第六癖『光導く、童女の囁き』
あれからまたさらに数日──。うん、ここ最近は実に平和だ。普通に今まで通りの生活を送れている。
あれ以降闇からの使者は来ていない。このまま忘れてくれていればどれほど嬉しいか……それは流石にないか。
「それでは、テストを開始します。私語は慎むように。では、始め」
始業のチャイムが鳴ると、先生がテスト開始の合図をした。
はい、始まってしまいました二学期期末テスト。俺にとって……否、学業を普段から疎かにする者にとっては地獄のような日々だ。
みんな頑張って進路や進学を目的に勉強してる中で、俺は唯一別ベクトルの頑張りのせいで勉強がほとんど出来ていない。ああ、これも全部闇の聖癖剣使いって奴らの仕業なんだ。
あの後、俺は親戚にアポを取ろうとして家に来るよりも勉強を頑張りなさいって叱られたり、父親に祖父の遺品を出した場所などを聞いたりして覚えてないって言われたりと、ダメダメな結果ばかりが続いている。
それでもって敵の脅威に警戒しながらの日々。閃理らが見守っているとはいえ不安が拭いきれないでいるのが現状だ。
いい加減早いとこ楽になりたいところ。いかんいかん、まずはテストに集中だな。
クラスメイトらが紙に鉛筆を走らせたり、次のページをめくる音を鳴らしながらどんどんと進めていく中で、俺はというと──
“(χ+2)²”を展開せよォ~~~~? 展開ってどうやるんだったっけ?
頭が真っ白になっていた。ああ、もういきなりお手上げですよ。
一時限目は俺の苦手な教科筆頭の数学。現状ほとんどが白紙の状態で、このままでは色々とまずいことになる。
数学は三年間のテストで幾度となく落としてきた教科だ。追試だってテストの数だけ受けてきたが、それでも評価は微妙以下をキープし続けている。
うーん、高校三年という大事な時期で落とすのは流石にアレだが、今の俺には秘策ってモノがある。時が来るのを今か今かと待ちわびておこう。
【──きゃはは】
【──ふふふ】
……ん? 今誰か笑ったか? いや、そんなわけないか。監督役の先生は教卓で黙って時間が来るのを待っている。そんな中で笑うなどという命知らずなことを出来る生徒はここにいるまい。
じゃあ今の笑い声は一体…………なんてな。残念、この声の正体を俺はすでに知っている。
どうやら約束通り閃理が助け船を出したみたいだ。この少女らの声は、閃理の聖癖剣の能力による物。
テスト中だが気にせず思い出そう。時を遡ること一昨日くらい前──
†
俺は学校の帰りに暇つぶし程度に閃理らの所へ遊びに……もとい、情報を提供しに来ていた。
内容は勿論親戚の家の件について。テストが終わるまでは当分取りに行けないと伝えに来たのである。
「それは残念だ。ふむ、俺らが直接行ってもいいのだが、
「頭固い親戚。古くさい人、苦手」
さり気なく親戚をディスられたが、まぁそれについては俺自身も同意見なので何も言いはしない。
ともかく、今の俺は期末テストを乗り越えなければ旧祖父家の土蔵内を探索出来ないわけだ。くっ、面倒な条件付けやがって……!
「ところで、期末テストだが勉強はしなくてもいいのか?」
「うっ……! い、いやぁ。だって俺、勉強苦手だし……多分今からしても間に合わないと思って……」
そう、勉強が不得意な俺にとって期末テストは地獄そのものだ。比較的得意と言える教科はともかく、苦手教科となるとお手上げである。
今からでも勉強しておけば多少はマシかもしれないが、結局は付け焼き刃に過ぎない。役に立たず終わるのは目に見えていた。
「それとなんですけど、実は追試になったら冬休み中にじいちゃん家に行くのは禁止って言われて……」
「なおさら何故勉強しないんだ。親戚の人たちは君のことを思ってそう言ったんだぞ。最低限卒業はしてもらいたいとな」
「分かってるけどさ……」
これには流石の閃理も厳しくなるな。うん、頭ではそれを理解してるけど、身体はそう簡単に受け入れてはくれないんだよ。
さて、どうしたものか。一応は一夜漬けくらいはするつもりではいるものの、期待は出来ない。何か手は無いのか……?
「閃理。
「
するとメル、とある提案をしてくる。何やら聖癖剣を使わせるみたいだが、それってどういうことだ……?
「
「問題を解決出来るってマジすか!? じゃ、じゃあ是非とも……いや、お願いします! この通り!」
どうやら剣士本人もそのことを
閃理の聖癖剣の力が、俺の危機を救ってくれると。
それが分かれば俺とて手段は選ばない。期末テストを少しでも何とか出来るならプライドを蹴っ飛ばして土下座も止む無し。全力全開で頼んでみることに。
俺は全身全霊を込めた五体投地を発動。誠意をこれでもかと見せつけてやる。
「……別に構わないが、手伝うのは最低限追試を回避出来る点数分までだからな。解ける問題は自分で解くんだぞ」
「マジすか!? うおお、ありがとう閃理さん! 救世主だ!」
やったぜ! これで追試はなんとかなる! マジで感謝します!
勿論これが不正同然のことであるのは自覚してはいる。あくまでも赤点を回避する分の最低限の手助けに限られるが、それでもこれほど心強いものはないだろう。
「焔衣。
「え、注意事項……?」
だが、喜ぶのも束の間、閃理から俺に何か伝えなければならないことがあるそう。てか不正って直に言うなよ……なんか罪悪感が出る。
聖癖剣を使う際の注意とは何か。それを知った上で、俺は当日のテストに臨むのだった──
†
閃理が所持する剣、
メスガキて……と最初も今も思ってるが、それは一度置いておく。二つある権能の内『天眼通』を今回は行使することになっている。
本人の受け売りだがこれを端的に言い表せば『知りたい物事をある程度知ることが出来る能力』、というのが表現として近い。もっと砕いて言えば『千里眼』のようなものだ。
閃理が時折
【──この程度の式も分かんないなんて笑えるぅ】
【──そこの答えは『(χ+2)²=χ²+2・χ・2²=χ²+4χ+4』だよ。こんなのも分かんないなんて、お兄さんださぁい】
…………マジかぁ。
あまりにもあんまりな事象に、俺は心の中で大きなため息をつく。
いやだってさ、話には聞いてたけど実際はこんなんだと普通思わないだろ。なにせ
そう、
万物を見通し、情報を剣士に与える力を持つ
小さな女の子の声が、小生意気で人をバカにするかのような言い方を──否、実際にバカにしてくるのだ。これが地味に
しかし、俺とて子供ではない。この程度で苛ついても仕方がないことは分かっている。冷静に考えよう、気にしたら負けだと。
【──左後ろの席の人、消しゴム落としてる。ださぁい】
【──教室出入り口側の席の人、鉛筆の芯を折っちゃったぁ。よわよわ~】
…………訂正。やっぱり駄目、無理。ごめんなさい、不正をしようとした俺が悪かったです。
ああ、もう逆に集中出来ない。きちんと式の答えも教えてくれるが、それと同じくらい不必要な情報まで仕入れて来やがる。それを踏まえて閃理はすごい人だよ、ほんと。
聞くところによると閃理本人は常にこういう状況らしい。見えないメスガキが常時小馬鹿にしてきながら情報を教え続けるという状況を、相当な精神力と忍耐力で我慢している。常人ならいつか発狂してしまうだろう。
【──そこの答えは『A』の選択肢だよぉ。そんな簡単な問題も
「…………くっ」
楽をしようとした代償はそれなりに大きかったみたいだ。俺自身の煽り耐性が思いの外低かったのも新たな発見である。
これが今日だけであと四教科分あると考えると、まさしく地獄のような数日間を過ごすことになるだろう。
大丈夫、闇の聖癖剣使いに襲われるよりかは遙かにマシだ!
お願い、耐えろ俺! 今ここでテストを乗り越えられれば、俺は自分の聖癖剣にたどり着ける──かもしれない──んだから!
【──次回、『焔衣追試』。聖癖スタンバイ!】
スタンバイ! ……じゃねぇよ! 人が気紛れに考えてるフリに乗っからんでいいわ!
メスガキがよ……って、ん? 天眼通の能力が言ったってことは、もしかして俺、本当に追試になるのか?
なんかめちゃくちゃ不安になってきた。追試は回避出来るよな……?
いや、大丈夫だと信じたい。
†
そんなこんなで地獄に地獄を重ね合わせたような二学期期末テストは無事に終了を告げる。
俺はこの三日間、見えないメスガキに煽られながら答えを教えてもらううという屈辱的な不正の代償として少し精神を消耗した。
人を小馬鹿にしてくるわ、いらん情報を教えるわ、さらに不安にさせるようなことを言うわで大変だった。
ごめんなさい、もう二度と不正な利用に使おうとはしません。勘弁してつかぁさい。
「ご苦労だったな。ふふふ、まぁ常人にしては頑張った方だろう」
「常人て……」
やっぱり閃理も本当は無謀だと思っていたっぽい。そりゃそうだ、何故に常時からかわれなきゃならんのか。
俺は精神的にも肉体的にもMじゃねぇ。無理なモノは無理なのである。
ああ、でもこれで追試は回避。メスガキも俺から離れ、自由の身に……はまだ成れてないんだなこれが。
ともあれ難関を一つ突破したのは喜ぶべきことだ。今は素直に喜んでおこう。
「焔衣、テストお疲レ。これ飲メ」
メルも俺のテストが終わったことを祝ってジュースを投げ渡してきた。へへ、ありがたいことよ。何で炭酸を投げたのかは分からないが。ドジっ娘か?
案の定吹き出した中身に制服を濡らされながら、あたふたする様子を見て笑われた。確信犯じゃねぇか。ドジっ娘じゃなくてイタズラっ娘かよ。
「それでだ、テストはもう良いとして、親戚の家にはこれで行けるようにはなったんだな」
「まぁ、そうなるのかな? 取りあえずテストのことは報告して、本当に行けるかどうかを聞かなきゃならないけど……」
親戚は頭こそ固いが、別に厳しい人ではない。少なくともあっちから見て親戚である俺のことを、こうして心配してくれる程度には善良な人である。
ん……? でも待て。俺は良いとして、まさか閃理らも着いてくるわけではあるまいだろうな?
「一応言っておくが、土蔵内を調べる時は俺たちも同行するぞ」
「いやダメでしょ!? 俺は良くても親戚側からしたら不法侵入だよ!? いくらなんでもそれは許されないって」
やっぱりついて行こうとしてやがった。そういえばテスト前にも代わりに行ってやってもいいみたいなことも言ってたなぁ。
でもそれは流石に難しいだろうよ。何せ土蔵に入るための鍵の在処を俺は知らない以上、親戚に頼んで借りるしかない。
昔侵入するに使った窓も今の身体じゃきっと入らないだろうし。メルはともかく身長が180cm後半以上もある閃理ではまず絶望的だ。
「案ずるな。作戦は考えてある。メル」
「うン。焔衣、今からメルのこと、見てテ」
「え、あ、うん」
すると閃理。何やら妙案を思いついている模様。それをすでにメルには教えているっぽく、ここでそれを実演しようとしていた。
作戦……一体何だろう。いや、大体予想はついてるが。
メルは自身の聖癖剣を構えると、袖のバッジを剣に翳す。そういえばそのバッジみたいなのは何なのだろう。敵も使ってるみたいだったけど。
【聖癖リード・『目隠れ』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】
「すーっト」
「あ、消えた……。もしかしてこれって敵の能力?」
「ああ。これは【
へぇ~と素直に感心しておく。聖癖剣にはどうやら戦力を拡張出来る小物アイテムもあるらしい。
聖癖章と呼んだバッジ型のアイテム。なるほど、どうやらキノコ頭の剣士から強奪……もとい借りてきた物のようだ。
コレを使い、俺が土蔵を開けたら透明になって侵入する、という手立てか。結局不法侵入することに変わりはないのね……。
まぁ、俺にしたみたいに眠らせたりするのはもっとダメだろうし、他に正攻法が無さそうだから、これしかあるまい。
「ひとまず今日は帰って休め。結果も追試回避が確定したわけではないだろうし、ぬか喜びになったら虚しいぞ」
「何でそんな心配させるこというんですかね……」
剣が剣なら剣士も剣士かよ。まぁ確かに言うことは一理あるが。
うん、あとはお祈りタイムといわけだ。今回に限ったことではないが、なんかドキドキしてきたな。
旧祖父家の土蔵への道筋は、俺のテスト結果にかかっている。良い結果になることを願う。マジで。
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