第百三十七癖『走る白無垢、苦き思い出と共に』
──早く、早く行かないと……。
焦燥感にも似た感覚に背中を押され、私は夕空の街を駆け抜けていく。
「え、何あれ? てか速っ」
「あれマジ? ウェディングドレス着てんのかよ」
「なんかの撮影なのかな?」
そんな小声が耳に入る。道行く人々が私のことを見て指を差していた。
それもそのはずで、誰かが口にして言った通り今の私はウェディングドレスを着ている。
ブライダルアクセサリーとヒールも整えた完全な花嫁姿に加え、あの剣も引っ提げながら走っているからだ。
勿論こんな姿で街を出歩くなんてあり得ないこと。
非常識なことをしている自覚はある。笑われたり、怪訝な目を向けられても今は文句を言えない。
でも、こんなことをするには理由もある。
それは一秒でも早く教会に到着して、このドレス姿をあの人に見せたいから。
この姿を見れば、きっとあの人の考えも変わってくれると、そう信じている。
だから立ち止まるなんてもっての外。他人の目線なんか気にしちゃいられないの。
「待ってて、幸介さん! 今、あなたの下に──」
学生時代に叩き出した自己記録を優に越えるスピードで私はかつて行ったチャペルを目指す。
その間、私はあの人との出会いから全てを思い返していた。
あの人と出会ったのは一年ほど前。何てことの無い休日の昼間のこと。
通っているジムで運動をしていた時に、器具の不調で重りが持ち上がらず身体が固まってしまったことがあった。
いい歳をしてみっともない姿を晒すのを避けたいという気持ちと、元々積極的に人と会話するような性格でないことが起因して中々助けを呼べずにいた。
そんな中、いち早く私の異変に気付いて駆けつけてくれる人が現れる。
『大丈夫ですか? 余計なお世話だったら申し訳ないんですけど、助けた方が……良かったり?』
『お、お願いします……』
彼の名は上出院幸介さん。その優しい声かけに素直に助けを求めたのが最初の会話になる。
それ以降ジムで出会う度に会話をして仲良くなっていき、何度目かの会話を経て交際に発展した。
彼は非常に積極的で、率先してデートに誘ってくれたり、支払いはいつの間にか済ませていたりと、理想を越えるようなスパダリぶりを発揮。
奥手な私にとって、生まれて初めて出来た恋人の存在は非常に大きいもので、あの人のためなら何でも出来る! なんて思ってしまうくらいぞっこんだった。
幼い頃から夢見たウェディングドレスを着た自分の隣に──白いタキシード姿の幸介さんがいてくれたら、どれほどの幸せに包まれるのだろうか?
歳不相応に、まるで思春期の少女のようにそんな妄想をしたくらいだ。
『幸介さん。その……結婚とか、そういうのは考えていたりしますか……?』
『え、うん……えっ? 何、結婚? え、もう!?』
交際から半年で、私は幸介さんに結婚を……逆プロポーズをしてしまうことになる。
今になっても少し早とちりだったのではと自覚するほど。あの人の驚き様は今も覚えている。
この決断に到ったのは婚期や親の催促などが要因の一端だけど、何より私自身が結婚というイベントに対して長年想いを募らせていたのが一番の原因であることは間違いない。
『色々考えたんだけど……うん、あやめの考えは尊重したいと思う。僕と結婚しよう』
『……!! 幸介さん、ありがとう。その言葉を聞けて、とっても嬉しい……!』
数週間ほど返事を待った上で得られた答えはYES。この返答に私はどれだけ喜んだことか。
この上ない幸福感。好きな人と念願の式を挙げられるという夢を叶える直前まで来られたことに有頂天となるのもわけないこと。
でも悲劇の始まりになったのは、この婚約からだったかもしれない。
式場の下見やドレスの試着などをするようになってから、彼は私の下から離れることが多くなっていた。
プロポーズをした時点ですでに同棲状態同然だったにも関わらず、同棲を始める前くらいの頻度にまで会う機会は減っていった。
それの理由を訊ねたことは勿論ある。
曰く仕事が忙しくなったとか、マリッジブルーになっているなど、状況によって理由は様々。
怪しいと思わなかったことをは無いけど……それを鵜呑みにするつもりも毛頭なかった。
きっと彼は裏で私へのサプライズを仕組んでいるんだと、お互いに結婚は初めてだから不安があるのだと。そう思っていた。でも、そんなある時──
『あやめ。悪いんだけどさ……保証人になってくれないか?』
『え、借金……!?』
唐突にそう言われ、驚いた。
曰く不況のあおりで会社の給料が減り、今のままでは予定している日までに目標額が届かないと言う。
幸介さんの職業を私は詳しくは知らない。在宅ワーク系であること以外は訊いてもはぐらかされる上に、結構な額を稼いでいることを確認済みだったから深くは追及は控えていた。
何より予定していた通りに式を挙げられなくなる可能性を強く懸念してしまう。
不安を……私の願望が上回ってしまった瞬間だ。
賃金についてはその内元の額に戻ると、借金も二人で返していけばいいとも言われ、私はその言葉を信じて契約書の連帯保証人の欄に自分の名前を記入。
さらに複数の金融から私名義で借り、両親や親戚なども頼り、私物も売って少しでも足しになるようお金を集め続けた。
その間も彼が私の下から離れる時間も長くなっていき、一週間近くも会わずにいたことも珍しくなくなっていた。
そして式を挙げるための目標金額に達した日、少しだけお祝いをしようと二人でお酒のボトルを開けた翌日──事件は起こる。
『……あれ、幸介さん? あ、もう十二時!? 先行っちゃったのかな……?』
その日私は深く眠っていたようで、目覚めた時にはお昼を過ぎていた。
寝室を出ても彼はおらず、昨夜の晩酌の後片付けがされた居間はどこかこざっぱりとした印象を受け、何だか寂しく感じたのを覚えている。
明日は式場の予約をしに行こうと約束していたのを私の寝坊で彼一人に行かせてしまったなんて……と、当時はそう思い、申し訳ない気持ちで一杯に。
すぐに追いつくためにも私は幸介さんへすぐに電話をかけた。でも────
『もしもし、幸介さん!? ごめんなさい、私寝過ごしてて──』
『お掛けした番号は、現在使われておりません』
『え……』
これ以降、彼との連絡は途絶えることとなる。
後に口座を確認したところ、今まで貯めてきた結婚費用のお金は全て抜き取られていた。
これが結婚詐欺であることに気付くのにそう時間はかからない。
でも私はすぐに行動を起こすことは出来なかった。
『う、嘘……。そんな、まさか……!?』
ショックだったからだ。恋愛のお手本のような出会い方から関係が始まった初めての恋人に、一年も騙され続けていた事実を認めたくなかったから。
きっとこれもサプライズの一種なんだと自分に言い聞かせ、帰りを待ち続けた。
幾日が経った時、部屋の扉を誰かが叩く。飛び掛かるくらいの勢いで扉を開けた先には──
『幸介さ──』
『こんにちは、我妻あやめさん。いきなりだがあなたの旦那……いや、あの詐欺師か。そいつが行方を眩ましたから契約に則ってウチから借りた金をあなたが返すことになった。今月から返済よろしくな』
見ず知らずの男二人。しかもそいつらは現れて早々あの人を詐欺呼ばわりまでしてきた。
認めたくなかった。でも──あの人に騙されたのは、どうしようもない現実だった。
そうして私の人生どん底に落ちる。
普段通りに仕事も出来なくなってしまい、複数の金融機関と取り立て屋からの催促に居留守を使う毎日。
限界はすぐに来た。心が死にかけていた私は夜中にふと家を出て、覚束ない足取りで街へ出た。
見える景色の明るさが、私という存在を何もかも否定しているように感じる。
道行く人々、夜中でも明るいお店、笑い声と喧噪。その全てが私を苦しめる。
不意にドン、と誰かの肩とぶつかった。
『いってーな! どこ見て歩いてんだよ!』
『……ごめんなさい』
酒臭い男に怒鳴られ、倒れる私に手に差し伸ばすわけでもなくさっさと歩いて消えてしまう。
届きすらしない謝罪をこぼした私は、この時に自殺の二文字が思い浮かんだ。
『そうだ、死のう。もう生きる意味なんて私には……』
そう決心がついてしまった時、かつて勤めていた会社の前に来た。
小さい会社である上に戸締まりなどは私がしていたこともあって、あっさり侵入に成功すると、そのまま真っ直ぐ屋上に向かう。
あそこから飛び降りて楽になろう。そうすれば来世はきっと良い人生になれる……そう信じて。
「…………いけない。こんな所で立ち止まるなんて。早く行かないと」
ふと気付くと、道の途中で立ち止まって涙を流していた。
笑顔は絶えていない。少しだけ悲しいことを思い出したせいかな。
「この道で確かにあってるはず。流石に走って行くにはちょっとだけ辛いけど……あの人が待ってるんだもの。弱音なんて言ってられないわ」
無我夢中で走ってきたけど、身体はこの道を覚えている。この先に式を挙げるはずだった式場があることを。
まだ少し距離はあるけれど、あともうちょっと。
息を整えて再び走り出す。その時に服の異変に気付く。
「ドレスの裾が……」
家からここまでの距離を走ってきた弊害が出てしまった。私は平気でもドレスには無理があった模様。
これじゃあ幸介さんに会わせる顔が無い……でもきっと大丈夫。
これくらいのほつれ、あの人ならきっと笑って許してくれる。
幸いにも傷はスカートの裾のほつれだけ。他のアクセサリーとかは問題なく存在している。
一番綺麗な姿を見せられなくなったけど──そんなのは二の次、三の次の要素。
あの人の花嫁である私が無事に式場へ到着出来ればそれで良い。
「時間は……五時半。行ける、このまま進めば間に合う。絶対に遅れちゃいけない……!」
辺りを見渡して時計を発見。時刻を確認してから再度スタートを切る。
剣の力か愛の力か、相変わらず人生最高速度を叩き出しながら式場までの道を走っていくと、次第に目的地の屋根が見え始めてくる。
到着した門を通ると、ここはもう式場の敷地内。
記憶を頼りに間取りを思い出し、チャペルを目指そうとすると──
「ここに、あの人が待ってる……早くしないと──」
「ようこそ、我妻あやめ様。お待ちしておりました」
不意に声を掛けられ、一瞬びくっと驚いてしまう。
振り向くと黒いスーツを着た数名の男女がいつの間にか立っていた。
もしかしてここのチャペルのスタッフ? それに私を待ってたって……。
その内の一人、恐らく最初に声を掛けてきたと思われる女性スタッフが話を続ける。
「上出院幸介様からのご要望により、遅れて到着する花嫁のアテンドとして式場までご案内させていただく瑞着です。本日はよろしくお願いします」
「アテンド……ブライダルプランナーの方ですか」
「はい。ではチャペルへご案内する前に、まずここまで来る間に乱れたお化粧を直しをしますので、こちらへ」
瑞着さんというアテンドに案内され、私は身だしなみを整えるために一度チャペルを離れる。
何だか思っていたのと随分違うけど、本当に幸介さんが手配してくれたのだと思うと、そう悪い気はしない。
急かされることもなく静かに向かい、離れにある建物の中へ。
「まずはブライダルアクセサリーを……と思いましたが、どうやらご持参されているようなので、お化粧の方を直しましょう。絵之本さん!」
「ようやく出番かな? 任せたまえ、芸術一筋と思われがちだがメイク術も囓っているものでね。花嫁を立てる最高の化粧を施して──」
「自語りは今は結構ですから! 申し訳ありません、言動が少し飛び抜けた方ですが、腕は確かなのでご容赦ください」
ブライズルームのような部屋に案内され、椅子に腰掛けると、変わった人がやってくる。
癖の強い人だなぁ……。アテンドの瑞着さんも困惑している。何かちょっと心配が拭えない。
そんな不安をまるで察知出来ていない絵之本さんという方は、私の前に立って準備をし始める。
「では麗しき花嫁、チャペルであなたを待つ花婿も飛び上がって喜ぶようなメイクを施そう。じっとしていたまえ──」
優しく言われ、私も思わず緊張の面持ちに。
そしてお化粧が始まると、その癖の強さが許される確かな実力を見せてくれる。
見蕩れるくらいのスピードと技量、そして丁寧さでメイクを完了させると、さらに髪型までセットし直した。
「我ながら美しい仕上がりになった。ブライダル関係のメイクは初め──んぶぐっ」
「お綺麗ですよ、我妻様」
「わぁ……すごい。自分でするのとはやっぱり大違いね」
あっという間の出来事。プロには遠く及ばないけれど、私もメイクは得意な方だから分かる。
このヘアメイクアーティストは本物だ。こんな凄い人を呼ぶなんて……!
余計なことを言わせないために絵之本さんの口を鷲掴む瑞着さんも褒めてくれる。
何だか変な感じはあるけれど、幸介さんの本気が伝わってくる……そんな気がする。
「ではそろそろチャペルへと向かいましょう。上出院様がお待ちしています」
「……! あの人の所に……。はい!」
お化粧直しも終わると、ついに本題へ……チャペルへの案内が始まる
瑞着さんの後を着いていくと、見え始める教会風のチャペル。
ここは確かに以前幸介さんと下見をしに行った場所で間違いない。
本当にいるんだ……。あの人が、私のためにここまで用意してくれて。
「こちらの奥に上出院様がお待ちです。心の準備はよろしいですか?」
「…………はい。お願いします」
「では開けますよ」
そして、ついにチャペルの扉がスタッフの手によって開放される。
こんな緊張感、いつぶりなのかもう覚えていない。
心から愛している人に再び会える……それだけで幸福感で溢れかえりそうなほどだ。
ゆっくりと開かれる扉。徐々に見え始める内部には、見覚えのある男性が一人、白いタキシードを着て立っていた。
ああ、間違いない。しばらく会わなくても雰囲気で分かる。
ようやく……この時が来た。愛しい人と、再び巡り会えるこの瞬間を!
「……やっと、やっと会えた。幸介さん……!!」
溢れる幸せな気持ちを胸に、チャペルへの一歩を踏み出す。
怖いくらいの幸福感の中に潜む、私の物では無い別の何かの存在に気付けずに──
†
扉が開かれ、一週間ぶりにその姿を拝む。
我妻あやめとその聖癖剣【
怖いまでの満面の笑みを見せるその表情の裏では、一体どんな考えを思い浮かべているのか。
それはさておき作戦開始だ。ああ、上手くいきますように。
「あやめ、長いこと待たせちゃってごめん。君のために色々と用意するのに手間取って」
「幸介さん……! ああ、本当に……本当に幸介さんがいる……! 」
まずは幸介さん……もとい詐山の発言から。
対する我妻さんは、元婚約者の男がここにいる事実に涙を浮かばせるほど喜びを見せている様子。
本当の結婚式ならば俺も祝福してやりたいところではあるが、これは歴とした作戦。
ここで擬似的に結婚式を挙げることで本人の油断を誘い、隙を突いて剣を封印するというもの。
実現可能な案の中で最も穏便かつ平和的に、そして詐山自身への罰として効果的な方法なんだと。
擬似的な結婚式を挙げる以上、この作戦は詐山の演技にほぼ全てが掛かっている。
一度詐欺をした相手を再び騙すというただでさえ面の皮の厚さ極まれりなことをさせるだけでなく、相手が最悪の殺人鬼と化しているプレッシャーに耐えなければならない。
これ以上の被害者を出さないためにも詐山に現状を全て託すしか無い。ヘマだけは絶対してくれるなよ……!
「どうかしら。あなたとの約束、きちんと守ったわよ」
「あなたは、確かあの時の……」
「ええ、覚えてくれているようで何よりだわ。改めまして私はアルヴィナ。あなたの願いを叶えにここへ来ているわ」
ん? 次にアルヴィナさんが声をかけたぞ?
予定にない台詞だが、そもそもこの作戦に変更になった原因はアルヴィナさんの独断による判断のせい。
だから向こうからすると我妻さんの願いを叶えた人物になっているはず。
予定に無い発言をしたのはそのため? まぁ作戦に支障が出なければ何でも良いが。
「その……ありがとうございます。まさか本当に彼を探し出してくれるなんて」
「気にしないで。それよりもここは彼があなたのために用意した舞台なのよ。私よりも先に彼と式を挙げなきゃ。さぁ、こっちへ」
約束通り願いを叶えてくれたことに我妻さんは感謝の意を示している。
前から思っていたことではあるけど、やっぱり自意識はきちんとあるようだ。前にやり合った時のことも覚えているらしい。
もしかしたら感情の高ぶりによって本人と剣の自我の割合が変動するのかも。
前例もあるから変に刺激するのはヤバそうだな。
それはそうとチャペルの奥へと招かれ、ぼろぼろのスカートの裾を引きずりながらバージンロードを歩き始める我妻さん。
行く先には詐山。この光景、正しく結婚式みたいで中々に素敵である。
手に持っている物が刃物の付いたブーケ……、
「ああ、夢みたい。本当に結婚式を挙げられるなんて……」
ちょうど俺が座る席の横を通った時、そんな呟きが聞こえた。ううむ、何かちょっと申し訳ない。
仕掛け人として作戦が終われば全部無かったことになるのを知っているから、独り言を言ってしまうほど喜んでいる姿を見ると心にくる。
いくらか疑っていてくれたらそれはそれで気が楽になるけど、本物の元婚約者を利用しているから余計良心が痛むな。
そうして我妻さんはいよいよ詐山の横に立つ。
端から見た二人は格好も相まって本当の新郎新婦のようで、こう……語彙力の無い俺では言い表せない“良さ”を感じる。
「神父はちょっと用意出来なかったけど、代わりに僕が誓いの言葉を言うよ。それでも良いかな?」
「うん。あなたとなら何だって良いわ」
結婚式に神父という存在が欠けていても、我妻さんは不満を口にする様子は無い。
むしろ好きな人と一緒であればそんな些末なことなど気にしないという意思を感じ取れる。
我妻さん、本当に詐山のことが好きなんだな。騙されてもなお今日まで想い続けてきたんだろう。
そんな一途な人を今から欺くのだから、一護衛でしかない俺でも罪悪感に苛まれるぜ。
「新郎、上出院幸介。僕は我妻あやめを妻とし、健やかなる時も病める時も、共に過ごし、夫として妻を愛し続けることを誓います」
お互いに真正面を向き合うと、詐山は事前に考えていた誓いの言葉をばっちり決める。
流石に我妻さんを一年間騙し続けただけはある。
真相さえ知っていなければこれが本物の言葉だと思っていたことだろう。悔しいが演技力は本物だ。
「新婦、我妻あやめさん。あなたは僕を夫とし、富える時も貧しい時も、夫を愛し、死が二人を別つまで、愛し慈しむことを誓いますか?」
「……はい。誓います」
新婦への言葉も完璧。代わりでも神父を用意出来なかったのは残念ではあるが、少なくとも我妻さんが満足する物になりそうだ。
さぁ、ここまでの行程を終われば残るは一つ。
結婚式と言えば誓いのキスだ。これを見事にやりきることで我妻さんに大きな隙が生じるらしい。
今回の死の聖癖剣士には愛する人と結ばれなかったという理由が根幹に存在している。
これを満たすことで
つまり本人にとって限りなく理想な幸福感を与えてやれば剣を安全に処理するチャンスが生まれるということだ。
式場という大がかりなセットを用意したのも、裏で化粧直しをしたのも、我妻さんに少しでも本当に結婚させるという認識を植え付けるため。
服飾系聖癖剣のスペックを最大限引き出すというリスクを鑑みても、この作戦は実行する価値が大いにある。
故に詐山の協力が必要不可欠。これは姿を偽装しても認識を誤認させても出来ない、当人でなければならない理由だ。
「それじゃ、誓いのキス……いい?」
「はい。いつでも……」
そうこう考えを巡らせていると、いよいよ作戦のクライマックスへ。
我妻さんは目を閉じ、顔を少し上へ逸らしてキス待ちの顔へ。
詐山も同様。まるで焦らすような形で徐々に唇を近付けていく。
おお、何かこっちまでドキドキしてきた。
ドラマのキスシーンと本質は同じはずだが、その光景を生で見るのとでは受け取り方も変わるらしい。
これ、アルヴィナさんは一体どういう感じで見捉えているのか、ちらっと横目で隣の列えお確認。
「んまぁ……。なんて素敵なのかしら……」
口元を手で覆い隠して感嘆のご様子。どうやら俺と同じで演技だと分かってても現状にどぎまぎを隠せないようだ。
擬似的とはいえ結婚式。参加者は皆気持ちは同じようである。
四人ぽっちで行われる小さくも盛大な結婚式はいよいよ最終章。
新郎新婦による誓いのキスで、見事舞台の幕を下ろす────はずだった。
「…………っ」
「……ん? 止まっ……た?」
監視という名の俺たち二人の招待客が見守る誓いのキスは、あろうことか寸でのところで動きが止まってしまう。
何事? そんなトラブルが起きるような状況でも無いのに──と思った瞬間、信じられない事態となる。
「う、くっ……やっぱ無理。キスは出来ない……したくねぇ」
「え…………?」
我妻さんとほぼ密着状態だった体を離し、詐山は距離を取ってしまう。
本来ならば決して起こらない……起きてはいけないはずのトラブルが────起きてしまった……!
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