第三十七癖『出会いは、いつだって唐突に』
翌日──車を走らせること数時間。県境を跨いでやってきた新天地をさらに走らせて、俺たちは指令メールに記載されてある町にたどり着いた。
いや~、かなり長い旅だった。俺は運転免許を持ってないから何もしてないんだけどさ。
「ここが目的の剣がある町かぁ~。俺の住んでたところとあんまり違いらしい違いはないんだな」
「田舎以上、都会未満。フツーの町」
「だがこの町の中から剣士に選ばれた人物を捜し出さなければならないんだぞ。単純に骨の折れる作業にはなるから、覚悟はしておけよ」
いつも通り駅前の駐車場に車を停めて、俺たちはこの町をぶらぶらと散策する。
ほーんと、普通の町だ。でも閃理の言うとおり人口が数千人以上もいるこの地域からたった一人の人物を特定しなければならない。
それがどれだけ大変なのか……
「俺の時はどうやって見つけてたの?」
「
「ぐへぇ~、マジか~……」
聞く話によると閃理が剣の回収を主な仕事とする行動部隊の所属になったのは、
聖癖剣なんていう存在が世間的に一般ではないそれを聞き込み調査するのは出来ないし、ましてや本人が剣の存在を隠しているようなら、まず人力で探し出すのは不可能と言っても良い。
だから
しかし今はそれが使えない。くっそぉ……、本当にやってくれるぜ闇の剣士め。
「取りあえず出来ることから始めよう。メル、焔衣。これを使え」
「うン。サブプラン、
「これって……」
適当な路地に入ると、メルに渡される聖癖章。これはまさか……閃理の『メスガキ聖癖章』か?
「
そういえば聖癖章って剣の属性だけじゃなくて特殊な権能も複製して分離した物だから、同じ能力が使えるんだったか。
今回は本物が使えない以上、サブプランとして聖癖章を使った捜索をするのか。なんだ、ちょっと心配して損した。
メルは
【聖癖リード・『メスガキ』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】
無言のジェスチャーを受けて俺とメルは剣を交差させて同時に必殺を承認。輝きを増す二本の剣はそれぞれの効果を重複させて発動させる!
調べて欲しいことがらは──もちろんこれだ!
「聖癖剣に関連する人物を捜し出せ!」
「聖癖剣に関連する人を捜し出しテー」
片方が妙な棒読みになっていても天眼通の権能は俺たちの願いに答えてくれる。
神々しい輝きを浴びること数分、その声は突然俺たちの耳に届く。
【──二人いるよぉ】
【──本来の持ち主と不適格の持ち主がいるよっ。今は不適格の持ち主が持ってるよっ】
「えっ、剣の持ち主が二人!?」
「なに……!? それはどういうことだ?」
これマジ? 聖癖章を介して得た
剣の持ち主が二人いるだと……? ついそれを口に出してしまい、閃理も驚きを隠せないでいる。
不適格……つまり剣側に選ばれてない者のこと。それもそうだ。基本的に聖癖剣一本につき剣士は一人。これはどの剣でも同じ絶対的な法則として存在している。それが破られるなんてありえないからな。
俺からは言い忘れてたけど、メルが補足として代わりに続きを言う。
「どういうことなんだ。もう一度詳しく教えてくれ」
「今の持ち主と別に、不適格な持ち主がいるっテ。多分、知り合いに預けてるか、あるいハ──」
俺もメルが言い渋った結論にたどり着いていた。俺の時みたく毎度イレギュラーが連続して起こったりしないはずだしな。
持ち主が二人いるという謎の現象。あまり考えたくはないが、その最悪なパターンを想定する。
「盗難に遭っている、という可能性があるわけか……!」
その瞬間、俺はさーっと背筋が凍り付く感覚を覚える。まさかわざわざ片道六時間かけてここに来たというのに、盗まれて所在不明になるなんてことになってたら最悪極まりないぞ!?
とはいえ推測だ。前者の通り知り合いに預けている可能性の方が極めて高い。そんな都合良く盗まれるなんて展開は起こるはずないだろうし。
とにもかくにもまずは剣を探さなくては。今すぐにでも向かおう。
「場所はどこにある?」
「剣の場所、隣町にあル。もしかすれば、本当に盗まれてるかモ」
「マジ……? ってか何で場所分かるの? 俺場所について何も教えてくれなかったんだけど」
「ああ、それは単純にお前の練度が足りていないために引き出せる情報が少なくなっているだけだ。何度か使用していけばいずれメルくらいにはなれる」
剣の所在地が分かったのは良いが、メルに教えていて俺には場所に関する情報が一切無かったのは練度不足とやらのせいらしい。
一応、聖癖章を使うと使用回数が減る代わりに今言った練度が上がり、より洗練された技となることは知っている。まさかそこでこの差を見せつけられるとはな……。
「隣町か……。とんだ遠回りになりそうだな。どうする?」
「ん、メルが行ク。閃理と焔衣、今の持ち主のとこ行って、先に説得してテ。今の持ち主の住んでる所は『サンライズアパート』ってトコの10号室だっテ」
「分かった。もしかすれば闇が関わっている可能性も否定は出来ない。気をつけて行けよ」
余計な手間が増えることが確定した今、メルは率先して隣町にあるらしい聖癖剣の回収を志願した。
確かに閃理は今やただの剣士でコミュニケーション以外に出来そうなことはない。俺に至っては剣の場所も分からない。ここは消去法でメルが取りに向かうしかないだろうな。
閃理に今の持ち主の住所を教えると、そのまま隣町へ向かうために一時離脱。聖癖の力を使って透明になり、そして超高速でどっかへと駆け抜けていった。すさまじい行動力だな。
「では俺たちも向かおう。持ち主はどうせ仕事中だろうから、確実に会うためにも少しだけゆっくり行くぞ」
「本当にメル一人で大丈夫? 迷子になったりしない?」
「アレでも土地勘は良い方だ……問題は無いだろう。もっとも道中に彼女の気を引いてしまう物が無ければだが」
えぇ……。それで本当に大丈夫って言えるの?
なんだか余計に心配になってきたけど、行ってしまったものは仕方ない。何もないことを願って俺たちも目的地へと進んでいく。
しばらく歩くと商店街に到着。ここを越えた先に目的地があるらしい。
「なぁ、聞いてるか? 昨日も空き巣事件が起きたってよ。しかも住宅街でだ」
「最近多いよなぁ。早く犯人捕まってくれねぇもんかな……」
「…………なるほど」
「何がなるほど?」
適当に買い食いしつつ商店街を進んでいると、何やら閃理が独りでに納得してる様子を見せる。
まだ
「いや、どうやらこの町では最近窃盗事件が増えているらしい。春先は犯罪が増える良い例だな。住人の不安の声がそこらから聞こえてくる」
「へぇ~、なんか物騒だな。聖癖剣も盗まれてなきゃ良いんだけど」
どうやら周りの喧噪から何かしらの情報を耳で集めていたみたい。聖徳太子じゃあるまいし、よくそんな高等技術を易々と出来るもんだ。
にしても犯罪ねぇ……。ついこの間もテロと同等の事件に巻き込まれてるせいで身近に感じてしまっていたが、普通はこんなこと頻繁には起きないはずだろうしな。
何であれ俺たちの目的物が事件に巻き込まれてなきゃそれでいい。被害者たちには悪いがこれも仕事なんでね。
そうこう思いながら商店街を抜けて住宅地へ。確か持ち主の家はアパートだったか。そこを探す。
俺たちが横切ろうとした曲がり角。そこを通ろうとした瞬間──アクシデントが発生する。
「うぉっ!?」
「きゃっ……!?」
真横から誰かがぶつかった! 俺は一瞬よろけただけで済んだが、相手は尻餅をついて転倒。見るとレディーススーツを来たOLっぽい人だった。
このシチュエーション……なんかデジャブを感じるのは気のせいだろうか? ともあれまずは救助が優先第一だ。
「すみません! 大丈夫ですか?」
「い、いえ、こちらこそすみません……。前をちゃんと見てなかった私のせいです……。本当にごめんなさい……」
不幸な衝突事故が起きてしまったが、こけた以外は別に怪我もなさそうだ。俺は急いで女性を起こす手伝いをして一言謝罪を入れる。
対する相手も丁寧に謝り返してくれた。しかし……妙に元気が無さそうに見えるけど、本当に大丈夫なのかな?
「えと、本当に大丈夫ですか?」
「うっ……、すみません。ちょっと元気なくて……」
気が付くと頭の中で思い浮かべてた言葉をそのまんま口に出してしまっていた。
なんつーか足はふらついてるし、目には隈がついてる。正直見た目からでは元気さが底を突いているようにしか見えない。
疲労困憊さが素人目からでも分かる。一体何がこの人にあったんだ?
……まさか、これが社会の恐ろしさか!? ここ十数年で高リスク&重労働化に低賃金化が増大してる日本社会にこんなんになるまで毎日働かされているのだろうか!?
所謂社畜化……。現代社会、恐ろしい……!
「あ、ははは……すみません。実は昨日、家に空き巣に入られて大事な物を盗まれちゃったんです。それのせいか疲れも爆発して──って、ごめんなさい。お二人には関係のない話でしたね…………」
「それは……なんと言うか、不幸でしたね……?」
別に訪ねちゃいないけど、この人の元気が少ない理由を教えてくれた。どうやら現代社会の闇に追いやられたわけじゃなく、最近この町で流行ってる空き巣被害に遭ってしまったせいだという。
何ともまぁ……ご愁傷様です。こんなすぐに被害者とはち合わせるとは思わなんだ。今後、この人に何か良いことが起きればいいな。
「それじゃあ、すみません。起こしてくれてありがとうございました。お二人もお気をつけて……」
「あ、はい。それじゃあ……」
そう最後に言葉を交わしてあのOLと別れた。そういえば時間も六時になりかけなのか。時の流れは速いな。
うーん、やっぱり探すのは明日でもいいんじゃないかな。そんな気もしてきたけど。
「…………」
「閃理? どうかしたの?」
だけど、一方の上司は顎を摘みながらさっきのOLの帰る姿をただ見ている。なになに、そういえばさっき一言もしゃべらなかったけど、何かあった?
「……焔衣。あの女性の後をつけるぞ」
「えぇ──!? 閃理それ本気!? 犯罪だよ」
「それくらい分かっている。だが、さっきの女性は……あの表情や足のふらつき加減には少々覚えがある。仮に違っていたとしてもどのみち近い内に倒れるだろうしな」
やべぇ提案をしてきたと思ったら、何やら閃理はあの女性のことを怪しいと思ってるようだ。一体どういう意味を込めての発言なんだ?
それに倒れるだなんて……まぁ、確かにいつそうなってもおかしくはなさそうな雰囲気はしているけども。
うーん、にしてもストーカーするのは気が引けるなぁ。もしバレたら後が大変だし、なるべくやりたくねぇ。
でも閃理が言うんだ。きっとちゃんとした理由くらいあるだろう。
ええい、腹をくくるぞ焔衣兼人! 俺、生まれて初めて人をストーカーする。これも正義の行いだと思ってやるしかない!
「別にそう無理に気合いは入れなくても良い。お前にとってやりやすい方法で行くと良い」
「俺のやり方……? どういうこと?」
「お前、友達を作るのは得意だろう?」
にやり、と閃理が笑ったのをこの目で見た。どういう意味を込めた視線なのかは──この後すぐに判明することに。
目標を視界に入れて声掛け、目標を視界に入れて声掛け……よし、イメージは大体完成した。後は実行する勇気を蓄える。
さっきはあのOLにストーカーすると覚悟決めてたんだが、俺のことを思ってか閃理は別の形で俺に目標の追跡を命じた。
確かに気付かれないように後を追うってのは、敵ならまだしも一般人……それも女性を相手にすると非常に心苦しい。
背徳行為とも言うそれを、俺は心地の良い物に変換出来るほど性癖が柔軟な人間ではない。
故になるべく精神的ダメージを食らわない方法として閃理が挙げてくれたやり方で俺はOLに近付くのだ。
大丈夫……相手が大人の異性であっても問題はないはず。よし、行くぞ!
「そこのお姉~さん」
「えっ、君はついさっきの……」
「へへへ、ごめん。あんまり気分良さそうじゃなかったから、ちょっと心配になってついて来ちゃいました」
うわぁ、なんだよ『お姉~さん』って。自分で言っておきながらクッッッソ寒いし恥ずかしいわ。
そう、俺は俺のやり方として──あんまり口に出して言いたくはないがナンパという方法でこのOLと再接触することにしたのだ。
俺のコミュニケーション能力なら可能だろうという閃理の言葉を信じて行ってはいるものの、この時点で俺の精神は大分磨耗してる。
表面を笑顔で取り繕うその裏では、自分自身の言葉に気持ち悪さに苦悶してるのだ……。
ちなみに当の閃理本人は俺の後方数メートルで足音を殺しながら着いてきている。俺だけこっちの対応をする、なんてことはしないさ。
「そんな心配はしなくても……私は大丈夫ですから」
「まぁまぁ、そんなことは言わずに。ほら、荷物も持ちますよ。空き巣に入られたなんて不幸に遭ったのにこうして仕事を頑張ってるなんて……俺には出来ないスゴいことです。家に帰るまでで良いから手伝わせてくださいって」
もう俺はこのナンパしてる間は自意識を捨てるぞ……。記憶の中にあるドラマの演技を模倣してやり過ごす。
こんな発言を演技とはいえやってのける俳優さんは本当にスゲェよ……。
「もう一人の方のことは良いんですか?」
「ああ、あの人の許可は取れてるから良いんですよ。送ったら俺も帰りますんで」
「……それじゃあ、すみません。ちょっとだけお願いします……」
「任されたー……って本当に大丈夫ですか?」
するとOLは俺の肩に寄りかかって体重を預けてきた。一瞬ドキッとしたけど、すぐに異変に気付く。
大量の汗をかいていて、とても苦しそうだ。まるで病気か何かにやられてるんじゃないかと思ってしまうくらいに、疲れという言葉だけで纏められる様子じゃない。
本当に閃理の言ってた通り今にも倒れそう……っていうか半分くらい倒れてるようなもんだよ、これ。どうしよう!?
この状態で歩かせるわけにはいかないよな。致し方あるまい、失礼を承知の上だが、この人を背負うか!
「ちょっと失礼しますねっと」
「あっ……す、すみませ……」
「本当に疲れだけですか? 絶対病気か何かですって。家に着いたら病院に連絡とかします?」
俺はOLを背負って帰り道を進むことにした。もうナンパのフリして後を追うとかそういう以前にこの人がスゲェ心配だ。俺とて他人を思いやれる良心の二つや三つくらいあるからな。
にしてもこんなになるまで社会は働く人に厳しいだなんて……やっぱり剣士としての道を歩んだのは正解だったかもしれん。俺にはつらいし、多分耐えられないだろう。尊敬出来るぜ。
そんなこんな思いつつ、耳元でか細く道を教えられながら住宅路を進むこと数分……ついにその家へと到着。
が、ここで偶然か否かそのアパートの名前を見て、俺は足を止めてしまった。
「『サンライズアパート』……!? ここが家、なんですか?」
「はい……、私の部屋は二階の10号室です。ここまで連れていただいてありがとうございます……」
その目映い名前とは裏腹に木造で如何にも家賃が安価そうなオンボロ
それだけじゃねぇ、この人の部屋番号は確か『10号室』って言った。そこも同じってことは────
「あんた、まさか聖癖剣の持ち主だったのか!?」
「剣……!? なんで、そのことを知って……!?」
俺の驚きを込めた言葉に、OL……否、新たに発見された剣の持ち主は、同じく剣の存在を知る者に気分の悪ささえも吹っ飛ぶほどの驚きを見せていた。
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