明がされる中、俺はちょっと前から気になっていたことを訊ねる。


 それは歓迎会の参加メンバーのほとんどがいないことだ。今は建物の中に俺と温温さん、閃理に舞々子さん、そしてメイディさんの五人だけ。


 他の奴らは何処へ……? 地下の博物館から出てくる時までは確かに一緒だったのだが。


「他の方々には先に会場へ向かっていただきました。試合をするお二方は会場の控え室にお送り致しますので」


 そういうことらしい。俺らと他の奴らは行く場所が違うから別々に送られるというわけだ。

 うむ……なんか緊張してきた。悪い気分ではないが、やっぱり慣れないな。


「それでは向かいましょう。ご主人様と閃理様は向かって右側を。煙温汽様と封田様はその左側をお通りください」


 そしていよいよ出立の時。メイディさんは左右に二つの空間跳躍の権能を発動させた。

 ちなみに閃理と舞々子さんはそれぞれの付き添いを担当。もしもの際は二人に任せることになっている。


 俺たちは時空の穴を通り、それぞれの控え室へと到着。

 石レンガの作りをした殺風景な部屋にスポーツ用品や聖癖剣のコーティング剤などが置かれている。


 これ、メイディさんが用意してくれたんだろうか? まぁ、最初からあるわけないし当然か。ありがたく使わせてもらう。


「では焔衣、改めて説明をする。作業しながらでいいから耳に入れておけ」

「うん。途中でど忘れしなければいいんだけど」


 剣にコーティング剤を塗りながら。閃理から説明を受ける。

 内容はこの試合を動かす行程プロセス。どういう風な流れで進んでいくのかを再確認する。


 話を簡単に纏めると、会場に出たらマスターの話を聞き、そのあと試合。終わったらまたマスターの話を聞いて終了という当たり障りのない内容だ。

 ただ、俺の場合は一つ他とは異なる点があるけど。


「試合前に剣舞を行う時間を設けているそうだ。そこは忘れないように。失敗もするなよ」

「わ、分かってるよ……。心配になるようなこと言わないで欲しいんだけど」


 そう、炎熱の聖癖剣士には欠かせない要素。それが焔の剣舞だ。

 マスターが居るんだから絶対に無視出来ない。例え居なくてもやるんだけどさ。


 そうこう会話している内に剣のコーティングが完了。鞘に戻し入れて準備は完全に終わる。


「では行くぞ。マスターが待っている」

「へいへいっと。あー、緊張する。温温さんも緊張してたりするのかな」

「どうだろうな。剣士となって僅か三年ほどでメルや透子と並ぶ上位剣士級の実力者として認められているから、緊張はしてないんじゃないか?」

「それ初耳なんだけど!?」


 なっ、何で今そんなこと言うの!? 温温さん、そんな強い剣士なのかよ!

 言うタイミングが試合の直前とか遅すぎるわ。絶対わざとだろ、それ。


 えぇ……余計に緊張してきたんだが? 格上を相手にするのはもう何度もあるけど、まさかの天才型が相手になるのは初めてだ。たった三年て……。


 やっぱり他よりも強い信念を持って剣士になっただけに、成長にも拍車がかかるのかな。想いの力、侮れない。


 会場の道のりを行くと、何やら声が聞こえる。

 歓声? いや、そう呼ぶには少し迫力が無い。普通の会話が上から漏れて聞こえてるって感じか。


 ……もしやマスターや他の歓迎会参加組以外に人がいるのか? いや……、まさか。


 何となく不安が緊張感と共に腹の中を巡回している内に出口へと到着。

 そこの扉を開けて出ようとした────時である。


「……ッ!! せ、閃理! これ、どういうこと!?」

「どうした? ここは闘技場だからがいて当然だろう」


 扉を少しだけ開けた瞬間、俺の視界には幾百人もの人々が観客席に座っている光景。

 それに思わず扉を閉じ、閃理に強く訊ねていた。


 薄々怪しいなとは思ってたけど、人が来るって俺聞いてないもん! 何でそういうことを毎回教えてくれないのさ!?


「先ほどまでの休憩時間中にメイディさんが世界各国の支部に行き招待したんだろう。ましてやマスター主催ともなれば、来ないわけにはいかない」

「日本支部の交流試合に何やってくれてんだあの人たちは!?」


 そういうことかよ! メイディさんが姿を見せなかったのはそういう理由だったのか!

 まさか世界中の支部に招待を送るとは。容認したマスターもマスターだぜ。


 ううー……。ただでさえ緊張してるのに、ここまで多くの目があると余計緊張するだろ。

 別にあがり症じゃないけどさ、こればっかりは度が過ぎている気がする。


「さぁ、もう時間がないぞ。行け、焔衣」

「よくよく考えたらこうなったの全部俺のせいじゃん。あーもう最悪だ……」


 俺の後先考えない行動にはもう飽き飽きだ。絶対にこの癖は直そうと心に誓いつつ、俺は一度閉じた扉を開けて会場へ出る。


 その瞬間、観客席のざわめきは一層強くなる。

 今回の試合の原因メインたる俺と、向かいの出口から温温さんが現れたことで試合の始まりが近いことを観客の剣士全員に知らされる。


 こうして見るとマジで沢山いるんだな……。世界中に支部がある国際的な組織であることを改めて実感した。



『えー……皆の者、事前の告知もない急な招待、そして一支部の交流試合に過ぎないにも関わらずよく来てくれた。時間を割いてくれたことに感謝する』



 俺が周囲の光景に圧倒されていると、マスターがマイク越しの声で場の喧噪を一発で沈めさせた。

 しーんと静まりかえる会場。というか日本語でしゃべってるけど、分かんない人もいるんじゃないのか?


 そんなひっそりとした疑問なんか口に出す気もないので静かに飲み込んでおく。その間もマスターの話は続く。



『これより光の聖癖剣協会日本支部による交流試合を行う。今回試合をするのは、中国上海支部より移籍した“昇華の聖癖剣士”煙温汽。そしてその聖癖剣【隠泉剣湯烟おんせんけんゆけむり】である!』



 最初に名前を呼ばれたのは温温さん。緊張しているのかどうかは一見すると分からないが、舞台に一礼をしてから登り、鞘から湯烟ゆけむりを取り出して構えた。


 一応こういう段取りでやるというのは聞かされている。俺も名前を呼ばれたら同じようにすればいい。



『そして──その対戦相手となるのはここにいる者の多くは知っているだろう。かつて闇の聖癖剣使いを壊滅に追い込んだ伝説の剣士とその剣の後継者! そして剣士に選ばれてわずか半年で悪癖円卓マリス・サークルを幾度となく撃退した若き火焔。先代の意志を継ぐ新たな剣士。新生“炎熱の聖癖剣士”焔衣兼人と【対陽剣焔神ツンデレけんえんじん】である!!』



「ハードル! 何でそんなハードルを上げるような言い方を!?」


 マスタァァァ──!? なんでそんな気合いの入った紹介文を読み上げるんだよォ!

 絶対休み時間の合間に練習したな? ああもう今の読み上げで歓声が上がったぞ!?


 いくら焔神えんじんの復活が世界中に知れ渡ったとは知っているが、ここでそれを証明しないで欲しかった。これから剣舞するのに止めて欲しいんだが……。



『試合の開催を宣言する前に……一部の者は知っているだろう。先代炎熱の聖癖剣士はとある舞を生み出し、誰にも継承させることなく途絶えさせたことを。だが! 彼は唯一その舞を人知れず継承していたのだ。故にそれをここにいる者たちに見せて欲しい! 炎熱の聖癖剣士よ、ここで舞って魅せてくれ!』



 なんかノリノリだなマスター!? 剣舞をする時間を取らせてくれるとは聞いているが、こういう演出をされるとは聞いてないんだが!?


 なんつーか、あらゆる意味で調子が狂わされる。どういう気持ちで望めばいいのか分からなくなってきた……。


 ぎぎぎ……と錆び付いたように後ろを向くと、閃理が俺に向かってサムズアップをしていた。

 こりゃダメだ。状況的に手伝えないのは分かってるけどさ。もう誰か助けて。


 と、取りあえず俺も舞台に上がって一礼。そして剣を抜いておく。

 鞘から出した瞬間、周囲からざわめきが。実物を初めて目にする人がほとんどだろうしそれは仕方ない。


 舞……剣舞をするのか、今から。勿論それは毎日欠かさず行ってはいるから振り付けは完璧に頭の中に入っている。そこ自体は別に問題ではない。


 一番の問題はこの緊張感だ。どこかのお偉いさんが無駄にハードルを上げるせいで最高潮に緊張している。


 大丈夫だよな? 失敗……しないよな? そこはかとなく心配になるけど、やらないわけにはいかない。

 己を信じろ、俺! 例え軽くミスしても剣舞の踊り方を知る者はごく僅か。誰も文句は言わねぇさ。


「…………はっ!」


 緊張こそしたままだが俺は舞った。いつも通り、剣に炎を纏わせて記憶の導くとおりに身体を動かす。


 大丈夫。今回はちょっとオーディエンスが多いだけであって、いつも通りやれば普段と何ら変わらない。本番練習のつもりで舞っていく。


「ぬぅぅぅ……! でやっ!」


 剣と焔の軌跡が生み出す赤と橙色のコントラスト。

 炎が生き物のように空中を舞う度に観客席から「おおー」と声が上がるのが分かる。


 ふふふ、踊り慣れてきた頃から俺は少々アレンジ加えていてな。特に炎による演出を派手にしている。

 勿論舞の内容自体に変化はない。舞えば舞うほど身体の内側から熱くなるのが分かる。


 身体を戦うに相応しい状態へと整える効果が現れているんだ。これが剣舞の存在理由。

 焔神えんじんに、そしてその後継者として恥じない戦いをする。それが今の俺が成すべきことだ。


「──これで……フィニッシュ!」


 後半のスパートを舞いきった俺。少しだけ息を上げながら、剣に纏わりつく炎を一閃して鎮火させる。

 な、何とか失敗だけはせずに済んだな……。意識してたから余計に体力は使ったけど。



『……素晴らしい。以前のものよりも格段に良くなっている。流石は炎熱の聖癖剣士の後継者だ……実に感動した! 皆の者、素晴らしい舞を魅せてくれた彼に盛大な拍手を!』



 感激を言葉にするマスターの声。そして会場中には拍手の音が鳴り響いた。

 おお、すげ……! まさに轟音って感じ。これが全部俺に向けられているって信じられねぇ。


 なんか……ちょっと嬉しい。俺のことを認められている気分になる。

 日向もこういう気持ちになるのが好きなんだろうな……少しだけ理解したわ。



『では、改めてここに光の聖癖剣協会日本支部による“炎熱の聖癖剣士”対“昇華の聖癖剣士”による交流試合の開催を宣誓する! 両者、位置に着け!』



 ちょろっと悦に浸っていたら、マスターが直々に試合の開催を言葉にした。

 おいおいちょっと早くないか? 取りあえず気を取り直して俺は舞台の位置を確認。


 数メートルの距離までお互いに詰めると、剣を傍らに提げて公式的な立ち会いの形になる。


「今の踊り、すごいです。でも試合は私が勝ちます。マスターの代わりなので!」

「俺もですよ。こういう試合はもうずっと負け越してるから、今度こそ俺が勝ちます!」


 試合開始前の軽いやり取り。お互いに勝つことを宣言し合い、小さく笑みを浮かべる。

 こんな形にはなってしまったが、剣士同士剣を交えるのは必然。後は試合を楽しむだけだ。



『両者位置について────』



 マスターが試合開始を宣言しようとする間に剣を構えて臨戦態勢を整える。

 さぁ、今回こそ大金星を上げてやる! マスターの代行でも手は抜かないぜ!



『試合、始めッ!』



 そしてついに、戦いの火蓋が切って落とされた。

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