第四部『覚醒の剣、鳳の夜明け』

第三十六癖『新たな任務、向かうはどこへ』

 先日のショッピングモール襲撃事件から早くも数日が経過──俺たちは再び普段通りの日常に戻っていた。


 結局あの後、第二班とは別の店で買い物をし直してからお互いの健闘を祈りつつ別れた。俺のわがままに付き合ってくれたことは心から感謝。本当にありがとうございました。


 それはそれとして、実はとある問題が一班に起きているんだよなぁコレが。原因は閃理にある。


「すまない焔衣。俺ともあろう者が自分の私物の位置を把握出来ていないとは……」

「前から思ってたんだけど、やっぱり理明わからせの能力に依存してたりするの? 流石に三日連続でこれはどうかと思うんだけど」

「ああ……俺が片付け出来ないのは理明わからせが必要な物の場所を全部勝手に教えてくれるせいで整理整頓の必要が無くなったからだ。頼り切りはいけないことは分かっているのだがな……」


 俺は洗濯したての本人の私服を手渡した。ああ、問題というのはコレのことである。

 説明されるまで知らなかったが、この前の事件でラピットと接触した際に、対象の記憶や性質を消す『無知聖癖章』の力を使われて理明わからせの権能が消されたらしい。


 事実上の封印状態にある理明わからせ。もっとも一時的なものらしいけど……最悪なことに閃理が片付けが出来ない人なのは理明わからせにも原因があるという。


 前から薄々思ってはいたけど、第一班の主としてそれはどーなんだって話。家事や片付けが出来ないで、俺が来るまで別班の舞々子さんだけにやらせてたとか普通にあり得ないのだが?


 こればっかりは俺もドン引くぞ。剣士としては一人前でも、一人の大人として最低クラスだ。俺も流石に我慢ならない。


「……閃理。悪いけど今から閃理の部屋を掃除することにした。というか理明わからせがあるから整理整頓しなくても良いって考えはマズい。舞々子さんが許しても俺は許さないよ」

「待て。落ち着け、落ち着くんだ焔衣。お前も自分の部屋にはあまり他人に口外出来ないような物もあるだろう。俺とて自分の性癖を全ての人間に公開出来るほど図太い精神があるわけではないんだ」


 よって俺は強硬手段に出ることにした。今から閃理の部屋へ突撃し、掃除を行う! 珍しく焦る閃理を見れたけど、それは醜い言い訳に過ぎないからな。

 そもそも俺たちは剣士。自分の性癖で強さが変動する特殊な戦士なんだから、今更やましい性癖が暴露されようが関係は無い。


「じゃあ今から俺が掃除の道具を持ってくる間に見られたくない物は探して片付けて。三分くらいしたら行くから」

「本気か!? くっ、だが背に腹は代えられんか。理明わからせ、俺の────ああっ、馬鹿か俺は!」


 やべぇ、思ってたより重傷じゃないか、これ……。理明わからせが使えないのに理明わからせの力で在処を探そうとしたぞ、この人。

 今の光景を見て一瞬ゾッとした。聖癖剣の力に依存し過ぎるのはマジで危険だわ。


 やってくれるぜ、ラピットの奴。ほんととんでもない置き土産を残しやがって。これ次に闇が来たらどうすればいいんだよ。

 ウサミミ女の顔を頭の隅っこに浮かべつつ、とにかく駄目人間に片脚突っ込んでいるリーダーをどうにかしないといけないから、早急に掃除道具を持って当人の部屋へ行く。


 すでに先に向かって行った閃理に猶予は与えない。今頃必死こいてやましい物を片付けてるんだと思っていると少し笑えてきたな。

 普段は生真面目で如何にも頼れる兄貴分上司ってイメージだけど、剣っていう要素が一つ抜けただけでこの変わりよう。いやぁ、聖癖剣ありきの存在になりたくはないよな。


 んでもって用意を終えた俺は閃理の部屋の前に立つ。この時点でガサゴソと足音以外の音も聞こえるんだが?

 あー、この感じはマズい。普通の部屋はこういう風に移動するだけで足音以外の音は聞こえないのが当たり前。それなのにこの様と来たもんだ。


 ……嫌な予感がするなぁ。初めてダイニングルームに入った時のこと並にヤバい世界が広がってそう。


「せーんりくん、おそーじしーましょ」

「ま、待て! あと五分……いや三分だけ待て!」

「問答無用」


 更なる猶予を求める声も構わず俺は閃理の部屋へ突入。ガチャ……っと開けた瞬間、俺は地獄の蓋を開けてしまったのかと思った。


 ガラガラ──ッ! っと俺に向かって段ボールの山が流れ込んで来やがったのだ。突如発生した雪崩に俺の視界は埋まる。おいおい、嘘だろう……?


 思わぬ事象に反応が遅れた俺は叫ぶことさえもままならず下敷きに。そしてすぐにこの雪崩を作った犯人の声が上から聞こえる。


「焔衣! 無事か!?」

「閃理、どうしてこんなになるまで放っておいてるのさ」

「すまん……」


 書類だの何だのに埋もれる俺を引っ張り出して助けてくれるけど、今ので俺の中の閃理という剣士に対して抱いてるイメージが若干下がったのは言うまでもない。これは流石に酷ぇや……。


 中は予想通りゴミ屋敷状態。よく分からない書類が散乱していて、本も雑に積み重なったまま。足の踏み場もないとはまさにこのこと。


 閃理の部屋に入るのは初めてだけど、何つーかデジャブというか何というか。初めて入った気がしないな! ごちゃごちゃ加減で言えば特番の掃除番組で取り扱うレベルのそれだ!


「ぶっちゃけ説教したいくらいだけど普段世話になってるしあんまり強くは言わないよ。でも流石にここまで酷いとは思わなかった。ゴミで雪崩は初めてだぞ!」

「すまない。いきなり掃除をすると言い出すものだから、急いで物を片付けた結果箱を重ねるしか場所がなくてな」

「だからって入り口に置くのは事故になるから止めてよ……」


 はぁ──……。今年一番の大きなため息も心の中で吐かざるを得ない。考えがもう片付けられない人のそれだ。危険な置き方をするのはNGだぜ。


 こうなる前に理明わからせの力で掃除とか出来なかったのだろうか? 一手先の未来を正確に予測出来るのであれば、どこにどう置けば崩れたりしないのか分かるはずだろうに。


「とにかく、このゴミ部屋を今日中に何とかする! 休日を返上して取り組むんだから、しっかり手伝ってくれよな!」

「承知した。俺とていつかは片付けをしようとは考えていたところだ。他にやるべきことを優先していたために後回しにし続けてい──」

「言い訳無用! さっさとやる!」

「ううむ、すまない……」


 片付けられない奴が最初に口にするのは大体『片付ける気はある』なんだぜ! そして次に出るのは『やるべきことを優先してる』だ。それがものの見事に当てはまってしまってるぞ光の聖癖剣士!


 上位剣士のくせに恥ずかしくないのか? 言い訳なんか聞かないぜ。とにかく動く、働く! そして片付ける、だ!




 とまあ、いつになく頼りない上司の尻をひっぱたいて始まる大清掃。今日は訓練をしなくてもいい休日であるため、自由時間を最大限に利用する。

 まずは部屋の中をスッキリさせるため、通路に閃理の私物をどんどん出していくぜ。


 段ボールに積めた書類や本、家具や季節外れの衣服を引っ張り出していくと、あっという間に数メートルもある通路が埋まっていった。

 全くどんだけあるんだよ。運ぶのは剣の補助のおかげで苦ではないが、とにかく量がある。四次元ポケットか何かか?


「え゛、キノコ生えてる。これはないわー……」

「そんなまさか……本当だ。これは流石の俺も知らなかった……」


 とある場所の重い家具をどかしたら、そこにキノコが群生していた。馬鹿な……もうこれは整理整頓に無頓着ってレベルじゃねぇ。


 この屋敷アジトで何年暮らしてきてるのかは分からないけど、本人も知らぬ間にキノコが生えてしまうくらいに放置してるってことは分かった。これはマズいことになりそうだ。


 その後もどんどん荷物を運搬。取りあえず小一時間くらいで中の物は全て出し終えた。

 流石に疲れを感じるがそんなこと言ってる暇は無い。物を出し終えたら今度は部屋の掃除に移る。


「俺は掃除機を使うから、閃理は雑巾で床を拭いておいて。水も汚れたら交換するのも忘れないで」

「承知した」


 こういった感じでズボラ剣士に指示を下しつつてきぱきとミッションをこなしていく。

 やはり学びは得ておくものだな。実を言うと掃除が上手くなったのは昔じいちゃん家で働いてたメイドさんから教わってたからなんだよ。


 むしろそれがきっかけで俺は家事に関心を持ち、今や全般が出来るようになった──そういう意味じゃ俺の師匠的な人になる。

 ありがとう、今は遠いどこかにいるであろうメイドさん。俺は今、教えられる側から教える側になっちまったよ。


 また懐かしい気持ちになったところで掃除へと集中。てきぱきとこなしていき、床の掃除を終える。さぁ、次のステップだ。


「俺は閃理の布団を洗ってくる。その間は通路にある書類とかを片付けておいて。捨てる物とそうでない物の違いくらい、理明わからせ無しでも見分けれるよね?」

「当然だ。俺を誰だと思っている」

理明わからせがあっても自分の部屋の一つも片付けられない人」

「ぐっ……」


 さぁさぁ、致命的図星を食らった上司はさておいて、通路に出していた閃理のベッドから布団を運ぶぜ。

 幸いにも俺が使ってる部屋のベッドと形状は同じだ。やり方は俺のと大差無いだろう。さっさと済ますぜ。


 シーツを新しい物に換え、掛け布団もまるまる交換。古いのは洗濯機に詰め込みつつ、慣れた手つきで進めていく。

 そんな中で感じる視線。ああ、分かり切ってる。メルの奴だ。


「どうしたメル。暇なら手伝って欲しいんだけど」

「メル、今暇じゃなイ。勉強してル」

「勉強? 何の?」

「日本語。メル、まだ上手く日本語話せなイ。バタバタ煩いから、文句言いに来タ」


 クリーニングルームの入り口付近から半分だけ顔を覗かせるメルの主張とは騒音の問題らしい。

 ああ、確かに煩くなってるのは自覚してた。でもまさかあのメルが真面目に勉強なんてしてると思わなかったからさ、失念してたわ。


「それはごめん。閃理の部屋があんまり汚いからさ、抜き打ちで掃除することにしてたんだ。こっからはなるべく静かにやるよ」

「それなら良イ」


 短い返事を貰うと、メルは頭を引っ込めて自分の部屋に戻っていった。

 それにしても勉強かぁ~……。あいつもそんなことするんだな。もう普通にコミュニケーション取る分には十分上手に話せてるとは思うけど。


 何であれ向上心があるのは良いことだ。なおさらその邪魔をするわけにゃいかないよな。

 意外な一面を知れたところで、俺は閃理のいる場所へと戻る。


「む……!」


 すると、案の定閃理の手は止まっているように見えた。おいおい、まさか引っ越しとか片付けあるあるの発掘したマンガを懐かしさで開いて読みふけってるわけじゃあるまいな。


 近寄って見ると、通路に書類の山と一緒に出していたパソコンとにらめっこしているようだ。

 ふーん……まさか上位剣士ともあろう男が、やるべきことを部下に押しつけて自分は一人遊んでるってワケ……! これは許せないよな!


 俺はその辺に積まれてた本を一つ持って、そのハードカバー面を使って不意打ちを試みる。

 ふふふ、理明わからせの力が封じられている今なら一本取れるだろう。お覚悟、閃理!


 そう勝利を確信して本を振り上げ……そして叩きつけた────が、その瞬間信じられないようなことが起きる。


「甘い。俺は理明わからせ無しじゃ何も出来ない人間じゃないぞ」

「ぐえぇぇ! そんなぁ……」


 今にも本が当たるかと思われたその瞬間、閃理の右腕が俺の手首を掴み上げ、そのまま流れるような関節技を決められた。

 嘘でしょ……!? 気配は消したつもりだったんだけど、普通にバレてたとは恐れ入った。流石に甘く見過ぎてたみたいだな……。


「一応言っておくが俺は怠けてなどいない。仕分けの途中、支部から指令のメールが届いてな、それの確認をしていたんだ」

「支部からの指令? いだだだだだ、えっとそれはどういう──あーギブギブ! 離して……」


 どうやら本当にサボってたわけではなかった模様。支部からの指令のメールとやらが来ていたらしい。


 何とか関節技を解いてもらい、事情の説明を要求。するとさっきまで閃理が見ていたパソコンの画面を見せて貰った。

 真相は自分の目で確かめろってことね。望むところよ。


「どれどれ、え~っと……『下記所在地にて反応を確認された聖癖剣の回収任務を命ずる』!? これって……!」

「ああ、お前と同じく聖癖剣に選ばれた者を見つけたらしい。そこへ俺たちが派遣されるというわけだ」


 にやりと笑みを浮かべる閃理。俺たちにとってはこれが本職っつーか本来の任務。ついにこの時が来てしまったようだ。


 かつての俺と同じく剣に選ばれ、そしてまだどちらの組織にも属していないであろう一般人。それと接触して、剣を回収するか仲間にするかを選択するってわけか。


「とにもかくにも、まずはミーティングだ。メルを会議室に呼んでおいてくれ」


 この情報はメンバー全員に共有しておかないといけないのは道理だ。勉強中のメルを呼んで、俺たちは次の指令のために会議室へ召集したのだった。
















 ……ちゅんちゅん、とスズメのさえずりが聞こえる。その鳴き声を聞くと私の眠気はどういうわけか一瞬で消え去ってしまう。


 むくりと布団から起き上がれば、前まではこのままぼーっと何分も呆けるはずなのに、今はどういうわけか頭はシャキッと冴えている。

 あと妙にコーヒーが飲みたくなって、モーニングコーヒーを目覚めてから一番に飲むのが最近の日課になりつつある。


「……くぅ~、にっっっっがっ! やっぱブラックは苦手だな。でも飲みたくなるのは何でだろうなぁ?」


 今日もいつもと同じくルーティンのコーヒーを一杯。元々苦手な飲み物なのに、どうしてか飲みたくなる。我ながらおかしな話だ。

 とある日を境に私の生活リズムは異様なまでに良くなった。どんなに夜遅くまで起きていても、必ず朝七時には目を覚ましてしまう。


 おまけに昼間は眠くならないし、むしろ夜までスッキリとした気分で一日に望める。これまでの私では考えられないくらいに──そう、もはや怖いくらいに快眠と起床を行えている。


 それもこれも、きっとを拾った時からだ。最初はびっくりしたし、警察にも届けようかと思ったけども、この生活の変化を実感してからは手放す気なんて微塵もない。


 ちらっと側に置いている楽器ケースを見る。学生時代に取り組んでいた吹奏楽部で使ってたトロンボーンのケースは、今はを入れるための鞘と成り果てている。


「…………アレが私をこんな風にしたのかな。どう考えたって、そうとしか思えないんだよね」


 ふとその風貌を拝みたくなった私はケースのロックを外して、中にある物を取り出す。大きさもトロンボーンの本体とそこまで大差はないのはラッキーだったのかも。


 鳥のレリーフと翼を彷彿とさせる形をした────これを発見した時、運命的な何かを感じたのは今も記憶に残っている。

 この剣の名前は知らない。でも、不思議と分かる。この剣は私を主と認めてくれていると。


 気付くと私はその剣を抱きしめていた。刃はあるのに何故か切り傷一つ付かない不思議な剣……今や人生の相棒と化しているそれを大事に抱える。


「今更手放すなんて出来ないよね。これは私の物だ。絶対に誰にも渡したくない……」


 私はこの剣と出会うまで、正直な所まともな社会人生活を送れてはいなかった。

 私生活はまるで駄目。遅刻はしょっちゅうだったし、人間関係も良好な関係を築けていたとは言えない。恋人も年齢=交際未経験歴で最悪。


 総じて底辺に限りなく近いダメOLの私に突然舞い降りた奇跡の剣。

 もしこれと出会えていなかったら、今頃どうなっていたかなど考えたくもない。今の私を支えてくれる唯一の柱だ。


「今日はどうしようかな。久しぶりに遠出してみようかなー……」


 剣のおかげで毎日が絶好調。人とは良好な関係を築ける余裕が生まれ、業績も上がってお賃金も増えた。今なら少しだけ贅沢をする余裕がある。

 こういう休みの日くらいは……街に繰り出して買い物を楽しんじゃっても罰は当たらないよね?


「よぉし、そうと決まれば早速準備! 映画観て、美味しいご飯も食べて、一日を満喫しちゃうもんね!」


 明日は仕事だけど今の私には些細な問題にもならないわ! 毎日が充実している以上、六日間なんてあっという間のことだから!

 剣をケースの中に戻して、日々の感謝も込めて合掌。毎日私に元気をくれる最強の剣。これはもう絶対に朝鳥家の家宝にしなきゃ。


 てきぱきと準備を進めて家を出発! 目指すは東京、渋谷辺り!

 私、朝鳥強香あさどり きょうか! 花も恥じらう今年二十三歳! 意気揚々とボロアパートを飛び出して向かうは駅前!


 理想の人生設計図はあの剣無しじゃきっと叶わない。天からの恵みを受けて、私はこれからも毎日楽しく過ごしていくんだからっ!






 ……でも、そんな上手く人生は思い通りにならないってことくらい分かってはいるの。

 だって悲劇はいつ、どこで、どういう風に起こるかなんて誰にも分からないんだから────

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