第八十五癖『滾る蒸熱、復讐の決意』

「……では改めて紹介します。彼女は本日より中国上海支部から移籍となりました。“昇華の聖癖剣士”こと煙温汽イェンウォンチーさんです」

「初めまして! 今日本の支部長さんから紹介されました、煙温汽て言います。日本語はまだ勉強中で変かもですが、これから頑張て覚えます! 私のことは温温て呼んでください! よろしくお願いします!」


 支部拠点の一階にある部屋へ集められた支部の剣士たち。一班、二班、そして直属の総勢十五名+メイディさんが並ぶ荘厳な光景だ。


 それはそれとして今は新たな剣士について鍛冶田支部長が直々に紹介してくれていた。

 元気良く挨拶と自己紹介を終える温温さん。俺たちは当然拍手で歓迎の気持ちを表す。


「いやはや、一時はどうなることかと思いましたが無事に来れて良かったですね!」

「延期って聞いた時は歓迎会用のお菓子とかどうしようかって心配してたんだけど、一瞬で来てくれたおかげで無駄にならずに済んだのはラッキーじゃんね!」

「これも始まりの聖癖剣士のおかげですね。本当に助かったと言いますか……」


 新たな剣士の登場に一際安堵するのは輝井と響、そして真視の三人。


 俺や朝鳥さんの時もそうだったが、新入剣士を歓迎する際にちょっとしたパーティーを開くのがルーティンというか、決まりを徹底しているとのこと。


 だから、飛行機のトラブルで延期になったら準備していた食べ物の処理に困るところだったらしい。

 食べ物が無駄になるのは忍びないしな。そういう意味でもメイディさんの存在はまさに救いだろう。


「それにしても情報量が多い空間ね。新しい剣士が二人と始まりの聖癖剣士が一人。行動部隊が二つと滅多に来ないような剣士が三人もいるんだから」

「全くですね。元剣士の支部長をカウントするならこの部屋にいる人全員そうだし」


 次に口を開くのは透子さん。続けて日向が愚痴っぽく同意を言葉にする。


 人が沢山いること自体は確かにその通り。広めの部屋ではあるが、運動場ほどではないため些か窮屈なのは否めない。


 にしても改めて見ると剣士って意外と沢山いるもんだな……。何となく全体数は少ないってイメージがあったから尚更多く感じる。


 ここにはいない三班と今日からのメンバーである温温さんも含めて十八人の剣士が在籍しているわけだ。

 世界的に見て日本支部は多いのか少ないのかは分からないけど……とにかく沢山いるんだな。


「なるべく話は簡潔に済ませるので、まだ私語は慎むように」

「あっ、すみません……」

「そうでした。まだ話終わってませんでしたねこれ」

「ぬぬぬ……あと他に何を話すわけ……?」


 と、ここで支部長からのご指摘。どうやらまだ話は終わっていなかった模様。


 まぁ紹介後すぐに帰らなかった時点で俺は分かってたけどな。偉い人が喋ってる時に口を挟まない。それくらい俺でも分かる。


 せっかちな響が長話に嫌気が差してるのも気にせず、支部長は淡々と話の続きを口にしていく。


「一部の剣士には伝えていますが、彼女は『特命剣士』として日本支部に所属することになっているため、目的を完遂次第上海支部へ戻ることになっています。その点だけ覚えていただくようお願いします」

「特命? なにそれ……?」


 すると、支部長の口から何やら聞き慣れないワードが聞こえた。

 特命……剣士? 普通に移籍してきたってわけじゃないのか。目的の達成ってどういうこと?


「特命剣士というのはある特定の目的を達成させるために支部長や元老院などから特別な命令を受けた剣士のことだ。実を言うと俺もそれにあたる」

「えっ! 何それ初耳なんだけど!?」

「私語は慎むようにと言ったはずですよ」


 小さく耳打ちしてくれた閃理の隠された真実に俺は思わず大きな声を出して驚いてしまった。

 そのせいで俺だけ支部長に一喝されてしまう。ぐぬぬ、なんか理不尽な気分。


「後で温温と一緒に教えてやる。もうしばらく我慢してくれ」


 再度耳打ちで説明を約束を取り決めると、そのまま静聴の姿勢に戻る。

 閃理がまさか特命剣士だったとは……いや、思い返すと確かにおかしな点はある。


 現日本一の剣士である舞々子さんに総合的な実力ならば僅差で勝っている閃理が日本一と呼ばれないのは変だもんな。


 それと妙に人脈が広かったり、敵から一際強く警戒されている等々、ただの日本支部所属じゃ証明出来ない部分があるように思う。


 温温さんは閃理と同じく特命とやらを帯びて日本にいるらしいが……一体それは何だろうな。


「すみません。一つご質問をしてもよろしいでしょうか?」

「何でしょうか。凍原さん」

「特命について……内容をお教えしていただくことは可能でしょうか?」


 すると、ここで勇敢にも支部長の話を遮る者が手を挙げる。


 それは凍原。相変わらずの冷たい表情ではあるが、彼女なりに気になっているんだろう。

 特命剣士……その内容について。俺も気になるところ。


「これから説明をしようと思っていたところです。煙温汽さん、ここにいる全員に話しても構いませんか?」

「はい! というか私が話します!」


 その問いに対する返答は、意外にも肯定であった。

 さらに語り部を担うのはまさかの温温さん本人。ふむ、機密とかじゃなくて普通に教えてくれるのか。


「私、実家が温泉宿してました。山に近い場所にあて、毎日沢山人が来てました」

「……ん? この話は……」


 おや? どう言うわけか温温さん、実家の話をし始めたぞ。


 その話についてはついさっきまで──向こうの国で遭遇した後に少しばかり聞いてはいるけど……。何か関係があるんだろうか?


「そんなある日、とある人が宿に来ました。その時は私たち家族、全員普通にお客として相手してたんですけど、当日の夜にとんでもないことになったんです」

「とんでもないこと……って、どういう?」

「はい。宿の温泉、全部壊されたんです。本当にぜーんぶ無くなりました」


 えっ!? な、何だその話!? このいきなりな展開に場にいる剣士の多くはどよめいている。


 実家が破壊された──そんな経験、普通はしないだろう。事故ならともかく、人為的なこととなれば尚更だ。


 確か今はもう宿は潰れてるって言ってたよな? だから再建を目指しているって……。

 まさか経営難以外の理由が原因だとでも言うのか……!?


「その人、剣持てました。聖癖剣。その時の私、剣士の存在なんて知らなかたからとても驚いた記憶あります」

「剣……ってことはまさか!」

「はい。その人、闇の聖癖剣使いの人でした。上海の支部長が言うには、私の家にある剣が目的だったかもしれない、そう言てました」


 なるほどな……。どうやら海外でも闇による被害はあるらしい。


 温温さんの実家が潰れたのは闇によるもの。確かにそれなら俺のことを敵かもしれないと訝る気持ちが逸ったのも納得だ。


「はいはーい、しつもーん。実家の剣ってどういうことなの? 闇が来るまで剣士のこと知らなかったのに、どうしてそんなのがあったわけ?」


 衝撃的な話に割り込むが如く、今度は響が暢気に質問をする。

 おいおい、少し空気読めよな。温温さん、昔の話をして最初ほど元気が無くなってるってのに。


 そうは思いながらも、実は同じことを考えていた。

 闇が来るまで剣のことは知らなかった……でも家には剣が置いてあった。一見するとそれは矛盾しているように感じる。


 鍛冶師たち曰く、剣一本で東京の一等地を何万坪も買える価値があるわけだ。

 価値を知れば家宝にもなりえる一品。それを知らなかったとは思えない。


「それは……私の祖父の母が聖癖剣士で、聞いた話では昔の中国支部から剣を借りて、それを地面に埋めて温泉を湧かしてたそうです。そのことは家族全員知らなかたみたいです」

「温泉を……湧かす!? そんなことが出来る剣があるんですか!?」

「マジで!? タダでお風呂に入り放題じゃん!」


 響の質問はあっという間に返答がなされた。どうやら宿の方にも聖癖剣が関わっていたらしい。

 温泉を湧かす聖癖剣……そんな物もあるのか。というか気付かないもんなのかな。


「これがその剣です。名前は【隠泉剣湯烟おんせんけんゆけむり】……闇の剣士が温泉を壊した場所から出てきました」


 そう言って鞘から引き抜かれる聖癖剣。形状はロングソード型で丸い鍔と剣腹に走る三本の曲がりくねったスリットが特徴的だ。


 良くも悪くも見た目は至って普通の剣って感じ。でもこれに温泉を操れる力があるのか。

 闇はこれを狙っていた? 実物がある以上奪われなかったようではあるけど。


「私は──あの時のこと、今も許せません。宿を壊しただけでなく、母と姉から大事な物も奪たからです。だから宿の常連だた上海の支部長に頼んで聖癖剣士にしてもらいました。私の使命、それは闇の剣士……悪癖円卓マリス・サークルの一人、『貧削フラット』を倒すことです」


 過去のことを思い出しているのか、温温さんは手を震わせて剣を強く握る。そして特命剣士としての使命を教えてくれた。


 やはり悪癖円卓マリス・サークル絡みの話だったか……。どの場所でもやることは悪辣の極みって感じだな。

 闇に様々な物を奪われている温温さん。そりゃ憎く思って当然だ。


 閃理も闇の組織のことを強く憎んでいるが、温温さんからもそれに負けないくらいの憎悪を感じ取れる。

 家族の仇……それが来日に踏み切った本当の理由なのかもしれない。


 宿再建の話が嘘かどうかはさておき、強い意思を持って日本に来たことは間違いなさそうだ。


「ふ~む、にしても相手が悪いわね。よりにもよってフラットが目標とは」

「そうねぇ。悪癖円卓マリス・サークルは全員厄介な人たちばかりだけど、特に厄介な相手ね」

「え……そんなにヤバい剣士なんですか、そのフラットって人は?」


 唸るのは頼才さんと舞々子さん。日本一の剣士に困った顔をさせるなんて、相手は一体どんな能力を持ってるんだ?


 この中で剣士になって間もないが故に何も知らない孕川さんがやや怯え気味に詳細を訊ねた。


「“削減の聖癖剣士”、名をフラット──奴は悪癖円卓マリス・サークルの六位に相当する剣士で、あらゆる物体や概念を削り取る権能を宿す【誇虚剣貧削むねなしけんけずり】の所有者だ」

「むねなし」


 詳細を教えてくれるのは閃理。本当に何でも知ってるよな、この人。

 そんな当たり前のことはさておいて、開示されたフラットの情報は確かにヤバそうだ。


 物体だけでなく概念を削るってどういうこと? いや、まぁ何も分からないというわけでもないが、いまいちピンとこない。でも危険度は嫌ほど分かる。


 にしてもむねなし……いや、? ってことはつまり『貧乳』が聖癖か。これまた何ともコメントに困る部位を聖癖にしているんだな。


 巨に分類される温温さんとはまるで対照的……いや何考えてるんだ俺は。そこは話と関係ないだろうに。


「奴は闇が探し求めているを見つけ出す任務を任されているらしい。世界中の候補地を荒らし回り、破壊活動を行う危険人物でな。温温の実家もその候補地の一つだったとされている」

「ある物? というのは一体……?」

「すまんがこれは機密に関わる話になる。知りたければ上位剣士になることだな」


 世界中を荒らし回ってるってマジでヤバいな。簡単に言うけど温温さんの件を見ると被害は無視出来ないレベルなのかも。


 もうちょっとした災害である。フラットという人物は相当に危険な人物のようだ。

 機密に触れるっぽいから教えてくれなかったが、その捜し物のことも気になる。


 世界を荒らしまくる理由であるそれは、一体どんな物なんだろうな。剣の収集が目的か、あるいは他に何かあるのだろうか──


「……話は以上ですか?」

「あ、やべ。まだ支部長の話の途中だった」


 話に一区切りついたところで、今まで黙っていた支部長が今一度口を開く。

 そういえば温温さんが自分から説明するって言ったもんだから、もう支部長の話は終わりとばかり……。


「失礼しました。支部長からのお話を遮るような形となってしまい、申し訳ありません」

「謝らなくとも結構。私がするべき説明は全て彼女が言ってくれました。私からの説明は次で最後です」


 剣士の代表の体で支部長に話を中断させてしまったことを謝罪する閃理。しかし、支部長はそのことについて咎めることはせず、最後の話に移る。


「……上海支部の支部長からの伝言になります。『煙温汽のことをよろしく頼む。仲良くしてやってくれ』だとのこと。全員、彼女と仲良くするように。説明はこれで以上です」

「…………!」


 支部長の最後の説明は向こうの国にある支部長からの言葉だった。

 さっきの話じゃ温温さんの宿の常連だったみたいだから、お気に入りの剣士だったに違いない。


 そうじゃなきゃこうしてわざわざ伝言を残すはずもないだろうしな。向こうでは愛されキャラだったのだろう。


分公司经理支部長我将尽我所能私、頑張ります我一定会实现我的目标絶対に目標を達成してみせますから……!」


 小さな声だったが、母国語で温温さんは何かを口溢したのが見えた。


 応援メッセージでもある今の伝言に感涙したのかもしれない。温温さんは真面目な部分もあるから、きっとそうなんだろう。


 それを見た支部長はフッと小さく笑みを浮かべると、解散命令を出して部屋を出て行ってしまった。

 これで俺たちもようやく自由の身。長かったようなそうでもないような──


「それじゃあ、社長の説明も終わったことだし歓迎会を始めちゃおう! 来たい人は第二会議室にGO! 温温とはらみんは強制参加ね!」

「歓迎会! 勿論やります!」

「は、はらみん……って私のこと?」


 そして偉い人がいなくなるや否や、陽キャの響による新加入剣士の歓迎会の開催が宣言される。今回の主役は温温さんと孕川さんだ。


 聞けば二班も今日来たばかりって話だから、孕川さんが響のペースを知らなくて当然だろう。

 もっとも温温さんは元からコミュ力が強い方だから難なく順応しているが。


「悪いけど私はパスするわ。実は錬金術が途中なのよね……」

「すまんが俺もメイディさんの件でしないといけない仕事があるから参加は遅れる。もしかすれば行けないかもしれん。焔衣、さっきの話はもう少し後でな」


 ここにいる十五名の剣士の内、まず頼才さんと閃理が歓迎会に不参加の意を示す。

 頼才さんはともかく、閃理も来ないのか。特命剣士について聞けるかと思ってただけにちょっと残念。


「じゃあ私は参加しようかしら~? 後輩こどもたちだけだと心配だから~」

「では私も。交流を深めるに歓迎会は最適です」

「僕は……ちょっと別の用事があるので……。あの、ごめんなさい」


 次に二班組。舞々子さんと凍原は参加の意思を見せるが、幻狼だけは不参加希望の模様。


 なんつーか意外だ。本人には悪いが周りに流されがちなイメージが少なからずあったから、こうしてはっきり意思表示するのは何だか珍しく思える。


「えっと、僕も参加してもいいですか?」

「えっ! 御曹司が参加!? 珍しーね。何かあったん?」


 と、ここで初めて聞く声が参加表明を……いや、俺からしても全くの初めてではないな。


 声のした方を見やれば、そこにいたのは一人の青年。俺と同じくらいか少し上なのか……響に御曹司と呼ばれたこの男、多分そうなんだろう。


「はい。師匠らに自由時間をいただいているので大丈夫です。それにまだ話が出来てない方がいますから、遅れながら挨拶をしようかなって」


 そう言いながら、ちらっと俺の方を見てきて一瞬ドキッとした。


 確かにその顔はどこか親の面影を感じる。もっともきついイメージのあるあちらとは違い、この人物はもっと表情は柔らかいけど。


「すみません、本当に今更なんですけど初めまして。僕は鍛冶田純騎かじた いとなって言います。あなたの活躍は聞いてます、焔衣さん」

「お、おう。よろしく……」


 そのまま俺の方へと近付くや否や、ご丁寧に挨拶をしてくる。

 この人が支部長の息子で見習い刀工兼支部所属の聖癖剣士か。ほぼ同いの歳にしては随分と大人びているな。


 ……いや、本当に同年代か? 背もあっちが高いし普通にカッコいい顔してるんだけど。


「先日工房で師匠らに怒鳴られてましたよね。遮霧さえぎりはきちんと直しましたから、安心してください」

「え、もう直したの!? まだあの日から一ヶ月も経ってないのに……」


 訝っていたらまさかの発言が飛び出た。まぁ怒鳴られたことについては仕方ないけど、まさか剣の修繕をもう終えたというのか……!?


 闇から護りきった代償として綺麗に真っ二つにしてしまった聖癖剣【眼隠剣遮霧めかくれけんさえぎり】……。そんなに早く直せる物なの?


「師匠らだったら一週間もかかりませんよ。僕は二週間と数日もかけてしまったので、まだまだ上手とは言えませんから」

「それ普通に早いのでは……?」

「実際早イ。日本のBlacksmith鍛冶師、High quality and fast w高品質かつ作業が早いork。普通、遮霧さえぎりくらいの破損だと一、二ヶ月はかけル」

「うわっ、いきなり話しかけるな! びっくりしただろうが」


 驚きの修繕速度に驚いていると、唐突にメルが会話に飛び込んできた。予想にもしない乱入は心臓に悪いから止めろ。


 とはいえやはり修繕技術は世界的に見ても相当なレベルらしい。流石は精密作業国家の日本。聖癖剣でも匠の技が光る。


「ちょっとー、主役を差し置いて何三人して盛り上がってるの? 参加ならこっち来なって」


「響さんが呼んでますね。焔衣さんたちも参加しますか?」

「勿論。メルは?」

「お菓子あるから行ク」


 ぺちゃくちゃと会話していたら響の召集がかかる。どうやらもう移動するみたいだ。

 当然俺とメルも参加。歓迎会に食い物は付き物だからな、不参加を選択する理由はない。


 そして歓迎会には俺、メル、舞々子さん、凍原。主催の響、輝井、真視に透子さん、日向、純騎。そして主役の温温さんと孕川さんの十二人が移動する。


 ……あれ? そういえばメイディさんは何処へ? 移動中にそのことに気付くとは我ながら鈍感。


 もしかして閃理に着いていったのかな。メイディさん絡みの仕事を片付けるために不参加にしたわけだし、可能性としてはなくはない。


 ちょっと気がかりではあるけど、心配したところで何にもならないよなぁ。あの人わりと神出鬼没だし。

 そう思いながら会場の第二会議室前へ到着。上機嫌な響が扉を開けたその瞬間────


「皆様、お待ちしておりました。誠に勝手ながら会場に少しばかり手を加えさせていただきました。お気に召しましたら幸いです」

「うわっ、びっくりしたぁ!」


 開けた扉のすぐ目の前。そこには何故かメイディさんがスタンバイしていた。え、何やってんの……?


 しかし、まさか先んじて移動していたとは思わなかった。一体どのタイミングでさっきの部屋から出て行ったのやら。


 それに会場に手を加えたとは? 妙な言い回しが引っかかるが、そんな些細な疑問などお構いなし。

 部屋の中へと通されると、そこにある光景を目撃することとなる。


「……って────うん? えーっと目の錯覚かな。いや、錯覚じゃない……!?」

「えっ、えええ──っ!? どこですかここは──!?」


 最初に出張っ──もとい、突入した響の困惑ぶりと輝井の甲高い絶叫がその先にある光景がどれほどの衝撃を含んでいるのかを物語る。


 第二会議室──そこは本来、剣士や支部の職員がミーティングなどをする際に使われる一室。

 前に俺の歓迎会が開かれた場所もそこになる。だから普段はどんな内装なのかは分かっているつもりだ。


 だが、今日に限りその考えは捨てなければならなさそうである。


「うっ……と、この感じ……空間跳躍の権能か」


 続けて入る俺。一瞬全身をぬるりと通り抜ける違和感を覚えたが、分かりきったことをいちいち気にする理由はない。


 扉を抜けた先は外。しかもただその一言で片付けられるような安っぽい場所などではない。


 綺麗に植えられた庭木、色とりどりの花が咲き誇る花壇。高く水を迸らせる噴水に小川を又にかける小橋などの水景物……。


 そしてすぐ後ろには俺たちが権能を介して出てきた立派な建築物。

 他にも様々な物があるが全部を見るには時間があまりにも足りなさすぎる。


 一言で例えると、ここはまるで西洋の貴族が所有するかの如きファンタジックな雰囲気漂う広く美しい庭園だったのだ。


「皆様、どうぞこちらへ。勿論遠慮はしなくても大丈夫です。ここは人目につかない場所にありますから、多少羽目を外していただいても構いませんので」

「素敵な場所……。こんな所があるなんて……」

「本当ね。いや、ちょっとこれは本当に驚いたわ」


 ぞろぞろと中へ……いや、外に足を踏み出す俺たち。流石にこの光景をお出しされて驚かない者はいないようだ。


 特に女性陣の驚きようはすさまじい。この世の物とは思えない美しい世界を前に真視や透子さんは感嘆のため息しか吐き出していない。


 マジでここは何なんだろうか。こんな綺麗な場所、存在するとさえ思っていなかったんだが。


「ここは一体……? これもあなたの権能によるものでしょうか?」

「はい。詳細は控えさせていただきますがここは日本から遠く離れた国にある私の私有地兼先代炎熱の聖癖剣士様の隠れ家です」


 舞々子さんの質問に即答がされた。まさかのメイディさんの私有地で、しかもばあちゃん隠れ家だとのこと。何気にヤバいことをサラッと言ったぞこの人。


 しかしそんな場所に俺たちを連れてきて良かったのだろうか? いくら私有地だとしても迷惑では……?


「見て、川だよ川! うわっ、魚もいる! マジヤバいんですけど!」

「うおおお、ここ撮影オーケーだったりします!? ダメならせめてスケッチの道具を持って来ても──」

「えっ、もしかしてこの彫刻……剣の原材料で出来てる!? 年々減り続けてる素材がこんな所に使われているなんて……」


「言ってる側から! ちょっとは遠慮しなさいってのよ。ここ私有地だって今言われただろ」


 早速この庭園の素晴らしさに暴走を始めかけている剣士がちらほらと見えているんですが。


 響たちのいつメンや漫画のネタ集めに貪欲な孕川さんはともかく、真面目な好青年のイメージだった純騎まで勝手をするとは……。


 それほどまでにこの庭園に魅了されているんだろう。まぁこんな幻想的な場所なんて一生かけてもお目にかかることもなさそうだしな。


「この庭園はある物語の伝承にあやかり『アヴァロン』と呼ばれていました。もっともここをそう呼ぶ者は始まりの聖癖剣士を除き、今や世界中のどこにもおりませんが」


 補足程度にメイディさんはこの庭園の名前を教えてくれた。


 剣士の物語と言えばアーサー王伝説だもんな。そこからネーミングを持ってくるとは昔の剣士も現代人とセンスはそれほど変わらないらしい。


 今はもう名前だけでなく存在ごと忘れ去られたこの庭園をメイディさんは一人で管理していたんだろう。

 こんなに綺麗な場所、誰にも見せないでおくには勿体ないもんな。


 変に気飾った店や誰もが一度は行きたいと考えるような所よりも、この庭園へ招待することこそが全員の記憶に残る良い思い出になると考えたに違いない。


「では気を取り直して会場へご案内します。こちらへどうぞ」


 色々と話し込んだりしてしまったが、これは元々温温さんと孕川さんを歓迎するために用意された舞台。


 主役たちを差し置いて庭園で遊んでる場合ではなかったな。危ない危ない。

 散り散りになりかけている剣士たちを何とか呼び戻してメイディさんの案内に着いていく。


 行き着いた先は背後にあった建造物。その裏口……いや正確には俺たちが出てきた扉が裏口で、連れて行かれたのが正門のようだ。


 例えるならミニサイズの城のよう。ここをばあちゃんも使っていたのだろうか?

 何かちょっとわくわくしている。中には一体何があるのだろう。


 俺にも他のみんなの好奇心が伝播してきたな。

 忘れ去られし地、アヴァロンに建つ先代炎熱の聖癖剣士の別荘……どんな所なのか見物だぜ。

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