第十一癖『目覚めし、炎熱の聖癖剣』
「悪いがここから先はお前の好きにはさせん。機兵共々ここで始末する!」
「うーん、君ってばいっつも私たちに対してつっけんどんな態度するね。最終的な目標はお互いに同じなのにさ。ちょーっと堅物すぎるんじゃないかな?」
厳しい口調の閃理に対し、クラウディは不満っぽく返答する。
最終的な目標は同じ? なんかすげぇ気になるワードが出てきたが、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。
ピリピリとした雰囲気になるつつある路地。一触即発ってやつだ。
「闇の聖癖剣使いの撃破は俺の目標にして組織の悲願だ。組織のために俺はお前らを撃滅──いや、殲滅する!」
「うぐぅっ!? その光は私苦手だな!」
「うぉ眩しっ!」
構えた剣から目も眩むような激しい光が放出。向かいにいるクラウディは勿論、後ろに隠れた俺もあまりの眩しさに一瞬目をそらしてしまう。
でも、閃理本人は至って普通に動いている。すぐにクラウディへ接近すると、相手が女性であることも構わないとばかりに剣の突きをした。
目眩ましからの刺突。少々卑怯臭さがあるのは置いといて、聖癖剣から繰り出される突きは非常に強力だ。
しかし、敵も
「うんうん! 君の
「影無き光などこの世には存在し得ない。例え光の聖癖剣を授かった者でも、心にはどうしても払いきれない闇がある。その闇がお前たちに対する負の感情というだけだ!」
最接近からのやりとり。クラウディの挑発じみた発言も閃理なりの正論で言い返すと、お互いの剣が交錯し、鍔迫り合いに発展した。
どっちも実力は互角か……? 素人の俺にはすぐに分からなかったが、二人の戦いはすでに本気の殺し合いになったことはっきり理解している。
あそこに俺が介入する隙間など一ミリも無い。そもそも入ろうだなんてこれっぽっちも考えてないのだが。
……あれ、二人が戦ってるのなら、この隙に逃げればいいんじゃね? 俺ナイスアイデア。思い立ったが吉日、即座に行動に移る。
「むっ、行かせないよ」
【悪癖リード・『機械姦』! 悪癖一種! 悪癖孤高撃!】
ですよねー。俺を目的に来たんだから俺のことを意識から外さないだろうとは思ってたよ!
クラウディは閃理の剣を弾いて距離を取ると、そのまま聖癖リード。『機械姦』……もうアブノーマルな性癖がイヤな予感を催していく。
その辺に転がっていた……なんだっけ、
聖癖を使えば再生もするのか!? なんて面妖で厄介な奴……ってか、これ状況かなりヤバくないか?
「させるか!」
「おっと、私はまだやれるよ!
『クラウディ様の指示を確認。目標の追跡を再開します』
閃理は戦いを切り上げて俺を助けようとするが、それを妨害に出るクラウディ。剣機兵に命令を下すと無機質な声が俺を狙うよう再起動した。
まずいぞ。
でも普通の高校生でしかない俺があの剣機兵を振り切れる自信はない────ここで本当の終わりが来るのか?
……いや、そんな簡単に諦めるわけにはいかねぇ! 俺の人生、そんなあっさりと終わらされてたまるかッ!
追いつかれた先にあるのが死の可能性もある以上、ここに迷うような選択肢はない。
俺は走った。全力で脚を回す。ああ、こういう時に限っていつも通る路地が遠くに感じる。窮地に立たされた人間の心理が疎ましいな。
敵も徐々に数が増えていって、逃げる俺を追って来ている。
迫る魔の手をすれすれでかわし、本当にもう目と鼻の先にある
──が、それでも闇は容赦なく俺に現実を叩き込んでいく。
『目標発見。強襲プロトコルを実施。目標物の回収を開始します』
「んなっ……!?」
ゴールの奥からまた新しい剣機兵が現れやがった。まさか、出待ちされてたってのか……!?
いや、薄々分かってた。相手にとって一介の高校生の考えなど掌の上のことなんだろう。二重三重の予防線を張っていてもおかしくはない。
どうする、どうすれば今の状況を切り抜けられる? 閃理もメルも助けに来れない、俺自身に力はない。駄目だ、頭が真っ白になって何も考えつかねぇ……。
──まさかここで終わるっていうのか? 産まれてからたった十八年ちょっとしか経っていないのに、そんな終わり方ってありえねぇ。
父親、親戚、祖父、メイドさん、クラスメイトとの日々が走馬燈となって俺の脳裏に過ぎる。そして中でも強く存在を主張してくるのは俺の親友だ。
あの時から時間が止まったまま記憶の中で生きる幼げで中性的な顔立ち……ああ、そうだ。一つ思い出した。
俺が普通の人生を嫌だって思うようになったのは、普通の人生を選べばもう一生
変わった人生を歩めば、何かの拍子で再会出来るかもしれないって。勿論そんなことはあり得ないと分かっているけど、それでもまたあいつに会いたい! 俺の馬鹿で人生狂わされたあいつに謝りたい!
ここで終われない! 終わらされてたまるか! ……俺はまだ諦めたくないんだ!
やってることは結局敵から逃げてるだけあってもそれで結構! 戦えない俺の戦いは剣機兵から逃げることだ!
迷いが俺の命を脅かすのなら、俺は今から過去の
ごめん、今だけは
「うぐっ!? あ、が……!?」
そう心に誓った瞬間、俺の身体に異変が起きた。
なんだ、この痛み……いや、熱さか? いきなり胸が物理的に焼かれているような痛みが襲ってきた。
この突然の痛みに走っていた俺は脚をもつれさせて転倒。だが転んだ痛みも気に出来ないまでに胸が痛い。
病気? いや、俺は昔から身体は元気そのものだった。風邪すらここ数年引いたことはないくらいに。
じゃあこれはなんだ? 敵の攻撃? 恐怖による身体の拒否反応?
いや、どれも違う気がする。もしかするとこれは敵の仕業でもなければ俺自身が起こしてる現象ではないかもしれない。
何せそれを証明するかのように──痛みを感じる箇所からは凄まじい熱と共に紅い輝きが放たれているのだから。
「焔衣!? 一体何が……」
「あの光は──まさか!?」
なんか閃理らの驚く声が聞こえ……いや、気のせいかもしれない。
とにかく熱さと痛さ、そして異様なまでの違和感が周りを気にすることをさえも億劫にさせてしまうほどに俺を襲ってくる。
剣で斬り殺される前に謎の発熱で焼け死にそうだ。一体俺の身体に何が起きてるんだ……!?
『目標の状態異変を確認。戦略的有利と判断。攻撃へ移行します』
「ぐ、がっ……!? や、やば……!」
俺が痛みに悶えているのを剣機兵はチャンスと見たらしく、俺に向かって剣を振ろうとするのが見えた。
絶体絶命……死を覚悟しつつ、迫る刃から目を閉ざした時──それは突如として世界を包み込む。
それがどういう原理で発生したのか俺にもよく分からない。ただ、唯一言えることは、この発熱の原因はそれにあるということだ。
突如として、凄まじいまでの炎が路地全体を包み込む。
地面や建物の壁は勿論、剣機兵や奥にいたクラウディと閃理すらも巻き込んでしまうほどの激しい爆炎だった。
「ぬうぅッ!?」
「こ、この炎は一体何なんだ!? 何が起きているんだ!?」
向こうからクラウディの困惑する声が。俺より異常な現象に詳しいであろう敵が分からないんだから俺が分かるわけ無い。
そう、この異常な現象は他の何者でもない俺が爆心地となっている。そして、異常はより激しく変化を遂げて俺を襲う。
──
そして気付いた。ただ熱いんじゃなく、燃えているんだ、俺の
炎こそ最初に比べ僅かに勢いは衰えたものの、それでもどこから吹き上がっているのかも分からない炎が身を焦がすような凄まじい熱気で全身を包み込んでいる。
まるで長年の封印を破った怪物が、その喜びから火を吹いて暴れまくってるような感じ。いや、実際にそうなのかもしれない。
「あ……、ああ……っ!」
悲鳴を上げる。だが、声に出るのは絶叫とも呼べない掠れた音。きっと誰かの耳にも届かない虫の羽音にも劣る声だ。
変化が起きているのはそれだけじゃない。ふと見れば──俺の胸に奇妙な物が存在していたからだ。
炎という不定形の物質が無理矢理形を取っているようなそれは、よく見ると棒状をしているようにも見える。
……違う。この形はどこかで見覚えが……いや、今の表現にも語弊がある。俺は知っている。この謎の物体を、一度手にしている記憶がある!
「け……ん……!?」
何故か。そう、どういうわけか俺の胸に突き刺さっているというより、むしろその逆で炎が形作るように剣柄が俺の胸から生えてきたのだ。
炎の熱と死の恐怖のせいで俺の身体は自由に動いてくれない。それでも俺はすでにこの物体の正体を看破し、覚悟を決めていた。
「──
すると、何者かの声が俺の名前を叫んだ。
誰だ……? いや誰ということはない。つい最近知り合った……というよりいきなり俺に接触してきた不審者一行のリーダーみたいな男の声。
痛みに耐えながら顔を声の方向に向けると、クラウディと未だに戦いながら俺へ声をかけてくれている閃理の姿が。半分くらい聞こえないが、それでも意は理解した。
抜く──そう、これを抜くんだ。俺の身体から現れたこの剣を!
『損傷率30%を確認。稼働範囲内。再起動します』
そして、爆炎のダメージを受けて一瞬だけ大人しくなっていた剣機兵が再起動。再び俺へと向けて襲いかかってくる。
覚悟は決めても身体はまだその準備は整っていない。放たれる熱波を無視して俺へ突っ込んでくる──
「聖癖暴露撃・
その瞬間、俺の前に迫ってきていた剣機兵は残像を残して建物の壁に衝突していた。
速すぎて見えなかったがその正体は判明している。迸るパルスを纏って機能の半分を封じられたままの聖癖剣を手に、剣機兵を押さえ込む剣士の姿。
「戦エ! 剣に選ばれてるなら、ココで死ねないなら、その剣取って戦エ!」
「たた……かう……!?」
次に聞こえたのは閃理と一緒にいる外国人の女性の声。片言でしゃべる言葉は俺に戦うことを促している。
メルはどうやら前の剣機兵をなんとか片付けたようだ。安心もそこそこに、投げかけられた言葉の意味を今一度考える。
戦う? いや、普通ならありえない話だ。ここは日本で、第二次世界大戦だってもうすぐ終戦から八十年目の平和な時代。
殴れならまだしも、剣を取って戦えだなんて……今の状況じゃそう言われても仕方ないよな。
剣、武器、戦い。現代日本じゃ小説やマンガの中でしか聞かないような言葉の数々。
もしも、この状況は今のようでなけれな鼻で笑って聞き流しているに違いない。だが、残念なことに笑い飛ばせる状態にない。
ああ、自分は馬鹿だな。そう自虐しながら、あの二人組の言葉に従った。
身体が放つ炎と痛みをなるべく無視し、胸から生える剣柄を握る。そして出せるだけの力を込めて引き抜こうとする。
「ぐっ、ううぅ……!」
──痛い。ああ、地味に痛い。おまけに引き抜くたびに炎がさらに漏れ出していく。
まるで身体が炉か釜戸になっているみたいだ。中の物を取ろうとすれば、内部の熱まで外へ逃げようとする。それが自分に起きている感覚。
なんで俺は自分の身体から生える剣を抜こうとしているんだろう。
なんで変な二人組に絡まれてしまったのだろう。
なんで闇の組織に剣を狙われてるんだろう。
なんでこんな目に遭っているんだろう。
疑問は尽きないが、唯一分かることもある。それは──
「うぉ、おおお……! ぐっ……、はああああ────」
暴走するように炎が吹き出す。衣服を焼くほどの熱気が迸り、辺りを焦がす。
これ、全部引き抜いたら大爆発でも起こすんじゃないかって心配もするくらいの熱が身体中に帯びていく。
それでも胸の奥底で鎖に繋がれているかのようだった剣柄は、少しずつ俺に応えてくれている。徐々に引き抜かれ、そして────離れた。
瞬間、この周辺一帯に広がった炎や熱気、ありとあらゆる炎熱に関わる現象が刀身の無い柄だけの剣が吸い尽くしていく。
そうだ、あれは夢なんかじゃなかった。
幼い頃、祖父の家にあった土蔵に忍び込んだ頃の話。箱に収められた剣に触れ、炎に包まれた幻想の記憶。
炎の中で見た、粒子となって消える剣。それが一体どこへ消えたのか──それが例え夢だとしても気になっていた。
その答えはここにあった。その剣は今まで、こんなにも近くにあったんだな。
あらゆる炎熱を吸い尽くした剣柄は、今度は静かに炎を産み出し、それが刀身となって本来の形を取り戻し始める。
静粛に、そして厳かに執り行われる復活の儀式。ここにいる俺以外の全ての生命は黙ってそれを鑑賞するばかりだ。
ふと記憶が流れ込んでくる。誰の記憶かは分からない。女の剣士が今の俺が持っている物と同じ剣を持って何かと戦っている光景。
そして時が流れ、女剣士はそれを剣に何かを呟くと箱に仕舞い込み、視界は真っ暗に。────そして再び箱が開かれ、光を取り戻す。
「…………そっか、お前はずっと、俺が見つけてくれるのを待ってたんだな。ごめん、それと、ありがとう」
うなだれるように黙り込んでいた俺は、無意識の内に剣に対する謝罪と感謝を呟いていた。
剣が教えてくれた昔の記憶。あの剣士はきっと、こいつの前の所有者なんだろう。
剣士としての生涯を終え、再び日の目を見ることが出来るようあの土蔵に封印し、隠されていた。
それを掘り起こし、次の剣士に選ばれたのが、かつての俺というわけだ。
この剣……聖癖剣の名は──
【
俺の人生は、多分これから大きな変化を遂げるだろう。それは閃理ら光の聖癖剣協会の人間と出会ったことが切っ掛けなんかじゃない。
俺は始めからこうなる運命にあったということ。
──新たな“炎熱の聖癖剣士”として闇と戦う……そう運命付けられていたのかもしれない。
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