第八十三癖『トラブル勃発、隣国への遣い』

「ま、マスター……。何故あなたがここへ……!?」

「面と向かって会うのは二年ぶりだな、鍛冶田支部長。それに焔衣兼人、君の活躍は聞いているぞ」

「め、滅相もないです!」


 予想外も甚だしいレベルの人物が召還されてしまい、呆然とせざるを得ない支部長。

 そして急に話しかけられて焦る俺。直で会うのはこれが初めてだししゃーない。


 まさかのマスターという助け船としては豪華客船どころか箱舟相当にもなるであろうお方をお出ししてくるとは……。メイディさん、人脈がヤバい。


「マスター・ソードマン、今回お越しいただいた理由をご説明します。鍛冶田支部長は私を支部に置きたいがために、ご主人様──焔衣兼人様を支部直属に変更なさるおつもりです。この件について一つご意見をお伺いしたく、お呼びした所存です」


 俺たちが固まっている最中にも関わらず、メイディさんは事の経緯を簡単に説明する。


 というかマスターのことを呼び捨てにするんだ。敬語口調は変わらないけど、明らかに他とは一線を画する態度なのは驚きである。


 ぶっちゃけ言って末端のいざこざに過ぎないこの件について組織の最高幹部たるマスターはどう答えるんだろうな。


「なるほど。ふむ……うむ? ご主人様、ということはメイディ。まさか……」

「はい。本日より私、メイディ・サーベリアは兼人様の専属メイドとして仕えさせていただくことになっております」

「おお、そうか。君にもついにこの時がやってきたようで何よりだ。おめでとう」


 深く考え込む……のもつかの間。何やらマスターはメイディさんが俺の呼び方に興味を持った模様。

 えぇ、どういうことなの? つーかマスターは俺とメイディさんの契約について何か知っているのか?


 ついに、という言い方から察するに昔からこうなることを予感していたみたいだが……はて、予想すらさっぱりだ。


「……すまん、話が脱線してしまったな。結論から言えば移籍の許可は出来ない」

「……ッ!? 何故ですか!?」


 余計な話になりかけたのを自制しつつ、マスターは今回の件について早くも結論を出した。

 移籍の認可は出来ない、というもの。この一言で俺の不安は一瞬解消されるものの、また新たな疑問が。


 さっきも思ったことだが、この件は上層部からすると超どうでもいい話に過ぎない。海外から異動するのならばともかく、国内ならまさに末端の話。


 いくら支部長という身分の人が勝手に決めつけようとしていたところで、それが組織の不利益に繋がるどころかむしろ今回は利益的だ。


 俺でさえそうすぐに思ったんだ。支部長は当然のようにマスターの意見に噛みつく。


「お言葉ですがマスター。あなたは誰よりも彼女の力を理解しているはず。異次元の聖癖剣士の存在自体が闇への抑止力に繋がります。そのことも十分にお分かりではありませんか!」

「確かに君の言うことはもっともだが、メイディは自分が仕えている人物を介して他人の命令を聞くのが嫌いなのだ。だからこうして私を呼び寄せた……そうだろう?」

「恥ずかしながら仰る通りです」


 支部長曰く、メイディさんの存在そのものが闇を牽制するに足り得るのだという。


 確かにそれなら支部にいるだけで前のような襲撃はしてこなくなるだろうし、何なら今より関わりを避けに出る可能性だってある。


 別に当人を闇と戦わせようとしているわけじゃないのであれば、居てやってもいいんじゃないか?

 にしても主人を介して他人に使われるのが嫌い、か。なんというか意外な面をここで知ってしまった。


「それに私が焔衣兼人を行動班にする許可を出したのは彼が家事の得意な人間だからだけではない。彼は先代炎熱の聖癖剣士である焔巫女の孫なのだ」

「なっ……!? それは事実なのですか!?」

「い、一応そうらしいです……。俺も最近知ったんですけど」


 おっと、ここでマスターは俺のばあちゃんのことを支部長に暴露したぞ。


 というかマスターは知ってたんですね、俺が焔巫女の孫だってことを。まぁ組織の最高権力者だし知っていてもおかしくはないが。


 このカミングアウトに厳めしい鉄面皮に驚きの表情を浮かばせる支部長。どうやらこの人も知らなかった話のようだ。


 というかばあちゃんって秘密主義の人だから、こうやって自分のことを暴露されるのは嫌がらないか? いくら故人とはいえ失礼じゃない?


「私は彼に多くの経験を得させたいのだ。ただでさえ過去最強の剣士の孫で伝説たる剣の後継者となったプレッシャーは一人で抱えるには大きすぎるからな。今はまだ日本国内に留めておるが、将来的には焔巫女と同じく世界を旅してもらいたいとも考えておる」

「初耳なんですがそれは……」


 個人的な疑問などさておき、マスターはとある話を口にし始めた。それは俺が行動部隊になることを認可した理由について。


 当人曰く、俺にかかっているプレッシャーを取り除く……というより、一人で背負えるよう多くの物事を経験させたいらしい。


 確かに剣のことやばあちゃんの功績などを聞く度に焔神えんじんに選ばれたことの重大さに頭を悩ませていた。

 一応なるべく意識しすぎないようにしていたのだが、どうやら他の人からは心配に思われていた模様。


 ふむ……ここまで気にかけてもらえているのは嬉しいことだが、やはり分からないことだらけ。

 ばあちゃんは本当に何者なんだ。一介の孫でしかない俺へマスターはここまで考えさせてくれるなんて。


「……し、しかし! 経験を積むというのであればなおさら支部直属にするべきです! 行動部隊という限られた人員でワンパターンな訓練を繰り返すより、大勢の剣士が集い、なおかつ様々な訓練方法がある支部に移籍させるのがベストな選択だと────」


 やはり食い下がる支部長だったが、それは次の言葉で強制的に止められてしまう。


「…………はぁ、紫騎しきちゃんや。一度落ち着こう。見た目の静けさとは裏腹に一度燃えると自制を効かせられないのは君の短所だ」

「うっ……」


 し、紫騎!? 支部長の座に頂く者を下の名前呼び&ちゃん付け!?


 いくら支部長を大人しくさせるためとはいえ、そういう呼び方を俺の前でするのは如何なものかと思うんですけど……。


 だがそれ故か、案の定ヒートアップしかけていた紫騎ちゃん……もとい支部長は、不意打ちの愛称呼びにより止まる。


「君は剣士だった頃からそうだ。引退してからは大人しくなったと思っていたのだがな。人はそう簡単に変わらないか」

「も、申し訳ありません。私もなるべくこうならないよう意識はしていたつもりなのでしたが……」


 改めて冷静さを取り戻せた支部長。意外なことにこの人も剣士だったのか。

 今のはその頃からの癖みたいだが、当時から手を焼かされていたらしい。


 もしかしてだがマスターって思いの外手広く剣士たちの面倒を見ていたりしているのかな? そうじゃなきゃこうして個人のことについて知ってるはずないだろうし。


 思えば響は元老院のことをおじいちゃん呼びしてたもんなぁ……。まぁ気にしたところで何になるわけでもないから、今はここまでにしておく。


「とにかくだ。紫騎ちゃん、君の考え自体を否定するつもりはない。だが彼を支部直属に変更するのはもう少し待ってはくれまいか」

「……分かりました。そう仰るのであれば私は従います。先ほどは冷静さを失い失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした」

「いや、気にしなくとも結構。私は仕事でここに来たわけではないのだからな」


 どうにかこの場を収め、支部長はさっきまでの態度を謝罪する。

 それに対しマスターの返答は不問ということに。何ともまぁ寛容なお方だ。


 さて……と、これで俺の支部移籍の件は何とか阻止することが出来た。


 やっぱり上の人を説得するのはそれより上の人を用意するに限る。マスターとのコネを持っているメイディさんには感謝しなきゃだな。


「マスター・ソードマン、プライベート中お呼び出ししてしまい、申し訳ありませんでした。元居た場所へお連れ致しますので、どうぞこちらへ」

「うむ、だがその前に協力して欲しいことがあるのだが、いいだろうか?」


 いざこざを解消してくれたマスターを元の場所へ戻すべく、メイディさんは再び次元の穴を出現させる。

 ……のだが、マスターはどういうわけかすぐに戻ろうとはせず、頼み事をするつもりのようだ。


 組織のトップによる直々の頼みとは一体どんな内容なのか。まさか闇に関することなのだろうか?

 ちょっと怖いけど、覚悟してそれを聞いていく。


「実はだな、日本に移籍する予定だった剣士のことなのだが、移動に使う航空機に機体トラブルが発生してすぐに来られなくなってしまったと報告を受けてな」

「はい、そのことは存じ上げております。スケジュールによると翌々日の航空便を利用するとは聞いておりますが……」


 内容は例の海外剣士についてのようだ。どうにも飛行機にトラブルが起きてしまい、予定していた通りの日程で来日するのが難しくなってしまったらしい。


 それは何ともついてない。あっちからしてみれば出立早々に出鼻を挫かれ、幸先の悪いスタートを切ってしまったんだからな。


 そして同時にマスターが何を頼もうとしているか大体の察しがつく。


「なるほど、つまり私がその剣士様をお迎えに行けばよろしいのですね」

「ご名答。やってくれるかね?」

「勿論です。今回の件についてのお詫びも兼ね、喜んでご命令を承ります」


 そう、マスターからの頼み事というのはメイディさんの権能を用いて、向こうの国で足止めをくらう剣士をお迎えすることのようだ。


 確かに距離の概念が無いにも等しい鳴動超めいどうちょうの力ならば、予定していた通りどころかそれよりも早く到着させることが出来る。全剣士を見ても、それを可能にするのはメイディさんだけだ。


 まさしく適任──メイディさん本人もこの件をあっさりと了承してしまった。


「では任せた。場所などの詳細は支部長から訊ねるといい。というわけだ紫騎ちゃん、後は頼んだぞ」

「その……申し訳ないのですがマスター。部下が居る前でその呼び方は控えていただきたいのですが……」

「おっと、それはすまなかった。こうして元直属の剣士と会話するとつい昔の呼び方になってしまうな」


 ハハハ、と朗らかに笑うマスター。なんつーか組織の長にしては随分とフレンドリーな感じだな。仕事以外じゃ普段はこうなのだろうか?


 というか支部長って元剣士というだけじゃなく、マスター直属という剣士としても最上位階級って感じな立場にいたことがあるのか。


 俺の知らないことはまだまだあるもんだ。潰せる暇があったらその時に少しでも調べてみようかな。

 そしてマスターは次元の穴を通って元居た場所へと帰還。応接間は再び三人ぽっちとなる。


「……では、改めて説明をします。メイディさん、あなたにはマスター権限による指令として、日本支部へ移籍する剣士を連れてきていただきます」


 気を取り直して、支部長は緊急で新たな指令を俺に──正確に言うとメイディさんに下す。

 マスターによる直々の命令だ。こればっかりは拒否も出来まい。


「畏まりました。その前に一つお聞きしますが、ご主人様の異動について改めて結論をお聞かせください」

「……勿論、先ほどの通り全て撤回します。私の独断で行おうとしたことは忘れていただきたい」

「ありがとうございます」


 メイディさん、逆転勝利を確信してか支部長の口から直接異動命令を撤回させるよう言わせたぞ。なんというか意地悪だなぁ。


 でもまぁ、間接的に自分を俺以外の他人に使われるようになるわけだったし、それくらいは許されるか。

 心なしか支部長の顔もしょぼくれているように見える。が、頑張れ紫騎ちゃん支部長。


「本題に戻りまして、目的地は中国の上海浦東シャンハイプードン国際空港。そこにいる“昇華の聖癖剣士”が移籍してくる人物になります」

「浦東新区の海岸部にある空港ですね。足を運んだ経験がありますのでご安心ください」

「行ったことあるんだ……」


 再度話へと戻り、メイディさんが向かう場所と剣士が明かされる。


 中国か……。まさかのお隣の国から剣士が移籍してくるとは思わなかった。

 それにしてもメイディさん、マジでどこにでも行ったことあるんだな。一体いつの時に行ってるんだか。


 ふとした疑問は横に置いておくとして、これからメイディさんは中国へひとっ飛びする。行くのは空港だし、お土産に期待してもいいかな?


「善は急げです。私たちはここらでお暇させていただきますがよろしいでしょうか?」

「分かりました。到着しましたらターミナル2へ向かってください。あちらへの連絡はこちらからしておきますので。それではよろしくお願いします」


 退席の許可を得て、俺たちはついにこの部屋から出ることが叶った。いやはや、短い時間にいろんな事が起こりすぎてて困るわ。


 何であれようやく自由になれた。四日ぶりの二班や支部組と改めて顔を合わせにいくか。

 だがその思惑は強制的に繰り下げられてしまう。


「ではご主人様、早速向かいましょう。剣士様を待たせてしまってはいけませんので」

「ゑ……?」


 あまりにも急過ぎる発言に、俺は五十音順の第46位に相当するであろう音を間の抜けた声から口漏らしていた。


 そして、有無を言わさずに開かれる次元の穴。抵抗する間もなく連れ込まれるように俺は飲み込まれ、支部──いや日本から姿を消してしまった。











「『おやすみなさい』『おはようございます』『ありがとうございます』『さようなら』……。好了,我们准备好了よし、準備完了只要我想,我就可以去日本いつでも日本に行けるね


 単語帳をめくり、これから向かう国の言葉を改めて復唱する。


 いつか必ず行くとは思っていた日本への移籍。それを想定して今日まで勉強していたけど、それがようやく報われる。


 しばらく向こうの国で暮らしていくことになる以上、その国の言葉を覚えなければならない。

 こんなに勉強したんだし、普通に会話する分には大丈夫なはず。……多分だけど。


黑暗剑客闇の剣士 我们会找到你的,我向你保证絶対に見つけ出してやるんだから


 私がどうして日本に行くことを想定していたのか。それはある人物を追っているからである。


 その人物とは闇の聖癖剣使い。そこに在籍しているとある剣士が私の標的にして因縁の相手だ。

 敵の本部は日本にあるらしいから、遅かれ早かれ奴がそこに戻ってくるのは知っている。


 私は奴と必ず決着をつけなければならない。だから日本のことを学んでいた。国土の狭い国だから祖国よりも見つけやすいはず!



 改めて思い返しても許せない。ふつふつと怒りが沸いてくる。あの時に沢山怒って泣いたけど、まだ枯れる兆候は見られない。


 私の復讐は必ず果たさなければないらない。剣士になったのもそのため……。奴は母と姉、そして家業から大事な物を奪ったんだから。


 私の復讐には支部長も賛同してくれた。仲間の多くも応援してくれている。皆の期待も背負っている以上、絶対に逃しはしない!


「……但我从未想过它会被推迟でも、まさか延期になるなんてなぁ我太不走运了私ったらついてない


 しかし現実はそう上手くいかない。本当ならもうすでに日本へ到着していてもおかしくはない時間ではあるんだけど、不幸なことに機体がトラブルを起こして出発日が延期してしまったからだ。


 はぁ……思わず心の中で大きなため息も出る。このタイムロスが奴の行方を眩ませるというのに……。

 昨日、支部の皆から熱烈に見送られたのが申し訳なくなってくる。今頃どんな顔をしてるのやら。


 単語帳も一旦仕舞い、ホテルのベッドに横たわる。

 でもこればっかりは仕方がない。元々運は悪い方だし、今は諦めることで手一杯だ。


 もう何度目かも分からない深~いため息を吐き出した時、不意に携帯の音が部屋に鳴り響く。

 急いでキャリーケースを開いて、どこかに仕舞ったままの携帯を取り出すと、それは着信だった。


 しかもその相手、まさかの中国上海支部。噂をすれば影ってね。

 また何を言われるのやら。励ましの言葉なら良いけど、支部長からのお小言だったら嫌だなぁ……。


 とはいえ出ないわけにはいかないから、大人しく画面をスワイプして着信に出る。


もしもし?」


哦,温温あ、温温? 你在哪里今どこ? 还在酒店吗まだホテル?』


 電話の相手は私の友達……支部の剣士からだ。なんだ、支部長かと思って損した。

 しかし何故わざわざ支部の電話から私に連絡を? 普通に自分の持ってる携帯からかければいいのに。


我还在酒店里まだホテルだけど……。 怎么了どうかしたの?」


うん电话从日本的支部长来了日本の支部長から電話が来たの我需要你立即到机场来すぐ空港に来いってさ


机场空港に?」


 電話の用件、それはなんと日本の支部からのようだ。多分電話を取ったのが彼女だから、そのまま私に伝えてきたってところかな?


 にしても何故空港に? 私の乗る飛行機はもうとっくに姿を消してるんだけど……。


好像能到日本去了すぐに日本に行けるよう手配したんだってさ 寻找打扮成女仆的人取りあえずメイド服の人を探せって


为什么是女仆なんでメイドなの……?」


 日本支部……一体何を考えているの? すぐに出国出来るのなら嬉しいけど、でもどうしてメイド服の人が?


 ああ、でも勿論日本にはそういう文化があることは知ってる。アキハバラって所だとそれが特に顕著だって聞くし。


 まさかそこから誰かを遣わせた? いやでもあり得ないでしょ。いくら隣の国とはいえ飛行機か船じゃないと移動は出来ない。


 というかそれ依然の問題。日本支部は私をどうしたいの……?


所以你反正就是去机场取りあえず空港に行けば良いんでしょ? 我想亲眼看看这到底是怎么一回事その話のがどういうことなのかこの目で確かめる


そうだね那么,正如我昨天所说,祝你在日本好运それじゃあ、昨日も言ったけど日本でも頑張ってね我会支持你的応援してるから


谢谢你ありがとう也要照顾好自己そっちも元気でね


 最後にそう言葉を交わしてから通話を切る。支部の親友……しばらく会えないけど、ずっと友達であることは変わらないから心配はない。


 とにかく今は指示通り空港に戻ることに。そこに日本からの遣いがいるという。


 本当に意味が分からないけど、呼ばれた以上は行かないと。急いでキャリーケースに物を全部仕舞い込み、ホテルを出た。


 若干小走りで空港へと向かう。現在地のホテルのすぐ側にそれはあるから、そう時間をかけずに到着。

 バタバタと急ぎでターミナル2へ移動。ここは私が本来飛行機に乗るはずだった所だ。24時間営業のこの空港はいつでも人が多い。


「……真的有穿女佣制服的人吗メイド服の人って本当なのかな?」


 人波に翻弄されつつ、電話で聞いた待ち人の姿を探していく。

 メイド服なんて目立つ格好をしてるんだから、すぐに見つかると思うんだけど……。


 しかし、探せども該当する人物は見あたらない。

 というか思えば空港ってだけで具体的な場所を聞いてないんだけど!? これはしくじったかな……。


 むむ、こうなりゃ神頼みだ。最悪ターミナル1の方に行くことも考えつつ、取りあえず人が行きそうな場所に足を運んでみることにする。

 天に運を任せ、数少ない情報を元に人探しを再開。


 奇跡を願いつつ向かったのはお土産などが置いてある雑貨店。海外から来たならここに寄らない人はいないはず。


 でも仕事で来た人が入国早々にここへ来る? 冷静になって考えればそうはならない気がする。

 飲食出来るスペースとか、そういう所にも行ってみるべきかな? 取りあえずメイド服の人を……。


哎哟いたっ!?」

「うぉっ!?」


 こうやって深く考え込んでいれば、周囲への注意が疎かになってしまうというもの。私は不幸にも利用客にぶつかってしまった。


 お互いに押し負けた形で床に尻餅をつく。見れば相手は髪の毛は赤いがアジア系の若い男の人だ。

 剣士として鍛えている私も尻餅をついたのは、この人もそれなりに鍛えているのだろう。


 それにしてもやってしまった……。こういうトラブルは頻繁にあるとはいえ、ぶつかった相手が悪い人ってことも少なくない。


 せめてそういう系統の人ではないように……と、最悪権能に頼ることも視野にいれつつ、謝罪の言葉を口にする。


对不起。 你受伤了吗ごめんなさい。お怪我はないですか?」

「あー……、えっと。こういう時は確か……も、無問題モーマンタイ? あー、ノーダメージ? セーフ? 気にしないでって中国語でどう言うんだ?」


 すると相手の人は広東語かんとんごのお世辞にも上手くない発音で返してくれた。

 まさか日本人? それなら丁度良い。ここで私の日本語力が発揮できる!


「あなた日本人? 私、日本語出来ます。怪我大丈夫ですか?」

「あっ、それマジすか? 中国語なんて分かんないから喋れる人で良かった。こっちこそすみません。これでもまぁまぁ鍛えてるんで」


 すると相手は私が日本語を習得している人間だと知ると、とても安堵した表情になった。

 なるほど、どうやら私の日本語は本場の人にも通じるみたい。学んでおいて良かったー!


 取りあえず急いで立ち上がって体裁を取り持つ。ずっと床に座りこんでるなんて周りの目からどう映られるのか怖いし。


 一旦落ち着けたところで──私は改めてぶつかってしまった日本人を見る。

 中国の言葉を話せないのを察するに留学生ではなさそう。歳も私と変わらなさそうだし、旅行者かな?


 でも、それにしてはあまりにも軽装過ぎる。旅行用のバッグもなければパンフレットもない。

 まるでさっきまでどこかの家にでもいたかのよう。正直言って謎だし怪しいなぁ。


「……あなた、どこから来ました? 旅行しに来た人でも留学生でもなさそうな感じです。何者ですか?」

「あー、えっと……実は、さっきこの国に連れてこられて困ってたところなんです。信じられないでしょうけど……」


 さっき連れてこられた……って、どういうこと?

 その言い方、まるで数分前まで自分の国にいたみたいな文章だけど……日本人なのに日本語が変では?


 仮に言葉をそのまま受け取るとなると、まるで神隠しにでもあってここに来たみたいな感じになる。それもそれでおかしな話でしかないけど。


 確かに聖癖剣の力なら可能性はゼロじゃない。でも私が知る限り場所を一瞬で移動させる権能は移動拠点とかに使われる空間の聖癖剣だけ。


 おまけにそれは日本でも中国でもない海外の上位剣士の剣だし、そもそもその力を一般人に向けて良いはずはない。


 とすると残される線は闇による策略。あっちにも空間に干渉する権能があるという噂を聞いているし、もしかすればもしかするかも。


 もしこの人が闇の聖癖剣使いの実験体……いや、一員だったとすれば放っておける? この大勢の利用客がいる空港でテロを起こしたらどうする?


 当然この考えが杞憂に終わる可能性だって考慮してるけれども、万が一のことがあるかもしれない。

 少しだけ様子を見てみるかな……。怪しい動きがあったら、即支部へ連絡しないと。


「……えっと、どうかしましたか?」

「エッ、あ、何でもありませんですよ! あ、そうだ。出会いは一期一会。これ私の好きなことわざ。少しお話しませんですか? 飛行機の時間、まだ余裕ありますですから!」


 じろじろと見ていたのを訝られ、慌てて話題を変更する。危ないところだった。

 奴の素性を明らかにするべく、私はこの男との対話を試みることに。


 もし本当に闇の剣士なら、光側の剣士である私と会話することで何か尻尾を出すかもしれない。

 例えば会話に消極的になるとか、逆にこっちの情報を引き出そうとするとか。


「あー、うーん……。確かに俺も待ってる間は暇だしなぁ。分かりました。じゃあちょっとだけおしゃべりしましょうか」

「……! 本当ですか!? ありがとうございます!」


 むっ、まさか話に乗っかってくるか!? 相手は私との対話を難なく受け入れてくれた。

 もしかして表情を悟られないような訓練でもしているのかな? まぁ敵だと確定するには早計だけども。


「私、煙温汽イェンウォンチー温温ウォンウォンて呼んでください。よろしくお願いしますです」

「ああ、俺は焔衣兼人。呼ばれ方は気にしないので。それじゃあ……、何の話をします?」


 お互いに自己紹介を済ませるも、相手は普通に日本人の名前を出してきた。

 偽名かな……? 可能性だけは考慮しておく。


 多分、中国所属としてはこれが最後に行う仕事になるかもしれない。ラストでこんなミッションが突然生えてくるとは。


 出した尻尾は必ず掴み取ってみせる。この私──“昇華の聖癖剣士”が間違いなく、ね。

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