第二癖『来る使者、邂逅す』
翌日。俺は防寒具を着込んでいつも通りに学校へ行く。
九時に寝ても起きるのはいつも遅刻寸前の時間となる俺自身の快眠ぶりを嘆きつつ、急ぎ足で向かう。
どうせ今日も何も決められないままの一日になるだろうなーと思いながら、普段余裕がある時は使わない近道を通って行く。
が、どうも今日は少しばかり違う日になりそうなそんな予感を感じた。
「うぉっ!?」
「おっと」
ドン、と誰かにぶつかってしまう。急いでいたとはいえちゃんと前を見て歩かなかった俺自身のミスによる過失。うわぁ、これはやっちまったかなぁ……。
我ながら情けなく力負けして尻餅をつきながら、朝からついてねぇなぁと心の中で自嘲しておく。
流石に怒鳴られるか……と思っていたら、そんな心配は杞憂に終わることとなる。
「すまない。大丈夫か?」
「あっ、はい。俺の方こそすみません……気を付けます」
相手方は俺を怒るでもなく、むしろ逆で起き上がる手伝いをしてくれた。ぶつかったのは俺の方なのに優しい人だなぁと感動しながら、その人物を見て一瞬驚いた。
まず身長がかなり高い。多分180cm後半は固いな。顔の彫りも深いがどこか日本人っぽさがある顔で、きっとどこかの国のハーフなのかもしれない。メンズモデルばりの美丈夫だ。
さらにその横には俺と歳も近いであろう金髪褐色肌の女性が──うおっ、なんだその高露出な格好!? 今は秋なのにヘソ出し谷間見せホットパンツとかシーズンが一つ遅れてるぞ?
まさかな格好のせいで話は逸れたが、その女の人はジト目で俺を見てきている。こういうカップルなのだろうか? つり目がちょっと怖さを感じさせる。
だが、俺を見ているのは何も彼女だけではないようだ。
「…………」
「えっと……、なんでしょうか?」
「ん? ああ、いや、すまない。君は気にしなくて良いことだ」
あの高身長ハーフの男も俺のことをかなり見てきていたのだ。
一体何なんだ? 少し怖い気もするが、本人が気にしなくてもいいと言ったのでこれ以上気にはしないが。
「あ、そうすか……じゃあ、俺学校なんで。すみません」
「ああ、気を付けてな」
「
女性の方からも初めてのアクションをもらい、俺はそのまま学校へ行く歩みを再開させた。
朝から面倒なトラブルにならなかったのは不幸中の幸いだろう。ただでさえ遅刻寸前の忙しい時に限って絡まれるのは勘弁だからな。優しい感じのカップルには感謝しておくことにする。
朝からこんなことが起きたのはきっとだだの偶然だ。でも──この些細な出来事が後の俺の運命を大きく動かす切っ掛けになったのかもしれない。
何故ならば、あの二人組は俺のことを姿が見えなくなるまでいつまでも見続けていたことを知らなかったからのだから。
突飛な一日になる前兆からおおよそ八時間。学校が終われば部活に所属していない俺はすぐに帰宅の準備に移行する。
まぁまぁ仲の良い友達らとは部活や勉強会などで別れ、一人自宅までの道のりを進む。
寄るところもなければ遊びに行くこともない。刻一刻と迫る進路の不安に苛まれながら、三年間行きなれた道を往復する日々。
そこに──きっと初めて介入する者が現れることになったのだろう。
「そこの少年。ちょっと良いだろうか」
「え? あ、あんた……じゃなくて、あなたは確か……」
「今朝ぶりだな。君が来るのを待っていた」
目の前の曲がり角から、声をかけながら現れる黒髪の長身。見間違えるはずもなく、今朝ぶつかってしまったでかい男だ。
運命の出会い? まさか、そんなはずはあるまい。そもそも相手は俺に用事があるみたいなことを言っているが、逆に俺には何の用事などない。そもそも他人だし。
率直に言って怪しい。春先はともかく秋も深まる今になって不審者に出くわすのは普通に嫌なんだけど……。
「な、なんですか? 朝のことで怒りにきたとか……?」
「あの程度のことは怒る理由にはならないだろう? 用事というのはもっと重大で、君の将来にも関わりかねないようなことだ。もし時間があるのなら俺たちの話を聞く気はないか?」
いや、どう考えたってこれは完全にアウトである。どこからどう聞いても犯罪者の怪しい口上です本当にありがとうございません。
まさか朝ぶつかったのはそういうことなのか? この男もその近くにいた女も、どちらも俺のことを異様に見てきていた。それはつまり誘拐相手に相応しいか値踏みしていたのでは?
常々感じていた変な日になりそうな予感。それがまさか変質者との邂逅だとは思わないだろう。油断出来ない現代社会はやはり怖い。
ヤバい人と出会ったら、やるべき──否、やらざるを得ないことはただ一つ。
「…………ッ!」
「あっ。ちょっと待て! 俺は今君が考えているような者ではない。本当だぞ!」
「待てと言われて素直に待てるほど俺は心の広い人間じゃないからァ!!」
じりじりと距離を取って、すぐに後方へ反転ダッシュ。そう、逃げるんだよォォォ────ッ!
決死の逃走。当然ながら相手も追っかけてくるが、気にしちゃいられない。とにかく大事に至る前に逃げ切らなければ。
持てる全力を使って走る。ついでに大声上げて助けも求めようか。
「誰かあああああ! 助けてええええ! 人攫いだあああああ────あああ、あ、あ?」
が、ここで不思議なことが起きる。いや、起きていることに気付く。
声が響かないのだ。届いていないとでも言うのが正しいのか、わりと大声を出したつもりなのにも関わらず、何故か音を感じない。
そんな馬鹿なことがあるか。普通の住宅路で音が響かないなんて。むしろ俺がおかしくなっているのかどうかも疑いたくなる。
「待て。いや、本当に待ってくれ! 頼む!」
「やべっ、追いつかれる! 気にしてる場合じゃねぇ!」
追っ手も着実に迫ってきている。この際不思議な現象は気にしないでおくとして、とにかく今は逃げることだけを最優先に──
「おい待て、メル! 音の能力で声をかき消すのはファインプレーだが、流石にそれを出すのは危険だ!」
「……へ?」
走ってる時に、途中から相手の声が自分に向けられていないことだと気付いてしまう。
音の能力? かき消す? 危険? ちょっと待ってほしい。それどういうこと……?
そもそもメルって何……様々な疑問を感じながら前を見やると、その奥から人影が現れる。
良かった。この人に助けを求めればなんとかなるかもしれない。そう思った。そう、この一瞬だけの話だが。
「──男なら、きちんと人の話聞ケ!」
現れたのは褐色の肌を持つ金髪……そして高露出な服の女。これまた見覚えがありすぎる容姿を持つ何者かが立ちはだかってきた。
そして何より、その女性が持つ物があまりにも衝撃的過ぎて、一瞬何を持っているのか分からなくなってしまう。
大きさはきっと持ち主の身長に迫るくらいはあろう、剣にも見えなくもないそれをヴァッと振られた時、俺は瞬時に悟る。
────あ、死んだ。……と。
†
それはとてもとても昔の話。俺がまだ小学校低学年くらいの頃。
夏休みはいつも父方の祖父の家で過ごすのが恒例だった。古い和風建築で広めの庭もあり、近くには川もあって、そこで採れた野菜やスイカを冷やしていたものだ。
あと何故かメイドさんが一人住み込みで働いていて、家事などは全般その人に任せていた。何でそんな人がいたのかの理由は今となっても分からないけど。
それはそれとして、俺は祖父の家が好きだった。短い間しかいられなかったが、その間に虫取りをしたり、用意してくれた釣り竿で魚を釣ったりと充実した夏休みを過ごしていたのを覚えている。
そんなある頃の夏休み。俺は昔から気になっていた土蔵造りの倉庫に忍び込んだことがある。
物心つく前からそこの存在を知っていてはいたが、立ち入ることは一切許されなかった。だからこそ好奇心が勝り、侵入を試みたのだ。
埃っぽく暗い中を照らすのは忍び込んだ窓から差し込む光と冒険用にいつも持ち歩いていた懐中電灯のみ。
中の物を漁るという今思えば大変迷惑なことをしていたのを子供以上大人未満になった今頃反省をしつつ、この記憶は山場へと導いていく。
埃にまみれながら見つけたとある木箱。重いそれを頑張って取り出して開けてみると、中に入っていたのは驚いたことに剣だったのだ。
予想だにしないお宝の発掘に喜ぶ俺。自分がやってることが一つ間違えれば犯罪だということなど当時は知る由もなく、祖父にこのことを報告しよう、そう思って剣を持ったその時────
「────はっ!?」
ここで俺の夢は唐突に終わりを迎えた。
ああ、これか。いつの頃からか、時折夢として見るようになった異様なまでにリアルな妄想の話。
でも実は倉庫に入ったまで事実で、本当はこの夢のクライマックスとも呼べる続きの部分があるのだが、どうやら今はお預けのようだ。
「あの夢か……。ってか、どこだここ……?」
夢の話は一旦置いておくとして、俺は自分がソファに寝かせられていたことに気付く。んでもってこうなる前の記憶を辿ってみる。
そう、確か今は家に帰る途中だったはず。そして、そこで朝に出会った謎のハーフの男と再会して…………の部分までを思い出したところで聞き覚えのある声が耳に届いた。
「気がついたか?」
「──ッ!? あ、あんたはッ!? まさか……!」
バッと首を回して見た先にはあのハーフの男。そして次に嫌な予感を察してしまう。
あの男がいるということは、間違いなくここは家でも病院でもない。あの男とその仲間のアジト的な所に拉致された可能性を真っ先に疑った。むしろ疑わざるを得ない。
「安心しろ。ここは確かに俺たちの拠点な上に、端から見れば拉致同然のことをしているのも否定はしないが、家には必ず帰すことは約束する。俺たちは犯罪者集団ではないからな」
「う、嘘言うな。そうやって口約束で油断させておいてどっかに連れてくんだろ? 俺をどうするつもりだ……!?」
「本当に違うんだがなぁ。まぁ、警戒心が強いのは身を守る上で重要なことだから、疑われるのも致し方がないか」
拉致したのを半分認めているくせに犯罪者であることを否定するとは何とも強情な人物だ。
ともかくどうにかして逃げ出さなければなるまい。手遅れになる前に、そして悟られぬようちらちらと目を動かし、逃げ道を模索する。
「出口はそこの扉を出て、向かって右手にある扉の先だ。ああそうだ、何かつまめる物も用意しよう。客人をもてなさないのは失礼だからな」
「え、ちょ……!?」
もしや脱走しようという思惑がバレバレだったのか、何故か男はあっさりと出口の場所を教え、それどころか茶菓子の用意をするためにこの部屋から出てしまった。
これは見まごうことなく脱出のチャンスなのでは? わざわざ出口の場所を教えてくれたのは怪しいが、罠ではない可能性に一縷の望みをかけいざ候。
閉じこめられていた個室を出て、情報通りに右手側に位置する扉へ向かった時のこと。
「…………? 起きたカ?」
「んなゃッ!? わ、わわわわ……!?」
最初の扉を開けたその瞬間──目の前に飛び込んできた光景はこちらも大いに見覚えのある女性の姿。だだし裸である。
首に掛けたタオルで胸の大事な部分を隠しただけのあられもない姿。褐色の肌からうっすらと湯気が昇るのは、風呂上がり直後だったと分かる。
これには流石にキョドらざるを得ない。いやはやラッキー……なのかどうかは分からないが、目のやり場に困った俺は思わず後ずさりしていた。
「メル、客人に見苦しいものを見せていいものじゃない。お前も女なら少しは恥じらいを持ったらどうだ」
「メルの身体、見苦しくなイ。そこそこ自信、あル」
「そういう問題じゃないんだがなぁ」
と、ここで本当に茶菓子を乗せたワゴンを押しつつ別の扉から先の男が戻ってくる。そしてメルと呼んだ人が裸だと知るや否や、普通に注意を飛ばした。
まるで家族間のやりとりみたいで──もしかしたら本当にそうなのかもしれないが──一瞬誘拐されたことを忘れてしまいそうになるが、俺は自意識を強く保ってなるべく当人を見ないよう紳士に振る舞っておく。
「すまない。部下の奔放さには俺も手を焼くばかりでな。男である以上気にしてしまうのも無理はないだろうが、ここは一旦忘れてくれ。とりあえずコーヒーと茶菓子だ」
「あ、はぁ……。部下?」
ともあれメルが着替えにどこかへ消えたのを待ち、俺は再び先ほどの場所へと戻された──というより逃げるのに失敗したのを悟ってあえて戻った。
まさかほぼ全裸の女の人と鉢合うとは普通思わないよなぁ。これを分かってこの男は出口を教えたのだろうか? いや流石に偶然だよな。
てか部下ってことはカップルではないのか? 何も分からない。
「自己紹介が遅れたな。俺は
「誘拐犯なのに名乗るなんて流石に変過ぎる……」
「だから俺らは犯罪者ではないと言っているだろう。まぁ、それの説明はこれからするつもりだから、それを聞いた上で判断してほしい」
自らを閃理と名乗ったこの男。どうしても潔白であると証明したいようだが、一体何を話そうというのか。
誘拐紛いのやり方をしてまで俺との対談に移りたかった理由とは何だ? 闇社会と取引するために、健康で若い臓器がいるから的なアレか?
真実は何であれ、ただの一般人である俺から捻出出来そうな物はそれくらいだろうし、他に何が思い当たる物があるわけでもない。
ここまで言うのだから、きっと何か重大なことなんだろう。当人も実際そう言ったわけだし、聞き流すつもりで話を聞いておくことにする。
「単刀直入に言おう。君が持つ『聖癖剣』をこちらに渡して貰えないだろうか?」
「…………はい?」
一つ訂正がある。この人は犯罪者なんかじゃない。
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