第四十五癖『新たな剣士、新たな天地へ』

「あ、そうだ。知ってる? ウィスプの部下が焔衣くんらと遭遇して、惜しいところまでいったけど逆転負けしちゃったって」

「……何も聞いてないのですが」

「あー、やっぱりか」


 とある支部拠点にて、私クラウディは久しぶりに姿を現したディザストくんにとある情報を教えていた。


 それはつい先月ウィスプの部下が負けて帰ってきたことについて。うん、案の定知らなかったみたい。教えておいて正解だ。


 うーん、ディザストくんって性格のせいなのか、結構組織から爪弾き者みたいな扱いを受けてるんだよね。今みたいに情報とか全然教えられないし。


 私以外で彼のことを気に掛けてくれるのは第一剣士くらいじゃないかな? 本当は良い子なのにちょっと可哀想だ。


「結局一人じゃ見つけられなかったわけだし、これ以上意地を張らないで私に頼ってもいいんじゃないかな? 私、今は君の補佐なんだから、頼られないと寂しいんだけど?」

「……ですが、炎熱の聖癖剣士は僕が一人で相手にしなければいけません。余計な手出しは誰にもして欲しくない」


 本当に頑なだなぁ。どうしてそこまで一人に拘るんだろうね。

 闇の聖癖剣使いは基本的に実力主義の組織だけど、仲間意識という概念はそれなりにある。


 頼る時は頼るし、仲間の間違いを正すために立ちはだかったりもする。それが出来てこそ一人前になれるってもんだ。


 でも、ディザストくんは違う。加入経緯が特殊だからか誰にも心を開いてくれない。だから命令には従っても仲間意識は持たない──私にはそう見えるね。


 ほんと、いい加減素直になって欲しいところだ。

 私はきちんと彼のことを仲間だと思ってるのに、これじゃ一方通行の空回りじゃないか。悲しいねぇ。


「クラウディ様、厨房の方から焼きたてのお菓子を頂いたのですが、ご一緒にどうでしょうか?」

「おや、それはラッキーだね、ラピット。ああそうだ、君も一緒にどうだい?」


 そう思い悩む最中、ラピットが部屋に訪問して来る。ほほう、どうやらおやつの時間みたいだ。


 うんうん、いいね。ちょうど小腹も空き始めた頃合いだ。折角だしディザストくんも誘ってみることにしよう。


「……結構です。お腹は減ってないので」

「つれないなぁ。女の子に囲まれてお茶会するなんて機会、滅多に無いだろうに」


 でも案の定の返答だ。こりゃ重症……っていうか矯正不可能かもしれない。


 拒絶するのを無理矢理連れて行くのもアレだし、悲しさ半分で諦めて私たちは別室へと移動する。

 はぁ、彼の頑固さを治すにはどうすれば良いんだろうか。最近はそればかりに頭を使ってる気がするよ。


「常々感じてはいたのですがディザスト様ってアレですよね、あんな厳つい鎧を常に着込んでるのに思いの外言葉遣いが丸いというか何というか……」


 道中でラピットの素朴な疑問が投げかけられた。

 内容は語気の弱さについてらしい。まぁあんな龍の鎧を身に着けながら一人称は『僕』だし、気にしたくはなるよね。


「うん、彼は昔から語気はそんなに強くない方だったね。何なら悪癖円卓マリス・サークルになる前まではめちゃくちゃ可愛かったんだから。そりゃもう女の子みたいな男の子で、今でも素顔はかなり中性的なイケメンだよ?」

「え、そうなんですか? 中の姿はおじさんか女の人かでみんなの意見が割れてたんですけど、普通に若い男性だったんですね……!」


 ラピットが組織に加入したのは大体ディザストくんが悪癖円卓マリス・サークルになった頃だから知らなくても当然か。でもまさかそんな噂があったとは私初耳なんだけど?


 孤立してるせいで変な話も生まれるようになってるのは些か考え物じゃないかなぁ。本人はきっと気にしないだろうけど。


 そんな他愛のない談笑をしながらラピットの案内で支部拠点内を練り歩いて到着した部屋に招かれると、そこにまさかな人物がいることを知る。


「ふ~ん、結構美味しいじゃん。ここに寄った価値はあったね」


「うぃ、ウィスプ様!? いつの間にいらしてたんですか!?」


 おやおや、これは意外なお客人じゃないか。

 悪びれる様子も見せずにイスを陣取って優雅に紅茶を啜り、焼き菓子をパクつくその姿。今食べてるお菓子、私とラピットが食べる予定の物なんだけどなぁ。


 第七剣士『誘囁ウィスプ』────本来なら別の任務を遂行しているはずの彼女がどうしてここに?

 きっと何か理由があって来てるんだろうけど……はてさて、目的は何かな?


「何故君がここに? 任務はどうしたんだい?」

「ん? ああ、お久~。いやちょっとね、あんまり良くないことが起きちゃってさぁ。ダメ元でお願いをしに来たんだよね。話だけでも聞いて欲しいんだけど」


 お願い? それに良くないこと? う~ん、それってもしかしてキャンドルの件のことかな。

 それならば確かに良い話とは言えない。損害を被ってしまったわけだからね。


「もしかして奪われた剣のことかな?」

「そうそう、大正解~。私の部下がやらかしちゃって……って詳しい話は聞いてるだろうし、本題に入っちゃうね? 遮霧さえぎりって元々はトキシーの所で管理してる物じゃん? ほら、剣の喪失は剣士の欠落なわけだし、出来れば取り返したいんだよ。だから手伝ってくれやしないかなぁ~って」


 お菓子を食べながらだけど、私の問いに対しきちんと受け答えをしてくれる。

 ふむふむ、案の定予想は的中したね。ウィスプはそれを何とかするために私を頼ったみたいだ。


 悪癖円卓マリス・サークルの中で一番頼れる第一剣士は現在海外赴任中。他の第二、第四、第六、第九、第十も離れた場所にいたり、そもそも協力してくれるような人物らじゃなかったりとで無理っぽい。


 第五剣士……『絶縁リーバー』こそ喜んで協力するだろうけど、恋人であるトキシーとの仲を邪魔する彼に頼ろうとするとは思えない。消去法で私しかいないわけだ。


「別に構わないよ。君の言うとおり剣一本でも喪失は組織的にも軽傷とは呼べない。分かった、次の任務内容はそれにしよう」

「ありがとうクラウディ恩に着るよ~」


 いつものことながらちょっぴり棒読みっぽく返事をするウィスプ。意識は依然としてお菓子に向けられたまんまだ。


 あの様子じゃ本当は剣の喪失についてそんなに関心が無いってことくらい察しは付く。悪癖円卓マリス・サークルとして無視出来ない事態だから渋々行動してるんだろうね。


 ほーんと、いつどう話しても本性が見えない人だよ、彼女は。これじゃトキシーに対する想いも嘘か本当かも分からないね。


 ま、何であれ動いてくれるだけマシさ。それに彼女の仕事で闇の聖癖剣使いが所有する財源の一つが確保されてる。地味に頭が上がらない相手だよ、全く。


「んじゃ、そういうことだから。私は元の任務に戻るね~」

「え、て……手伝ってくれないんですか?」

「あはは、こういうお願いは普通誠意を持って直接会って頼むべきでしょ? スマホ一本だけの連絡で済ますなんて失礼だし」

「本当に失礼だと思ってるなら、そもそも物を食べながら人にお願いしないと思うけど?」


 任せるだけ任せてさっさとずらかろうとするウィスプに私は正論という名の剣を突きつける。

 流石に調子のいいことをしている自覚はあるみたいだ。「うっ」って小さな声が漏れたのが聞こえたよ。


 全く、その適当さはどうにかした方が良いんじゃないかなぁ? その内トキシーに愛想尽かされても知らないよ?




 足早に退散していくウィスプの後ろ姿を見送った後、私は席に座って少し考えに耽ることにする。

 剣奪還の代理を任された──これは別に良いけど、問題は剣を奪った焔衣くんらが今どこに居るかだ。


 理明わからせがある以上、第一班にGPSだの何だのは通用しない。速攻で見つけられて処分されてしまう。

 勿論例外はあるけど、それでも基本はそう。次に向かう場所さえ分かればそれで良いんだけど……。


「うーん……どうしたものかなぁ。今からあの町に行ったとしてもすれ違いになるだけだろうし……」

「もしかして一班の居場所についてお悩みですか?」


 思案に耽る中で声を上げるのはラピット。自分で用意したお茶を啜りながら私を見てきている。


 ふふ、君に心配されるなんて私もまだまだだね。

 本当は部下の手……もとい猫の手も借りたいところだけど、そんな都合の良いことはホイホイと起こりやしない。


「あー、うん。ちょっと今回ばかりは何にも出来なさそうでね。どうすればいいか分からないんだ」


 ラピットの特技は人探し。だから私はショッピングモールの件では真っ先に捜索を依頼した。それくらい確実にやってのけるスキルが彼女にはある。


 でも私の他の部下に同じことを出来る人はいない。

 おまけにそのラピットは今、任務に失敗したペナルティで謹慎中の身。これはもうお手上げだ。


 本当に難しいよ今回は。人探しの聖癖章、誰か持ってないものかなぁ……。


「ふっふっふ、クラウディ様。ご心配なさらずとも結構です!」

「おや、その感じだと……何か策でもあるのかな?」


 突如としてしたり顔を浮かべながら笑い始めるラピット。

 本当にいきなりだよ。まさか謹慎中に探しに行くとかないよね? それ普通にダメだからね?


「勿論ですとも! こんなこともあろうかと──まさかこの台詞を本当に使う時が来るとは思ってませんでしたが、心配はご無用です!」


 するとラピット。ポケットからスマホを取り出すや否や画面を私に見せつける。

 うん? ただの地図アプリじゃないね。これってもしかして──


「こちらをご覧ください! あの時から一月も経つので不確定な情報ではありますが、この通りです!」

「これは……!」


 それを目にして、私の悩みは解決に舵を切った!

 まさか、どうしてそれを……!? いくら不確定でもそれは用意が良すぎるってそれは!


「……やっぱり君は私の最高の部下だ。ここに来てそれを強く実感するとは思わなかった。ありがとう、私の部下でいてくれて。本当に助かるよ」

「えへへ、お褒めに預かり光栄です。私はお手伝い出来ませんが、拠点ここから成功を祈っていますので!」


 つい大げさに褒めてしまったけど、今の私の気分的にはそれくらいしても良いくらいだよ!


 この情報が正しければ、すぐにでも焔衣くんらの居場所にたどり着ける。過信は禁物だけど、今はこれだけが頼みの綱だ。




 受けた損失は倍の利益にして取り戻さないといけない。じゃあその場合の利益になる物って何だろうか?

 そりゃあ勿論、光側が誇る最強の剣でしょ。ただし私個人としては剣はおまけ、剣士が本命だけど。


 結局あの時から何だかんだ縁が無くて会えず終いだけど、今度こそ会ってみせるよ。

 この半年間募りに募ったこの想い、私がどれほど君を望んでいるのか教えてあげるよ、焔衣くん……!











 あの戦いから早二週間──季節も五月となり、春の終わりも見え始める過ごしやすい世界になった。


 勿論あれ以来闇からの干渉はない。覚醒めざめの回収に失敗しただけじゃなくキャンドルが保身のために遮霧さえぎりを渡すっていう失態をやらかしてるから、今回の件は断念したと考えるべきだろう。


 何であれ実に平穏な日々を送れている。それに、朝鳥さんのおかげで前から一班が抱えていた問題も解決出来そうだしな。


「えっと、行きますよ?」

「ああ、本気でやってくれ」


 運動場にて、覚醒めざめを持って閃理に確認を取る朝鳥さんがいる。


 これに対し閃理は本気でやるよう許可を出した。一体何をしようと言うのか──なんて冗談は無粋というものだ。


 今の状況を具体的に説明すれば、今朝鳥さんの足下には理明わからせが転がっている。それを狙って覚醒めざめの切っ先を突き立てようとしているのだ。


「え、えい!」



【聖癖暴露・鳳暁剣覚醒あさチュンけんめざめ! 目覚めし者に聖なる力を添えて!】



 そして発動される聖癖暴露撃。切っ先を理明わからせのエンブレムに突き立てた途端、目映い光が一面を照らし尽くす。


 一瞬その光から逃れるように俺は顔を隠す。直視するにはちょいとばかし光量が強いもんでな。

 輝きはものの数秒で止まる。はてさて、どうなったことやら。


「えっと、これで本当に良いんですか?」

「ふむ……とりあえず確認してみないことには分からない。もう少しだけ待っていてくれ」


 処置を施した剣を回収し、成功か否かの確認をする閃理。今の行動がどのような意味を持つものなのかは、今に分かる。



【聖癖開示・『メスガキ』! 煌めく聖癖!】



 剣を操作すると、久々に耳にする音声が聞こえた!

 やった、理明わからせがようやく復活出来たんだ!


 苦節三週間。いやぁ、長い長い封印期間だったぜ。能力強化の権能を宿す覚醒めざめ様々だな!


「礼を言わせてくれ。お前のお陰で俺の剣が本調子を取り戻すことが出来た。感謝する」

「いえ! むしろ私の方こそきちんとしたお礼が出来ずにいたのを、こうして機会をくれたんです。こちらこそありがとうございます」


 礼を送り合う二人。そう、覚醒めざめの権能を使うことで理明わからせの封印を解くことが出来たのだ。


 何でも覚醒めざめは自身を強化するだけに留まらず、他の剣士や剣の能力も強化は勿論、下げられた力を補正して元の状態に戻したりと、言ってしまえば自身と味方にバフを撒きまくるバッファーのような性能をしているらしい。


 故に封印の権能だって解除も出来る……らしいけど、どうやらそれには結構条件があるみたいで、今回はたまたまその条件が揃ってたから解除が出来たんだそう。


 全く、聖癖剣士は頼もしすぎるぜ。縁の下の力持ちとしては破格の力だな。


「私も明日から正式な剣士! 覚醒めざめと一緒に一人前になる、そう決めたんです。だから、こんな私でよければいつだってお力添えさせていただきます! 皆さん、今後とも末永くよろしくお願いします!」


 この決意表明に俺たちは拍手を送る。そう、朝鳥さんは聖癖剣士になる道を選んでくれたのだ。

 闇との戦いを経験したことで精神的な成長を遂げて、剣士としての自覚が芽生えたみたい。


 もう俺の家事能力優しさに依存する目的で剣士になろうとしていたあのだらしない姿はない。内心ホッしてるけど何か人が変わりすぎてちょっと違和感あるな。


「ああ、よろしく。だがいくら覚醒めざめが戻って来たからと言って以前までのような不規則な生活は御法度だ。これからは規則正しい生活サイクルで過ごし、毎日訓練をしてもらう。いいな?」

「うっ、はい……。出来るだけ頑張りましゅ……」


 訂正、やっぱり朝鳥さんはそんなに変わって無かったわ。まだまだ健在な情けない部分に良くも悪くも安心する。


 何であれ心強い仲間が増え、第一班はより賑やかなチームとなった。

 きっとこれからの戦いはこれまでと比べて楽になるだろうな。いや、それは流石に楽観視し過ぎか。


「安心するのまだ早イ。まだ支部からMailメール届いてなイ。それ次第で朝鳥の居場所がここじゃなくなル」

「あー、そういえばそうだったわ」


 だがメルの一言で俺が浮かべていた考えは不確定な妄想に戻されてしまう。


 そう、実は朝鳥さんはまだ正式に第一班帰属になったと決まったわけではない。

 どういうことかと言うと、これから朝鳥さんの処遇が書かれた内容のメールが来るんだとさ。


 それの内容次第で一班になるか他班に行くか、もしかすれば支部直属になる可能性も十分にある。一緒に戦えるかどうかは誰にも分からないのだ。


「俺の時は元老院の人たちが直々に面接しに来てすぐにどこの班になるか知ったけど、普通はこういう感じなんだな」

「お前は異例ばかりだったからな。通達は恐らく午後に来るだろう。それまではいつも通り過ごせばいい」


 懐かしいなぁ、マスターら元老院と面接したのがもう五ヶ月半前になってるとは。齢十八歳で時の流れを早く感じてしまうとは思わなんだ。


 思い出を懐かしむのはさておき、午後になるまで時間はまだ残ってる。せっかくの休みの日でもあるんだ、訓練以外で何か良い感じに時間を潰せることはないか……?


 朝鳥さんはもうとっくにアパートからこっちに引っ越しを終えてるし、仕事も昨日付けで退職済み。朝鳥さん関連でもやることがほぼ無いのが現状だな。


「そうだ、今の内に聖癖剣や聖癖章についての詳細を教えておこう。今の内に頭へ叩き込んでいれば所属がどこになろうとも多少は楽が出来るだろうしな」

「べ、勉強ですか。大事なことならやりますけど……」

「剣士とて毎日剣を打ち合わせるだけではない。学を身につけるのもまた訓練だ」


 ふーん。そうは言うけど閃理、俺ここに来てからほぼ毎回剣での訓練ばっかりだったような気がするんだけど、それってもしかして気のせいなん?


 ともあれ聖癖剣という存在をより深く知ってもらうこと自体は賛成だ。


 当人らにとっては十分な暇潰しになるだろうし、何より朝鳥さん自身のためにもなる。悪いことにはなるまいて。


「メルも勉強すル。ご飯出来たら教えテ」

「あ、うん。前から思ってたけどメルって案外勤勉なんだな。ちょっと意外」

「学びは大事って先生言ってタ。そもそもメル、学校行ったこと無いから勉強出来る今が好キ」

「え、そうだったの? 知らなかった……」


 メルも勉強をするとのことで、運動場を去る間際にあいつの過去が一つ判明してしまった。

 まさか学校に行ったことがないとは。だから今の歳でも勉強を真面目に頑張ってるのか。


 うぉ、なんか耳が痛い。理明わからせを使って期末試験をズルした俺が真っ当に勉強してるメルのこと馬鹿に出来ねぇわな……。




 そんなこんなで各自がやるべきことをやってる中で、俺も結局ダイニングルームで趣味となりつつある料理をすることにした。


 俺とて第一班の家事担当。闇の剣士と戦うために、メンバーのみんなには常に美味い料理を振る舞って英気を養ってもらいたいと考えてる。


 料理を嗜む者として日々の鍛錬は欠かさない。そう考えると俺も結構勤勉な人間なんじゃないか? そんなでもないか。


「とりあえず昼食を仕込んでおくべきだな。今の俺に出来ることはそんくらいだろうし」


 そうと決まればすぐに実行。今の俺にとって片手間で昼飯をこさえるのも楽なことよ。

 すいすいすいーっと仕込みを終えて鍋へ材料を投入。軽く炒めたら水を入れて煮込む。


 あとはもう見なくても分かる。カレールーをぶち込んでひと煮立ちさせればハイ、完成。どこの家庭でも作れる普通のカレーの出来上がりっと。


 気付くと十二時を若干過ぎていた。良い頃合いだし、みんなを呼んで飯にしよう。

 俺は真っ先に閃理らのいる方を選ぶ。メルを先に呼ぶとつまみ食いされるから、あいつは基本最後だ。


「閃理、朝鳥さん。昼出来た──」

「あっ! 焔衣くん、助けて! 閃理さんが動かなくなっちゃった!」


 来て早々にええ────!? って叫びたくなったわ。一体何事!?

 少し遠くを見ればうつ伏せになって横たわる閃理の姿が。いやこの数十分で何があったんだよ!


「閃理! ちょっと大丈夫か? 生きてる?」

「……すまん、ちょっと実践に移ったら朝鳥の技が直撃してしまってな。覚醒めざめの力、相当ヤバいぞ」


 急いで駆け寄って様子を確認。一応生きてるな。

 しかし聖癖剣を取り戻した一番強い状態の閃理にここまで言わすとは、朝鳥さんのやつ何をやらかしたんだよ。


 覚醒めざめって能力強化だから、俺やメルみたいな属性攻撃は持ち合わせてないはず。何をどうやったらそういう風になるんだ……。


「ほ、本当にごめんなさい。出せる限りの本気で来いっていうから、前みたく自分を強化してパンチしたら、想像以上に吹っ飛んで壁に……」

「とりあえず今の朝鳥に必要なのは加減を覚えるということだな。下手に一緒に訓練すると補助ありでも怪我に繋がりかねない」


 マジで……? いや確かにキャンドルの顔面殴って鼻血だけじゃなく痕だって付けたくらいだし、かなり強力な攻撃になるのは分かるけど……それでもここまではならないのでは!?


 ……なんか一緒に行動するのが怖くなってきたぞ。これ加減出来ない内はお手合わせしたら最悪死ぬんじゃないの?


 改めて覚醒めざめの恐ろしさを目の当たりにしつつも、とりあえず昼食の時間であることは伝えておく。


「本当に大丈夫? 食べてる時に吐いたりしない?」

「上位剣士を無礼なめるなよ。そのような無様を晒すほどヤワではない」


 それならいいんだけどさ……。ま、何であれ今は食事が最優先事項。ちゃっちゃと食べて午後も頑張ろう──そう思いながらダイニングルームへと戻る。

 が、悲劇はもう少し続くらしい。


「ごちそうさまでしタ」

「め、メル!? まさか……」


 何故か呼ぶ前からいるその姿。そして食事を終えたことを意味する言葉。

 嫌な予感──俺は慌てて鍋の中を確認する。


「無い! 作ってたカレーが無い! メル、あんたってやつはァァッ!!」

「美味しかっタ。でも三人前しか無かったのは駄目だと思ウ。気を付けテ」

「え、マジで? それはごめん……って、違うだろ! 何で全部食うんだよ! 食い過ぎだバカ!」


 予感は的中。メルの野郎、用意してた昼飯カレーを全部食いやがった! どんだけ腹減ってんだよ!

 おまけに遠慮無くダメ出しとはなんて厚かましい……! これを最悪と呼ばずに何と言おうか。


 そのまま逃げるように自分の部屋に戻って行ったメル。んにゃろぉ……覚えてろよ! 今日の晩飯は野菜だけのメニューにしてやるからな!


「全く、あいつは少し目を離すとこうだからな。食い意地が汚いというかなんというか」

「あんなに食べてるのにスタイル良いのはきちんと運動してるからなのかな。うーん……」


 仲間メルの悪い癖にこめかみを押さえる閃理、自身の腹をぷにっと摘んで体型の差を見せつけられた朝鳥さん。それぞれ考えることは違えど、頭を悩まさせる問題児であることは共通の認識になったようだ。


 俺も昼食を作り直す羽目になったわけだし──もうツいてねぇ。俺たち三人は何を食おうか、もう一回考え直さなければ。




「……むっ、来たか」

「えっ、何。どうしたの?」


 そんな不幸が起こってしまった昼下がり。何とかもう一度昼飯をこさえて食事を終えた頃、閃理は突然部屋を出ていってしまう。


 今度はまた何事だ? また理明わからせが何かを教えてくれたんだろうけど、本当にいつも唐突だからびっくりするんだよなぁ。


 んで、それから約一分くらい経過。自前のノートパソコンを持って、メルと一緒にダイニングルームへと戻ってきた。


「全員注目。支部からの通達が遂に届いた。これの内容文次第で朝鳥の今後が決まる」

「うぉ、マジか。一体なんて書いてた?」

「こういうのはまず本人が先に確認してから訊ねるものだ……朝鳥、こっちへ」

「は、はい!」


 どうやら待ちわびていたメールが届いた模様。うおお、遂にこの時がやってきたか!

 いよいよ朝鳥さんの帰属する場所が公開される。第一班か、第二班か──あるいは支部直属になるのか。


 その答えを真っ先に知る権利のある朝鳥さんが、パソコンの画面にあるメールを開く。

 緊張の一瞬だ。俺も他のメンバーもドキドキしながら確認を終えるのを待つ。


「…………え、嘘……?」

「な、何その反応? もしかしてあんまり良くない系だった?」


 確認を終えた朝鳥さんだったが、内容を確認してから第一声が『嘘……』って、これちょっと怖いって。

 何となく感じる嫌な予感。と、とりあえず結果を俺たちにも教えてほしいんだが……。


「えっと、『“覚醒の聖癖剣士”朝鳥強香、第三班の帰属を命ずる。従って身柄を預かる第一班は支部に帰還するよう命ずる』──って。一班所属にならないみたい……」


 書かれていたメールの内容は、やはり朝鳥さんとは長く一緒に居られないという厳しい現実であった。


 そしてさらに続く指令内容。日本支部への帰還──それは俺にとっても初めての経験だ。

 正式な剣士になって一ヶ月と半分……実は俺、まだ支部に行ったことがないんだよ。


 これは俺にとっても未知の領域に足を踏み入れることになる。

 恐怖……というわけじゃないが、少なくとも今の俺と朝鳥さんは同じ気持ちになっているのは間違いないだろう。




 次の目的地は──光の聖癖剣協会日本支部。

 新たな剣士を送り届けるため、キャンピングカーはすぐに発車した。

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