第百二十癖『閉じては終わらぬ、擬人の芸術』

「……ぬぅ。これはどうしたものか」


 疲労で動けない焔衣を置いて先に調査へ出た俺だったが、予想外の事態に見舞われていた。

 現在、俺はとある集団によって行く手を阻まれているという状況。これは参ったな。


 グラウンド方面から先に調査しようとした時、どこからともなく現れた人波によって反対方向へと流されてしまったのだ。


 最初はどこぞの団体の集団移動に巻き込まれたかと思ったが、しばらく様子を見ている内にそうではないことに気付く。


「この無口さからして、こいつらは間違いなく擬人化体だろう。となると近くに奴がいることは確実そうだな」


 団体は目測で二十人は越えるだろう。だが、それら全員は一言も発することもせずにそこで屯しているだけ。


 このことからこいつらが擬人化体であると見抜くのは容易である。

 聖癖章による情報通り、ここに具召ぐしょうの剣士が潜んでいると思っても良いだろう。


 奴がいる場所はおそらくグラウンド方面。でなければこうして進行の妨害に出るはずがない。

 俺たちがここに来たことは知れているはずだろうから、さしずめ戦力の分散が目的といったところか。


 ならばそう易々と策に乗るわけにはいかん。連戦を強いられている焔衣のことも心配だ。

 多少乱暴だがやるしかあるまい。剣を持たない剣士は木偶の坊でないことを証明する。


「お前たちに構っている暇はない。悪いがこれ以上の妨害をするのであれば──容赦はしない」

「…………ッ!?」


 そう宣告にも等しい言葉を口にした瞬間、俺は一番手前にいた擬人化体の頭を掴み、高速でツイスト。


 首からゴキッ、という異常な音を発すると、その擬人化体は膝から崩れ落ちるように倒れた。

 この一幕に騒然とする他の擬人化体たち。仲間を一人始末されたことを理解しているようだな。


 具召ぐしょうの作り出した擬人化体は基本的に人間と同じで、死傷レベルのダメージを負わせることで倒すことが出来る。


 今の俺は剣を使えないが、だからといって無力というわけではない。

 こういった状況を想定しないわけないだろう? 剣を用いない近接格闘の心得くらいあって当然だ。


「ふっ! はあっ!」


 そういうことで殲滅開始。的確に首などを狙い、一撃で落としていく。


 しかし相手は擬人化体。元となった物質から概念を抽出し、特殊な技能を使える存在。

 状況が足止めから戦闘に移行したことを認め、奴らも攻撃性を露わにする。


 おそらくこの町からかき集められる限りの武器になりそうな物を元に作ったのだろう。

 ナイフやハサミ、様々な凶器を持って俺へと迫る。


「甘い。多対一なら勝てると思うなよ」


 だがその程度の脅威はどうということはない。武器は危険でも使い手が惜しければ無意味も同然!

 迫り来る擬人化体の武器を蹴り上げると、瞬時に顔を掴んで地面に叩きつけた。


 怯まず攻撃を仕掛けてくる次の個体には突き刺すような蹴りをお見舞いしてやる。そのまま吹き飛び、後続に激突していった。


 余裕をこく暇は無いにせよこんなものか。

 情報が正しければ擬人化体の強さは元の物体の品質などに左右されると聞く。


 品質、性能の高さが擬人化体の強さに直結する。

 だがこいつらは正直言って弱い。おそらく錆びや劣化した物を元にしたんだろう。


 だが如何せん数が多い。もしかすると質より量を選んだのかもしれん。弱くとも厄介なことに代わりはないか。


 長期戦も視野に入れなければな。そうなる事態を覚悟しつつ、戦いに戻ろうとした時だ。



Deadiy thunder死ぬほど痛い雷撃!!」



 そんな聞き覚えしかない叫び声が聞こえた途端、激しい雷鳴と同時に擬人化体の群の中に何かが墜落。


 どよめく群衆が落下物から距離を取り、俺もそれを隙間から見る。

 マスクを被った男。こいつは……合流した時に焔衣が言っていた理明わからせを持って行った奴か?


「閃理──! 今助けル!」


 続けて同じ声が助太刀に入ることを宣言。その瞬間、擬人化体の群に向かって落雷が複数発生する。


 凄まじい音に思わず顔を隠してしまったが、俺への被害は無い。やはり上位剣士にも匹敵するコントロール力だな。


 先ほどまで大勢の擬人化体がひしめいていた場所には一人の剣士と大量の焦げた小物だけが残る。

 まさかここで合流することとなろうとは。予想外だったが非常に心強い。


「間に合っタ! 閃理、大丈夫?」

「ああ。これ以上無いほどの完璧な登場だ、メル」


 助太刀の正体、それはメルだ。焔衣に変わって理明わからせを追跡していたはずだったが、今ならここに来た理由も察せられる。


 運動公園が敵の本拠地であるのなら、理明わからせを持って逃げていた擬人化体は自ずとここを目指すはず。

 ほぼ確信していたことではあるが、これで決定的になった。具召ぐしょうの剣士はここにいる。


「ン? 焔衣はどこ行っタ? 一緒じゃなイ?」

「向こうの入り口付近にいなかったか? どうしても休憩を挟んでからが良いと言うものだから、休ませていたんだが」

「別の方向から来たから閃理の言う入り口、メル通ってないかモ。理明わからせ追ってて気付いてないだけかもしれないけド」


 そうか。しかし時間的に今も休憩しているとも考えにくいし、もしかすれば運動公園内に入っているかもしれん。


 確認も含め、スマホのアプリから焔衣の位置を特定してみることにする。

 起動してすぐに表示される画面。そこには赤い点で表示される焔衣が運動公園の奥にいるのが分かった。


「どうやらあいつも行動開始したようだ。捜索の前に合流を目指す。擬人化体の数が町より多い以上、単独行動をしている焔衣が危険だからな」

「分かっタ。目的地は公園の一番奥。多分400mはあるかモ?」

「距離の測定ご苦労。だがその前に理明わからせをどうにかしなければな」


 これからの行動を決めたら、先にするべきことを済ます。

 落雷による焼け跡の上に転がる一本の剣。俺の聖癖剣【雌童剣理明理明メスガキけんわからせ】だ。


 曰く自ら剣に戻ったとのことだから、まだ具召ぐしょう側にあるだろう。直接触れては面倒なことになりかねない。


「封印の聖癖章は焔衣に預けたままだからな。仕方あるまい。別の形で封印する」

「Ok。あのやり方ってこト」



【聖癖リード・『マミフィケーション』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】



 付き合いが長いだけあって詳しく言わずとも俺の意図を読み取ってくれるな。


 自前の聖癖章を貸すと即座にリードし発動。理明わからせに簡易封印措置を取る。

 廻鋸のこぎりから作り出される布で剣を包み込むと、あっという間に俵のような楕円の塊になった。


 このくらい厳重に巻けば触っても報復は起きまい。まぁ些か不格好だがな。


「では行くぞ。道中の戦闘は頼んだ」

「分かっタ。任せテ」


 物理的に無力化した剣を小脇に抱え、俺たちは移動を開始。目指すは公園の最端に建つ建物だ。


 門を過ぎてグラウンドへと降りると、そこにはやはり複数の擬人化体が待ち構えているようだ。

 だが、今なら大した障害ではない。


 合図もしないままにメルは素早い身のこなしで接近し、一瞬で全ての擬人化体を撃破する。


 やはりメルの存在は心強いな。妨害を難なく突破出来るのは実に大きい。

 その後も奥へ行く度に迫り来る擬人化体を切り伏せながら建物のある場所へと近付いていく。


 するとここで運動公園では決して起こらないであろう異音を耳が捉えた。


「むっ、今の音は……」

「メル、分かル。今のは電気使って高速移動した時に出る音! 焔衣が戦ってル!」


 雷鳴と爆音、そして……建物の裏からうっすらと立ち昇る煙!


 間違いない。焔衣が何者かと戦闘しているんだ。この事実をメルも察している。

 相手はおそらく……いや、確実に具召ぐしょうの剣士だろう。


 そういうことか。俺をグラウンド側に近付けさせなかったのは、焔衣に狙いを絞るためだったか!


「急ぐぞ! もしかすれば苦戦しているかもしれん。俺たちも助けに行く」

「Ok! 待ってて焔衣、今メルたちが助けル!」


 仲間の窮地にのんびりする理由はない。一秒でも速く目的地へ急ぐ理由が生まれた。

 駆け足をより速く動かし、現場へ急行。だがそこで衝撃の光景を目撃する。




「聖癖暴露撃──擬人転成!」



「ぐっ……!?」




 建物の裏手に到着して早々、視界に飛び込んで来たのは、敵の不意打ちが攻撃中の焔衣の背に向けて放たれた光景だった。











 暴露撃の直撃を食らった俺は、焔魔天変も強制的に中断されてしまい、大きく吹っ飛ばされてしまう。

 地面を転がり、止まったのは雑木林の手前。あともう少し威力があれば突っ込むところだった。


「う、ぐ……。なんだ、最初のと全然威力が違うじゃねぇか……!?」


 何とか起き上がって状況を整理する。

 ぶっ飛ばされたのは予想外だったが、攻撃力自体はそうでもない。ダメージはむしろ地面に転がった方が大きいくらいだ。


 しかし、まさか具召ぐしょうが隠れ潜んでいたとは……。

 そういえばあいつ、初めから聖癖剣を持たずに擬人化体へ指示を出していたな。


 つまり剣士自身は今まで擬人化体を操っているわけではなく、遠隔でぐしょさんが操作していたのか。

 俺の隙を狙うために──。なんだよ、結構相手も策士じゃねぇか。


「……ふぅ、危ねぇところだった。マジで死ぬかと思ったぜ」

「でも待ち伏せ作戦は成功したわ。あなたの考え、通用するじゃない」


 崩壊しかけの擬人化体の防御肉壁から姿を現す具召ぐしょうの剣士。この作戦、どうやらあいつ考案らしい。

 マジで確実に俺を仕留めにくるとはな。正直素人の思い上がった考えだと思って甘く見てたわ。


 でも一つ誤算だ。ぶっ飛ばされただけで俺はまだ戦える。不意打ちに成功しても二度目は無いぜ。



「焔衣ッ!」



「──ッ! 形遥、逃げて!」

「うっ、もう来やがったのか!?」


 すると、どこからともなく叫び声が耳に届く。

 次の瞬間には稲妻のスピードで具召ぐしょうの剣士に突っ込んでいくメルの姿が見えた。


 あいつ、理明わからせを持ったマスクマンを追ってたはずでは? どうしてここに?

 そう考えが過ぎるのも一瞬。メルの攻撃はいち早く気付いたぐしょさんによって防がれてしまう。


 咄嗟に体内から取り出した具召ぐしょうの本体と廻鋸のこぎりのぶつかり合い。

 しばらくの応戦の後、ぐしょさんが剣を弾き返して距離を取った。


「あなた、確かバッタ一号を追ってたはず。何故ここに……」

「あのMaskmanマスクマンはメルが倒しタ! 理明わからせは今閃理が持ってル。剣取り返すために、あなたここで倒ス!」


 メルがここにいるのはどうやら本当にあのマスクマンを倒したらしい。


 しかも理明わからせ本体も回収しているとは。流石は上位剣士一歩手前の実力なだけはあるぜ。

 驚きを隠せないぐしょさんにメルは真の意味で剣を取り戻すための戦いを挑む。


 具召ぐしょうを倒すか封印しなければ剣の支配は解除されない。この申し込みは当然のもの。

 さぁ、これにどう出る、ぐしょさん。大人しくメルの決闘を受けるのだろうか?


「……いいわ。その戦い、受けて立つ。でも戦うのは私じゃなければ当然形遥でもないわ。戦うのは──彼のよ!」


Whyはぁ……!?」

「お、俺? ……の剣!?」


 この言葉に驚くしかない。何しろビシッと指差したのは俺……が持つ聖癖剣だからだ。


 はっ、そういえば──俺がさっき直撃を受けたのは『擬人転成』って技だったはず。

 こいつは最初に廻鋸のこぎり理明わからせ、そしてミニカーと本の束を擬人化させた技だ。


 それを受けたということは……焔神えんじんも擬人化の権能の影響を受けて、今度こそ敵の手に渡ってしまうことか!?


「俺たちはこれを狙っていたのさ。聞けばお前の剣、世界最強って言われてるらしいな。それがあれば他の剣はいらないだろうからな。さぁ、俺の仲間にしてやる!」

「さぁ、現れなさい。焔神えんじん! その姿を見せてみなさい!」


 高らかに名指しするのはやはり焔神えんじん

 まさか俺を最初に狙ったのは強さとかではなく聖癖剣を奪うことだったのか!?


 まずい。闇の聖癖剣使いを単騎で壊滅させる力を秘める焔神こいつを奪われたら敗北は確実。

 それこそメイディさんに何とかして貰わないといけないレベルの事態に陥る。


 それだけは何としても避けたい。しかし、すでに擬人転成の衝撃波を当てられているから手遅れなのか!?

 無駄なあがきとは理解しつつも、俺は焔神えんじんを抱きしめるように両腕で抱え込む。


「くっ……!」


 これだけは絶対に奪われたくない。その一心での行動だったのだが……やはり無意味な行為に終わる。

 予想とは全く異なる形で、という意味で。



「…………あれ? えっと、え?」

Ummうーん……? 何も起きないけド」



 しーんと静まり返る現場。えっと、これは……どういうことだ?

 予想もしない出来事というのは、焔神えんじんがいつまで経っても実体化しなかったことだ。


 これには覚悟を決めていた俺も呆然とするばかり。

 擬人化、し……しないのか? え、マジで何が起こった!?


「なっ……!? そんな、暴露撃が不発したとでもいうの!? あ、ありえないわ。そんなこと!」

「おい、どうなってんだよぐしょさん! 一体何が……どういうことなんだ!?」


 この出来事は当の本人たちにも分からない異常事態らしい。剣士は勿論剣自身も困惑しまくっている。

 暴露撃の不発……? ぐしょさんはそう思ってるようだけど、多分その推理はハズレだ。


 本当に不発だったら俺は遠くまで吹き飛ばされていないはず。それに衝撃で紛れていたが、身体を通るぞわりとした感覚はきちんと感じている。


 間違いなく暴露撃は発動していた──でも、肝心の実体化は失敗。

 不可解な現象だが……しかしこれはむしろ好都合。


 擬人化は失敗、攻撃手段としてもダメージ量は微少ときたもんだ。

 イレギュラーに困惑している今がチャンス。一気に攻める!


「メル!」

「Ok、焔衣!」


 咄嗟にメルに呼びかけると、すぐに反応してくれる。

 今の奴らは隙だらけ。やるなら今しかない!



【聖癖リード・『バブみ』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】



【聖癖暴露・褐蝕剣廻鋸かっしょくけんのこぎり! 聖なる雷が悪しき魂に裁きを下す!】



 二人同時に聖癖リードと暴露撃の承認へ。先に動くのはメルだ。


 暴露撃による能力の解放で一気にスピードを超加速させると、一瞬にして具召ぐしょうの剣士とぐしょさんの周囲に円を描くように回り始める。


「な、しまった!? 囲まれ──ぐあああッ!?」

「形遥!? あ、何ッ、身体が、痺れ……!?」


 サークルの中に拘束された二人は苦しみ始める。猛烈な痺れに襲われているようだ。

 あの電撃には痺れの効果があるらしい。これで完全に動きを止め、とどめは俺に託された!


「これで終わりだ! 具召ぐしょうの剣士ィ!」


「ひっ……、ぐ、くそおおお!」


 電流のサークルが消失すると、すかさず俺が突撃。

 未だに痺れて動けない二人に……正確にはぐしょさんに向けて封印の力を読み込ませた焔神えんじんの刃が振り下ろされる!


 具召ぐしょうの剣士はもはや叫ぶことしか出来ないようだ。

 今日までに行ってきたその悪事、ここで清算しろ!



焔魔封炎えんまふうえん!」



 炎を宿らせた封印の権能が炸裂。

 振り下ろされた切っ先はぐしょさんの左肩から切り裂き、白い着物に炎が燃え移る。


「うぐうぅぅ……!? こ、これはっ、封印の権能!? あなた、刃封ばぶうの聖癖章をぉ……」


 袈裟懸けに炎が燃え上がる封印攻撃を受け、ぐしょさんはこの権能が刃封ばぶう由来の物だと気付く。

 まぁ、今気付いたところでもう遅いけどな。


 人の形はやがて勢いを増す炎の中で崩壊させる。

 そして鎮火し、具召ぐしょうの本体である聖癖剣だけがその場に残された。


「ぐ、ぐしょさああぁぁん……!」


 相方とも呼べる擬人化体を倒され、具召ぐしょうの剣士……いや、形遥という男はただその場に泣き崩れてしまう。


 これで終わりだ。この町に残る具召ぐしょうの影響を受けた全ては無力化されたことだろう。

 この一幕を以て、この町に蔓延る連続窃盗模倣事件はひっそりと終わりを迎えることとなった。


 でもまだ事後始末が残っている。それをしなければ完全に終わったと言えないからな。











「ここか、中々遠い道のりだったが、何とか間に合ったようだ」

「絵之本さん。ようやく来ましたね」


 色々やるべきことを済ますと、聖癖剣協会の剣士で最後の一人が遅れながらに現場へ到着した。


 ここから市街地までそこそこあったのに、俺とは違って疲れている様子は無い。この人、やっぱり意外と運動出来るんだな。


 まぁそんなことはさておき、現在運動公園の端に位置する建物の裏に集まっているのは、俺と閃理にメル、そしてたった今来た絵之本さんだ。


 さらにここへある人物がやって来るらしいが……呼んだ当人である閃理は何も教えてくれなかった。

 一体これから何が始まるんだろうな? そもそも今の状況自体、よく分かってない部分も多いし。


「お前ら、よくもぐしょさんを……。絶対許さねぇ……!」

具召ぐしょうは一時的に聖癖剣としての機能を封じられただけだ。時間が経てば解ける上に、そのぐしょさんとやらが死んだわけではない。そもそもお前が初めから素直に俺たちの話を聞いていればこうなることもなかったんだ。恨むのであれば自身を恨め」


 一方で今回の騒動の原因となった男、擬持田形遥は逃げられないようロープで身体をぐるぐるに巻かれて拘束されていた。


 さっきの戦いの恨み言を言っているけど、閃理の正論がそれを一刀両断。全くその通りで、最初っから話を聞いてれば痛い思いもしないで済んだってのに。


 何がこの男をこうさせたのやら。まぁ、特にこれとって興味があるわけではないのだけれども。


「で、その人いつ来るノ? もう三十分は経ってル」

「普段から多忙な人だからな。メイディさんのおかげで移動は問題ないが、連絡を入れているとはいえすぐに来れるわけではないさ」


 痺れを切らし始めているメルが若干不満げな顔でゲストの登場について閃理に訊ねる。


 俺も気になってるその人物。曰くメイディさんが連れてくるらしいけど、連絡を入れて半時間が経過。今のところこれといった変化はない。


 それに、その人をここへ連れてきて何をするというのか。そこが全く分からないぜ。


「……来たな」

「な、なんだ……?」


 と、ここで閃理が権限を取り戻した理明わからせ伝いでとある人物の接近を確認。


 どこから来るんだと思いながら周囲を見回していると、雑木林側の空間に白い渦が出現。

 慣れてる俺たちはともかく、形遥は渦の出現に驚くばかり。まぁ、初見だとビビるよな。


「お待たせいたしました。今回の任務も無事に終わらせられたようで何よりです。お疲れさまでした」

「はい。こちらこそ何度も剣士の送迎を頼んでしまい申し訳ない」

「いいえ、お気になさらず」


 それはそうと渦の中から現れるメイディさん。早々に今回の任務が終わったことに対する労りの言葉をくれる。


 一方で閃理は真っ先に口に出すのは感謝の言葉だ。

 何だかんだで空間跳躍の権能にしょっちゅう頼ってるしな。そう思うのもわけないことだ。


 それはさておき、メイディさんが現れたってことはイコールで今回のゲストの登場となる。

 はてさて、一体誰が来るのやら。支部長でも出てくるのだろうか? いや、それはあり得ないな。


「それではどうぞ、お入りください」

「……失礼します」


 メイディさんが渦に向かって呼び出すと、聞いたことのない低い女の人の声が返ってきた。

 そしてぬっと渦から出てくるのは……やっぱり誰!?


 出てきたのは警察服に身を包んだ少々くたびれた感じの女性。毛先が跳ねた髪と疲れ切った目が嫌に印象に残る人だ。


 マジで誰? ただ困惑するだけの俺など意に介さず、閃理はその人に声をかける。


「お久しぶりです、めぐり警部」

「そちらも元気そうで何よりです、閃理さん」

「え、知り合い? てか警部て……」


 閃理はこの人と面識があるようだ。まぁ知り合いじゃなきゃこうして呼ばないだろうけどさ。

 知り合いなのにも驚きだけど、さらなる驚くべきポイントもある。


 この廻って人、まさかの警部! 警察の中でもそこそこ偉い立場の人ってことだろ?

 まぁ警察の階級のことはあんまり知らないけどさ。


「お話や自己紹介などは別の機会にしましょう。今はまず、犯人が優先です」


 軽い挨拶を交わした後、廻警部はそのまま形遥の所へと移動する。

 薄々察してはいるけど、もしかして今からすることってのは……。


「初めまして。私は警視庁特殊権能現象処理課の廻裁綺めぐり さばきという者です。あなたが今回の件で聖癖剣を用いた犯罪行為を繰り返した方でお間違いありませんね?」


 形遥の前に立つと、廻警部は胸のポケットから警察手帳を取り出して見せつけるというドラマでよく見るあの行動をした。


 あれって本当にやるんだ……と心の中で感動しながらも、初めて耳にする言葉を考える。

 警視庁の特殊権能現象処理課? 全く聞いたこともない部署だ。


 そんな部署が警視庁にあっただなんてと思う反面、今回ここに呼び寄せた理由を悟る。


「…………」

「……黙秘権を行使するのは勝手ですが裏は取れているので無意味です。私がここに来たのはあなたを逮捕するため。聖癖剣を用いた犯罪を取り締まるのが私の職務。あなたにはその罪を償っていただかなければなりませんので」


 黙りこくる形遥に対し淡々と告げる廻警部。流石は警察、その威圧感は半端ない。

 少し離れてその光景を見ている俺も背筋が凍り付きそうだ。そんな俺に閃理が耳打ちをしてくれる。


「彼女は聖癖剣協会と警視庁が結託して運用している通称“特権課”と呼ばれる非公開部署の人間だ。今回のような一般人による聖癖剣絡みの犯罪や闇の剣士が起こした被害などの隠蔽などを任されている」

「はぇ~……外部の組織ってのもあるのか」


 なるほど。やっぱりこの人は聖癖剣関連の事件を担当する専門部署の人だったのか。

 しかもだ。特権課は前にショッピングモール襲撃事件の誤魔化しに協力しているらしい。


 事件のもみ消しや隠蔽などはこの人の仕事。俺たちが人知れずに活動出来ているのは廻警部たちのおかげってわけなんだな。


 そして今回のケースは前者に該当するから、わざわざこうして呼び寄せたんだろう。

 なら閃理が知り合いでも何らおかしくはないか。人脈が広いなうちのリーダーは。


「俺は、俺は……ただ──」

「犯行の動機などは取調室で聞き出します。念のためお伝えしますがあなたは通常の裁判ではなく光の聖癖剣協会監視の下、特殊裁判にかけられます。剣を用いた犯罪は重いですよ」


 言い訳も言おうとしたのだろう。しかし廻警部はそれを厳しく制止して発言を止めさせた。

 この厳しさを前にこれ以上の抵抗は無駄だと観念したのか、形遥は再びその場で泣き崩れてしまう。


 にしても聖癖剣を使った犯罪は民事とか刑事の裁判じゃ裁けないんだ。

 聖癖剣は世間一般には秘匿されてる存在だから当然といえば当然なんだけど。


 そんなこんなしていると、形遥の手首に手錠がかけられる。ギリッ、という小気味のいい金属音……本物も初めて見るな。


「では犯人の身柄を署へ連行します。申し訳ありませんがメイディさん。もう一度権能を使わせていただいても構いませんか?」

「勿論です。場所はすでに繋げておりますので、いつでもどうぞ」


 犯人を連れ、この場から去ろうとする廻警部。

 ちゃっかり人のメイドを使ってるけど、公務だしまぁ良いだろう。


 白い渦の中へ誘導しようとしたその瞬間、まさかの人物が送致に待ったをかけた。


「おっと、待ちたまえ廻氏。少しばかり彼と会話させてもらえないだろうか?」

「絵之本さん。またそんな身勝手を……」

「いいじゃないか。どうせ身柄は二日以内に留置場へ連れて行けば良いのだから、五分……いや、三分くらい構わないだろう。同期の頼みでもあるんだ。何とか出来ないだろうか?」


 それをしたのは絵之本さん。いつの間にか渦の前に立って警部たちの進行を止めている。

 あとさりげなく同期って判明。大学とかで一緒だったのかな? 意外な関係性を見た。


「……仕方ないですね。三分だけです。これ以上は職務妨害ですからね」

「ありがとう。そうだ、今度氏の肖像画を描いてあげよう。僕は今創作意欲に満ち満ちていてね。素晴らしい絵が──」

「結構ですので早く済ませてください」


 小さくため息を吐いた廻警部は意外にも会話の許可を下ろす。

 肖像画の件は一蹴しつつ、絵之本さんのために形遥を一歩前に出させた。


「僕のことは擬人化体を通じて分かっているだろう。絵之本描人という者だ。よろしく」

「……俺に何の用だよ」

「ああ、大したことではないんだが少し訊きたいことが君にあるんだ。答えてくれたら嬉しい」


 そんなわけで絵之本さんによる事件の首謀者との会話が始まった。

 どうやら絵之本さんにはあの男に訊きたいことがあるらしい。一体どんな内容何だろうな?


「いやなに、僕が知りたいのは擬人化体についてさ。戦っている最中に気になった点を見つけてね。あれは──見た目を自分でデザイン出来るのかい?」


 ずいっと顔を近付けさせて、絵之本さんが口にしたのはまさかの内容。


 それは擬人化体の見た目について。何を思ったのか容姿のデザインに興味を持ったらしい。

 外野の俺もこっそり考えてみる。うむ、よく思い出すと擬人化体は美男美女揃いだったような気がする。


 ぐしょさんは勿論ミニカーの男やランプの女子高生もそうだし、カラス女とクロロホルムの擬人化体だって人外度や不気味さなどはあったけど人によっては十分美形に見えるだろう。


 これに気付くとは流石は絵之本さんだ。目の付け所が違うぜ。良くも悪くもな。


「で、どうなんだい? デザインは思い通りに出来るか否か。真実を知りたい」

「顔近っ……ああ、出来るさ。見かけ上の性別や体格、人種も好きなように設定出来る。だからこれ以上近付くな……!」


 ぐいぐいと接近してくる芸術家をどうにかするために、形遥は剣の特性についてあっさり吐いた。

 擬人化体は見た目も自由に設定出来るとのこと。


 最近のゲームみたくキャラメイクの自由度は高いらしい。美形が多いのにも納得である。

 そして今の情報を聞き出せたことで満足そうな笑みを浮かべる絵之本さん。


 散々近付けていた顔を離して数歩後ずさると、形遥に向けてとんでもない一言を言い放つ。


「ふふ、。君、僕の所に来る気はないか? そこで剣士として活動する傍ら、僕のアシスタントになるってのはどうだい?」

「は……?」

「絵之本! いきなり何を言い出すかと思えば、またそんな勝手なことを」


 突然提示された話に呆然とする形遥。そして閃理が珍しく声を上げて叱咤を飛ばした。

 これくらいなら俺でも分かる。絵之本さん、マジで何を言ってるんだ?


 相手は闇ではないとはいえ聖癖剣を使った犯罪者。

 それを剣士として受け入れるって……ちょっと身勝手過ぎやしないか?


「落ち着け閃理氏。何も僕は彼の犯した罪を擁護する気はない。友であり恋人でもある聖癖剣を利用した犯罪はきちんと裁かれるべきだ。そこに異論はない」

「当然だ。奴には然るべき罰を与えられる。刑罰の執行も特権課と上層部の仕事。俺たちが関与するべきことではない」

「違うぞ閃理氏。僕が言っているのはのことだ。今の話ではない」


 ここで絵之本さんは発言の真意を語り始める。

 罪をきちんと償わせるべきだという考え自体は同じらしい。形遥本人を庇うとかではないようだ。


 曰く話の内容はその後のことについて。つまり刑罰を受け終わった後のことを絵之本さんは言っていると思われる。


「『擬人化』は実に貴重な権能だ。おまけに彼はその力を理解している。協会側にとってもこれほどまでに有益な人材であるにも関わらず独房にぶち込んで釈放したらそれまで、なんて勿体ないことをしてもいいものだろうか? 僕はそうは思わないが」

「確かにそれ自体は否定しない。だが剣士に必要なのは実力のみならず適切なコミュニケーションが可能か否かだ。今回の件が大事になったのは奴が話を聞かなかったのが最たる要因。故に組織への加入は大きなリスクになり得る。悪いが俺は反対だ」


 言葉の応酬はいつの間にかそれぞれの意見の主張を押しつけ合う論争となった。


 権能の有用性を重視して仲間に引き入れたい絵之本さんと、協調性を理由に拒みたい閃理。

 ふむ……どっちの主張も分からないでもないな。


 擬人化の力は剣と直接的なコミュニケーションを可能とさせるから戦い以外でも役に立つことは多い。

 むしろ絵之本さん的にはそれを自分のために使いたいからこう言ってるんだろう。


 しかし今回の事件は剣士自身の私欲によって発生したもの。ただでさえこのマイナスイメージがあるにも関わらず性格に難があるときたもんだ。


 正直言っていつか裏切りそうっていうイメージがあることは否めない。

 仲間にするのを拒否されるのも納得だ。特に閃理とメルは剣を奪われてるし尚更である。


「……どうしてもかい?」

「どうしてもだ……と言いたいが加入云々は俺の一存で決めることではない。まず本人が剣士として活動する意志が無ければ始まらないだろう。そこはどうなんだ、具召ぐしょうの剣士」

「え、あ……。俺は……」


 鉄壁の反論の前に下手に出る絵之本さん。一応は閃理の主張が正しいことだと理解はしてるんだな。


 しかし、加入を認めたくない閃理でも採用するか決めるのは上層部の仕事。何より形遥本人がどう考えているのかを先に問わねばならない。


 今の言葉によりここにいる全ての人物の視線は形遥の下に集まった。

 途中から蚊帳の外に放り出されていたも同然だった当人は狼狽え出すが、次第に本心を吐露し始める。


「俺は……剣士でいたい。孤独だった俺を救ってくれたのはぐしょさん……具召ぐしょうのおかげなんだ。それに俺はまだ約束を果たせてない」

「ほぉ、約束か」


 出した答えは剣士でありたいという内容の言葉。これであいつには剣士になる資格を得たわけだ。

 でもどうやらただ剣士になりたいだけではないらしい。その約束とやらが突き動かしている模様。


 文脈的に約束した相手は具召ぐしょうだと思うけど……一体どんな内容なんだろうか。


「その約束とやらを聞いてもいいかな?」

「……剣の勉強をして剣士になることだ。俺が今までやってきたことは剣士と呼べない行為だっていう自覚はある。だから全部終わったら、剣の期待に応えられる人間になるんだって。具召ぐしょうに相応しい剣士に……」


 なんと、こいつは驚いた……! 今の発言、めちゃくちゃに剣士としての自覚に満ちた内容をしている。


 権能に頼りきりだった面を自覚しているだけでなく、それを変えようとしていただなんて簡単に出来ることではない。


 そうか、思えば俺に勝負を挑んだのも自分自身の成長を促すための行為だと考えれば、あえてリスクのある戦いに望んだのも頷ける。


 そのつもりがなきゃ自ら前線に出るなんてしないはずだろうしな。

 まぁ結局それが原因で失敗に終わってるけど、遅れながらに成長しようとする意志に気付かされた。


「……だそうだ閃理氏。彼はこの通り剣士の資格だけでなく剣を大切にする意志もある。今回は欲に目が眩んだだけの小さな過ちでしかない。彼が自らの罪を全て償った暁に、一人の剣士として迎え入れられないだろうか?」


 一通りの話を聞き終え、絵之本さんは改めて処分について相談を持ちかける。


 あまり形遥自身のことを好ましく思っていない閃理はこの相談にどんな判断を下すのか。俺たちは静かに見守る。


「……はぁ、お前の好きにしろ。どのみち裁判にかけられる身である以上、早くとも半年間はどうすることも出来ん。申告書類などの作成も絵之本、お前が責任持って行うんだぞ」

「流石はマスター直属、言えば分かってくれる剣士だ。任せたまえ、こう見えて事務作業は得意なんだ。未来のアシスタントのためなら創作の片手間にやってみせるとも」


 リーダーの出す答えは──可決。というか、責任を全て絵之本さんが背負うという形での認可だった。


 この判断にしたのは、きっと形遥本人の剣に対する考えが剣士として相応しいものだったのが認められた理由なのかもしれない。


 閃理は剣へのリスペクトを重視する人だ。奇しくも剣に対する想いが共感出来る内容だったから、加入を拒むことを止めたんだろう。


「というわけだ。確か名前は……擬持田形遥、だったか。氏は全ての始末を終えたら僕の下でアシスタントとして働いてもらう! これは決定事項だ!」

「勝手に決めるな! 俺はまだ一言も良いなんて言ってちゃいな──」

「無論嫌とは言わせない。日本一の芸術家の下で芸術と剣を学べるんだ。光栄に思うといい!」

「話聞けよ!?」


 スカウトの許可が下りたことで上機嫌になっている絵之本さん。本人の意志など完全無視である。

 大変な人に目をつけられたな、今回の剣士。正式加入後が恐ろしいことになりそうだ。


 まぁ文字通り俺らにとっては他人事だから心配などしない。これも一つの刑罰だとして受け入れるしかないだろう。


「では廻氏、これで僕の話は終わりだ。署に連れて行くといい」

「一応言っておきますが、設けた時間はとっくに過ぎてますからね。あなたも同行願います」

「あっはっは。そんなこと言っていたかな? 言っていたとしても冗談厳しいな。それではこれで……」


 スカウト云々の話が終わり、身柄の送致を再開させようとする絵之本さん。

 だがその足取りは明らかに速まっていて、完全に時間のことを忘れていたのが見て取れる。


 しかし廻警部の目がここで光る。

 そそくさと逃げようとする絵之本さんの腕をガッと掴んで身柄を拘束。


「虚偽申告は刑罰対象になる場合がありますので、特権課の権限で現行犯とします。ではご同行を」

「おぉ~っとぉ。これは予想外の結末だ。まさか僕も連行されるなんて──あっあっあっ……」

「バカなのかこいつ……?」


 最初は疲れ切った印象を感じさせた目は、今や犯人を捕まえようとする刑事らしい鋭い眼光へと変貌していた。


 そして、形遥の困惑する声を最後に廻警部、絵之本さん、形遥の三人は空間跳躍の渦の奥へと消えてしまう。


 まさかの事態にしんと静まりかえる広場。騒がしさも一緒に連れて行かれたみたいだ。


「……どうなんの、あれ?」

「まぁその内支部に送り返されるだろうから問題あるまい。あいつの荷物は纏めて送ってやろう」

「えぇ……」






 ということで今回の件は無事に終わりを迎えることが出来た。



 これは後日談になるが、絵之本さんはあの後普通に支部へ送り届けられたらしい。

 当然反省など全くしておらず、今では元気に創作の傍ら書類の作成に取りかかってるという。



 形遥の方も少しだけ聞いた。聖癖剣絡みな上に行った犯罪の数が凄まじいことも影響してか、まだ裁判には至っていないらしい。現在もまだ勾留中とのこと。



 そんなところかなぁ。俺たち第一班も今回の件が終わってからは新しい任務も来ず、特段変わらない日々を過ごしている。



 訓練でメイディさんにボコされ、メルにボコされ、閃理にボコされる……そんな毎日。

 あ、そうそう。閃理で思い出したんだけど、また何か考え事をし始めたみたいだ。



 今度は何を思い悩んでいるのやら。杞憂で終わればそれでいいんだけども。

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