第二十八癖『戦闘、幻影の聖癖剣士』

「これより“幻影の聖癖剣士”狐野幻狼と“炎熱の聖癖剣士”焔衣兼人との試合を始める。両者、位置について──」


 凍原戦後の休憩タイムを終え、ついにもう一人の剣士と手合わせをすることに。

 相手は俺より年下だが、剣士としては一年先輩だ。粗相のないよう全力で行くぜ。大きく深呼吸をして、試合前に言葉を交わす。


「スゥ──ふぅ……。幻狼、最初から本気で行かせてもらうぜ。だからそっちも本気で来てくれ」

「ひぇ……。は、はい……」


 んー……いや、薄々気が付いてはいたけどさ、なんか威勢が無いよなぁ。常時怖じ気付いてるっていうか、なんか気が弱すぎるような。

 本当にそれで剣士でいられるのか? 勿論俺は幻狼の全てを知ってるわけじゃないし、ただの憶測に過ぎない考えだというのは理解してるけど。


 いいや、どうせ実力はすぐ分かる。舞々子さんの所で鍛えているその実力、見せて貰おうか!


「用意──……始め!」


「はあああああッ!」


 第一試合と同じように閃理による試合開始の合図が鳴ると、俺らはお互いに動き出した。

 俺はいつも通りの攻めスタイル。この戦い方が性に合ってる気がするんだよな。


 対して幻狼だが……俺の攻撃に対し回避の選択を取り続けている。凍原のように鍔迫り合いはせず、一振りの攻撃を寸ででかわすを繰り返す。


 ぬぅ……! いや確かにその回避技術はすげぇよ。俺も見習いたいくらいだけど──それが剣士の戦い方か!? 俺ばっかり攻めてて試合してる気がしないぞ!


「幻狼、それがお前の戦い方か! 何で攻めてこない!? やる気あるのか!?」

「ひっ……ご、ごめんなさい……! で、でも、これが僕のやり方だから……」


 そう怖じ気付くような言葉を言うが、やはり俺の攻撃はかすりもしない。くそっ、まるでホログラムに向かって剣を振ってるみたいな感覚だ……。


 …………って、あれ、? 自分で言っておきながら今気付いたけど、その表現あまりにも的確過ぎじゃないか?

 いや、でも目の前にいる奴は確かに幻狼本人だ。問いに対する返事もきた。今も目だけはしっかり俺の方を見ている。


 でも、これがまさか幻影だったりして……? だってこんなに攻撃し続けててもまるで俺の動きが分かるかのように全部かわしている。おかしい……とまでは言い切らないけど流石に違和感だ。


 疑問は晴れないが戦う以外に選択肢はない。とにかく攻撃を当てるために攻め立てていく──そんな時だ。


「幻狼くん! 攻めて行きなさい!」


「はっ、はい!」

「な──……いってぇ!?」


 舞々子さんが指示する声が聞こえたと思えば、全く見当違いな場所から攻撃が飛んできた! 背中にスバッと一撃を入れられてしまった。


 ああ、一応補足しておくが剣で切られたけど血は出てないし服も無事だ。真剣での試合や訓練の前に不慮の事故を防止するために聖癖の力を妨害しない特殊なコーティングを刃にしてあるから、よほどのことでも無い限り死ぬような怪我には繋がらないから大丈夫。


 ってそんな思ってる場合じゃない! 今、背中を切られたけど幻狼は目の前──ってことは、やはり目の前にいる奴は幻影にせもの


 一体いつから幻影と戦っていたんだ、俺は!? 多少は疑ってたとはいえ、あまりに高精度な幻影を偽物だと疑いきれていなかった。これが幻狼の剣【擬獣剣偽嘘ぎじゅうけんいつわり】の力か!


 その能力はカメラすらも惑わす強力な幻影と聞く。俺もしょっちゅうお世話になってるから、強さは理解していたつもりだ。

 とはいえ所詮幻。聖癖章として使ってるからこそ分かる。人を惑わすだけであの能力自体に攻撃性能はほぼ皆無だということを。


 でも──その認識は改めざるを得ない。確かに偽嘘いつわりは攻撃に秀でた剣ではないが……それをカバー出来るほど特殊な動きを可能にし、的確に攻撃を当てにくるヤバい剣だってことにな!


「んにゃろぉ……へっ、やるじゃんか!」

「恐縮です……!」


 一瞬悪い言葉が出そうになったが、これは完全に俺の過失。相手に向けていいのは罵声じゃない、賞賛の声だ。

 だが、カラクリを見破ったからには二度目はない。目の前の幻狼が偽物でだと分かれば真に注意するのは本物の方!


 俺は即座に幻影の幻狼から距離を置いて感覚を研ぎ澄ます。焔神えんじんの熱感知能力を駆使して本物を見つけ出すぜ。

 そしてすぐにそれは発見された。後方三メートルに佇む幼げな輪郭。目を騙す剣ならば、目以外の機能で見つければ問題ない!


「そこだ!」


 俺はすぐに攻撃に切り替え、何もない場所へ斬撃を決める。が、この動きはすでに予測されていたらしく、何もない空間を切るだけの結果となった。


「もうただの幻影じゃだめみたいですね……。焔衣さん、こっちです」

「な、なんだとぉ……!?」


 幻狼の声が後ろから聞こえ、すぐにそっちを振り返った。そして、目の前にある光景に思わず驚愕した。

 眼前に広がるは無数の幻狼! やべぇ……俺の焔魔三幻身の非じゃねぇ! こんなに幻影って出せるものなのか!?


「焔衣さん、この中から本物の僕を見つけられますか?」

「や、やってやらぁ!」


 幻影全てが同じ言葉を同時に言い放つインパクトはすさまじいな。一瞬気圧されそうになったけど、負けちゃいられねぇ。

 俺は再び熱感知モードに。目の前にいる幻影の群の中から本物を特定する……つもりだったんだ。


「は……? どういうことだ、なんで全部の幻影に熱があるんだよ……!?」


 ここで俺は再び驚愕に震えた。幻狼の幻影は何故か、その全てに熱を感じ取れるのだ。


 正確に言えば全部が同じ熱を発しているのではなく、それぞれの幻影が一定の間隔で熱を持ったり失ったりを繰り返している。まるで光が連続して明滅するみたいに規則的に惑わしてくるんだ。


 これも幻影の力なのか……!? 見くびっていた、偽嘘いつわりの真価。目だけじゃなく、感覚までも幻影で支配するなんて思わなかった……!


「……っ、ええい! とにかく全部が本物ってわけじゃないんだ。とにかく切る! 切って切って切りまくって、最後に残ったのが──」


 そう、本物! 俺はその考えに基づいて動いた。熱感知モードも使い物にならない以上、こればっかりは自分の目でどうにかするしかない。


 群の中に威勢良く突っ込んで幻影を一体ずつ潰していく。案の定どれを切っても手応えなんてものはないし、その間にも幻影は数を減らすどころか増えていってる気がするんだが?


「ぐえっ!? また切られた……」

「ひぇぇ、ごめんなさい。こんな卑怯臭い戦い方でぇ……!」


 しかもだ。俺が幻影を相手してると、死角から幻狼の一撃が飛んでくる。ただの攻撃だから良いが……いや良くないけど──どこをどう注意しても目の行き届かない場所から攻められていく。


 目の前の幻影を消せば後ろから切られ、逆に不意打ちを狙おうと当てずっぽうに後ろを切っても手応えはゼロ。それどころかさっきまで正面を向いていた方向から攻撃が出てくる。


 もう……わけ分かんねぇ……。これ、もしかして凍原より強いんじゃねぇか……!?


「と、とどめです!」



【聖癖暴露・擬獣剣偽嘘ぎじゅうけんいつわり! 聖なる幻影は万物さえも騙し尽くす!】



 そんな時、偽嘘いつわりの暴露撃が発動してしまう。

 音声を耳にして咄嗟にガードの体勢を取るけど、そんなものは無数の幻狼の幻影に囲まれた状態では何もしていないも同然である。


「こ、これ……防ぎようがないだろ──……なはっ!?」


 迫り来る幻影。迎え撃とうにもあらぬタイミングで偽嘘いつわりの刃が俺を切りつける。切って切って切りまくるの意趣返しか!?

 その所行、まさに一人集団リンチ! 数を用いない数の暴力とも言うべき連続攻撃で、俺は為すすべもなくやられてしまう。


「すみません! 僕の勝ちですっ!」


 そして、最後の一撃に死角からのタックルをもらい、そのまま枠外へと押し出された。

 いや……これはちょっと舐めてたわ。年下とはいえあの舞々子さんの下で訓練してるだけのことはある。いやこれマジで凍原より強いまであるぞ。


「勝者、“幻影の聖癖剣士”狐野幻狼!」


「ふぅ。良かった、勝てたぁ……」


 ほっと安堵のため息を吐き出す幻狼。年齢相応に幼い笑みだが、あのえげつない必殺技で俺を完膚無きまでに打ちのめした顔じゃねぇ。

 マジかよ……今のは間違いなく大敗だ。正直凍原の時と比較にならないくらい悔しい。あんな戦い方があるんだな……聖癖剣士、奥が深い。



 それと一つ分かったことが。それが一班と二班を合わせた際の実力差早見表なんだけど──


 舞々子さん>(ほぼ同じ位置)閃理>(越えられない壁)>メル>>>>幻狼>凍原>>>>>>>俺


 ……ってことなんじゃないか!? そりゃそうだろうな! 何せ俺は入って二週間だからな!


「良い戦いだった。以前よりも格段に強くなっているな。このままいけば先代よりも強くなれるだろう」

Excellentすごく良かった。幻狼、もう新人って呼べなイ」

「ありがとうございます。閃理さん、メルさん。でもこれじゃ全然です。もっと強くならないと……」


 俺のことはさておいて閃理とメルは勝者に声をかける。敗者に口無しか……俺だって頑張ったんだけどなぁ。


「幻狼くん。確かに勝てはしたけど、攻撃に移行するタイミングがいつも遅いわ。私があそこで言わなきゃいつまで経っても回避行動をするだけだったでしょう? もう少し積極的になりなさい」

「はい……気をつけます」


 おお、閃理らとは違って同じ班である舞々子さんは中々厳しいな。褒めるでもなく真っ先に試合の駄目だったところを指摘するとは。

 これには嬉しそうな表情をしていた幻狼も一気にしゅんとする。あの強さでもここまで言わせるんだから、流石は日本一の剣士だぜ。


「お疲れさまです。立てますか?」

「あ、うん。ありがとな……」


 そんな俺の側には凍原が近付いてきた。片膝付いてた俺に手を差し出して立ち上がる手伝いまでしてくれるとは……クールに見えて案外人思いなんだな。


 お言葉に甘えてその手の補助に頼りつつ立ち上がる。しかしまぁ……第二班はすごいな。

 かなり本気で挑んだつもりにも関わらず俺の連敗とは。いや勿論これでやる気が萎えたとかそんなんは無いけど、かなり心にキてる。


 これじゃあ龍の聖癖剣士を倒すどころか先代の跡を立派に引き継げることさえもままならないんじゃないか? 改めて知れて良かったと思う反面、やっぱり悔しいっていう気持ちが強い。


 剣を杖代わりにしながら考える。このままじゃ駄目だ、と。

 多分焦ってるんだ、俺。第二班の実力を思い知り、間違いなく日本支部で俺が最弱だと気付かされた。多分焔神えんじんという特別な剣を授かったことで、心のどこかで調子こいていたんだ。


 我ながら浅ましい奴……。ならば煩悩に喝! 俺は自分の額に剣の柄をガツンとぶつけさせた。

 うおおぉ……めっちゃ痛い。でも考えは全然まとまってくれそうにないな。


「……!? どうかされましたか……?」

「いや、なんでもないよ。俺は弱いって気付けただけ。ああ、弱っちいな、俺は……」


 突然の奇行に凍原を驚かせてしまったことを謝りつつ、自分の立場を完全に理解する。


 まだまだ全然足りない。ディザストと戦ってからトレーニング量を増やしたりしてるが、それでもまだ不十分だ。

 何だ……何が足りない。一刻も早く強くなるには何が必要なんだ……!?


「何か悩みがあるようでしたら、私でよければお話を伺いますが……」

「え? ああ……うん、気持ちだけ受け取っとくよ。これは俺自身の問題だからさ……」

「私はそうは思いませんが。あなたの悩む理由、大まかな理由は察しが付きます。龍の聖癖剣士に襲われたことが切っ掛けなのでしょう?」


 すると凍原、俺の相談に乗ると言い出してきた。

 気持ちはありがたいけど俺の問題は俺が解決するべきだ。わざわざ心配をかけさせてしまうのも申し訳ないんで丁寧に断ろうとしたら、ディザストのことを引っ張り出してきた。


「つい先日強襲を受け、そこで実際に剣を取って実践に望んだ──そう聞いています。この練習試合も一刻も早く強くなろうとするために開いたのでしょう?」

「……全部お見通しってわけか。うん、そうだよ。凍原の言う通りだ。俺はディザストに挑んで──負けた。一瞬本当に剣士を辞めさせられそうになった。自分の弱さを実感しちまった……情けない話だ」


 あの時のことはやっぱり閃理が舞々子さんに教えていたんだろう。いや、悪癖円卓マリス・サークルに襲われるっていう事態だし支部中に広まっててもおかしくはないだろうけど。


「情けなくはないと思います。そもそも入って二週……いえ、当時はまだ一週間程度。勝てないと分かっていたにも関わらず挑んだ勇気は称賛出来ます。もっともそれは蛮勇とも言いますが」


 蛮勇……言い得て妙だな。確かにあの時の俺は龍美の話で怒り、向こう見ずな勝負を挑んでしまった。結果だって冷静じゃなかったあの時も大体予想ついてたし、確かに勇気と呼べる代物ではないな。


「しかし、どうしてそこまでして早く強い剣士になろうとするのですか? そこが分かりません。急ぎ足で得た技術が真に自分の力になるとも考えにくいのですが」

「それは……」


 この問いかけに俺は固まる。龍美のことを知るディザストを倒し、居場所を聞き出すため──それが俺の強さを求める理由だ。


 しかし、そのことを安易に口にしたくない。無論凍原のことを閃理以下の信用度だからなんて思っちゃいないし、正論なのも分かってる。でも、俺の個人的な目的を言いふらしたくないんだ。


 凍原には申し訳ないが、これは教えられない。俺はだんまりを決め込むことにする。


「……ごめん。理由は教えたくない。でもカッコいいから、とか成り上がりたいから、みたいなくだらない理由じゃないことだけは言える。ほんとごめん……」

「そうですか。でしたらこちらも謝らなければなりません。自分の興味で人のことを訊ねようとしてしまって。その感じだと、相当言いたくないことなんでしょうね……不躾な質問をしてしまい、申し訳ありませんでした」


 断りを入れたらあっちも謝ってきた。相談だ何だといっておいて興味半分で訊きにきたことを素直に告白され、ぺこりと深いお辞儀をされる。


 礼儀正しいなぁ……。別に気にしてはないからいいけど。こうして話してみれば案外普通に良い人だな。凍原青音……枠組みとしては同じ新人剣士としてやっていけれたらいいな。


「凍原、ありがとな。相談に乗ってくれてちょっと嬉しくなった。今になって言うのも今更って感じだけど、これからもよろしくな」

「へっ!? あ……と、当然です。同じ剣士同士、お互いに切磋琢磨して一人前の剣士になるのが共通の目的なので……べ、別にそういう変なことは意識してないわけで……そのぉ……こちらからも、よ、よろしくお願いしま──」


「二人とも~! もうご飯の準備出来てますよ~? 早くいらっしゃ~い!」


 なんか途中でごもごも言い出した凍原の言葉をかき消すように、舞々子さんの声が運動場に鳴り響く。

 どうやら昼食の時間になった模様。すでに他のメンバーはここを出てしまっているみたいだし、俺らは出遅れのようだ。早く行かないとメルに全部食われちまうって!


「だってさ。行こうぜ凍原。飯だ、飯!」

「ひぇぇぇあぁぁ……!!」


 俺は凍原の手首を掴んで急いで運動場を出る。何故か凍原の動きはカクカクだったけど、やっぱり連戦したわけだし相当疲れてたんだな。俺も同じだぜ。

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