第五癖『闇の刺客、毒百合の剣士』
「ところで、この辺りに聖癖剣の存在を知る一般人がいると聞いて来てみたのですが……そちらの少年がその人物でお間違いありませんか?」
皮肉めいた会話を終えて早々、あの敵幹部の女性が俺のことを話題に出してきた。どうやら
キノコ頭の剣士の襲撃で俺はもう一生分の危機感を必要過多気味に味わったよ。頼むからこれ以上俺に関わらないでくれ……。
「どうだろうな。そんなことより早く帰ったらどうだ。お前とてこんな市街地のど真ん中で騒ぎ立てるようなことをするつもりはないのだろう」
「ご名答ですわ。流石は“光の聖癖剣士”。私が敵でも
あの女性幹部、同性愛者なのか。いや知っても嬉しくないし不必要な情報でしかないけど。
しかし、後始末が目的とはどういうことだ? メルが警戒するってことは相当強い人物で、キノコ頭の剣士と同じように俺を狙って来たのならこの場で拉致も不可能ではないはず。
もしかして閃理の存在が大きいのだろうか。幹部級の剣士を前にしても態度を崩さないどころか余裕すらも感じさせるくらいだし、そう易々と行動に移せる相手ではないのかもしれない。
「キノコ頭ちゃん。生きてるかしら?」
「うゥっ……」
「残念、生きてるようですわね。敵に情けを掛けられるなんてみっともない。行く前に見せたあのやる気はどこに行ったのかしら?」
女幹部はキノコ頭の剣士のところへ行くと、足先で身体を踏むようにつついて生存を確かめる。
手加減はしたとはいえそれでも軽い怪我ではないはず。ちょっと痛そうだが、人によってはご褒美っぽそうだという考えは飲み込んでおく。
「負けたのは仕方ありません。だってあなた、才能も無い上に弱いんですもの。約束通り今日を以て聖癖剣士を辞めてもらいます。己を恨み、そして嘆きなさい」
【
すると傍らに提げていた聖癖剣を手に持つ。レイピアの形状を象るそれは、百合の花をイメージした美しい装飾と持ち主の髪色と同じ毒々しいピンク色の細い刀身を光らせている。
一体何をするつもりだ? 剣士を辞めてもらうとは言ってたけど、それってまさか……!?
嫌な予感がする。止めなくてもいいのだろうか?
【悪癖暴露・
「ぐっ、……あああ、あああああッ──!?」
予感は的中。女幹部は仲間であるはずの剣士に思いっきり剣を突き立てやがった!
ビシャっと血が吹き出したのも構わず、まるで注射器のように刀身の輝きを剣士の身体に注入。そして雑に剣を引き抜いた。
何かを体内に入れられたキノコ頭の剣士は痛々しいまでの叫びを上げ、ついには操る糸を切られた人形のように力なく倒れる。
もしかして……仮にも仲間の剣士を、こ、殺した……のか?
「これで後始末は完了です。もうこの方に用事はありません。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ──もっとも、聖癖剣は回収させてもらいますが」
「……っ、あんた! そいつはあんたの仲間じゃないのか? なんで殺した!?」
気付くと俺はあの女幹部に向かって叫んでいた。我ながら恐れ知らずな行為だったとは思うが、あの光景を見て黙ってなどいられなかった。
相手も動かなくなった剣士から聖癖剣を回収し、そして叫んだ俺の方をもう一度振り向く。
「あら、なんてお優しい方でしょう。襲ってきた相手の生死を気にし、心配するなんて。ご両親の育て方がお上手なのがよく分かりますわ」
「そっ、そんなつもりで言ったわけじゃねぇ。目の前で人が死ぬのを見せつけられたのがムカついただけだ。ヤなもん見せやがって!」
つい反射的に言い返してしまった。まぁ、心配はともかく言ったことは事実ではあるし、腹が立ったのも本当だ。俺はツンデレじゃない……と思う。
「しかし、我々にとって彼は元より不必要な存在なのです。無能の働き者でしかなかった彼は組織に居場所を設けることは出来ませんので。そんな無能や裏切り者を始末するのが私の仕事の一つ──。
申し遅れました。私は“毒の聖癖剣士”にして
毒の剣士……トキシーと丁寧に名乗った女性は、俺に向かって綺麗な作法で会釈する。
これほどまでの美人を前にして、こんなに嬉しく思わないのは初めての体験である。勿論これ以上関わってはこない……よな?
「それともう一つ。我々
【悪癖リード・『バニー』『目隠れ』! 悪癖二種! 悪癖縫合撃!】
最後に俺に対する警告を言い終えると、案の定この人も持ってた謎のバッジをそのまま聖癖剣にスキャン。
人どころかこの世のあらゆる
もしかして帰った? 仇として一撃入れるわけでもなく、ただ仲間だった剣士を始末して剣だけ持って帰っただけ?
あんな美人でも判断がやけに冷静というか、とても冷酷だ。あれが闇の聖癖剣使いの幹部……。
「ひとまずは安心出来る状況にはなったな。メル、あの剣士を」
「うン。運んでおク」
「あ……。お、俺も手伝う……」
閃理がこれ以上の危険は無いと安全を保証したっぽいので、キノコ頭の剣士を誰かに見られないよう移動させようとする。
色々と整理がつかない上に人死を目の前で見せつけられてしまったことへのショックであんまり何も考えられないが、それでもただ黙って棒立ちする気にもなれなかった俺は、運搬の手伝いを志願。
本当に人形かってくらいぴくりとも動かない元敵を近くに停めてあった車の中へと運び入れる。あと小太り体型なだけあって重かった。今言っても遅いだろうが、もっと痩せておいてくれ。
†
「一応は処置を施しておいた。毒もじきに抜けて意識は取り戻すだろう」
「あ、死んでなかったんだ。組織からの粛正みたいなのかと思ってたから、剣の能力で毒殺されたのかと」
「今の時代、人を簡単に殺せなイ。あの剣士、時代に助けられタ。昔だったら、間違いなく殺されてタ」
とある一室に運び入れ終え、一人残ってた閃理が帰ってくる。どうやらそれは毒の効力を和らげる処置をしていたらしい。そういうのも出来るんですねぇ。
しかもまだ死んではなかったみたい。まぁそうだよな、死体なんて今の時代じゃ見つかったら即事件になるわけだし。
敵もそれを考えなかったりは流石にしないか。早とちりしてたわ、俺。
それにしても敵は俺に色んなことを教えてあっさりと立ち去ってしまった。たくさん有りすぎていまいち覚え切れていない。
一つ、はっきり分かるのは、俺はどうやら聖癖剣の戦いに巻き込まれてしまった──ということだ。
「……すまない。俺たちがいながら一瞬でも君を危険な目に遭わせてしまった。これは剣士としてあるまじき失態だ」
「いえ、そっちが謝ることはないですって。結局助けには間に合ったわけだし、それにこれは俺が約束を破ったのが原因だから俺のせいです。俺の方こそすみませんでした……」
一通りのやるべきことが済むや否や、閃理は俺に向かって深々と頭を下げてきた。
どうやらこの件について責任を感じている模様。しかし、引き金となったのは俺が軽率にしてしまったSNSでの呟きなので、この人が謝る理由はない。自業自得が招いた結末だ。
「もはやこうなってしまった以上、覚悟を決めなければならない。君に残された道は二つ。剣をこちらに渡すか、剣を取って奴らと戦うかだ」
「それ……必ずどっちかを選ばなきゃいけないんですか?」
この問いかけに閃理は無言で頷く。どうやら逃れられない運命とやらが来てしまったみたいだ。
正直なところ怖いというのが素直な気持ちだ。いきなり襲われ、何とかなったかと思えば幹部級の敵が来て、襲ってきた奴を目の前で始末。さらに敵はまた来ると宣告もされた。これで冷静でいられる奴は余程の者だろう。
どちらも選びたくない……いや、選べなかった。剣を持たない俺が渡せる物も、戦える物もありはしない。
「今一度訊くが、本当に覚えはないのか? 剣に認められているということは、少なくとも過去に一度は剣に触れているはず」
「えっと、夢のことなんで言おうか迷ってたんですけど、実は昔……」
俺は閃理にあの夢の話をすることにした。元々それを話すために探してたわけだし、丁度良いタイミングだ。
かくかくしかじか──と、俺なりに分かりやすく夢の内容を説明。メルも横で話を聞いて、うーんと唸ってる。
「……ふむ。それは本当に夢なのか? 俺はそう思わんが」
「メルも
「えぇ……。でも十年くらい前の話だし、そもそもじいちゃんが死んでから蔵の中の物は片付けたって言ってたし、今はもうないかもしれないんですよ?」
話をあらかた聞き終えた二人は、その剣を聖癖剣だと睨んでいるらしい。
半分ノンフィクションではあるが、クライマックス部分は夢そのもの。長いこと夢の中の話だと思ってるから、正直な話俺はそれがあんまり聖癖剣だと信じられなかった。
「次の休みの日に祖父家へ行くことは出来ないのか?」
「今は親戚が代わりに住んでるけど、もう五年も行ってない上にいきなり行くったって迷惑になるだけですって。おまけに県外だし……」
うん。少なくとも今の俺には難しい話だ。
ただでさえ敵の標的にされている上に、現在の家主である親戚の許可も必要。そして何より行ったところで剣があるとも限らないからだ。
「弱ったな。所有者本人も所在を知らないとなると俺の聖癖剣の力でも発見は不可能だ。せめてどこに持って行ったかが分かれば良いんだが……」
「流石に俺もそこまでは分かんないよ……?」
ちらっと期待された目を向けられたが、遺品の件は俺が学校にいる合間に片付けたそうなのでどこに捨てたかとか、どこに売ったかなどは当然知らされていない。
閃理の聖癖剣の能力がどんなものなのかはさておき、俺の聖癖剣の所在は未だ不明で見当すらもつかない状態。
このままではいけないのは明白だ。一ヶ月以内に聖癖剣を見つけださなければ、来る日に俺がどうなってしまうかも分からない。
どこにあるんだ、俺の聖癖剣。親戚に頼んで見つけてもらおうか? でも普通に考えて聖癖剣を知らない一般人に剣を探させて持ってこい、なんて無理な話だ。そもそも銃刀法違反だし。
「ううむ、仕方あるまい。焔衣、君は親戚に土蔵の中を調べさせてもらえるよう連絡を取ってくれ。俺たちはしばらく敵を警戒して常に近くにいることにする。もし、何かあったらここに連絡を頼む」
「う、うん……。あ、そういえば何で俺の名前知ってるんですか? 俺、言ってましたっけ?」
「すまん。その件だが俺の聖癖剣の能力で君のことを少し調べさせてもらった。プライベートな部分までは調べてないから安心してくれ」
「えっ、ええええっ!? 何やってんのあんた!?」
えっ、何? 聖癖剣って人の個人情報まで知れるの? 怖すぎる……。そりゃ悪用を防ぐために回収なんて作業もするわな。
というか何ちゃっかりそんな危なっかしい能力を使ってんだこの人は。プライベートな部分はノータッチだから許せ? アホか!
なんかもう気分がより最悪になった感じがする。まさか人の個人情報を知れる能力の聖癖剣があるとは思いもしなかったわ……。
でもまぁ命の恩人なわけだし多少の失礼は許そう。しばらくの間ボディーガードもしてくれるそうなので、色々と自分のことを教える手間が省けたと思っておこう。うん。
そんなわけで俺はここで聖癖剣協会の二人と別れる。今日も親が帰ってくる以上、寝泊まりは出来ないから致し方のない選択だ。
やらなければならないことは山ほどある。そのどれもが俺の命を守るための大事な
闇の聖癖剣協会……あんたらに俺の聖癖剣は渡さない。勿論俺の命だってくれてやるつもりもない。
どっちも守りきってみせる。ただの高校生、舐めるなよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます