第九部特別編『閑話休題』

第百七癖『闇の剣士は、悪なのか』

 任務から帰還した私たちは、支部長から一週間のお休みを与えられたおかげで何もすることのない日々を過ごしていた。


 剣士の訓練は勿論あるにはあるけど、名目上は休暇だから強制はされていない。

 だから気が向いたら気の済むまで訓練したりはしている。今はその訓練を終えたばかりの暇な時間だ。


 実に気が楽な毎日ね。そんな束の間の平和を満喫している私に隣の椅子に座る朝鳥さんが唐突に話しかけてくる。


「ねぇ、日向さん。闇の剣士ってもしかしてそんなに悪い人たちばっかりじゃないのかな?」

「いきなりどうしたんですか? そんなこと言って」


 腕の件から朝鳥さん──今は別件でここにはいないけど孕川さんも──とはかなり仲良くなって、あれ以来何だかんだでつるむことが多くなっている。


 それはそれとして呟きの内容はまさかの闇側の剣士についてみたい。

 どう思うのかは勝手とはいえ、敵を擁護するような発言を支部の中でしていいのかな?


 そんな疑問が浮かぶけど、ここは気にしないでおこう。話に耳を傾けていく。


「あのモナカって人、結構変な人だったし? 焔衣くんの話じゃ闇側にも心まで組織に従ってるわけじゃない人もいるみたいな話もあったから、つい」

「あー……。まぁ確かに。かなり変な奴でしたよね」


 何に影響されてるのやら。焔衣あいつが何日か前に支部長の前で言った話と、私たちが相手した剣士のことで生まれた疑問みたいね。


 まぁ正直言うと気持ちは理解出来なくもない。

 全員が組織を辞めたいとは思ってはなさそうだけど、それでも本質は善人って人は少なくないのかも。


 おそらくモナカはそっち側なんだろうなとは思う。あの時のことを鑑みれば、ほぼ確実に。


「大丈夫かなぁ。任務失敗したからお仕置きで酷い目に遭ってたりするのかな」

「流石に心配し過ぎじゃないですか? 相手敵ですよ? 私たちが考えることじゃないですって」


 苦い顔をしながら不安を覚えている朝鳥さん。

 敵のその後を心配するなんて私には出来ないわ。心優しい人よね、ほんと。


 とまぁ、何だかんだ言っておいて私もほんの少しだけ心配とまではいかないけど案じてる部分もある。

 モナカにはちょっとだけ感謝してるから、遠くで心配するくらいはしてあげなくもないって感じ?


 何故そんな気持ちを私が抱くのか──それを知るには数日前に遡る必要があるわね。

 これは闇の剣士を倒した私たちに起きたちょっと予想外な出来事の振り返りになる。







 影の聖癖剣士シャドウを倒して間もなくのこと。次の戦地へ行く前に少しだけ休憩を取っていた時だ。


「太陽の聖癖剣士。いえ、日向燦葉さん。敵ながらお見事な戦いでした」


「んっ!? その声、あんたはモナカ!? 何で……」


 大っぴらに地面へ寝そべって疲労の回復に努めていた私──ひいては三人の下に奴がやってきた。


 私の名を呼ぶやや中性的な声質。首を傾けて声のした方向を見れば、そこにいるのは間違いなくモナカ本人だった。


 こいつ、確か朝鳥さんの一撃で完全にダウンしたはずじゃ……。

 まさかの事態により緊張感は一気に上昇。まだ動くにはきついけど、いつ襲われてもいいようにはしておく。


「あっ、さっきの人。えっと、敵にこんなこと言うのもアレなんですけど、お腹大丈夫ですか……?」


 しかし暢気にも朝鳥さんは警戒よりも先に身体の心配をする。そりゃ貫手で腹を貫いたんだからそうもなるか。


 下手すると殺しになりかねない一撃。シスターという激しい動きをするに向かない衣装も相まって、直撃を受けて平気でいられるほど鍛えてる風には見えないのが正直な感想だ。


「ご心配には及びません。そちらの方から治療を施していただき、動く分には問題ない程度には回復しましたので」

「えっ、孕川さん!? 何で?」


 投げかけた問いにモナカはあっさりと復活した理由を教えてくれる。

 あろうことか孕川さんが関係しているらしい。治療を施した……って、一体何故!?


 倒したとはいえ敵であることに変わりない。メリットなんてどこにも無いはずじゃ……。

 急いで当人の方を振り向くと、孕川さんはちょっと苦笑いをして真実を口にする。


「あー、ごめん。私もまだ完全に権能を操れるわけじゃなくてね、日向さんを治した後に回復状態を解除するのを忘れてて……。モナカが倒れた後すぐそっちに回復効果が向いちゃって、気付いて止めた頃にはこうなっちゃった」

「こうなっちゃってたって、えぇ……」


 そんなことあり得るわけ……? 鼓導こどうって勝手に敵まで回復させてしまう権能だったの?


 だとすれば何て扱いづらい剣。でもよく考えてみれば孕川さんも剣士になってそんなに経ってないし、コントロール出来てなくて当然か。


 くっ、とはいえ状況は良くないわね。敵が一人復活するなんて予想外だった。


 私が動けるまでには時間がかかる。それまでどうにか時間を稼いでもらって、もう一度眠ってもらおうかしら……?


 おそらく私の考えは表情で読み取られたのかもしれない。モナカは私の方を向いて口を開く。


「ご安心ください。今の私に戦意はありません。偶然とはいえ治療を施していただいた以上、恩を仇で返す真似は致しません」

「……へ?」


 するといきなりそんなことを言い出してきた。戦う意志が無い……って、それマジなの?

 敵の言うことを信じられないのは私以外も同じこと。朝鳥さんはモナカに問いかける。


「ほ、本当なんですか? まさか油断したところを不意打ちーってする気じゃ……」

「私はあなた方に敗北しました。剣士である前に神に仕える身、そのような愚かな行為は御法度。大人しく敗北を認めるのも美徳の一つですから」


 ふ、ふ~ん……。何かちょっと拍子抜けしたわ。

 闇の剣士って敗北を認めない連中の集まりだと思ってたけど、そんな考えを持たない奴もいるんだ。


 こう考えるのも早計かもだけど、モナカって礼儀正しいのね。敵ながら見直したわ。


 息を整えて起き上がり身体を確認。痛みは無いけどちょっと身体が重いかな? でもこれくらいなら問題は無いはず。


「ま、不意打ちする気は無いとはいえ長居は無用ね。私たちも心盛先輩たちの所に行きましょうか」

「うん、そうだね。モナカ……さん。お腹の件は本当にごめんね。それじゃ」

「流石にちょっと歩きづらくなってるなぁ。ごめん、朝鳥さん。肩貸して……」


 ここを攻略し終えたら次にするべきことは決まってる。他で戦う剣士たちの応援に行くのよ。

 上位剣士だけじゃなく焔衣と温温も悪癖円卓マリス・サークルと戦ってる。だからここで休んでばっかりはいられない。


 先行こうとする私たち。だけどそれにモナカは待ったをかけた。


「あっ、その……お待ちください! 敵にこのような厚かましいお願いをするのは承知の上なのですが、シャドウさんにも治療を施していただけないでしょうか!?」


「は、はぁ……? あんた、何言ってるわけ?」


 呼び止められてみれば、モナカの口から出たのはまさかの内容。

 あの変態手フェチ野郎も回復させてくれとのことだった。こればっかりは流石に嫌なんだけど。


 あいつこそ負けたことを認めないって言いそうな感じするのよねぇ……。

 私が回復させるわけじゃないんだけども普通に嫌。メリットが何もない、むしろデメリットよ。


「駄目。あんたを回復させたのは偶然だって孕川さんは言ったでしょ? それにそいつ、起きたら絶対襲ってくるタイプっぽいし、お断りよ」

「ですが私にとっては所属先は違えども大切な仲間。生憎回復の聖癖章を私は持ち合わせておらず、応急措置もこの傷では施しようもありません。最早頼れるのはあなた方しかいないのです。どうか、我々にご慈悲を……!」


 断ったら今度はぱたぱたと近付くや否や、目の前でひざまづいて泣きつかれた。


 そんなことされても困るだけだってのよ……。何よ、まるでこっちが悪いみたいじゃない。

 神に祈ってれば? って言ってやりたい気持ちは山々なんだけど、私にも思いやりの気持ちくらいある。


 シャドウの傷をよく見ると、切った胸の傷口は焼け焦げている。報復が発動してないからまだ生きてるとはいえ、放っておけばどうなるか分からない。


 応急処置が意味を成さないと理解してるってことは、私が思っているよりも重傷という可能性もある。

 確かにいくら相手が闇の剣士でも人殺して喜べるほど私は図太い人間じゃない。


 ……はぁ。あーもう何か気分悪いわ。モナカがこんなに礼儀正しい奴じゃなければ即蹴ってるのに。

 仕方ない。それならちょっと意地悪な条件を突きつけてみるか。


 これを認めなければ話は蹴るってことにして話してみる。


「はぁー……。分かったわよ。孕川さん、まだいけそう?」

「一応余裕はあるけど……。いいの?」

「本当は嫌ですけどね。あんだけ懇願されたんじゃ気分が悪いですし、気の迷いってことで」

「ほ、本当ですか!? 慈悲深いお心、感謝します!」


 渋々承諾して私たちは一旦戻ってシャドウの下へ。

 さぁ、交渉と行こうじゃない。この世は都合良く回らないって事、神に仕える身体に教え込んでやる。


「一応言うけどこれは交換条件付きよ。私たちはシャドウを治す。その代わりあんたは私たちに聖癖章をある分渡す。そして当然襲ってこない。これを認めなければ治さない。どう?」

「せ、聖癖章を……!? た、確かに今私が渡せる物と言えばそれくらいですが、全ては流石に……」

「あっそ。じゃあ交渉決裂ね。行きましょう、孕川さん、朝鳥さん」


 やっぱり簡単には認めてくれないか。当然っちゃあそうなんだけど。

 駄目なら蹴る。そう最初に決めてるんだから、粘ったりはしない。


 元々そんな期待もしてなければ治す義理も無いしね。あーあ、残念って感じ。

 そしてもう一度次の場所へと移動を再開させた時、再び待ったの声がかかった。


「……うぅ、分かりました! ですが流石に全て譲渡するのは認められません。ですが代わりに──このお駄賃をお渡しします。これと数個の聖癖章でどうかお願い出来ないでしょうか!?」

「お、お駄賃?」


 モナカの主張に思わず反応してしまった。お駄賃……って、つまりお金のことよね?


 思わず朝鳥さんと孕川さんを見て言葉の意味を再確認。無言だけど全員同じことを考えたのは分かった。

 何でそんな物を戦場に持ち込んでいるのかはこの際置いておくとして、少し想定外な交渉材料に困惑。


 イヤらしい考えにはなっちゃうけど、金額によっては考えてやらなくはないかも……。

 と、取りあえず確認は大事でしょ。話はそれに大きく左右されるだろうし。


「……詳しく聞こうかしら?」


 詳細を訪ねることにしたら、救われたかのような笑顔で教えてくれた。

 お駄賃……曰く移動や食事など、闇の剣士が遠征に行く際に使うために組織から出された出張費らしい。


 増援組の資金はモナカが管理をしていたから持っていたとのこと。しかも支給されたそれを丸々全部くれてやるとのことだった。


 出された巾着袋は可愛いデザインなんだけど、形が異様に膨れててちょっとだけ息を飲んだのは秘密。

 中身を見たら一瞬手が止まる。万札が何枚も見えたからだ。やっば……え、もう一回確認……。


 流石に少しは使ってるみたいだけど、それでも十二分に大金と呼べる額が巾着袋に納められていた。


 …………っスゥー、ふぅ。落ち着け私たち。月の給料と比較すると全然半分以下だし、何もキョドるほどの額ではない。


 というか敵ながらそんなことしていいわけ? 金遣いが荒いって怒られるんじゃ?


「いいの? これ、結構な額よ?」

「構いません。私とシャドウさんの治療費と考えれば実際の手術費用よりも安いものです……」


 健気な心意気だけど目尻にうっすら涙が浮かんでいるのは触れちゃいけないんでしょうね。

 でもまぁ、そうしてまでシャドウを助けたい気持ちは分かった。


 あんな変態でもここまで気遣ってくれる味方がいるって幸せなことね。闇の剣士も案外人情味のある人がいるんだ。


 交渉を持ちかけたのは私たちだけど、何か逆にますます悪いことしてる気分になってきたわ。

 意識してるのかどうかは知らないけど相手も交渉上手よ、本当に。


「分かった。これで交渉成立ね。孕川さん、お願いしてもいいですか?」

「オッケー。じゃあ、ちょっと傷口を失礼」


 モナカの覚悟に免じてこれで可決。早速孕川さんに頼んでシャドウの治療に当たってもらう。

 その間に聖癖章をいくつか受け取り巾着袋もいただいていく。


 時間としては数分。シャドウは依然として目覚めてはないが、ちょっとだけサイズアップした孕川さんのお腹が回復した証。


 これで契約は完了。得る物も貰ったし、さっさと次に進もうかしら。っと、その前に──


「はい、これ返すから」

「え……?」


 数歩歩いてから私はふと思い出した風に装いつつ振り返ってある物をモナカに投げつける。


 ぽすっとキャッチされたのはさっきの巾着袋。勿論中身はほぼ変わってない。万札がぎっちり詰まった可愛くない中身だ。


「ちょ、ちょっと待ってください! これはあなた方が交渉で得た物。中身だって……変わってません。一体どういうおつもりで──」

「何? 中身ならきちんと取ってるわよ。そんな大金、いきなり持ってったら怪しまれるのは私たちなのよ? 治療費分だけ貰ってくから。それじゃ」


 ぴらぴらと万札を数枚見せびらかしつつ、振り向かずに先へ進む。

 返還した巾着袋からは確かに数万円分を抜き取ってはいるが、その額は微々たるもの。


 今言った通りこっちにも金銭的事情ってもんがあるわけ。見つかったら面倒なことになるし。

 だからこれは治療費という体で貰っていくだけ。決してカツアゲなんかじゃないんだから。


 それにお金よりも聖癖章の方が剣士にとって価値はあるしね。こっちの収穫の方が嬉しいくらいよ。


「何て人たちなんでしょう。慈悲深いお心、感謝します……」




「……ふん、敵に感謝されても嬉しくないわよ」

「そうとは言いつつも日向さん、笑ってるじゃん。ツンデレ~」

「ちょ、そういうの止めてくださいよ! よりによってあいつの性癖とか何かイヤ!」


 去り際に聞こえた声。それに反発するような独り言を言ったら朝鳥さんに冷やかされた。

 ツンデレとかあいつに変な目で見られるから嬉しくないんですけど!? 冗談がきついって!


 そうこう駄弁りながら森の奥を進む。閃理さんから渡された『メスガキ聖癖章』がなければ進むことは出来なかったかもしれない。


 次の場所まで着実に向かっていく私たち。まぁ結局、到着した頃には戦いは終わってたんだけどね。






 これが事の真相だ。モナカっていう自称シスターの本質が善人だと感じた一部始終である。

 闇の剣士が全員悪人ではないのかもしれないという朝鳥さんの主張を否定しきれない理由がこれ。


 少なくとも今まで思っていた闇の聖癖剣使いに対する極悪非道な印象は薄れ、案外人間味のある人たちがいるっていうイメージに落ち着いている。


 ま、流石にフラットにやられた件もあって、あいつみたく仲間に引き入れるっていう考えまでには賛同出来ないけどね。


「例え本質が善人でも、内心組織に叛意あっても敵は敵。死なない程度にぶっ飛ばして屈服させて、勝利を勝ち取る。光の剣士わたしたちはそれをするだけですよ」

「い、言い方が乱暴~……。否定は出来ないし正論だろうけども、私は焔衣くんの意見には賛成かなぁ。経歴がどうであれ味方が増えるのは良いことだし」


 仲良しになってるとはいえ、やっぱり性格もあってか意見は両極端ね。


 逆勧誘の否定派と肯定派。不良扱いされてた私とは違って朝鳥さんはドのつく善人だから、考えもかなり穏便だ。


 勿論その考えを頭ごなしに否定する気はない。私だって個人の考えはなるべく尊重はするわよ。

 それに現状組織は敵剣士の勧誘は行わない方針で固まっているしね。


 それもこれもあいつの頑張り次第。特命に任命された責任を果たせるか否かに掛かっている。


「朝鳥さんは暴力に抵抗ある方ですもんね。貫手でモナカの腹を貫きましたけど」

「あぅ……。あの感触は忘れたいから掘り返すの止めよ……」


 ここでじゃれ合いのつもりで朝鳥さんを軽くからかってみることに。


 本人曰く血の温かさに軽いトラウマを覚えたらしい。そりゃ覚悟据えきってなかったんだから、そうもなるか。


 こればっかりは性格悪いって言われてもしょうがないけど、朝鳥さんってからかうにも喜ばせるにもとにかくオーバー気味なリアクションをするから見ていて楽しいのよね。


 年齢は向こうが上であるものの、失礼を承知で言うと触れ合った感じはまるで妹分。


 私自身一人っ子ってこともあって兄弟姉妹の感じが分かんないから、朝鳥さんとのじゃれ合いは新鮮な気分なのよね。


「ごめんごめん。じゃ、朝鳥さん。私のおごりでどっか食べに行きません? モナカからかっぱらったお金なら誰も文句は無いは──」

「ほぉ……。閃理から聞いた通り本当に敵から金をぶんどってたとはなぁ? 随分と光の剣士らしくねぇことしやがって。なぁ燦葉ァ……!」


 椅子から立ち上がったその瞬間────背後から猛烈な威圧感。

 すぐさま振り返ってみれば、そこにいるのはまさかの心盛先輩! 嘘、いつの間に……!?


 腕の怪我が治ったとはいえ今はリハビリしてるはずなのに、どうして……。

 ってかヤバッ。さっきの会話、どこまで聞かれてたんだろう……。何であれ今この人はいるのはマズい!


「どうした? 今あたしと会うのはマズいって顔に書いてるが……何がマズい? 言ってみろ」

「うぐっ。あ、いえ別にな、何も──」


 こ、心の中を読まれた……!? そのくらい今の私は表情が硬くなっているってことか。

 ニヤニヤと浮かべる怪しい笑みが怖い。隣の朝鳥さんもこの嫌な予感に全身が強ばるばかり。


「孕川の力で敵を治して、見返りに金と聖癖章を貰った。聞きようによっては敵と繋がってるとも解釈が取れると思うんだが……強香ァ、お前どう思う?」

「ぎょっ、私にそれ振るんですか!? いや、まぁきっかけはともかく治すのにオッケー出したのは日向さんだし……」

「ちょ、朝鳥さん! ま、まさか上に報告をするつもりですか!?」


 や、やっば……! 閃理さんめ、いくら理明わからせがほぼ自動的に情報を巻き上げる力だとはいえ、そんなことを心盛先輩に密告チクるだなんて……。


 いや、今はそれよりも! 心盛先輩の言うように、利敵行為は本来してはいけないことだ。

 単純に不利益に繋がるからだけど、場合によってはスパイ認定されかねない危険な行為。


 もし内容が酷いものであれば謹慎以上は確実。剣の剥奪や解雇追放もあり得るレベルの行い。

 過去、それが理由で強制的に辞めさせられた先人もいないわけではないとも聞いたことがある。


 でもそれは権能が勝手に敵を治したことから始まったわけだから、内容的には大丈夫だと内心判断した上での行い。


 むしろその後は一度断ってるし、相手から治療費として金品を受け取って──しかも本人モナカの了承付き──いるから公平なトレードに代わりはない……はず。


「む、心盛さん。じょ、冗談ですよね?」

「冗談かマジになるかはお前らの態度次第だぜ?」

「それはどういう……?」


 ガクビクと振るえて抱き合う私たちに、恐怖の根元たる心盛先輩は怪しげな笑みを崩さないまま意味深なことを口にする。


 私たちの態度次第──ってどういうこと? まさか、何かを要求するつもり!?

 だとすれば一体何をされるのやら……。気になるけど恐怖が勝って中々聞き出せない。


 数十秒の沈黙。破壊神の眼光とも例えられる目で睨みつけられている私たちに何を求めるというのか。

 そしてついに、その要求の内容が明かされる。緊張で息を飲む。


「飯に行くんだろ? あたしも連れてってくれりゃあ誰にも言いやしねぇよ。勿論支払いはお前らが敵から奪った金でな」

「……へ?」


 が、漠然と考えていた荒唐無稽な予想とは裏腹に要求された内容は案外そうでもなかった。


 食事を奢る。な、なんだ、そんなことかぁ~……。

 一瞬遅れて理解して、全身が石のように硬くなっていたのが一気にほぐれていく。


 心盛先輩のことだから、てっきり地獄の訓練メニューで休暇中みっちり鍛えさせられるのかとばかり思ってた。


 ほっと一安心する私たちに、企むような笑みが満面の笑顔になる心盛先輩が余談とばかりに続きを言う。


「あたしだって今より若い頃、上にバレれば一発で謹慎処分になることしてんだ。お前のしたことなんざ目じゃねぇし、むしろ嬉しいくらいだぜ」

「見返りのために利敵行為をする以上の非行って何したんですか……!?」


 それはそれであなたも何をしてるんですか!? めちゃくちゃ気になるけど、聞くのがなんか怖い。


 ともあれご飯をご馳走すれば今回のことは秘密にしておいてくれるらしい。まぁ情報の出所は閃理さんだし、完全に安心出来るわけじゃないけど。


 まさかモナカから貰った治療費が心盛先輩この人の胃袋に消えることになるなんて……。

 しかも現場にいた三人にお金は山分けしてるから、不在の孕川さんの分は自費で補填するしかない。


 欲しい物を買う足しになると思ってただけに残念。

 まぁ剣士としての名誉を守るに数万円の出費で済むなら安いもんか。そう納得せざるを得ないわね。


「それで、どこに連れてけばいいんですか? あんまり高いところじゃなきゃいいんですけど……」

「んなもん決まってるだろ? 肉食わなきゃ治った腕も治りきんねぇってもんだぜ。とにかくガッツリ系をたらふく食いてぇ!」

「まさか昼から焼き肉でも!? そんな豪勢な……」


 そんなこんなで私たちは心盛先輩の行きたい場所へと連行……もとい連れてこさせられた。

 朝鳥さんの予想とは違い焼き肉屋じゃない普通の飲食店だったのは幸いかな。


「あ……」

「あっ」

「え、何の集まり?」

「お、閃理じゃん。それに焔衣も。奇遇だな」

「あぁ……、なるほど。が、頑張れよ日向、朝鳥」


 店の中に入ると同じように食事に来ていたらしい焔衣と閃理さんの二人とばったり出くわした。

 ……けど、もの凄い察された顔をしてそそくさと逃げられた。


 多分さっきのやり取りも理明わからせ経由で知ったんだろうなぁ……。そうじゃなきゃ閃理さんはあんな顔しないもん。


「よっしじゃあ……カレー単品と唐揚げ六人前にシーザーサラダ大盛り、ピザは三枚もありゃいいか。お、牛焼肉皿もあんのか。これも四人前だな。生ビールにあとは──」

「ひょええ……頼みすぎだよぉ」


 それはそれとして無惨にも食事会は始まる。初手からバンバン大量注文をしていく心盛先輩、本当にめっちゃ食べるじゃん。


 震え上がる朝鳥さん。そりゃあ料理上手な舞々子さんが手を焼くほどだし、元ボディービルダーの食欲は半端ないわ。


「どうしたお前ら。食わねぇと全部食っちまうぞ」

「あーはい。でもまぁ遠慮は……しますよね?」

「う、うん。それに増魅さんの食べっぷり見てるだけでお腹一杯になるっているか……」

「何だよツレねーな。すんませ~ん、唐揚げを五人前にチャーシュー麺の注文とカレーおかわり、それと生ビールも頼んま~す!」


 追加注文でこの有様。私と朝鳥さんは財布への大ダメージが不可避であることを悟り、肩を落とすしか出来なかった。


 この後、予想通り治療費の名目でモナカからいただいた分のお金を超過する金額になったのは言うまでもない。


 もうこの人に食事なんて奢りたくない……。心からそう叫ぶ私たちでしたとさ。がっくし。

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