第三十八癖『彼女の、失われた剣』
「えっと、粗茶ですが……」
「ありがとうございます。ってか本当に俺たちを部屋の中に入れて良いんですか? ナンパしたとはいえ見ず知らずの人をそう簡単に入れるのは不用心な気もするんですけど」
俺たちは今、例のOL……名前を
アパートの前でも全然良かったんだけど、折角だからと言って中へ招待された。気分だってまだ悪いだろうにお茶まで淹れさせてしまってるのは申し訳なさ過ぎる。
さっきまで後ろからついて来ていた閃理も今は俺の隣で出されたお茶を啜っている。ちょっとは遠慮しなさいってのよ。
「それで……私の剣のことですよね……」
「ああ。だがその前にやっておかなければならないことがある。焔衣、コレを彼女に向かって使ってやれ」
「うん……。これ何の聖癖章だ?」
朝鳥さんが早々に本題へ切り出そうとするが、それよりも先に閃理が俺にあることを命じた。
渡された聖癖章。言われるがままに俺は
【聖癖リード・『癒し系』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】
「えっ、な、何を……!?」
「ちょっとすいませんねー」
当然だがいきなり剣を出してそれを向けられれば誰だってビビる。怖がらせるつもりじゃないのだけは事実だがら、少しだけ我慢してくれよな。
聖癖を承認し、すかさず発動。『癒し系聖癖章』の能力で剣から散布されるキラキラした緑色のミストが朝鳥さんに当たる。
びくびくする様子をしばらく眺めていたら、朝鳥さんはふと何かに気付いた様子で自分の体を触ったり捻ったりし始めた。
「嘘、気分が悪くなくなった……!? 一体どうやって……」
「おーすげぇ、これ回復効果の聖癖章なんだ。俺も欲しいな」
「残念だがこの聖癖章を作れる剣士は海外にいる。欲しければ自分で交渉するんだな」
聖癖の力を目の当たりにした朝鳥さん。癒しの権能によってあの身体の不調を全快させることに成功したみたい。
俺もこれ欲しいけど今は無理っぽそう。何はともあれ朝鳥さんがまともに話せる状態になったからこっちに集中し直す。
「これが聖癖剣の力……。やっぱりあの剣もそれなんですね」
「紹介が遅れた。我々は“光の聖癖剣協会”という組織に所属している聖癖剣士。俺が閃理・ルーツィ。こっちが焔衣兼人だ」
「閃理さんに焔衣くん……? こうして見ると君、まだ未成年?」
「あー、俺この前高校卒業したばっかりで、剣士になってからまだそんなに日が経ってないんですよ。俺のことは呼び捨てでも何でも好きに呼んでください」
とまあ、俺たち側の自己紹介もそこそこに話は本題へと舵を切る。
俺たちの目的であるこの町に眠る聖癖剣とその持ち主。幸運にも後者にはすぐに出会うことが出来た。ここからなる早で説得するぜ。
剣の概要は閃理が簡単に教えてくれる。人の欲望たる“性癖”と世の理といった“権能”を一つにし、剣などの武器類の形にした存在……それが“聖癖剣”だといういつぞやにも俺に聞かせてくれた話だ。
「そういう訳で、剣を所持していれば剣を悪用する組織……“闇の聖癖剣使い”に命を脅かされることになる。それを未然に防ぐために剣の回収、あるいは持ち主を剣士として我々の組織へ迎え入れるようにしている」
「俺も組織に入る前に二回か三回くらい命狙われたから、入るのが良いと思います。正直一人で何とか出来る相手じゃないですよ」
「そんな…………」
あらかた話し終えてから、改めて朝鳥さんの様子を見る。
表情はかなり固い。体調が回復したことで判断能力も正常となった今、告げられた事実を耳にして戸惑っているのが分かる。
そりゃそうだ。何せ俺たちの仕事は闇の剣士と戦うことなんだ。俺だって最初は戦いが日常になってしまうことを恐れていたんだから、年上とはいえ一般の女性が俺と同じ選択を即座に選べるとも思えない。
きっとこれが普通の反応なんだろう。聖癖剣という存在が常に孕んでいる危険性を知った上で、朝鳥さんはどう判断する?
手放すのか、あるいは──その答えは次の瞬間に明かされる。
「……少しだけ、お時間をいただけますか? 正直今、頭が混乱していて……」
「勿論だとも。俺たちはしばらくこの町に滞在する。ここにいる間はいつ闇の剣士が来ても良いようにあなたの警護をするつもりだが、問題はないだろうか? 当然、プライベートに過度な干渉はしないことを誓おう」
「分かりました。もしそうなったら、その時はお願いします」
やはり判断は保留とのこと。これも当然ったら当然のことだな。
非日常の権化たる聖癖剣使いからの干渉。これを突然目の前にお出しされて混乱しない方がおかしいだろうな。
こめかみを押さえながらちゃぶ台代わりのミニテーブルに肘を突くその姿。レディーススーツも相まって妙に様になっている。悪い意味で。
ふむ……社会人ってのは辛いな。原因は何であれ体調不良でも出勤しなきゃいけないんだから。怖い怖い。
「我々の連絡先も教えておこう。もしもの時はすぐに頼ってくれると助かる」
「ありがとうございます……」
色々と物思いに耽っていたら、閃理が連絡先を渡して帰る準備を始めていた。あら、もう七時なのね。全く時間の流れが早く感じるぜ。
きっと明日も仕事なのであろううら若きOLの部屋にそう長く滞在するわけにもいかない。帰ってこっちはこっちの支度をしないとね。
「そいじゃあ、ここらでお
そう思いながら立ち上がって……ふと奥の台所に目が行った。そして信じられない物を見てしまう。
なんだとぉ……! 洗い物の山がそこに出来ているではないか! 一人暮らしでそれはあり得ないぞ!
衛生的にも悪いし、何より汚れは穢れへとなって心身に影響を及ぼしてしまうとメイドさんからそう教わっている。だからこそ他人の物であってもこいつを見過ごすことなんか出来ない!
「閃理、ちょっとだけ待ってて。朝鳥さん、台所少し借ります。あの皿は早急に処理しないといけないので……!」
「今度は何を……?」
「ああ、あいつの癖みたいなものだ。悪い方向に転がることはないからそこは安心してくれ」
その言葉からしてオッケーだな? じゃあやるぜ。帰宅前の緊急クエスト! 一般OL宅の台所に積まさった洗い物の駆逐!
水は流れるな。良し! 洗剤も十分量はある。良し! 乾いた布巾は……ない。ならば
スポンジを揉んで泡を作って皿に手を付けるが作業は割愛。大体十分弱くらいで仕事は終わるんだな、これが。
「すご……! 君本当に高校卒業したてなの? これ私が洗うのより綺麗なんだけど……」
「伊達に
ピッカピカの皿を見て驚く朝鳥強香さん。ふっふーん、スゴかろう。俺の数少ない誇り高き自慢の技よ。
ふぃー、とりま何とか個人的に不満な部分は片付けられたな。これで気持ちよく帰れる……かと思われた。
ぐうぅぅぅぅ…………という音を聞くまでは。
「あっ……。す、すみません。こんなベタな感じにお腹の音を鳴らすなんて……」
「焔衣」
びっくりするくらい漫画やアニメで見かける表現が目の前で起こるとは思わなかった。自分の腹を押さえて恥ずかしがる二十代前半女性の姿がそこにある。
すると閃理。俺の名前だけ言うと、そのまま謎のジェスチャーを発動。初めて見る奴だったが意味は理解出来た。
無言のサムズアップで俺はこの家の冷蔵庫を確認。如何にも一人暮らしらしい質素な中身だが、こいつらで何が作れるか……。
と、ここも作業割愛。いちいち頭ん中で考えたレシピを復唱するなんて面倒だからな。出来上がった物がこちらになります。
「君、料理も出来るの!? 職業は家政夫か何か……?」
「伊達に俺と閃理の他にもう一人の仲間分の家事を毎日行ってないもので」
本日の出張メニューは副菜のモヤシのナムル、汁物は簡単に作ったポトフ、主菜にはレンチンで作れる簡易的ナポリタンの三品になりまーす。
急遽有り合わせでこしらえたにしては上々な出来……。また一つ料理が上手くなっちまったなァ~~?
「うぅ、美味しい……! 家庭的な味がするよぉ……!」
むむ、だが実食者曰く俺の料理は家庭的な味なのだそうだ。やっぱ舞々子さんみたいに店レベルの味はそうそう簡単には出せないよな。
でもまぁ一緒に暮らす人の胃袋を掴めておけば、少なくとも他人に出す時に恥ずかしくない物に仕上がるってメイドさんも言ってたから今回は良しとする。今日は妙にメイドさんの教えが脳裏に浮かぶぜ。
「俺たちはこれで失礼する。もし何かあったら電話を忘れないように」
「その皿は自分で洗っておいてくださいよ? また今度会いましょう」
「今日は本当に何から何までありがとうござます! 本当……助かりました! 明日にでもまた会えれば私も嬉しいです!」
その最後の言葉はどういう意味なんですかねぇ……? ま、何であれ本人の助けになれたのならば本望だ。今日は気持ちよく帰れそうだ。
さて、時刻はもうすぐ八時だな。これ駅前に着くと時間ギリギリなのでは?
サンライズアパートを出て早急にアジトへと向かう。……が、何かもう今日は面倒臭くなってきたから致し方ないよな。
「閃理。今日はどっかで外食しない? 俺もう疲れた」
「良いだろう。だがメルからの連絡はまだだ。あいつが戻り次第行こう」
よっしゃぁ! 許可を貰えたから今日は外食だー!
今は隣町にいるメルにメールを送って帰還を促しつつ、この町の外食店を探していく。折角だし寿司行こう寿司、回るやつ。
にしても……メルはどうしたんだ? 確かにここから隣町までかなり距離はあるけど、あいつのスピードならそう時間はかからないはず。
そんなに手こずっているのか、それとも何か別の理由があるのか──それは分からない。
いやほんと……何もなければ良いけど。この不安感も杞憂で済めばいいんだがな。
†
聖癖章が教えてくれた場所に、メルは急いで向かう。
時間は四時。メルのスピードでも隣町までは流石に遠い。すぐには行けない。
でも頑張らないと任務に
でも気になる。どうして隣町に剣があるのか。今の剣士は閃理らがいる場所で暮らしてる。よっぽどのことがなければ、剣を自分の手元から離すなんてしないはず。
となると、もしかすれば本当に盗まれたのかも。……でも仮にそうだったら、変なとこもある。
「持ち主のいる聖癖剣、盗ったら報復されル。普通盗んだ時点でそれが発動して最悪犯人は死ヌ。でも剣を動かせてるってことは、報復が起きてなイ。どういうこト?」
全部の聖癖剣が共通して持っている
でも焔衣の時みたいに剣の存在を知らないって可能性は無い。少なくとも剣の存在は知っているはず……『メスガキ聖癖章』が教えてくれたから、死んでることも無いはず。
でもメルだってもう剣を持って十年くらいする。候補になるくらいの予想はついている。
「闇の剣士が報復を抑え込んで自分の物にした……とカ? それか単にまだちゃんとした剣士じゃないから機能してないとカ……?」
予想は二つ。自己防衛機能の報復攻撃でも、それより強力な力で対抗すれば抑え込められてしまう
もう一つが、今の持ち主が剣を認めて剣士になっていないこと。
実は焔衣の時に言った報復とかの話は半分嘘。少なくともクラウディに襲われた段階じゃ殺されても防衛機能は発動しなかった。
盗まれたっていう仮定が合ってれば、多分後者が正解だとメルは思う。報復を抑え込める一般人がいると思えないから。
「……とにかく行かないト。もし闇の剣士が関わってたらその時はその時」
メルだって上位剣士まであと一歩手前の
相手が誰であろうと必ず剣を取り返してみせる。メルはもっとスピードを出して目的の場所に行く。
空もオレンジ色になって来た頃、ようやくその場所に到着した。
ここは倉庫……かも。この時点で持ち主が知り合いに預けてる可能性は無くなった。
おまけにとってもボロボロでI
とりあえず中に入ってみる。夕方だから中は薄暗くてよく見えないけど人気は無さそう。けど明らかに人が出入りしている新しめの痕跡を見つけた。
それはタイヤ跡。
その跡をたどって行くと、多分普段は駐車に使ってるかもしれないスペースに着いた。タイヤ跡もここで途切れてるから間違いない。
この辺りに……きっと剣がある。時間も勿体ないし、もう一回使う。
【聖癖リード・『メスガキ』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】
「剣の在処、教えテ」
リードして権能を発動。こういう屋内の、それも悪い人が隠れ家にしてるような場所ではあんまり使いたくないけどしょうがない。
強い光を出しながら結果が出るのを待つ。剣はどこにある?
【──今はここに無いよぉ。不適格の持ち主が持って行ってるよぉ】
「エ…………!?」
でも教えられた結果はメルが求めてるものじゃなかった。ここにはない……ってそれちょっとマズい?
不適格の持ち主が持ってるってことは、つまり帰ってくるまで待機してなきゃいけないってコト? そんな……こうなるんだったらおやつ持ってくればよかった……。
「メル、ツいてなイ……。何か食べれるものあるかナ」
今回のはメル自身のミスだけど、どうせ相手にするのは人の物を盗む泥棒の人たち。うーん、それじゃあ別に良いかも。
八つ当たりって言うんだっけ? それを込めてメルはこの辺りの物を物色する。何か食べれる物があればいいけど。
ガサゴソと探していくと色んな物が出てくる。貴金属とかまだこじ開けられてない金庫、通帳にクレカと印鑑……それと何かのおもちゃとかよく分からないカードとか。他にもたくさんの物が雑に集められてる。
きっとこれはみんな本当の持ち主にとって、ものすごく大切にしてる物だってことは分かる。それをこうして盗むのは許せない行為だってメルも思う。
だから
「……あ、スルメ見っケ。食べちゃオ」
盗品を漁ってたら、偶然にも食べ物にありつけた。
もしかしたらこれも盗品の一つかもしれないけど、よく考えたら売れもしないこれを盗む必要はないとメルは思う。きっと犯人のおやつなんだと思ってイタダきます。
最初は固くてムカッとするから嫌い。でも病みつきになる。日本の食べ物は変なのが多くてとても好き。
と、ここで遠くから車の音が聞こえてきた。どうやら犯人が帰ってきたみたい。
急いで聖癖をリードして姿を隠す。いつでも襲撃は出来るけど、下手に暴れ回られても困るからまだ我慢。
「よし、これが今日の収穫っと。へっへっへ、こんなにも上手くやれるなんて思わなかったぜ」
「昨日からなんか調子良くなってないか? というかマジでアレのお陰なんだな」
犯人はさっきの駐車スペースに車を置いて下車。歳は……大体二十代後半くらいの男二人のコンビみたい。
収穫という言葉を考えると、またさっきも泥棒をしたっぽい。おまけに気になるワードも出てきた。
アレのお陰? アレってどれ?
「まさか昨日入った家に剣があるとは思わなかったわ。アレが今年に入って一番のお宝だ」
「でも不思議だよな。あの剣を盗ってからすげぇやる気が出るんだよ。疲れとかも感じないし、まさかヤバい奴とかじゃないだろうな? 代償があるとか俺嫌だぜ?」
「なにビビってんだよ! こいつのお陰で昨日と今日で何軒も回れてんだ。こいつは俺たちのアレだぜ。その……神器的なアレ!」
「語彙力消えてるぞお前」
「剣……! やっぱり聖癖剣、盗まれてタ。にしても、やっぱり報復されてるようには見えなイ。なんデ?」
車の荷台から出してもう片方の男に見せつけてる。あのエンブレム部分は間違いなく聖癖剣のソレ。
どうやらあの男が剣の今の不適格な方の所有者。でもどう見ても男二人は報復を受けた様子はない。むしろ元気そう。
どうして?
ここで悩んでもしょうがない。とにかく目標物の補足は出来た。アレを回収して元の持ち主の下に届けるのが、今のメルの仕事!
「そこの男!
「げっ、なんだお前!? ってか何だその格好!? 痴女か?」
「やべぇ……! 俺たちの隠れ家バレてるじゃん。どうするよ!?」
メルは大声を出して犯人らに自分の存在を明らかにした。
思った通りメルのことに気付いて驚く二人。焔衣の時もそうだったけど、やっぱりメルの格好は日本じゃ馴染み無さそう。悲しい。
でもそんなことは今は
「その剣、とても大事な物。だから取り返しに来タ。大人しく返せば命までは取らなイ。でも、渡さないのなら……保証出来なイ」
「くっ、これの持ち主か? でも女一人に何が出来る! 生憎俺たちは大会出たくらいに空手やってんだ。丸腰で来るなんて馬鹿だな!」
「俺たちの隠れ家……ここを知ったからには覚悟してもらうぜ!」
なんかあの男ら、メルのこと甘く見てるみたい。でも女の子一人に男が二人相手するんだから、そう思うのも仕方ないかも。
それに格闘技やってるみたいだけど、どーせそれ昔の話。泥棒やってる人が今も真面目に運動してるとは思えない。
あとメルのことを丸腰だと思ってるけど────それは
【
「んなっ……、チェーンソー!? 今どっからそれ出した!?」
「どっから出したかなんて、言う義理無イ。もう一回言ウ。剣を返せば命までは取らなイ。選択、二つに一ツ。選んデ」
聖癖剣士、みんなそれぞれ持ってる剣の大きさは違う。
閃理みたく80cmくらいの短めのもあれば、焔衣の100cm前後の大きさの剣もある。メルの
でも、剣士には支給品として渡される専用の鞘がある。アジトと車を繋げる聖癖の力と同じ権能を使ってるそれで、どんな大きさの剣も持ち運び易くしてる。
だから──こうして身の丈くらいある剣を一瞬で取り出せる。所謂キギョーヒミツ。一般人には教えられない剣士の特権ってやつ。
それはそーとして、メルはもう一度泥棒の二人に選択を迫る。ここで酷い目に遭うか、大人しく渡すか。光の聖癖剣士は優しいからまずはこうする。
「どうすんだよ……!? あの女、絶対普通の奴じゃないぜ? 剣だけが目的みたいだし、ここは大人しく渡して逃げようぜ……」
「馬鹿、何弱気になってんだ! コイツは正真正銘のお宝だぞ。マジでこれのためなら他の物なんか全部捨てても良いくらいだ。絶対に渡さねぇ……!」
諦めの悪い人、嫌いじゃないけど今は別。どうやら聖癖剣の価値を知ったっぽい。だけど、それを使って良いのはあなたじゃない。
交渉は決裂──メルの優しさを棒に振ったこと、後悔させてあげる。
一歩、足を踏み出す。泥棒の人、一瞬身構える。剣を構えてるけど腰が引けてるのは完全アウト。
格闘技やってたくせにその姿勢はダメ。そんなんじゃ今の焔衣にも勝てない。
【聖癖暴露・
「
暴露撃──それを使った時にはメルはもう泥棒二人のすぐ目の前。そしてすかさず不適格の所有者ですらない方の男を蹴り倒す。
「ぶぅぇッ!?」
「なにッ……? は、速すぎだろ!?」
「あなたは遅イ。その剣、返してもらウ」
片方の始末を付けて、すぐにもう一人の男を捕まえに行く。笑えるくらいなってない構えは簡単に抑え込めれる…………はずだった。
「……ッ!?」
「んにゃろッ……。そう簡単に捕まってたまるか!」
メルは確かに男の手首を掴んで、そのまま腕を背中に回す腕拉ぎをやったつもり。それなのにこの男、それを簡単に抜け出すだけじゃなくて、一瞬で数メートルの距離も置かれた。
今のは一体……? 聖癖剣に選ばれてない不適格のくせに、どうしてそんな動きが出来る? あの動きは普通の人間がどれだけ特訓してもたどり着けない動きのはず。
もしかしてこの男も剣士候補? でも仮にそうだとしたら、何で剣はこの男に応えない? やっぱり別の理由がある? 今のメルには分からないことだらけでスッキリしない。
「逃がさなイ……!」
「チェーンソーの外人女が……! 日本じゃそれで人襲うと犯罪だぜ!」
そうは言うけど、人の物盗ってるあなたは明らかに今のメル以上の犯罪者だけど?
でもそんなこと言わない。聞き分けの悪い人、メル嫌い。だから容赦はそこそこに、痛い目に遭ってもらう!
一瞬で敵の懐に潜り込む。このまま峰打ちであばら骨丸ごと叩いて黙らせるつもりで動いた。
でもその時、メルの進行方向──ちょうど不適格の剣士との間が突然弾ける。
何事? 原因は分からない。ただ、弾のような何かが降って来たのが見えて、それを避けるためにメルは咄嗟に下がった。
もしかして三人目の仲間? もしそうであっても負ける気はしないけど、流石にそれはズルいと思う。
けど、何か泥棒の男もそれに驚いてる。仲間の援護射撃じゃない? じゃあ今のは一体……?
「そこの泥棒さ~ん! 今の内に逃げるといいよん。逃げるまでの時間は稼ぐから、その代わり後で合流ね~?」
「誰だ……? でも何だかわかんねぇけど助かる! おい、起きろ。行くぞ!」
するとどっからか知らない女の声。やっぱり仲間じゃない? ていうかこのままじゃ泥棒に逃げられる!
「待テッ!」
「残念だけど行かせない~~……よん!」
メルがその後を追おうとしたら、またどっか見えない場所から銃撃が。
とても正確な狙撃でメルの足下に弾が落ちてくる。それに邪魔されて全然進めない。なんてヒキョーな!
ほんとにどこから……? このボロボロの倉庫に隠れて狙撃出来るような場所があると思えない。
これは間違いなく一般人が出来る仕業じゃない。聖癖剣によるものかも。
「あなた誰? 泥棒の仲間?」
「そんなこと聞いてるけど、本当は分かってるんでしょ? お考えの通りの人物よん!」
こう聞いたらそう返ってきた。さっきから変な語尾……でもこの見えない相手は闇の剣士で間違いない。
まさかこんなに早いなんて……。またしくった。これじゃ上位剣士になるなんてまだまだ遠そう。
そうこう邪魔されてたら、気絶してる相方の泥棒を連れて不適格の剣士は車を出す。まずい、追いたいけど……まだ闇の剣士が邪魔をしてくる!
「メルの邪魔するナ! 戦う気ならいい加減姿現セ!」
「だが断るわよん。あたしの目的はあなたと戦うことじゃないから~」
相手はメルと戦う気じゃない? でもそれとこれとは話は別。妨害してくる以上、倒すか無力化しないといけない。
メル、集中! 敵は確実に倉庫の上部分に隠れてる。隠れてる
「……行ったかな? それじゃああたしはあの車を追うから。残念だけどあなたにはここで黙っててもらうわよん。アデュー」
泥棒の車が倉庫を完全に出たのを見てか、見えない剣士は車を追うみたい。とーぜん、メルだって追う!
けど、それはいきなり起きた。倉庫のいたるところから爆発音。建物全体が揺れてるのを感じる。
「まさカ──……!? 倉庫壊す気!?」
それしか考えられない。もう闇の剣士の気配もない。天井から埃の塊が落ちてくる。出口側から崩れてくのが見える!
逃げ口は……ない。ほぼ倉庫の中央にいるから、今から走っても間に合うかも分からない。それに……。
「くッ…………、もう間に合わなイ。It'
逃げる時間も暇も無い! メルは一瞬に賭ける!
もし失敗したら──なんて考えない!
瞬間、寂れた倉庫は大きな音を立てて崩壊。当然メルを巻き込んで────
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