性癖の聖剣、つまり聖癖剣。それの剣士になった俺の戦いを描く物語。〜闇の組織も過去の因縁も、全部ツンデレの炎で灼き切ってやる〜 #DX聖癖剣シリーズ

角鹿冬斗

第一部『始めに、炎熱の聖癖剣士あり』

第一癖『迷う少年、動く歯車』

 ──心臓むねが、熱い……ッ!?



 いや、ただ熱いんじゃない。燃えているんだ、俺の胴体からだが。



 どこから吹き上がっているのかも分からない炎が、身を焦がすような凄まじい熱気で全身を包み込んでいる。



「あ……、ああっ……!」



 悲鳴を上げる。だが、声に出るのは絶叫とも呼べない掠れた音。きっと誰かの耳にも届かない虫の羽音にも劣る声だ。



 変化が起きているのはそれだけじゃない。俺の目に映るのは出所不明の炎の他にも異常なものが見えている。



 何故か。そう、どういうわけか、俺の胸に



 いや、今の表現は語弊がある。正確には突き刺さってはいない。むしろその逆で、のだ。


 何も分からない、炎の熱と未知の恐怖のせいで俺の身体は自由に動いてくれない。



「け……ん……!?」




「──焔衣ほむらい、その剣を抜け!」




 精一杯の力を振り絞って声を発すると、何者かの声が俺の名前を叫んだ。



 誰だ……? いや誰ということはない。つい最近知り合った……というよりいきなり俺に接触してきた不審者一行のリーダーみたいな男の声。




「戦エ! 剣に選ばれてるなら、ココで死ねないなら、その剣取って戦エ!」




「たた……かう……!?」



 次に聞こえたのは、さっきの男の声と一緒にいる外国人の少女の声。片言でしゃべる言葉は俺に戦うことを促している。



 戦う? いや、ありえないだろ。ここは日本で、第二次世界大戦だってもうすぐ終戦から八十年目だぜ? 殴れならまだしも、だなんて……。



 剣、武器、戦い。現代日本じゃ小説やマンガの中でしか聞かないような言葉の数々。



 もしも、今の状況がこうでなけれな鼻で笑って聞き流しているに違いない。だが、残念なことに笑い飛ばせる状況ではない。



 ああ、自分は馬鹿だな。そう自虐しながら、あの二人組の言葉に従っている。

 胸から生える剣柄を握り、出せるだけの力を込めて引き抜こうとする。



 ──痛い。ああ、地味に痛い。おまけに引き抜くたびに炎がさらに漏れ出していく。


 まるで身体が炉か釜戸になっているみたいだ。中の物を取ろうとすれば、内部の熱まで外へ逃げようとする。それが自分に起きている感覚。



 なんで俺は自分の身体から生える剣を抜こうとしているんだろう。

 なんで変な二人組に絡まれて、こんな目に遭っているのだろう。


 疑問は尽きないが、唯一分かることもある。それは──




「うぉ、おおお……! ぐっ……、はああああ────」




 ということだけだ。















 ある秋も深まる頃のことだ。夏休みはとうに終わり、期末テストも近付こうとしている中、俺は学生身分であればやらなければならないことを全部放棄して一人公園のベンチに腰を降ろしてぼーっとしていた。


 正確に言うと悩んでいた。高校三年ともなれば誰しもが進学だの就職だのと考え、進路を決めていく中での思考放棄にも等しい行為を働いている。


 分からないのだ。俺自身が今、望んでいることは何なのか。何の理由を以て大学や専門学校に行くのか、やりたい仕事も見つけられないままに就職するのか。


 どちらが正しく、どちらが誤った道なのかを見いだせないまま時が過ぎ去っていく。それがとても恐ろしく感じていたのだ。


「就職か進学か、なんてどっちも嫌すぎる。ニートもごめんだけど」


 このままでは口こぼした通りニート人生まっしぐら。こちらも同じくらい嫌ではあるわけだが。


 とにかく、今の俺は齢十八歳で人生の路頭に迷っていた。突きつけられている三つの選択肢、そのどれもを選びたくはない。慎重になりすぎて選ぶのが怖かった。

 何せ大事なことに迷うと、を思い出してしまうから──


「……っ。クソッ、俺の意気地なし……」


 ふと、その記憶が甦りかけ、俺は自分を罵倒しつつ考えを振り払う。

 いくら考えても時間はただ過ぎ去っていくばかりで、いつの間にか時刻は十八時を越えていた。


 秋ともなればこの時間帯は夜中とも表現してもいいくらいには暗くなる。これ以上夜が更ける前に家へ帰ろう。

 また今日も答えは出なかった──いや、今のままではいつまで経っても求める答えは出ないとは分かっている。



 俺──焔衣兼人ほむらい けんとの最も嫌悪するものとは、『自分の選んだ選択で後悔すること』だからだ。







「ただいま」


 帰宅。俺は自分の家に帰ればすぐに支度をする。

 個人的な話になるが、俺ん家は事情があって父と二人暮らしなために帰りの遅い父親に代わって家の仕事をこなす。それ故か人並みより少しくらい家事が出来る。


 もっとも専業主夫になるのも考えたこともないわけはないが──それって結局親に金銭面を頼ってる以上はニートと変わらないのでは? と結論はついてるのでなる気は毛頭ない。


 誰か俺を拾ってくれる人でも来ないかな~なんて都合の良い妄想をしながら、風呂を沸かし晩飯を用意。済ませることを済ませ、自分の部屋に戻る。


 もし、俺が専業主夫ニートになる道を選べば、いつしか子供部屋おじさんと呼ばれる存在となるだろう。そうなる前に自立して一人暮らしにまで漕ぎ着ければいいが、肝心の仕事が見つからなければ実現は難しい。


 素直に大学に行けば、もうしばらくは今の生活を続けられるだろう。父親もきっとそれを望んでいるはず。

 だが、残念なことに俺の学力では厳しいと先生方から言われているので難しい話ではある。ギリ基準を満たせない微妙な成績なのを恨んでおく。


「どーすんのがいいのかな。俺にはもう分かんねぇよ」


 こうぼやくのも今年に入ってから何度目なのかも覚えていない。

 現代社会での生き方は限られている。隠居生活はまぁ憧れではあるが、それも仕事をしてある程度の財力を確保しているから成り立つものだというのも知っている。夢だけで人は生きてはいけないのだ。


 いろいろ考えに耽りながら早小一時間。時計の秒針が時間を刻む音を聞きながら、ぼーっと将来のことを思い悩む時間が増えていく。


「…………」


 ふと本棚にあるマンガの背表紙に目が行った。オタクを自称出来るほど物は集めてはいないが、それでも暇を潰せる程度にはマンガはある。


 お気に入りのラブコメ物が本棚の多くを占める中に紛れる形で、剣士が戦うバトル物を発見。あまり戦う系の物語は得意ではないが、それでも好きだと言える作品だ。


「ま、考えてばっかりも身体に悪いか。久々に読んでみるかな」


 現実逃避でもするかのように一度は読み終えたマンガを再び手に取る。

 読み始めてから数分。このマンガのヒロインがツンデレで可愛かったのが購入の決め手になったのを思い出す。性に合っているというのが正しいか、俺の性癖好みには合っていた。


 なんというか、このマンガに限ったことではないが、ツンデレのキャラを見ると内心興奮するというか身体が熱を帯びるというか、如何ともしがたい感情が沸き上がってくる。


 きっとこれが“好き”という感情なんだろう。オタク諸氏らもこの感情に突き動かされ、推しに貢ぎ続けているに違いない。


「……ふぅ、俺もマンガの中の世界みたいに、剣一本とかで暮らしていければいいんだろうけどなぁ」


 一通り読み終えると、またぼそりと幻想をつぶやいてしまう。悪い癖になりつつあるそれだが、まぁほぼほぼ本心からの言葉だ。

 別に戦いじゃなくたって良い。ど田舎でのんびり自給自足でも良いし、はたまた何かの継承者として日々修行も選択肢としてはナシではない。


 今の時代では到底叶わぬ生き方に俺はいつしか憧れを抱いていた。現代社会の有象無象の中に溶け込まれる怖さに怯えていた。

 自分の“好き”を仕事にしたい。でも、その“好き”が性癖ツンデレ以外で具体的に何なのかが分からなかった。


「はぁ、俺って何でこの時代で生きてるんだろ」


 いくら考えても最終的に行き着くのは自分の生まれた時代が違い過ぎたことを恨むことだけ。自虐も妄言も極まれりだが、それしか言いようがない。


 気付けば時刻も九時を過ぎている。ゲームやスマホもナーバスな今ではそこまでやる気も起きない。

 寝る直前にソシャゲのログインを忘れて何十日経ったか忘れてたことに気付いたが、気にせず就寝を決め込む。




 きっと、あの時から俺は変わってしまったんだ。俺が物事を決めると異様に慎重になるのも、現実から目を逸らし気味なのも全部。

 オレンジ色の薄い光を点けただけの薄暗い部屋の中、俺は机に置かれている写真立てを見た。


 そこに写されている仲良く笑顔で並ぶ二人組。一人は小学校卒業頃の俺。そして横にいる一瞬女の子にも見間違えるような美少年が俺の親友。ただ、今はもうのだが。




 四年前のあの日──親友が行方不明になった。他の誰でもない、のせいで。

 その事件が切っ掛けで、俺もそれまでの自分自身を失ってしまったんだ。











 この長いドライブももうすぐ終わりに近付こうとしている。闇の中で『ようこそ』と来町を歓迎する看板をヘッドライトで一瞬照らすと、ここはもう目的の地だ。


 夜中では流石に人気は少ない。俺たちは初めて足を運ぶ町の道路を、まるで行き馴れた道のように進んで行く。


「おい、起きてるか? 例の町に到着したぞ」

「う~~~ン、Wake up the morning朝になったら起こして……」

「まったく。早寝は良いことだが、もう少し緊張感をだな……って聞いちゃいないか」


 助手席で居眠り……もとい本気寝をしている部下に向かって言葉をかけるが、寝ぼけつつ返す言葉は英語。だが俺は英語が分かるので言っていることは大方理解出来ている。


 彼女は自由奔放が過ぎる性格だ。生まれが海外なため、致し方がないと言えばそれまでだが、きっと今回の長旅で疲れているのだろう。仕方ないと納得半分で起こすのを諦めることにした。


 見えない導き手につられて進むと駅に到着する。ふむ、中々広い駐車場だ。丁度良い、しばらくはここを拠点としよう。

 目立たないよう長旅のもう一人の連れであるキャンピングカーを端へ停め、助手席の部下を起こさないよう俺は車を慎重に降りる。


 腰をひねり、背伸びをしてストレッチ。節々から音を鳴らすと少しだけ身体が楽になった気がするな。流石に長時間の運転は疲れるものだ。

 とりあえず小休憩も兼ねて近くの自販機から甘口のコーヒーを購入しよう。


「うん、やはり甘いのは良い。疲れた身体に染み渡るな」


 小さな缶コーヒーを一気飲みし、俺は甘味を噛みしめる。疲労には糖分だと相場は決まっているものだからな。

 それはそうと目的の地であるこの町。駐車場へ着く前に軽く見て回ったが、一見すると何も変わり映えのない普通の町にしか見えない。


 だが俺には理解わかっている。この町には俺たちの探し求めている物の一つが眠っていると。

 否、正確には俺が所属するが割り出した、長年行方を眩ませていたの所在地候補の一つがこの町というわけだ。


 これまでいくつもの町を転々とし、そのどれもが外れだった。日本全国を巡りかねない旅路こそ嫌いではないが、そろそろ本来の任務に戻りたいところではある。


 思いに耽りながら真っ暗な空を眺めていると、不意に聞こえる。だが俺の耳にはインカムなどは付けてはおらず、携帯端末スマホは勿論車内ラジオなども点けていない。


 おおよそ十秒間もの沈黙。この声は俺自身が聞こえるようにしない限りは他の誰にも届くことはない。そういうだからだ。


「……! そうか、やはり他の所よりも強く反応を感じるか。持ち主が所有していればいいんだがな」


 その声により俺はこの町に探し求めている物が存在している可能性が高いことを知った。これは幸先の良いスタートを切れそうだ。


 ああ、分かっている。きっと他の人間からすれば、今の俺は不審者にしか見えないに違いない。端から見ればまるで独り言のように感謝を呟くのは怪しさの極みだろうな。時刻が深夜なのは幸いだ。


 しかし、人の目など今となってはもはや気にしない。もっとも場所は選ぶが、奇異の目で見らることは馴れている。


「とりあえず、俺らの旅も終わりが近いのが分かった。あとはソレを見つけだせるかだな」


 最後にもう一度ストレッチをし、俺は飲み干した缶を近くのゴミ箱へ捨ててから荷台のドアを開けて中へと入る。そしてそこから毛布を持って行き、助手席の部下にそれを掛けてやった。


 直接運んでベッドに寝かせてやってもいいのだが、それをやると本人が嫌がるのは明白だ。故に部下には助手席で寝てもらう。

 勿論俺はキャブコンの中で睡眠を取る。この車、見た目は普通のキャンピングカーだが、からな。


 明日──正確には今日やらねばならないことを俺は頭の中で復習する。

 これから俺たちは持ち主と思われる人物と接触する。会うとどうなるか大体察しはつくが、どう騒がれても必ずやり通さなければならない。


 何故ならば、その目的の物というのは決して一般人の下にあってはならない代物。それを所持し続けるともなれば、近い未来に普通の人生など送れなくなってしまうからだ。


 そうなる前に所持者から物を引き取るのが俺たちの任務。争いに巻き込ませないためにするのが役割だ。


「まぁ、なんであれ聞き分けの良い奴であれよ」


 そして、あわよくば────いや、ここから先の考えはよそう。これはその人物を地獄に引きずり込む考えだ。

 戦いに巻き込まれて良いのはその道の人間だけでいい。ただの一般人は俺たちの戦いを知らなくていいのだから。

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