第三癖『その得物、聖癖の剣』

「なん……何すか、それ?」

「むぅ、聞いてもなお隠し通すか。安心しろ、聖癖剣のことは俺らに隠さなくてもいい。少なくとも敵に回らない限りは味方と思ってもらってくれ」


 ……分からない。いや、本当に分からない。理解不能という意味で頭がおかしくなりそうだ。

 なんだ、セイヘキケンって。“性癖”か? このなのか?


 つまり性癖の剣? いや、もう本当に何も分からない……。

 でも、唯一分かったのは、この男は俺がその剣とやらを持っていると勘違いしていることだけだ。


「ちょっと待って。閃理……さん? だっけ、あんたの言ってることが俺には何一つ理解出来ないんだけど。まずセイヘキケンって何!?」

「聖癖剣。古来より伝わる人間の欲望の象徴たる“性癖”と理の一部である“権能”を宿した聖なる武器類のことだ。名称こそ“剣”だが形状は様々で──」


 理解出来る説明を求めたら、今度は創作物にありそうな方の設定みたいなのが飛び出てくる。

 もう駄目だ。頭痛がする。良い歳した男がなんの恥ずかしげもなく、つらつらと痛い感じの設定を口に出してくるのは結構キツい何かがある。


 ヤバい人に捕まってしまったと思ったら、また別の意味でヤバそうな感じの人だった……。これ以上の不憫なことがあるか。いや、無い。確信した。


「──とまぁ、これ以上の説明は言えないが、所持者が戦いに巻き込まれてしまうのを防ぐために、俺たちは聖癖剣の回収を……っと、どうした」

「……いえ、なんでもないっす。ほんと、なんでもいいんで早く帰してください……」


 俺はもう意気消沈とする他なかった。襲われて拉致されたかと思えばラノベの設定みたいなのを延々聞かされてる。ちょっとラッキーなことも起きたが、それを差し引いてもこれ以上はお腹いっぱいである。


 とにかく帰りたい。ここ数年間でこれほどまでホームシックになったことはないよ。ある意味快挙だ。これっぽっちも嬉しくないが。

 そんなダウナーな俺を見る閃理。すると、急に黙り込みを決め、無に相槌を打ち始める奇行に出始めた。


「……むぅ、なるほど。道理で無知過ぎるとは感じていたが、そういうことか」

「今度は何だ……?」

「おっと、すまない。これも気にしないでくれ。ふむ、聖癖剣のことは何一つ分からないと。だとすればすまなかったな。知らない上に興味もない話を聞かされたのは苦痛だったろう」


 するといきなり全部を理解したかと言わんばかりに俺の境遇に同情を寄せ始める。全部あんたたちのせいですけどそれは……。


 それにしても本当にこの人は何者なんだろうか? 今の独り言といい怪しいところも多いし、そもそもどういった人物なのかも見当もつかない。せめて反社会的な人物でないことを願うばかりだ。


「長々と拘束してしまったのは改めて謝らせてほしい。出口まで案内しよう」

「やっと帰れる……」


 ともあれ独りでに納得した閃理が約束通り俺を解放してくれるという。

 いやぁ、良かったぁ。これで自由になれる。こういうのはもう金輪際起こらないで欲しいものだけど。


「ん、帰るノ?」

「あ、さっきの人……って、えッ!? な、何だソレ!?」


 出口に案内されている途中、さっきの女の人……名前は確かメラニーだったか。メルと呼んだ方が良いのかは分からないが、その人がやって来た。当然今はしっかりと服を来ている。さっきの露出度高めな服ではあるが。


 それはそれとして、今のメルには俺の目を奪わざるを得ないモノを持っていた。いや、別にヘソ出し谷間見せホットパンツな服装のことではない。


 俺の目を釘付けにするモノ──それは剣のような形状のチェンソー。カラーリングこそ茶褐色で地味な色合いだが、メルの肌色も相まってやけに様になっている。

 というか、捕まる直前に俺を切った(?)得物ソレじゃねーか!!


「……ッ!? 俺、そういえばあのチェンソーみたいなのに切られたんじゃ……?」

「切ってはなイ。聖癖剣使って眠らせただケ。聞き分け悪い人は嫌い、だからやっタ」


 今更ながらに俺は自分の身体を服の上越しに触って傷跡があるかを確認。しかし、メル曰くでは切ったのではなく、その聖癖剣の力によって眠らせただけだという。


 つまりあの凶暴極まりない形状をした剣のような物が聖癖剣とかいうやつか? そういえば閃理もさっき形は様々あるって言ってたような……。


「ふむ、本当はもう少し情報を揃えて再び会う際に現物を見せようと思っていたんだがな。あれがメルの持つ聖癖剣【褐蝕剣廻鋸かっしょくけんのこぎり】。雷の属性と褐色肌の性癖を宿している」

「褐色……? 肌の色も性癖の内なのか」

「ああ。肌色が濃いのが好きな奴も世にはいるだろう? 性癖とは即ち人間の欲望や願望そのもの。欲とは力であり活力エネルギー。故に聖癖剣に宿る性癖と合致する性癖や個性を持つ者が剣士に選ばれる。メルは肌の色が濃いから廻鋸のこぎりに選ばれたんだ」


 ここで閃理が聖癖剣がなんたるかを教えてくれた。あとさり気なくもう一度俺と会うつもりでいたのも判明する。止めてくれ。

 それはさておき概要を説明されてしまうとちょっと閃理の言うことを信じてしまいそうになる。


 だって普通に考えてあんな形のチェンソーはどこにも売ってないだろう。特注で作ったとしても、これを普通に持ってるのもおかしい。

 それに、なんだろう……。こうして現物を前にすると、どうにも胸の奥が熱くなって、少しむず痒い気持ちになる。


 まさか俺が聖癖剣こんなものに興奮しているとでも言うのか? おいおい、俺は中二病は中二の間に卒業出来てるぞ。

 いやまぁ、カッコいい物をカッコいいと思う気持ちまで失ったつもりはない。きっとこの気持ちもそれなんだろう。そう信じたい。


「だが今はこれでお開きだ。君はまず帰って今日のことは誰にも言わないように。変に口外すると我々にとってのが来るかもしれないからな」

「敵……! よく分かんないけど、気をつけときます……」


 さらっと脅しをかけられた気もしなくもないが、これでついに拘束から解放された。長かった……二度目が来ないよう、これからは慎重に行動するかな。




 なお、先ほど閃理が言った出口は向かって右手の扉という話だったが、本当の出口に繋がる扉は左手側だった。

 嘘をついたのはやっぱり俺が脱走を試みようとしてたのを分かってたからなのかなぁ。相手が勘冴えた策士で悔しいわ。


 それはそれとして、ここは何なのだろうか? まず作りから日本風ではないし、屋敷か豪邸って言うのが表現としては的確なんだろうけど、俺らが出てきた個室から出てすぐのホールはかなり広い。まるで海外の金持ちの豪邸みたいだ。


 ここまで広いとさぞ大きい建物なんだろうと予想するが、俺の知る限りではこの大きさを確保出来る家が俺が住んでる町に建っているという話は聞いたことがない。


 まさか本当に別の場所にいるわけではあるまいな。取りあえず覚悟はしつつ、玄関の扉を開けると──


「…………あれ?」

「む、やはり今の時期は六時ともなると暗くなるな。どうする、途中までついて行った方がいいか?」

「え? あ、お構いなく……?」


 閃理の心配を余所に、俺は唖然としてしまう。何せ目の前に広がっていたのは、最寄りの駅にほど近い駐車場だったからだ。

 ここは人がよく集まる場所というだけにかなり広いスペースを確保しているが、家などは建っていないはずなのだ。


 ちらりと後ろを見る。うん、間違いなくさっきの豪邸内だ。メルも見送りに近くへ来てるのも分かる。

 もう一度前を見る。うん、間違いなく見慣れた駐車場だ。夜が耽りつつある今、駐車する車の数は少ない。


 また振り向いて豪邸、前を向いて駐車場。豪邸、駐車場。豪邸駐車場────




 …………???????????????????????




「これも聖癖剣の力によるものだ。空間の能力で車の中を別の地域にある建物に繋げている。ちょっとしたワープみたいなものだな」

「マジで……?」

「マジだぞ」


 聖癖剣、ヤベェって思ったのは言うまでもない。これは確かに無闇な口外は出来ない力だと身を以て実感した。











 大変不可思議な体験をした俺は、閃理らと別れてから半分上の空のまま帰宅。家事もあんまり力が入らなかったのは言うまでもない。

 聖癖剣。その突飛な武器の存在を知り、俺の知見は否応無く広がってしまった。


「人を一瞬で眠らせる。空間を繋げる。多分、あの時叫んでも声が響かなかったのもそれの力なんだよな……」


 食後の皿洗い中、もう何度考えたかも覚えてないくらいに反復させていた考えを口に出す。


 人の欲望たる“性癖”と理の一部たる“権能”──確か閃理は剣をそう説明した。理とはつまり、この世の常識や物理現象、物理法則などのことを指しているんだろう。それらを自在に操るなんて疑う余地もなく異常だ。


 そんな力が知らないところで実在していたと知り、俺はショックを隠しきれないでいる。

 そもそも何故、あんな物を俺が持っていると閃理たちは勘違いしているのか。剣なんてこれまで一回も持ったことは──


「……いや、まさかな。あれは夢の話だし、実際違うって知ってるし、アホみたいに叱られたし……」


 口では否定を言うが、心当たりがないわけでは無かった。

 それは幼い頃の夢の話。土蔵に侵入して、剣を発見するという内容の夢の話である。




 目覚める直前まで見ていたところから話を続けると、祖父に報告しようと剣を持った時、その剣から猛烈な炎が吹き上がったのだ。

 あっという間に倉庫内は炎に包まれ、当然俺も剣から吹き出す炎の渦に飲まれていた。


 夢にして妙にリアルな炎で、すごい怖かったのを今でもよく覚えている。あれからしばらくライターの火ですらトラウマになったくらいだし。

 逸れた話を戻し、炎の中で剣が宙へ溶けていき、粒子状になって消えたのだ。いつ思い返しても夢以外の何物でもない話である。


 剣が消えると炎はより強さを増し、熱さに耐えかねた俺は気を失ってしまうが、気付くとメイドさんが土蔵の外で俺を膝枕して介抱してくれていた。


 ここからは現実の話。お察しの通り土蔵に入ったこと、中の物を荒らしたことに祖父、両親、たまたま来ていた親戚一同とメイドさんらにしこたま怒られ、小遣いもしばらく全面カットされてしまう罰を受けたというわけだ。


 夢として必ず見るのは土蔵への侵入から剣が無くなるまでの一部始終。あとはたまーに最後まで見るくらいか。


 今にして思えば、やっぱりあれは夢だったんだと思う。叱られた後にメイドさんに夢の内容を伝えたら、剣の現物はきちんとあると教えてくれた。あと土蔵も焼失していない。今もしっかり祖父家に残っている。


 無関係かもだが俺の胸には火傷みたいな赤い痕がある。触っても痛くはないからそれほど気にしたこともないが、子供なんていつどこでどんな傷付けてくるか分からないだろう。現に俺は昔はかなり活発な子供クソガキだったわけだし、きっと関係はないだろうな。


「やっぱり夢の話だし、関係ないよな……。ああ、でもこうなるんだったらじいちゃんが死ぬ前にあの剣が何だったのか訊いとくべきだったな」


 なお祖父はすでに鬼籍に入っている。小五の頃に餅を喉に詰まらせるというなんともありきたりな死に方をしてしまったからだ。


 それに伴って祖父の遺品が沢山あった土蔵の中の物は片付けられたと聞いている。多分剣も質に入れられるだろうから、現在の所在は不明だ。

 勇気を出してきちんと本人に聞いていればどれほど良かっただろうか。過去の俺を恨んでおくこととする。


「ま、気にしたところでじいちゃんが帰ってくるわけでもないし、自分なりに調べてみっか。聖癖剣」


 家事周りを全て終わらせ、俺はパソコンで情報を集めることに。

 謎のワード“聖癖剣”。膨大なデータが詰まっているインターネットならば、きっと何かしらの情報が得られるに違いない。そう思って検索をかけてみるが……。



〈“せいへきけん”に一致する情報は見つかりませんでした〉



「……? マジか。じゃあ、“かっしょくけんのこぎり”……も駄目か」


 しかし、求めていた情報は何も得られないままに終わってしまう。引っかかった検索結果を覗いても、知らない人の創作物止まり。

 思いつくワードを全て入力したが、それでも求める結果は欠片も集められなかった。


 SNSも使って調べを進めてみる。とりあえず『せいへきけん、って何? 知ってる人がいたら教えて #拡散希望 #情報求む』と打つ。


 一瞬この内容を呟いてもいいものなのかとも思ったが、フォロワーがたった数十人の俺のアカウントでは情報が来るなど望み薄。何もしないよりかはマシかと思って構わず送信する。

 うん、これで今の俺に出来ることは全部やった。いい結果を待つとしよう。


「もしかして情報規制とかされてんのかな。空間だってねじ曲げれるんだから、インターネットも操作出来る能力もあるかもしれない。もし本当だったらマジでヤバい存在だな、聖癖剣」


 あの力を目の当たりにしてしまえば、憶測に過ぎないとはいえ誰だって疑わざるを得ないだろうな。最初は疑心しかなかった俺も、こうして検索失敗した理由を聖癖剣のせいだと考えてるくらいだし。


 名前の馬鹿馬鹿しさからは考えつかないほど、本当に──本当に不可思議な物だ。

 この世に存在していいものなのかも分からない。性癖と異能力を兼ね備えた超常の剣、聖癖剣。


 それを俺が持っているなど、俺自身が一番信じられないでいる。

 新たに知り得た未知への怖さもある。これ以上関わりを深めるのは危ないと、もう一人の俺も言っている。だが、それ以上に数年ぶりかも分からない好奇心が聖癖剣という存在に対し沸き立っているのもまた事実。


「明日も、あそこにいるかな」


 いつしか俺は、閃理とメルにもう一度会いたいと思うようになっていた。

 べ、別にあの二人の目的に協力するためなんかじゃないんだからねっ、なんてツンデレのフリをしつつ、この好奇心を発散させるための手だてを考え始めていた。

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