第百三十八癖『裏切りの演者、狂い咲く者は』

「なっ……!?」

「お……、おい! あんた、何言ってんだ!?」


 考え得る限りで最も起きてはいけない展開に、今まで静かにしていた俺でも思わず立って非難をしてしまった。


 だってそうだろう!? 事前に何度も練習しておいて、いざ本番で……それも成功直前って時にあんなこと言い出したんだから!


「あっやべっ。いや……あー、う、うるせぇ! 嫌なもんは嫌だろ! 俺だって好きでこんなことやってんじゃないんだよ!」


 こ、こいつ……一瞬だけ自分のしでかしたことに気付いたくせにそのまま開き直りやがったぞ!

 自分がどんなにヤバいことをしたって自覚がないのか? それじゃ廻警部も怒り損じゃないか。


 というかこの状況はかなりヤバい。詐山の目の前には我妻さんがいるんだ。

 本当に最悪なことが起きてしまう……!



「な、なんで……?」



 突然の拒絶を受け、困惑を隠せない花嫁はわなわなと震えている。

 その顔は、先ほどまでの幸せに満ちた表情とは最もかけ離れたものになっていた。


 幸せを再び掴み損ねかけた──いや、またしても騙されたという事実を、好きな人にもう一度突き付けられれば誰だってそうなるよな……。


「そんなの、そんなの意味が分からないわ。なんでいきなり……」

「はぁー……、態度で分かれよ。俺はお前と結婚する気はねぇ。全部そいつらに言われてやってんだ。恨むならそいつらを恨め」


「……なんて人。信じられないわ」


 詐山は突き放すような言葉を言うと、白手袋を床に放り捨てる

 衝撃的な言動にショックを受けたのか、我妻さんはその場にへたり込んで動かなくなってしまった。


 これにはアルヴィナさんも表情を大きくしかめさせてしまう程の愚行。端正な顔に浮かぶ表情には怒りの色が見えている。


 呆然とする花嫁を無視して向かった先はチャペルの扉。野郎、作戦を放棄して逃げるつもりか!

 無論そんなことさせない。俺は護衛兼見張り役として逃げようとする詐山の腕を掴みにかかる。


「おい待てッ! 逃げるな!」

「ああもうしつけぇ! 前から気になってたけどお前も、聖癖剣士とかいう奴らも何なんだよ。マジくだらねぇ。こんな大がかりな嫌がらせをしやがって」


 席を立って急いで詐山を止めると、反撃と言わんばかりに罵詈雑言が飛んでくる。

 こいつもこいつで本作戦、並びに俺たちの存在に疑問を抱いていたようだ。


 正直言うと気持ちは分からないわけではない。

 ただの一般人にとって聖癖剣とは突飛もいいとこな存在。知って困惑するのは当然のこと。


 いくら目の前で聖癖剣を出す光景を見せたとはいえ、捻くれた考えをするならマジックとして片付けられることだしな。


 それにこいつは仲間に迎え入れるために聖癖剣のことを教えたのではなく、作戦に利用することの謝意と誠意のために一部の情報を開示しただけに過ぎない。


 向こうからしてみれば突然冗談みたいな存在を教えられ、気持ちの整理も付かないまま剣士の戦いに放り込まれたようなもの。


 そこに本来からあった猜疑心が現状を大がかりなドッキリだと認識してしまったんだろう。

 混乱しているのは我妻さんだけじゃない。加害者である詐山も同じなんだ。でも──


「あんたにはこれがドッキリに見えるのか!? これはマジでやってることなんだ。今日ここで誰かが死ぬかもしれない。ここはそんな場所だ!」

「だったら……なおさらそんな所に連れてくるんじゃねぇ!」

「勝手に逃げられたら守れるものも守れないだろ! 話くらい聞け!」


 だからと言って我が儘を許すわけにはいかない。

 護衛兼見張り役としての責務はきちんと果たす。最後までこの男を我妻さんの前に立たせるのが俺の仕事だ!


 剣の力で俺の身体能力は上がっているから、一般人くらいなら簡単に引き戻せる!

 あっけなく逃走に失敗する詐山。尻餅を突かせてしまったがこれで大丈夫。


 でもどうすんだ? 詐山がやらかしたから予定していた通りの動きはもう無理だ。

 第二プランの実行しかないけど、それはつまり強引な対処をするということに他ならない。


 戦犯のやらかしで傷付いてしまった我妻さんを余計に刺激することにもなる。これだけは本当に避けたかった出来事だ……!



【──二人とも、聞こえるか】



 思い悩んでいたら、不意に脳裏に響く声。

 閃理か。理明わからせの権能で俺たちに声を届けている模様。現状も把握してるっぽいな。



【──こうなってしまっては仕方ない。第二プランに移る。俺たちが到着するまで持ちこたえてくれよ。念のために再度教えるが、死逢しあわせの本領は──】






「……フフ、フフフフ」






 ひっそりと助言を受けていた最中、笑い声がチャペルに響く。

 その声色には何やら異様な雰囲気を感じ取れた。間違いなく、この状況で出すような声ではない。


 嫌な予感をひしひしと感じながらも、俺は声のする方向に視線を向ける。



「アハッ、アハハハ! そっか、そうなんだ。私、本当に騙されてたんだ。なぁーんだ、全部嘘だと思いたかったのに! アハハハハッ」



 絶望的な表情を浮かべていたはずの我妻さん。だが今の姿はまるで狂喜的に笑う異常を見せている。

 本当に壊れたみたいに笑ってやがる。今のあの人は本人の意思なのか、それとも──



「アハハッ、あはッ……あ、はぁ…………」



「我妻さん……?」


 一通り笑い終えたのか、急に笑い声のテンションが下がっていく。

 何だ、さっきから我妻さんの様子がおかしい。


 ……いや、正しくは最初っからおかしいのだが、今の我妻さんは明らかにこれまでと一線を画している。

 先程のことで感情のタガが外れたような……そんな例えがしっくりくるな。


 無言のままゆっくりとふらつきながらも立ち上がった時、ひしひしと感じ続けていた嫌な予感が今、警鐘を鳴らす。



【──まずい。焔衣、詐山を守れ!】



「──はっ!」



 再び脳裏に響く助言。それを聞いた時に俺は返答する暇も無く動き出す。





「だったらもう、全部死逢わせにするしかないわよね」





 そんな呟きを拾った。その刹那──



「ぐぉ……!?」



 詐山を庇いつつ焔神えんじんを構えていたが、手に衝撃を受けた瞬間、俺は詐山も巻き込んで遠くの椅子まで強く吹き飛ばされる。

 気付いたら俺は詐山を下敷きにしてしまっていた。


「あ、があぁ……」

「うっ……やべっ。おい、詐山さん。大丈夫か!?」


 想像以上の威力を持った攻撃に怯む中、下から詐山のうめき声が聞こえる。


 急いで詐山の上から離れて安否を確認。

 くそっ、護衛なのに間接的にとはいえ俺がダメージを与えてしまった。


 俺が攻撃を受けきったことで即死は回避出来たものの、それでも詐山自身は一般人。

 ぶつかった衝撃で椅子を壊してしまうほどだったんだ。大袈裟にでも痛がって当然だろう。


 陳腐なガードなど一切意味を成さないことを思い知らされた。



「あは、あははは。惜しかったぁ。あなたがいなかったら幸介さんを死逢わせに出来てたのに。残念ね」



 一方でバージンロードの上に立つ人物は、剣を構えてまたしても笑っている。

 まさかこっちも吹っ切れた? いや、ある意味それは正しい例えか。


 泣き止んだのかと思えば、一瞬の内にこっちの間合いに突っ込んでくるなんて。

 そのスピードとパワーは明らかに普通じゃない。


 そして何より──真正面に見える我妻さんの顔。

 怒りの目、悲しみの涙、そして発狂の笑みが、組み合わさった狂喜的な表情になっている。


 これはどっちの……なんて、そんな分かりきったことを考えるなんて野暮。

 今の我妻さんは完全に死逢しあわせの支配下だ。


 最初に暴走した時と同じ──否、それ以上の破壊衝動を宿して!


「くっ……! 我妻さん、落ち着いて!」

「落ち着く? 私は今とても落ち着いているわよ。ううん、むしろそれ以上。おかしいわよね、ついさっき酷い振られ方をしたのに、不思議と幸せな気持ちになってるわ」


 ここでアルヴィナさんが僅かに遅れて参入。

 制止を呼びかけるも我妻さんは後ろを一瞥するように首を僅かに向けると、意外な言葉を吐き出した。


 曰く内の感情は幸福感に満ちているというが、それは間違いなく死逢しあわせの副作用によるもの。人格に影響を及ぼす危険な現象だ。


 さらに言えば顔の挙動もおかしい。言葉では幸せを語るのに、表情は完全に怒りと悲しみが大部分を占めているように見える。


 そのくせ口元には怖いほどつり上がった笑みが浮かんでいて、何もかもがちぐはぐ。

 最早どこからどこまでが我妻さん本人の意識があるのかも分からない。実に恐ろしい表情である。


「思い出したの──私は、あの人を死逢わせにするためにここにいるって。それを忘れて私だけがそうなろうとした……これはいけないことよ。私も、幸介さんも、平等に死逢わせにならないと!」

「死逢わせって……あなた、それが人を殺すことだって分かっているんでしょう!? あの人を殺したらあなたも死ぬつもりなの?」


 口を開けば狂った発言が飛び出す我妻さんにアルヴィナさんの正論が飛ぶ。

 でもそんな言葉など今の彼女には届かない。前方……詐山のいる方向に顔を向け直す。


「死逢わせは皆平等に配られるべき権利。幸介さんを死逢わせにしたら、今度は他の人たちも死逢わせにするの。全てに死逢わせを分け与えるのが私の使命よ」


 問いへの答えと言わんばかりの言葉を言い捨て、剣を構え直して歩み始めた。


 相変わらず支離滅裂だな。最初の時も同じことを思ったが、死が人の幸せになるもんか!

 例えそれが我妻さんの意思で発言しているものでなくとも、それを許すことは出来ない。


 護衛兼見張り役として、最後まで詐山を守る。それが俺の使命だ!


「詐山さん、絶対に俺の側から離れないようにしてください。あの人の攻撃に三回当たったら……マジで死にますから」

「ひ、ひぃいいっ!?」


 ああ、こりゃ確かに禊ぎにぴったりだな。

 状況がヤバすぎて逆にそんなことを考えれる余裕が出てきた。


 一歩一歩近付いてくる死の聖癖剣士。壊れた椅子に足を引っかけてしまわないよう俺は詐山を守る位置に付く。



「それじゃあ……死逢わせになって、幸介さん」



「させないわ!」



 我妻さんが切っ先をこちらへと向けた瞬間、アルヴィナさんが一瞬にして目の前に出現。

 これ以上の進行を阻止せんばかりに大斧を構え、詐山を守る俺の前に立つ形となる。


 曰く、禍倖ふしあわせの白闇には権能の抑制意外にも、剣と剣士を範囲内のどこにでもショートワープさせれるらしい。前回も同じ原理で俺を庇ったそうだ。


「どいて。今一番死逢わせにしないといけないのはあなたじゃなく幸介さんなの。死逢わせになりたいならもう少し待って欲しいわ」

「冗談はその怖い顔だけにして。言ったでしょう? これ以上あなたに人殺しをさせないって」


 狂った発言に慄くことなくアルヴィナさんは挑発じみた返事をする。


 流石に権能抑制という優位状況を発動している立ち位置にいるからか、強気な姿勢を維持しているな。

 前回もそうだが、今回も心強いことこの上ない。このまま優位を保ってくれればいいが。


「どき……なさい!」



【聖癖開示・『ウェディングドレス』! 嫁ぐ聖癖!】



「無駄よ! 言ったでしょう、私の前では剣の力は使えないわ!」


 聖癖開示を発動。しかし、アルヴィナさんの言うとおり、白闇が展開されている以上は死の権能は効力を発揮出来ない。


 言葉通り、花束状の鍔からは何も出ない。二度目の戦いでもその効力は健在だ。


「……分かったわ。その変なトリック、打ち破ってみせる」


 すると、我妻さんは鍔の花弁を直接掴んで引きちぎると、そのままアルヴィナさんに接近する。


 何をするつもりだ? まさか直接当てにいくつもりなのか?

 でも直にぶつけても所詮即死効果は権能の力。白闇の中にいれば能力は発動しないことに変わりない。


 端から見ればまるで無意味な行動。一体何に活路を見出したんだ?


「無駄よ。そんなことをしても意味はないわ」

「それはどうかしら?」


 接近戦に持ち込むと、我妻さんは花弁を握りしめた拳を打ち込もうとする。

 死逢しあわせも組み合わせた剣手両方による攻めだ。


 しかし相手は本物の剣士。戦闘経験や運動能力はアルヴィナさんが勝る。

 徒手空拳や禍倖ふしあわせによるガードの前に、拳を中々当てることが出来ないでいた。


 流石に上位剣士なだけはある。剣の力だけでのし上がったわけじゃないみたいだ。


「舐めないでちょうだい。自殺志願者だった過去を持ってるとしても、今の私はあなたが思っているほどヤワじゃないわ!」

「くっ……。なら、これはどうかしら!?」


 実力の差を見せつけると、我妻さんも手を変える。

 接近によるパンチを諦めると、文字通りその手の形を変えた。


 開いた拳の中には先ほどの花弁。あろうことか至近距離の中で花弁をまき散らしたのだ。


 白闇の中とはいえ、これには流石のアルヴィナさんも警戒する。一瞬のけぞるように回避動作をしかける……その瞬間だった。


「これでも食らいなさい!」

「なっ!?」


 ここでなんと我妻さんは頭のヴェールを外してそれをアルヴィナさんに向けて放った。


 半透明とはいえ立派な目眩まし。これには流石のアルヴィナさんも完全に度肝を抜かされる。

 予想もしなかった搦め手に姿勢が崩れる。その生まれた隙を花嫁は見逃さない。


「ぐっ……!?」


 再び死逢しあわせから花弁をちぎり取ると、それを握った拳をおもむろにアルヴィナさんの胸元へ殴りつけた!

 ここで初の命中。しかし、さっきも言った通り、白闇の中じゃ死の権能は発動しない。


 本当に何が目的で花弁を握って攻撃したんだ? ただ攻撃するだけなら死逢しあわせを使うべきなのに──と一瞬思考を巡らせると。


「これで良いわ。今度こそ、幸介さんの番よ!」


 突如として標的を変更。アルヴィナさんへの追撃ではなく、再び俺たちに狙いを定めた。

 マズい……! 二人の戦いにすっかり集中し過ぎていた。詐山を守らないと。


 白闇の中なら剣の打ち合いになっても多分大丈夫。

 相手は剣道経験者とはいえ、それにはブランクが少なからずある。毎日訓練してる俺ならアルヴィナさんが立て直すまで耐えられるはずだ。


 問題は詐山が勝手に逃げたりしないことだけど、そこは本人を信じるしか無い!


「詐山さん、マジで勝手に逃げたりしないでくださいよ! 本当に死ぬんで」

「あ、ああ……」


 再度釘を刺して迎撃へ。一瞬で距離を詰めてくる我妻さんに向かって剣を構えた。

 やはり……怖い! その狂気的な表情は見るだけで精神を削ってくる感じがするぞ。


 だが俺も剣士。今までの戦闘経験が相手の狂気に萎縮することを許さない。

 迫る死逢しあわせの刃を、焔神えんじんで受け止める!


「ぐ、ぬおお……! あんたにこれ以上は進ませねぇ!」

「また邪魔を……。お願いだから、私の死逢わせを邪魔しないで!」


 悲鳴の様な懇願から放たれる腕力。これは……閃理とか舞々子さんの上位剣士の域に近い!

 マジか!? 仮剣士でこのレベルって、普段から運動してれば、低い能力上昇でもここまで出せるのかよ。


「あなた……、よく見ればあの時死逢わせにし損ねた人ね」

「俺のこと覚えてんのか……」

「あの時は半分自暴自棄だったけど、目が合ってるから記憶にあるだけ。それが誰かなんて気にするほど関心なんてないけれど」


 鍔迫り合いになると、不意に我妻さんが前回のことを思い出したようだ。

 こいつは光栄なこった。俺も嫌に記憶に残るあの表情を今でも覚えてるぜ。


 前回は無差別に人を殺していたこともあって、俺に狙いを定めた時も無作為に選んだ模様。

 っていうか、どうやらこの死逢わせという名の殺戮には意味などないことが判明した。


 それが誰かまでは感心なんて無い……か。

 つまりその発言には、殺せれば誰でも良いということを意味していると捉えてもいい。


 なんだ、やっぱりただ人を殺したいだけか。

 何が全ての人の死逢わせにするだよ。結局それは剣自身の独りよがりな意思に過ぎない。


 その言葉をただ性癖が合致した被害者に言わせるなんて、悪辣極まりないな!


「へっ、そうかい。悪いけど俺だって剣士。ただの人殺しにやられるほど弱くはないぜ!」


 無用な挑発は口にしない。俺は最低限護衛対象を守り切れればそれでいいんだ。

 さぁ、一つギアを上げるぜ! 権能は使えなくとも普段の訓練の成果を出すぞ!


「うおおおおッ!」

「な、あっ……、ううっ。あなたも、本気なのね」


 力を込めて、俺は一気に押し出しにかかる。

 本気で押せば何とか押し返せる。ムカつく野郎だが、詐山には一歩たりとも近付けさせない。


 あんたには全ての決着がつくまで白闇の中にいてもらう。……さらに!


「隙ありッ!」

「うぁっ……」


 本気の鍔迫り合いに勝つと、俺は我妻さんにショルダータックルを決める。


 権能が抑制されていても危険な相手に変わりない。

 相手を警戒して距離を取らせるに越したことはないということだ。正気に戻ってもこのことは恨まないでくれよ!


 不意打ちを受けた我妻さんだったが、倒れることなく後ずさりながらも攻撃を堪えた。

 仮剣士レベルの加護で上位剣士並の能力を引き出せてるだけのことはある。予想以上の体幹の強さだ。


「ナイスよ、焔衣くん!」


 ここでアルヴィナさんが復帰。禍倖ふしあわせを構えながら出現すると、怯む我妻さんとまたも対峙する。


 向こうが咄嗟に反応したことで聖癖剣同士の刃が三度かち合い、そして我妻さんを大きく後方へはじき返した。


 これで戦況は平行線。むしろ若干有利と言えよう。

 このまま抑え続ければ、疲労から必ず大きな隙を見せるはず。そこを突ければ勝利になるだろう。


 閃理たちも来てくれれば詐山を預けて戦いに集中出来る。勝利は目前──そう確信する。


「あなたがどんなに彼を強く憎もうとも、私たちはそれを通さない。それに、私はこれ以上傷つくあなたを見たくはないわ。だからお願い……!」


 アルヴィナさんは再度投降を促した。

 あれだけやりあってもまだ無傷で場を収めることを諦めていない様子。ま、俺も概ね同意見だけどな。


「あんたに届くかどうかは分からないけどさ、今投降すれば罪だってこれ以上重くはならない。アルヴィナさんの言うとおりこれ以上の抵抗は無意味だ。投降するなら今しかないぞ」


 もうすでに我妻さんは詐山のやらかしで最大の絶望という名の傷を負っている。

 最早これ以上に傷つけ合う行為をするのは止めないといけない。


 街のインフラが一瞬止まったとか、店舗の損傷などの被害などは出ているが、結果的に見れば死逢しあわせによる被害者は奇跡のゼロに留まっている。


 それなりの罪こそ背負うことにはなるけど、少なくとも人生そのものを諦めるような結末になるとは思わない。


 今ここで投降すれば、まだ丸く収まるだろう。それが最良の選択に違いない。


「──ったら……」

「ん?」


 ぼそりと呟かれた静かな返事。聞き返す形で耳を傾ける。


「ここで止まったら、何になるっていうの? あれだけ沢山の人を死逢わせにしたのに、私は私が一番死逢わせにしたい人を死逢わせに出来てない! それが出来るまで諦められない! 私の幸せは、まだ始まってすらいないの!」


 ……そうか。どうやら我妻さん……いや、死逢しあわせの意思は俺たちの言葉を受け入れられないらしい。


 どうしても詐山を殺したいようだ。あんな振られ方をしたにも関わらず未だに命を狙うのは、我妻さんがまだ詐山を……上出院幸介という人物を愛している証でもある。


 死逢しあわせは使い手が最も幸福に繋がるものを破壊する思考を付与するという。

 故にこの頑固さは我妻さんの愛そのもの。すげぇ愛されてるじゃねぇかよ、あの詐欺師め。


「それが……あなたの選択なのね?」

「ええ。私はあの人がまだ好きよ。好きだからこそ……死逢わせにしなきゃいけない。こればかりは私の意思で変えられるものでもないから」


 ファイナルアンサーが出た。結果、我妻さんは意見を変えないまま和解を拒んだ。

 少しだけ俯くアルヴィナさん。禍倖ふしあわせを握る手を強く締めて、小刻みに震えている。


「……分かった。あなたの本気、確かに理解したわ」

「アルヴィナさん……」


 うん、まぁ……そうだよな。交渉決裂ってことだから、今まで傷つけまいとしてきた相手を本気で屈服させるしかなくなったわけだ。


 境遇が似ている者同士、シンパシーを抱いていたであろうアルヴィナさんにとっては苦しい決断だろう。



「あなたとは……きっと良いお友達になれると思ってた。でも、そうはならなかった。あなたは──私たちの敵。世界を脅かす人類の天敵。白い悪魔よ」



 俯かせていた顔を上げると、戦斧の構えを変える。

 今まで両手で持っていた禍倖ふしあわせを、あろうことか右手のみで持ち上げてしまった。



「私はただの花嫁よ。ただし、人を死逢わせに出来るだけの力を持った剣士を兼ねた……ね?」



 こっちも死逢しあわせを持ち直す。まるでケーキ入刀でもするような中段の構えだ。

 お互いに本気になるのか。可能な限り避けたかった出来事ではあるが、もう仕方あるまい。


「焔衣くんは下がっててちょうだい。あの人との決着をつけるわ」

「分かりました。気をつけてください」


 二人は同じ直線上……バージンロードの上で向かい合うように並び立つ。

 これは……禍倖ふしあわせ死逢しあわせで一騎打ちをするのか!?


 だとしたら何と運命的なことだろう。過去に起きた戦いと同じ形で決着をつけることになろうとは。

 俺は言われた通り後退。最後列の椅子の後ろに隠れる詐山の近くまで移動する。


「私の聖癖剣、禍倖ふしあわせとあなたの剣は制作者が同じなの。だから、こうやって止めにいくのもある種の運命なのかもしれないわね」

「運命。その言葉、私はとっても好きよ」

「ええ、私も。それが残酷な物だって理解してもなおね!」



【聖癖暴露・白神剣禍倖しらがみけんふしあわせ! 梳き流すは神聖なる純白の御髪みぐし!】



 ついに撃つか、聖癖暴露撃を!


 今まで白闇の展開以外はショートワープしか使わなかったけど、力で制圧するのを決心したことで暴露撃を使う判断を下したようだ。


 すると、不意に視界が少し明るさを取り戻した。

 まさかと思って禍倖ふしあわせを見ると、斧の周囲の空間が異様に白く濁り始めているのが確認できる。


 これは……もしかして白闇を取り込んでいるのか?

 恐らくだが、凝縮した権能抑制の力をぶつけることで刃封ばぶうと同じ封印効果を出せる技だと思う。


 しかし白闇の展開を解除するなんて危険だ。

 要は攻撃発動中は相手に権能の行使を許してしまうことになる。失敗すれば命の保証は出来ない。


 でも──そんなことなど承知の上なんだろう。

 ここで完全に仕留めることしか考えていないからこそ、この技で確実に終わらせるつもりなんだ。


「食らいなさい、私の聖癖暴露撃……!」


 片手で軽々と持ち上げる大斧。直線上の花嫁に狙いを定めると、凝縮された白闇が非実在的な白さの刃を形成した。



白き闇が封ず刃ゼピチャタン・ベルィム・ツネヌィ・ミチェン!」



 そして──最小限のモーションから、横へ大きな薙ぎ払いを放つ!


 撃ち放たれる白闇の衝撃波。命中は即ち封印を意味するであろう必殺の一撃だ。

 これで全部終わる。我妻さんには悪いが、実力行使で止める他なくなった以上、命中を願わせてもらう。


 放った攻撃が当たるまでの刹那に、俺は相手の方へ咄嗟に視線を向ける。

 そこで見えたのは────ピンチにも変わらず不適に浮かべる笑みを崩さない我妻さんの姿だった。




「──これも、運命なのかしらね!」




 と、相対する者は叫ぶ。まさか辞世の句……ではないよな?

 その瞬間、今にも命中するかと思われた封印の一撃は微妙にそれて背後のガラス窓にぶつかって霧散してしまう。


 外した……!? その事実に心臓を殴られるような緊張感が走るが、そんなことを遙かに凌駕するほどの事態が目の前で起きてしまう。




「…………っ」




「え……?」



 がしゃん、という金属音と共に目の前に立つ白い剣士が力なく倒れた。



「アルヴィナ……さん?」



 これは、誰もが起こり得ないと思っていいた、考えうる中で最悪を極める展開だった。

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性癖の聖剣、つまり聖癖剣。それの剣士になった俺の戦いを描く物語。〜闇の組織も過去の因縁も、全部ツンデレの炎で灼き切ってやる〜 #DX聖癖剣シリーズ 角鹿冬斗 @tunoka-huyuto

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