第百六癖『特命を新たに得たり、因縁知る者ありけり』
「皆様。今回の任務、お疲れさまでした」
「はぁ~……。マジで疲れた……」
全ての始末が終わり、呼び出したメイディさんに会って早々労られる俺たち。
何しろ応援に駆けつけて帰還に至るまで一週間も費やしたんだ。思ってたより時間を掛けてしまい、心身共に疲れ切って当然だろう。
他の皆も同様。特に上位剣士組は後始末のために一番ドタバタしてたからな。
しかも心盛さん、腕治したらすぐに別の作業をし始めて全然安静にしてくれなかったし。
でもまぁ、なんであれようやく帰れるんだ。居残り組へのお土産も買い、勝負にも勝ったんだから良い顔して戻れるぜ。
「来ていただいて早々で申し訳ないのですが、支部までの道のりを開いていただけますか?」
「勿論です。それでは皆様、車にお乗りください。向こうの林道でゲートを開きますので」
指示に従い、三班の移動拠点へと乗り込む俺たち。
俺ら応援部隊は直で送り込まれてるんだけど、さっきの通り心盛さんの腕は治したばかり。本当なら今でも安静にするべきなのだ。
流石に腕が取れるっていう大怪我は
だからリハビリも兼ねて第三班は一度支部に帰還するそうだ。
そして車は閃理の運転で出発。指定された道を走っていれば、あっと言う間に支部へ到着する。
数分の走行の後に駐車場へ車を止め、全員下車──して開口一番、朝鳥さんが叫ぶ。
「う、うおおおお!? 本当に支部にいる!? 瞬間移動か何か!?」
「話には聞いてたが実際見ると信じられねぇな……。これが始まりの聖癖剣士の権能か」
「褒めても何も出ませんよ。さて、それではお戻りになりましょう。支部長様がお待ちしております」
第三班組は初体験となるメイディさんの空間跳躍の権能。やはり遠く離れていた地域から一瞬で支部までやってこれたことに驚かないわけがないか。
それはさておき支部に着いた俺たちには、休むよりまず先にやらねばならないことがある。
向かう先は支部長室。何をするのかっていうと、支部長への報告だ。勿論既に連絡はついている。
メイディさんとはここで一旦別れ、俺たち九人はそっと入室。
当然だが支部長はここで帰還を待ってくれていた。
挨拶はしたけどそこは割愛して、いよいよ本題へ。
今回の件で起きた全てを一切の嘘偽りなく、要請者である心盛さんと閃理が代表して報告した。
数十分にも及ぶ説明にちょっとだけ飽きながらも、全部が終わるまで静かに待つ。
そして全てを話し終え、沈黙を守る支部長。数秒の時間を置いてからようやく返事をする。
「……今回の件、概ね把握しました。皆さん、ご苦労です。全員には一週間の休息を取ることを許可します。ゆっくりと身体を休めるといいでしょう」
「ありがとうございます」
「ざいますッ」
短くも今回の頑張りについて労ってくれる支部長。閃理と心盛さんも感謝しつつ頭を下げた。
勿論俺たち全員も頭を下げている。褒められて嬉しいのは当然のことよ。
「それで──煙温汽さん。今回は残念でしたね」
「はい……。結局今の私では手も足も出ませんでした。自分の実力、思い知らされましたです。悔しいですが、次は負けませんです」
温温さんのことも話しているので、特命剣士としての使命を果たすことが叶わなかったことにも触れる。
改めて本人の口から今回の戦いについての感想を聞く。未だに悔しさが残るのか、表情はちょっと苦い。
でも現場を見ている俺からすれば、その表情は諦めではなく次の機会に向けてやる気を見せているように見えた。
きっと紫騎ちゃん支部長も同じことを考えてるに違いない。だって口角を上げて笑みを浮かべたのが見えたんだからな。
全員が新たな経験を経て、一つレベルアップした。俺もそれは例外じゃない。
そして──今回の件で、俺にはどうしても訊ねたいことが一つある。
「支部長。すみません、一つ訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「焔衣……!」
「構わない。焔衣兼人、一体何を知りたいのです?」
俺はちょっぴり勇気を振り絞って、終わりかけの空気の中で支部長に質問する。
流石に閃理に言い止められるけど、支部長が不問にしてくれた。当人が許したのなら遠慮なく訊かせてもらうぜ。
「朝鳥さんがフラットに勧誘を受けたことの話を聞いた時に光から闇側に寝返った剣士たちもいるって聞きました。それに関する疑問なんですけど……」
「……何を聞きたいのです?」
訊きたいことというのは、前に朝鳥さんから教えてもらっていたこと。そこから今回の戦いを経て派生した個人的な疑問である。
多分、支部長じゃなく閃理に聞いても同じ回答が得られるとは思ってはいる。
でもそれじゃ俺はきっと納得出来ない。だから一番偉い人から直接聞いて無理矢理納得したかったんだ。
緊張を唾と一緒に飲み込んで、俺は質問を吐き出す。
「それで、その……聞きたいことっていうのは、闇側の剣士を俺たち側に勧誘するっていうのは組織的にオーケーなんですか? それが例えば、闇側に無理矢理剣士にさせられて、組織に叛意を持ってる剣士でも」
俺の疑問……それは、龍美を説得する際に口走っていた光側に来い、という発言について。
朝鳥さんから聞いている勧誘の一部始終で教えられたという光側を裏切って闇側に着いた剣士のこと。
閃理曰くそういう人たち昔から少なからずいるんだそうだ。組織への不満か、あるいは他の外的要因かは分からないけど。
そんな裏話を聞いた俺は、もしかすれば闇側から光側に着いた境遇の剣士もいるのでは? と、ぼんやり思ったんだ。
あの時はとにかく必死だったから、組織としてアリかナシなのかを全く意識していなかったけど、可能性として十分にあり得る話でもある。
ただまぁ、もし仮に勧誘に成功していたとしても、闇側の──それも
どんな返事が来ても構わない……とは言わない。出来れば肯定的な意見が欲しいところ。
でも支部長直々の答えならどんな内容であっても納得する他ない。だから本人に直接訊きたかったんだ。
「それを答える前に一つ。何故そのようなことを訊ねるのです? 何か理由があるのでしょう」
「支部長。それについては──」
「閃理、大丈夫。こればっかりは俺が話さないといけないから。支部長、俺がこの質問をする理由なんですけど、実は──」
支部長は返答として最初に出したのは、俺の知りたいことではなく質問の意図について。
そりゃ理由が無いのに聞きたい、なんてしたら怒るよな。
俺の過去と因縁を知る閃理が代弁しようとするけど、悪いがそれは断らせてもらう。
正直に俺の過去も含めて話す。それが訊ねる側の最低限の礼儀じゃないだろうか? そう思ったんだ。
大事な部分を短くまとめつつ全てを話す。
突然の別れから突拍子もない邂逅、そして確信と真の意味での再会……。
全て知っている閃理、ディザストと戦う許可を取るために教えた心盛さんは別として、何故か一部分知っているメル、そしてこれまで一切そういう話をしてこなかった他のメンバーにも話せる限りを聞いてもらった。
人が沢山いる前で俺の過去を話したのは間違いなくこれが初めてのこと。
どう思われるかもちょっとだけ気にするけど、俺の疑問の答えを知るためだ。今は気にしないでおく。
「……そうでしたか。軽率にそのようなことを訊ねてしまい、申し訳ないことをしました」
「いえ、むしろ身の上話をした自分が謝るべきです。同情を誘うような真似をしてすみません」
「構いません。では質問へお答えします」
閃理の時と同様、支部長は俺の過去を訊いてしまったことについて謝罪をしてくれた。
そしてついに、俺の疑問の答えが明かされる。
「結論を言うと──如何なる理由があれど闇の剣士を光の聖癖剣協会に剣士として勧誘することは叶いません」
「……っ、そんな!?」
が、その答えは俺の希望に添える話ではなかった。
闇の剣士は光側の剣士になれない……。ある意味予想通りの内容だが、それでも衝撃的な回答だった。
「撃破した剣士を拘束した後、留置施設に収容する。……これが我々が出来る闇の剣士の干渉の全てです」
「闇の剣士は不当に拘束をしても良い、ってことですか」
続く話に、俺はつい反発するようなことを口走ってしまっていた。
つまりあの時の誘いに龍美が乗っていれば、あいつはどこかの施設で暮らすことになるわけだ。
どっちの組織でも自由になれない……そんなこと、させられてたまるかよ!
そんな俺の意志が籠もった睨みに臆することなく、支部長はまた更に話を続けさせる。
「誤解しないよう補足しますが、闇の聖癖剣使いには長らく行方不明となっている者が所属しているケースが多くあります。拘束した人物の身元を調べ上げ、更正後にあるべき居場所へ帰す。それが我々の仕事の一つなのです。決して人道に反するような行いをしていないことを留意するように」
支部長は正しい説明をしてくれる。この話を聞いて俺は内心ちょっとだけホッとした。
薄々思ってたんだ。捕まえた剣士は留置施設で更正されるみたいなことをいつだったかに聞いたのを。
もしや更正と言いつつ拷問と呼べるような尋問をして闇側の情報を引き出しているのでは? と、あり得ないとは思いつつちょっぴり疑っていた。
支部長の言うことが事実なら、それに納得する他ない。誰でもない俺がそう決めたんだから。
「覚えているか、焔衣。お前が始めて出会った闇の剣士。あの男も行方不明者の一人で、数ヶ月の更正をした後に家族の下へ帰されている。監視によればこれまでのことを忘れていた彼は現在、普通の暮らしをしているそうだ」
「そ、そうなんだ……」
ここで閃理によるさらなる補足……というか余談が出てきた。
判明したのは俺を最初に襲ってきたキノコ頭の元剣士の動向。どうやら支部長の説明通り、留置からの更正を受けたんだそう。
流石に監視はつくよな。トキシーに見限られる形で始末されたとはいえ、元闇の剣士は放ってはおけないだろう。
ってことは、ディザストを倒せば龍美をちゃんとした形で家族の下に帰せるのか。呪いの件がある以上大げさに喜びは出来ないけど。
本当にそうなら仲間に出来なくとも倒す価値があるというもの。なるほど、やる気が湧いてくるな!
「分かりました。俺の質問に答えてくれてありがとうございます」
「……焔衣兼人。君の言い方を察するに、ディザスト──いや、神崎龍美は闇側への叛意がある。それは間違いないのですか?」
「あ、はい。
聞きたいことも聞き終え、感謝を述べつつ下がろうとした時、支部長が話を続けさせる。
確かにあの時、俺の勧誘に龍美は魅力的だと言った。それだけじゃなく、組織への攻撃も呪いを考慮しなければ出来るとも断言した。
それはつまり、間違いなく龍美には闇への叛意があることの証明とも言える。
憶測だけども……少なくとも龍美は闇の聖癖剣使いに魂を売りきっていないのは明白だ。
「闇側の十聖剣が一つ【
「はい。
「伊達に戦ってはいませんね。私からの説明は不要のようで何より」
次にするのは龍美が誘拐されたきっかけの一つ。
これは前に閃理から聞いている通り、メイディさんの本体である
それほどまでの強さを秘めているから龍美は呪いをかけられている。
これさえなければ龍美はこっちに来てくれる、救出における最大の難点だ。
「強力な聖癖剣に選ばれた彼と
「は、はぁ……?」
支部長は何やら小難しい言い回しで俺と龍美の悲劇を嘆いて……嘆いてるのかな?
それはさておいて、例外ってどういうことだ? 一体何の例外を出そうというのか……?
「本来は実績のある剣士にするべきなのですが、先代剣士の話も含め、三度目となる今回も無事に生還出来た功績、そして悲劇的な運命に抗おうとするその姿勢を称え、炎熱の聖癖剣士に特命を課すこととします」
「と、特命!?」
するとここで、支部長がわけの分からないことを口にし出してきた。
俺に……特命!? それって閃理や温温さんと同じ特別な指令ってやつだろ!?
これには他の剣士たちもざわつくばかり。
例外ってこのことなのか? なんなら俺が一番困惑してる。一体何を言うつもりなんだ……?
緊張の一瞬。ずいぶんと長くため込んでから、支部長の口がついに動く。
「炎熱の聖癖剣士、焔衣兼人。君に──
「んなっ……!?」
衝撃的な内容のせいで一瞬理解が遅れてしまった。
他の皆も同様に例外の弊害でぽかんとするばかり。
俺はこの日──正式に剣士となってから僅か三ヶ月で『特命剣士』に任命された初の聖癖剣士となった。
†
闇の聖癖剣使いの本部──そこで私、クラウディは調べ物の真っ最中。
組織が所有しているコンピュータールーム内にて、カタカタとキーボードを鳴らしながらパソコンと長いにらめっこを続けていた。
「……ふぅ、過去の記録って案外見つからないもんだ。調べ方が悪いのかな?」
長時間画面を見続けるのは堪えるねぇ。時計を見ればもう開始から一時間経過を確認。流石に一息入れるべきだろう。
デスクの前から離れ、軽いストレッチで身体をほぐしてから近くの自販機に飲み物を買いに行く。
目的地へ行くついでに復唱しよう。私が今何を調べているのかと問われれば、焔衣くんとディザストくんの間にある因縁についてである。
組織の歴史、やってきたこと、歴代剣士や人員等々、あらゆるデータが記録されている専用のサーバーから何かしら得られないか奮闘中なんだ。
第三剣士権限があればほぼ全ての歴史を閲覧することが可能だからね。
膨大なデータベースから頑張って関係しそうな情報を片っ端から調べている……んだけど。
「はぁー。ここ五年で起きている記録とか全部見たけどそれらしい情報は無し。本当にどうして彼は焔衣くんに関わりがあるんだろうか」
現段階じゃ収穫はゼロに等しい物だった。本当に何も見つからないんだよね、これが。
ディザストくんが組織に入るきっかけとなった誘拐事件もそう、彼が関連する出来事や事件も閲覧したけど、知りたい方向性の情報は一切無い。
ましてや焔衣くんのことなんて約半年前の件より以前の記録なんてあるわけがない。
かなり膨大な情報が詰まったデータベースでも見つけられないとは……。本当に分からないな。
「うう~ん、やっぱり閃理くんに頼むしかないかなぁ。断られてるけど。じゃあ博士に敵の支部をハッキング……してくれるほど暇じゃないもんね。ううむ、八方塞がりとはまさにこのことか」
他に打てる手段は考えつくにはあるけれど、無謀だったり他者に迷惑をかけてしまう物ばかり。
仕事以外で部下に権限を使いたくはないし、ましてやただの興味という理由で仕事の邪魔をするわけにはいかない。
だからと言って簡単に諦めたくはない! 真相を知ればディザストくんと仲良くなれるかもしれないし、焔衣くんがこっちを振り向いてくれる可能性が少しでも上がるかもしれない。
僅かな可能性がある以上、諦めるのは悪手。でも現状行き詰まっている。うぬぬ、一体どうすれば……。
「クラウディ。ここにいたか」
「うん? あ、フラット。傷は大丈夫なのかい?」
「もう治った。第九剣士の部下のおかげ」
すると突然私を呼ぶ声が。悩みながら歩いていたせいでうつむいていた顔を上げると、目と鼻の先にフラットが立っていた。
先日、プライベート中に第三班と遭遇したことで、成り行きで戦うことになった彼女。
焔衣くんがいたから私も行きたかったのだけれども、参加を拒否されたのは悲しかったなぁ……。
それはそれとして、その戦いでフラットは心盛さんの腕を吹き飛ばし、あと一歩のところまで追いつめたらしい。流石に凄いと言わざるを得ない。
結局昇華の聖癖剣士との真剣勝負で胴体を裂かれ、そのまま引き分けに持ち込まれたらしいけど。
傷はあまり深くはなかったそうだが、念のために入院したと聞いている。
あの日から二、三日くらいしか経っていないけど、もう退院したんだ。おめでたいことだね。
「それで、私に何か用かい? こんなコンピュータールームに来るほどだ。火急の用件かな?」
「クラウディ。あなた、炎熱の聖癖剣士を勧誘しようとしてる。それ、今も変わってない?」
改めて尋ねて来た理由を問うと、聞き返す形で私の個人的な目標について触れてきた。
うん、彼女の言うように私はまだ焔衣くんの勧誘を諦めていない。こうして過去の記録を漁ってヒントを得られないか奮闘するくらいにはお熱さ。
あ、そういえば。確かフラットも第三班に所属している聖癖剣士を勧誘したと聞いているね。
結果は残念だったらしいけど、もしかしてそれのアドバイスを求めに来たのかな!?
「うんうん、なるほどね。もしかして同じ敵側に勧誘したい剣士がいる者同士、先人である私から何か助言を貰いたいっていう魂胆かな? 私も断られている身だけど、志が同じならアドバイスは惜しまな──」
「
しかし、フラットの返答は違うようだ。私と違って潔いのは良いところだけど、志が違うのは実に残念。
それじゃあ一体何を聞きたいのだろうか。彼女は私やディザストくんとは違い、焔衣くんに一切の因縁などはないはず。
向こうで何があったかは知らないけど、関わるイメージも浮かばないな。うーん、本当に分からないぞ?
悩める私を余所に、フラットは相変わらずの無表情な顔で答えを口にする。
「前の戦いで炎熱の聖癖剣士、変なことを言った。私の戦いに乱入した時、何故か第一剣士を倒さなきゃいけない、そう言っていた」
「第一剣士を……? それ、本当なのかい?」
告げられた話を聞いて、私は思わず耳を疑ってしまった。
焔衣くんが第一剣士を倒す……だって? あまりにも唐突過ぎる内容に疑わざるを得ないけど?
思わず問い直したけどフラットは無言で首を縦に振るだけ。意味のない嘘はつかない彼女が言うんだから、軽い冗談というわけではなさそうだ。
というか何故そこに第一剣士が出てくるのやら。今も海外にいる彼が乱入するはずもないし、そもそも本件とは何の関係もないんじゃないのかな?
「理由は知らない。でも一緒に来てた光の聖癖剣士が復讐を肯定する、そんなことも言ってた。正直よく分からなかった。でも向こうも向こうで、何かこっちのこと、知ったことがあるのかも」
「復讐……。何やら随分と物騒なワードだね」
う~ん、そっかぁ。フラットが教えてくれた内容を少しだけ考えてみる。
一応フラットが候補地の温泉宿から聖癖剣を発見したものの回収に失敗した話は知っている。
そこの宿の子供が剣士となってフラットを追っている──そんな噂も耳にしたことがあるけど、今回の相手がその人物だったらしい。
家業を畳ませる原因を作ってしまったことは悪いと思っているし、フラットのやったことも決して良いことではない。
しかし、だからと言って復讐だなんて虚しいことを光側の剣士がするとはねぇ。
おっと、話が逸れてしまった。理由は何であれその件と第一剣士は一切の関係はない。
本当に意味不明、突拍子もない人物の登場は困惑を極めるよ。
確かにやる時は本気でやる男ではあるが、率先して人の恨みを買うようなことをするとは思えない。
組織の中でも誰よりも心配性で親切、他人を家族のように扱い雑な接し方は一切しない心優しいみんなのお父さん……それが第一剣士へのイメージなのだけれど────
「あ……いや、まさか……!?」
「どうした?」
でもここで、私はある話を思い出してしまった。
それは今から五年近く前の任務。私が担当していたわけじゃないけど、内容はよく知っている。
何しろさっきまでデータベースを覗いて過去の任務や事件を見ていたんだ。その件にも勿論目を通したばかり。
フラットの心配を余所に、とある気付きに至ってしまった私はぶつくさと一人考えに走る。
「第一剣士が名指しで恨まれるような件、それってまさか……」
その事件は今から四年と数ヶ月ほど前に遡る。
第一剣士が任務に就き、数年にも及ぶ時間をかけてそれを達成させて帰ってきた話。
当時の私は
今も思い出すだけで憂鬱に感じるほど覚えている。
怯えきった表情、止まることを知らない震える身体。リュックで顔を隠すように抱えて泣き続ける幼げで中性的な顔立ちの少年。
それは、当時まだ中学生だった現在の第十剣士──本名を神崎龍美くんだったのだ。
第一剣士は【
私が知る限り、第一剣士が他者に恨まれかねないことをしたのはその一件のみ。
もしかすれば知らない場所で恨みを買っている可能性も捨てきれないが、現状その件以外考えられない。
「焔衣くんは何故急に第一剣士の撃破を目標に? 復讐を肯定させるほどのことがあったのか? もしやディザストくんが関わっている……とかだろうか?」
謎が謎を呼ぶ展開。私らしくもなく、心配の表情を浮かべているフラットを気にすることもせずのただただ考えに深く耽り込む。
焔衣くんとディザストくんの因縁。そういえば二人はほぼ同年代のはず。
ただの偶然……というわけではないだろう。ちょっとだけ嫌な予感を感じた私は、私は急いでコンピュータールームに戻る。
「クラウディ! どうした? 何あった?」
「うん、ちょっとね。フラットのお陰で私の疑問が解決するかもしれないんだ」
「疑問? 何か悩んでた?」
先ほどまで調べ物に使っていたパソコンの前に座ると、例の誘拐事件についてデータベースを調べる。
さっきの通り一度目に通しているから大体の内容は頭に入れている。でも今知りたいのは任務の概要じゃない。もっと細かな部分だ。
「……あった。えっと、修学旅行をしていた学校名は……」
私が知りたいのはディザストくんが在籍していた中学校名。これが分かれば今度は別のデバイスを使う。
私用のスマートフォンを使い学校名で検索をかける。真っ先に上がった学校のホームページ……の下に見える事件のまとめをタップ。
予想が正しければこれを知ることであの二人の因縁が何に起因するものなのか判明するはず。
知りたいという興味と、残酷な現実を知ることになる恐怖。その半分ずつの気持ちで私は記事を読む。
「中学校生徒が修学旅行中に行方を眩ませた事件。被害者は神崎龍美、当時十四歳。予定していたルートから逸れた場所を移動中、突如として失踪。警察関係者が捜索するも未だ行方不明……」
出てきた記事を読み上げる。その内容は組織のデータベースにある通りの内容で纏められていた。
第一剣士による犯行は聖癖剣を用いられている。誰にも気付かれることなく遂行するのは容易いことだ。
思い出すだけで頭が痛い。元教師としてここまで心苦しい話は無いよ。実に悲しい……。
フラットも記事を覗き込むけど、それに構わず記事の続きをどんどん読んでいく。
何ページ分か読み進めていくと、当事者のインタビューという記事を発見する。
内容は予想通り教員などの学校関係者による当時のディザストくんの印象についてを語られていた。
普遍的な内容に眉を寄せながら読んでいくと、最後のインタビュー記事に目を釘付けにされてしまう。
「……! 龍美くんの親友H・K……!?」
そう、インタビューに応えてくれた生徒の一人、そのイニシャルがどこか見覚えがあったんだ。
一瞬、ドキッと心臓が強く鼓動を打つ。勿論偶然の可能性が捨てきれないから、早とちりはしない。
だが文を読むと──それは普遍的な他とは一線を画する内容だった。
自分のせいで行方不明にさせてしまったという懺悔に近い話から、今すぐ会いたいと嘆く様まで。
他のクラスメイトに教師や学校、そして彼の親──何もかもに迷惑をかけてしまった自分自身に対する憎悪がこれでもかと込められたインタビュー内容。
読めば読むほど痛みが伝わってくるような強い後悔と心の曇りを感じさせる文章に、私は目尻に涙を浮かべてしまっていた。
第一剣士が
私自身が曇るのは嫌なんだけど……事件発生の張本人の関係者である以上、受け入れるのは道理だろう。
それに、きっとこのインタビューをした少年は私の同情の悲しみなんか目じゃないほどの絶望を経験したに違いない。
あまりにも居たたまれない……。私は辛さを隠すように記事を閉じ──代わりにその上にあった学校のホームページを開いた。
「次は学校のサイト。クラウディ、何がしたい?」
「すまないフラット。私今すごい悲しい気持ちになってるんだ。察してくれたら嬉しいな」
おそらく何も知らない彼女にとって、今の私は奇行に走っていると思われているかもしれない。
まぁ実際にそうなんだけど……今はそれを気にしたくない。本人には悪いけど少し静かにしてもらう。
開いたサイトから歴代卒業生のページを開く。
流石に顔写真は表示されてはいなかったけど、三年前の卒業生のページを見つけて急いで確認する。
三学年の名簿をつぶさに確認して、彼を探す。
一つ、二つとクラスが移り、三つ目のクラスでついにそれを発見した。
それを見て、私は──息が詰まってしまう。数秒間の放心を経てから、再度確認。
「H・K、H・K──……! やっぱり……」
全部の三学年生の名簿を見た上で確信する。
あの悲痛なインタビューを生み出した少年H・Kの正体。そして──あの二人の因縁。それに私はとうとう気付いてしまったんだ。
この中学校にイニシャルがH・Kの生徒は三学年ではたった数人。
しかし、その中には酷く見覚えのある名前が記載されていた。その人物の名前は──焔衣兼人。
これが同姓同名の別人である可能性はどれくらいだろうか? 全くのゼロではないにしろ、限りなくあり得ないに近い数字のはず。
「そうか……君たちの因縁っていうのは、こういうことだったんだね」
ディザストくんが彼を仲間にしたくない理由が今、よ~く分かった。
そりゃあ、親友を闇の剣士にされるなんてたまったものではない。あそこまで拒絶するのも当然か。
きっと彼は先日の戦いで自身のことを明かしたんだろう。誘拐した犯人が第一剣士であることや、呪いの話などを。
私個人にとっては全くの無関係な件であるはずなのに、酷く気が沈む。
ああ、私はなんて子に恋をしてしまったんだろう。これでは断られて当然だ。
彼は──焔衣くんは最大の被害者だ。我々の目的のために、その仲を引き裂いてしまったというあまりにも残酷極まりない仕打ちに曇らざるを得ない。
「クラウディ? 大丈夫か?」
「うん……。ねぇ、フラット。後で一緒に飲みに行かないかい? この気持ちをどうにかしたくてね……。久々にアルコールに頼りたい気分なんだ」
「分かった。部下に店予約させる。どこ行く?」
眩暈のするような事実を目の当たりにした私は、今年一番曇っていると自負出来るくらい精神的なダメージを受けてしまっている。
塞ぎ込んだ気分になった時、大人はお酒の力で幾分か紛らわせることが出来る。
子供たちの模範たる教師がそれに溺れるような真似はしたくないんだけど……今はそれに頼りたい。
それにしても、まさか彼らがかつての親友同士だとは……。しかも今は敵対させてしまっているなんて、運命に弄ばされ過ぎている!
この世界はどうしてそこまで彼らに残酷な運命を簡単に背負わせてしまうんだろうか……。
立場を変わってやりたいと思わないでもないけど、そんな偽善を振るえる立場の人間でもない。
「うう~、心が辛いよぉ~……。何で私が曇らないといけないんだよぉ~……」
「日本語で、確か感受性だったか。それあるのも良いことばかりじゃない。見ててよく理解した」
そうやって他人事みたいに言う~。いやまぁ、本当に他人事だけどさ。
到着した居酒屋にて愚痴る私。フラットにはいきなり付き合わせて悪いことをしてしまったね。
ああ、あの二人の話を知ってしまった以上、これからどう接していけばいいのやら。
二人の気持ちを尊重したいけど、私自身の目的だって諦めきれない。矛盾を孕んだこの悩み、解決できる手があればいいんだけどなぁ……。
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