第八癖『曇り行く、我が剣の行方』
結果発表ォォォ──────ォッ!!!!!!!
この俺、焔衣兼人の二学期末テスト。その結果はァ────!!
デケデケデケデケデケデケデケデケデケ……デン!
「それで、駄目だったと」
「……はい。面目ないです……」
はい、数学は追試でした。正確には数学は数学でももう一つの数学である数学Aを落としてしまうという失態をしてしまいました。
言い訳が許されるのであれば素直に言います。数学Aはテスト最終日の一番最後に出てきて、その時の俺はメスガキに小馬鹿にされるストレスで半分以上話を聞き流してたために起きたのでした。
逆に言うと数学A以外は何とか赤点にならず、追試も回避出来たということだ。
「まぁ、落としてしまったことを気に病んでも仕方ない。焔衣、親戚にはしっかり誤魔化さずに連絡を入れておけ。素直に落としたことを詫びれば許してくれるはずだろう」
「そうだと良いんだけどなぁ……」
それは分かってるけど、いやぁ、実に心配である。
血の繋がりはあるとはいえ本来は他人同然である俺をきちんと見てくれるし、親以外に頼れる人物がいるのかと問われれば真っ先に親戚を挙げるくらいには良い人らだ。
それでもやはり、約束を違えてしまった以上は旧祖父家に行くのは難しい気がするんだよ。まぁ、ダメ元で聞いてはみるけどさ。
「ただいマ。ご飯買ってきタ」
「ご苦労だったな、メル。向こうに置いといてくれ」
すると、このタイミングでメルがお使いから帰ってきたようだ。
どうやら天気予報が外れて
全身しっとりと濡れて若干服が透けてちょっと刺激的な格好のメルから視線を逸した俺は、両手に持つパンパンに膨れ上がったレジ袋に注目。
半透明のビニールからうっすら見える中の物は冷凍食品やレンチンで食えるパック米……それと菓子ばっかりに見える。うーん、ちゃんと野菜とかも買ってきてるのだろうか?
そそくさとダイニングルームに該当するであろう部屋に入って僅か数十秒後、ガラガラガラーッとすげぇ音が鳴った。
ああ、中の物落としたな。うん、物の入れ方が下手だとテーブルに置いたら崩れるんだよなぁ。
「ああー、やっちゃっタ」
「大丈夫か? まぁ、大事に至らなかったのは良かったな」
「どれどれ。うわっ、何となく予感はしてたけどほぼ全部インスタントじゃん。剣士が不摂生な食事してるんですか」
「それに関しては俺らは何も言い返せないな……」
つられて俺もダイニングルームに行くが、そこに広がる惨状を目の当たりに思わず悲鳴を上げそうになった。
床やテーブル、イスの上に散乱する商品。そのどれもが袋の上から確認出来た限りのインスタントや冷凍食品。そして菓子類ばっかりの一目で見て分かる不摂生な食い物ばかり。野菜類がほぼ無く、辛うじてバナナが一房あるくらい。
それだけならまだしも、より酷いのは部屋全体だ。
流し台の上には皿の山。気休め程度に重ねられて、一見整った風を装ってるけど全部表面を軽く濯いで済ませただけの手抜きだとすぐ分かった。
指摘したいところはまだある。おそらくはこれまで溜め込んできたであろうゴミ袋。それはその辺に置くんじゃねぇ。小バエも湧くし、不衛生だろうが。
これは一体どういうことなんだよ……。もう酷いなんてものじゃねぇ。一歩間違えればゴミ屋敷の道へ進みかねない異常な光景。
おいおい、まさか剣士であろう者が家事が出来ないなんていうわけないよな……?
「もしかして、閃理さん。家事は……」
「……面目ない」
「あー、メルこれから遊びに行くんだっタ。それじゃア──」
「ちょっと待ちなさいっての。まだ話終わってないぞ」
逃げるなメル。この町にあんたが遊びに行ける場所は無ぇ。閃理も
あー、分かりましたよ、
まさかとは思ったが、そのまさかだった。これには俺も頭を抱えざるを得ない。良い大人がこんなんでいいのかよ……。
……駄目だ。このままじゃ先が思いやられる。というかこの惨劇を黙って見過ごす気になれない。
仮にも俺は家では掃除洗濯料理と一通りの家事スキルをほぼ独学で学び、家事面において一人暮らしは完璧だと自負している。
将来への不安を持て余した結果と言うと聞こえは悪いものの──いや、そんなことは今はどうだっていい。この人たちは多分、いずれ戦い以外でヤバい目に遭う。マジで。
「はぁ、しょうがねぇ。閃理さん、洗剤とかはどこにあります?」
「……!? まさか焔衣……」
「何だかんだでテストを手伝ってもらったんで、恩返し的なので皿洗いとかしますよ。その様子じゃあ多分洗濯や掃除もアレな感じでしょう? 俺、家事出来る方なんで」
呆れ半分ではあるが、どうにかお礼として返せるものはないかとも常々考えていたのも事実。
少なくとも閃理の助けがなければ数学Aどころか半数近い教科を落としてたかもしれなかったわけだし。
剣を持たない俺に出来ることはこれくらいしかない。幸いにも明日は土曜日、親には友達の家で泊まりで追試の勉強会をするって伝えなくちゃあなぁ!
それから数時間──俺は多分、生まれて初めて自分のスキルをフルに生かした数時間を過ごしたのかもしれない。
キッチン周りだけで一時間以上かけたし、洗濯に至っては初めて女物の下着に触れてしまったわけで、内心どきまぎしながら洗濯機を回した。
服が洗い終わるまでは館内の掃除。一見綺麗には見えていたものの、床はお掃除ロボット頼りな上に各部屋は埃まみれの所も多くて、部屋の掃除に一番時間をかけてしまった。
しかも閃理は手伝うものの、メルは途中でどっか行って作業が大幅に遅れたりもした。いや自由奔放が過ぎるわ!
洗濯が終われば次は干す作業。一番広い部屋を借りて部屋干しをし、そしてまた残った洗い物を洗濯機にポイ……。
……ああ、メイドさん! あの時じいちゃん家で働いていたメイドさん!
言い出しっぺの俺が言えることではないが、今回ばかりは流石にきつい! 助けてくれ!
ウフフとあの優しい笑みを浮かべながら俺に向かって手を振っている姿を幻視。頼む、現実であれ! 一瞬でここに来てくれ!
でも心の中で助けを求めたところで、あの人は誰もが知ってる光の戦士のように来てはくれない。光の聖癖剣士ならそこにいるのだが。
ある種の戦場に赴く辛さをここで知り、気付けば夜中は十一時半。ここ最近の俺ならとっくに布団の中だったろう。時間は掛かったが、何とかやりきった。
「やっと、終わったぁ……」
「すごいな。俺たちだけでは決して出来なかっただろう」
「メル、あなた見直しタ。ここで働くこと勧めル。むしろ居て欲しイ!」
いつの間にか戻ってきてたメルからのお褒めの言葉、ありがとう。だがその誘いは断る!
流石に屋敷の全域とまではいかないものの、最低限人が行き来する場所などは掃除しきった。ほぼ一人でだ! 途中過去の幻影を見たりしたけど、頑張ったんだぞ!
もう疲れた。テスト後で精神的にも少しダメージを負ってる上であの家事戦争。今年一俺は自分を褒めたい。すごいぞ俺! ゆっくり休め、俺!
「本当に助かったぞ。時間も時間だ、今日は泊まっていくといい」
「一応親には友達の家に泊まるとは連絡してるから、今日はそうしときます……。どっか部屋貸してもらえますか?」
「分かった。自由な部屋を使うと良い。だがその前に少しだけ話したいことが出来た」
話……? そりゃ一体なんでしょう?
まさかメルが言ったみたいに勧誘するつもりか? いやぁ、就職先が決まるのはありがたいが、毎日あの量をやれってのは流石に厳しいぜ。
「メル。スマホを貸してくれ」
「はイ。これ見テ」
「これ……?」
すると閃理は指示を出してメルの携帯画面を俺に見せてくる。
どうやらこの町にある商店街付近の写真のようだ。一見何の変哲もない人もまばらで閉店間際の様子を激写しただけの画像にしか見えないが、これが一体なんだというのか。
「ここにある人物を見てくれ。奴はおそらく人間ではない」
「にっ──、人間じゃ、ない? それってどういう……」
見てほしい部分を指すと、そこには何やら怪しいフードを深く被ったような人物の後ろ姿が確認出来る。
んでもってこれが人間じゃないってどういうことだ? いや、聖癖剣があるし、もう人外的存在がいても驚きすぎないくらいには慣れたけど……。
「メル、閃理に頼まれて、さっきこれを調べに行った。案の定、それいタ。でも、メルこれ知らなイ。閃理も知らなイ。
「闇の聖癖剣使い……!?」
マジかよ。とうとう来たのか、次の使者が……!
このフードの人物……否、人型存在はあいつらが寄越したものだってのか。どうしよう、まだ剣見つかってないんだけど。
「案ずるな。いくら闇の組織とて標的を誘き出すために町の破壊をすることはまずしない。故に明日、俺は奴を見つけ出して撃退しに向かう。それが終わるまでの間、君はここにいるんだ」
「……なるほど、よく分かりました。俺はここで待機──それでいいんですね」
閃理は明日、謎の使者をどうにかするために町を回って歩く模様。剣士としての務めをするようだ。
俺もここに匿るのは全く同意する。家じゃ普通に侵入されるだろうし、異能力で別の場所に繋がってるここの方が安全だろうしな。
素直にそれを認めると、閃理は軽く笑う。やっぱりこういう時は頼もしい剣士の顔をするんだな。つい数時間前の汚い部屋の惨状を思い出しながら俺はそう実感する。
「よし、そういえばまだ食事をしていなかったな。すまんが、今日もインスタントで済ませる。好きな物を食べるといい」
「メルはカップ麺食べルー。日本の
「……ま、いいか。じゃあ俺もなんか食っていいですか?」
実は少しだけなら料理も出来るけど──と言おうかと思ったが、ここでそれを口にしてしまえば全員分を作らざるを得ない状況になると察知したので、俺も閃理の言葉に便乗して今夜はインスタントに頼ることとする。
たまにはこんな食事もいいだろう。それにいつもは一人で食べてたから、こうして夜に誰かと物を食べれるってのは久しぶりだ。
……あれ、なんか少し楽しいな。誰かと一緒に食べる食事って、こんなに美味いものだったか。
もしかして俺、今までの人生は結構孤独だったのかもしれない。それに気付いて少しだけ心が寂しくなった……気がした。
果たしてこのカップ麺の塩っ気は塩分によるものだけなのだろうか。甚だ疑問である。
†
時刻は十五時。聖癖剣を所有するとされている例の少年が住まう町に、私は一足遅れてやって来ていた。
駅を出てすぐ空を見上げる。う~ん、気分も晴れる曇り空。肌を焼く日光も薄い心地の良い天気。『
「はてさて~、博士はどこにいるんだったかな? えっと、どこかなここは」
部下を先に送り込んで下準備を進めさせていたのだけど、当の人物はどこへやら。もらったメールには住所が書いてあるけど、それ以前に
お気に入りの日傘を差して、曇天の空の下を散歩しながら進んでいくのは嫌いじゃない。が、困ったことに今の私は俗に言う迷子ってやつ。これでも成人してからそこそこ経つんだけどなぁ……。
それにしてもトキシーやその元部下はきちんと目標の場所に行けたのは何故なのか。私と何が違うのだろう? いやぁ、全く分からないね。
「にしても博士は電話に出ないままだしなぁ。まぁ、作業に集中しているなら別に怒ったりはしないけど、きちんと折り返しはして欲しいよねぇ……」
うーん、困った。ボス直々の指名で任務代行として送った部下は優秀なんだけど、集中し過ぎると周りが見えなくなるのは短所かな。上司の電話にはなるべく早めに気付いて欲しいんだけどね。
さてさて、どうするべきか。このままでは埒が明かない。いっそ聖癖剣でも使ってみる? でも無闇に使って光の聖癖剣協会の人らにバレたくはないしなぁ。
うーんと悩みつつ歩くこと数分。私は一つの結論に至る。それが──
「うん、どうせボスは私のことを方向音痴だと思ってるだろうし、ここはそれにつけ込んでゆっくり行こう。そうしよう!」
うん、それに決めたっ! クラウディ、のんびりと目的の場所へ行くことにしま~す!
私は頻繁に迷子にはなるものの、決して方向音痴ではない。けど今回は一千歩譲ってそれを認め、部下の任務の下見というお仕事をサボる都合の良い理由とします!
そうともなればさっそくこの町の美味しい物が食べれるお店を探すことにしよう。駅に置いてあった町のパンフレットとかは一応貰ってきているから、それを地図として、いざ美味しいもの巡りの旅へ!
意気揚々とスキップしながら、最初に目星をつけたお店へゴー! まずは駅から一番近い所へ──と、思った時。
スッと横を通った人物を見て、一瞬でそれに感じる違和感の正体に気付いてしまう。いや、気付かざるを得なかったんだ。
「……うん? もしかしてこれって……」
今し方通りすがった人物……否、何かを路地へ連行して変装を暴く。カツラやマスク、サングラスといった変装道具一式で顔面を隠したその下には無機質な鉄の肌とガラス質の単眼が埋め込まれていた。
この顔……うん、私が知っているやつだ。やっぱりこれは博士の手掛けた例の兵器に違いない。
うん、中々よく出来ている。常に気配を察知していなければ、普通にただの人として見過ごしていただろうね。流石は“機械の聖癖剣士”だ。
すると、このタイミングでスマホに着信が。見てみると案の定博士からの電話だった。兵器を一機止めたことが切っ掛けになってようやく気付いたみたいだね。
「うん、もしもし。ずいぶんと熱心に機械いじりしてたみたいだね。もうちょっと早く気付いていれば、きっと良いサプライズになってただろうに」
『も、申し訳ありません、クラウディ様。よもや試作機の歩行テストを繰り返している間に数件もの着信が来ていたなどとは思わず、不遜な真似を……』
博士は着信を無視してしまったことをしっかりと反省してるみたいだから、まぁ許すよ。元々そこまで怒ってたわけでもないしね。
彼は博士……コードネームはまた別にあるが、私的には博士呼びがしっくり来るのでそう呼んでいる。直属の部下の一人だ。
「うん、着信無視の件はもうどうでもいいや。とにかく、
『もちろんでございます! ボス直々のご指名で代行に選ばれた以上は全身全霊、死力を尽くして聖癖剣の回収に臨む所存。クラウディ様にもお手を煩わせることもなく、完璧に遂行してみせますとも!』
「うんうん、それは中々頼もしいね。期待してるよ」
博士、行く前の時と比べてかなり自信があるみたい。でもこれくらいの自信を持ってもらわないと私としても困る。期待もそこそこに電話を切った。
後ろを見るといつの間にか拉致した機械は変装道具を自ら被り直して再び歩行テストに戻っていた。まさかこれも自分で出来るなんて、まるで生き物みたい。流石は博士、良い聖癖使いだ。
さて……ひょんな発見から今やるべきお仕事が終わってしまった。うーん、これからどうしようか。
元々部下が借りてる家に行くつもりだったんだけど、場所も分からないし……あぁ、さっきの電話で聞いとけばよかった。
多分、今からかけ直しても出ないだろうから、うん。ここは潔く諦めよう。そして、なにはともあれまずは美味しい物を食べないと!
歩いて数分、目的のお店へ。ただの定食屋だが町の美食パンフレットに載るくらいだし、きっと名物があるんだろなぁ~。
……なんて高々に期待した私がお馬鹿だった。
引き戸の前に掛けられた看板。それに書かれた文字を見て、思わずお気に入りの日傘を落としてしまう。
「ほ、本日定休日……!? そんなぁ……」
この事実は無情にも定食の気分だった私の舌をいとも容易く裏切ってしまう。
私としたことが、こんな単純なことを見落としてしまっていたなんて、無様なミスを……。
せっかく天気の様子も部下の調子も良い感じで気分が良かったのに、一気にどん底へ突き落とされた気分……。
店は閉店、心も曇天。そんな私をあざ笑うかのように曇っていた天気はいきなり快晴へと向かい出す。
どこまでもツイてない……。一体私が何をしたっていうんですか神様アアアア!!
心の中で悲しみの涙を流し、非情な現実に叫び嘆いた時、身体は無意識に
【
「私は人が曇るのは好きでも、自分が曇るのは嫌なんだよぉおおおお!!」
【悪癖暴露・悄善剣叢曇! 悪しき心は天象さえも曇らせ往く……!】
曇天の空を想起させる深い灰色の刃。どこか生物さを感じさせる太く短い尾のような、これが私の聖癖剣【
もう我慢出来ない。────その力、ここで解き放つ!
悲しみは雨に、怒りは稲妻に。そして絶望は
灰色をした鈍い輝きを放つ剣を空に向かって薙ぐと、衝撃波となってそれは空に落ちていく。
雲の切れ目……青い空が顔を覗かせる場所にまで届いた衝撃波が弾けると、あの憎たらしい青色は急激に翳り始めていった。
そして、瞬く間に太陽の威光さえも弱らせる厚い雲がこの町の空を覆い尽くしていき、ぽつりと雨粒が落ち始める。
あと数分でこの町には天気予報にない気象に見舞われることになるだろう。私の悲しみと絶望が産んだ曇天の空模様。うん、これでいい。
「……ああ、ついやっちゃった。ストレス発散に天気を操るのは気持ちが良いけど、やりすぎると気象庁の人に迷惑かけちゃうから控えないと」
ちょっと感情に駆られすぎたかなぁ。うーん、光の聖癖剣協会の人らにバレてなきゃいいんだけど……。
でもスッキリしたから良しとします。気を取り直してもう一軒の所へ行こう!
こうして私、クラウディは雨傘も兼ねる愛傘を拾い直して、ざぁざぁと降り始めた大雨の中に消えて行くのでありましたとさ。
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