第百八癖『学びし剣士たち、愛せよ剣』

「本日の講習にようこそおいでくださいました。私、講師役を務めますメイディ・サーベリアと申します。以後、お見知り置きを」


 ……という講師の自己紹介から始まるのは、剣士の知恵を学ぶためのお勉強だ。


 前回は緊急任務の発生によって結局出来ずに終わったからな。遠征組である俺たちが戻ってきたから改めて行うんだとさ。


 普段もそこまでフォーカスしないが、剣を打ち合う以外の勉強だってすることをアピールしとかなきゃな。誰にかは分からないけど。


「では出席を取ります。焔衣兼人様、メラニー・ライトニング様、凍原青音様、狐野幻狼様、瑞着透子様、瑞着響様、輝井星皇様、四ツ目真視様、日向燦葉様、煙温汽様、朝鳥強香様、鍛冶田純騎様、孕川命徒様。以上十三名、他にお名前を呼ばれていない方がおりましたら挙手でお願い致します」


 マジで先生みたく出席を取るメイディさん。名前が呼ばれる度に返事をしていく。

 合計で十三人もの生徒が出席。上位剣士を除いたほぼ全員という大所帯だ。


 勉強熱心な凍原やいつメン三人響・輝井・真視は分かるけど、まさか純騎や上位剣士一歩手前組メル、透子さん、温温さんまでいるとは。

 中々珍しくないか? 前の模擬訓練は半数以上が不参加だったのに。もしや座学の方が好きなのかな?


「本日は聖癖剣の接し方やそれに伴う基礎的な知識の復習を行います。午後の講習の最後に小テストを行いますので、しっかりと聞いてくださいね」


 色々考えてる内に授業内容の概要が説明される。

 まぁ、教室代わりの会議室前に立て掛けてる看板に書いてあるから分かってたけど。


 剣への接し方と基礎的な知識の復習……か。まるで動物の飼い方かっての。

 とはいえ剣士になって数ヶ月経つけど未だに分かってない部分もあるのも事実。


 だからこの授業内容はある意味盲点だ。勉強し直すつもりでしっかり聞いておかねば。


「まず私が日本支部に来て感じたことの一つに、聖癖剣に対する理解の浅さが目立つ剣士が見受けられました。例えば──剣の理解を怠ったがために信頼を損ねかける、などですね」


 この題材を取り上げた理由を口にしたメイディさんは僅かに視線をある方に向ける。つられてちょっとだけ隣をよそ見。


「うぐ……」


 目線の先を追えば日向の席にたどり着いた。案の定当人は脂汗を流して講師からの視線を拒んでいる。


 あぁ、どうやらこの授業内容になったのはあいつのせいみたい。無言でそれを察した。

 にしても聖癖剣の理解か。これは確かに馬鹿には出来ない重要な要素だろう。


 ましてや始まりの聖癖剣士直々のご指導。ただの復習授業では済ませるには勿体ない有意義な時間になるかもしれないな。


「では講習を始めましょう。まず初めにご説明するのは皆様もご存じ聖癖剣とは何かについてです。これは『人間の欲望の象徴たる“性癖”と理の一部である“権能”を宿した武器類』のことを指します。ここは全員問題ありませんね?」


 鳴動超めいどうちょうを裾から召喚するメイディさん。講習の教材に使われる始まりの聖癖剣……なんかシュール。


 この部分は剣士のスカウトを仕事にしている行動班員からすると、もはや聞き慣れた説明だ。

 俺だってずっと家事と訓練だけをしてたわけじゃない。自分で調べて身に付けた知識くらいある。


 剣は持ち主が最も好んでいる“性癖”を介して剣士と繋がっており、それがあるお陰で権能の行使が可能になるのだという。


 つまり俺が以前疑問に思ったこともある、剣が何故“性癖”を宿してるのかの回答。それはある種の許可証みたいな役割を担っているからと言えるわけだ。


 聖癖剣を作り出した先人の鍛冶師たちが“性癖それ”を選定条件にしたのは、個人が複数の剣を不当に独占させないための策という説が濃厚らしい。


 変わった存在ではあるが、変なりに真面目な理由があるってことだな。


「そしてこれは忘れがちなのですが、聖癖剣には人間に近しい意思が宿っております。それらによって我々は聖癖剣士でいられる──このことは決してお忘れないようにお願いします」


 次の解説についてもきちんと覚えてるぞ。

 聖癖剣はインテリジェンスソード。知性や自我、そして意思が宿っているのも知っている。


 剣の意思によって剣士が決められるだけあって、その選定方法もかなり変。

 俺の調べた話によると、なんと世界中の人類から自身の性癖に同調する者を探し出すんだそうだ。


 剣に適合する性癖を宿した人間の下に飛んで行くそれは、時に海を越え山を越え、国境だって越えるケースもあるらしい。


 噂じゃ地球を半周するほどの遠距離にいる剣士候補の所にまで飛んでった記録もあるんだって。剣の意思は執念深いもんだぜ。


 あと余談だが組織が保有している持ち主不在の剣は厳重な警備の下、ガッチガチに固定して飛んでしまうのを防止しているらしい。


 よって選ばれた人間の下に飛ぼうとするのを物理的に押し止め、強制的に繋がりの消失を待つとのこと。

 聞けば剣に選ばれたからと言って、必ずしもその人物に才覚があると限らないからだそうだ。


 一般人を無闇に巻き込まないための措置らしいけどそれにも例外があるようで、特に強く同調する人を見つけると、何と拘束を引きちぎってしまうらしい。


 その場合に限り選ばれた人物は才能を持つ可能性が高いんだと。俺ら行動班は選出に適った人物を探し出し、剣士にスカウトするのだ。


 ちなみに第一剣士が龍美を見つけ、災害さいがいに身体を持って行かれそうになったという話もそれによる事象。

 実際龍美は悪癖円卓マリス・サークルになってるんだからな、間違い無いんだろう。


「意思が宿る以上蔑ろにすることは許されません。剣に対して行ってはいけないこと、それは『個性の否定』『理解の放棄』『性癖の拒絶』、聖癖剣禁忌の三原則と呼ばれるこの三つです」


「そんなロボット三原則みたいなのあるんだ」

「禁忌とは中々物騒なワードだなぁ」


 色々な話を心の中で復唱していたら、次に教えてくれるのは剣に対する接し方についてのようだ。

 確かに意思があるんだから、ただの道具として扱ってはいけないことは分かる。前例も見てるしな。


 禁忌の三原則とやら。最初のはともかく後者の二つは初耳だ。放棄と拒絶……それが意味する物とは如何に?


「ではここで一つ例え話をと。皆様はご自身の好きなコンテンツを同じく好きだと言ってくれる方を好ましく思うはず。その方とはいつまでも仲良くしたい、してあげたい……きっとそう考えるでしょう。それと同じなのです」


「あー、なるほど。それは確かに……」

「やっぱり師匠たちから教えてもらった通りですね。奥が深い」

「ん? え、何。今ので分かったの?」


 ここでちらほらといち早く内容を理解する者が現れ始める。

 きっと難解な話ではないのだろうけど、少しばかり頭を悩まさざるを得ない。


「砕いて言えば聖癖剣とは同じ志を持つ同士そのもの。趣味の合う友人、或いは自分のことを好いてくれる恋人と思っていただくのが分かりやすいでしょう。それ故に決して邪険に扱ってはいけないのです」


「剣は友人、或いは恋人……ですか。なんて素敵な例えでしょう」

「例えめっちゃロマンティックじゃん」


 ああ、そういうことか。流石剣人一体のメイディさん。剣の気持ちも分かってるんだな。

 この話を聞いてか、皆が一斉に自分自身の聖癖剣を出してそれを見始める。


 確かに聖癖剣の信頼の回復や維持の方法に、宿る性癖に合致する体験を一緒に経験することが大事だって以前教えて貰っている。


 例えば肌系なら地肌に直接触れさせて一晩寝るとか、服系はその衣装を着て行動するみたいな。

 メルが時々ドギツい薄着でいることがあるのも、剣の信頼維持に努めてるからとのこと。


 そういえば人は自分の性癖を公開して理解を得られると友情が深まる、という俗説を見かけたことがある。これが剣にとって重要なんだろう。


 それを行わなかったどころか知りもしなかったから日向は見限られかけたんだ。怖い話である。


「では禁忌の三原則『個性の否定』についてご説明致します。ここでの個性とは権能を表す言葉です。

 例えば聖癖剣Aの権能が『熱』としましょう。もう一つ十聖剣級の聖癖剣Bも同じ『熱』の権能だとします。ではここで問題です。剣Aは剣Bよりも性能が劣った聖癖剣か否か──はい、今一瞬目をそらした日向様。お答えください」


「うぅっ、その問題わざとですか? 何でよりによって熱の権能……」


 淡々とした解説からの急な問題の発生。メイディさんのお眼鏡にかなったのは案の定日向だ。

 まぁ例題の時点で誰が回答者になるのか分かってたけど。


 なんかここぞとばかりに日向をネタに使うよなぁ。

 もしかして俺をいびってたこと、まだ根に持ってるのかな?


 それはそれとして回答よりも不満が先に出る日向。

 しかしこの後にされた発言が教室にいる剣士全員に雷が落ちるかのような衝撃を与えることになる。



「なお講習終了時点で最も成績の悪かった剣士には、明日の夜まで先代炎熱の聖癖剣士が行っていた最も厳しい訓練を再現した物を行っていただきます」



「なっ……!?」




 な、な、な……なんだって────!?




 今間違いなくこの場にいる全ての剣士は顔を歪めたことだろう。俺も驚き過ぎて変顔になってるかも。


 ばあちゃんがやってた訓練を再現したのを明日の夜まで……!? しかもって、何にも聞いてないんだけど!


 これは……絶対にやりたくない! いや、今の俺にはうってつけの話かもしれないが、それでも何か命の危険を感じるんだが!?


Reallyマジで!? 普通にヤダ~……」

「同意です。まぁ強くなれるのならちょと魅力ありますですが」


 他の皆はどうなってるのか見回して見ると、やっぱり全員があまり良い顔をしていない。


 行き過ぎた内容にひそひそ話をするメルや温温さん。透子さんや純騎は頭を抱えてるし、響他数名は白目剥くほどのやりたくない度合いが分かる。


 正直いくら何でも横暴だと言ってやりたいところだが、ここは冷静になれよ自分。

 本人には悪いがメイディさんの狙いはおそらく初めから日向なのだろう。


 講習の内容を決定させてしまうほどの無礼を剣に働いてたんだから、性根を叩き直す体で訓練じごくに叩き落とすつもりのはず。


 現にこうして回答者に選んだのだ。ふっ、何も焦るこたぁねぇ。犠牲者は最初から決まってる。

 俺たちのために犠牲となってくれ、日向。骨は拾ってやる。残ってたらな。


「せ、正解は違う、です。同じ権能でも大なり小なり差異はあるので、下位互換となる剣はない……だと思います」


「その通りです。権能が被っていても下位種であるケースは極めて稀。聖癖剣は人間と同じく千差万別の存在。自分の剣はあの剣より弱いと考えた時点で剣士として失格と言わざるを得ません。きちんと勉強をして見事正解した日向様にはプラス10点です」


 何とか回答を捻り出し、マイナス評価を回避した日向。謎のポイントを貰ってるけど、これも評価に響くのだろうか?


 ともあれ回答通り、権能は被っていても下位互換になるケースが少ないのは事実。

 炎陽えんようの場合は『熱』と『光』。あの目映く熱い光は焔神えんじん単体では再現不可能だからな。


 聖癖章に頼らなければ再現は難しいし、再現したとしても技量次第では劣化コピーになりかねない。

 だから聖癖剣の性能は基本どれも唯一無二なのだ。


「では次に『理解の放棄』に移ります。これは読んで字の如く剣への理解を怠ることになります。

 先ほどもご説明した通り、聖癖剣とは理解ある友人或いは恋人と同義の存在。しかし、自分が好かれていると言ってこちらから剣を好いていることを示さなければ剣士と剣の関係は破綻しかねません。相思相愛でいることが聖癖剣の理解。常に愛着を持って接する。これを意識するだけで剣は剣士に応えるようになるでしょう」


 二つ目の説明、『理解の放棄』とは言葉通りの内容みたいだ。


 メイディさんは手でハートを作るというお茶目な仕草をしているものの、発言は全部日向を図星の槍で突き刺す内容ばかり。


 まぁほぼ全部自業自得だから気にしないけど。

 他人の心配より聖癖剣との付き合い方の授業に耳を傾けていく。


「最後に『性癖の拒絶』についてです。皆様はご自身の性癖を心から好きと言えますでしょうか?」


 そして三原則のラストについて触れ始めると、参加者全員に自身の性癖についてを問いかけてきた。


 それぞれの持つ性癖が好きかどうかか……。いや勿論俺は自分の聖癖を好きと言えるけど。

 これは剣そのものに直接関わるわけではなさそうだが、一体どういうことだろうな?


「人間、十年前の身体と今の身体は全くの別人だと言われているように、今の性癖をいつまでも好きでいるとは限りません。こればかりは根本的な問題ですので仕方のない話ではあるのですが、年齢問わず聖癖剣士を引退する者の約三割方は性癖の変化による権能の行使が出来なくなるというものです」


 あ、その話……閃理から少しだけ聞いたことがあるな。


 五年、十年先の性癖が今と違う可能性は捨てきれないという話。この時、さりげなくメスガキの性癖を勧められたっけ?


 あれ以上の説明を閃理はしなかったけど、メイディさんによると剣士の存続に大きく関わるらしい。

 一番好きな性癖が変わることで剣を使えなくなる……か。これ何気に重要極まりない話じゃないか?


「『理解の放棄』の説明でも言いましたが、剣とは相思相愛でなければ力を発揮出来ません。好いた人を愛せなくなると、次第に相手方も冷めてしまいます。剣士を長く続けたいのであれば、心身の健常だけでなくモチベーションの維持も重要なのです」


 メイディさんはそう淡々と解説をしてくれる。

 なるほどな。分野を開拓した際に性癖を改悪され、自身の剣と反りが合わなくなる危険性を俺たち剣士は常に孕んでいるというわけか。


 己の性癖を理解することで力を発揮していく聖癖剣士にとって、変化というのは決して良いことばかりではないんだな。これは知っておいて損は無さそうだ。


 想像してた以上に剣のことを詳しく教えてくれるじゃん。流石メイディさんとしか言いようがないぜ。


「……ああ、念のためこれもお教えしておきましょう。剣士を辞めたとしても自身の性癖を愛していれば次代の剣士に引き継いだ剣でも権能を行使することが可能です。その例をお見せするために特別ゲストをお呼びしております。どうぞお入りください」


 するとメイディさんは、急に空間跳躍の権能を使いどこかへとゲートを繋いだ。

 特別……ゲスト? おいおい、何か嫌な予感がするんだけど気のせいか?


 メイディさん基準のスペゲスってことは、またマスターでも連れてくるつもりなのかな?

 普通にあり得そうでもはや新鮮味が無いぞ……。


 色々不安に思っていると、白い空間から何者かが現れる。ゆっくりとした一歩を踏みしめて、講堂と化している会議室にご来賓の登場だ。


 ──ただ、その人物は俺たちの予想を遙かに上回る衝撃の人物であったのだが。


「こんにちは、剣士の皆さん。勉強熱心で何よりですが、この方に粗相をしてはおりませんか?」


「な、し、支部長ォ!?」


 そう、空間跳躍の権能を使って現れたのはまさかの支部長! ちょっと、大丈夫なのかこれ!?


 日本支部で一番偉い人のご登場には流石に全員困惑する。だってこの人、会社の社長も兼任してるから多忙を極めてる人だよ?


 正気か? 何で連れてきたんだマジで。つーか支部長も支部長だ。どうして断らないんだ。

 相手がメイディさんだからだとは思うんだけど、それはそれでプライド無いのか?


 ってか、この人の登場は不味いだろ。だってここで授業受けてる一人は──


「…………チッ」


 恐る恐る斜め後ろの席をちら見してみれば、そこを自分の席としている純騎がもの凄い形相で支部長を睨むように見ていた。


 やっぱりか──ってかあの礼儀正しい好青年の純騎が舌打ちって。

 マジで支部長もとい母親のことが嫌いなんだな。


 メイディさんは純騎のギスギス親子関係のことを知らないだろうから、この事故が起きることなど予想していなかったのだろう。


 純騎、可哀想に。真面目に剣士の勉強に来たら一番会いたくないであろう人が特別講師として出てきたんだ。心中お察しするぜ。


「は、はい! 質問いいですか!」


「勿論です。輝井様、お聞きしたいこととは何でしょう?」


「はい。例を見せるとおっしゃいましたが、具体的に何をするおつもりで……?」


 鍛冶田親子の不仲を知る者だけが分かるこの険悪な空気間に一人の勇敢な若者が声を上げた。


 そいつの名は輝井星皇。ナイス雰囲気ブレイク!

……と言いたいが、それはもしかすると逆効果だったかもしれねぇ。


「どうやらすぐにでも見たいようですね。分かりました。それでは早速お見せしましょう。支部長様、お願い致します」

「分かりました。では」


 すると急に生徒がいる方へと向かうと、一直線に窓際の席の真横に立つ。そこに座る生徒は──まさかの純騎。


 この瞬間、メイディさん以外の全ての剣士に今日一の緊張が走る。

 俺も他人事ながら心配だ。一体この二人がどんな会話をするのか検討がつかなさすぎるぞ……。


 全員の視線が注がれる中、数秒の沈黙を置いてから重い口が開かれる。


「純騎、聖癖剣を貸しなさい」

「……何故ですか」

「あなたの剣は私の剣でもあるからです。親である私に──そしてなにより始まりの聖癖剣士に恥をかかせるつもりですか? もう二十歳になるんですから、いつまでも反発してないで大人になりなさい」


 う、うわぁ……。なんつー冷たい会話だ。本当に親子か?


 排他的というか冷淡な物言いが怖い紫騎ちゃん支部長だけど、実の息子にもそれで通してるのかよ。

 これを小さい時からされてるのなら、そりゃ純騎もひねくれて親のこと嫌うのも当然だ。


 基本夜遅くに帰ってくるから会話が少なかった俺の父親でさえ話す時は暖かみのある言葉なのにな。これじゃ純騎がちょっと居たたまれないぜ。


「…………はぁ。どうぞ」

「それで結構。ですがため息は人前で吐いてはいけないと教えたはず。それも忘れましたか?」

「……あなた以外にはしませんよ」


 小さくため息をつきながら聖癖剣を机に置く純騎。

 それを受け取った支部長は向けられた態度が鼻についたのか切れ長のキツい目で見やって、バチバチという音が幻聴こえる視線のぶつかり合いが勃発。


 ちょ……これ放っておいてもいいの? 今にも一触即発って感じだけど、止めに入らなくて大丈夫!?

 両者の不仲を知る者たちも不安げだ。俺もどうすればいいか分からず、何も出来ない。


 険悪極まれりな雰囲気だが、鶴の一声がそれを一蹴してしまう。


「支部長様。親子のスキンシップも大切なことではありますが、今は講習中だということをお忘れなく」

「はっ……し、失礼しました」


 始まりの聖癖剣士の言葉はバリバリ私情の込み入った対話にあっさりと介入して正気を取り戻させてしまう。


 これまた別の意味でうわぁ……だな。今のはどう見ても親子のスキンシップって言葉で済ませていい雰囲気じゃなかっただろ!?


 伊達に500年も生きてないだけに、こういう修羅場は何度も見てきたに違いない。

 いや度胸凄いなメイディさん。俺は出来る気がしないぜ、そんなこと……。


 親子喧嘩寸前だったのを中断させ、支部長を呼び戻して続きを再開する。


「これから行いますのは先ほどの解説した実例をお見せすることです。支部長様……いえ、今は先代“武装の聖癖剣士”様とお呼び致しましょう。それではお願い致します」

「分かりました。──鎧袖がいしゅう、私にもう一度応えなさい」


 有無をも言わさず実践。今更だが純騎の剣……鎧袖がいしゅうと呼んだそれは支部長が元々使っていた物らしい。親から子へ受け継いだのかな? 


 剣の形状は正しく騎士風といった王道なロングソード。それを持つ支部長は妙に様になっている。

 そして小さく呟くと一瞬エンブレムに光が灯ったような……。


 仁王立ちしながら両手でグリップを掴み、祈るような沈黙の後にそれは起きる。



騎雌剣鎧袖きしけんがいしゅう!】



「ほ、本当に反応した……!」


 うおっ、マジで聖癖の呼び声を出すことに一発成功させてしまった。

 ここだけでも相当だが、これはまだ序章に過ぎないことを思い知らされる。


 剣の呼応と同時に支部長の右腕には鎧が生成されていくのだ!

 あっという間に肩部までの鎧が生成され、今にも戦いに繰り出せそうな雰囲気を纏ってしまう。


 これには生徒もおおっと騒ぐのも道理。支部長がマスター直属だったという経歴は知ってるけど、引退後もこうして剣に認められ続けているのは素直に凄いと言わざるを得ない。


 驚愕の展開はまだまだは続く。支部長……いや、武装の聖癖剣士は十何年ぶりともなる力を存分に魅せてくれる。



【聖癖開示・『女騎士』! 勇ましき聖癖!】



「────はぁッ!」



 ここで開示攻撃を発動。何をするかと思えば、いつの間にか用意されているマネキンに向かって剣の衝撃波を飛ばしたのだ。


 一直線にマネキンへ向かって行くそれは、直撃して破壊……すると普通は考えるだろう。だが実際に起きるのは全く異なる結末だ。


 命中した瞬間に水蒸気のような煙幕が発生。何事かと思うのも束の間、煙が晴れればそこにあったマネキンには鎧が装着されていたのだ!


 本当にあっと言う間の出来事。一瞬目を疑ったが、紛れもない現実に起きた現象。

 マネキンの形状が女性に近いからか、その造形は所謂ドレスアーマー型で装飾もかなり凝っている。


 まさか開示攻撃で鎧を作り出したってのか? 腕の鎧もそうだけど、純騎の剣ってそういう権能なのか。


「──お見事です。引退して十年以上経過しているにも関わらず聖癖開示でこの完成度。私がこれまで見てきた鎧袖がいしゅうの継承者の中で最も優れた技術力と言っても過言ではありません。本当に素晴らしいです」

「ありがとうございます。しかし、歳のせいかこれが今の限界のようです。老いたくはないものですね」


 出来上がった鎧を見て大絶賛するメイディさん。

 支部長は歳を理由に謙遜するけども、あの人にここまで言わせるのはマジで偉業だ。


 確かに鎧の完成度は素人目の俺でも一目で分かるくらい緻密で繊細、まるで職人の手で作り出したかのような一品だ。


 製造工程を教えられなければこれが聖癖剣の力で作り出した物と言われても信じないだろう。

 紫騎ちゃん支部長、流石は元マスター直属の剣士といったところか?


 現役時代はどんな活躍をしていたのか知りたくなるけど、今はお門違いな疑問だから控えておく。


「ご覧になりました通り、諸条件が揃っていれば剣士を引退していても問題なく権能を行使することが出来ます。覚えておいて損はありませんよ。では支部長様、お忙しい中わざわざありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。お力になれて光栄です」


 実践はこれで終わりらしい。うむ、確かに凄い物を見れてかなり満足度は高かったな。


 剣の性癖をずっと好きでいれば次の代に渡っても使えるとは何とも健気なことか。

 俺にもいつかそういう時が来るのかな? いや、流石に今それを考えるのは早計過ぎだな。


 それはさておき使った剣は現在の持ち主の下へと返却するのが道理。

 つまりもう一度純騎の前に支部長が立つことになる。緊張の一瞬、再び。


「きちんと見ましたね。鍛冶師になりたいなどと現を抜かすよりも剣士の技術を磨きなさい。自らの才能を捨てる行為は慎むように。あなたは私を越えなくてはならないのですから」


 う、うわぁ。なんて冷たい言葉なんだ。これには流石に同情せざるを得ない。


 剣を机の上に置いて返却した直後の台詞が今のである。良く言えば期待されているわけだけど、まさか純騎の夢である鍛冶師を頭ごなしに否定してくるとは。


 剣士としては尊敬出来るけど、人としては信頼ガタ落ちだぞ。それでいいのか紫騎ちゃん支部長。

 そして純騎の前から去ると、再び空間跳躍の権能で元居た場所へと帰って行ってしまう。


 予想だにもしないギスギスのせいで空気が重くなったのを嫌ほど感じ取ってしまう。

 人の不仲を見るのはメンタルにくるぜ。本当に純騎が可哀想だ。


「……はい。これを持ちまして午前の部は終わりとします。午後の部は十三時から始めますので、決して遅刻しないようにお願い致します」


 空気の悪さを察したのか、このタイミングで座学講習の終わりを知らされた。

 いつの間にか一時間も経っていたらしい。昼休憩を挟んでから、また勉強をすることになる。


 最後辺りは一瞬どういう感情でいればいいんだと思ってたけど、時間に救われたな。

 色んな意味で精神によろしくない一時間だった。午後はこんなことにならなければいいけど。


「純騎、大丈夫? さっきので精神病んでない?」

「それは流石に大げさですよ、焔衣さん。僕はこの通り大丈夫です。講習中に変な空気にさせてしまったのはすみません」

「いいや別に謝ることないって。御曹司と社長の仲がサイアクなのは分かりきってることだし」

「あー、本当に聞いてた以上の険悪さだったもんね。正直ちょっと驚いたくらいだよ」


 メイディさんが会議室から出たのを見計らって、全員が純騎の下へと向かう。

 そりゃ心配にもなるさ。あんなものを間近で見せつけられて無視するほど心の狭い人間ではないからな。


「どうしてあんなに仲が悪くなってるの? 流石に異常っていうか、ただの親子喧嘩ってレベルじゃなさそうだけど……」

「あっ、孕川さん。それを訊くのは……」

「孕川さん。込み入った事情が二人にはあるんだから、そう易々と訊ねるのはマナー違反よ?」


 ここで孕川さんが親子不仲の理由を訊いてきた。一瞬焦る真視に代わって透子さんが注意を飛ばす。

 確かに気になるけどおおよその理由はあのやり取りから察することは出来る。


 武装の聖癖剣士を継いで欲しい支部長と剣士よりも鍛冶師になりたい純騎。双方の意見がぶつかりあった結果、親子間の不仲に繋がったってところだろう。


 支部長の気持ちも分からんでもないけど、もう少し子供の意見にも耳を傾けるべきだと思うんだがな。

 あの人がそれを分かってないことは無いはずだし、きっと俺が考えるよりも難しい問題なんだろう。


「みなさん、心配をかけさせてごめんなさい。僕のことなんかに構わずご飯を食べに行きましょう。今日は食堂に限定メニューが出てるはずです。急いで行かないと売り切れちゃいますから」

Lunch昼ご飯! メル、それ食べたイ。限定なら早く行くべキ! 全員置いてくかラ!」

「行動が早いです! 私もそれ食べたいです。ちゃんと残してくださ~い!」


 流石に心配されまくることに後ろめたさを感じ始めたのか、純騎は別の話題を持ち出してきた。


 当然の如くそれに食いつくメル。あっと言う間に会議室からすっ飛んで行ってしまった。温温さんもそれに続いて出て行ってしまう。


 平和な奴らだぜ。でもまぁ純騎的には親のことはあんまり触れて欲しくない話だろうし、ああいう反応をしてくれる方が良いんだろうな。


 なら俺たちもこれ以上は止めておくのがベストのはず。気持ちを組んで触れてやらないことも優しさの一つってもんだ。


「私はノートに纏め終えてから向かいます」

「ぼ、僕も……」

「私は弁当あるからパース。ってか色々あってお金無いから行けないわ」

「あー、それは私も同じだからパスで。奢ってもらうのもなんか悪いしね」


 凍原と幻狼は午前の授業を纏めてから来るそうだ。真面目な二人らしい理由である。

 日向と朝鳥さんは弁当持参とは隅に置けないな。どっちもそれを用意してるのが意外性に拍車がかかる。


 ただまぁ……金欠が理由なのは、多分心盛さんのことなんだろう。自分たちだけ良い思いをしようとした罰が下ったな。


 そういうことで俺らはメルと温温さんの後を追うように会議室から出て食堂へと向かう。

 ランチタイムの光景は割愛。腹も膨れたし、午後の授業も気合い入れて取り組むかー。

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