第十癖『曇天に開く、闇の傘』

「これで五体目か。一体こいつらは何なんだ……?」


 目の前に転がる鉄の人形を見て、俺は疲労の籠もったため息を吐き出す。

 昨日、清掃中に理明わからせが存在を予知し、メルを現場に行かせて発見した謎の人型存在。実際に遭遇してみれば、それは俺も初めて見る物だった。


 ほぼアンドロイドと言っても差し支えがないであろう高精度な人形。今の時代でこれほどまでのロボットを科学のみで作る技術は存在しない上に、このような都会とも言えない町に放つ理由も無い以上、これが間違いなく闇側の聖癖剣の力で作られた物であるということはすぐに分かった。


 おまけに日本の季節が秋が深まり冬が近付く時期なのもあって、どれもが皆厚着で変装している。もし俺の剣が理明わからせでなければ捜索に大きく時間を奪われていたことだろう。



【──町の中央付近に新しいのが四体いるよぉ】

【──倒したやつは早く片付けて、次に行こっ】



「分かっている。まったく、こいつらはどれほど町に潜んでいるんだ」


 どうやら理明わからせは次の標的を発見したようだ。次の四体で合計九体……もはや十体以上いると思った方が良さそうだ。



【聖癖リード・『メカバレ』『マミフィケーション』! 聖癖二種! 聖癖混合撃!】



 俺は聖癖章を聖癖剣にリード。機械の破壊を司る『メカバレ』と布による緊縛を司る『マミフィケーション』の聖癖を使い、倒した機兵の残骸を処理していく。


 バラバラに切り刻みながら形状を変え、剣身から出現した布がそれらを梱包。人体と差ほど大差ないサイズの機兵はあっという間に風呂敷に包まれた重箱のように纏められた。


「こんなものだろう。理明わからせ、次の場所に案内しろ」



【──次の場所はコンビニ側の銀行だよぉ。場所は間違わないでねぇ】

【──近くでメラニーのお姉ちゃんと焔衣のお兄さんがデートしてるぅ。青春~】



「なん……何っ!? 何故あいつらが外に……?」


 ここで理明わからせがある意味驚きの情報を持ち込んできた。

 メルと焔衣が外出しているだと……!? 今すぐそちらに行って状況を分かっているのかと問いただしたくはなったが、冷静に考えれば大方理由は想像に容易い。おそらくメルの提案だろう。


 全く、どこまでも自由奔放なやつだ。ふむ……個々ならば敵もそこまで強いわけでもないため、一体や二体ならばメル一人でも問題はないはず。もし緊急性のある事態になれば連絡するようにしているから放置でも構わないか。


 にしてもデートか……。あいつがそんなことをするとは思いもしなかった。何だかんだで焔衣のことを気に入っている様子ではあったし、もしあいつが仲間になることがあれば仲良くやっていけるかもしれんな。


 おっと、部下の成長にしみじみとしている場合では無かったな。コンビニ近くの銀行が次の地点だったか。動かれる前に叩きに行くッ!

 急いで現場に向かおうとしたその時──またも理明わからせからの情報が俺を驚かせてくれる。



【──悪癖円卓マリス・サークルが来たっ! 後ろだよっ】



悪癖円卓マリス・サークル……!? 何者だッ!?」


「……うーん、やっぱり君に対して隠密な行動は意味を成さないよね。姿を認識出来なくしても気付かれるなんて、ちょっとズルくないかい?」


 背後から存在を察知されたことを嘆く声。ああ、勿論聞いたことのある声だ。

 十人の剣士が在籍する組織の上位剣士グループ『悪癖円卓マリス・サークル』。この声の主はその序列三番目に位置する最上位級の剣士の声。


「お前か、『叢曇クラウディ』。今日はずいぶんと機嫌が良さそうだな」


 何もないはずの空間に言葉を投げかけると、虚空に突如として形が彩りを取り戻すかのように人物が出現する。灰色の長い髪に日傘を愛用する女といえば、該当者は一人しかいない。

 “悪天の聖癖剣士”……それが奴の二つ名。ああ、敵の中でもかなり厄介な相手だ。


「うーん、その言い方だとまるで普段の私は不機嫌でいるみたいじゃないか。でもまぁ半分正解だよ。私の部下が手掛けていた新兵器をボスが直々に指名して使う機会を設けてくれたんだから。部下の功績は上司の功績、嬉しく思わないのがおかしいだろう?」

「新兵器……この機兵のことか」


 俺は先ほどコンパクトな形状に成形し直した機兵だった物を見る。クラウディもそれを見るが、特段驚いた様子も見せずに笑う。


「あーあ、博士の傑作がこんなちっちゃくなっちゃって。これじゃ再生できないなぁ。似たような物があちこちに置いてあるとは思ってたけど、やっぱり君のせいだったか。困るなぁ、そういうの」


 どうやらこの機兵は闇ので確定のようだ。しかもクラウディの直属の部下が作った物らしい。

 敵組織の親玉が直接指名して行動に移させたというのも気になる話ではあるが──それを聞くのはもう少し後回しだ。


「困っているのは俺も同じだ。何も知らない少年に刃を向け、目の前で己が仲間を粛正する様を見せつけるだけに留まらず、大事な時期であるにも関わらず不安を煽り勉学を妨げた。剣士としてお前たちを許すことは出来ん。ここで今、貴様に引導を渡してやろう」



雌童剣理明メスガキけんわからせ!】



 常々考えていたことが一つある。それは、焔衣という今はただの少年に刃を向けたこと。これは剣士としてあるまじき下劣極まる行為だ。


 はっきりとクラウディに対し宣戦布告する。闇の聖癖剣使いには容赦しないと心に固く誓った身である以上、相手が例え女性であろうとも手加減は無しだ。剣を構え、戦いの姿勢となる。


「それをやったのは私じゃないんだけど……ま、そっちがその気なら受けて立つよ。うん、お互いに人を騒ぎ立てないように戦おうね」



悄善剣叢曇しょうぜんけんむらくも!】



 奴も剣を抜くとそのまま構えを取り、戦いに望む意志を見せた。

 これから始まるのはただの戦いではない。お互いの威信を賭けた人知れず行われる死闘となりうる真剣勝負となる。


 例の機兵を後回しにしてしまったが、背に腹は代えられない。もしあいつらが遭遇してしまったら、その時はメルに任せるしかない。頼むぞ……!











「う~~ん、これ良いナ。焔衣、どっちが良いと思ウ?」

「えっ、えーと……。ど、どっちも似合ってますよ……?」

「そーいう曖昧な返事しないデ」


 候補に上がった服を見せつけられながら、俺はどう答えるのが正解なのか分からない問題に頭を悩ませられていた。


 町の服屋に案内してからおおよそ一時間。別にそこまでデカい店ってわけでもないのに時間をかけ過ぎじゃないか? 女性の買い物は長い、なんていう話は聞いたことあるけどマジだったとは。


 なるほど……デートって意外と我慢をするものでもあるんだな。変な学びを得てしまった気分だ。


「そうは言われても……俺服のこと分かんないですもん。それが女性物ならなおさらっていうかなんというか」

「じゃ今ここで知るべキ。Fashionおしゃれの勉強しロー」


 ええー……。服なんて着れれば大体それで良くない? 似合う似合わないも大事だとは思うけどそれって結局二の次の考えだと思うんですが。

 分からない……。女の子の服に対する関心さは一般男子の俺には理解の範疇を越えているようだ。


 ぐいぐいと背中を押されてレディースのコーナーへ。ふむふむ、全部同じに見えるぜ!

 とはいえ、そんなことを率直に口に出せばメルは不満を顔に出すだけだろうし、ここは一つ流行りのコーデをお出しするだけよ。


 辺りをキョロキョロと見回せばありました、今年のトレンドを分かりやすく纏めた看板が。こいつに載っている服装コーデを出せば何とかなるでしょう。

 メルにバレないよう遠目で看板の案内を読みつつ、服を探していく。


「冬物冬物……これか? えーっとレ、レイヤード? 風ニットのパーカー……普通のパーカーと何が違うんだ」

「重ね着スタイルの服だヨ。これなら下に着るシャツも欲しいナ」

「はぇ~……そうなんだ」


 やっぱり詳しいんだなぁメルは。適当に見繕った物でも相性の良い服をリクエストするとは恐れ入った。

 しかしながらちんぷんかんぷんなことに変わりはないので、またメルの目を盗んでカンニング。看板の通りの服をお出ししたら更衣室の前で待たされることに。


 ふぅ……デートってのも大変だな。俺の慰労が目的なはずだったのでは? 手段と目的がごっちゃになってるよ。

 つい大きなため息が出そうになるけど、ぐっと堪えてメルの着替えを待つ。


 ……んだけど、目の前にあるのは更衣室という個室。そこを厚手のカーテン一枚のみで隔てているため、肌に布が擦れる音やベルトを外す音が丸聞こえだ。


 この奥でメルは服を脱いでるんだよな……。たった一枚の布越しに、あの褐色肌でスタイルだって良いくらい身体が──


「──はっ!? いかんいかん。何を考えてんだ俺は! 仮にも命の恩人だぞ!?」


 それは分かってる……分かってるけど! こんな生着替えの音を耳にしていれば前に一回過失でメルの裸見ちゃってるから変に思い出してしまうのも無理はないって。流石に悶々とした気分になっちまう。


「……もしかしてメルの裸想像してル?」

「えっ!? い、いえっ! そそそそんな滅相にもございませんって!」


 カーテンをちょこっとだけめくって顔を覗かせてくるメル。ああ、やっぱり気付かれていたわ。俺だって男の子だし仕方ないだろ!

 隙間からじーっと睨まれる気分の悪さに耐えかねた俺。小恥ずかしい気持ちになってちょっと顔を逸らした──その瞬間のこと。


「焔衣、こっチ!」

「え゛──?」


 そう、いきなり──メルは俺の肩を掴んで更衣室の中に引きずり込んで、ドンッ! とそのまま壁へと叩きつけられた。

 な、何事ォ!? あんまりにも唐突過ぎて訳が分からなかったけど、一瞬だけ見えたメルの表情がかなり厳しいものになっていたことには気付いていた。


 この狭い更衣室の中、限りなく密着に近い状態になっているけどメルは気にせず黙りこくったまま何かの様子を窺っているようにも見える。何が起きたってんだ……?


「…………行ったカ? もう大丈夫かモ」

「いきなり何をするんですか……」

「知らない人、焔衣の後ろに近付いてタ。もしかしたら闇の手先かも知れなかったから、一応こうしタ」


 ふぅと安堵のため息を吐き出したメルに俺は今の行動の真意について訊ねると、返ってきた答えは耳を疑いたくなる話だった。

 不審者が俺のすぐ後ろにいた……だと!? 気付かなかったそんなこと……もしそれが本当に闇の刺客だったらヤバかったかもしれない。


「敵、思ってたより近くにいるのかモ。この後カラオケとか行きたかったけど、やっぱり切り上げるのがいいかもしれなイ」

「やっぱそうですね……俺もそれに同意します。今日は帰りましょう」


 もしかすればただ周囲の変化に過剰になってるだけかもしれないが、念には念を入れるべきだとは俺も思う。めっちゃびっくりしたけどまた救われたな。でも──


「あの、メルさん。そのぉ……ち、近いです……」

「ア。焔衣のスケベ」

「俺のせいなんですか……」


 さっきも言ったがここは更衣室の中。それもつい先ほどメルが着替えを始めたばかりの場所。ここまで言えば後は分かるな?

 床には脱ぎ捨てた前の服、目の前には下着姿のメル。すぐ横には全身鏡があって、正面からじゃ見えない箇所まで丸見えだ。


 こんな……こんなことが起きていいのか? おそらく健全な全ての男子憧れのラッキースケベに他なら無いだろう。

 メルもこれには胸や股部を隠してわざとらしく責任を俺に擦り付けてきた。半裸を見られても平気なくせに何やってんだこの人は……。






 服屋を出てデートを早期に切り上げることに決定した俺たちは、なるべく人通りの多い場所を通って拠点のある駅前を目指す。

 正直心配なところではある。もしかすればすでに闇の手先が俺のことを見つけているのかもしれないと思うと、つい不安になるもんだ。


 勿論メルの護衛が心細いわけじゃない。少なくとも一人でいるよりかは十分にマシなはず。何事も無いままに済めばいいんだけどな……。


「…………つけられてル。焔衣、振り向くナ」

「えっ、まさか本当に……?」

「やっぱりさっきの不審者、手先だったかモ。絶対離れないデ」


 えっ、おいおい嘘だろう。闇からの使いが俺たちを尾行してるってマジ? やっぱりそうなっちまうか……。

 でもメルがいるし大丈夫だよな? いつの間にか持ってる剣を構えて警戒してるけど、これ他の人に見られてても大丈夫なやつ?


 ……いや待て、何かおかしい。確かに俺たちは人がいる場所を歩いてきたのに、場所はもうすぐ駅前で人もちらほらと見えるというのに気配が妙だ。


 初めて闇の聖癖剣使いが現れた時と同様の不自然な違和感。異様な静けさととうか……これは、ひょっとしてマズいやつなのでは? 人気が無いってことは、それってつまり──



『目標の襲撃ポイント到達を確認。“雷の聖癖剣士”の存在を確認。審議……承認。複数の個体による攻撃で突破可能と判断。強襲プロトコルを実施。目標物の回収を開始します』



 何だ、今の声みたいなのは? まさか聖癖剣……ではない。聖癖剣の音声はもっと人のような感情があった。でも、今の声は無機質で機械的な雰囲気がある。


 まさかロボット? それなら人型でありながら人ではないという閃理の言葉も納得できる。しかし、そんな音を出せる物なんてどこにも……。


「焔衣、避けロ!」


 思考の最中、えっ──って思うよりも早くは襲ってきた。

 後ろから迫ってきていた人物……否、闇の使者! それが背後から俺に切りかかろうとしたのだ。


 普通ならそこでアウトだったろう。でも、今の俺にはメルというボディーガードがいる。彼女の声がなければ、今こうして俺の真上で敵の刃を廻鋸のこぎりが受け止めるなどということは叶わなかった。


「う、うわああ!? なんだ、こいつら!?」

Machine soldier機械の兵隊……? 閃理の言ってた人じゃない、こういう意味カ!」


 敵の正体──それはやはりロボット! 人型で人間の服を着ているが、袖からは剣のような刃物が生えていて、近くで見ると顔には赤い球体が付いている。見るからに人造兵士って感じだ!


 いきなり背後から気配無く襲いかかったことによって、メルに無理な体勢で俺を守らせてしまった。力だって剣に入れづらいだろうに……。


 ……いや、いくら俺より強くても女の子一人に俺を守らせるなんてみっともないことは出来ない! 怖いし後悔しそうだけど、俺は勇気を振り絞る。


「であっ……、うっわ硬ぇ!」

「焔衣!? はっ、今ダ!」


 徐々に廻鋸のこぎりが押し返される隙を突いて、俺は敵にタックルを決め込む。流石に戦う機械なだけあって、その装甲はとても頑丈だ。


 でも肩の痛みと引き替えに隙を作るには成功して、敵が一瞬よろめいた瞬間にメルはすぐに相手の剣を弾き、体勢を直して攻撃へ転換。回転する鋸刃で首からの袈裟切りで一刀両断した。


「助かっタ。焔衣、やっぱり剣士になレ。もしかしたら向いてるかモ」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? まだ見つかってもないのに……」


 今はそんな軽口を叩くヒマは無いって! どんどんロボットの数は増えてきている。

 そこらにちらほらと見えていた通行人が全部それだ。三体、四体、五体……もう状況は最悪。一般の人に紛れてるなんて閃理以外は分からないだろ!?


「このロボット、多分聖癖剣の力で動いてル。そいつ倒せばこいつら止まル。近くに剣持ったやつ、いル?」

「いるったって……。そんな人はどこにも……」

「じゃあ、やっぱり隠れてル。ズルい人、メル嫌イ」


 やっぱりこのロボットは聖癖剣絡みの存在なんだな。まぁ、一目でそれは分かったけど。


 しかしながら、メルの言うこれを操る存在はどこにも見当たらない。

 確かにこういうのは近くに術士的なのがいて、こっちの様子を見ながら操作してるもんだけど……相手だってそう簡単にバレるような場所にいるはずがないよな!


 その間にも次々と襲いかかる機械人形。俺を守りながらメルはそれを次々と斬り伏せていくが……相手も単純な存在でないことを思い知らされる。



『状況の変化を確認。悪癖リードを提案……承認。模造聖癖章による悪癖孤高撃を推奨』

『悪癖リード・緊縛。悪癖一種。悪癖孤高撃』

『悪癖リード・蝋燭責め。悪癖一種。悪癖孤高撃』



「なっ、聖癖リード!? こいつらも使えるってのか!」


 機械人形の内二体はノーモーションで腕の刃先から鎖と蝋を放出。俺もろともメルへと向けて放たれたそれを、メルは咄嗟に聖癖剣でガードした。


 マジか、敵はただのよく動く機械じゃなかった。聖癖剣士と同様に聖癖を読み込んで発動する技を使うとは……。

 攻撃はガードして直撃は避けられたけど、それはそれとして問題は次々と生まれてくる。


「メルさん、聖癖剣がっ!?」

「ちょっとまずイ。これじゃリード出来なイ」


 敵の放った鎖と蝋によって褐蝕剣廻鋸かっしょくけんのこぎりはガチガチに固められてしまっただけでなく、聖癖章をリードするエンブレム部分が塞がれてしまい、こちら側の必殺技を出せなくしてしまった。


 こんなんアリぃ!? 特徴的な回転する刃部も動かせなければ、いくら聖癖剣と言えどただの鈍器。絶対絶命だぁ……!



『敵聖癖剣の無力化を確認。目標への攻撃を推奨』

『フォーメーション04へ移行します』



 すると機械人形らは聖癖剣を封じられたのをチャンスとして、俺たちの周囲を取り囲むように移動。まさに四面楚歌な状況だ。

 俺とメルは背中を合わせとなって周囲を囲う敵を見やる。これ……大丈夫か? 勝てる?


「ごめん焔衣。メル、ミスしタ。敵、思ってたより上手ウワテだっタ」

「うぐぐ、マジで絶体絶命じゃん……」


 メル本人も認める完全なる劣勢。絶対絶命どころかチェックメイト寸前とか嘘だと信じたいぞ。


 こんなとこで終わるのか、俺。自分の聖癖剣がどんなものかも知らないのに、やりたいことだって人並みにはあるのに、ここでやられるのか……?


「……焔衣、メルが敵引きつけル。その間に走って車入レ。きちんと鍵閉めろヨ」

「えっ、引きつけるったって剣も封じられてるのにどうやって……?」

廻鋸のこぎり、聖癖リード使えない、刃回らなイ。でも、元々の電気出す能力は使えル。心配無用、だからすぐ逃げロ」


 そうか、あくまでも使えないのは聖癖リードと刃の回転機構だけなのか。それなら完全に劣勢というわけではなさそうだ。

 しかし逃げろと言っても難しい話だ。何せ今の機械人形らは俺たちを包囲しているのだから。


 隙……どうやって作るつもりだ? 下手に動いたら逆に俺たちの隙を突かれるというのに。


「大丈夫。閃理、きっとメルたちの状況に気付いてル。助けに来るの、時間の問題。だから──行ケ!」



【聖癖暴露・褐蝕剣廻鋸かっしょくけんのこぎり! 聖なる雷が悪しき魂に裁きを下す!】



 そしてメルは黄色く輝きを放つ剣を振るう。雷の聖癖剣の名に違わない電撃の奔流が一瞬にして機械人形らに伝搬した。



『作戦行動への支障発生。聖癖剣によるパラライズ状態を確認。回復措置を実行──』



 ビリビリと身体を震わせてステータスの異常を訴える機械人形たち。なるほど、隙とはこのことか!

 機械は電気で動くけど、逆に過剰な電気で動きも止まることがある。それはひとえに聖癖剣で動く物も例外ではないようだ。


 作ってくれたチャンス、絶対に無駄にはしない! 俺は痺れて動けない奴らを通ってアジトのある方向へとダッシュ。

 その間にもメルは鈍器と化している廻鋸のこぎりで敵を一体一体頭から潰していく。


 今いる場所は駅に直通する大通りから少し離れたところにある。流石の闇とはいえ聖癖剣による効果範囲外の人だかりじゃ下手に動けまい!

 間に合え! メルが敵を引きつけてる間に、人目のある場所へ────



「おっと。ここから先は通行禁止だよ」



「──っ!?」


 それは突然に現れる。俺の進路に向けて灰色の長い髪をした女の人が傘を差したまま空から降りてきたのだ。


 思わぬメリーポピンズの登場に急ブレーキをかけて足を止めてしまった。一体何者……なんて、分からない振りをするなんて今更だよな。こんな状況、考えられる限り可能性はたった一つだけ。


「うん、君が例の少年だね? 初めまして、噂には兼々聞いてるよ」

「闇の聖癖剣士……!」


 まさか、あの機械人形を操ってる張本人か? だとしたらこの状況は非常にマズい!

 剣を持たない俺が奴を倒すどころか一つ向こうの通りに出ることは不可能! ましてや戻るなんて大きな隙を晒すだけだ。


 こ、ここは冷静に行こう。キノコ頭の剣士の時のようなバカは踏まない。相手は機械人形のような血の通っていない存在ではないはずだ。


「まさか悪癖円卓マリス・サークルか?」

「うんうん、大正解。ああ、見ず知らずの相手に自分を知られているのは心地よくはないよね。本題に入る前にまず自己紹介。私は“悪天の聖癖剣士”、名はクラウディ。組織の第三剣士として前任の代わりに今回の任務の責任者になった者だ。よろしく頼むよ」


 クラウディ、と名乗った女は綺麗に会釈した。

 第三剣士……ってことはもしかして前のトキシーが第八剣士だったから、それよりも低──いや、のか? どっちにせよ状況は大して変わらんけど。


 にしても代わりにってところも気になるな。トキシーは何処へ?


「前の剣士はどうしたんだよ……」

「前任のトキシーは色々やらかしちゃって違う任務に異動になったんだ。君が気にすることじゃあない。……うん、まぁそういうわけだから、本題に入ろう」


 やらかしちゃった? まさかキノコ頭の剣士のことか? 思い当たる部分がそれくらいしかないけど……これ以上は気にしないでおこう。

 本題──それはもう分かり切っている。俺の聖癖剣を寄越せというんだろう。ああ、もう散々聞きましたよ。耳にタコ出来そうだ。


「……君の聖癖剣を渡せ──というのはもう聞き飽きたろう。それに多分だけど、君自身は剣の所在を知らない上に手にしたこともない。今はただの一般人だ。そうだろう?」

「なっ……!」


 聞き慣れたフレーズを口にしたかと思えば、次に出た言葉に俺は唖然とせざるを得ない。

 今まで出会ってきた剣士は剣を寄越せだの使者が来るだのと散々俺を怖がらせるようなことを言ってきたが、このクラウディとかいう剣士は違う。


 俺が剣を所持していないことを知っているようだった。何故? あっちじゃ俺が剣を隠し持っているという情報で通ってるはずだったのでは?

 何やら怪しい予感がする。慎重に言葉を選ばなければ。 


「……そ、そうだ。あんたの予想通り俺は剣を持ってなければ場所も知らない。閃理さんもメルさんもそのことは知ってる。間違った情報がそっちに伝わってて困ってたところだ」


「うん、やっぱりそうだったんだね。閃理くんの話じゃ君、昨日までテスト期間だったんだろう? それなのにトキシーが不安を煽るようなことを口走ったのは申し訳ないことをした。代わって謝罪しよう。ごめんね?」

「お、おう……?」


 あれ!? なんかこの人、他の闇の剣士と比べて優しいぞ? 本当に悪癖円卓マリス・サークルの人?

 いや、まてまて。悪の組織でこういう物腰柔らかい人が実は一番残虐な人って相場は決まってるんだ。騙されねぇぞ、俺。


「……って閃理? 閃理さんから聞いたってどういうことだ!?」


 一瞬送れて理解したが、何故あの人が閃理伝いに俺の情報を知ってるんだ?

 多分トキシーと同様顔見知りであるだろうけど、そんな個人情報を教え合える仲ではないはず。


 いや、でも機械人形の襲撃、クラウディの襲来。最悪な状況が連鎖しているのにも関わらず閃理本人からの連絡はない。まさか……?


「彼のことが心配かい? 安心しなよ、彼なら──」


 不吉な予感。いつぶりかも分からない恐怖の冷や汗が全身から吹き出るのを感じる。

 いや、いやいや。あの人は日本一強い聖癖剣士と同じくらい強いって言われてるし。まだ上に二人も強い剣士がいるような相手に負けるはずが──


 だが、俺はクラウディの不適な笑みの前に背筋が凍り付く感覚を抱いてしまう。

 ごくりと息を飲む。まさか、マジで? 不吉な予感が全身を襲う中、それは突如として降ってくる。


 ガラガラ──ッ! とクラウディへ向かって雨のように降り注ぐ何か。簡単にかわされてしまったものの、腕やら頭やらの機械人形のパーツが大量にそこいらへ転がる。

 また今度は何だ!? はっと上を向くと、建物の屋上に人影。まさか──!?


「勝手に殺された雰囲気を作られるのは困るな!」


「あ~あ、沢山の剣機兵ソードロイドをけしかけた上で綺麗に巻いたつもりだったんだけど、もう来ちゃったのか。相変わらず強くて困るなぁ、君は」

「閃理さん!」


 屋上から飛び降りて綺麗に着地を決めた男。ああ、やっぱり日本一強い人と同格なだけはある!

 今日は初めて顔を合わせた光の聖癖剣士。これまではどことなく胡散臭さを感じていたが、今日ほど来てくれて安心したことはない!


 閃理・ルーツィがここに来た! これはもう勝ったな!

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