第四癖『現れる、闇よりの使者』

 あれから数日。俺はもう一度あの二人組とコンタクトを取ろうと例の駐車場に何度も足を運んでいるが、あの不思議な車はあれ以降いつ来ても見当たらなかった。


 まぁ、いつまでも同じ場所に置いておけば警察のお世話にもなりかねないだろうから、転々と移動していたとしてもおかしくはない。

 しかし、俺が思いつく限りの駐車可能な場所にも行ってるが、それでも見つからない。うーん、まさか俺のことは諦めて帰ったのだろうか?


 それならそれで、これ以上の面倒事には巻き込まれずには済むだろうが、今度は逆に俺があの人らに対する悩みを抱え込んだままになる。

 本当どこに行ってしまったんだか。気になって日頃の勉強にも集中できやしない。元々あんまりしてないけどさ。


「今日も駄目そうだな。仕方ない、もう帰るか」


 本日も収穫は無し。無いと分かればさっさと家に帰って食事や風呂の支度をしよう。家事を怠らない俺、偉い。勉強? 知らん。

 そうやって心の中で自分を労りながら帰路についていると、あることにふと気付かされた。


 妙に人気を感じない。ここは駅前近くの駐車場、良くも悪くも人通りはある方で、今の時間なら俺と同じように遠くの学校や会社から電車で帰ってくる人で通りの付近は騒がしくなっているはず。


 でも、何故か今の俺の周りには人の声は勿論、カラスの鳴き声や犬の遠吠えも聞こえない──まるで俺だけがこの世界に取り残されたかのような、異様な静けさがあった。


「……声とかが聞こえなくなると、見慣れた場所でも不気味に感じるんだな」


 新たな発見だよ、ほんと。知れても嬉しくない話ではあるのだが。

 身体を刺してくるような不吉な予兆を気にしつつ、改めて帰宅までのルートを辿り直す。


 寒さも増すこの時期なら人気はほとんど失せる住宅地近くの公園側の道路。ここを通れば俺の家はもうすぐだ。帰宅までの一歩を踏み込んだ瞬間のこと。

 ブン……ッ、と世界が真っ暗闇に染まった。いきなりのことに俺は一瞬反応が遅れてしまう。


「……ッ!? なんだ、これ。なんでいきなり暗く……?」


 本当に唐突な出来事でわけが分からなかったが、すぐに理解出来たこともある。

 それは不注意で開きっぱなしのマンホールに落ちたとか、普通に夜になったとかではない、による意図的な事象だということだ。


 こんなことを一瞬で発生させる技術はこの世には無いはず。でも、それを可能であろうモノは確かに存在している。そう、それは──


「まさか、の力か……!?」


「ふふ、ご名答だなァ。やっぱり名前くらいは知っているかァ。なら、俺のことが分かってない内に、とっとと目的を果たして帰るとするかなァ」


 今、確かに俺の声に反応する者の声が聞こえた。しかし、周りは真っ暗なままで何も見えない。

 まさか閃理か? いや、でも声は明らかに違う。俺の知らない別の仲間なのかもしれないが、発言にも違和感を覚える。


 この暗闇を展開したと思われる奴は、俺が聖癖剣の存在を知っていると気付いていた様だ。いや、実際に多少ながら教えてもらってるし、全く知らないわけではない。


 しかし、それはここ数日の話。ほんの少し前までは名前はおろか存在すら知らなかったのだ。だから閃理とメル以外に俺が聖癖剣を知っている人物だと分かる奴は存在しないはず……。

 が、ここで俺はもう一つの注意事項を思い出す。それは閃理の言葉。


『変に口外すると我々にとってのが来るかもしれない──』、と。



「誰かは知らないけど、もしかして敵ってやつか! どこでぼそぼそ喋ってんだ!」


「なっ、お前俺のことを知覚わかるのかァ!? それは予想外だったなァ。うーん、殺すのは面倒になるからあんまりやりたくないんだけど、仕方ないかァ」


「ころっ……!?」


 やべ、いきなり墓穴掘ったか!? 姿の見えないねっとりとした声の敵は俺を殺そうと考えてるんですけど!?


 どどどどど、どうしよう。やっぱりもう少し丁寧に話しかけるべきだったか? 相手も何か目的を持って俺と接触してきたみたいな感じだし、ここは穏便に事を済ませたいところ。


「な、何者かは知らないけど、俺は聖癖剣の存在を知ってるだけで実物は持ってないぞ! 本当だぞ!」


「聖癖剣を持ってないィ~~? 嘘をつくにしてももう少しマシな嘘をつけないのかァ。ならなんでお前は聖癖剣の存在を知っているんだァ?」


「それは……」


 えっと、ここは言うべきだろうか? 俺が閃理と出会って、それで色々と教えてもらったことを。相手も俺より剣のことを知ってるっぽいし、口に出しても問題はないとは思うのだが。


 一瞬口ごもるが、迷ってる暇はない。恐らく相手も閃理と同じで剣の回収が狙いなんだろう。ここで殺されるか、見逃されるかは選択次第だ。


「お、俺が何で知ってるかなんてどうだっていいだろ。あんたの目的っていうのは、俺が持ってると勘違いしてる聖癖剣じゃないのか? 大方それを奪いに来た……そんな感じだろ」


「ふぅん、察しが良くていいなァ。そう、俺の目的はお前の剣。大人しく渡せば命までは奪わないのを約束するぞォ?」


「だから、無い物は無いんだって。仮に俺が聖癖剣を持っているとしても、こんなスポーツバッグには入らないだろ? 見て分からないのか」


 やはり俺が剣を持っていると勘違いして迫って来たようだ。その情報を知った経路はともかく、本当に持ってないんだけどなぁ。

 相手は穏便に済ませたい様だが、実物が無い以上はこれ以上の進展は望めないだろう。残された道はただ一つ──


「そんなのは言い訳にならないなァ。早く渡さないとォ……こうだぞォ!」


「……っ!?」


 ヒュウと風のような余波を肌が感じ取った瞬間、俺の身体……正確には制服のブレザーとスポーツバッグの肩掛け部分がいきなり切断された。

 分かる。これは本気ではない牽制攻撃。次は俺を切るつもりだ……!


「これが最後の忠告だァ。お前の持っている聖癖剣を寄越せェ……!」


 これが死を感じるというやつなんだろう。見えないどこかにいる敵から敵意を向けられ、さらには一度攻撃を受けている。聖癖剣どころか武力の一つも会得してない無力な俺は、何も出来ない。


 今、俺は心の底からぞっとしている。死が本当に目の前にある。恐怖で口が動かず、受け答えも出来ない。

 どうする……? どうすればこの状況から抜け出すことが出来る? 力が、聖癖剣があればどうにか出来たのだろうか。……いや、あったとしても切り抜けられるだろうか?


「……それでも拒むかァ。本当に馬鹿な奴だよ、お前ェ」


 感じる。剣が振られ、衝撃波のようなものが俺に向かって飛んでくるのを。



 目には見えない凶刃の衝撃波。それに当たればただの切り傷では済まないはず。



 まずい。やばい。頭では分かっていても、身体は回避を実行に移せない。



 ────駄目だ。やっぱり俺はあの時から変わってしまったまま、今この瞬間も無力で何も成せない人間になってしまってたんだな。



 でも不思議だ。こんな状況なのに、背筋が凍り付くどころか身体が火照っている。心臓の高鳴りが恐怖だけによるものではないと分かる。



 それにしてもこの感覚──本当に俺が感じているものなのか? それとも、別のか────



「やられるッ……!?」



 迫り来る衝撃波の予感。俺は咄嗟にガードの姿勢を取る。無駄な行為だと分かっていても、これが今出来る最大の行動だ。

 そしてバァンと大きな音が鳴り響く。それから何秒経ったかは分からないが、どれほど経っても一向に痛みは襲って来なかった。


 なんでだ? 確かに周りは何も見えないが、それでも制服やバッグが攻撃されたことに気付けるくらいの感覚はある。

 一体何が……そう思っていたら、その声が耳に届く。


「大丈夫か、焔衣」

「ん、やっぱり絡まれてタ。でも間に合って良かっタ」


「その声、閃理さんとメルさん……!?」


 まだ聞き慣れてはいないが、それでもどこか安心感を覚える声が俺の名を呼んだ。少なくとも今、この状況下では一番信頼出来る者たちが俺を助けてくれたようだ。


 まぁ、何も見えてないことに変わりはないけど。てか、何で名前を知ってるんだろうか……という疑問は一旦飲み込んでおく。


「な、なんだァ……!? お前らは何者だァ?」


「お前、ずいぶんとねっとりとした口調だな。……ふむ、その剣は【眼隠剣遮霧めかくれけんさえぎり】か。“闇の聖癖剣使い”に奪われたとは耳に挟んではいたが、ここで見つけられるとはな」

「閃理。あいつ、倒ス?」

「もちろんだ。“闇の聖癖剣使い”の剣士よ、“光の聖癖剣協会”からの使者である我々がお前の聖癖剣を回収する。覚悟しろ」


 闇の聖癖剣使い……それが今の敵が所属する組織で、そして光の聖癖剣協会ってのが閃理らの組織を指しているのか。

 地面を蹴ったような音がすると、今度は鉄と鉄がぶつかり合うような音が聞こえる。多分閃理かメルのどちらかが敵に向かっていったんだろう。



【聖癖暴露・雌童剣理明メスガキけんわからせ! 聖なる光で全てを理解わからせよ!】



 すると、俺の真っ暗だった視界に強く暖かな光が差し込み、明るさを取り戻した。どうやらこの暗闇は異空間などではなく、敵の持つ剣の名前通り目隠しされてただけのようだ。

 目の前には閃理と……何かすごい見た目をした剣がある。


 柄から刀身の根本部分にかけて女性を象った彫刻のような装飾が巻き付いていて、ある意味異形とも言える剣。これが閃理の聖癖剣なのか?

 色々気になることはあるが、とにかく危機を脱することは出来たようだ。


「た、助かった……。ありがとうございます」

「無事で何より。理明わからせがお前が襲われていることを教えてくれたんだ。礼はこいつに言ってくれ」

「わ、わからせ……?」


 わからせなんて急に何を? いや、助けてくれたし文句は言わないけど……やっぱりちょっと何言ってるか分かんないです。


「とにかく話は後だ。俺から離れるなよ! メル、今サポートしてやる!」



【聖癖開示・『メスガキ』! 煌めく聖癖!】



 また先ほどののような音が聞こえると、閃理の剣からうっすらと人の形をした光が出現。それが向こうで戦っているメルの身体に憑依して消えた。てかメスガキって……。


 しかし今のは何だ? まさか幽霊ではあるまい。いくら不思議な存在である聖癖剣とはいえ、霊を召喚するなど考えられ……なくもないのが怖いところだ。


 見守る先ではメルが敵の剣士と戦いを繰り広げている。あの巨大なチェンソー剣を軽々と振り回し、戦況は優勢で勝負を進めていた。


「この女、強いィ……。まるで俺の動きが分かってるみたいに攻撃が当たらないィ!」

「実際分かル。あなた所謂雑魚。閃理の手助けもいらないくらイ。メルの敵じゃなイ」

「な、なんだとォ!?」


 敵の剣士はこうして見ると、やや小太りな体型とマッシュルームヘアーで両目を隠しているという、なんかでかいキノコみたいな容姿だ。それが劣勢とはいえ機敏に動いているのだからより驚きである。


 しかしながらメル、めちゃくちゃに強い。相手が必死になって攻撃を仕掛けてきても、余裕を見せつつ対処して無力化している。

 嘘か本当かは定かではないが、敵を雑魚認定して挑発するほどにだ。


「駄目。やっぱり弱イ。もうつまんないから終わらせル」

「ふ、ふざけるなああァ! あのお方から賜った聖癖剣が負けるはずが無いんだああァ!」


 渾身の一閃も軽くいなされ、敵の剣士は汗と涎をまき散らしながらメルに馬鹿にされてることに怒り散らしている。かなりみっともないが、きっとそれほど悔しいのだろう。

 そして敵の剣士は懐からある物を取り出し、それを剣のエンブレムが刻まれた部分に翳した。あれは一体何だ……?



【悪癖リード・『耳舐め』『目隠れ』! 悪癖二種! 悪癖縫合撃!】



「くらえェ! 不可視無音切ふかしむおんぎりィ!」


 またなんか変な音が鳴った!? メスガキの次は耳舐めと目隠れ!?

 全然わけが分からないが、それでもこれが奴の必殺技的なものだと分かる。


 眼隠剣めかくれけんと閃理が呼んだ聖癖剣から放たれる衝撃波。確かに音も聞こえなければ眼にも見えない読んで字の如くな技だ。

 視覚と聴覚で感じ取れないそれは、タイミングを見誤ればダメージを食ってしまう一撃に違いない。


 だがメルは気にせず、そして何も言わず袖に付いていた缶バッジのような何かを相手と同じように褐蝕剣廻鋸のエンブレムに複数翳した。



【聖癖リード・『スク水』『ギザ歯』『褐色』! 聖癖三種! 聖癖融合撃!】



「弱いのは剣じゃなく、あなた自身。Senseセンスも、Skill技術も、Personality性格も、スカスカ。メルと勝負する資格、無イ」


 その瞬間、メルの身体はいきなり一閃された──かと思えばそのまま元の形に回復。何事も無かったかのように平然としている。

 どういうことだ? 今、確かに敵の攻撃が当たったよな? 傷が付いたどころかダメージを受けたようにも見えない。何が起きた……?


 さらに驚愕の展開は続く。メルはその場で軽くジャンプをすると、そのままコンクリートの地面へ沈み込んでしまう。

 まるで水の中に飛び込んだように──そう、さっきの攻撃を受けた時も、水の塊に衝撃波をぶつけたようにも思える。


「地面の中に潜ったァ!? ど、どこに──」


 敵も困惑しか反応を示せていない。そりゃそうだ。敵だって訳が分からないんだから、俺なんかが欠片の一片も分かるはずもない。

 ただ一つだけ、敵が分からず俺が理解出来たことがある。──それはこの勝負、メルの勝ちだということだ。


 コンクリートの地面から背鰭のような何かが出現。まるで魚……いや、巨大なサメが泳いで迫り、そして本当にサメの形状をしたオーラを纏ったメルが敵の剣士へと飛びかかった。


 剣先にはエネルギーの塊がサメの大顎を模しており、それを駆使することで噛みつくという攻撃アクションを行使。そして剣士はそのまま電撃を食らって声にならない絶叫を上げ、最後に遠くへ投げ飛ばされた。


「Thunder shark punis霆鮫の断罪her!!」


 木に叩きつけられ、衣服の一部が黒く焦げてボロ切れみたいになったその姿。敵ながら凄惨な目に遭ったなぁ。えげつねぇ、としか言いようのない光景である。


「これでFinishとどめ。メルの勝チ」


 町中で唐突に始まった聖癖剣士同士の戦い。それは予想通りメルの勝利に終わる。

 もう色々突っ込みたいところとか、知りたいことは山ほどあるが、それでも何とか危機を脱することが出来て一安心しておく。


「えっと……、あの人大丈夫かな……?」

「ああ。気絶してるだけだ。メルはちゃんと加減出来るからな」

「ぴーすぴース」


 あの攻撃を食らった敵のことをつい心配してしまったが、どうやら生きてはいるらしい。

 ほんとぉ? とも思いたくなるが、未遂とはいえ仮にも俺を殺そうとした奴だし、これ以上は気にしないでおく。


 それにしても敵……もとい、闇の聖癖剣士が本当に襲ってくるとは。何か所在がバレるようなことしたかなぁ?


「SNSで聖癖剣に関するつぶやきをしただろう。何故いきなり約束を破るんだ」

「あっ……」

「お馬鹿」


 原因はあっさり解明されてしまった。そういえば何日か前に──具体的には前回辺りにそう呟いた記憶が。


 いや、まさかあんな平仮名で打ったフォロワー百人未満のアカウントの投稿に反応するとは思わないじゃん? 結局なんの情報も得られなかったし。敵勢力の情報収集能力怖い。あとできちんと消しておきます……。


「ともかく、一旦戻るぞ。君も一緒に来い」

「は、はいぃ」

「……と思ったが、まだ戦いは終わってなさそうだ。メル、構えろ」


 えっ……なんて思った次の瞬間。

 ──ドカァン! と爆発かと思ってしまうくらいの大きな音が直ぐ隣の公園から鳴った。これ近所迷惑だろと思うのも束の間、公園内に舞う砂埃の中から誰かが現れる。


「あらあら、心配で来てみれば案の定ですこと。これだから弱い部下に剣を与えるのも考え物ね」


「こ、今度は誰……?」

「ああ、簡単に言うと敵の幹部だな」


 すぐそこでうなだれるキノコ頭の剣士を見て、やれやれと肩を竦めるのは毒々しいピンクのメッシュが入れられた特徴的な黒い長髪と、何だかお高そうなドレスを身に纏っている女性。


 女優かってくらいの美人だが、閃理の一言説明とその腰に提げるレイピア型の聖癖剣を見てすぐに味方の類いでないことを察した。


「ご機嫌よう、閃理さん。こうして面と向かってお話するのは半年ぶりですわね」


「ああ。俺はなるべく出会いたくはなかったがな」


「あら、奇遇ですわね。私も同じ事を考えていましたの。私たち、やっぱり気が合ってしまいますね。なんと申しましょうか、とても残念ですわ」


 閃理と知り合いなのか、嫌みっぽく会話をしてくる女性剣士。

 メルでさえ警戒を強めて剣を構えてるなどしており、さっきのキノコ頭の剣士では見せなかった怖いくらいの表情を浮かべている。


 闇の聖癖剣士を倒したと思ったら、いきなり乱入してきた幹部級剣士。

 一体何者か──などとはもはや思うまい。かなりの強敵だというのは火を見るよりも明らかだ。

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