第八十六癖『長の気まぐれに、心労は募る』

「お邪魔しまーす……って誰もいませんよね」

「おー、中も結構すごいな。飾り付けがミスマッチな気もするけど」


 室内へ入ってみれば、やはり庭園の雰囲気に沿ったアンティークな内装となっていた。


 ソファやテーブルと言った生活家具から匂わせる高級感。床に敷くマットだって絶対にウン十万円するだろこれ。全部骨董品に見えるぜ。


 流石に別荘として使われていただけはある。古めかしいけど手入れも行き届いていて普通に生活感マシマシの空間だ。


 まぁ元々第二会議室に飾られていたであろう装飾などがあり、正直少し違和感があるのは否めないのだが。

 

「お好きな席へどうぞ。お食事の準備を致しますので、もう少々お待ちください」


 全員が建物の中に入ったのを確認すると、いつの間に用意したのやらメイディさんは食事の準備に取りかかり始める。


 これ……ちょっと歓迎会どころか豪勢な晩餐会になりかけてない? サービスが行き過ぎてる気がしなくもないんだけど!?


「すごい……! 日本に来て良かたです。こんなおもてなしをされるなんて思いませんでした」

「一応言っておくけど毎回こんなことしてるわけじゃないから。全部あの人の気まぐれでしかないし」


 この歓迎会に始まる前から感激している温温さん。しかし日向がまたまたきつめの発言をする。

 あんたはもう少しオブラートに包めないもんかね。早々に嫌われても文句言えないぞ。


「それじゃー、まさかの展開にはなっちゃったけども予定通り歓迎会の始まりってことで! クラッカーが無いから、代わりに全員で拍手!」

「ささ、二人とも。こちらへどうぞ! 改めて挨拶をお願いします!」


 なんかもう宴会部長みたいなイメージが定着しつつある響の音頭により、参加者十名による盛大な拍手が二人の剣士に送られた。


 そのまま温温さんと孕川さんを部屋の広いスペースに立たせ、再び自己紹介をさせる。


「えっと……支部に来た時にも言いましたが、先日剣士になりました“治癒の聖癖剣士”の孕川命徒です。改めてよろしくお願いします」

「さきと同じです! “昇華の聖癖剣士”煙温汽です。よろしくお願いしますです!」


 このリクエストに嫌な顔一つせず、二人は本日数度目ともなろう自己紹介をしてくれた。

 無論これに返事代わりの拍手をして歓迎の挨拶は終わる。後は個々に挨拶をしながら料理を待つのみ。


「お待たせいたしました。お食事のご用意が出来ましたので、どうぞこちらへ」

「早っ。何分も経ってないのにスゲェわ」


 そうこう考えていればタイミングよく戻ってくるメイディさん。マジで仕事が早い。

 どうやら別の部屋で食事をするらしい。そいじゃ、行きますかな──……。


「ちょい待ち! 新しく来た人は温温とはらみんだけじゃないでしょ? ここにもう一人、めちゃくちゃ大事な人がいるじゃん」


 と、ソファから立ち上がっていざ行かんとした時、響からの制止がかかる。

 大事な人……か。そんで響が注目を向けている先にいるのはメイディさんだ。


 ああ、そういうことね。どうやら最後の一人としてメイディさんに自己紹介をしてほしいみたいだ。

 確かに二班や支部直属はこうして直接会ってもまだ話の一つもしていない。良い機会かも。


「……つまり私の番が回ってきたということですね」

「そゆこと! というわけでお願いします!」

「承知致しました。では僭越ながら自己紹介をさせていただきます」


 察しも良いメイディさん、快くその話に乗ってくれた。最後の1ピースである始まりの聖癖剣士が自己紹介をする。


「皆様、お初にお目にかかります。私は“異次元の聖癖剣士”にして“始まりの聖癖剣士”であるメイディ・サーベリアと申します。現在は光の聖癖剣協会日本支部行動部隊第一班に所属します焔衣兼人様の専属メイドを務めております。以後、お見知り置きを」


 スカートの端を摘んで綺麗な作法で挨拶をする。流石は本物のメイド。どこまでも礼儀正しいな。


 この人への拍手も湧いて、これで今日から新たに仲間となった三人の紹介が終わる。後は全員で食事をするだけだが……。


「いや~、しっかし本当にケンティーの専属なんだ。閃理から聞いた時は何の冗談かと思ってたんだけど」

「メイディさんは焔衣さんとはどのようなご関係で!? 専属契約するような間柄ですし、もしかして相当親密なのでは……!?」

「輝井は何を期待してんだよ……」


 まぁ質問をぶつけに来るのは当然よな。俺の時もそうだったし、この歓迎会にとってこれは恒例だ。


 そして前もって話だけは聞かされていたようで、俺の専属であることは半信半疑だった模様。

 普通に考えて疑って当たり前。当然の反応だな。


「あ、あの! サーベリアさん、お久しぶりです。本当に変わってないんですね……」

「命徒様もお元気そうで何よりです。おそらくお聞きでしょうが、不死も同然の身体ですので」


「はらみんも本当に面識あったんだ……。うーん、ここ半年の間に入った剣士、伝説の人と関わり持ちすぎじゃない?」


 輝井のませた質問に適当な回答をしている裏で、孕川さんがようやくメイディさんとのコンタクトに成功したようだ。


 うんうん、あっちも再会を喜んでいるな。あの人が美大に通っていなければ出会わなかったんだから、ひっそりと改めて感謝をしておく。


「では改めましてお食事のご用意が出来ましたので、食堂までお越しください。もお招きしておりますので」

「ゲスト……?」


 気を取り直して案内を再会するメイディさん。だが、その発言には気になるワードが含まれている。

 特別なゲスト……え、誰だ。というか他に人いたのかよ。


 もしかして支部長かな。でも来るか来ないかで言ったら絶対来ないよ、あの人。

 閃理……なわけないしなぁ。特別って一体どれくらいなんだ?


 まぁ、何であれ行けば分かることだ。メイディさんのことだし、もしかすればどっかの有名人とも知り合いだっておかしくない。


 俺たち全員は食堂に到着。ご丁寧に扉を開けてもらい、その中へと入っていく。

 うむ、天井を見ればシャンデリアがあって、よく分からないけど絵画が飾られているな。


 まさにTHE・高級感って感じの部屋で────



「ヒョワ────ッ!?」

「ええええ────ッ!?」



 えっ、な、何事!? いきなり響と輝井の悲鳴が聞こえた!

 一体何があったんだ!? まさかこんなアンティークな場所なだけあって、幽霊でも見たのか……?


 俺は急いで部屋の目立つ内装を見回すのを止め、悲鳴を上げさせた原因を探る。すると、それはすぐに見つかった。


 そして同時に、俺も声を上げざるを得なくなる。



「ようこそ、アヴァロンの館へ。日本支部の諸君」



「えっ、な、マスターぁ!?」


 俺たちが入ってすぐ目の前……長いテーブルの一番奥の席に座している人物。服の色と壁の色が同じだから同化しかけてたせいで気付けなかった。


 そう、それはまさかのマスター・ソードマンだったのだ。……ホログラムじゃないマジモンのご本人が。


哎呀アイヤー!?」

「マスター!? 何故ここに……」

「ちょ、この人……じゃなくて、この方は特別ってレベルじゃないんですけど!?」

「この人がマスター……? 閃理さんが言ってた組織で一番偉い人ですよね?」


「この様子だとサプライズは成功のようですね。マスター・ソードマン、ご協力感謝します」


 食堂に集う剣士たちが次々とマスターの存在に驚く中、メイディさんはしてやったりと言わんばかりの満足げな表情を浮かべていた。


 まさか一度のみならず二度までもマスターという人物に協力を持ちかけるなんて……。始まりの聖癖剣士特権がヤバすぎる。


 ただでさえ今日会ったばっかりだったし、二度目は絶対来ないかと思っていた。このサプライズ、心臓に悪い。


「うむ、構わない。私と君の仲だ……それに若い衆にサプライズを仕掛けるのは実に気分が良い。職務のストレスも晴れると言うものだ。ハッハッハ!」


 一方で交渉材料に使われた次はサプライズの道具にされたマスター。だがこれに怒るどころか自分から協力する姿勢を見せていたことが判明する。


 二人そろって共犯ってことか……。元々仲が良いから出来る所業だったというわけだ。


「どうした、突っ立っていては食事など出来ないだろう。そう気にしなくともいい、私は仕事でここにいるわけではないのだからな」

「は、はい……」


 今日はプライベートだから遠慮は無用とマスターは言う。だが、実際に無礼講と言われて本当に目上の人物に無礼講出来る人間などこの世にはいない。


 言われた通り席に座る俺たち。ご丁寧にテーブルの前にはきちんと全員分の札が置いてあり、どこに誰が座るか決められていた。


 ……俺は何故かマスターのすぐ横に当たっちまってるけど。ついでに向かいは温温さん。

 一番の特等ハズレ席を引いてるんだが? これ絶対用意した人メイディさんの仕業だろ。


「ではお食事をお持ちします。危険ですのでテーブルに腕を出さないようお気をつけください」


 そう言ってメイディさんは指パッチンをすると、俺たちの目の前に異変が。


 小さな白い空間の渦が複数出現するや否や、そこから料理が転移して来たのだ。それも出来たてホカホカ、古今東西様々な品がこれでもかと。


 ……これマジでただの歓迎会? 隣のスペゲスと料理の豪勢さが釣り合っていなさ過ぎでは?


「うむ、では皆でいただこう。遠慮はせずとも普段通りに食事をしてもらっても気にはせん」

「え……じゃ、じゃあ。い、いただきます……」


 そんなこと言われたって無理に決まってるだろ!

 別に普段の食い方が汚いわけじゃないが、もし食べ散らかしたら失礼ってレベルじゃない。特に俺と温温さんが!


 なるほど~~……。これが会社のお偉いさんとの会食をする会社員の気分か。確かにこれは下手な真似は出来ないな。マジ尊敬するわ。


 ちらっと他の席を見ると、どうやらみんなも緊張で食事に手がつけられていない。

 あのメルだってピクリとも動かないレベル。視線は釘付けで涎も垂らしている。犬かよ。


 成人組も固まったまま。年長の舞々子さんも下手に動けないでいる。

 上位剣士という立場上、おそらくこの中では誰よりも慎重に行動しなければならないからだろう。


 頼れる人は誰もいなさそうだ。うーむ、何気に今世紀最大級のピンチかもしれん。

 さぁ、焔衣兼人おれ。この場をどう切り抜ける? 


「……え、ええっと、お食事中に訊ねるのも失礼だと承知でお伺いするのですが、マスターは何故……アヴァロンにいらっしゃったのでしょうか……?」


 すると、このタイミングで蛮勇を発揮する者がいた!

 それは凍原! 支部長の時もそうだったが、あんた本当にすげぇよ!


 この唐突な質問に唯一食事が出来ているマスターの手が止まる。そしてナフキンで口元を拭うと質問への回答を始めた。


「実を言うと私はここに住んでいるのだ。メイディから聞いているだろうが、ここは焔巫女の別荘でもある前に元々は私の土地でな。闇を一度壊滅に追い込んだ彼女への褒美として権利を譲渡したのだ。今はメイディに譲ったようだがな」

「そ、そう……なんですか。あ、ありがとうございます……」


 凍原の話題作り能力により、食堂の沈黙は払拭される。ついでにマスターのことについて新たな知識を得る結果に繋がった。


 どうやらアヴァロンにマスターは住んでいるらしい……ってことはこの屋敷、今のマスターの家ってこと!?


 おいおいおいおいおい! そうだとしたらメイディさん、いくら今は自分の土地だからってそういうことしたらダメだろ! 人の家に勝手に上がり込ませるなんて!


「つ、つまりここって……」

「しっ! 意識したらダメ。ここは気付いていないフリをしておくべきよ」


 二つ隣から純騎と透子さんやりとりが。案の定ここがどういう場所なのかを察してしまった模様。

 衝撃の真実が開示され、より緊張感が高まってしまったような……。あーあ、凍原、やっちまったな。


「住んでいるとはいえアヴァロンの管理は全てメイディがしている。実のところ私自身は本部暮らしでな、ここには休日以外来ることはない。故にそう強ばらなくともいい」


 しかし今のやりとりに気付かれたのかマスターはさらなる補足を付け足す。

 つまりここは自宅ではなく別荘のまま使っているということか。


 なんだ、緊張して損した……と言うレベルではないにせよ、ちょっとだけ安心。

 少なくともさっきまでいた部屋の飾りとかもマスターにとっては些細な問題でしかないわけだ。


 ふぅ……無事にこの食事会を切り抜けたら、すぐに片付けの手伝いをするか。一応な。


「……見たところ誰も食事に手をつけていないな。何か躊躇わせるようなことでもしているのだろうか?」

「えっ、いや! け、決してそのようなことはありません! はい、青音ちゃんの分! こっちは幻狼くんの分──」

「あの、量が多いです……」

「舞々子さん。僕、純騎です」


 ぼそっとマスターの悲しげな独り言が聞こえた。

 それは席の奥側にいる舞々子さんの所にまで筒抜けだったようで、参加者唯一の上位剣士として体裁を保つべく、無理矢理いつものように配膳の係をする。


 もっとも凍原に出した料理の量が山盛り過ぎたり、純騎を幻狼と呼び間違えてる時点で普段通りに振る舞えていないけど。


 しかし舞々子さんの言うとおりだ。いくらマスターという絶対に失礼出来ない相手とはいえ、その人が寂しげでいるにも関わらず何もしない方が失礼になる。


 そもそもアレだ。きっとマスターはこういう催しに参加するのが好きなんじゃないだろうか?


 思えば組織の長が剣士個人のことをよく知ってたりするのも、こういう食事会みたいなのを頻繁に開いてコミュニケーションを取っているからかもしれない。


 ならばすることはたった一つ。特に真隣である俺がやらなければならないこと、それは──


「い、いただきます!」


 そう、素直に食事をいただくことだ。マスターが楽しい食事会を望んでいるのなら、それに応えるのが今の俺たちの使命。


 そう、お偉いさんのことは何も気にするな。意識したら料理の味が分からなくなってしまう。

 十数分以上も時間を開けてしまったが、ようやく料理を口に運ぶ。当然めちゃくちゃ美味しい!


 失礼にならないようにしたつもりがむしろ失礼をしていたんだからな。ここからは俺のターンだと言わんばかりにしっかり味わって食べるぜ。


「すいません、私食べ方にあんまり自信ないんですけど、いただきます!」

「メルも食べル! もう我慢無理!」


 俺の勢いに乗ってか、斜向かいの孕川さんと隣のメルも食事に手を出した。


 特にメルは我慢してた分もあって、ローストビーフをほぼ全部自分の皿に移すという暴挙に! 人の分も考えろってのよ!


「元々歓迎会だったわけだし、あたしたちが遠慮する理由無いしね! 無礼講なら遠慮なく!」

「ですね! 食べないと勿体ないですし」

「ひええ、会食の作法はどういうのでしたっけ……」


 これを機に続々と料理に手をつけ始める剣士たち。俺の発破が良い起爆剤になったみたいだ。


 食堂には皿とカトラリーが当たる高い音がカチャカチャと鳴り始める。いよいよ食事会っぽくなってきたな。



「燦葉ちゃん、お口にお弁当が付いてますよ。ちょっとだけじっとしててくださいね……」

「やっ、そういうのいいですから! 子供扱いはいい加減控えてくださいって!」

「でもあなた食べ方は綺麗な方じゃないでしょ? 今回ばかりは大人しく従った方が身のためだと思うけど」

「ぷ、プライドの問題なので……! んむぶぅ!?」



「そこの肉とエビチリ、誰か取っテ。メルの席、ギリギリ届かなイ」

「あ、それは僕が取り──」

「大変失礼致しました。届かないお料理は私が配膳しますので、遠慮なくお申し付けください」

「……たかったなぁ。はい、何でもないです……」

「御曹司、マジドンマイだわ」



「え!? ちょ、フライドチキンの骨をそのままテーブルの上に置くの!? それは流石にダメなんじゃ……」

「でも口から出した食べ物の食べられないところはテーブルの上に置くのがマナーではありませんですか?」

「そうなの!? へぇ~、中国じゃそうなんだ……あ。じゃああそこのシーン描き直しになるじゃん。ああもう頑張って作画したのに……」



 場の空気に慣れてきたのか、食事中であるにも関わらず話や何かしらの行動に出始めてきた。

 いざこうして食事に舌鼓を打ち、リラックスすることで緊張感が解れてきたんだろう。


 みんなで楽しく食事をする……そういう当たり障りのないごく普通の日常。

 マスターはそういうのが好きなんだろうと俺は推測している。


 ちらっと横目で隣のマスターの様子を伺う。正直心配半分なんだけど、今はどういう感じなのやら。


「……うーむ。やはりこの姿では威圧してしまうか。プライベート中でも考え物だな」


 な、なんか顔が暗い……。嘘だろ、もしかして逆効果だった?

 まぁ確かに容姿は威厳があるというか何というか、一言で言い表すのなら近寄り難くはある。


 でも俺たちが恐々としていたのはあくまでも組織の長という立場が関係していたのであって、別に見た目の問題だけではないんだけどな……。


「どうした、焔衣兼人よ。私は十分に今を楽しんでおる。そういつまでも機嫌を伺わずともよい」

「し、失礼しました! もしかしたら俺たち……じゃなくて自分たちが騒ぎ始めたのが気に障ったのかと……」

「やはり私の存在自体が皆にとって一番の重荷になっているようだな。身分の差とはいえ、こうもまじまじと見せつけられると堪えるものがある」


 ちらちらと見ていたことがあっさりバレてしまい、俺は一瞬腹の中身を戻しそうになる。

 咄嗟に言い訳……もとい、もっともらしい返事をするものの、それがダメだった。


 マスター、今度は自分自身の存在がプレッシャーとして機能していることに気付いてしまった模様。

 や、やべー……。やっちまったかも。


 また別の方向をちらっと見れば、およそ半数以上もの剣士からきつい視線をダイレクトに注がれていた。いやぁ、これは精神的にくるぜ。


 いくら咄嗟に出した言葉とはいえ、今のは話の選択ミスだったのかもしれない。

 食べてる物の話とか、何気ない世間話的なのにすればよかった。会話力をもっと高めておこう……。


「あー、改めて皆に伝えるが別にそう畏まらなくてもよい。私は主催ではなくゲストの一人。故にここでの立場は皆と同じなのだ。この件も仕事そとに持ち出すことはしないし、多少の無礼にも目を瞑る。だからもう少し君たちの普段通りを見せて欲しいのだが……」


 マスターって、もしかして結構寂しがり屋?

 組織の長という立場上、本心はどう思っていようと関係なく周りの人たちは気を使わせてしまうはず。


 故に誰も肩肘を張らないリラックスした空間にいることが久しくないんだと思う。

 だから楽しくワイワイする行事に憧れ……もとい願望があるのだろう。


 ごく普通の日常が好きそうだとついさっき推測していたのだが、もしかしたらそれは正解かもしれん。

 なるほどな……。うーむ、後が怖いことに変わりはないが、もう少し距離を詰めてみるべきか?


 剣士としてお近付きになること自体は決して悪いことではないはず。やってみる価値はある……と思う。

 もしダメそうなら素直に謝っておこう。


「じゃ、じゃあ──……。えっと、マスター」

「うむ、どうした?」


 色々考えていたら、俺の口はいつの間にかマスターへ問いかけをしていた。

 どうしよう……。緊張のあまり一歩より先のことを考えずに行動する癖が発動してしまった。


 こ、ここまで口にしておいて「やっぱ何でもありませ~ん」なんて言えるはずはない。言っていい冗談とそうでないことの違いくらい理解している。


 何を言えばいい……!? マスターと仲良くなるついでに本人の気持ちを上げる方法。何か無いのか!?

 もう頭の中がぐるぐる回ってしまった俺は、直後にとんでもないことを口にしてしまっていた。



「俺と──試合してみませんか!?」

「ほぅ……?」



 この瞬間、食堂内の空気が凄まじく凍り付いたのを実感した。それと同時に俺の中でも結論が出る。



 ────終わった。世界の終わりだ。終焉の刻がここで来ちまったようだ……。



 今のは間違いなく剣士人生が終了へ直葬される致命的な失言。最悪この場にいる剣士全員が責任を取らざるを得ない状況になりえる。


 それを俺という奴は~……! 自分の性格が恨めしくなる。

 とはいえ言ってしまったものは仕方ない。腹を括って切腹……ではなく、剣の返還に──


「よかろう。剣士のコミュニケーションは剣を交え、戦い合うことにある。余興としても良い判断だ」

「……へ?」


 覚悟を決め、鞘ごと焔神えんじんを渡そうとしていたら、マスターの返事に困惑する。


 よかろう、って了承の意味を持つ言葉だよな? 確かそうだったはず……。あれ? 日本語が分からなくなってきたぞ。


 予想だにもしない発言に固まったままの俺だが、そんなことなど気にせずマスターの言葉は続く。


「とはいえ今はプライベート中故に使える剣を持ち合わせてはおらんでな、誰かに代行を頼みたい。この中で焔衣兼人と試合をしたことが無い者がいいのだが……ふむ。では煙温汽、君に任せたいと思うが問題はないか?」

「エッ!? 私がです!?」


 プライベート中だから剣を持っていないらしい。だからマスター本人とは試合は不可能なのだそう。


 だから代わりを指名、それに選ばれたのは向かいの席にいる温温さんだった。

 俺のせいとはいえ、地味に責任重大な役目を背負わされてしまったな……ごめんと心の中で謝っておく。


「メイディ、食事が終わったらあそこへ全員を連れて行ってくれ。埃も溜まっているかもしれん。清掃も任せたい」

「問題ありません。土地の権利を譲渡されてからの数十年、一度の清掃も怠っておりませんので」

「流石だ。他の誰よりも頼もしいな」


 メイディさんとのやり取りによると、この後どこかへ連れて行かれるらしい。まぁ何となくどういう場所に行くのかは分かるけど。


 しかし、まさか俺の失言がここまで発展するとは……しなきゃ良かったと思う反面、本当に無礼講を許すつもりでいたんだなぁと知る。


 ここにいる他の剣士たちにも肝を冷やさせる思いをさせてしまったし、そういう意味でも後が怖い。

 言い出しっぺはロクなことを起こさないな。


「では諸君。食後一時間ほど休憩を取った後、闘技場に来てもらう。準備などは怠らないように」

「は、はい……」

这是怎么发生的呢なんでこんなことに……」


 改めてこれからすることの説明を簡単に聞かされ、俺たちは再び食事に戻る。

 当然、変な意味で意識してしまいまたまともに食べられなかったんだけどな! 特に俺と温温さんが!


 歓迎会の余興とはいえ、マスターの下で行う試合とか緊張しないわけはない。


 少なからず悪いことになってるわけじゃないから穏便とは言えるかもしれないが、これは外れの選択肢だったかもしれねぇ……。


 とにかく一時間後──そこでどれだけマスターを楽しませられる戦いをするのか。それだけが今は心配だ。

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