第九十三癖『来たれり地平、湯煙る舞台』
準備を終えた俺たちは支部の居残り組に見送られながら空間跳躍の権能で三班の現在地へと向かった。
そこはとある温泉街。ほほぉ、まさかここで温温さんとも縁深い施設に着くとは……。
「おおー! まさかここ、温泉地ですか!? お風呂入れたりします?」
「全ての始末を終えたら好きにするといい。当日予約が出来ればだが──いや、
この場所が何なのかを理解した温温さんは案の定興奮気味に。まぁ日本各地の温泉に行くって話も本当らしいからそうなるわな。
どうやら当日予約で日帰りも可能な所もある模様。行くかどうかはさておいて今は闇の剣士だ。
聞いた話によれば三班は現在この温泉街にて小旅行中らしい。たまたまばったりと休暇中だったフラットと同じ宿に泊まっていたそうだ。
場所も教えてもらって今そこへ向かっている途中だけど……そもそも何故温泉? 一班は一度もそんなとこに行ったことないけど。
「そういえば閃理、どうして心盛さんのとこは何で
「実を言うとあまり良いことではない。心盛さんは頻繁に旅行などをする面があってな、単純計算で半年に3~4回は高い宿泊施設などを利用する。それらを経費で落とすから金額がシャレにならないんだ」
ええ……。それ横領とかになるんじゃないのか? 普通にダメでしょ。何やってんだあの人は。
いくら死と隣り合わせである聖癖剣士とはいえ、私用を経費で落としてるのはほぼ犯罪だろ。命懸けてるから許されると思ってんのかなぁ。
「この所行を見逃されているのは心盛さんがそれほど強い剣士だからだ。俺も
「閃理を瞬殺!? 何で今も日本一じゃないんだあの人……」
マジでか……。まぁクラウディに嫌な顔をされた上に風圧だけで吹き飛ばすような人だし、やっぱり相当な人物なんだな。
衝撃の力関係の暴露をされつつ、行き着く旅館。
そこはまさに純和風と言った外観で、めちゃくちゃ高級感ある所だ。
中に入れば受付があり、そこへ行くのかと思いきや回れ右からの奥へと直進。
最終的に行き着いたのは旅館の休憩スペース。そこに置いてある椅子に無骨な女性が頬杖突きながら鎮座していた。
「おう、マジでもう来たんだな。早すぎるくらいだぜ」
「これも全て始まりの聖癖剣士のおかげです。話は聞いているでしょうが──」
「ああ勿論。お前のお気に入りがとんでもねぇ人と知り合いだとはな。全く恐れ入るぜ」
近付くやいなや閉じていた両目を開け、割れ鐘のようなハスキーボイスで歓迎を口にする。
うむ、その人物は確かに心盛さんだ。女性にあるまじき男口調はもはや畏怖さえ覚えるぜ。
閃理が心盛さんの対応をする中で俺はあることに気付く。それは朝鳥さんがいないことだ。
三班に行ってから早一ヶ月。あの人の下で剣士をやってるんだから、どこまで変化しているのか気になってたんだけど……。
やはり姿は見えない。トイレにでも行ったのかな?
でもあの人、タイミングの悪さに定評があるしなぁ。下着姿で人前に出たり、拠点を出て早々にばったり闇の剣士の使いに遭遇したりとか前例が多い。
きょろきょろと辺りを見回している間に心盛さんとは初対面となる温温さんと孕川さんの挨拶は終わったいた。そして興奮する人物が一人。
「うおぉぉ……! 女性でこんなに筋肉のついた人を生で見るのは初めてなんです。さ、触ってみても……?」
筋肉質な心盛さんの体型に驚きと興奮を見せているのは孕川さんだ。
何しろ漫画家志望だし、こういう創作物ではメジャーでも
「えー? 本気かよお前。しょうがねぇな。特別サービスだからな。じゃあサイドチェスト行くぞ?」
「ふぉぉぉ、なんて硬さ、なんて密度。筋肉の隆起だけで大気揺らせますよ! 写真も良いですか?」
今の行動に対し心盛さんはというと、筋肉を褒められて嬉しいのか照れつつもポージングを決めるなどしていた。意外とサービス精神あるんだ……。
ちょっとしたボディビル大会みたいなのが始まってしまい困惑する俺たち。
気持ちは分からないでもないけど、そろそろ本題に……。
「孕川、それは後にしてくれるか? 心盛さん、今回の件について早速お話をお伺いしたい」
「お、そうだったな。悪ぃな命徒。写真はまた後でな。……んで、
このままでは延々とボディビルを見せつけられそうだったからか、閃理がついに本題へと言及する。
俺たちがここに来たのは偶然接触出来た
現在地の旅館にいるとされているその剣士。温温さんが強く憎んでいるその人物をどうにかしないといけない。それが今回のミッション。
とはいえ一つ気になることが。フラットに接触したのはいいとして、何故に支部へ連絡したのか。
一班がディザストに襲撃された時だって応援要請はしなかったし、そもそも心盛さんレベルの実力者なら昨日の段階で倒していたって不思議じゃない。
どうしてだろうな……? ううむ、分からん。
「実はフラットの奴、今のあたしたちと戦う気が無ぇんだと。まぁ、原因はそれだけじゃないんだが……とにかく今のあたしたちは奴と戦うことは出来ない。だから代わりに何とかして欲しくてな」
「戦う気がない……か。フラットの奴め。相手が悪いから休戦を結んだのか」
今回の件の真相が明かされた。ふむ、戦う気が無いから戦えないのか……うむ、どういうこと?
閃理曰く『休戦』を結んだそうだが……いや、マジで全く分からないんだけど。
「すみません心盛先輩。休戦ってなんですか?」
ここで質問者が現れた。それは日向だ。
どうやらあいつも知らないらしい。もしかしてかなりマイナーなルールとかなのかな?
「休戦とはお互いが合意の下で戦わない意志を示すことで取り決められる一種の協定のようなものだ。これをすることでお互いに戦闘行為が出来なくなる」
「本当はもう何十年と前の風習なんだが、強香の奴が知らずに勝手に決めちまったんだ。だから動けない。全くいい迷惑だぜ」
はぇ~、そんな風習があったのか。何というか意外だ。
徹底的に闇を倒す! っていう目標がある光の聖癖剣協会がそういうルールを遵守しているとは。
「でもそれって結局昔の話じゃないですか? 要は口約束なわけだし、無理して守らなくてもいいんじゃ……?」
が、日向はさらに疑問を続ける。そう言われてみれば確かにそんな気もしなくもない。
メイディさんだって言ってたもんな。敵に優しくしても優しさで返してくれるとは限らないって。
いくら協定とはいえ、それは絶対などではないはず。同じ事を向こうだって考えてないはずはないだろうからな。
「その考えはもっともだが、そういう問題ではないんだ。戦国武将でさえ戦以外の時では敵の武将と交流をしていたと聞く。これを破ってしまったが最後、人生の選択肢に裏切りが出るようになる」
「そうなっちまうと大変だぜ? 些細な事から重大なことまで、『昔こういう約束破ったから今更もう気にしねぇよ~』って考えになって、いつか必ず死ぬほど後悔する目に遭う。すげぇ辛いぞ?」
「ぬぬぬ……」
この協定を破った場合、どのような事になるのかを二人は教えてくれた。
人生の選択肢に出る裏切りの文字。一度約束を違えばそれが手段になってしまうのは確かに嫌だな。
これには質問者の日向も口を噤んでしまう。多少性格が悪くても神経までは図太くないようだ。
「ま、とにかくだ。あたしの代わりにお前らがフラットと戦ってもらえばいい。それと現在の奴の行方なんだが……朝に宿を出たのを見かけてからは一度も見てねぇ。恐らく旅館の中には居ないはずだ」
「そのための俺、ですよね」
「じゃあ、任せたぜ。世界四位の剣士サマ」
バシバシと閃理の肩を殴るように叩く心盛さん。ちょっと痛そうにしてたぞ。
それはそれとして今なんて言ったんだ? 世界……四位!? 閃理が四位だって?
「ちょ、閃理! 世界四位ってどういうこと!?」
「昨日教えなかったか? 俺はマスター直属の十剣士の一人にしてマスターの命により世界中の支部を行き来している特命剣士だと」
「上から何番目の強さかまでは教えてもらってないんだけど!?」
ええ──!? マジかよ! 確かに昨日、特命剣士云々について教えてもらったけど順位までは聞かされてない。
そう、紫騎ちゃん支部長と同じく閃理はマスター直属と称される十名もの剣士で構成された隊の内一人なんだと。
その人の命令で世界中の支部に異動を繰り返している……それが特命の内容だ。
でもまさか世界で四番目に強いとは初耳だぞ。まだその上に三人、閃理よりも強い剣士がいるとは……。
そりゃ有名人だわな。敵も嫌がるわけだ。
「知らなかったんですね。意外です」
「あんた、もう閃理さん知り合って半年経つのに知らなかったなんて仲間としての自覚足りてないんじゃない?」
「ぐぬぬ……。でもしょうがないだろ。俺一班の家事全部やってたんだからそういうの調べる暇なかったんだよ」
凍原と日向はこのことを知っていたらしい。ごもっともな意見が飛んできて耳が痛い。
メイディさんが来るまで家事を毎日やってた身。精々先代のことを軽く調べるのが精一杯。そもそも大して気にしてなかったから仕方がないのだ。
「ところで朝鳥、どこいル? さっきから見当たらなイ」
「そういえば俺も気になってた。今はどこにいるんですか?」
ここで初めてメルが口を開く。やはりこっちもこっちで朝鳥さんの不在について疑問を抱いてた模様。
マジで今どこにいるんだ。トイレか? あるいは別の場所とか……?
「そういえば便所に行ったっきりだな。クソでもしてんのかな」
「言い方が汚い! ……でもいるにはいるんですね。良かった」
いやマジで言い方が乱暴というかおっさん臭いというか……本当に女性か疑いたくなるわ。
それはそれとして朝鳥さんはきちんといるみたい。予想通りタイミングが悪かっただけのようだ。
朝鳥さんのトイレが長いのはさておくとして、今はフラットの行方だよな。
この旅館に宿泊しているのは確かだそうだが、現在は行方知れず。
いつ戻ってくるか分からない以上、俺たちここに長居は出来ない。泊まってるわけじゃないからな。
じゃあどうするか。答えは簡単。閃理の剣で探すのである。
「流石に館内で剣を使うわけにはいかない。外に出るぞ」
「私は朝鳥さんが戻ってきた際に迷わないようここで待機します」
「あ、じゃあ私も。凍原も会ったことないでしょ」
ということで凍原と日向を旅館に残して外に出た俺たち。うーむ、これ他の人の視点から見ればどういう風に映ってるんだろうな。
ただの旅行に来た団体だと思われていればいいが、長身の閃理と心盛さんに外国人のメルと温温さんと来て一番普通な俺と孕川さん!
うむ、実にデコボコなご一行だな。ぶっちゃけ人目が気になるぜ!
そうこう考えていたら路地通り抜けて僅かばかり人気のない場所に到着。
人通りも少なくないが故にそこそこ離れた場所まで来てしまった。ここで剣を使う模様。
【聖癖開示・『メスガキ』! 煌めく聖癖!】
「光照探索。
敵に拐われた孕川さんを捜す時にも使ったこの技、どうやら対象や条件を絞ることで通常の範囲から大きく探索範囲を広げることが出来る技らしい。
普段の
その距離約7km。しかも半径でだ。つまり閃理を中心に最大14kmが光照探索の捜索範囲内となる。
嘘か誠かはさておいて、この広大な範囲が
「……何!?」
「ん? どうした?」
だが探索に集中していた閃理だったが、突然驚きを見せる。これには俺たちも釣られてびっくり。
あらゆる行動の一手先を知る閃理でも時には驚く。
もっとも、それは与えられた情報が自身の予想していた考えを上回る内容である、という状況に限るが。
つまり今回はそのケースが該当したということだ。
敵……フラットは閃理の予想にもつかない場所にいる。そこは一体どこなのだろうか。
「フラットは──館内にいる。さっきまで俺たちがいた場所にずっと居たんだ……!」
「何だと……!?」
この情報がもたらされたことにより、場にいる全員の背筋が凍り付く。
今、旅館にいるのは朝鳥さん、凍原、そして日向の三人。
協定を結んでいる朝鳥さんはともかく、近くに
仲間の下に忍び寄る危機。それを察した瞬間、俺たちは再び旅館へと戻る選択を取っていた。
†
女子トイレにて──私は想定外の事態に遭遇してしまっていた。
ついさっきまで増魅さんと一緒に応援部隊が来るのを待っていたんだけど、途中で尿意を催してトイレに行ったの。
これでも大人。恥ずかしいことには当然ならず、スッキリとした気持ちで戻ろうとしたその瞬間──トイレにある人物が入ってきた。
「
「ヒョエッ!? ふ、フラット………………さん?」
その人物とは
昨日、お風呂場で意図せず剣士の休戦協定とやらを結んでしまい、私たちが戦いをしなくて済むと安心していた矢先の遭遇。
もう心臓が飛び出そうなくらい驚いて思わず敵にさん付けして名前を呼び返してしまうほど。
心配しなくてもいいとはいえ、やっぱり不安にはなるよね……。
でも本当にツいてないのはこの後。なるべく知らないフリをして通り過ぎようとしたその時──
「そ、それじゃ失礼しま──……う゛っ!?」
「
脇を通ってトイレから出ようとした瞬間、腕をグッと捕まれて壁へと押し込められた!
こ、この状況──少し形は違うけど壁ドンだ! 敵に、それも同性に壁ドンされている!?
きききききき、危機的状況だこれ!? 協定を結んでるのに拘束を受けちゃってるんですけど!?
ヤバい。今、何もかもがヤバい。相手が格上中の格上じゃあどうしようも出来ない。
絶体絶命とはまさにこのことぉ……! マズい、泣きたい。
「そ、そのぉ……こ、困ります。こんなこと止めてくださいよぉ……」
「止めて欲しかったら答える。
グイッと顔を近付けられ、訊ねてくるのは昨日のあの話だ。
闇の聖癖剣士使いへの勧誘。それ、冗談って言ってなかったかなぁ……?
そういえば焔衣くんも闇の剣士からしつこく勧誘を受けてるんだっけ?
なるほど、それってこういう気分なんだ。なんかあんまり喜べないんだなって感じ。
「あなたのこと、少し調べた。
「な、何か色々調べられてる~~!?」
う、嘘ぉ!? 人の個人情報筒抜けじゃん! これが闇の聖癖剣使いの情報収集能力なの!?
どどど、どうしよう。私、今どうするのが正解? こんな状況に陥るなんて思いもしなかった。
増魅さんはどうせ待つのに飽きてうたた寝こいてるだろうし、応援の人たちが来ているかどうかはここじゃ分からない。
頼れる人が誰一人としていない──それが現状。もう私一人で何とかする他切り抜ける道が無い。
最悪玉砕覚悟でぶつかるしかないか……!? うう、でも怖い。勇気が圧倒的に足りない!
左手は鞘に触れさせてるから剣を抜くことは出来る。でも、手が震えて動かせない。緊張と恐怖で何も出来ない……!
「闇の聖癖剣使い、剣回収しに来た剣士倒した人をスカウトする。そういう決まりある。だからあなた、闇が勧誘するに値してる逸材。そう判断した。だから無視できない」
「で、でもぉ、私もう光の剣士側ですし、そもそも一度命狙ってきた組織に行くのは抵抗が……」
「
淡々と勧誘の言葉を続けていくフラット。どうやら私、闇側のスカウト基準に合格してしまったからこうなってるらしい。
あとやっぱり光側を裏切って闇側につく剣士も過去にはいた模様。だとしても暗黒面に私も落ちるのは嫌だけど!?
あの時負けてたら死んでたし、勝ったら幹部級剣士直々のスカウト。
どうやっても逃れられない運命に私は見初められていたらしい。これが詰みってやつですか……。
何でもいいから早く終わって欲しい。そう心の中で切に強く思っていたら、突然私の胸に何かが当たる。
さわさわと──入念に確認するかのように触れるそれは……フラットの両手!?
な、何故パイタッチ!? いきなりセクハラ!?
この予想だにもしない奇行に一瞬わけが分からなくなってしまってしまうのも仕方ないでしょ!?
「ちょ、何を……!?」
「……あなた、バストサイズ、いくつ?」
「え、えぇっと、び、B……くらい?」
「ある方? 無い方?」
「多分小さい……って、何言わせるんですか!?」
あまりにも予想外過ぎる行動にまたも釣られて答えてしまった。
知らない人に自分のバストサイズを答えてしまうなんて……。とんだ恥辱だよ!
何なの、このフラットという人物は……! 同性とはいえいきなり人の胸に触り、サイズを確認するなんて非常識過ぎる。
増魅さんの言葉を借りるなら前世男ですか!? 世の男性にはちょっと誤解を招きそうな言い方だけど。
内心困惑しながら少し怒りを催していると、謎の思考に耽っていたフラットが口を開く。
「合格。あなた、私のところ来るべき。第六剣士所属、女性はバストB以下の人しか入れない」
「どういう査定基準!? あと勝手に入る前提で話を進めないでくださいよ!」
本当に何なのこの人ぉ!? 胸のサイズを加入条件にするのも流石に如何なものかと!?
ヤバい。今度はまた別の意味でヤバいわよ。闇の剣士も変な人しかいないわけ?
場合によっては犯罪……いや、もうそれです! 私今変質者に絡まれてます! 助けてお巡りさん! 警備員さん!
いや~、これ以上は身の危険さえ感じる。主に貞操の。この人絶対同性趣味だよ。
残念だけど私は普通に男の人と付き合って模範的な恋愛をするのが目標! それは絶対に譲れない。
途中から変な方向に話がシフトしたおかげもあって、今の私には緊張感と一緒に変な余裕も出来てしまっていた。今なら──言える!
「す、すみませんけど! やっぱり私は闇の剣士になれないです! だって怖いし、変なルールがあるし、何より裏切るのは良くないです。日本人的に、ダメだと思うから……!」
私、ついに言い切った! 目の前の敵に本心を打ち明けることに成功する。
今の言葉通り、裏切るというのは悪いことだ。過去に光の聖癖剣協会を裏切って闇側についた人がどんな気持ちだったかは分からないけど、少なくとも今の私には組織を裏切る理由なんて何一つ無い!
だから断る! 悪いことはしないという道徳心くらい社会の波に揉まれた私にも残ってるから!
「……そう。とても残念。あなたのこと、剣士向いてない言ったけど、本当は高く評価してた。優しさ、あと勇気もある。剣士の器、あった。本当に残念」
私の告白を受け、フラットは執拗な勧誘から一転。しおらしくなって引き下がる姿勢を見せる。
も、もしかして分かってくれたのかな……? 名残惜しそうに褒めながら諦めの表情を見せている。
流石に敵でしかも外国人とはいえ、そこまで分からず屋でもないか。
ほっと一安心────。出来るかと思った。そう思ってたんだよね……。
【
「仲間にならない、光の聖癖剣協会にいる。ならあなた敵。とても残念過ぎる」
「ひょッ、ヒョワアァァッ!?」
音声と共に鞘から引き抜かれ、私の首筋近くに突きつけられる両刃鋸のような長方形の剣。
ちょちょちょぉい! つい昨日休戦協定を結んだはずでは!? 約束破るの早くない!?
「きゅ、休戦中じゃないんですか!? なんで剣を……」
「私、あなたのこと気に入った。だから休戦した。誘えば仲間になってくれると思ってた。でも違った。もう休戦する理由無い。本当に、本当に残念」
それが休戦してくれた理由……。勝手に仲間になってくれると思ってただなんて、なんたるエゴイズム!
しかも勧誘に失敗したからってその場で協定を破るなんて義理もプライドも無いわけ?
なんて組織だ……闇の聖癖剣使い。容赦が無いというか非常というか。卑怯だよ!
とはいえ今世で一番ピンチ! こっちも剣を抜こうと思えば出来るけど、この状況……こっちが反撃するよりもフラットの方が早く動けるから何も出来ない!
「あ、う……」
「今ならまだ間に合う。闇の剣士、なるって言う。そうすれば私とあなた、仲間。闇の剣士でもあんまり人殺したくない、そう思ってる剣士多い。私に人殺しさせないで」
恐らくこれが最後の忠告。これを逃すと言うことは、それ即ち私の人生終了の合図。
でも無理……無理だよ! 断ったら死ぬ、受け入れたら光側の剣士として死ぬ。これじゃ選択肢なんてあって無いようなもの!
どっちも嫌だし、そもそも恐怖で声が出ない。口から出るのは掠れた小さな悲鳴だけ。
だ、誰か……誰か助けて。今の私じゃこれをどうにか出来ない。脅迫に黙秘するのが限界だ。
うう、増魅さん。焔衣くん、閃理さん、メルちゃん……。本当に誰でもいい。
誰か私を────助けて。強く願ったその瞬間、奇跡は起きる。
「朝鳥さん、いるー……って、なっ!?」
「闇の剣士! まさか、あなたがフラット!?」
女子トイレへ誰かが入ってきた! しかも内一人の声は聞き覚えがある。
やってきた人物は二人で、両方ともフラットを見てすぐに正体を見抜く。つまり味方剣士だ!
よ、良かった……! 本当に死ぬかと思ってたから、この登場はありがたいことこの上ない。
思わぬ助け船の登場により事態は僅かに停滞を脱したと思う。
ただ一つ悔やまれるのは、疲れを癒すはずだった小旅行は強制中断されるの確定ってことだけだ。
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