第二十九癖『乱入、封印の聖癖剣士(前編)』

「はぁ~~、退屈だ……」


 ここは闇の聖癖剣使いが保有する支部拠点。現在ディザストくんの補佐任務に就いている私、クラウディがいる場所だ。

 大きくため息を吐き出しながら本部から送られてきてる事務の仕事を丁寧にこなす。う~ん、でもあんまりやる気ないんだよなぁ……。


 理由? そんなもの一つしかないだろう。同行の禁止を命じられたからさ。

 あ~あ、退屈極まりないよ。なにせ私に待機を命じたディザストくんは行方を眩ませた第一班の車を探して日本中を飛びまくっててここ数日は帰ってきてない。


 何でも車に忍ばせていたらしい『追跡龍ストーカードラゴン』を見つけられて始末されてしまい、位置の特定が出来なくなってしまったんだそう。

 うん、でもまぁ閃理くん相手に数日間も見つからなかったのは大金星と言えなくもないんだけど。


「今頃どうしてるかなぁ。ちゃんと見つけられてるかな。うーん、心配だ」


 心配するのは当たり前さ。仲間だからってのもそうだけど、何より焔衣くんと再会するには彼に頑張ってもらわないといけない。

 前回は立場上仕方なく妨害の役割を務めたけど、本心じゃ私だって焔衣くんのところへ行きたかったんだから。


 うん……やっぱり一人じゃ効率が悪いと思うんだよ。どうせ彼、龍に乗って空から探してるだろうし、昼間なんかそうそう自由に飛べるわけないでしょ?


 私の権限があれば支部のスタッフを捜索隊として配置することは可能だけど、ここは元々少数人で構成されてる施設だからわざわざ人員を割いて遣わせることは難しい。


 でも? 私直属の部下たちなら話は変わる。早い話が別行動中でも第三剣士の権限を行使することが出来る……ってことさ。


 そして疾うの数日前から捜索隊の派遣は済んでいる。ふふふ、ディザストくん。私がただで黙っているわけないでしょ? 勝手に手伝わせてもらうからね。


 と、このタイミングでぷるるるると着信が鳴った。どうやら部下からの着信らしい。疑う余地もないので電話に速攻で出る。


『クラウディ様。突然のお電話、失礼します』

「いやぁ、待ってたよぉ! それで、どうだった? 見つかったかな?」

『はい。目的の車を発見しました。場所は──』


 基本私は部下に対してそんなにはっきりと上下の区別つけるようなタイプじゃない。だから普段こんな感じにフレンドリーさを意識して会話をするのさ。


 それはさておき通話の内容は案の定目的の車が見つかったって話みたいだ。うんうん、さっすが私の可愛い部下だよ。優秀だねぇ。

 そして教えて貰った場所を聞き、手元のノートパソコンを使って検索。なるほど、こんな場所にいたんだ。


「うんうん。ははぁ、その場所なら車で行けるんじゃないかな? 良い仕事っぷりだ。約束通り夏のボーナス追加の打診はやっておくよ……よくやってくれたね。ありがとう」

『ありがとうございます! では引き続き尾行を継続し、クラウディ様へ逐一報告をと思います。それでは』


 彼女とは目的の地で落ち合うことになるだろう……。到着するまでに閃理くんにバレて捕まらなきゃいいけど。

 ともかく第一班の居場所は割り出せた。急いで現場に向かうとしよう。事務作業は後回しだ。


 内心ウキウキで準備を進め、支部に保管している車を一台借りて教えられた場所へ向かう。そうそうカーナビは忘れずにね。

 ……あ、そういえばディザストくんの指示はどうしようか。支部待機とは言われてるけど…………うーん、まぁ細かいことはいいか!


 だってこれは待機中の暇潰しにだけなんだから。まさか出掛けた先で第一班の車とたまたま偶然運命的にはち合わせて戦いになっても仕方がないことだからね!


 もっともな理由を考えつつ準備を整え、ディザストくんには秘密にしておきつつ──でもバレたら怒られるのは目に見えてるから支部の職員には良い感じに誤魔化すようお願いはしておくけど──いざ出立。


 アクセルを踏んで私の操作通りに動いてくれる車は車道に繋がる裏道を通って表の世界へと繰り出した。

 うん、今度こそ君に会いに行くよ、焔衣くん。君を迎え入れるためなら例え太陽の下、日光の下、紫外線の下、どこへだって行ってやるさ。











「ねぇ、焔衣くん。幻狼くんとの試合なんだけど、一回分だけ私に交換して勝負してくれないかしら?」

「ぶふ──ッ!? ほ、本気すか!?」


 第二班と一緒にダイニングテーブルで食卓を囲んで食事をしている最中、唐突に吐き出された提案に俺は口に含んでいた味噌汁を隣に向けて吹き出していた。


 隣は閃理だからしっかり布巾でガードされたから大丈夫。それはそれとしていきなりだなこの人!? そんな結果なんて見なくても分かるようなことを何故したがるのか。


「唐突だな。焔衣にお前との試合は早すぎると思うんだが」

「やだもう閃理くんったらいじわる。そんなの私が一度手合わせしたいと思ったからに決まってるじゃない」


 閃理も俺と同意見のようだが、舞々子さんは自分がやりたいからする! とのことらしい。そんな稚拙な理由で俺に絶対的敗北を突きつけに来るとは恐れ入った。


 でもまぁ……上位剣士っても閃理しか相手にしたことないし、ましてや剣の能力ベクトルが根本から違う相手。一回くらい手合わせして、どんな戦い方をするのかも学んだ方がいいのかも?

 悩むな……。う──んと強くうなりながら考えておく。


「封田さんとは一度手合わせするべきです。少しでも早く強くなりたいのであれば、相手の好き嫌いをするべきではないかと」

「それ、メルも同感。とにかく訓練、試合、実践。とにかく繰り返して強くなル。一番早く、強くなれる近道」


 と、パスタをフォークに絡めつつ凍原とメルから試合をするべきという旨のアドバイスをいただいた。

 うん……それは勿論分かってる。メルに至っては少し前に同じこと言われてるし、強さの近道という点ではあながち間違いはないのだろう。


「今は止めておけ。連敗が続く今、これ以上意欲を下げられても困る。それに封印の権能は想像している以上に厄介だ。下手にやられると三日は剣を使えなくなる」

「そ、それは僕も同意見です……。試合回数減らされるのはちょっと……」

「もぉ~、二人ともひどいわ。私だって加減出来ますぅ~! 幻狼くんも明日は好きなおかず作ってあげるから、お願い!」


 和食派の閃理と幻狼は試合は止めておくべきだというアドバイスが。

 同じ上位剣士である閃理や直属の部下である幻狼にそこまで言わせるんだから、やはりただの格上ってわけじゃなさそうだ。


 ふーむ、悩みどころだな。俺が求める強さのために戦ってみるか、やる気のために今はパスしておくか。

 普通に考えれば幻狼との試合があるから、これ以上の体力消費はいただけない。前みたいに訓練後に闇が襲ってきても困るしな。


 だからとはいえ、次に同じチャンスが来るのはいつになるかも分からない。未熟な今だからこそ見える何かがあるかもしれないし、ふいにするのも勿体ないよな。


 米を咀嚼しながら考えること数分。……うん、決めた。ごくりと噛み砕ききった米を飲み込んで出した結論を言葉にする。


「いや、俺やります。舞々子さん、試合の相手をお願いしてもいいですか?」

「そうそう! それでいいのよ焔衣くん。強くなるにはとにかく練習! 私との戦いは必ず今後に生かせるわ。勿論、手加減はしないから!」

「あ、手加減はしてほしいです……」


 結論として出したのは試合をするというもの。何だかんだで舞々子さんの剣って分からないところが多いんだよなぁ。

 今閃理が言った封印の権能の厄介さっての全部は知らないし、体験くらいならいいんじゃないのかな?


「後悔するなよ。もし一度も封印されずに試合が出来たら明日の訓練はサボって良いぞ」

「言ったな? よーし、やる気出てきた。幻狼、すぐに準備するぞ」

「ふぇぇ……」


 言質取ったぜ。でも一度も剣を封印されなければ明日の訓練はサボっても良いなんて言わせる相手ってことだ。

 正直怖いぜ。多分やってることは蟻が象に喧嘩売るようなものだろうし、勝てないのは手に取るように分かる。


 しかし、ここで逃げてちゃディザストには一生勝てない。多少を使ってでも舞々子さんに勝つ!






 そして昼食タイムが終了! 俺たちは再び運動場に戻って練習試合の続きをする。

 当然次の相手になったのは舞々子さんだ。幻狼の試合を一つ分上書きして乱入してきた裏ボス的存在。真の強者である。


「ルールは特別に枠外からはみ出してもいいことにするわ。私は元のルールに従う……その代わり、剣を封印されたらそこで試合は終了よ。自分だけじゃなく剣も守ることにも意識を向けることね」


 特別にハンデも貰ったけど、俺とて真っ正面から向かって勝利はおろか拮抗する予感さえもしないのは分かってる。だからこそ、少しでも勝率を上げるための工夫をするのだ。


「幻狼、ちょっといいか?」

「え、な、何でしょうか……?」

「あのさ、……で、……って思うんだけど。やってみないか?」

「えぇ……良いんでしょうか、それ?」


 俺は外野で待機してる幻狼を呼び出して耳打ちである話を持ちかけた。

 流石に驚かれるが、こそこそと話してる内に幻狼も乗ってきてくれた。ふふふ、チョロいぜ。

 というわけで俺は──否、は舞台に上がる。


「……あら? どうして幻狼くんまでいるのかしら?」

「舞々子さん。俺にもう一つハンデをください。幻狼も試合一回分無くなって不満がってたんで、この試合は二対一でやらせてください」

「お、お願いします……!」


 そう、俺は幻狼と手を組むことにしたのだ。卑怯臭いとはこのことだが──まさか上位剣士がこの程度のハンデで屈するとも思えないしな。

 きょとんとしている舞々子さんだが、すぐに笑顔を取り戻してこう言う。


「ええ、勿論大丈夫よ。一人が二人になっても変わりませんから。むしろ戦い甲斐が増えて嬉しいわ」


「いいゾー! いけー、焔衣、幻狼ー!」

「二人掛かりでもどうにかなるとも思えんがな。まぁ、気張って行けよ、二人とも!」

「お二方、負けないよう頑張ってください。応援してますので」


 このサプライズに外野も盛り上がってきたところで、俺たち炎熱幻影ペアと封印の聖癖剣士の試合が始まろうとする。

 流石に緊張だな……。舞々子さんの気迫もすごいし、なにより俺自身初のバディを組んで戦うって事態だから勝手が分からない。


 とにかく落ち着け……。幻狼だって先輩だ。俺の動きに合わせてくれるかもしれないし、そこに賭けて俺は俺の戦い方をする。


「では、試合…………始め!」


 そして──閃理の合図のこの戦いの火蓋は切って落とされた。

 幻狼は突撃するとそのまま舞々子さんの周囲を右周りに周回し始める。流石に何度も戦ってるだけに姿勢は強気だなぁ。


 そんでもって俺はその幻狼とは反対の左回りで周回しつつ距離を置く。流石に封印属性相手には慎重に行きたくなるから仕方ないだろ。


「何度も言ってるけどもっと攻撃に積極的になりなさい。そうじゃないと私は倒すどころか指一本触れさせないわよ!」

「怖……。舞々子さん、試合になると印象変わるなぁ」


 試合終了直後の幻狼に言ったみたいな厳しい口調で指導というか指摘してくる戦闘中の舞々子さん。普段が甘々な人物だからか、このギャップ差が激しくて怖さ倍増だわ。


 とはいえ言われた通り攻めなければ勝ち筋は見えてこない。うん、まずは攻める。攻撃こそが最大の防御って言うし、仰せの通りにィ!



【聖癖開示・『ツンデレ』! 熱する聖癖!】



 俺は聖癖開示を発動。距離を取りつつ空中に向かって放った炎塊はそのまま舞々子さんの上まで飛んで行き、弾けて火の矢となり降り注ぐ。さて、これに相手はどう出る……?


 すると舞々子さんは刃封ばぶうを構えるや否や、迫り来る火の矢を一切見ることなく剣を振るって全て弾き返した。見ることすらしないってヤバくないか?


「今のが攻撃? だとすれば甘いわ。今のは攻撃なんかじゃなくて、お遊びレベルよ。牽制にすらなってないわ。もっと本気で来なさい!」


 牽制にもなってないってマジ? ちょっと厳しすぎるだろ……!

 流石に今のはムッと来た……っていうかむしろショックだ。今の火の矢は普通に強めの設定で放ったつもりだったから。


 こりゃあ、ガチで本気マジに行かないとな。下手な攻撃は全部意味のない行動に終わるってことだ。

 それを踏まえて次の手はどうするか──それを考えている中、幻狼も動く。


 舞々子さんの周囲を旋回しながら背後に回ると、突如として攻撃に転じる。でもその攻撃は簡単に防がれてしまうが。

 しかし剣をいなされても負けじと次の攻撃へ移行。するりと足下を通ったりして死角へ移動し、不意打ちを連打。その度に舞々子さんも完璧に反応してるんだから驚きだ。


 でも動きが何だか妙だな。特に舞々子さんがなんだけど、幻狼を目で追おうとしてるんだろうけど、全然見当違いの場所を見ていたりする。本人が目の前を通ってもまるで見えていないみたいだ。


 一体どういうことなんだろうか。幻狼も幻影を使ってないかもだし……いや待て。本当に幻影を使ってないのか?

 もしかすれば俺には見えてないだけで、本当はバリバリ能力を使ってるのでは? そうだとすればあの変な挙動にも納得がいく。俺と戦ってる時もああいう風に攻撃してたのかもしれない。


 ってことはつまり、幻狼が舞々子さんを幻影で惑わしている今この時が反撃のチャンスってことか! ならみすみす見逃すわけには行かないよな!

 やるべきは今! 俺がだということに念頭し過ぎるのはご用心だぜ。



【聖癖暴露・対陽剣焔神! 聖なる炎が全ての邪悪を焼き払う!】



「いくぜ、新必殺暴露撃──焔魔刃弓波えんまじんきゅうは!」


 ここで俺、新たな技を試す。焔神えんじんとて暴露撃で放てる技が三つしかないわけじゃない。先代の記憶の中にはもっと沢山の奥義が眠っている。


 これもまたその一つ。燃えさかる鍔が長く細い火柱となって弓にも似た形状となり、そのまま弓を撃つモーションで引っ張ることで炎を放てる遠距離攻撃。

 狙いを定めて──放つ! ああ、本気で行かせてもらうぜ!


 幻影の群からいきなり現れたであろう舞々子さんへ向かって一直線に飛んでいく焔神えんじんの刃型の矢。これはさっきの小手先レベルの小さな矢とは違い、剣と同等の大きさを誇る。

 これなら一矢を報えるはず! 矢を放つ技なだけに!


「ふッ! ……今の技、中々良かったわ。でも練度が足りてないわ!」

「嘘だろ!? 今の一撃を切ったって……!」


 マジで……? 目の前で起きたことに自分の目を疑わざるを得ない。

 確かに猛スピードで直進していった矢は、舞々子さんを狙っていた。でも迫る直前刃封ばぶうを翳すように構えただけで、矢側の推進力のみで切り裂いたのだ。しかも幻狼の幻影を相手にしながらだぞ?


 強すぎ……じゃない? 日本一強くない? そりゃ強いよな。舐めてかかったつもりは一切無いにしろ、ここまで差があると驚きを通り越してもはや感動さえ覚える。


焔神えんじん……本当に強い剣ね。敵じゃなくて良かったわ……。焔衣くん、今からそっちに行きますから準備しておきなさい」

「へぇっ!?」


 な、なんか狙いを定められたんですけど!? いやいや、確かに剣と剣を交えて戦うのは剣士としての定めというかそうなんですけど……いや怖い怖い怖いって!


 嫌な予感が全身を襲う中で、舞々子さんはまるで今まで本気を出していなかったかの如く幻狼の幻影を全て無視して簡単に包囲から抜け出してしまった。


 俺からしてみれば単に移動しただけに見えて他はなんにも変化を感じ取れないけど、幻狼がめちゃくちゃ驚いた顔してるからすぐに分かった。


 ひたひたと俺にゆっくり迫ってくる舞々子さん。あの普段の優しい表情は見る影もなく失せており、練習とはいえ戦いに望んでいる剣士の顔になっている。目がれる人になってて怖いんですけど……。


 もしかしてさっきの一撃で変なスイッチ入れちゃったかな。だとすれば非常にマズいですね。今すぐ逃げ出したいね。


「行くわよ」

「んなっ……!?」


 ほんの一瞬だけ瞬きをした瞬間、舞々子さんの姿が突然目の前までに迫って来ていた。

 即座に反応して剣で攻撃を止めることには成功したが、この一撃で枠外ギリギリまで押し出されたんだけど!?


 おいおいおいおい、メルとやった時も似たことはしてるけどここまでじゃなかったぞ! 加減出来るって昼間に言ってたじゃん!?


「ちょ、タンマ……」

「駄目よ! この程度で根を上げちゃ強くなれないわ! もっと強気になりなさい!」


 激しい攻撃だ。同じ形状タイプの剣とは思えないくらいに早く剣を振って連続切りを繰り出してくる。一方の俺は刃が当たらないように剣で防ぐだけで精一杯だ。


 まずい、このままじゃやられる! まだ始まって数分くらいしか経ってないのにもう終わるのか!?


「焔衣さん!」


 と、猛ラッシュを受ける俺に助太刀が。幻狼が俺の方へ向けて駆けつけてくれた。

 そのまま偽嘘いつわりの力で幻影を解き放つ──複数人の幻狼が舞々子さんに向かって飛びかかる。


「無駄よ!」



【聖癖開示・『バブみ』! 母なる聖癖!】



 迫る気配を察知するや否や聖癖開示を発動。俺の剣を弾いて隙を作ると、背後に迫る四人の幻狼に向かって瞬時に剣を振るった。

 そして幻影は全て消滅する。だが向かってきていた全ての幻影はどれも偽物で本物の幻狼はどこにもいない。


 この現象を静かに見る舞々子さん。そして振り返って俺の方向に顔を向け直した。


「ふぃー……。助かったぜ、幻狼」

「い、いえ。今はお互いに協力しあう仲ですから……」


 だがそこにはすでに俺はいない。幻狼の協力もあって抜け出し、運動場の隅にまで避難出来たからだ。

 幻影の対処で見せた一瞬の隙を狙い、舞々子さんの視界から俺がいなくなったタイミングで幻狼が横から引っ張ってくれたからだ。本当に助かったぜ。


「今のは……中々良いカバーね。敵を欺かしつつ追撃はせずに仲間を連れて逃げる。それもまた戦うために必要な判断ね。幻狼くん、ナイスサポートよ」


 元の優しい舞々子さんの面影を見せるが、それも本当に一瞬だけだ。またすぐに戦士の顔になって俺たちを睨みつけてくる。

 褒められて嬉しそうな表情を浮かべていた幻狼も再び凍り付く。俺もビクッとなる。


「でも──逃げ回るばかりは駄目よ。せっかく二人掛かりなんだから攻めないと……でないとこの試合、ここで終わらせますよ」

「まぁ本気で来ちゃいないよな……!」


 分かってはいるけどやっぱり本気なんて全然出してなかったんだ、舞々子さんは。

 遊んでいる……っていうのは少々語弊があるかもしれないが、俺たちの攻撃なんて屁でもないんだろう。


 そんな人が終わらせると宣言した。これ即ち戦いのギアをさらに上げるつもりなんだ。


「幻狼。残りの十分間、どうやって凌ぐのがいいと思う?」

「え……っと、逃げ回るのはもう駄目だと思います。あの感じになった舞々子さんには逃げより攻めで行く方が多少は長く試合させてもらえるかも……です」


 この試合は制限時間付きだ。少なくとも舞々子さんは始めに設定したルールは守っている。俺たちの勝利方法は実質タイムアウトによる判定勝ちしかない。


 幻狼曰く、本気の舞々子さんに背を向けることは試合の即時終了を意味するという。こっから先は攻撃を中心とした動きをしなければ勝ちのチャンスは来ないというわけだ。


 攻め……攻めか。試行錯誤中の俺の戦闘スタイルとして現在設定している速攻攻撃の型。凍原や幻狼の時のように馬鹿みてぇに攻めてくべきなのだろうか。でもそれは違う気がするんだよ。


 推測だけど、そんな動きで攻めたら一瞬で負ける。単調で単純な戦い方はプロの剣士にはお子ちゃまのやり方に過ぎないはず。

 じゃあどういう攻め方が適切なのか──先代の記憶に頼って探してみる。


「……幻狼、ちょっとだけ舞々子さんの足止めを頼んでもいいか?」

「え、でもそんなことまたやったら、今度こそ怒ってきますよ……?」

「少しだけ時間がいるんだ。もしやられても骨は拾ってやるから頼む」

「ふぇぇ……。な、なるべく早くお願いしますぅ~……!」


 記憶を探りながら幻狼に足止めの役割を提案。今頼れるのはお前しかいないんだ!

 視線に込めた俺の懇願に最初は目を逸らす幻狼だったが、すぐに剣を構えて弱々しく相手へ向かう。


 マジありがとうな。ちょこっとだけでいい、俺のために耐えてくれ!

 再び舞々子さんに幻影を掛けて翻弄攻撃を再開。一応は攻めには出てるっぽく、俺の注意を逸らすまでしてくれている。助かるぜ。


 その間、俺は記憶を辿って現状を突破出来る打開策を探す。あーでもないこーでもない、これかもしれない、やっぱ違うかもしれない記憶たちを探すこと数十秒──ついにそれらしき記憶を見つけ出す。


「幻影の完成度は素晴らしいわ。でも、焔衣くんが参加してないことはバレバレよ!」

「うわあぁっ!?」


 瞬間、舞々子さんの剣が幻狼を吹き飛ばす。どうやら俺との二人掛かりで攻め立てる幻影を見せていたようだが、すでに看破されていたようだ。


「逃げは駄目だと言ったはずよ。約束を破った罰です。幻狼くんはここで脱落よ」

「そ、そんな……。ごめんなさい、焔衣さん……」


 そして怯んでいた隙を狙い、幻狼の剣に切っ先を突き立て封印を施してしまった。これで幻狼の試合は終了してしまう。

 くっ……、俺のために犠牲になってしまったとは、申し訳ないことをしてしまったな。骨は拾うと言ったが、拾い方が分かんないから許して。


 その代わりと言っちゃあなんだが──俺の準備はもう出来上がりつつある! 仇は取るぜ、多分。


「さて、サボった子にもお仕置きが必要ですね──って……」


 一人の始末を終え、くるりと俺の方をむき直した舞々子さん。だが今の俺がやっていることを見て、一瞬素の表情に戻ってしまう。


「はああっ、せい! はぁっ!」


「あいつ……何をしているんだ?」

「ははッ、変なノ。写真撮っとコ」

「えぇ……? 何故にあのようなことを……」

「もしかして焔衣さん、おかしくなっちゃったのかな……!?」


「えーと、焔衣くん? どうしてその……いるのかしら?」


 これには外野も困惑を隠せない。それも仕方ないよな。だって俺は今、指摘された通り焔の剣舞を踊っているんだからな。


 これには俺以外の剣士全員が唖然としている。やだ……まだ人前で踊るのは慣れてないんだからあんまりジロジロ見ないで……?

 つっても別に試合が暇だったからとかそういうのじゃなく、きちんとした理由がある。それが何なのかは……後のお楽しみだぜ。

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