第九十四癖『氷と太陽、一削に臥す』

 絶対絶命のピンチを打ち砕くかのように現れた剣士二人。

 この人たちの登場にフラットは中国語で何か悪態のような言葉も吐いて舌打ちをする。


「チッ、时机不好タイミング悪いな……」

「朝鳥さんを離せ! まさかトイレを狙うとか卑怯臭さは一丁前ね」

「しかも休戦中であるにも関わらず剣を向けるとはあまりに卑劣極まりない。剣士としてのプライドも無いようですね。心底呆れます」


 現れた剣士を見たら片方は前に支部で話したことがある子だった。確か……日向って名前のはず。

 もう一人は知らない子だけど、やっぱり私より若い子なのは間違いない。


 その二人はフラットに向けて怖じ気付かずに威勢良く非難を浴びせている。ゆ、勇気あるなぁ……。


「光の剣士……。三班は二人だけだった。何でここにいる」

「私たちはあんたを倒すために来たのよ! それに私たちだけじゃないわ」

「閃理さんや焔衣さんたちもいます。多勢に無勢、それが今のあなたの状況です。素直に聞くとは思いませんが、投降してください」


 なななんと! まさか応援部隊って一班のことだったの!? それならなんと心強いか!


 上位剣士の閃理さん、悪癖円卓マリス・サークルを数人撃退した経験のある焔衣くん、そして上位一歩手前らしいメルちゃんの三人が来てくれたならもう百人力。もうこれ勝ち確では?


 無益な戦いは好まないのか、クールな雰囲気の子はフラットに降参を促す発言をする。

 結果は私も何となく分かるけど……この状況に相手はどう出る?


「あの二人の名前出せば、私が驚いて逃げる、そう思ってたら大間違い。悪癖円卓マリス・サークル、甘く見ない」


 そう言うと私に向けられていた剣は応援の二人に狙いを変える。

 あと縦向きに構えていた剣を水平にし、赤い錆色の面が上向きとなった。


 あの剣……よく観察すると表面がザラザラついている。最初はノコギリをイメージしてたけど、今は大きなヤスリに見える。


 何であれフラットは戦うつもりだ。悪癖円卓マリス・サークルとはいえ、二人……いや、私を含めて三人の剣士を同時に相手取って勝てるのかな?


「逃げるチャンス、あげる。十秒、逃げなきゃ死ぬ」


 そしてフラットはあろうことかカウントダウンを宣言。十秒という時間を設けて、逆に逃げるよう言ってくる。


 もし逃げなければ──死ぬ。そう宣告もした。相手にする剣士の数差を一切気にしていない。

 絶対に勝てる自信があるんだ、フラットは。そうじゃなきゃこんなこと普通はしないはず。


「はぁ? ナメんな。悪癖円卓マリス・サークルだからって余裕ブッこいてたら痛い目見るわよ!」

「相手にとって不足なし。場所はやや窮屈ですが、狭い空間を想定した訓練を生かす良い機会です」


 でも日向さんたちはそれをただの挑発と思っているみたい。むしろやる気を見せているまである。

 その間にも中国語で秒数は数えられていく。もう残りは……五秒。


ウースーサンアー……」


「行くよ、凍原! フラットに勝つ!」

「最低でも──閃理さんたちが戻るまで保たせてみせます!」


 二人も剣を抜いて臨戦態勢に。この狭いトイレの中で戦いが勃発しようとしてる……!

 そして──最後の数字がカウントの最後を飾ってしまう!


イー。残念、さよなら」


 この言葉を耳にした瞬間、目の前にある光景は大きな変化を及ぼした。

 フラットは貧削けずりの赤錆色の面で前方を一閃するように薙いだ瞬間、見えない何かがそこに生まれた。


 もしかすれば風圧か何かだったのかもしれない。

 吸い込むような風が密室の中で吹いたことに驚いて一瞬目を閉じた時、異様な音が耳に届く。


 ブンッ……って言う低い音。何か空気を揺らがせるような音にその時は聞こえた。

 それが何による音なのかを疑問に思った時点で全てが


 目の前にいきなり現れたのはがっぱりと開いた巨大な割れ。人が数人同時に通れるくらいの大きな穴が女子トイレの壁に穿たれていた!


 あの一瞬でこの被害!? 一体どんな馬鹿力なの!?

 そこは数秒前まで洗面台や鏡などがあった場所。それらが完全に消失してしまっている……!



「あ、ぐ……あぁ……!?」

「う、ぐぅぅ……」



 よく耳を澄ませると巨大な亀裂の向こうから小さなうめき声が聞こえる。

 人が巻き込まれた……? いや、違う!


 さっきの剣士たちだ。日向さんと凍原……さんの二人が穴の奥へと押しやられたんだ!


「っ……! 二人とも、大丈──うっ!?」


 あまりにも突拍子のない出来事。それに半分くらい混乱してたんだと思う。私は急いで亀裂の向こうを覗きに動いていた。


 亀裂を越えた先は外。壁を破壊して二人の剣士は外へと放り出されていたみたい。

 でも、その中を見て絶句せざるを得ない光景を目の当たりにしてしまう。


「ふ、ぐうぅぅ……! う、腕が……!」

「ひ、日向さん!? ほ、骨まで見えて……!」


 地面に転がる二人の剣士。ただの一撃で吹き飛ばされていただけならどれほど良かったか──日向さんの腕からは大量の出血と共に白い物が見えていた。


 それは骨……。肘上から手首にかけて右腕の肉を大きく削られてしまっていた。

 凍原さんはガードに成功したのか日向さんほどじゃないけど、それでも出血が尋常じゃない。


 私より鍛えているであろう剣士でもここまでのダメージ……!? 衝撃的でショッキングな光景だけど、もはやグロいとか言ってられない。


 どうにかしないと……でもどうすれば? ただ身体能力を強化させるだけの私の剣に何が出来る?

 戦いを継続させる力を無理矢理与えることは出来るけど、あの腕じゃどうやったって戦えない。


 わ、私の……せい? 私がどんくさかったから、二人にこんな大怪我をさせてしまったの……!?


「驚いた。腕一本削るつもりだった。でもダメージ抑えられたと思わなかった」


 すると真横にフラットが立った。私と同じように亀裂から外を覗いて倒れる二人を見ている。それに少し驚いているようだ。


 命中していれば腕を一本吹き飛ばす威力だったと言うほどに強力な攻撃だとは……。これがフラットの本気の攻撃なの?


 冗談じゃない。悪癖円卓マリス・サークルはどれだけ強いっていうの……?

 この時の私は味方がやられたことへの恐怖と怒りが合わさって、強く非難の言葉を無意識に叫んでいた。


「……ッ! 人でなし! 化け物! こんなことを平気でする人なんか、人間じゃない!」

「そんな悲しい言葉、言わない。悪いことした、そう思ってる。でもこれ、戦い。剣士の絶対に避けられない運命。あの二人、それが今だっただけ。あなたにも──私にも、いつか必ず来る」


 人の悪口とか、そういうのはあんまり言い慣れてない私ですら思いつく限りの悪態を口にした。

 もう信じられないとかの域を逸している。言ってやらないと発狂してしまいそうだったから。


 これに対する反論をフラットはすぐに出してきた。逃れられない運命……という言い訳で。

 とても悔しいし悲しいけど、それを言い返す言葉を私は何一つ思い浮かばなかった。


 剣士になったからこうなったという言い分は確かに否定出来ない。生き死にが関わる仕事だし、それ自体はきっと特別でも何でもないのだと思う。


 私もそういうのを覚悟の上で剣士の道を選んだわけだから、なおさらその通りとしか言えない。

 だからこの戦いもフラットの言う運命というものが導いた結果なんだろう。


 仮に私がどんくさくなくても、二人がフラットとの戦いに望んだ時点で同じかそれに近い結末が待っていたに違いないのかもしれない……。


 実力差と現実。その二つを突きつけられてしまった私はもう、その場で固まることしか出来なかった。

 そんな私に悪魔は優しく語りかけてくる。


「これ、回復の聖癖章。仲間になれば、あの二人の怪我、治してあげる。どうする?」

「う……!」


 最後の仕上げと言わんばかりにフラットは一つの提案をしてきた。

 スッと懐から取り出された一つの聖癖章。曰く回復の権能を宿した物のよう。


 勧誘を了承して仲間になれば、日向さんと凍原さんを治してくれるらしい。

 私自身を売ることで二人を回復させられるのなら……迷う理由は無い。


「ああ……。は、うぅ……!」


 禁断の言葉を口にしようとする私。何を言えばいいのかは分かってるくせに口が上手く動いてくれない。

 頭では諦めていても、身体は最後まで抵抗をしているんだ。


 この時、何故か走馬燈のように一ヶ月間の記憶がフラッシュバックしていた。

 焔衣くんや閃理さん、メルちゃんら第一班と出会った偶然。初めて経験する闇の聖癖剣使いとの対決。


 第三班の所属が決まり、支部へと向かった矢先で起きた大事件。そこで支部の剣士たちと仲良くなれた。

 そして増魅さんとの特訓の日々。今となって思えば苦しくも充実した日々を送れていたと思う。


 それを仲間のためとはいえ裏切らなければならないという罪悪感が私を苦しめる。

 うう……ごめんなさい、増魅さん。馬鹿な私を許し──いや、あの人は絶対に許さないか。


 たった数秒の発言をしようとするだけで、こんなに時間の流れを遅く感じたことはない。

 それくらいに苦渋の決断を強いられているんだ。私という未熟で馬鹿な人間に。


「な……あ、私、なり、なりま────」


 ついにその言葉をここまで言い掛ける。

 ただ一言、『なります』と言うだけでこんなにも心と身体を苦しませるとは思いもしなかった。


 涙が出ちゃう。いや、もう出てる。この一言を言わされるだけで私の心は壊れそうだ。

 でも、この言葉を口にする機会は次の瞬間、永久に訪れなくなる。何故ならば──



结果找到了ついに見つけた! フラットォォォッ!!」



哎哟何だ!?」


 それが聞こえた先はトイレの入り口から。直後、扉の隙間から大量の煙が漏れ始める。でも驚くのはさらにこれから。


 漏れ出た煙は途端に人型を形成すると、本当に人間になってフラットに襲いかかった! 何故か全裸の女の人が!


 猛烈な怒声と迫力にフラットは中国語で驚きの言葉を口にする。剣での防御は寸でのところで間に合わせてしまったけど。


揍你お前を倒す!」

汉语中国語……!? あなた、日本人じゃない。中国支部の人?」

「だったら何ですか! あなた倒しにここまで来た! 私のこと、忘れたなんて言わせませんです!」


 全裸の女の人と鍔迫り合いになるフラット。その威力は今いた場所から数歩も後ずさりさせるほど。


 いきなり現れた女の人は同じ中国人だった。まさかの同郷出身者対決!?

 それに向こうはフラットと面識があるみたい。日本語でそう言ったのが聞こえた。


 まるで復讐者。若干幼めの顔立ちに浮かばせる鬼の表情から感じる気迫は無関係であろう私でさえ震え上がらせてしまうくらいだ。


 一体この人は……? 中国支部かっていう問いに否定をしなかったから、海外から来た剣士なのかな?


「この日! この瞬間! ずっと待ち望んでた! あなたを倒す、そのために剣士なった! 私から奪った全部、その首で払え!」

家伙こいつ……! ん!? その剣、まさか……」


 勢いを衰えさせるどころかさらに猛らせる全裸女性剣士。その怒り、端から見ても尋常じゃない。


 相手は悪癖円卓マリス・サークルだというのに臆するどころかより強烈な殺意さえ湧かして攻めていく。

 文字通り一糸纏わぬ姿。一撃でも受ければ死にも繋がりかねないというのに……。無謀にもほどがある!


 でも分かる。あの人の動きに隙が無いことを。ただ反撃してないだけかもしれないけど、フラットが防戦一方になってしまっている。


「くっ……!」

「甘いです!」


 ここでついに反撃。フラットはほんの僅かに見出した隙を狙って素早く払い切りを仕掛けた。

 でもその攻撃は外れる。いや、外れたと例えるのも少し違うかも。


 貧削けずりの一撃は明らかに胴体を狙っていたのだけども、切ろうとした身体そのものが実体を失い煙の塊になって回避したんだから。


 一体どういう原理? さっきも現れる時に煙になってたけど、そんな身体の状態変化させる権能が存在してるってことなの!?


 とにかく謎の中国人剣士は煙になれる権能を持っている、そう考えた方がいいかも。敵か味方かは分からないけど……。


 そしてもう一度鍔迫り合いへ。今度は顔も近付くくらいに密着して拮抗状態になった。


「思い出した。あなたの剣、湯烟ゆけむり。つまりあの時行った宿の子供の一人……!」

「そうです、私はあなたが壊した温泉宿の娘。あなたが奪た物取り返すため、あなたが奪うの失敗した剣で、あなたを倒しにきた。あなたが私をこうした! 给我以死谢罪死んで詫びろ!」


 あの中国人剣士はどうやら本当にフラットと因縁があるみたい。当人も過去に出会っていたことを思い出したっぽい。


 温泉宿を壊した、か。フラットに関する話は昨日、入浴後に増魅さんから詳しく教えてもらっている。


 世界中を移動して回り、ある物を探す任務をしているフラット。目的達成のために障害となる邪魔な建物とかを破壊する危険人物であることも。


 自分のことを復讐者ってあの剣士は例えた。それってつまり、宿が壊されたことで家族か知り合いが巻き込まれた……ってこと!?


 そんなことをフラットは……。やはり闇の剣士、やってることは外道極まる行いだ。

 他人事ながらその所行、私も許せない気持ちになる……!


「あれはしょうがなかった。地面に埋まる剣、掘り起こす必要あった。温泉の湯、剣から出てることまでは知らなかった」

闭嘴黙れ! それは母と姉、傷つけた理由になてない。剣が目的なら何故、私の家族……襲う必要ある!?」


 親と姉妹が被害者ってことは、この人は家族の仇を討とうとしてるんだ。

 怨念にも近い気迫を発揮しているのもそれによるものなのかも。


 そして怒りの一太刀が初めてフラットに命中。服に一筋の切れ込みを入れただけだけど。

 文字通り紙一重の回避。フラットは大きく後ろへ飛んで退避する。


「……あの親子、私の邪魔した。だからああした。私の嫌いなもの、持ってるのが悪い。それに殺したわけじゃない。ただ一つ、奪って消しただけ」

「それ! それをした。だから宿、潰れた! 母も姉も、色んなもの台無しになった! 全部あなたのせい。奪ったもの返せ!」



【聖癖暴露・隠泉剣湯煙おんせんけんゆけむり! 聖なる熱水が滾る穢れ無き領域!】



 相手の言い分にさらに怒りを見せる中国人剣士。ここでまさかの聖癖暴露撃を発動させようとしてる!?


 まずい。どんな技を発動させようとしているのかは分からないけど、このままじゃ巻き込まれるかも。

 そして中国人剣士、再び煙化すると部屋いっぱいに熱く湿った煙を放出する。


 これは……? 変な匂いだけど、なんか嗅ぎ覚えがあるな。あ、温泉の匂いか。

 つまりこれは水蒸気? それが権能の正体なの?


 一体何をするつもりなんだろう。嫌な予感はひしひしと伝わってくるけど。

 何も出来ないでいると、それは不意に現れる。電流を纏いながら扉の奥から現れる何か。


「うぐぇっ!?」


 それはいきなり私を取り押さえると、大穴を通り猛スピードで現場から脱出。あまりの勢いに一瞬息が出来なかったんですけど!?


 ズザザッ……と急ブレーキをかけて地面を削る音が聞こえたら、気付けばもう外にいた。そして私を抱えていた人物が何者なのか判明する。


「朝鳥、無事?」

「め、メルちゃん!?」


 私を俵持ちしながら声をかけてくれるのはメルちゃん。本当に一班のみんなが加勢に来てくれてたんだ!

 こんなにも安心出来る片言しゃべりは他にない。危機的状況を何とか脱して安心────


 ……いや、安心するにはまだ早いって! あそこには日向さんと凍原さんが取り残されたままだ!

 地面に降ろされた私は何も出来ないくせに急いで旅館の方を見る。その瞬間──


 大爆発が起きた。それはもう勢いよく窓ガラスが弾け飛んだ音がはっきりと耳に聞こえたくらいに。

 窓ガラスだけじゃない。女子トイレは隣の男子トイレもろとも跡形もなく吹き飛んでしまっている。


 もしかして、さっきの人の暴露撃? いや、そうとしか考えられない。明らかに危険な予感してたもん。

 日向さんと凍原さんは大丈夫かな……? そう心配をするのも束の間、隣から声が。


「何とか間に合ったな」

「いや間に合ってないでしょ。どうすんさ、この被害」

「閃理さん! と、焔衣くん!」


 いきなり現れた……というか、目の前のことに集中し過ぎてて気が付かなかった。閃理さんと焔衣くんがすぐそこに立っていた。


 それぞれ日向さんと凍原さんを抱えている。あの爆発に巻き込まれていないことが判明し、今度こそ安心だ。


 どうやら一班は私たちを救うために動いてくれていたみたい。あ、ありがたや~……。


「こんな状況だけどお久しぶりです、朝鳥さん。なんか大変でしたね……」

「うぅ、ありがとう三人ともぉ……。フラットに脅されるわ私のせいで二人が怪我しちゃうわ爆発に巻き込まれかけるわで大変だった……」

「やはりフラットに絡まれていたか。まさか自分の気配を理明わからせの権能を回避していたとは正直予想外だった」


 一ヶ月ぶりの再開がこんな形になるとは思いもしなかったけど、今私は人生で一番安心している。

 だって一班は私の恩人だし、ある意味増魅さんよりも信頼してる人たちだもん。もう泣きそうだよぉ。


 それはそれとして、フラットはあの閃理さんに見つかることなく私に接近出来ていたのは偶然じゃないみたい。気配をってどういうこと……?


「閃理、それどういうこと?」

「前に言っただろう。【誇虚剣貧削むねなしけんけずり】は物体や概念を削る権能だと。奴は心盛さんを避けて朝鳥と接触するために自分の気配を一時的に削って消したんだ。人の多い旅館では気配を無くしてしまえばいないも同然。だから通常の理明わからせの力だけでは捕捉出来なかったんだ」


 そ、そうなんだ……。あの万能な権能である理明わからせでも出来ないことってあるんだなぁ。


 そう言えばあの人がトイレにくる時、何も感じなかったなぁ。足音も僅かな鼻息さえも。概念を削るって何かヤバくない?


 末恐ろしい人だ、フラットという剣士は。誰も来ていなかったら今頃どうなっていたことやら。

 色々会話をしていると、ようやく爆発現場に動きが。煙に紛れて誰かが現れる。


「…………っ」


「あれがフラットか……」


 焔衣くんが真っ先に反応。そう、今出てきたのは間違いなくフラット本人。

 爆発に巻き込まれたはずなのにほぼ無傷って……。まさか威力まで削ってノーダメにしたっていうの?


 敵ながら流石としか言いようがない。そんなフラットは私たちの存在に気付き、こっちを見てしゃべり始める。


「光の聖癖剣士。本当に来てた。炎熱の聖癖剣士も。その二人の言うとおり。嘘だと思ってた」


「ああ、正真正銘本物だ。こっちの剣士を随分と世話してくれたな。まさかクラウディの真似までしているとは思わなかったぞ」


「褒めるな。邪魔する人、私嫌い。剣士として戦って、その二人、負けた。強香キョーカ狙ったのは組織の仕事。それだけ。世話してない」


 臆することなく閃理さんは皮肉めいた言葉を投げかける。

 それに対するフラット。これが皮肉なのを理解してないのか、言葉そのまま受け取って誤解を解く返事をした。


 何というか気の抜けるやりとりだなぁ……。とはいえあの人の実力は本物。それをこの目で見てしまっているし、実力差を再認識せざるを得ない。


「貴様は何が目的だ。任務が終わり、休暇を取っているんじゃないのか?」


对的その通り。私、今休暇中。旅先で三班と出会った。でも、休みだから剣士の仕事しないことしない。私のこと、倒す気ならやる。どうする?」


 そう言うとフラット、貧削けずりを構えてもう一度戦闘体制を整えた。

 まさか一戦終えた後だって言うのにもう次の戦いに望むっていうの? やる気があり過ぎでしょ!


 この反応に閃理さんはどうするんだろう。まさか戦うつもりなのかな? 可能性としてはありえなくなさそうだけど……。


「貴様がそれを望むならこちらも受けて立つ。本当なら今すぐ相手してやりたいところだが、負傷者の手当をしてやらねばならない。どうだ、後日改めて決着をつけるというのは」


 う、おおお!? まさかの本当に了承!? それ正気ですか閃理さん!


 確かに増魅さん曰くフラットを倒すために加勢を呼んだとはいえ、さっきの状況は間違いなく戦わずに済める展開に持っていける感じだった。


 それを無視して戦いに望むなんてこっちもやる気マシマシじゃないですかね!?


知道了分かった。その話、乗る。一日、猶予あげる。二日後に戦う。場所は当日教える。試合挑まれたのなら、剣士らしく正々堂々勝負する」


「休戦破ったくせにそれを言うのは信用に欠けるんじゃ……?」


 我ながら真実を貫く一言だったと思う。お互いに取り決めた約束を一度破っておいて正々堂々ってのはちょっと都合が良すぎる気がするんだよなぁ。


 今の呟きが耳に届いたのか、ちょっと「うっ」みたいなうめき声を出したのが聞こえた。まさかの自覚ありですか。人としてどうなんですかそれ。


 と、とにかく! 今日はこれで終わりなんだよね!?

 もうこれ以上戦わない。そうでしょう? そうだと言ってよ誰か!


朝鳥強香アサドリキョーカ!」


「へぇっ!? な、何……ですか!?」


「意志強い人、私は好き。それに免じてもうこれ以上、勧誘しない。でも今度会ったら、その時は敵。覚えておく」


 するといきなり私の名前を呼んでくるフラット。それに驚いた私は警戒しながらも返事をする。


 最後に私に言ってきたのは闇へのスカウトはもうしないという意思表示であった。あと何故か私のことを改めてお気に召したっぽい。


 心中では複雑な気分。次会ったら敵っていうのは全然嬉しくない話だけど、認められた(?)というのはちょっとだけ満更じゃないかも……。


 そしてフラットは聖癖章をリードして姿を消した。

 多分帰った……んだよね? よ、ようやく落ち着けるのかぁ……!


「ああ、もう本当に死ぬかと思ったあ~……。もう全体的にメンタルが死にそうだよぉ~……」

「お疲れ、朝鳥。よく頑張っタ」


 状況の終了を認めた私は、膝を突いて地面にうずくまるようにして心からの安堵をした。


 もう人目なんか気にしちゃいられない。あらゆるストレスをここで少しでも吐き出さないと心が死にそうだったから。


 メルちゃんに慰められていると、私よりも被害の大きい二人が目を覚ました。


「う、うぅ……。うわ、ヤバ……骨、マジで見えてんじゃん。剣士続けられるかな、これ」

「安心しろ。そのために孕川を同行させたんだ。すぐに治せる。傷跡も残さずな」

「本当に、申し訳ありません。勝てると高を括って挑んだわけではないとはいえ、まさか一瞬でやられてしまうなんて……一生の不覚です」

「俺が言える立場じゃないけどあんま無茶するなよ。死んだら元も子もなくなるからな」


 下手したら腕が丸ごと削り取られてしまう一撃を受けただけあって、その怪我は十分大怪我レベルだ。


 日向さん、改めて自分の腕の酷さを認識。ここまで酷いと逆に冷静になれるのか全然騒ぐ様子もなく、ただ空笑いをしている。


 凍原さんの腕は骨こそ露出する程ではないけど、削られた肉の面積が日向さんよりも広い。こっちも軽い怪我ではなさそうだ。


 でも、そんな怪我でも治せるってんだから聖癖剣はスゴい。孕川さん? って人の剣で治せるらしい。


 私を守ろうとしてくれたせいで受けた怪我だ。本当は私が責任取ってどうにかしないといけないんだろうけど、何も出来ない以上その人に任せるしかないか。


「ところで温温さんは? あの爆発の後から姿が見えないんだけど」


 と、ここで焔衣くんがまた誰かの名前を呼んだ。

 温温……? もしかして話の文脈からして、フラットと交戦したのがその人の名前なのかな?


 そうこう疑問に思った時、さっきまで女子トイレだった空間からもくもく蒸気の塊が現れ、こっちに浮遊してきた。


 うおぉ、なんか幽霊みたい。どっからどうみても人間の形をしていないそれからさっきまで聞いていた声が聞こえてくる。


「閃理さん! どうしてフラット逃がしたんです!? あともうちょとで倒せたのに!」

「落ち着け温温。誰がどう見ても惜しいとは言えない戦いだ。お前の暴露撃を封殺されたのを見ただろう」


 蒸気の塊──もとい温温さん。閃理さんに向かって決着を後回しにされたことにご立腹の様子。表情は何も分からないけど。


 家族の仇なだけにやっぱり逃したのは悔しいと思っているはず。ただその家族は今もご存命らしいから私がこれ以上の心配をする必要は無さそう。


 にしても相当大切な物を奪われているらしい。「私の嫌いな物」ってフラット本人が言っていたが、それと関係ある物なのかな。


 気になる……けど、今はそれを横に置いておく。今やるべきことは他に沢山あるからね。

 そして蒸気の塊は一瞬に人型の形状をすると、肉体を構築。あの中国人剣士がまたも全裸で出現した。


 しかしどうして裸なのやら。服まで蒸気に出来ないのかな? ちょっと不便じゃない?

 目のやり場に困りすぎて焔衣くんも閃理さんも目を閉じたりして困ってるんですけど……。


「すまん朝鳥。背中に温温の服を仕舞っているから、それを出してやってくれ」

「あ、はい」


 そう言われて私は閃理さんの上着に隠れた女性物の服を取り出して本来の持ち主に渡す。

 ささっと着替えを済ませる温温さん。ようやく目のやり場を得たことで改めて状況を把握する。


「心盛さんは今、旅館側に状況の説明をしてもらっているところだ。孕川は第三班の移動拠点内にて待機中。凍原と日向を拠点に置いたら俺も旅館の説得に行く。フラットとの決着についての話はもう少し待て」

「ぐぬぬ……! 我操クソっ!」


 ここにはいない剣士たちの動向が分かったところで、一人納得していない温温さんは中国語で悪態をつく。


 因縁の相手と決着をつけられなかったのはさぞ悔しいにちがいない。でも戦いは終わったわけじゃなく、むしろこれから始まりを迎えるんだ。


 二日後──光と闇の決戦が行われる。その猶予を与えられた私たちはどうするのか今はまだ分からない。

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