第四十癖『焔の護衛、一つ屋根の下に』
朝──それは今の私にとって最も忌むべき時刻。
やばい……分かっていても起きれない。布団が温い、外が寒い。というかまた気分が悪い。
どうしてぇ……? 昨日確かに焔衣くんが治してくれたあの体調不良がまた戻ってきてる。もしかして一時的な処置だったのぉ……?
くっ、とはいえ皿洗いだけじゃなく晩ご飯まで作ってもらったのに文句なんて言えるはずない。私はそんなに図太い人間じゃないから~!
でもどうしよう。これはマジでヤバいわよ。まだ次の休みまで四日もある。その間耐えれるかな。いや無理だと思うんですよ。
「だ、誰か……助け……」
あまりの気分の悪さに無意味なことだと分かっていても、布団から腕を伸ばして助けを求めてしまう。
ああ、私の聖癖剣……。あれが無いと私本当に生きれない。毎日快調でいられる素晴らしさを覚えてしまった以上、もう手放すとかあり得ない。
それなのになんで泥棒に入られて盗まれるんだ~~……! もうこの二日間で何百回とも思ったこの考え……悔しい、悔しすぎる。
あの二人は剣の危険性を教えてくれた。悪い人もあの剣を狙ってるそうだけど、もしかして空き巣犯がそれなのでは!? だとしなくても心底許せないんですけど!
「覚えてろ空き巣犯……! 剣だけじゃなく通帳とアクセサリーまで盗りやがって……くそぅ……!」
あーもうなんかまたムカってきた! ただでさえ気分悪いのに嫌なことまで思い出させるとは許し難い。
やば……時刻はもうすぐ八時になる。次の電車の時刻を鑑みるに、あと五分以内に起きて支度しないと間に合わない。
…………休んじゃおっか。どうせ昨日出社した時点で死ぬほど体調不良なんだってことは上司に知られてるし。
幸運にも有給はまだ残ってる。今日を乗り越えれば、明日はきっと普通に戻るはずなんだからっ!
思い立ったが吉日。ここで有給という切り札を切るのは痛いが、もう後には引けない。
事後承諾という形にはなってしまうけど、社内の知り合いに連絡をして休むことを伝えよう────そう思った時のこと。
コンコン、と部屋のドアを叩く音が。
えぇ、今早朝だよ? 新聞なんて取ってないし、仮に取ってたとしてもノックはしないはず。
「だ、誰……?」
動かしづらい身体を引きずって、頑張って玄関口まで向かう。やっぱり身体は重いし何か悪寒がする……でも朝っぱらからやってくる無礼者をどうにかしないと……。
「ど、どなたですか~……?」
「朝からすみません朝鳥さん。俺です。焔衣です。まだ体調悪そうですか?」
「ほ、焔衣くん~~……!? 何でいるの?」
誰かを訊ねて返ってきた言葉に驚かされる。昨日の子がドアの奥にいるって……どういうこと!?
えー、待って待って。状況を整理……私は起きた。体調は悪いまま。今日も出社。有給使おうとしてる。んで焔衣くんがそこにいる……うん、関連性が全くと言って良いくらいに無いや!
で、ででで、でもでも。光の聖癖剣協会……だったっけ? そこの使いが来てるってことは、もしかして私の剣に関して何かしらの情報を掴んだってことかな?
折角来てくれたんだし……うーん、まぁ部屋に入れちゃってもいいかなぁ。
春も中盤とはいえ朝はまだ寒いし、いつまでも外に立たせる訳にもいかない。だから私はガチャリと扉を開けた。
「えっと、取りあえず中……入る?」
「なっ……!? あ、いえ。そんな気を使わなくても大丈夫です。それにその、ちょっとまずいというか何というか……。あの、何か着てください」
「はぇ?」
改めて確認すると、やっぱり昨日出会った少年だった。でも私が扉を開けた瞬間、顔を反らして手を翳して私の直視を避けてしまう。
どうして? と、思った瞬間、すぐに気付いた。開けた扉から入る風が私の素肌を撫でたことで。
失念──体調が優れてなくても一瞬で分かった。私……
多分寝てる途中で脱いじゃったんだ……。寝汗が凄かったのは何となく覚えてるし、移動中もそりゃ寒いなーって感じるよ! っていうか恥ずかしい!
「~~……っ!?」
全てを理解してしまった私は急いでドアを閉めてドタバタと部屋の中へと戻る。
ああ、何てこと。朝からやっちゃった。こんな痴態を昨日知り合ったばかりの子の前で晒すなんて……!
これも全部私の剣を盗んだ空き巣犯のせいだ。もう絶対に許さないんだからぁ!
部屋の中ですっ転びながらも、どうにか脱ぎ捨ててた上着を取り戻して焔衣くんの所へ再び向かう。
「ごっ、ごめんね、ほんと! 朝から変なもの見せちゃってっ! もう大丈夫だかんぐぷっ…………!?」
もう一度扉を開けて一言謝ろうとした時──今度は胃の奥から込み上がる謎の不快感。
本当に朝からどこまでもツいてないのよ……。体調悪いのに無理して動くんじゃ無かった……。
「あの、大丈夫…………じゃないですよね」
そう察されて頷くしか出来ない私は青い顔を浮かべつつ、どうにか堪えてゆっくりかつ速やかにトイレへ。そして────
今年二十三歳の私、朝から盛大に
†
「…………」
「その……、何かすいません」
「焔衣くんはなにも悪くないじゃん……」
現在俺は朝鳥さん家にいて、何故か家主の看病をしている。
いやもうそれは酷い有様だった。どうして様子の確認をしに行ったらゲロ掃除をさせられたのか未だに分からない……。まぁこうなった原因は大体察してるけど。
吐くほど気分が悪いのか? それはそれで心配だけど、この体調不良って
「……あ、昨日使った聖癖章あるんですけど、使います?」
「お願いします……」
ちなみに今日ここに来た目的は先の通り様子の確認になる。閃理が言うには副作用が再発してる可能性があるから行ってこい、とのこと。
予想は大的中。俺は借りてきた『癒し系聖癖章』をリードして朝鳥さんに放つ。
パーッと回復のミストを振りかけてやると、朝鳥さんの表情は格段に良くなる。一時的な物でもやっぱり効果はてきめんだなぁ。
「うぅ……助かるよぉ……」
「閃理が言うにはその体調不良の原因は剣の力に依存した上で不摂生な生活を続けてたツケらしいです。一応訊くんですけど、いつも何時に寝てます?」
「え、二時過ぎ……」
案の定だったな。これには思わず頭を抱えてしまう。
朝八時に出社すると考えて、その一時間前に起きるとすれば平均の睡眠時間は五時間未満くらいか。うむむ、これはあまりに短いぞ。
それに加え食生活。昨日台所を借りた時点で気付いてるけど、ゴミ箱の中はインスタント食品ばっかりだったし生鮮食品もあまり無い。
多分帰宅する時にコンビニに寄って食事を買ってきている模様。正直ドン引きだぜ。
この爛れた生活を何年続けて来たのかは分からないが、そう遠くない内に栄養失調で倒れるのは違いない。改善しなければ今後に甚大な影響が及ぶだろうな。
一班の生活面を支える者として──もしかすると仲間になるかもしれな人のことまで放ってはおけない。仕方ねぇ、一肌脱ぎますか。
「そんなんじゃ駄目ですよ。さっき電話で今日は会社休むって言ってましたっけ? それならちょっと買い物に付き合ってください。今のあんた……じゃなくてあなたを見過ごすわけにはいかないんで」
「か、買い物……?」
そうだ。今から俺はこの人のために買い物をします。当然自費だよ自費。多少身を切る覚悟でやんなきゃ仲間になってくれないだろうしな。
そんなわけで朝鳥さんの着替えが終わるのを外で待ちつつ、準備が終わったところでいざ出発。
近場のスーパーまで歩いていく間、俺は昨日のこととかについてを説明する。
「私の剣、【
「うーん、何というかそういう物だからとしか言いようがないかなぁ」
途中からの言葉が小さくなってって聞こえづらかったんだけど、確かにこの人の性癖は朝チュンのシチュエーションみたいだ。
聖癖剣は宿す性癖と同じ性癖を持つ人間を剣士に選ぶから、当然っちゃあ当然よ。
剣に選ばれた以上自分の性癖が暴露されるのは誰もが通る道だ。どんな内容の性癖だろうと俺はもう気にしないぜ。
後は俺たち行動部隊の役割とか、まだこの人は会ってないもう一人のメンバーであるメルのことを説明したりしながらスーパーに到着。
買う物は大体決まっている。それを頭に浮かべながらカゴの中に野菜やらを詰め込んでいく。
「野菜かぁ。根菜は好きだけど葉野菜は苦手なのよね……」
「そういうのきちんと摂ってください。こういうのも失礼なんですけど、朝鳥さんの肌、結構荒れてますよ」
「ゲッ、バレてるぅ……。すみませぇん……」
女の人にはビタミンとかは大事なんですよーっと。嫌な顔を浮かべる朝鳥さんに構わず俺はひょいひょいと野菜類をカゴへ投入。
メルみたいに我が儘を押し通そうとしないだけマシよ。あいつと買い物すると毎回そうなるからなぁ……。
それはさておき買い物を続行。とは言っても大体の物は買い揃えたし、後はレジに並ぶだけだな。
「えーっと、そのぉ……焔衣くん? 悪いんだけどコレも買っていいかな?」
そんな時、朝鳥さんがめちゃくちゃ申し訳なさそうに持ってくる二本の缶。
あー、はいはい。分かってますよ。どうせ酒でしょ、酒。こんな人でも大人だし飲むもんは飲むんだなぁ。
「今朝のアレって昨日の夜に呑んだのが原因ですよね? 俺飲めないからそういうの分かんないんですけど、懲りないんですか?」
「滅相もない……けど、大人はこれに頼らないとやっていけないの。これからはきちんと自制はするからぁ……!」
あまり思い出したくはないけど、実はさっき処理したゲロからかすかにビールっぽい感じの臭いを感じていた。
おまけにゴミ箱の中に空の酒缶もあったから、吐いた原因は剣の副作用に加えた二日酔いと推測出来る。
俺、こんな大人にはなりたくないなぁ。そうしみじみ思う。
「駄目って言いたいんですけど、まだちゃんとした剣士じゃないんでお好きにどうぞ。でも明日また同じことになっても知りませんからね?」
「ううう、ありがとう……! 本当助かるよぉ」
感謝を口にしつつカゴに投入される発泡酒二本。いや二年後以降の俺が酒を飲まない人間でいられるかなんて自信はないけどさ、本当は止めておけって言いたいんだよな。
だって何時どのタイミングで闇の剣士が来るかも分からないわけだし、可能な限り体調は常に万全でいるのが常識だ。
適度に日を開けて飲むならまだしも、毎日アルコールを体内に入れるのは無理。剣士としての体裁を保つためにも俺はこの人みたいには絶対ならねぇ。今そう誓った。
社会に出る者の闇の一端を垣間見たところで支払いを済ませて次の目的地へ。
朝鳥さんがせっかく休みになったんだし、必ずあそこに連れてかないと。あそことは勿論────
「ようこそ、俺たちのアジトへ!」
「アジト……? ただのキャンピングカーじゃ……?」
そう、俺たちの拠点! 勿論これにもちゃんとした理由がある。この人にはどうしても伝えなければならない話があるからだ。
朝鳥さんは社会人だし土日のどっちかが休みにしかならない。でも今回は体調面の悪化と有給消化のコンボで偶然にも得られた休日というチャンスを逃すわけにはいかないからな。
勿論、閃理には買い物の合間に連絡している。そいじゃあ、いざご招待。
「ええ──!? ど、どどどどうなってるの!? 何で中こんなに広いのぉ!?」
「あー、やっぱりそういう反応しますよね。俺も初めはそうでした。凄いっすよね」
後部座席のドアを開ければ広がる豪邸の玄関。そりゃそういう反応をしない方がおかしいよなぁ。
これが聖癖の力で繋がってるなんて説明してもすぐに理解出来るはずもない。ふふふ、聖癖剣の力ってやつですよ。
それはそれとしてちょっと長い通路を通ってホールへと向かう。扉を開ければそこに俺たちの仲間が待っている。
「よく来てくれた。改めてようこそ、光の聖癖剣協会の移動拠点へ」
「あなた
「さっき焔衣くんが言ってた子? また私より年下だ。よ、よろしくね……?」
メンバーと挨拶を交わし終えたところで────ここに連れて来た真の目的を果たすための話し合いを始める。
「来て早々に悪いが、実は少しだけ状況は芳しくなくてな。そこに座って話を聞いてもらいたい」
用意されていた椅子に座らせると、メルがどっからかホワイトボードを持ってくる。いつの間に用意してたんだこれは。
そこに書かれている絵を見てすぐに分かった。これは現在の状況をまとめた図なんだ。
ここから少しだけ長い話が始まったから簡単に説明をする。
【
それらの話に対し、朝鳥さんは神妙な顔を浮かべながら聞いている。
今朝の酷い有様から一時間くらいしか経ってないのが意外だ。まるで別人みたいな落ち着きようだわ。
「闇の剣士が来てしまった以上、確実にあなたへ接触しに来る。さらに犯人グループと結託している可能性もある。全ての始末を終えるまで油断は出来ない状況になるだろう」
「
「えっ、初耳なんだけどそれ……?」
なんか知らない内に護衛役を任されてるー!? いや別に良いけど……そういうのはもっと事前に伝えて欲しいんだが。
でも良いのかな? こういうのは同性のメルが適任なんじゃないの?
「突然のことですまない。だが今回の敵は──推測だが犯人グループを刺客として差し向けるつもりだ。朝鳥さんの殺害を代わりに行わせることで
「さつ……!? わ、私殺されるんですかぁ……?」
「そうならないための護衛。焔衣、ちゃんと出来ル?」
闇の剣士の目的──それは朝鳥さんを殺害し、
しかし、発動する報復を避けるために自分の代わりに犯人たちに殺させようとしているらしい。
勿論そう簡単に殺させられてたまるかってのよ。いきなり命じられた任務だけど、俺だって覚悟決めて剣士になったんだ。このミッション、やり通して見せる。
「当然。朝鳥さんは俺が最後まで守り通してみせる。先代の名にかけて」
「ふっ、頼もしくなったな。では頼むぞ」
俺の成長に感心する閃理。ふふふ、俺だって伊達に二度も
それに二班との練習試合や前回の戦闘を経て多少は強くはなってるんだ。調子に乗ってるつもりはないが、それなりに自信はある。
護衛任務……必ず成功させてみせる。傷一つ付かせやしないさ。
「というわけだ。可能な限り焔衣をあなたの側に置いておきたい。昨日言ったことを破ることにはなるが……しばらくこいつを家に置いてやってくれないだろうか?」
「なるほどー、確かにそれなら常に側にいれるから合理的────え?」
あれぇ? 今閃理何て言った? 俺を朝鳥さん家にって言った?
女性の家に男を? 別に付き合ってるとかじゃないのに? あ、ありえねぇ……!
「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ! 何でさ!? ほんと何を言ってんのよあんたは!」
「仕方ないだろう。俺が剣を封印されている以上移動に車は欠かせない。それに剣があっても隣町まで行くにはそこそこ時間がかかるんだぞ。たった数日だけのためにアパートの部屋を借りるわけにもいかないんだ。我慢してくれ」
「確かにそうだけどさ、尚更メルが適任だろ。俺男だし、こういうのは同性同士の方が気を楽に出来るし……」
このあり得なさ過ぎる命令に当然反発。普通駄目だろ、一つ屋根の下に素知らぬ男を住まわせるなんて!
勿論俺自身が心配するようなことを俺はしないけど、そういう問題じゃないのよ。第一に朝鳥さんだって迷惑だろうし。
「あ、私は別に良いですよ」
「ほら朝鳥さんもそう言って……って、了承!? こういうのも失礼だけど正気ですか!?」
でもどういうわけか朝鳥さんはけろっとこの案にオッケーしちゃってるし! 何でノリが良いのか全く分からないんだが!?
「命には代えられないからっていうのもありますけど、それ以前に誰にも見せたくなかった恥ずかしい姿を見られちゃってますし、今更恥ずかしがってもしょうがないかなって」
「そうなのか焔衣? お前も中々隅に置けない奴だな」
「誤解!! 誤解が酷い! そういうことは断じてしてないから!」
もう駄目だ! 聞き分けの良さは感心するけど、誤解を招くような発言をされてしまった!
メルからの白い目が痛い。いやまぁ、確かに今朝下着姿は見てしまってるけどあれは事故だし……。
とにかく! 許可が下りてしまった以上は致し方ない。ほんとどういう運命なんだよ神様……。
事態が収束するまで護衛する人の家にお泊まりだなんて、気が休まらないぞ、あらゆる意味で。
「それじゃあ、よろしくね。焔衣くん」
「もう色々と心配だ……。本当に色んな意味で」
なんであれ早いとこ閃理らが闇の剣士を倒してくれればそれでいい。朝鳥さん的にも
†
時刻は夕刻。そろそろ待ち合わせの時間になるな。
昨日言っていた剣とイイモノの交換のために来ちゃいるが、正直あのまま無視して次の町へ行った方が良かったと後悔してる。
ぶっちゃけただの好奇心だ。別にもう一回あの女の顔を拝みたいとかそういう疚しい理由じゃねぇ……。
「なぁ、あの女は本当に来るのか? そろそろ腹減ったんだけど」
「うるせぇな。黙ってろよ……」
「お前どうした? 朝から不機嫌みてぇだけど、何かあったのか?」
「本当に何でもねぇって。ただ……なんつーか、アレだ。あのー……なんてのかな。ああもうイライラする!」
相方の声が妙に苛立つ。普段はそんなことねぇのに、今日は朝から嫌に気分が良すぎて逆に駄目だ。生まれて初めての経験にどうしていいのか分からねぇんだよ。
何となく全身がむくれてるっていうか張ってる感じっつーか、本当に他のどの例えも違う全身を覆う違和感。原因は何だ……?
自分自身のことを考えるだけでも一杯一杯になってる時、不意に誰かが車の窓ガラスをつつく。
「ハーイ、約束通りちゃんと来てくれたわね。そういう律儀なところ、かなり評価高いわよん」
「やっと来たか……。待ちくたびれたぜ」
「こいつが昨日助けてくれた奴か……」
相方は昨日気絶してたから覚えてないみたいだが、そんなことはどうだっていい。約束通りキャンドルはここに戻ってきた。デカいバッグを持って。
それじゃ、早速代わりのイイモノって奴を見定めさせてもらうぜ。どんな代物を寄越してくるのか……まぁ期待せずに見てやる。
「それで、交換する物ってどれだ?」
「まぁまぁ、そう慌てちゃ駄目よん。んーっと……はい、これ。中の物を取り出してみて」
早々に催促をすると、奴は提げているバッグの中からある物を取り出してきた。布にぐるぐる巻きにされた謎の物体……これがイイモノだと?
取りあえず言われたとおりに布を外してやる。何重巻きにもされたそれを時間をかけて取っていき、最後の一枚をめくったら箱が現れた。
大きさは大体盗んだ剣と同じ……いや、少し大きいくらいか。一体何が入ってんだ……?
怖さ半分興味半分で開けてやると、その中にあった物に驚きを隠せなかった。
「こいつは……
「そうよん。あたしの上司にお願いして使わせてもいい剣を用意してもらったの。少なくとも今持ってる剣よりかは使いやすいと思うの。これでどうかしら?」
箱の中にあったのは剣だ。俺の所持している剣と同じ、変な模様が描かれたエンブレムらしきパーツも共通している。
間違いなく盗んだ剣と同等の武器だと一目で分かった。まさか本当にマジモンをくれるとは思わなかったが。
「……こいつ、何て名前だ?」
「あら、別に知らなくても良い名前を聞くなんて、よっぽど気に入ったのね。その剣の名前は【
「目隠れ剣……? どういう名前なんだそれ……」
つい名前を訊いてしまった。キャンドルは茶化してくるが、多分言う通りなのかもしれねぇ。
「良いだろう。この剣、お前に渡すぜ。こいつは貰っていく」
「おい良いのかよ。お宝だって自分が言ってたくせに」
「お宝を捨てるも拾うも俺の勝手だろ。それに……こいつも同じくらい良いもんだってのは一目で分かったしな」
相方は俺の決断に困惑している。そりゃそうだ、本当は渡したくないしどっちも自分の物にしたいと本心ではそう思ってる。
だが相手はきちんと筋を通して約束を守ったんだ。俺がそれを守らないのは気分が悪くなるってだけの話だ。
「んふふ、別にいいわよん。そっちの剣はまだもう少しだけ預かってて欲しいの。あたし、この町でやっておかなきゃならないことがあるから、それが終わるまでの間だけでいいわ。お願い!」
剣を窓から出して渡そうとしたら、受け取りを拒否しただと?
一体どういう風の吹き回しだ? この剣、お前が欲しいって言うから話に乗ったというのに、すぐ手にしないとは何を考えてやがる。
どうせ俺たちはこの交渉以降二度と出会うことのない関係。次があるとは思えないが……。
「……分かった。その用事ってのはどれくらいで済む?」
「おい、まだ関わるつもりかよ。いい加減次探しに行こうぜ」
「お前もうるせぇな。だったら次に行く場所調べてろよ、このアホ」
でも俺は構わずその話にも乗る。べ、別にキャンドルに惚れてるわけじゃねぇぞ! 単に俺も筋を通すってだけのことだ。こればっかりは他意はないからな!
つい自分で自分に言い訳してしまったが、そんなことはさておいてキャンドルの返答を待つ。流石に無期限に待つなんてことはしねぇからな。かかる日数次第ってところだ。
「早ければ今日か明日にでも済むわ。もっともお手伝いさんが上手くやれるかどうかにかかってるけど」
「上手く……? それってどういう──」
【悪癖リード・『催眠』! 悪癖一種! 悪癖孤高撃!】
含みのある返事を耳にした瞬間、キャンドルの声とはまた別の声が聞こえた時にはもう遅かった。
突如として目の前に翳された燭台のような何か。それを視界に入れると俺の意識は朦朧とし、何も感じなくなった────その一言だけを残して。
「ふふっ。それじゃあ、お手伝いよろしく~」
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