第四十二癖『蝋のように柔く、蝋のように堅く』

「え、犯人が別の聖癖剣を!?」


 その報せを聞いたのは昼頃のことだ。

 さっきコンビニに行って買ってきた弁当を食べながら、閃理からの電話の続きに耳を傾ける。


「それでそいつは今どこに?」

『おそらくだがアパートの周辺に潜伏している可能性が高い。悪いが今日はそのまま俺たちの拠点に戻って来てくれ。定時には帰れるんだろう』


 何やら例の犯人は何の偶然か【眼隠剣遮霧めかくれけんさえぎり】を与えられているようだ。

 おまけに朝鳥さん暗殺のためにアパートで待ち伏せという手段に出ているらしい。わざわざ危険な場所に行く理由はないからそうさせてもらうが。


 会話もそこそこに閃理との通話を切る。しかし……これは厄介なことになったんじゃないか?

 覚醒めざめとはまた別の剣を得てしまった犯人。おまけに閃理らが手こずるほどに強化されているんだから、はたして俺が勝てるのだろうか……?


 なんだか帰りが怖くなってきたなぁ。……いいや、俺とて護衛を任された身だ。ビビってなんかいられねぇ。

 弁当を速攻でかき込み、それを緑茶で流し込むと気分を切り替えるように両頬を叩いて気合いを入れ直す。


「ぃよっし、やってやるってのよ! ぜってぇ負けねぇし!」


 多分だけど闇との決戦は近い。明日か──あるいは今日にでも起こるかもしれない。

 そうなったらどうする? いや、答えはすでに出ている。何としてでも勝ち、朝鳥さんの剣を取り戻す。それだけだ。


 そして、そこからさらに数時間を待つ。暇潰しにやってたゲームのせいでスマホの充電が20%を切ったところで朝鳥さんが会社から出てくるのを目撃した。


「朝鳥さん!」

「休憩中に窓から見てたけど、本当に近くで待ってたのね……。暇じゃなかった?」

「そりゃまぁ結構暇でしたけど──ってそんなこと言ってる場合じゃない。急にで悪いんですけど、今日は家に帰せません! 俺と一緒に来てください!」

「えっ──? きゅ、急にどうしたの!? そんなこと言われたって私たちまだ出会って何日も……」

「何言ってるんですか。今はそんな変なこと考えてる場合じゃないですよ!」


 すぐにでも閃理の教えてくれたことを伝えなければなるまい。朝鳥さんを引っ張って直ちに移動する。


 何か変な誤解をさせてしまったみたいだけど、勿論誤解させたようなことをする気はないため突っ込みを入れつつ訂正。

 歩いてる時間ももったいないからその間に連絡された内容を話す。


「さっき閃理から連絡が来て、どうやら朝鳥さんのアパート周辺に犯人が潜伏してるみたいです。そのまま家に帰すのは危険だから今日は俺たちの拠点で寝泊まりしてもらうんだそうです」

「あ、なんだそういう意味か……って、え゛ぇっ──!? 嘘でしょ? いや信じてないわけじゃないけど、それはちょっといきなり過ぎるって!?」


 当然オーバー気味に驚く朝鳥さん。そりゃ誰だって家の周りに自分の命を狙ってる奴が来るなんて思わないよな。

 おまけに相手は遮霧さえぎりを使ってるんだ。俺や閃理の権能を使えば認識阻害能力を看破するのは簡単だが、それよりもヤバいのは報復にある。


 奴はきっと覚醒めざめの報復と遮霧さえぎりの補助の両方を授けられている存在だ。まずフィジカル面が完璧ではない俺が真っ正面から適うとは思えない。


 閃理たちが一時撤退をしたくらいだ。遮霧さえぎりの能力もさることながら、その圧倒的フィジカルが最大の壁となっている。

 そんな奴に出会って、俺は最後まで朝鳥さんを守りきれるのだろうか────なんて、ついさっき振り切った考えを反芻するのはもう止めだ。


 もう迷わないって決めた以上、望む結末は勝利だけ。そもそもまだ出会ってすらないんだ。悲観するのは些か早すぎるな。



 とにかく最速で朝鳥さんを安全な場所に送り届けるのが最優先。急いで電車に乗って帰り、駅を出る。

 ちょっと離れた位置にある駐車場を見れば、そこには見慣れた車が停まっていた。周囲を警戒しつつ……何もないのを確認して急行する。


「閃理! 朝鳥さんを連れて来た!」

「ご苦労だった。さぁ、早くこっちへ」

「は、はいぃ……!」


 急いで中に入れると閃理が待ってくれていた。ぶっ飛ばされて壁に激突したらしいけど、見たところ平気そうだ。

 ともかくこれで俺の護衛任務は終わる。とは言っても一時的なものだけど、少しだけ安心してもいいかな。


「突然のことで本当にすまない。俺たちもなるべく早急に解決するつもりだ。今しばらく我慢してくれ」

「はい……。だ、大丈夫なんですよね? ここで待ってるだけで……」

「ああ。ここならまず闇の連中は入ってはこれない。食事も寝床も用意してあるから安心してくれ」


 不安がる朝鳥さんにここの安全を保障する閃理。

 何でもこの拠点、闇の剣士には干渉出来ないようになってるらしい。まぁ上位剣士級なら破れなくはないそうだけど──取りあえず今は無視出来る問題だから気にしないではおくけど。


「部屋はここを使うと良い。焔衣、今から敵を倒しに行くが良いか?」

「マジか。相手って相当強化されてんでしょ? 倒せる? っていうか閃理はまだ戦えないんでしょ?」

「確かに今の俺たちには不安要素は多すぎるくらいだ。だが、この機会を逃すわけにはいかない。全戦力をつぎ込んで犯人を止めるぞ」


 どうやらマジで決着を今から着けるみたい。そうなるだろうとは思ってたけど、本当にいきなりだな。

 でも勿論それにノーは無い。俺とメル、そして閃理の三人なら絶対に勝てるはず。そう信じてるからな。


「焔衣くんたちは今から行くんですか?」

「どうやらそうみたいです。でも安心してください、絶対剣を取り返してみせるので」

「そ、そっか……。気を付けてね? 応援してるから……」


 ん……? なんだその間は。何か後ろめたいことでもあるのだろうか。

 でもまぁ……自分の剣を他人に取り返してもらうってことだから、厚かましいとでも思ってるのだろう。日本人としてそう考えてしまうのも止む無しだ。


 とにかく──やるぞ! 朝鳥さんちに潜む犯人を倒し、そのまま闇の剣士も倒す!

 最終確認だ。俺は準備室に入るとそこに設置されている聖癖章を選択する。今回は~……これとこれと、こいつで。


 複数個選び取ったら袖なり裾なりといった自分の取り扱い易い位置に装着させるっと。後は剣舞を踊ってと……よし、俺の準備は完了だ。


「メル、準備は良いか?」

Of course勿論! 最初みたいなヘマ、もうしなイ。今度は勝ツ!」

「……準備出来てるなら良いけど、なんでスーツ姿なの?」

「こういう作戦だから良いノー」


 すでにホールで待機してたメルだったが、どういうわけか格好はいつぞやのスーツ姿だった。

 いやまぁ似合うけど……何で? それに作戦とはどういうこっちゃ。俺にも説明をくれよ!


「奴は俺たちの姿を知っている。そのままの姿で近付けば姿を現すことはないからな。メルには朝鳥の役をやってもらうつもりだ」

「囮ってことか……。でも大丈夫? メルの身長結構高いよ? 遠目でも朝鳥さんには見えないけど」

「逆に犯人、朝鳥の姿知らないかモ。女性だってことくらいしか知らない可能性あるっテ」


 すると遅れて来た閃理が説明をしてくれた。

 ふむふむ、囮役をして、警戒する敵を誘き出すってわけね。なるほど、納得はした。


 よく考えれば朝鳥さんのことを犯人は覚醒めざめの持ち主とでしか認識してないはず。女性であることは知ってても容姿までは知っているとも限らないのか。

 なら俺からの異論は無いぜ。このまま犯人確保と行こうじゃないか!







 時刻は夕方。俺たちは『目隠れ聖癖章』を使って姿を隠し、アパート周辺に待機している。

 今メルが朝鳥さんに扮してこのアパートへと入って行った。作戦は上手くいくのか心配……いや、案外そうでもないみたいだ。


 熱感知能力を発動すると、すぐ近くにメルではない何者かの存在が現れている。こいつが犯人か?


「閃理、多分来てる。階段の下に他に誰かいる?」

「いやいないな。間違いなく犯人だろう」


 ビンゴだぜ。やはり潜伏してやがったか。

 おそらく奴は今、目標の人物かどうかを見定めてるってところか。余計な被害は出したくはないだろうしな。


 メルは10番号室の前に立って鍵を開ける仕草をする。ここで犯人、ようやく動き始めた。

 俺の視界は今、サーモグラフィーみたく体温が可視化されている。犯人はゆっくりと足音を立てないよう階段を登って行き、そのすぐ側まで近付くのが見えている。


 そして──あと一歩のところまで接近した時、剣を振り上げる動作をした──今だ!



【聖癖リード・『ストーカー』『不感』! 聖癖二種! 聖癖混合撃!】



「何っ……!?」


 俺は作戦通り聖癖をリードして、それを放つ! 真っ直ぐ見えない敵に向かって行くそれは、犯人に命中すると姿隠しの権能を強制的に解除させた。


 この瞬間、メルは強烈なキックを怯む犯人に向けて繰り出し、その体を階段前まで吹っ飛ばした。


「へへっ、甘いんだよ。その剣の能力をどう対処すればいいかなんて分かり切ってるもんでな!」


 ここで俺、姿を現して敵の前に躍り出る。ああ、前にディザストが俺に向かってやったからな。同じことをここでやり返しただけだ。

 ゆっくりと起き上がる犯人。俺の方を……見てるんだよな? なんで目隠しなんかしてるんだ──って思ったら、確か中だったか。


 仮契約ってのは、通常剣が人を選んで剣士にするんだけど、それの逆で剣に認められるまで非適格のまま使い続けることらしい。

 剣に宿る性癖に一致する容姿や考えを持つことで仮の剣士として認められるそうだ。だから犯人は目隠ししてるってわけ。


 暴露撃は不可、補助による身体能力向上も微減し、剣の報復も発動しない。でも聖癖リードと聖癖開示、そして剣のパッシブ効果は据え置きで受けられるんだと。移動中に閃理からそう聞いた。


 俺が初めて出会った闇の剣士であるキノコ頭の元剣士もそれだったらしい。あいつは前髪で目を隠してたからな。


「何だお前は……? ちっ、つーかまた来たのかよ、外人女が……」

「メル、始めに言ってル。剣返してもらうっテ。返さないと何度でも来るかラ」


 俺に対する誰何をしてきたけど、それに答える間もなく襲おうとした相手がメルだったことに気付き、舌打ちをした。

 おいおい、その発言は今の時代的に色んな人たちに怒られるぞ。口とモラルもなってない窃盗犯には灸を据えなきゃなぁ?


「どいつもこいつも俺の邪魔ばかりしてきやがる。いい加減失せろよ……俺の殺したい相手はお前らじゃねぇ……!」


 ここで犯人、聖癖開示を発動。また姿を消してしまう。

 だが問題はない。焔神えんじんのパッシブ能力で体の輪郭がバレバレだからな。どうやら下に降りてきて俺を狙ってきたみたいだ。


 不意打ちをしに来てるみたいだけど、意味は無いんだよなぁ。

 目で認識は出来なくても感覚までは騙すことは出来ない。そういった点では幻狼の剣より性能は良くないな。


 振るわれる剣を焔神えんじんで受け止める。一見すると無に向かって剣を翳してるようにも見えるが、実際は鍔迫り合いの状態だ。


「お前……何で俺の剣が見えてるんだ……!?」

「見えてはないぜ。ただ、今の俺はちょっとばかし感覚が鋭くなってるもんでな。あんたがどこでどう動いてるか……大体把握は出来てるぜ」


 出撃前に剣舞を舞っていたお陰で大幅パワーアップしてる犯人の剣を何とか受け止めることが出来ている。剣舞無しだったら不味かったかも。


 重い剣を弾くと俺は攻めに出る。ふむふむ、感覚で見えている敵の動きはあからさまに素人。閃理の言ってた通りだな。


 今は闇の剣士だが、本来は窃盗犯とはいえ一般人。なるべく傷は付けたくはない。慎重に攻めていくぞ。


「ガキが……! 舐めるなよ!」

「舐めてるのはそっちだ! 犯罪者に負けるほど弱くはねぇ!」


 罵倒がなんだ。俺は確かにまだ18歳。ガキと言われても仕方のない歳だから何ともないぜ。

 むしろ子供だからって舐めてかかって、手にしたばかりの力を振るってるそっちの方がガキだ! 俺だってこれでも毎日訓練してるんだからな!


 不可視の剣と炎の剣が交錯する接戦。それでも攻勢にはなれない。

 相手は二つの聖癖剣からの恩恵を受けた存在だ。剣舞のバフが乗ってても剣同士をぶつけ合えば手が結構痺れる。


 意外と強敵だ。一般人を剣士に仕立て上げるとは敵もやるな。卑怯だけど。


「焔衣、手助けすル──ウッ!?」

「メル!? どうした!」


 すぐ上から助太刀をしようと手すりを乗り越えようとしたメルだが、突如として何かにそれを邪魔されてしまう。

 何事だ? 熱感知には他にそれらしい人物は見当たらないけど……。


「本物の闇の剣士が来てル! ごめん、メルそっちやってくるから、犯人の方、一人で何とかしテ!」

「え、おい! ったく、しょうがねぇな──っと!」


 ちっ、そういうことか。どうやら本命の登場だ。

 俺は犯人との剣戟を続ける一方で熱感知能力の範囲を拡大。すると、ここから二、三軒離れた民家の屋根に誰かがいるのを確認した。


 こいつが今回の首謀者か……。狙撃されたみたいなことをメルは言ってたし、遠距離攻撃が出来る聖癖剣を持ってるのかもな。

 何であれ今は犯人を倒すのが先決! 邪魔してくる奴はメルが引き受けてるわけだし、全力で行くぜ!



【聖癖開示・『ツンデレ』! 熱する聖癖!】



「悪いけど、あんたには速攻で潰れて貰うぜ!」

「調子に乗るなよ……! お前みたいな奴に負けるほど俺は弱く──」

「いいや、負けるよ。俺、勝つって決めてるから!」


 勝利宣言に近いことを口にしつつ、俺は燃えさかる剣から熱を取り払う。一気にただの剣に戻ったそれを使い、俺は犯人の体に叩き込んだ!

 呻く犯人。でも相手の体からは血は出ていない。さて、俺は何をしたでしょうか? 正解は──


「ぐっ、何をしやがった……!? 身体が……寒、い……?」

「俺の剣、炎の剣じゃなくて炎の剣だからさ、熱を放つ以外にも熱をってことも出来るんだぜ。今、俺はあんたから大幅に体温を奪っておいた。寒くて動けねぇだろ?」


 そう、俺の聖癖剣【対陽剣焔神ツンデレけんえんじん】が司る属性は『炎』と『熱』。燃えさかるばかりが能力じゃないんだ。

 凍原ほどじゃねぇけど、俺も冷気だとか氷だとかを操れる……まぁそれを知ったのはつい最近のことなんだけどな!


 一気にほとんどの体温を奪われた犯人。さぞかしキツいだろうな。

 何せ今の状態は真冬の雪山を全裸で過ごしたみたいなもんだろうし、普通はこれで立ってるのもやっとなくらいだ。


「ふざけた真似を……、くっ……。駄目だ、動けねぇ……」


 そしてついには倒れてしまう犯人。何だ、意外と呆気なく終わったな。変に身構えてて損したぜ。

 よし、これで俺のところは一件落着……のはずなんだけど、気になる点が生まれた。


「あんた、盗んだ剣はどこにやった? 持ってるんだろ?」

「誰が、教えるか……! ぜってぇ言わねぇ……!」


 この男……持ってる剣は遮霧さえぎりだけで、肝心の覚醒めざめを持っていなかった。

 どういうことだ……? まさかこいつ、剣を自分のアジトに隠したんじゃないだろうな? だとすれば二度どころか三度手間だぞ!


「焔衣、よくやった。だがこの男は剣を持ってないみたいだな」

「うん、どうしよう閃理。何も解決してないよ!」


 戦闘終了を察してか閃理が物陰から現れる。勿論今の状況についても大方理解してるっぽい。

 犯人も口を割らなさそうだし、こうなったら『メスガキ聖癖章』を使うか? でも闇の剣士と戦ってるメルの助けに行かないと……。


「閃理、危ない!」


 その時、俺の熱感知能力に謎の反応を検知。明後日の方向から何かが閃理に向かって飛んで来やがった!

 咄嗟に庇って剣でガード。だがその物体は剣に絡みついてガチガチに固まってしまった。な、何だぁコレは……?


 謎の現象に困惑する中、すぐ向かいの家の屋根に誰かが声をかけてきた。奴がこれを放った張本人だな?


「ハァイ。初めまして、炎熱の聖癖剣士。一度お目見えしたかったところよん」

「あんたが今回の敵か!」


 遂に俺の前に姿を現した今回の闇の剣士。何か銃みたいなのを持ってるけど、それも聖癖剣なのか?

 いや、気にするのは後ででいい。不意打ちを仕掛けてくるたぁ今回は卑怯な奴らが多いな。


「あたしは悪癖円卓マリス・サークルが第七剣士『誘囁ウィスプ』様直属の部下“蝋燭の聖癖剣士”──名を『鬼燭キャンドル』。本当はあなたたちと相手する命令は出てないけど、ここで倒させてもらうわよん」


 前回の剣士と同様、身分を名乗り上げてくれた。こいつら、毎回同じことしないといけない決まりでもあるんだろうか?

 ってか? ? ここで俺の知らない悪癖円卓マリス・サークルの名が出てきた。


 今回はクラウディかディザストがし向けた相手じゃないのか? どの道敵であることに変わりはないし、気には留めないでおくけど。


「ウィスプの部下か……。相当厄介な奴が来たな」

「光の聖癖剣士にそう言われるなんて光栄よん。帰ったら自慢しなくちゃ」


 当然知ってるらしい閃理。普段にもまして表情がきつくなってるけど、そんなに強い相手なのかな。

 まぁ悪癖円卓マリス・サークルは全員閃理並に強いらしいからそうだろうけど。その部下とはいえ侮ることなかれだな。


「焔衣、閃理!」

「メル。無事だったか」

「ごめン。あの人隠れるの上手くて全然見つけられなかっタ」


 今度はメルがこっちに来る。どうやら先に向かったのに遅れて来たのは敵の潜伏能力の高さに翻弄されたかららしい。

 何はともあれ全員集まったんだ。改めて闇の剣士……キャンドルと対峙する。


「はぁー……、もうやられちゃったのね。やっぱり遮霧さえぎりの剣士は駄目な人ばっかり。もっと良い剣を借りてくればよかったわ」


「あんた……一般人を巻き込んでおいてその言い草とは随分とお高くとまってんな。闇でもむやみやたらに危害は加えないんじゃないのか?」


 大きなため息を吐き出すキャンドル。あの言い方は少し頭に来るな。

 いくら犯罪者でも聖癖剣の戦いに人を巻き込むのはルール違反だ。ましてやそれで人殺しをさせようだなんて……外道極まる行いだ。


「甘いわよん。確かにあたしたち闇の聖癖剣使いもあなたたちと同じく基本は世間のルールに従って活動しているわ。でも、光と闇じゃ決定的に違うことがあるわよん。それが何か……分かるかしら?」


「どういう意味だ? 質問に質問で返すのは失礼だって学んでないのか?」


 光と闇で決定的に違うこと……。質問の意味が分からないな。決定的どころが全部違うだろ。

 剣士でない者を殺害しようとする。仲間の剣士を処分するに毒殺しかける。よく分からないけど長年こっちの組織と対立している……違いだらけだ。


「つれないわね。正解は、あたしたち闇の聖癖剣士は『目標達成のためなら如何なる手段を用いても良い』──という教えがあるか否かの違いよん。あたしたちも世界を組織として、日々全力を尽くしてるわ。例え人徳を踏みにじってモラルに欠けるようなことをしてでもね」


「何だと……?」


 回答として出された言葉……あまりにも信じられない物だった。

 闇の聖癖剣使いが世界を守護する組織? いやどう見たって世界を混乱に陥れる側だろうが!


 ああでも聞いたことがある。悪の組織ってのは自分たちの行いこそ正義だと思ってるって。正義の反対は別の正義──つまりそういうことだ。


「御託はいい。お前たちの掲げる信条が何であれ、光の聖癖剣協会にとって敵であることに変わりはない」

「そ、そうだ! ってかお前倉庫壊したろ! あれのせいで危うく盗品がめちゃくちゃになるところだったんだぞ! メルが頑張ったおかげで無傷だけど」


「あら、それはごめんなさい。でも別に良いでしょう? 盗まれたのは防犯対策を怠った人たちの落ち度なんだし……あたしに責任求められても困るわよん」


 それはそうだけど、その言い方も相当無ぇわ。この女、結構性格悪いぞ。

 ここが会話の切り上げどころと見たか、キャンドルはその手に持つ銃を構え──トリガーを引いた。

 一瞬身構えるが、その銃口を向けられていたのは俺たちでは無かった。


「ぐうぅっ……!?」


「あいつ……犯人に向かって撃ちやがった!」


 そう、キャンドルの銃弾はすぐそこで倒れる遮霧さえぎりの仮剣士に放たれていた。

 やはり闇は仮の仲間でもあっても容赦しないらしい。だが少しだけ違う点もある。


「悪いけど遮霧さえぎりを奪われるわけにはいかないわ。少し熱いけど我慢ね?」


 あいつの銃弾が当たった場所には、白い塊が湯気を出しながらくっついている。遮霧さえぎりを持つ犯人の右手と、その他数カ所をガチガチに固めてしまう。


 そう言えばこの白いのは何なんだ……? 俺の剣にもくっついてるこれをよく見てみると、その正体が判明する。


「よく見たら……これって? キャンドルって名前からして、もしかしてあんたの権能って……」


「ご名答よん。あたしの聖癖剣の力──今一度見せつけてあげるわよん!」



【悪癖暴露・灯蝋剣鬼燭とうろうけんほおずき! 悪しき蝋涙が造り上げる煉獄の形象……!】



 何だぁ……!? キャンドルが剣を掲げた瞬間、ありとあらゆる場所から白い塊が噴出し始めやがった。

 それもこれもが全部蝋! ってか俺の剣に固形化してくっついてる奴も動き始めてるんだけど!?


「焔衣、気を付けろ! 奴の剣は蝋を自由自在に操れる。早くそいつを削ぎ落とせ!」

「ええっ──!? それマジでぇ!?」


 蝋を操る……ってのは大体察してたけど、まさかここまで大量の蝋を操れるとは思わなかった。

 ってかこれ大丈夫? 近所迷惑極まってない!?


 仮の剣士とは違って、本物の闇の剣士は想像以上過ぎた。これ勝てるのか……!?

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