第十二癖『翳る曇天、焔が晴らす』

「はぁ、んぐっ……げほっ……。身体……燃えて、ないか?」


 あの熱地獄から解き放たれた俺は、掲え上げる剣を降ろして身体を触る。

 身体は熱いが炎はもう出ていない。服が焦げてほぼ半裸だけど、それ以外は無傷そのものだ。


「【対陽剣焔神ツンデレけんえんじん】……!? 何故、あの剣を焔衣が……?」

「はは、ははは! これは驚いた! まさか君が隠し持っていた剣が、まさかあの対陽剣ツンデレけんとはね。こんな奇跡を目にするとは思わなかったよ!」


 すると背後から笑い声が聞こえた。クラウディは俺が体内から抜き取った剣を見て感激半分で驚きを顕わにする。

 対陽剣焔神ツンデレけんえんじん……そんなに名前の知れた剣なのか、こいつは。


「博士、聞こえるかい? 目標がついに聖癖剣を出した。面倒事は私が全て引き受ける。生死は問わない。全部の剣機兵ソードロイドをここに集めて、剣を奪うんだ!」


 そしてクラウディはインカムで誰かと連絡を取ると、俺を本気で襲いにかかる旨の指示を下す。

 ってことは今までは手加減してたってわけか……。まぁ、そんなんだろうとは思ってはいたけど。


 そしてほどなくして現れる大量の剣機兵ソードロイドの群。こいつらまだこんなに居やがったのか。

 状況としては多対三……いや一人という圧倒的不利な戦況なんだろう。でも、不思議と今の俺は落ち着いていた。


 なんというか、炎が剣に吸い取られたように俺の恐怖や焦りといった感情も少し奪われたみたいな感じで、冷静に今の状況を見ることが出来ている。


「やれ、剣機兵ソードロイド! あの少年から聖癖剣を回収しろ!」



『了解。目標への攻撃を開始します』



 迫り来る剣機兵。メルはさっきのやつを倒してまた別の個体を相手にしてる。閃理は変わらずクラウディと戦っているままだ。

 うん、うん……分かる。今の俺がするべきこと、その全てが。


 下げていた剣を再度持つ。赤熱発光するロングソード型の剣身を取り戻した今、その重さは半端ではない。でも何故か俺はそれを軽々と持てている。

 原理は分からないし、知らない。でも、これがあれば俺は負けることはないと確信していた。


「──ふっ!」


 すぐ後ろから迫って来ていた数体の剣機兵へ向けて振り向き様の一閃。その瞬間、対陽剣焔神ツンデレけんえんじんは凄まじい炎を再び纏い敵を融断。一撃で撃破し、残骸はその場に崩れるように落ちた。


 この剣の使い方、手に取るように分かる。さっき焔神えんじんが見せてくれた先代炎熱の聖癖剣士の記憶で戦い方をラーニングさせてくれたからだ。


 今の俺はこの雑魚を蹴散らす力を得ている。もう逃げるだけの──閃理とメルに守られる無力な存在じゃない。

 刹那に操作。聖癖剣が持つ固有の必殺攻撃を放つ手順を踏む。



【聖癖暴露・対陽剣焔神ツンデレけんえんじん! 聖なる焔が全ての邪悪を焼き払う!】



「聖癖暴露撃・焔魔十斬波えんまじゅうざんぱ!」


 これもまた無意識に必殺技の名称らしき言葉を吐き出し、より赤熱化する焔神えんじんの刃で十字を描くように宙を切り込む。

 まるで炎で文字を書いたように現れるX字。それを敵へ向けて飛ばすように剣で突き刺すと、思い描いた通りにそれは飛んでいく。


 獄炎の十字は俺に襲いかかろうとしてきた分の剣機兵の群を瞬く間に焼き尽くす。放った俺がドン引きしそうなくらいに燃え上がり、十数体もいた鉄の人形は跡形もなく融解してしまった。


剣機兵ソードロイドが今の一撃でほぼ全滅!? 噂に聞いた話より強いじゃないか……。正直侮っていたよ、対陽剣焔神ツンデレけんえんじんの力!」

「余所見してる暇があるものか! お前が相手するのは俺だとお前自身が言っただろう!」


 今の一撃は流石の悪癖円卓マリス・サークルも驚くほどだったようで、その余所見が隙となり理明わからせの一突きが長い髪の一部を切り落とした。


 多分初めてのダメージによってクラウディはここで初めて怯まさせる。一瞬にして距離を取ると、切られた箇所の髪に触れた。


「髪を切るならもう少しセンスの良い切り方をしてほしいものだけど?」

「そんなことなど知るか。さぁ、どうする。剣を諦めるか、あるいはここで切られるか選べ!」

「そんなのどっちも選ぶわけないだろう? 第三の選択肢を選ばせてもらうよッ」



【悪癖リード・『目隠れ』『曇らせ』! 悪癖二種! 悪癖縫合撃!】



 閃理が投降を促すも、諦めの悪さが伺えるクラウディ。そのまま悪癖リードを使い、その姿を眩ませた。

 ただ消えただけじゃない。辺り一面に深い煙霧も産み出して俺たちの視界を遮っていく。透明化に煙幕……厄介なコンボだな。


「気をつけろ、焔衣! 奴は奇襲攻撃を仕掛けるつもりだ!」


 ああ、分かってる! こんな状況で相手は逃げるわけがないからな!

 どこだ、奴はどこに現れる? 冷静に考えろ、俺。あの女は俺を目的に来てるんだ。なら、襲いかかりに行く相手は大体の予想はつく。


 思い出せ、先代の記憶チュートリアル。見えない敵を相手にした時の記憶を引き出せ────



 熱を放て。微細な変化を感じ取れ。そこに切るべき相手は──いる。



「……! これだ」



【聖癖開示・『ツンデレ』! 熱する聖癖!】



 刹那に操作。聖癖の力を微かに発動させる能力を用いて、俺は周囲に熱を解き放つ。これが吉と出るか凶と出るか……。

 心配は後回しだ。とにかく今は集中。息を棲ませ、耳を立てろ、鼻もも……利かせて損はない。




 ──────…………その首、貰った!




「……っ、そこだァ!」


「何っ!?」


 俺はそれを察知するや否や、背後を振り向いて大きく大雑把に剣を振り払った。

 それは見事に命中。背後に忍び寄っていた見えない何か──そう透明化していたクラウディの剣を弾き飛ばしたのだ。


 微細な熱の変化や動きを感知する能力が焔神えんじんにはあった。

 それを使えば近付いてきた目には見えない敵も捉えることが出来たってわけ。


 この思わぬ反撃により透明化は解除され、大きく怯みを見せるクラウディ。お互いの距離は剣身よりも近い。このチャンスをみすみす逃してやるほど俺は優しい人間じゃねぇ!


「行け! 焔衣!」

「やれ────ェェッ!!」


 俺は再び聖癖暴露撃を使う。閃理とメルの応援が俺の背中を押してくれる。ここで悪を倒せと剣が……いや、俺自身が心で叫ぶ!



「ぐっ……!?」


「逃がすかああぁぁぁッ!!」



 聖癖暴露──第二撃! これは記憶の中の剣士も使っていた奥義の一つ!

 グリップ部分を握り潰すかってくらいに強く締め上げ、赤熱化を限界まで高めた剣身は青い炎を纏い始める。これが、これが俺の全力の必殺奥義!




「──焔魔天変えんまてんぺん!」




 焔神えんじんを思いっきり振ると記憶の通り、空を焦がし大地を焼き付くさんとばかりの炎が斬撃波と共にクラウディへと襲いかかる。

 流石の第三剣士も剣を失った今、至近距離でこれを避けきるのは不可能だ!


 ……いや待て、これ食らったら死ぬのでは? いくら俺を殺しに来た奴とはいえ相手は女性。

 もしこれで殺してしまったら────と、そんな考えがよぎったのがこの戦いにおける最大のミスだったと思う。



 ドカァァァァンッ! と、これまでの人生で聞いたことも出したこともない暴力的な騒音が路地に鳴り響いた。

 コンクリートの地面を焼き、そして叩き壊したことによって発生した靄とはまた違うスモークが辺りを襲う。く、クラウディはどうなったんだ……?


「……っぅ」


「嘘だろ、今の耐えたのかよ……!?」


 ふらっと煙の中から見えるシルエット。おぼつかない足取りで、吹っ飛ばされた分の距離を詰めてこちらにやってくる姿を見て、俺は驚かざるを得なかった。


 あの当たれば絶対殺すと思わせるほどの一撃だぞ。それを剣も弾き飛ばされたのに耐えるなんて頑丈過ぎ……いや、違う?

 よく見ると煙の奥に見える影は一つじゃない。一体何が……?


「……なるほど。あなたの隠し持っていた聖癖剣はあの対陽剣焔神ツンデレけんえんじんだったのですね。これでは素人相手に第三剣士がやられかけるのも納得です」


 ん!? やっぱりクラウディの他にも誰かいる! っていうか、この声どこかで聞き覚えが……。


 煙の奥から姿を現すのは──やはり二人の女性。片方は深くうなだれてほとんど動きを見せていないクラウディ本人。服も燃えてるし火傷が身体の左側に集中しててやべぇダメージ受けたってのが一目で分かる。そんな第三剣士に肩を貸しているのが……。


「あんたは……トキシー!?」

「ええ、お名前を覚えていただけているとは光栄ですこと。あまり嬉しく思いませんけれども」


 そう、初めに俺を襲撃してきたキノコ頭の元剣士の上司、毒の聖癖剣士であるトキシーだった!

 っていうか色々やらかして任務から解かれたんじゃなかったか? どうしてここに……。


「トキシー! 何故お前がここにいる!?」

「この町でやり残したことがあったので、それの処理に来たのです。そうしたらクラウディさんがやられそうになったのを目撃しまして、仲間である以上は見過ごすなど出来ません。まぁ、今のは流石に死ぬかもと一瞬思ってしまいましたが」


 力を使い果たし、ほとんど立っていられるのが精一杯な俺の代わりに閃理が再度現れた理由を訊ねる。


 よく見るとドレスも一部焼けて露出度が過激になっているけど傷は剣を持つ左腕に集中していた。多分防御用の聖癖リードを使ったのだろうけど、それを以てしても防ぎきれなかったほどに焔神えんじんの奥義が凄まじかったのだと物語る。


「うぅ……かはっ……」

「クラウディさん、しっかりしてください。今少しだけ楽にして差し上げます」


 半身が焼かれたクラウディ。炎を吸って肺などが焼けてしまったのか、とても苦しそうに息をしている。

 敵とはいえちょっと罪悪感……。い、いや、ここで俺がやってなきゃ俺が殺されてたんだ。同情はしない……つもりでいたい。



【悪癖開示・『百合』! 慈しむ悪癖!】

【悪癖リード・『スライム』『マミフィケーション』! 悪癖二種! 悪癖縫合撃!】



 トキシーは悪癖開示と悪癖リードを連続使用すると、剣先から滴る毒液をクラウディの火傷箇所に塗布。痛々しいまでの呻き声を上げるが、それを気にせず次の処置。


 作り出したスライムのようなゲル状の物体を火傷部分に当て、その上から生成した布を被せて応急処置を完了させる。手際が良いというか、あっという間の出来事だった。


「残念ですが私たちの敗北です。剣は奪えず、逆に覚醒を促してしまい、負傷者も出してしまった。任務を外されている私はこれ以上手を出せないので今回は大人しく引き下がるとします。幸運と思いなさい、炎熱の聖癖剣士」


 処置を終えると、トキシーはクラウディを抱えたまま撤退の意志を俺たちに告げた。今はもうこれ以上戦わなくて済むと知り、ちょっと安心──するのはまだ早かった。


「と、トキシー。帰る前に少しだけ、彼に一言いいかな……」

「クラウディさん……。長話は控えてくださいね」


 トキシーがいざ戻ろうとした時、クラウディはそれを一旦止めて俺に何かを言おうとしてきた。

 それを察して身体をつい強ばらせてしまう。あんな目に遭わせたんだ、呪詛でも掛けられるんじゃないか……? そう思って相手の言葉を待つ。


「……ぐっ。ほ、焔衣、くん……だったかな?」

「な、なんだよ……?」

「さっきの……一撃、凄かった。一瞬、だったけど……私、久々に戦ったっ、て感じがした。でも、最後、私のこと……心配して剣軸、ブレさせたのはっ、駄目だよ? そこは……流石に、素人だね……!」


 何を言われるのかと思って覚悟していたら、あまりにも予想外な言葉が俺に向けられた。


 一瞬とはいえそれが本気で殺しかけた相手に対しての言葉なのか? 恨みでもなければ呪詛や復讐を誓う言葉ですらなく、俺の攻撃を賞賛する内容っておかしいだろ……?


 その言葉を当てられた俺は、今どういう顔をすれば良いのか分からなくなる。これならまだ復讐してやる! って言われた方がすっきりするだろうよ。一体何なんだ、あの人は……。


「はは……、君なら仲間にっ、勧誘してもいいと、思ったけど……、無理そうだから今は諦めるよ。それじゃあ、ね」


 最後、ちらりと閃理の方を見てからクラウディの話は終わり、聖癖の力を使って撤退していった。

 土埃が完全に晴れると、目の前にあるのは衝撃波の形に消し飛ばされた地面のクレーター。俺が作った戦いの痕跡だ。


「終わった。勝ったんだ、俺……!」


 何はともあれ勝ったんだ。それを実感した途端、身体から力が抜けてその場にへたり込んでしまう。

 駆け寄る閃理とメル。やばい、立てねぇ。こんなにも足と腰がガクガク震えて直立するのを拒んでる。こんな経験今まで一度もないよ、俺。


「焔衣! よくやった。第三剣士に瀕死の一撃を負わせるなんて他のどの剣士にも出来ることじゃない。本当に……よくやってくれた!」

「すごい、焔衣はやっぱり剣士向いてル! メルのこと助けてくれたし、その剣で敵倒しタ! Very goodとってもすごい!」

「はは、そんな褒めないでくださいよ。俺の力じゃない、こいつがやり方とか全部教えてくれたからです」


 めちゃくちゃ褒められてる。これまでこんなに褒められたことあったかな? いや、もう結構ですって、いい加減恥ずかしい……。


 それに今言った通りあの戦いは全て、対陽剣焔神ツンデレけんえんじんが見せてくれた先代の記憶を再現した物に過ぎない。凄いのは剣であって俺ではないのだ。


「立てるか? 手を貸そう」

「ありがとう、ございます……。くっ、ああ、まだ足に力が入んねぇ」


 閃理に肩を持ってもらい、俺は何とか立ち上がる。ははぁ、戦ってる時は何故か動けてたけどやっぱり相当無茶してたんだな。さしずめ聖癖剣のおかげってところか。


 うう、寒い。そういえば俺上着とか燃えて半裸だった。身体もさっきまでみたいに火照ってるわけじゃないし、このままじゃ秋の寒空で凍えてしまう。


 閃理の上着を貸してもらい、公衆の面々で裸体を晒すようなことにはならずに駅の駐車場へと到着。この町で一番安心できる場所だ。


「メル。今は焔衣のことが優先だからまだ何も言わないが、後で覚悟しておけ。俺の私物が焼失した分の報いはきっちり受けてもらう」

「Wow……忘れてタ」


 あー……、もしかしてそれ、俺も巻き添え食らう感じかな? 着せたのはメルだけど燃やしたのは実質俺だし……。

 素直に安心出来ないままだが、これで俺は人生で一、二を争うくらいの大事件を乗り越えることが出来た。


 聖癖剣士同士の争い。それに巻き込まれた結果、俺は先代炎熱の聖癖剣士が遺した【対陽剣焔神ツンデレけんえんじん】を入手──いや、取り戻すことが出来た。


 さらに気になるのはこの剣のことについて。敵も、そしておそらく閃理らも知っているような感じだった。

 この十年間を俺の体内に封じられていた聖癖剣こいつは、一体どういった存在なのだろうか……?


 気になる……けど、今はもう疲れた……。少し、休む────

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