第八十四癖『知らずとも引き合う、剣士と剣士』

 よもやこんなことになろうとは……。世の中何が起こるか分からないもんだなぁ。


 現在地は中国の上海浦東シャンハイプードン国際空港。そこでメイディさんはマスターによる指令を受けて、とある剣士を迎えにここへ足を運んでいた。


 剣士としての名は“昇華の聖癖剣士”。中々に権能がイメージしづらい名称である。

 その人を捜すためにターミナル2に来たのだけれども、その途中であることに気付いてしまうのだ。




「あれ、そういえば昇華の聖癖剣士がどんな容姿でターミナル2のどの辺で待っているかって訊いてなくないですか?」

「……言われてみれば確かにそうですね」




 そう、俺たちが捜している人物がそもそもどんな姿形をしているのか全く知らないのだ。


 待ち合わせているであろう場所だって詳細は不明。ターミナル2のどこかという具体性の欠片もない情報のみ。


 これでは仮にすれ違ったとしても気付くはずもない。メイディさんと言えども閃理のような一目で物事を看破する力は持ち合わせていない。


 俺も『メスガキ聖癖章』をまだ自分の所有物にすることを認められてないから、剣の力にだって頼れないのが現状。


 これは……やっちまいましたなぁ。さて、どうするんだ?




「申し訳ありません、ご主人様! 私としたことが早とちりをしてしまうなどメイドとしてあるまじき失態。どうかこの身に罰をお与えください……」

「いや、いいってそんなの。そもそも状況的に今は人目があるから出来ないし」




 案の定深々と頭を下げてミスを詫びるメイディさん。うむ、やると思ったわ。

 しかし、現在はすでに空港内に入っていて、人は大勢いるわけだ。


 ただでさえメイド服を着ているせいで目立っている上に、未成年に頭を下げている光景。どんなプレイだって思われてるだろ!


 現に結構な数の人がこっちをちらちらと見ている。正直今謝らないで欲しい限りだ。元々そんなに気にしてないしな。




「うーん、取りあえず戻るべきかなぁ。でもここまで歩いてくる間に絶対どこかに行ってるよなぁ」




 メイディさんに頭を上げさせると、今度は考えに耽る。

 実を言うと空間跳躍の権能で空港へ直接来たわけではない。


 曰く、監視カメラが多くある空港内では権能を使いづらいのだそう。故に少しだけ遠くから出て歩きでここに来ているのだ。


 だから応接間での件から現時刻に至るまでには十数分ほどの時間が空いている。

 支部長はきっと上海にあるという支部に連絡を入れたら、自分の仕事に戻っているに違いない。




「仕方がありません。これも全て私の責任。直接戻り、詳細を確認して来ます」

「いいんですか? というか戻るなら俺も戻りたいんですけど……」

「いいえ、ご主人様のお手を煩わせるようなことは致しません。なるべく早く戻るよう務めますので、ご主人様は空港内にてお待ちください」




 ……ということがあり、メイディさんは再び監視カメラが行き届かない人目のない場所へ移動。俺は空港内のお土産コーナーらしき場所で待機していた。


 戻りたいって言ったのは同行って意味じゃなくて、日本で待っていたいって意味だったんだけどなぁ。

 だが待たされる以上はきっと意味があるんだろう。そう信じて俺はここで帰りを待つ。


「にしても本当に中国にいるんだなぁ。ありとあらゆる文字が読めねぇ。ばあちゃんは一体どうやって世界を旅してたんだ?」


 あの人の帰りを待つ間、俺はお土産の品を物色。

 手に取る商品全ての文字が中国語。値札の金額も、確か元って言うんだったか? それ表記になっていて安いのか高いのかも分からない。


 こうして見ると、ますます自分が今海外にいるんだと実感が湧いてくる。

 前のはアゼルバイジャンの地方で昔話を聞きながらお菓子を食べたくらいだったが、今回は状況が一変。


 人もまばらだった前回とは違い、ここは大勢の人々で賑わいを見せている。故に悪意のある存在が嫌に気になって仕方がない。


 日本は犯罪の少ない国だ。それのせいで他の国にはどうにも身の危険を感じさせるレベルの治安という固定概念がある。


 実際にはそうでなくとも警戒は怠れないよな。特に誘拐なんてクソ食らえだ。


「あぁ、早く帰ってきてくれないかなぁ。あんまり長すぎると正直不安になるな」


 無駄に警戒を高めつつ、俺はいつ帰ってくるかも分からないメイドさんを待ちわびる。


 こんなに人がいるのに孤独を感じるのも、一人海外へ放逐されたも同然の状況だからかな。人の心理も侮れない。


 お土産のコーナーを物色するにも飽きてきた頃、俺は少しでも人の気が少ない場所で落ち着くために今いる場所から離れようとした────その時だ。


哎哟いたっ!?」

「うぉっ!?」


 ドンッ、と全身に走る衝撃。これに驚いたあまり、俺の心臓が爆発したかと思ったのは秘密。

 そしてお互いに倒れる。俺は前のめりになって床に衝突しかけるけど、まぁ普通に無傷で済んだ。


 一方でぶつかってきた相手は……女性だ。薄めの茶髪を小さいお団子状にした髪型で、あと胸が大き……いやそこは気にしないでおこう。


 キャリーケースを引いてるから、多分この人も空港の利用客だ。そりゃそうか。


对不起ごめんなさい你受伤了吗お怪我はないですか?」


 そしてすぐさま女性は俺に声をかけてきた。……勿論中国語で。

 もしかして怒ってる? いやでもパッと見じゃ怒ってるというよりも普通に心配してくれている?


 ううむ、中国語って早口だから怒ってるっぽいイメージで分かりづらいよなぁ。

 取りあえず前向きな内容だと信じて俺も返答する。


「あー……、えっと。こういう時は確か……も、無問題モーマンタイ? あー、ノーダメージ? セーフ? 気にしないでって中国語でどう言うんだ?」


 俺の知ってる中国語? みたいな、それっぽいワードを出すものの、不安になって今度はカタカナ英語で心配をかけさせるようなことにはなっていないことを伝えようとする。


 まぁ中国語どころか英語自体もそんなに得意じゃないから無意味なんですけどもね。


 これ、相手に「ハァ?」って思われたら最悪だ。

 印象も良くはない上に恥ずかしい。そして何よりこう……とにかくバベルの塔許さねぇ!


 言語の壁はやはり分厚い……。そう勝手に悲観していたら、話は思わぬ幸運を招く。


「あなた日本人? 私、日本語出来ます。怪我大丈夫ですか?」

「あっ、それマジすか? 中国語なんて分かんないから喋れる人で良かった。こっちこそすみません。これでもまぁまぁ鍛えてるんで」


 なんと、相手の女性は日本語を話せるようだった。

 これはラッキー! 若いのにここまでよく話せるもんだ。


 良かった……言葉の壁には抜け道があったみたい。ふぅ、ヒヤヒヤさせやがって。

 とにもかくにも日本語が通じるならお言葉に甘えさせていただこう。


 だが安心するのも束の間。今度は向こうが何故か俺のことをじろじろと見てくるのだ。

 むっ、この感じ……何かデジャブ。初対面の人にこうして見られるのは閃理と初めて会った時以来だ。


 もしかして怪しまれてる? 別にそう訝られるような物を持ってるわけではないはずだが……。


「……あなた、どこから来ました? 旅行しに来た人でも留学生でもなさそうな感じです。何者ですか?」


 ううむ、そういうことか。どうやらここに来た経緯が経緯であるため、逆に何も持ってない、何も話せないというのが怪しまれる要素だったらしい。


 どうしよう、どうやってここに来たかなんて一般人に説明出来るはずない。だからと言って黙っていたら、逆に俺が怪しまれてしまうだろう。


 テレビとかでは旅行者に薬物を持たせて密輸させる手法があると聞くし、変な誤解を与えてしまうのはいただけない。


 うーむ、仕方がない。ここはあえて素直に話してみることにする。相手には軽い冗談だと受け取ってもらえればそれでいい。


「あー、えっと……実は、さっきこの国に連れてこられて困ってたところなんです。信じられないでしょうけど……」


 対する相手の反応。案の定さらに訝しげな顔になる。もしかしたら失敗だったかもしれねェ……。


 いくら日本語が分かるとはいえ、今の発言は間違いなく日本語的にも正しくない。なんだよいきなり海外に連れてこられたって。


 俺の後先考えたつもりでも、そのもう一歩先を考えずに実行へ移してしまうのもマズい癖だ。直せるものなら直しておきたいところ。


「……えっと、どうかしましたか?」

「エッ、あ、何でもありませんですよ! あ、そうだ。出会いは一期一会。これ私の好きなことわざ。少しお話しませんですか? 飛行機の時間、まだ余裕ありますですから!」


 あまりにも黙っているもんだから、返答を待ちきれなかった俺はつい話しかけてしまう。

 女性の方は何だか挙動が不審である。やはり俺のことを怪しんでいるに違いない。


 だってそうでもなきゃこうして見ず知らずの人と話なんかしようとは思わないはず。ドラマやアニメじゃないんだからさ。


 とはいえ俺もメイディさんを待つ間はどうにも寂しかったことに変わりはない。

 帰ってきてくれれば俺の無実も証明出来るし、何より良い暇潰しになる。


 それに、どうせ断ればさらに怪しまれるのは確実。リスクはなるべく避けて通りたいから、ここはあえて乗ってやるさ。


「あー、うーん……。確かに俺も待ってる間は暇だしなぁ。分かりました。じゃあちょっとだけおしゃべりしましょうか」

「……! 本当ですか!? 謝謝ありがとうございます!」


 おしゃべりを許可すると、女性の方は普通に笑顔で接してくれる。


 いくら危機を回避するためとはいえ、こうして初対面で海外の人と話すのは初めて。印象が悪くならないよう気をつけておく。


「私、煙温汽イェンウォンチー温温ウォンウォンて呼んでください。よろしくお願いしますです」

「ああ、俺は焔衣兼人。呼ばれ方は気にしないので。それじゃあ……、何の話をします?」


 自然とお互いに自己紹介をし合う。ふむ、いきなり愛称呼びをさせにくるとは、もしや響と同じコミュ力お化けだな?


 煙温汽イェンウォンチー……もとい温温さん。悪い人ではなさそうだが、俺を怪しんでいるかもしれない以上警戒は怠れない。


 素性を明かしにくる可能性がある以上、余計なことは言わないよう心がける。


「私、実はこれから日本行きますです。日本語、沢山勉強してます。だから焔衣さんと話せるのは私にとってありがたいことです。一応聞きます、私の日本語おかしくないですか?」

「あ、うん。普通に大丈夫だと思います。少し癖のあるですます口調になってますけど」

「ですます口調! ……って何ですか?」


 どうやら温温さんは日本への旅行者のようだ。どの便で出航するかはさておき、長いおしゃべりにはならなさそう。


 しかし、ここまで日本語を話せるのはすごいな。メルは時々英語混じりの話し方になるのに、温温さんはそういうのがほとんどない。


 相当頑張って覚えたんだな。勿論メルだって今もまだ勉強を続けているから、どっちが偉いってわけでもないが。


「私、温泉好きです。日本の温泉巡りします。実家も温泉宿みたいなのしてました。今はありませんけど」

「へ、へぇ~、そっか……」


 重い! 趣味の話に切り替わった途端いきなり重い話になった! 返答に困る話題を振るのは止めろ!


 まさか試されているのか、俺の会話力を。

 あえて触れづらい話題を出すことでどういう人間かを見定めているって魂胆?


 いいぜ、俺とて人との会話から逃げるような真似はしない。

 そもそも怪しまれている現状、会話に躓くことは即アウトに繋がりかねない。その試練、受けて立つ!


「もしかして温泉巡りも家業のためですか? よく仕事を再建させるために一から勉強し直すって人とかいますし」

「はい! 私、日本の温泉の良いところ学びます。それを地元で再現して、復活させます。私の夢です!」


 ……ヤバいな。なんて眩しい人柄だ。ちょっと直視出来ない。

 あまりにも良い子過ぎないか? 家業を再建させるために日本の温泉からノウハウを学ぼうとしている。


 そのためだけに日本語を覚えたとは……なんて健気なんだ。

 くっ、俺こういうのに弱い。人間の鑑か何かか?


 何かこの人のことを応援したくなったわ。もし番組関係者とかだったら密着取材とかしてるかも。それくらい感動している。


「温温さんはすごい人だ。もし俺がその立場だったら、きっと何もしないまま諦めてると思います。行動力とかそういうところ、素直に尊敬出来る」


 気付けば素直な感情をそのまま言葉にしていた。

 温温さんが本気で家業の再建という夢に立ち向かっていることに俺はそれほどまでに感銘を受けているんだな。


 今でこそ剣士としての責務や先代の意志などを背負ってはいるものの、将来的にどうなりたいかまでは依然全く不明瞭のまま。俺は将来の夢をいつからか持たなくなっていたみたいだ。


 そういえば子供の頃に思ってたなりたい職業って何だったかなぁ。板前とかそんな感じだった気がする。


「い、いやぁ……。私は家族や常連さんらの悔しさをぶつけるためにここにいるだけです。そう大した覚悟を持て日本に行くわけじゃ……」

「そうだとしても俺は温温さんのことを応援します。叶うまで何年かかるのか分からないけど、もし温泉宿を開けたら是非行かせてください。俺はずっと待ってますから」


 ついろくに叶えられそうもない約束を口走ってしまった。でも行けるのであれば喜んで行かせてもらうつもりではいる。


 縁が導いてくれれば、マスターが考えているという俺の世界旅で温温さんと会うかもしれない。


 何なら別れた後、日本でばったり遭遇するかもしれないしな。旅は一期一会で終わらないケースだってあるかもだぜ。


「……あなた良い人です。ちょと怪しい人だと疑てたのが恥ずかしいです」

「いや、今の俺は場違いなんでその考えは間違ってないと思います。むしろ怪しまれて当然ですよ」


 ちょろっと温温さんの本心が見えてしまったな。やはり疑われてたようで少しショック。

 軽い罪悪感を感じている温温さんをフォローしつつ、俺は改めてクスッと笑う。


 おそらく今回は極めて稀なケースなんだろうけど、こうして海外の人と気軽に話せるとは思わなかった。

 世界を旅するならこういう感じに交流していきたいな。毎度ここまで上手くいかないとは思うけど。


 それにしても……メイディさん遅いな。行って戻ってくるだけなら一瞬だろうに。

 まさか支部長にまたとやかく言われてるのでは? あるいはもう県外へ出張してしまって、目下捜索中なのでは────


「……ん?」


 そこまで考えた時、俺はふと視界に映った場所にある違和感に気付く。


 その場所とはお土産コーナーの一つである免税店。商品の棚に隠れてちらりと見える白と黒のロングスカートが揺れていた。


 ……まさかとは思うけど、アレじゃね?

 いや、でももしものケースだってあるだろうし、ここは慎重に行こう。


「どうかしましたですか?」

「あ、いや別に。ただちょっと俺たちの会話を盗み聞いている人がいるかもなんで、ちょいと様子を見に」


 俺の唐突な行動に反応する温温さん。驚かせてしまったのは少し申し訳ないことをしてしまった。

 でもまぁ犯人に心当たりがあるから軽い気持ちでいるのとは裏腹に、温温さんの表情は何故か固い。


他们可能是某个邪恶组织的间谍まさか闇の諜報員とかかな? 如果是这样,我们不能忽视它だったら無視は出来ないよね……! 焔衣さん、私も一緒に確認行きます。もし悪い人なら危ないかもです」

「別にそんな心配しなくとも……」

「私、これでも強いのであなたを守れます。もしもを疎かにするのは危険です。中国、治安絶対良いと言い切れないです」


 小声の中国語は何て言ったのかさっぱりだが、どうやら俺のことを心配してくれているらしい。

 しかし治安のことを持ち出されると流石に不安になる。それ関係が良くないイメージが強いからな、中国は。


 でもメイド服の人なんて見せたらむしろ驚かせてしまいそうだ。そこはちょいと心配だけど、もしものことを考えるとついてもらった方がいいかも?


 とはいえあの人が帰ってきているのなら遅かれ早かれの問題か。うん、なら一緒に行っても変わりはないか。


 ということで温温さんにも同行してもらって免税店へと接近。徐々に近付くスカートの裾に注目しつつ、俺は陰に隠れるその姿を暴く。


「やっぱりメイディさんだった。戻ってるなら早く言ってくださいって」

「申し訳ありません。楽しそうにお話をされているものですから、お邪魔するのも失礼かと思いまして」


 謎の監視者の正体、それはやっぱりメイディさんで間違いなかったようだ。

 空気が読めているというか、あるいは意地悪とでも言うのか……メイディさんはこういうとこある。


 ともあれ無事に帰ってきたんだ。後はミッションの詳細を聞き出し、剣士を捜すだけ。

 お別れの時だ。温温さんには悪いが良い暇潰しになった。陰ながらあんたの夢は応援させてもらうぜ。


 俺は一言感謝を言うために後ろを振り向いた。そして彼女の異変に気付く。


「なっ……、あっ……!? 你真的穿得像个女仆メイド服の人!?」

「えっ、何!? 何て?」


 メイディさんを震える指で指し示しながら、突然大きな声で中国語を叫んだ。


 何々、どういうことなわけ? まさか今回も知り合いだったパターンか?

 俺は取りあえずわなわなと震える温温さんに声をかける。


「ど、どうかしたんですか? メイディさんのことを知ってるとか?」

「あ、いや。えと……実は私、本当は飛行機待てる訳じゃなく、人捜ししてます。空港でメイド服の人、職場の人に言われてます。もしかしてあなたですか!?」


 何……だと……!? 空港で待ち合わせってことは、つまり俺たちの目的地と一緒じゃん!

 そんでもって思い出せ。確か支部長は中国の支部に連絡を入れると言っていたはず。


 速攻で話が伝わっていたのなら、目的の剣士がここにいてもおかしくはない。ってことはまさか……!?

 すぐにメイディさんへ視線を戻すと、こくんと頷いて支部へ戻って得た情報を教えてくれる。


「“昇華の聖癖剣士”様のお名前は煙温汽イェンウォンチー様。趣味は入浴、実家は宿泊施設を経営しておりました。お間違いはありませんでしょうか?」

「はい! それ私です! 私が煙温汽! じゃあ、あなたが日本支部からのお迎えの人ですか!?」

「温温さんが……聖癖剣士!?」


 こ、こんなことがあってもいいのか!? まさか温温さんが俺たちが捜していた人だったなんて!


 想像の十倍以上早く縁が巡ってきたんだが!? 日本でばったり出くわすどころか支部所属になることが確定してしまったぞ!?


 温泉宿の建て直しを目標に勉強のために来日するはずだった人が、あろうことか闇と戦う者の一人だったとは。どういう確率なんだこれは。


「うん? メイド服の人と知り合いてことは、もしかして焔衣さんも剣士ですか?」

「あ、ああ。実は俺も剣士で“炎熱の聖癖剣士”って名前で……。これ俺の剣です」


 ここで温温さんも俺が剣士であることに気付いた模様。

 一応身分を証明するために、肌身離さず持ち歩く鞘と剣の柄頭を見せておく。


 余談だが鞘に入った剣を見せるというのは光の剣士にとっては身分の証明になるらしい。使い方が限定的だからかやる人はあまりいないようだけど。


「炎熱の……てことは、焔衣さんが話に聞く焔神えんじんの剣士ですか!? 悪癖円卓マリス・サークルを五人も倒したという!?」

「噂に尾びれが付いてるー!? いや別に倒してませんから! 撃退しただけなんで!」


 やはり海外……海という壁に隔てられた世界である以上、誤った情報が生まれてしまっているようだ。


 五回にも及ぶ闇の襲撃を退けた、が五人の悪癖円卓マリス・サークルを倒した、になってしまっている。そんな先代ばりの偉業達成してないから!?


 お隣の国でこの酷さ。別の地域ならもっとねじ曲がった伝わり方してそうで怖いな。


「申し訳ないことしました。知らなかたとはいえ、私あなたを闇の剣士だと少し怪しんでました。ごめんなさい」

「俺、そんな風に思われてたの? 怪しまれてるとは分かってたけど、てっきり薬の運び屋に疑われてたかとばかり……」

「はい。でも闇は密輸に協力してる話も聞いたことあります。何するか分からない相手です。怪しい人を見かけるとつい動いてしまいます」


 そうなの? 闇はやっぱり悪の組織じゃねぇか。

 薬の密輸に関わってるとかろくでもないことをしてやがる。確かに超常の力を行使出来るから不可能ではないか。


 しかし、温温さんは怪しい相手を見つけても臆することなく立ち向かえるんだな。

 特に今回みたく初対面の相手に引くことなく話しかけるあたり、度胸があるというかなんというか。


「ではお互いに目標の人物を探し出せたところで日本へ戻りましょう。支部のみなさんもお待ちしていますから」

「え? でも待てください。確かに支部からすぐに行けるよう手配したと聞いてます。でも飛行機の券無いです。船で行くですか?」


 会話もそこそこにメイディさんは早速帰国の準備に取りかかる。


 でもこの中で唯一状況を知らないのは温温さんだけ。そりゃあ異次元の権能がどんな物なのか知らないし当然だ。


「俺たちは船でも飛行機でもない方法でここに来たんだ。同じ方法で温温さんも日本に行くんです」

「船でも飛行機でもない……? それ、どういうことですか?」


 俺の発言が理解出来ないのか困惑したままの温温さんを連れて、俺たちは空港内を進む。


 なるべく人目のつかない場所に移動すると、その直後足下に俺たち三人がすっぽりと入ってしまう穴が出現した!


「んなっ……!?」

「少々失礼致します。そのまま日本支部まで落下しますので、足下にお気をつけください」


 途中ではぐれてしまわないよう──もっともはぐれるほどの時間はかからないが──メイディさんはしっかりと温温さんと俺を抱き寄せる。


「きょわ────…………ッ!?」


 そして──そのまま落下! 空間が繋いだ先にある場所へ俺たちは落ちるように移動する。


 温温さんの叫びは空しくも空港内に響き渡った。これが後日、原因不明の絶叫として中国で少し話題になることを俺たちは知らない。











 焔衣たちが支部長に招かれてから早くも半時間近くが経過する。


 ああ、理明わからせの範囲内であるため、応接間で何を話していたか、何が起こっているのかは大体把握はしている。


 まさか焔衣の移籍を止めるためにマスターをお呼び出しするとは。もっとも始まりの聖癖剣士なだけあり、あの方とも知り合いだろうとは思っていたが。


 そして、さらに予想外だったのはそのマスターから指令が下されたことである。


 中国から異動する予定だった剣士、煙温汽。彼女が日本に来ることはともかく、トラブル発生により延期になったことを知っていたとはな。

 それをメイディさんの権能を用いることで予定通りの時刻に間に合わさせる……うむ、実に合理的である。



【聖癖暴露・炯眼剣綺羅けいがんけんきら! 聖なる星々が放つ不変の煌めき!】



「五等星の光・コメットシュート!」



【聖癖暴露・擬獣剣偽嘘ぎじゅうけんいつわり! 聖なる幻影は万物さえも騙し尽くす!】



「九尾幻想の影……!」



 俺が考えに耽っていると、二つの聖癖暴露撃が発動された。


 向かって右側にいる剣士──輝井星皇が持つ銃形態となっている剣から青白い光の弾丸が高速で発射された。


 光が届く先──そこにいるのは狐野幻狼。同じく暴露撃によって権能を発動しつつ剣を構え、迫り来る攻撃を迎撃する姿勢を見せている。


 そして輝井の暴露撃が命中──したその時、幻狼の姿は一瞬にして霧散し、代わりに狐の幻影が出現。場を駆け巡り始めるのだった。


「むむっ! やっぱり幻狼くんの技は厄介ですね。これじゃあ幻影を消すどころか増えてしまう……」

「この技は幻影を破壊すれば逆に増えるようになっています。分裂した幻影もまた破壊すると増える……。下手に攻撃すると無限に増えていくので気を付けてください」


 今は幻狼と輝井が訓練も兼ねた交流試合中だ。審判は例によって俺が務めている。

 焔衣たちの帰りを待つ間の時間を潰すべく、鍛錬に励んでいるというわけだ。


 余談だがこれは三試合目。一戦十分ほどとして、第一試合を響対凍原、第二は舞々子対透子というように試合を立て続けに行っている。


 二班の面々と支部組の戦いは実に久しいからな。輝井たちにとっても現在の実力を再確認するという意味でも有意義と言える時間だ。


「……っ! そこ──って、外れ!?」

「僕はこっちです! 隙ありっ」

「いたぁっ!? ああもう、これ攻略難しくありませんか!?」


 ここで狐の幻影に惑わされながらも剣を振るう輝井。しかし、厄介さなら支部の中でも随一な性能を持つ偽嘘いつわりに翻弄されっぱなしだな。


 迫り来る幻影を斬り伏せた瞬間、先の説明通りに再度分裂。それどころか背後に迫っていた本物の幻狼から一撃を食らってしまう。


 偽嘘いつわりは真正面から攻略出来る剣ではない。攻略するには理明わからせのようなピンポイントで弱点を突ける聖癖を必要とする。

 それを輝井は持っているかどうか……いや、持ってはいなさそうだ。


「くっ、こうなったら……! これしかない!」



【──解放撃を使おうとしているよぉ】



「輝井の奴、本気か。理明わからせ、他の剣士たちに避難と建物への損害を防ぐよう指示を」


 不意に理明わからせの未来予測で輝井がこれから出そうとしている手を察知。


 いくら正攻法が効かない相手とはいえ、解放撃を使おうとするとは驚いた。

 襲撃の件が関係しているのか、リスクを伴う技の使用に躊躇いが無くなってきたように感じる。


 取りあえず被害を最小限に食い止めるために手配をしておく。特に『星』の権能を宿す綺羅きらの解放撃は内容によっては危険だからな。



【聖癖リード・『キラキラ目』『キラキラ目』『キラキラ目』! 聖癖重複! 潜在聖癖解放撃!】



「行きます! 幻狼くん、君を倒しますけど──絶対に死なないでくださいよ!」

「ひぇ……」


 承認される解放撃。再び銃形態にした綺羅きらの銃口からは光が溢れ出ようとしている。

 加減はするつもりだろうが、最悪の結末にならないよう幻狼に強く言う。


 そして──空に向かって引き金を引いた。

 放出される光の塊は空高く上昇していき、支部の建物よりも高い位置へ。


 次の瞬間、弾けた光の塊から紅い石が弾け、サークルを描くように浮遊し始める。

 その直径はおおよそ二十メートルだろう。輝井は巨大な円環を空に作り出したのか。


 これは……俺も手伝わなければならなそうだ。

 あまり良くない報せを理明わからせは何度も俺に伝えているものでな。



「一等星の光──メテオライトシャワー!!」



 輝井本人による始動の合図。その瞬間、空の円環の内側は暗黒に染まり、小さな煌めきが瞬き始める。


 来るか──……? そう思った時にはすでに、俺たちは全員動いていた。


 宇宙空間とリンクした円環から一際強い光を纏う何かが出現。

 そのまま落下すると爆発にも等しい衝撃を放ちながら大地を抉る。


「うわああぁぁっ!?」


 幻狼の悲鳴。だが今のは命中ではなく衝撃波に当てられただけのようだ。

 これは────そう、流星。輝井の奴め、随分と大げさな方法で攻略しにかかってきたな。


「絶対に避けてくださいよ!? 自分もなるべく威力とかセーブするので!」

「そ、そんなこと言われても……!」


 蚊帳の外にいる俺が言える台詞ではないが、そう釘を刺すのならば解放撃など使わない方が良かったと思うんだがな。


 だが発動された以上暴露撃や開示攻撃とは違い途中で取り消しは出来ない。

 故に幻狼は頑張って避けきってもらうしかない。相当厳しい一幕になりそうだ。


 遠くで行く末を懸念しつつ、建物への被害を抑えるよう二班と支部直属の面々が防御系の聖癖を行使して備える。


 そして次々と降り注ぐ流星の雨。加減しているとはいえ開放撃、落下速度や威力が他と比較にならない程に高く、直撃すれば大怪我よりも酷い状態になりえるだろう。


 輝井が攻略に選んだ方法とは広範囲攻撃。攻撃が当たらないのなら、当たってしまうほど攻撃すればいいという考え。

 これならば騙し討ちの戦法を得意とする幻狼には相性が良い。


「うっ、はぁ、はぁっ……! ぐううっ……」


 建物の保護のために距離を取っているため、権能の効果範囲から外れているからか、ここからでは幻狼がバタバタと周囲を走り回っている姿しか見えない。


 時折爆風に押し出され、小柄な体格が地面に叩きつけられるように転がっていく。直接的な命中こそないが、ダメージは十分に受けている。


 これがどこまで続くのか……。長くなるようなら最悪割り込んででも止めにいかねば。



【──解放撃の範囲内の空間に二人とは違う別の権能を感じるよぉ】

【──始まりの聖癖剣士が現れるよっ】



「な、何ッ!?」


 すると、ここで理明わからせが衝撃の情報を寄越してくる。

 始まりの聖癖剣士の権能……!? まさか、ここに来るとでもいうのか!?


 もしそうなのだとすればタイミングが悪過ぎる。

 無数の隕石が降り注がれている危険地帯と化している今、下手に侵入すればいくら始まりの聖癖剣士と言えども……。


 そしておそらく焔衣と煙温汽もそこから現れる!

 まずいぞ、今すぐに止めなければならない理由が出来た!


「舞々子、すまん! この試合は一時中断にする!」

「えっ、わ、分かったわ! 皆、閃理くんが抜けた分をカバーしてあげて!」


 俺は舞々子に防衛を任せると、すぐに建物から離れ、剣を手にしながら試合の強制的な中断に望む。


 輝井の隕石を召喚する技は円環を破壊すれば強制的に止められる。普段よりも特段高い位置にあるが、斬撃の波動が届けば問題はない!


 次々と降りかかる隕石。そして接近して初めて分かったが、この場は増える狐の幻影で溢れ返っており、視界がすこぶる悪い!


 幻影に隠れて見えないクレーターに躓きそうになるも、何とか射程距離まで近付く。理明わからせを構え、光の衝撃波を撃とうとしたその時──



【──始まりの聖癖剣士が来たよぉ!】



「何っ……!?」


 その報せとほぼ同時に幻影で溢れ、クレーターだらけの広場の中央に異次元の穴が開く!

 予想よりかなり早い! このままでは被弾しかねないぞ!



「きょわ────ッ!? ……ってあれ?」

「うぉっとっと、今のを日向は延々と繰り返してたのか……って、何だこの動物!? ってか地面も何でこんなボコボコになってんの!?」



 案の定新たな剣士も含めた三人が穴から落ちてくるように現れた。だがやはり場所が悪すぎる!

 今し方いる場所に向かって、新たな流星が落ちようとしているのを理明わからせが察知したからだ!



「焔衣、温温、メイディさん! そこから逃げろォ────ッ!!」



 この状況には流石の俺も焦らざるを得ない。

 これほどまでの大声で叫んだのもいつ以来かも分からないくらいに、必死に呼びかけた。


 俺の絶叫に気付いた三人、そして空を見上げて状況を高速で理解する。



「い、隕石────!?」

你这是什么意思どういうことー!?」



 慌てふためく二人。慌ててその場から逃げようとするが、クレーターに躓き派手に転ぶなどする。

 不味い……隕石の速度的にもう間に合わない。こうなれば最悪俺の寿命を削ってでも──



「サプライズにしては些か過激ですね。もっとも、この歓迎はあまり喜ばしい物ではありませんが」



 覚悟を決めた瞬間、唯一これといった反応を見せていなかった始まりの聖癖剣士が動く。


 迫り来る隕石を見上げ、手を翳す。その刹那、手の先から白い渦が巻き起がると、竜巻のようになり天高く上昇する。


 そして翳していた手は無を握り潰すように指を収めさせると、落下するはずだった隕石は勿論他の隕石も飲み込み、終いにはそれ以上に高い位置にある円環まで取り込んでそのまま霧散。


 流星の雨により天変地異になりかけていた広場は一瞬で平和が取り戻された。

 嫌に静寂さが響く。先ほどまでの絵図はまるで無かったかのようだ。


「自分の解放撃が……!?」

「た、助かった……」


 この事態を引き起こした輝井は驚きのあまり呆然と立ち尽くし、幻狼も事態が収束したことに安堵のため息を吐き出す。同時に狐の幻影も一気に消滅した。


 俺も驚きだ。綺羅きらの解放撃をこれほどまでに呆気なく終わらせるという、信じられない物を見てしまったのだから。


「先ほどの隕石と円環は宇宙空間へと転移させておきました。ご主人様、煙温汽様、そして閃理様、お怪我はありませんか?」

「し、死ぬほどビビった……」

「もうわけ分かりませんです……。日本支部怖いです」


 先ほどの状況へいきなり放り込まれた焔衣と煙温汽からは心労の色が見えている。

 まさか戦闘中に広場のど真ん中に現れるとは思わないだろう。そうなって当然だ。


 とにかく大事に至らなくて何より。今年に入って一番肝を冷やしたと我ながら思う。

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