第十三癖『選択の時、人生の岐路』

 例の事件から一夜明けて、俺は何事も無かったかのようにいつも通り自宅にて家事を行っていた。

 洗濯、掃除、皿洗い……うん、いつも通りの日常。これまで何度も過ごしてきた当たり前の日々。極めて模範的な日曜日だ。


 そんな当たり前な一日を平和に過ごしている俺だが、昨日は大変なんて言葉じゃ言い表せないくらいの大事件に巻き込まれている。本当に、もしかしたら今も夢なんじゃないかって思ってるくらいだし。


 でも全て現実だ。証拠に駅前通路から繋がる戦いを繰り広げた路地には今、警察関係者などが“ガス爆発事故現場”の名目で調査をしているところだ。


 よもや思わないだろうな。あそこの惨状がガスの引火が原因ではなく、聖癖剣使い同士による戦いの跡であるということを。


「さてと、もうちょいで時間かな。居間の掃除も終わってるし、そろそろ俺の方も準備進めないと」


 おっと、少しだけ訂正をしよう。今日は確かに普通の日曜日だが、同時にとあるを招き入れることになっているのだ。

 昨日急遽決まったことだが、そのことを父親に話したらあっさりOKを貰ったので、こうして相手方に失礼の無いよう掃除しているわけ。


 約束の時間まであともう少し。すでに父親は居間で待機してるから、あとは俺だけ──とは言っても精々髪の毛整えたりするくらいだけど。

 そして、ピンポーンとインターホンが鳴った。どうやらおいでなすったらしいぜ。


「はいはーい、今行きますよーっと」


 俺はそそくさと玄関へ向かい、来客を迎えに行く。

 ん? そのわりにはあんまり緊張してる感じはしてないって? まぁ、そりゃ相手が相手なわけだからいいかなって。

 ドアを開けると、そこにいる人物。それは──


「……うむ、どうだ。様になっているだろうか?」

「メルたち、来たヨー」

「うぉっ、いや、スーツ似合いすぎじゃない? もまるで別人みたいでびっくりした……」


 やはりモデル体型なだけあって背広を完璧以上ってくらいに着こなす閃理と、普段露出の高い服を着てるせいかレディーススーツを着るとめちゃくちゃ印象が変わるメル。


 そう、来客というのはこの二人のことである。見知った人たちだから俺はあんまり緊張していないのだ。

 あと余談だが、俺は閃理とメルに対する口調を少し変えることに決めている。具体的には呼び捨てで呼ぶことにして……理由はまぁ後々にな。


「それじゃあ家の中に入って。奥で俺の父親が待ってるんで」

「ああ。ところでだが、本当に良いんだな? の選択は」

「……うん。後悔はするだろうけど、多分これが正解だと思うから。今もそう思ってるよ」


 そんな二人を父親のいる居間へと案内する間に少しだけ閃理と会話する。

 こうして俺が二人を家に招き入れ、父親との面談をしようとしているのには昨日の件が大きく絡んでいる。決して無視は出来ないくらいの、大きな理由がだ。


 時を遡ること昨日。戦いに決着が付き、俺たちがアジトへ戻った辺りのことだ。











 俺は気付くと昨日寝泊まりした部屋で眠っていた。あんまり覚えてはいないが、どうやら移動している途中で気を失ってしまったらしい。

 あんな戦いの後だ、疲れないわけがない。疲労でぶっ倒れるのもわけないことだ。


 それはそれとして焔神えんじんの炎で無惨に焼け消えてしまった服の代わりに用意してくれたであろう俺の学生服に袖を通し、館内のとある一室に呼び出されていた。


 近くのテーブルに置き手紙があって、それによると大事な話があるのだという。せめてそれを聞いてからでないと帰せないそうだ。


「起きたか。身体の調子はどうだ?」

「あ、お陰様で。少し楽になりましたけど……」

「それは何より。立ちっぱなしも何だ、取りあえずそこへ座るといい。少し真面目な話をしなければならないからな」


 部屋に入ると、閃理とメルがソファに腰掛けながら俺が来るのを待っていたようだ。心配を掛けられつつも、向かい合う形でソファに座る。

 一体どのような話なのだろうか……。もしかして服を弁償とか? ありえなくもないのが怖いな。とにかく話の続きを待つ。


「早速本題に入ろう。君の聖癖剣【対陽剣焔神ツンデレけんえんじん】なんだが……これをこれからどうしていくつもりでいる?」

「俺の剣、ですか……」


 いや、この状況で訊ねられる話なんて一つしかないよな。

 あの戦いで長年の封印を完全に解いてしまった俺の聖癖剣。剣機兵ソードロイドを一瞬にして溶かし全滅させ、悪癖円卓マリス・サークルの第三剣士を瀕死にまで追いつめた強力無比な炎熱の剣。


 それをこれからどうしていくのか……つまり、前に言っていたことの答えを閃理は今すぐに聞きたいらしい。


「答えを急かすようですまない。詳細は言えないのだが、焔神えんじんは俺たちが長年探し求めていた物の一つでな。必ず組織に回収したと報告しなければならない。だから、この剣をどうするかをなるべく早めに決めてほしいんだ」

「守秘義務ってやつですよね。分かってます。今朝メルさんにそのことで一言言われてますから。どうするかを決めないと、この剣について何も教えられない……そうなんでしょう?」


 閃理は俺の返答に無言で頷いた。目の前のテーブルに置かれた【対陽剣焔神ツンデレけんえんじん】に視線を落とす。

 よく考えなくてもこいつは一般人の手に余る代物だ。多分、先代も剣士を引退する際にそのことも危惧して封印したのだろう。


 何より閃理ら光の聖癖剣協会が探し求めていた物で、闇の聖癖剣使いらに至っては危険視してるみたいな感じだったのも気になるところ。

 どう見ても聖癖剣としても普通じゃないことは薄々気付いている。それがどっちの意味でヤバいのかまでは分からないが。


 そんなこいつをこれからどうするのか……。普通ならこのような危険物を所有するのは気が引けるところだが、今は違う。

 あの戦いを経て、俺は自分自身の体験と考えを二人に言うことにした。


「……閃理さん。俺、この剣を引き抜くときに見たんです。多分先代の剣士の記憶みたいなのを」

「先代の記憶? 詳しく訊いてもいいか?」


 俺はあの時起きた不思議な出来事を閃理に話す。先代らしき剣士の戦いの記憶……それを剣が見せてくれたことを。


 確かに色々な記憶があった。戦う時に参考にした技や動き、剣の基本技術に関連する記憶などが今の思い出せる範囲。もっと探ろうと思えばまだまだ記憶は出てくるだろう。


 しかしその中には幾つか戦いとは関係の薄い記憶もあった。それこそが、俺を炎熱の聖癖剣士という運命に結びつけたと思っている。


焔神えんじんを封印する直前の記憶で先代の剣士が言ってたんです。『次の剣士が迷った時は、お前の熱で迷いを断ち切り、その炎で道を照らしてやってくれ』って。ただの偶然かもですけど、実際俺、迷うと何も出来なくなるクセみたいなのがあって、まるで俺が剣士になるのを見越してるっていうか、その……。もしかしたら先代は次の剣士は俺になるって分かってるみたいな感じでした」


 覚えている限りでは一番最後に見た記憶。先代はもしかしたら、未来を見据え……いや、視えていたのかもしれない。


 俺は過去に抱えたトラウマのせいで重要な選択を迫られると思考が停止しがちになり、問題から逃げ出そうとするクセがある。

 でも先代の言葉通り焔神えんじんは俺に剣機兵やクラウディと戦う勇気を与え、勝利の道を照らしてくれた。炎が俺を導いてくれたのだ。


 勿論これが偶然なのかもしれないのは分かってる。事実先代の言葉は俺ではなく剣に向けて言ったもの。俺以外が焔神えんじんを取っても同じことをしてくれるはずに違いない。多分。


「……実を言うとだな、焔衣。その剣は俺らが知る限りでは通常の聖癖剣では出来ないことをいくつもしている。人体に潜んでいたのもそうだが、普通は過去の記憶を見せたり出来ないんだ」

「えっ……、そうなんですか? じゃあどうしてそれが……?」


 短い沈黙の後、閃理が口にしたのは意外な話だった。どうやら世の理の一部を自在に使うことの出来る剣でも不可能なことがあるのだと。


 しかし、焔神えんじんは一回限りとはいえそれをやってのけた。じゃあ、なおさら分からないな。何で焔神えんじんは俺の体内に潜み、そして過去の記憶を見せてくれたのか。


「メルたちも分かんなイ。でも剣は焔衣を剣士に選んダ。聖癖剣、所謂Intelligence sword知性を持った剣。剣が所有者決めてる状態で無理矢理奪えば、メルたち剣にやられるかモ。だから焔衣、剣の所有権放棄するか、剣士になってメルらにつくか、すぐ選ブ」


 なるほど。閃理らが最初、俺に剣を譲渡するよう言ったのは報復されるリスクを回避するためだったってわけか。


 ん? それじゃああのキノコ頭の元剣士って相当マヌケなのでは? クラウディやトキシーレベルなら実力で報復をねじ伏せられるかもだけど、メルに雑魚扱いされるような奴が俺を殺したら逆にやられてたのでは? あぁ、無能ってそういうことかぁ。


 それはそれとして、剣の所有権を捨てるか閃理らの仲間に付くかを選ばなきゃならない。多分、剣を貸すていで渡すっていう選択肢はないんだろうな。


 ふむ、これは一生に一度レベルの簡単に決めてはいけない選択肢。簡単に決めてはいけない重大な内容だ。でも、俺の中でその答えはすでに決まっている。


「俺は……俺は剣士になります。閃理さんやメルさんの仲間になりたいです……!」

「質問しておいて何だが、その選択を取るということは遅かれ早かれ後悔するような経験をするかもしれないんだぞ? 最後まで五体満足でいられる保証もなければ短い一生で終わる可能性も少なくない。それを覚悟した上で、君はなお剣士の道を選ぶのか?」

「……確かに、そういうのは怖いです。でもこの剣に選ばれたのは、多分偶然じゃない。運命っていうか……上手く言い表せないけど、そんな気がするんです」


 そうだ、きっとこれは俺に与えられた使命なのかもしれない。

 光と闇の聖癖剣士同士の戦いに巻き込まれたのが切っ掛けではない。土蔵で剣を見つけた時からの定めなんだと思う。

 炎熱の聖癖剣士として──悪を討つ。茨の道を俺は進む。そう決められていたんだ。


 どうせ後悔はどちらを選んでもするのだ。それならば、普通であることがどれほど幸せなのかを後悔してやろうじゃん。

 我ながらおかしいことを言っているのは重々承知してる。だって俺、自分で選んだ選択で後悔するのガチで嫌だもん。


 それでもこの道を行くと決めたのは何も使命感だけじゃない。俺が嫌う有象無象の中に溶け消えるような人生を回避出来るからだ。

 見ず知らずの先代もきっとそうすることを望んでいるに違いない。跡継ぎが現れて嫌なわけはないはずだしな。


「そうか……覚悟が決まっているのであれば断る理由はないな。焔衣兼人、君を──いや、を光の聖癖剣協会の剣士として迎え入れよう。この光の聖癖剣士である閃理・ルーツィの名の下にな」

Congratulationおめでとう! これで焔衣、光の聖癖剣協会の剣士になル! これからは仲間だから、メルたちのこと呼び捨てしても良いヨ。遠慮いらなイ。仲間だかラ!」


 俺の思いを受け取った閃理。フッと笑みを浮かべると雌童剣理明メスガキけんわからせを手に、俺が光の聖癖剣協会の人間になったことを意味する言葉を掲げた。


 これにはメルも大喜び。俺の存在でそこまで喜ぶか──と思ったけど、よく考えたらこれ俺が家事出来る人間だからなのでは……? あんまり素直に喜べないんだけど。


「呼び捨て……いいんですか?」

「ああ、俺のことも呼び捨てで構わない。一応上下関係としては俺が上だが、あまり気にするな。変に拗れて関係が破綻されても困るからな」


 それはさておき、何やらメルらは自分らの呼び方を変えることを勧めてくる。

 今まで俺は言葉ではなるべく敬語を使っていたが、本人らはあんまりそういうのを気にしないタイプの人たちらしい。気楽でいられるのは良いが、日本人的にはそういうの気になりがちになるんだよなぁ。


 まぁ、お言葉に甘えて呼び捨てさせてもらうけど。俺は心の中では大抵誰に対しても呼び捨てスタイルだから、口にする時いちいち言い直さないで済むのはありがたい。


 改めて二人を見て、初めてその名前を呼び捨てで呼んでみることに。あれ、ちょっと恥ずかしいな……。


「えっと、それじゃあ……閃理、メル。これからよろしく」

「ああ。これから剣士として厳しく指導してやるから、覚悟しろよ?」

「うン。これでメル、剣士の先輩。毎日のご飯、楽しみしてル!」


 うぉ……なんかいきなり後悔しそうになった。剣士として訓練に励むのはまぁ予定調和だが、やはりメルは俺を半分くらい家政夫として見てやがるじゃねぇか。


 でもまぁ、それでもいいか。少なくともただの一般人として生きる道よりかは遙かに賑やかに過ごせるだろう。今はこれが正解の選択肢だと信じるさ。


 これで今日から俺は光の聖癖剣協会の剣士として、敵対する組織である闇の聖癖剣使いと戦う使命を帯びた──というわけでもなさそうだ。


「とはいえお前はまだ学生身分。早くとも高校卒業するまでは剣士にするわけにはいかない。この書類を渡しておくから、しっかり必要事項に記入とサインをして、学校には書類に記載されている会社を進路先として連絡しておくんだ。上への報告などはやっておく。それと剣士として身柄を預かる以上、親御さんとの面談をしなければならないから、都合の良い日を聞くのも忘れるな」

「あ、やっぱりそういうのいるんだ……」


 そりゃそうか。閃理俺を剣士として認めても組織にその話を通さなければなれるものもなれないよな。

 んで、家へ帰った後に俺は明日の昼間に時間があることを閃理に電話で報告。やるなら早めが良いというので、すぐ面談をすることが決定した。


 にしても高校卒業するまでは剣士ではないのか。なーんかちょっと残念。いや、別に楽観視してるわけじゃないんだけど、なんかこう在学中でもオッケーかと思ってたから少し期待外れだったなぁ。


 何はともあれこれで一連の事件は一件落着。剣は見つかり、闇の剣士を撃退。俺の将来も決定し、あとは時が来るのを待つのみ。

 あっという間の一ヶ月だった。不安な気持ちもあるが、今はまず明日の面談に臨まなければ。











 ……ということがあって今に至り、そして俺はついに親へ閃理らを紹介している。緊張の一瞬。今ばかりは口調を敬語っぽく戻さなければ。


「えっと、父さん。この人たちが昨日言った俺の行きたい会社に勤めてる閃理さんとメルさんです」

「初めまして。私は『有限会社 シャインオブバリュー』に勤めております閃理という者です。よろしくお願い致します」

「初めましテ。私はメラニーと言いまス。よろしくお願い致しまスー」

「は、はぁ……」


 …………大丈夫だよな? いや、心配してるわけじゃないんだけど、ちょっと怪しまれてない?

 だって何度も言ってるけど閃理の身長180cm超えてるから、座高だけでも普通にでかい。メルに至っては海外の人だし……。


 そんな見るからに不審な会社の不審な社員を見て困惑の表情をしているのは俺の父、焔衣賢一郎。普通の会社に勤める普通のサラリーマンだ。


 一応父親には閃理らのことを『包丁メーカーの職員』という体で話している。というかこの会社自体が光の聖癖剣協会が実際に経営してる会社の一つであり、そこへの就職というのが表面上の理由だ。


 うーん、俺の父親は若干放任主義っぽいところあるから許してはくれると思うけど……。やっぱりどうなるか分からない。


「……というわけでして、是非息子さんを私たちの会社に迎え入れたいと思っている所存です。控えめに言っても我々にとって最も必要とされる才能が彼にはあります。それはもうすぐにでも重役に出来るほどの……」

「うちの息子にそこまでの才能が? 家事等が上手いのは知っていますが、まさかそれほどまでとは……」


 いやそこまで言う!? 変に話盛りすぎてない? 盛るにしても加減しろ加減を。父さんも真に受けるな、それは社交辞令ってのだぞ。

 どうしても入社許可……もとい剣士として迎え入れたいらしいな。俺も気持ちは同意するが、もう少し内容考えられなかったのか。


「分かりました。そこまで仰られるのでしたら、きっと大丈夫なんでしょう。うちの息子を、何とぞお願いします」

「ええ、こちらこそこれから先息子さんのお力に助けられることになります。きっと素晴らしい包丁職人になれるでしょう。こちらこそよろしくお願い致します」


 まぁ、内容はなんであれなんとか父親へ話をつけることは出来たな。にしても包丁職人て……いや包丁メーカーに就職する形になるからあながち間違いではないのだけれども。


 後は父親が書く用の書類へのサインと判子を押してもらって、この面談は終わる。そういやメルはほとんど喋らなかったな……まぁいいけどさ。

 二人を見送った後、俺は父と今後のことについて話し合い、改めて閃理らについて行くことを伝えるのだった。




 俺の新しい人生は、ここから始まる。不安や心配なこともあるけど、きっとそれらを乗り越えられるだろう。

 あのトラウマも必ず克服することが出来るはず。もう足枷は外したつもりなんだから、俺自身が変わろうとしないとな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る