第三十五癖『一兎を射抜く者、二兎を得る』

 俺たちは二人で敵の剣士を相手に立ち回っていく。だが跳躍ジャンプの権能はそう簡単に攻撃を当てることを許してはくれなさそうだ。


「甘いですよっ! その程度の攻撃、当たるわけにはいきません!」

「野郎……!」


 まず始めに左右から挟み撃ちにするようにラピットへ攻撃を仕掛けるも、奴は空高くジャンプしてそれを回避。

 だが負けじと俺たちも後を追うようにジャンプするけど、それを上回る高さの空中跳躍をラピットは難なくやってのける。


 そう、奴はジャンプで俺たちの攻撃を全て回避してきやがるんだ。さっきからこれを繰り返していたちごっこ状態。ほんとずりぃ能力だな……!


「おい! さっきからぴょんぴょん跳ぶな! 剣士なら真っ正面から戦え!」


「一人の私に二人で戦ってるそちらが言えた台詞じゃないでしょう! 目には目を、歯には歯をですよ!」


 うーむ、全く反論出来ないな。確かに俺たちはラピットの言う通り非難されても仕方のない戦いをしていることに違いはない。攻撃は全く当たってないけど。


 まぁ卑怯なのはお互い様だ。そうこう文句をつけ合ってる間にもラピットは連続ジャンプを駆使して空を跳びまくっている。

 あの様子じゃ素直に降りて来るはずもないし、このままどうにかするしかあるまい。


「さて、どうする? ラピットは多分このまま俺たちの体力が消耗するのを待ってるのかも。接近戦はまず無理だと思う」

「同意します。ここは遠距離から攻める他ないでしょう」


 屋上の周囲を連続ジャンプでぐるぐる周回するラピットに対して、お互いの死角を隠し合うように背中合わせとなって凍原と作戦を練る。

 俺たちがバテるのを待ってるようだがそう簡単に狙い通りになるわけにはいかないんでな。


 凍原の提案通りここは遠距離を使って戦うのが最適解。となると俺が使える遠距離攻撃は──



【聖癖暴露・対陽剣焔神ツンデレけんえんじん! 聖なる焔が全ての邪悪を焼き払う!】



焔魔刃弓波えんまじんきゅうは! いつでもいけるぜ」


 暴露撃で剣を弓状に変化させた。昨日は舞々子さんに練度が低いってダメ出しされたけど、今はこれが最大威力の遠距離攻撃技だ。


 メラメラと燃え盛る紅蓮の弓矢。昨日と違って今回は空を自在に跳び回るのが的だから、狙いを定めるだけでも難易度はかなり高い。

 アーチェリー歴ゼロ年の俺がどこまでやれるか……今は気にしないでおこう。



【聖癖暴露・狗冷剣氷牙クーデレけんひょうが! 聖なる氷は万物をも凍てつかせ往く!】



「聖癖暴露撃・弓弩きゅうどのカデンツァ!」

「へ、凍原もそういうのあるのか!?」

「ええ。即席ですが今し方作戦も考えました。私はこうであなたはこういう感じで……」


 おおマジか!? 凍原の奴、こんな技を持ってたのか。

 氷牙ひょうがの聖癖暴露によって剣は形状を変化させた。自らの刃に氷を纏わせてボウガンの形に変化するとはな。


 炎の弓に氷のボウガン……はっ、まさかここも技が被ってるとは思わなかったぜ。取りあえず耳打ちで作戦の概要を聞きつつ準備完了。

 いつまでも跳び回っていられると思うなよウサミミ女。その自慢の空中ジャンプ、華麗に打ち抜いてやるぜ!


「むっ、なんだか嫌な予感が!」


「貫け、焔神えんじん!」


 ぎりぎりと炎の弦を引っ張ってからの発射! 勢い良く放たれた巨大な矢は真っ直ぐラピットを狙う。

 だが相手も俺の攻撃が来るのを察してか、またも空中ジャンプを駆使して攻撃をすれすれに回避。やっぱそう簡単に当たってくれねぇか。


「あぶなぁっ!? け、剣士のくせに弓矢を使うなんて! それでも光の剣士ですか!?」


「だったらそっちこそ降りて戦えってんだよ! あんたがぴょんぴょん空中で動き回るからこうしてんだろ!」


 お互いに卑怯臭いと思ってることの文句を言い合うのももう何度目だってんだ。こっちだって剣士としての戦い方を捨ててんだから文句言うなっての。


 そうこうおしゃべりしてる間も炎の矢を連射。まぁ、ものの見事に全弾かわされてるけど。

 一方で凍原。攻撃は一切せず、代わりに氷の矢を装填したボウガンで静かーに狙いを研ぎ澄ましている。


 ふふ、あくまでも俺はよ。本命の攻撃は凍原だ。

 俺はどうも精密狙撃ってのは向いてないみたいでな。おまけにも凍原の弓弩と比べ、適当に撃つ場合に限り連射性能が俺の方に分があるみたい。


 だからわざと当たらない矢を撃ちまくって凍原の分のヘイトが全て俺に向くようにしている。確実な一撃を叩き込むための準備時間を稼ぐのが作戦の内容ってこと。


 本気で当てるつもりはないものの、もし仮に当たったら超ラッキーくらいの気兼ねだ。真面目にお気楽で行くぜ。


「当たったら痛いでは済まなさそうな威力ですが……当たらなければどうということはありません! へっへ~ん、またハズレ~!」


「そう余裕ブッこいてると後で痛い目見るぜ!」


 速度や命中率の低さとかに慣れてきたのか、ラピットは調子に乗り出した。屋上の周回を止めて、ある方角の一定範囲内の空中を跳び回り始める。

 こいつはラッキー。お調子者要素助かる。今言った言葉は世間一般ではフラグって言うんだぜ。知ってるか?


「今だ、凍原!」

「はい! 食らいなさい、氷の一矢!」


 そう、この時を来るのを待っていた! 奴の動きが一瞬緩慢になった時、凍原の溜めに溜め込んだ一撃がついに解き放たれる。

 敵の僅かな動きを読んで放たれた矢は、そのままラピットの胴を狙う。


「何度撃っても同じこ──……いや、これは違う? し、しまっ……!?」


 俺の矢に慣れすぎたせいか凍原の矢を甘くみてしまったようだな。大きさも性質も全然違うそれに、一瞬気付かなかったのが運の尽きだぜ。

 でも──流石に実力が僅差で上なだけある。矢に当たるまいと諦めることなく回避行動を取りやがった。


 そして命中。パッキィン──という何というか氷が割れるっぽい感じの音が鳴り響いたけど、望んでいた結果には至らなかった。


「いったぁ!? あ、脚が……」


「よしっ、当たった!」


 凍原の矢はラピットの胴ではなく太ももに命中。矢は刺さるだけでなく、その周辺部位に凍結の状態異常をもたらす。


 ちょっと痛そう……ってのはまぁ一旦置いとくとして、よくも咄嗟にかわそうとしたもんだ。俺なら絶対無理だったろう。

 この一撃に片脚を凍らされ、移動に不自由となったラピット。しかしながらあの位置に当たったのはある意味正解だった。


 妲徒だっと最大の特色であるジャンプ強化能力。これを行使するために最も大事な部位は脚。奴の権能の性質上、片脚がダメになると本来の力を出せなくなるのは道理!


 ここまで言えばもうおわかりだろう。奴の機動力は今ので半分以下にまで低下。実質片足立ちで俺たちに立ち向かわなければいけなくなったのだ。


「ま、まずい……。このままじゃやられる……!」


 非常に動きづらそうにぴょんぴょこ跳ねながら、次第にジャンプする位置を下げていくラピット。フフ、作戦は効いてるようだ。


 何かの本で読んだことがある。人は身体のどこかに裂傷等の傷を負うと、それだけで全身の筋力が約30%も落ちると。

 聖癖剣の補助があれど脚を貫いた矢と凍結による二重のダメージは決して軽くはないはず。可哀相な気もしないでもないがこれも勝負なんでな。


「今ならあいつを倒せる! やるぞ!」

「ええ、一緒に決めましょう!」



【聖癖リード・『ツンデレ』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】


【聖癖リード・『クーデレ』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】



 俺たちはそれぞれ最も得意とする聖癖章をリードしてフィニッシュの体勢に移る。

 もはや弱々しく逃げ回るだけの相手は的としても不適格。今なら簡単に──当てられる!


焔魔対陽斬えんまたいようぎり!」


氷牙ひょうがのカノン!」


 同時に放った二つの斬撃波。赤と青の両極端な属性を宿した攻撃は真っ直ぐラピットに向かって行った。


「っぅ──!? ぼ、防御……!」


 最初の頃の威勢はどこへやら。一瞬遅れて迫り来る斬撃に気付き、悪癖リードで迎え撃とうとした時にはもう遅い。

 二つの一撃は同時に見事ラピットへと命中。炎と氷がぶつかり合ったことで発生した水蒸気の塊が空に生まれた。


 そして何かが落ちて来る。言うまでもなくそいつはラピットだ。

 んー……、もしかして意識無い? おっと、だとすればマズいな。いくら剣の加護があっても受け身も取らず頭から落ちればどうなるか分からない。


「間に合えよ……!」


 落下してくる身柄をキャッチするべく咄嗟に駆け出して聖癖を再びリード! 今度は攻撃ではなく守るための技だ。



【聖癖リード・『シャボン』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】



 剣にみなぎる力。数回に渡って剣を振って大きなシャボン玉を召喚し、それをそのままラピットの落下推測地点へと設置した。

 一見弱そうに見えるがこいつは聖癖の力で作り出した物だ。見た目以上の強度と柔らかさがあるのは日々の訓練で分かり切っている。


 ぼよんっ、と予想通りの形でシャボンの中へラピットが包まれる。

 落下の勢いを殺しきった後、シャボンはぱちんと割れて中の剣士は無事に──実際は俺たちの攻撃で付いた傷だらけなんだけども──助けられた。


 ふぅ、あらゆる意味で何とかなったぜ。目の前で落下死とかを起こすわけにはいかないからな。救える命も救え、俺は安堵のため息を吐く。

 これでVS跳躍の聖癖剣士の戦いは終幕。凍原もこっちに駆け寄ってきた。


「終わりましたね。お疲れさまです」

「へへっ、閃理や他の上位剣士がいなくても勝てるって分かっただけでもこの戦いに意味はあったってもんだな」


 早々に俺を労ってくれる言葉をくれる凍原。こうして真っ先に声をかけてくれるのは思いの外ありがたく感じるぜ。


 さてと、あとはラピットこいつをどうするかだな。

 ふむぅ……力なく倒れる姿は格好バニーガールも相まって、いや仮にも敵とはいえこう言っちゃうのもやぶさかなんだけど、正直言ってかなりエロい。変に意識したくないからあんまり直視したくないや。


 しかし剣を握ったまま気絶とはな……。うーん、これ取ったら奪った扱いになって剣に報復されるんじゃないかと心配になるから触りたくねぇ。しばらく放置でもいいか。


「一応手足は縛っておきましょう。目覚めて早々に切りかかられても困るので」

「脚は怪我あるわけだし別に手だけで良いんじゃないか?」


 意識ないにも関わらず容赦しないな凍原の奴。そう警戒しなくても脚の傷でまともに動けやしないだろうに。

 でもまあ、心配するに越したことはない。そそくさと拘束の準備へと取りかかる。



「うぅ……」



「お、起きた。案外早く目覚めたな」


 と、思ってたら想像よりも早い段階で目覚めやがった。手は縛れてるけど脚はまだ全然出来てないぞ。


「うーん……はっ!? ここは──」

「よぉ、ラピット。目覚めの気分はどうだ?」


 ここで完全にラピットの意識は覚醒した。何ともテンプレートな第一声を放ちつつ、周囲を見回して状況を整理している模様。

 本人にとっても俺たちにとっても、さっきの戦いはほんの数分前のことだ。理解には差ほど時間はかからないだろう。


「炎熱の聖癖剣士……! 私をどうするつもりですか! 手を縛るなんてそんな……私に酷いことするつもりですか!? スケベな本みたいに!」

「何言ってんのあんた……。そんなことするつもりないから」

「じゃあどうするつもりなんですか! 他に人気のないこの場所で何もしないなんてことはないはず。どうせ結局するんでしょう、官能小説みたいに!」

「アホか! 頭ん中ピンク一色か!?」


 やかましいわ! 敵だからってそんな無責任なことするつもりなんて毛頭無いってのよ!

 煩い上に偏った男性観による妄想が酷い。誰だ、こんな教育した親や先生は……その顔が見てみてぇよ。


 ともあれラピットが目覚めたから俺たちはやるべきことをする。

 取りあえず凍原には閃理らを屋上に呼ぶよう連絡を入れさせつつ、俺はその間こいつの尋問に望む。


「あんた、最初に言ったよな? 目的は勝てたら教えてやるって。それを話してもらおうか」

「確かにそうは言いましたけど……でも、卑怯な手段で私に勝ったのは許せません! 絶対に言いません! どうしてもです!」

「自分も卑怯臭い手を使っておいてそう言うか」


 おいおい、こいつ自分から言ったことをもう破ってるぞ。それで良いのか剣士として。

 どんなに汚かろうと俺の勝ちに変わりはない。話してもらわないと困るんですよねぇ!


「でもいいぜ。話す気が無いなら話す気にさせてやるよ。はいちょっと失礼」

「くっ、やっぱり敵の男性ってみんなそういうことするんですね! 捕虜のことを何だと思ってるんですか! ……痛ぁ!?」


 手をワキワキと忙しなく動かしながら俺はある行動に出ることにした。

 ふっふっふ、なぁに別にやらしいことするつもりは無ぇ。こいつにちょーっとばかし借りを作らせるだけよ。


 ぐいっとラピットの脚を引っ張って無理矢理伸ばす。ちょっと乱暴にし過ぎて小さな悲鳴を上げさせてしまったが、まぁ少しだけ我慢してくれ。


 凍原の矢が刺さってた箇所はやはりというか凍傷を負っているようにも見える。もっとも素人目だけど……それを差し引いても傷口周りは強めの霜焼けが起きてることは一目で分かった。


 どの道穴が穿ったんだ。凍結のお陰で出血は最小限とはいえ傷跡は残っちまう。壊死させるわけにもいかないからな。

 こういう時用のために俺は応急処置のための包帯を常備していたりする。本当は自分自身や味方のためのなんだけども。


 えーっと、包帯で脚を巻く片手間にスマホで凍傷の治し方を検索……。

 ふむふむ、凍傷は暖めると治りが良くなる、か。真偽はさておきとにかくやってみるべきだ。


「え、包帯は分かりますけど何で剣を……!?」

「ちょっとなー。動くと切れるぞ、自慢の脚を切り落とされたくなかったら絶対に動くんじゃねーぞ」


 ここで焔神えんじんを取り出して聖癖開示を発動。幻狼が昨日高温の運動場で『クーデレ聖癖章』を使って冷房を再現してたように、俺もラピットに向けて暖房を再現するわけよ。


 本当は温水で温めるのがいいんだけど、残念だが俺は水を作り出せる聖癖章を持ち合わせてないから直で温めるつもりだ。


「は、はいぃ……痛だだだだだだだだだ!!」


 適度に温まった剣を膝上に乗せると、ラピットは突如として酷い声で悲鳴を上げる。

 うわぁ、凍傷部分に熱を当てるとめちゃくちゃ痛いって書いてるけど、これ本当なんだな。怖いわー。


 さも他人事のように悲鳴を無視しつつ、暖まるのを待つ。これでいけると思うんだけどな……多分。


「ううう、痛い……。でも何故ですか? 私敵ですよ? 怪我の応急処置をする義理も義務もあなたには無いはずなのに……」

「えーっと、義理だの義務だのって、それそんなに大事か? 闇の聖癖剣使いはそういうのは絶対だったりするの?」


 ぼそりと問われたことに対し、俺は少しだけ悩んでから返答をする。

 俺とて人間性を捨てる覚悟で剣士を始めたわけじゃない。甘いと言われるかもしれないが、敵であっても命は簡単に奪ってはいけないと思っているタイプの剣士だ。


 クラウディの時だって一瞬それで迷った挙げ句に生かしてしまったわけだし、こればっかりはそう簡単に手放せるもんじゃない。俺が背負うサガなんだろうな。


「まぁもっともらしい理由を付けるなら……そうだな、あんたには今回の件を反省してもらわないといけない。そのためにこうして処置してるだけであって、別にあんた個人のためにやってるわけじゃないんだからな。そこは勘違いするなよ!」


 意図しない形でツンデレみたいなこと言っちまった。でもテロ同然のことをした件を謝罪してもらわないと困るってのは本心でもある。

 この騒動で少なからず傷付いた人はいるだろうし、そもそも店側に多大な迷惑を掛けた。必ず相応の罰は受けてもらわないとな。


 とにかく結果的に死に繋がるようなことになるのだけは避けたいだけ。

 だからなるべく生かすように戦うし、場合によっては今みたいに戦いで付けた傷の手当くらいはしても良いんじゃないかくらいには思ってる。


 今の時代、そう簡単に人を殺しちゃいけない。始めに閃理から教わったことだ。

 俺はなるべく人を死なせたり、見殺しにするような真似はしたくはない……我ながら理想を口にしてるのは自覚してるけどな。


「…………なるほど。クラウディ様が一目惚れする理由、何となく分かったような気がします」

「は? 一目惚れ? 誰が?」

「いいえ、ただの空耳ですよ。あーあ、悔しいなぁ。敵に情けをかけられるなんて、クラウディ様にどう言えば良いんでしょう」


 すげぇ小さい声だったけど気になるワードが聞こえた。聞き返したもののはぐらかされちまったけど。

 一目惚れ……まさかこいつが俺になんてことはあるまいて。されたらされたで立場的に困るだけだ。


 それに真相は教えてくれそうもないし、これ以上の尋問は意味をなさないだろうから追及しないでおくけど。

 そうこうしてたら電話を終えた凍原がこっちに戻ってくる。通話の内容を聞いたらじきに舞々子さんらを連れてここに来るんだってさ。


「なぁ凍原。ラピットってこの後どうなるの?」

「通常は所持する剣を封印して回収。身柄を拘束して更生施設に収容されます。ただ、彼女の場合は軽くはない怪我をしているので、まず治療のために支部の留置所行きですね」


 ふむ、やっぱり敵をそのままにはしないか。きちんと相応の処置を施してから豚箱……もとい専用の施設へ送られる模様。

 今の時代的に無いとは思うけど闇側の情報を吐かせるために拷問とかしないよな……? 流石にそれは心配し過ぎか。


 何はともあれ万事解決。あー、なんかどっと疲れた。こういうことが今後日常茶飯事になるかもしれないのはキツいわ……。

 そういえば賭けのことすっかり忘れてたや。結局最後まで舞々子さんらは来なかったし、結果はドローで良いよな?


「……敵を無力化出来たと簡単に思わないのが身のためですよ」

「え……?」


 そんな時、ラピットが何かを呟いたのを耳にした瞬間、俺の視界は意志とは無関係にいきなり別の方向を向いてしまった。


「ぐぇっ!?」

「焔衣さん! くっ、よくも──」


 この現象の正体は俺が地面に倒されたと気付いた時点で判明していた。ラピットがいきなり傷付いた脚で俺の頭を狙ってハイキックしたんだ。


 予想だにもしない一撃──でも流石に座った状態から急に蹴りをしたのは無理があったようで、頭ではなく胸の位置に蹴りが入っただけで済んだのは幸いだったのかも。


「私とてまだ捕まるわけにはいきませんので! 最後まで抵抗はさせてもらいますよ!」

「くぅっ!?」


 さらに攻撃は俺だけでなくもう一人の剣士にも及ぶ。この逆襲に怯んだ瞬間を逃さず、怪我をしてるとは思えないくらいに見事な回し蹴りで凍原を吹っ飛ばしてしまった。


 脚を縛らなかったのがここで裏目に出るとは思わなかったぜ……! 絶対今ので傷口は広がっただろうに、それを承知の上でこんなことをするとは何て根性だ。


 そして、刹那に俺たちを無力化させたラピットは今まさに起き上がりかけていた俺の下にやって来やがった。

 凍傷を温める用に使ってた焔神えんじんは、奴が飛び上がった瞬間にちょっと遠くへ飛ばされてしまい手元から離れている。


 まずい、反撃の手段がどこにもない……! これは大ピンチだ。やはり闇の剣士に情けなどかけない方が良かったのか────

 最悪の事態になるのを覚悟した時、ラピットは俺の予想から大きく離れたことをしてくる。


「──クラウディ様はあなたを闇の剣士に迎え入れるつもりのようです。私が遣わされたのもそのため……もしこちらに来るのでしたら私も歓迎しますよ」

「え……?」

「それと応急処置、ありがとうございました。情けを仇で返すわけにはいきませんので、調。またいつかお会い出来たらいいですね」


 スッと膝をつくと、俺にしてきたのは耳打ちだ。かなりの早口だったが、何て言ったかは分かる。だが言葉の意味を理解しきる前にラピットは足早に移動して、そのまま屋上から飛び降りてしまった。


 まさか投身自殺か──!? そう思ってすぐ駆け寄って確認しに行くけど、下を覗き込んだ時にはすでに空中ジャンプを駆使してどこかへ跳び去って行くのが見えた。


 逃げられた……のか。どうやらありえんレベルのミスを俺たちはやっちまったようだ。


「くっ、やられました。最後の最後にこんなことになるなんて……! 焔衣さんも無事ですか?」

「あ、ああ……うん。蹴られたところは痛いけど全然大丈夫」


 すぐに復帰するも捕虜を逃したことに悔しさを滲ませる凍原。やっちまったことは仕方ねぇ。閃理らが来たら素直に謝ろう。


 しかし、去り際の告げ口はどういうことだ? 俺を闇に迎え入れるだと? クラウディはそんなことを考えていやがるのか。

 初めて剣を取って戦った時のこと。仲間に勧誘してもいい──だったかを奴がそう言い放ったのは勿論覚えている。まさか諦めて無かったのか。


「でも何でだ……? ラピットの言葉が本当なら、どうしてディザストは俺に剣士を辞めるように言ったんだ……?」


 だが俄然分からなくなったこともある。クラウディが俺を仲間にしようと企んでいるのが判明したけど、それに対してディザストの目的は全く正反対のことだからだ。


 同じ組織の上位剣士、それも今は行動を共にしてるはずの二人の考えが真っ向からぶつかる形で異なっているとは。

 どっちが本当の話なのか全く検討が付かない。ラピットのもたらした情報で、俺の脳内は混乱を極めていた。


「焔衣、凍原、無事か!?」

「あ、閃理……とみんな。ごめん、ラピット逃がしちゃった……」

「申し訳ありません。私たちの不注意でこんなことに……」


 そして、このタイミングで開かれる屋上の扉。今度は閃理らが舞々子さんやメルと言った他のメンバーを連れてやってきたようだ。

 でも肝心の敵を逃がしてしまったことの後ろめたさもあって、俺は閃理たちを直視出来なかった。これは普通に大きいミスだからな。


「そうか……、だが仕方あるまい。結果はどうあれ勝ちはしたんだろう? 気に病まなくても良い。よく頑張ったな」

「本当にごめん。俺も今回はかなりショックだわ……」


 叱られるどころか褒められたけども、今回ばかしは流石の俺も機嫌は良くない。やっちまったミスもそうだが、ラピットからの情報も要因として割と大きい。


 敵が俺を狙う理由が二つあることを知り、頭の中はこんがらがっている。選択肢としてはどっちも嫌だけど、ろくな物ではないのは明白だ。


「怪我は無い? ごめんなさいね、メルちゃんが何度も挑戦してくるからこんなことにななってるのに気付けなくて……」

「メルゥ~……!」

Sorryごめん、でも結局負けたから許しテ」


 舞々子さんらが来なかったのはそういうことかよ……。何てことをしてくれてんだよ、あんたって奴は……!

 まぁ車内は外の空間とは別の場所にあるわけだし、すぐに気付けないのはしょうがないけどさぁ。


 まぁ試合には負けたようだし、お菓子の件も最低限に抑えられたから良しとしよう────なんて言うはず無いだろ。

 闇の剣士の騒動で店はめちゃくちゃだ。特に事件発生現場である一階の食品コーナーは酷い有様だし、買い物は続けられないんだぞ。


「それにしてもどうすんの、今回の件。いろんな人に聖癖剣とか戦いを見られてるはずだけど」

「それについては問題ない。本部に連絡を入れてテロリストの襲撃に偽装するよう手配しておいた。流石にニュースにはなるだろうが……少なくとも俺たちの存在が公に出ることにはあるまい」


 何気に一番心配だったことがあっさりと解決した。光の聖癖剣協会の本部は事件の内容をねじ曲げることが出来るのか。スゲェ……。


 もしかしたらこれまで発生した事件の一部は剣士同士の戦いによるものなのかもしれない。流石非公開組織だ。隠蔽のスケールが違う。

 本部がこの事件を何とかしてくれるのであれば俺が心配することは何もないだろう。なんか疲れたし、もう帰ろーっと。




 ……そういえばラピットに剣を調べるよう言われてたな。情けを仇で返すわけにはいかないとは言ってたけど、それはつまりどういうことだ?

 ふむ、頭で考えても分からないし、今は無視しておくことにするけど。

 しかし、屋上から出る間際に焔神えんじんを回収した時、その真意を理解することになる。


「ん……? あれ、コイツは……」

「どうしました、焔衣さん?」

「いやコレ……。聖癖章が剣にくっついてたんだよ」


 剣の裏面……エンブレム部分があるちょうど反対側の位置に張り付いていた聖癖章。それは初めて目にする物だったが、何となく正体は分かった。


「これ『バニー聖癖章』じゃない! どうしてここに?」

「実は逃げられる直前までラピットの脚の応急処置したんです。去り際に何か言ってたんですけど、多分これをくれたんじゃないかなって……」

「奴が自分からそれを渡したとでも言うのか? ありえないな。ただの落とし物だろうが……なんであれ力であることに代わりはない。取っておくと良い」


 近くにいた舞々子さんが真っ先に反応して、この聖癖章の名を言い当てた。『バニー聖癖章』……やはりこいつはラピットの剣から生み出されたものらしい。


 何とも律儀な奴。こんなことをして後でクラウディに怒られたりしないのだろうか? 敵ながら心配になるな。

 でもまぁ……閃理の言う通り貰える物は貰っておくぜ。聖癖章は基本光も闇も関係なく力を剣に付与してくれるからな。


 次にいつ会えるかは分からんけども、もし会えたらその時はきちんとお礼言わなくちゃな。二度目は来ないかもだけど。




 かくして闇の聖癖剣使いの襲撃は俺たちの勝利に終わった。

 敵が普段の生活の中でもいきなり現れて戦いに臨んでくるようなら、もう外じゃ気は抜けないな。常に張りつめておかないと。


 俺も凍原も最後の最後に油断してやらかしちまったんだ。今後二度とこうならないように精進だな。











「申し訳ありませんクラウディ様……。このような無様を晒してしまい、このラピット、立つ瀬がありません……」

「まぁまぁ、正直失敗するのは目に見えてたから気にしてないよ。残念だったね」

「うぇぇ、それはあんまりですぅ……」


 大騒ぎになっているショッピングモールから足早に立ち去る私たち。

 助手席でぼろぼろと泣きながら作戦の失敗を反省、そして謝罪するラピットを慰めながら車を走らせる。


 うーん、残念と言えばそうなんだけど、それも仕方ないことさ。

 よく考えなくても焔衣くんがいるってことは近くに閃理くんがいるってことだ。むしろそれで成功してたら逆に驚きだよ。


 目標の拉致には失敗したけど、それ以上に有益なことを彼女はやってくれた。それだけでも十分な働きをしたんだから。


「でも閃理くんの剣を封印出来たんだろう? とてもすごいことじゃないか。それをやってのけてまで、どうしてそんな悲しそうな顔をするのか分からないね」

「うぅ……。だってぇ、私行く前に負けるはずないって啖呵を切ったんですよ。その上で負けただけじゃなく情けをかけられて脚の応急処置までされたなんて、どの顔して戻ればいいか分かんなくなっちゃって……」


 顔面を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら悲しむ理由を明かす。あちゃー、顔がスゴいことになってるよ。


 うん……彼女は基本的に真面目な人間だ。仕事はそつなくこなすし人当たりも好ましい。恩を仇で返すこともない組織に従順な方の剣士だから、こうして敵に情けをかけられたことは相当悔しいんだろうなぁ


 それでも捕まることもなく生きて帰って来れただけ良いじゃないかと私は思うんだけどね。


「気にしなくてもいいさ。私にとって大事な部下がきちんと戻ってきてくれた……それだけでも上々だ。ご苦労様、ラピット」

「う゛ぅぅ……っ、クラウディ様ぁ~……!」


 よしよし、片手運転にはなっちゃうけど、私はそっとラピットの頭を撫でてやる。形はどうあれ頑張った部下を褒めるのも上司の仕事だ。


 むしろ目的の失敗を誤魔化すように閃理くんの剣を封印したことを得意げに報告していたのなら──うん、それこそ怒っただろうね。大激怒だったかもしれない。


 そういう点ではやはりラピットこの子は優秀な私の可愛い部下だ。変に驕らないし自分のやらかしを心から反省出来る。こういうのは意外と誰にも出来ることじゃない。良い部下を持ったものだよ。


 それに……今のラピットの表情は私の好物とも言える。仕事に失敗して恥ずかしさと申し訳なさで崩れる顔……うーん、趣向は僅かに違えどこれもまた美味なる曇り顔の系譜! 最高だねぇ……!


 本当はもっとまじまじと見ていたいけど、わき見運転は出来ないのが悔しいところだ。滾る心に自制をかけつつ真面目にドライブするよ。


「拠点に戻ったらすぐに手当をし直さなきゃね。痛くても我慢だからね」

「はい……。あ、クラウディ様! ここの道路は右ですよ! 左の道は有料道路に繋がってます!」

「え──!? どうしてもっと早く言ってくれないんだい!? もう入っちゃったよ!」


 ぎゃあああ! またやってしまった!! 昨日も行きで失敗してるのに、帰りも似たようなことで時間の大幅なロスを確定させてしまうなんて……。

 これも全部突然の不調で使い物にならなくなったカーナビって奴のせいなんだ! 私悪くないよ!


 闇の組織が律儀に法律守ってるのはおかしいって? そりゃ私たちはではあるけどではないから当然さ。基本は守るべき法律や規則には従うのが道理だよ。


 誰に説明してるのかは私自身分からないけど、とにかくやってしまった以上は仕方ない。このままUターンか反対車線に出れる道を探す!

 ガソリンもあんまりないね……。頼むから持ってくれよ社用車! 怪我人だっているんだから最悪な展開だけはご勘弁だからね!

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