第九癖『迷える少年、連れ出す少女』

 翌日。閃理は昨日言った通り、闇の聖癖剣使いからの使者を撃退するべく朝早くから町に繰り出していた。


 悪癖円卓マリス・サークル? だったか。そこのトキシーって人も一目置いてるみたいな感じだったし、それにメルを部下に従えてるんだから相当強いんだろう。余計な心配はしないでおく。


「んで、俺はどーっすっかなぁ」


 閃理のことはさておいて、今の時刻は朝の九時。いつもより若干遅く起きてしまったが、このくらいならロスでも何でもない。

 今の俺を悩ませるのはこの退屈さだ。敵は俺を狙っているみたいだから下手に外出も出来ないのは地味にきつい。


 うーん、いっそ掃除の続きでもするか? 今時の高校生が休みの日に遊びに行かず、掃除ばっかりしてるのは変わってると思われるかもしれない。でも、これが俺なんだよなぁ。


「……取りあえず冷蔵庫の中見てみるか。もう大体予想は出来てるけど」


 昨日の緊急大掃除でこの屋敷について少しだけ分かったことがある。

 屋敷ここはどうやらにある可能性が高い。何故それが分かったのかというと、家具が日本製でない物が多かったのを見たからだ。


 外国……一体どこなんだろう。一応スマホのGPS機能を使って調べたんだけど、場所は変わらず日本の俺が住む町の駅前駐車場だった。空間の聖癖剣の力がヤベェ働いてらっしゃるわ。


 ダイニングキッチンに堂々と置かれてるでかい冷蔵庫も、側面を見れば知ってるような知らないような海外メーカーのステッカーが貼ってある。なーんか金持ちの家って感じ。


 どれ、疑問は一旦置いといて冷蔵庫をご開帳。ふむふむ中身は意外と揃ってるな。

 卵にパン、肉類と多分メルのデザート……野菜は無かったけど一通り朝飯っぽいのは作れそうだ。


「二人の分も作っとくかな。閃理さんはいつ帰ってくるか分かんないけど、理明わからせがすぐに敵見つけて倒してくれるだろうし」


 理明わからせの力を身をもって体感していると、妙な信頼感をあの剣に覚えてしまう。きっと大丈夫、俺はあの人の帰りを待つぜ。


 そしてちゃちゃっと調理開始。すげぇ、掃除した時点で気付いてはいたけど鉄フライパンとか銅鍋とか、本場の料理人が使うようなお高い調理器具が置いてある。……まぁ、埃被ってたんだけど。


 あの二人が住んでるくせに道具があって調味料も一通り揃ってて、なおかつ機能面も充実している。使用人が一人も雇われてないのが不思議なくらいだ。


 ……ここ、給料どのくらい出るのかな。学校出たら雇ってくれねぇかなぁ。


「……ん、いい匂イ」

「あ、メルさん。居たんですね、てっきり閃理さんと一緒に敵を倒しに行ったのかと」

「メル、護衛任されタ。焔衣が買い物したり、家に帰ったりする時のボディーガード」


 朝食の匂いにつられてダイニングキッチンにメルがやってきた。どうやら俺の護衛とのことで、今日は一緒にいるらしい。


 ……というか、前々から思ってたけどこの人、ずいぶんと露出の高い服を好んで着るよなぁ。今は秋なのにインナーと薄手のパンツだけって。

 あ、屋敷ここは外国だったっけ。気温も日本と違って一定なら特段おかしい格好でもないか。んなわけあるかい、目のやり場に困るわ。


「焔衣、料理出来る人?」

「まぁ……最低限レベルだけど」

「ふーん、舞々子ママコと仲良く出来そウ」


 舞々子? 誰だぁそりゃ。メルの知り合いみたいだけど。

 頭にハテナを浮かべる俺。当然だ。いきなり知らない人と仲良く出来そうだなんて言われても、どう答えりゃいいかわからないもの。


封田舞々子トダ ママコ、光の聖癖剣協会日本支部行動部隊第二班班長。日本で一番強い聖癖剣士。閃理と同じくらい、強イ」

「え゛っ、日本一!? ってか閃理さん、その人と同じくらい強いの!? ヤバくね?」


 ええぇ、それマジぃ? そりゃ敵からも一目置かれるわな。日本一とタメ張れるってめちゃくちゃ強いじゃん。人は生活によらないんだなぁ。

 にしても閃理やメル以外にも光側の剣士が日本にいるらしい。日本支部……つまり本部は海外になるんだろう。少し気になるところだ。


「メルさん。何となく思ったけど、やっぱり光の聖癖剣協会って大きい組織なの? 剣を回収してるとは閃理さん言ってたけど、他には何をしてるわけ?」

「それ以上はダメ。焔衣、まだ協会の剣士じゃなイ。剣士にならないと教えられない部分、沢山あル」

「あ、そっか。ごめん……」


 組織について訊いたらギラッと睨まれてしまった。すげぇ迫力。いや、でもまぁそうだよな。

 世間一般には存在が知られてないみたいだし。俺、最近よく関わるようになってからそのことをすっかり忘れていた。


 ちょっと軽率だったかな。反省しておきます……と、少しナーバスな気分になった時、チーンとトースターがパンを焼き上げたことを知らせる音が鳴った。


 朝食はパンか米かと言われれば米派だが、残念なことにパック米は昨日閃理と俺が全部食べてしまった。流石に精米は置いてはなかったから、今日の朝食はトーストに付け合わせのソーセージや目玉焼きである。


 朝にしては少々タンパク質過多ジャンキーな気もするが、野菜が無いので仕方ない。それにメルはこの料理を前に目を輝かせている。


「It is proper breakfaちゃんとした朝ご飯だst……! やっぱり焔衣、協会の人になるのが良イ! 知りたいこと知れるし、きちんとお給料も出ル。メルたちと一緒に行こウ!」

「そ、そうかな? こんな物で喜ばれるとは思わなかったけど、喜んでもらえて何より。……だけど」


 英語の部分はともかく、そこまで言われると考えるよなぁ。給料もやっぱり出るっぽいし、もしかして光の聖癖剣協会は良い所なのでは!?

 でも気になるのは敵対組織だ。仲間も平気で手に掛けるような奴がいる組織と戦うなんて、どうも腰が引けてしまう。


 悩ましい限りだ。料理にパクつくメルを背景に俺は深~く考える。

 仮に剣を見つけた場合、俺が選べる未来は二つ。剣を渡して光と闇のどちらからも関わりを断ち、元の生活に戻る道。そして剣士として闇の聖癖剣使いと戦う道だ。


 少なくとも剣を取れば今まで俺が懸念し、そして恐怖してきた一般人として世間に流されるだけの人生は回避。真の意味で他の誰にも送れないような人生が待っているだろう。


 だが、それは同時に俺自身が手を汚してしまいかねない修羅の道。

 間違いなく普通の人生を選べば良かったと後悔する未来も幻視えている。そもそも剣士としての才能が俺にあるのかも分からないしな。


「メルさん。俺、どうすればいいんだろう。もし剣を見つけたとしても、どっちの道を取ればいいのかまだ分かんないんだ。自分の選択で失敗するのが怖くて仕方ない。そう、怖いんだよ。またみたく失敗して、自分も、誰かも傷つくかもしれないのが……」


 気付けば俺は抱えている不安をメルに打ち明けていた。

 俺の中のトラウマ。俺の選択が招いた最悪な事件。夢に出てきたことも一度や二度ではない過去映像ノンフィクション。それが選択を躊躇わせる要因の大部分を占めている。


 大切な親友を失った──その直接的な要因に俺自身が絡んでいるということを。

 いつも大事なことを迫られるとそれを思い出してしまい、腰が引けて何も出来なくなってしまう。我ながら情けない話だ。


「…………」


 部屋には沈黙が流れる。そりゃそうだ、ぐだぐだと愚痴ったが今の話はメル本人にとっては他人事に過ぎない。

 こんなことは言ったところでどうにかなるわけでもない。これは最終的に俺自身が決めなければならない。他人に決められてはいけないことだ。


「──っ、すみません。朝から暗い空気にして……」

「メルが思うに、焔衣は過去に拘りすぎてると思ウ。昔の失敗がどれくらいなのかは知らなイ。けど、昔の失敗をずっと引きずってるのはマズいかモ」


 言葉をかき消すように謝ろうとした時、メルは返答をしてくれた。

 どうやらきちんと話は聞いていたらしい。振り返るとすでに皿の朝食は無くなっている。


「“後悔をずっと引きずると足枷アシカセになる。足枷の付いた足はまた別の足枷を作る。だから後悔は後悔した瞬間だけしろ”って、メルの先生、昔言ってタ。この意味、最初よく分かんなかったけど、今の焔衣見て理解しタ。今のそれがなんだなっテ」

「足、枷……」


 メルの言う──正確にはその先生とやらの受け売り──。それが今の俺に付いているという。それを聞いて少し納得した。


 確かに今の俺は足枷後悔に引っ張られているみたいなもんか。過去のトラウマを引きずって、また下手に選択をミスって自分や誰かを傷付けてしまうかもしれないと思いこみ、躊躇しがちになっていた。有無をも言わせない認めざるを得ない話である。


 でも今更それを気にしないようにするのも無理な話で、この五年近い期間を引きずり続けてきた今、その足枷とやらはほぼ身体の一部みたいになっている。

 足枷後悔外し終わらせ方を俺は知らない。ていうか考えたこともなかったなぁ……。


「……すみません。折角アドバイスしてもらったのに、やっぱりすぐには決められないかも」

「別にそれで良いと思ウ。人はそれぞれ悩みあル。今のですぐに割り切れる方が変。自分にピッタリな解決方法、見つかる切っ掛けになれればそれでいイ」


 にしてもこんな俺の話にきちんと自分の考えを言ってくれるとは思わなかった。しかも思ってた以上にしっかりとした内容に驚かざるを得ない。


 閃理の陰に隠れがちだが、メル自身もかなり人生経験積んでる方なんだなぁって感じる。歳は近いとは思ってはいたが、それ以外は何もかも上をいく人物だと実感したよ。


「ご飯美味しかっタ。ん……、うん。焔衣、今日ヒマ?」

「い、一応……。何かするつもりなんですか?」

「朝ご飯のお礼。今からデート行こウ」







 デート。それは男女が一緒に遊びに行くアレ。陽キャなら必修科目みたいなアレである。

 ふえぇ、マジですか……? 俺、デート行くんですかぁ? ってかもうすでに町中を散策してますぅ……。


 いやちょっといきなり過ぎる気もするけど勿論嬉しいよ? メルは間違いなく美人の類いに入るくらいの整った顔だし、俺も自身人生初デート。嬉しく思わないはずがない。


 でも、でもだ。闇の聖癖剣使いからの使者が町を徘徊している可能性が高い今、変装してでも行く必要あるのかってことだ。


「あの……メルさん。マジで行くんですか?」

「焔衣、テスト終わって疲れてル。昨日掃除してもっと疲れタ。メル、強いから敵来ても倒せル。問題無イ」


 そういう問題なのかなぁ……。勿論このデートが俺への慰労が目的なのは重々承知してるし、その気持ちはとてもありがたい。

 確かに強いのは事実だろうけど、閃理に言われたことを守らなくてもいいのかと思ってしまう。


「デート、どこ行くのが良イ? この町、まだ分かんない所沢山あル。エスコートしテ」

「えええ、俺も分かんないんですけど。あー、でも取りあえずカラオケとか行ってみます? なんかそういうとこに行くイメージがあるんで」

「いいネ。そこ行こウ」


 取りあえず俺一人ではこのデートを止めるという選択肢を実行に移せないのは分かり切ってるので、ここは大人しく従うことにする。

 闇の聖癖剣使いからの使者もそうだが、何よりクラスメイトらと鉢合いたくないってのがデカいんだよ。変に噂されたくねぇ。


 って、そうこう歩いてると学校の陽キャ集団が目の前から来てやがる! テストも終わったばっかりなのにきゃっきゃしやがって!


 もっとも俺とはほとんど関わりない人物らであることに違いはないが、それでもメルとデートしてることバレれば噂にはなる。頼む、気付かれるな……!?


「うわぁ、見ろよあのひと。あんな服で寒くねぇのかな」

「外国の人っぽいし、平気なんじゃない? 無理してそうだけど」

「お前もあれくらいの服着てみろよ。似合うんじゃね?」

「キモいこと言わないでよ! あーいうのはあたしの趣味じゃないから」


 通り過がり様にいろいろ言われたけど、どうやら上手くやり過ごせたみたいだな。季節が冬も近付く秋なのも助かった。厚着コーデ(閃理の私物の無断拝借)で顔を隠せるのは嬉しい誤算というやつか。


 まぁ、一方のメルは寒空の下でもあの露出高めな服装なんだけど……。

 陽キャ集団も俺を無視してまで服装のこと気にしてたし、やっぱ目立つよな。なんで閃理は気にしないでいられるんだろうか。


「……メルの格好、そんな変?」

「えっ! ええっと、うん。まぁ日本人は今の時期にそんな服は着ないから、めちゃくちゃ浮く……かも」

「そっカ……。後で服の店、行こウ」


 あれ、もしかして気にしてらっしゃる? ていうか今更服装の違和感に気付いたのかよこの人。

 オシャレにあんまり関心が無い俺でもそのことには気付いてたのに、何というか無頓着過ぎない?


 まぁ、なんというか人に言われたことを気にするという面を知って、少しメルへの好感度が上がったかもしれない。

 デート先に服屋が追加され、俺たちは敵が潜むであろう町の中央部に行くのであった。

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