第四十四癖『これが私の、聖癖剣だ』

「あ、朝鳥さん……。どうしてそれを……!?」


「……! 焔衣くん、ごめんなさい。私のせいで怪我、しちゃったんだよね。私が剣を盗まれてなければそんな痛い思いしなくても良かったのに……」


 突如として現れた朝鳥さん。俺の方を見たと思ったら、その顔に驚きと悲しみの表情を浮かべた。


 多分背中の傷を見ちまったんだろう。俺からはどうなってんのか分かんないけど、結構深い傷なのは分かる。服も真っ赤に染まってるだろうな。


 そのことを謝られるけどこれは不覚を取った俺のミスだ。朝鳥さんが悲痛に感じる責任はない。


「ちっ……。もう一人は何をやっているのよん。殺すどころか取り返されちゃってるじゃない。でも手間が省けたわ。さぁ、今度こそあなたの出番よん。あの女を始末しなさい!」

「お前があの剣の持ち主か……。ようやく会えたなァ……恨みはねぇが、死んでもらうぜ……!」


 指示を受けると犯人の男は遂に朝鳥さんの前に立ちはだかった。


 この男の目的は朝鳥さんの命を奪うこと。剣の腕は素人でも二本分の聖癖剣の力を与えられた存在だ。勝つことは困難を極める。


 俺も頑張って加勢しようとあがくけど……駄目だ。痛みのせいで上体を上げるのが精一杯だ。


「逃げろ! 奴はお前が適う相手ではない!」

「駄目──ッ!」


 他の二人も勝率はゼロと判断している。

 それも当然で、毎日訓練してる俺たちとは違って朝鳥さんは何もしていない一般人。剣の補助があろうとも奴のフィジカルの前には劣ってしまう。


 このままでは殺されてしまう──身動きも取れず手助けも出来ない以上、無謀の戦いになることを確信していた。


 しかし一方の朝鳥さんは俺たちの忠告を無視して逃げずにいる。本当に立ち向かうつもりか……!?


「あなたが覚醒めざめの泥棒……。私の物を盗んだだけじゃなく、みんなを傷つけただなんて……絶対に許さない!」

「許しなんかハナから請いちゃいねぇよ。じゃあ──消えろ」


 その瞬間、犯人は地面を砕く勢いで蹴って朝鳥さんに迫る。そのスピード、やはり尋常ではない。


 あれを突進として食らうだけでも大ダメージは免れないだろう。さらに聖癖剣での攻撃なんだから、下手すりゃ胴体が真っ二つに──


「お願い、覚醒めざめ……私に力と勇気をちょうだい!」


 そして激突────軽い衝撃波が辺りを襲う。

 コンクリートの細かい破片が飛んでくるのも厭わず、俺は現場に目を向けた。朝鳥さん、まさか今のでやられてるんじゃ……!?


「……ッ!? な、何……?」

「ぐうぅぅぅ……! あなたの突進は、その程度ぉ……!?」


 でも想像していた結果は全く違うものだった。

 犯人の突進切りを朝鳥さんは覚醒めざめを構えて完全に受け止めている。ほぼ無傷のままでだ。


 しかもだ。どういうわけか敵の剣はそれ以上の動きを見せていない。ガタガタと震わせてはいるが、まるで壁に押し当てているかのように覚醒めざめを押し返せないでいるのだ。


「どういうことだ……何故耐えられる? 俺の本気の攻撃を……何故……?」

「細かい理屈なんて私は知らないし分かんない! でも、これは覚醒めざめが私にくれた力だ! あなたなんかに絶対負けない!」


 そう言うと、遮霧さえぎりを弾き返して朝鳥さんは犯人の腹部に向かって蹴りを入れる。


 あの良くも悪くも細い足で繰り出されたキックは、犯人を数メートルも吹っ飛ばした。剣の補助ありきとはいえ、ちょっと強すぎないか?


 転げ倒れた犯人。だがすぐに体勢を立て直すと、間髪入れずに再び攻めに出た。そして子供のチャンバラみたいになってない剣戟がそこで繰り広げられる。


「くっ……、はぁっ!」

「ちっ、この野郎……!」


 攻撃に出ている犯人の剣を、弾き弾かれながらも必死に防御に徹する朝鳥さん。素人同士とはいえ意外にも敵と渡り合えているのは驚きだ。


 そして何度かの打ち合いを経てから、もう一度鍔迫り合いになる。


「こいつは驚いたな……。俺も人のことは言えねぇが、剣を取って間もないくせにここまでやれるとは。それが才能って奴か?」

「……っ、あなたは勘違いしてる。私がやれるんじゃない。だって」

「何……?」


 すると朝鳥さん。もう一度敵の剣を弾いて距離を置くと、次の行動に出る。


覚醒めざめ! あの人に掛けられた報復を……あげて!」

「なっ──」


 その瞬間、覚醒めざめのエンブレムが一瞬光った。それに呼応するかのように犯人の方にも変化が。


 黒い衣服に身を包んでいる身体から、白いもやが発生。まるで風呂上がりの直後のように全身から何かが抜けてしまった。

 そして、言葉の意味を犯人は思い知ることとなる。


「あ、ぐっ……か、身体が……重く……!? はぁ、はぁ……な、何をしやがった!」


 突然、犯人は膝を突いて苦しみ始めたのだ。朝鳥さんが言ってた報復を解くって、それってつまり……?


「閃理さんから聞いた話、あなたは覚醒めざめに無数のエネルギーを入れられたお陰で普通の人よりも動けてたんだって。でも身体がパンク寸前でいつ死ぬかも分からない状態だったらしい──だからそれを治した。そしてあなたは弱くなった。もう私に勝てると思わないで!」

「なん、だと……!?」


 そ、そうか。報復の解除ってことは、もう犯人は覚醒めざめの恩恵を受けられなくなったってことか!

 これなら仮契約下の遮霧さえぎり一本の補助じゃ今の朝鳥さんの身体能力を上回れない。形勢逆転だ!


「ふ、ふざけるなよこの女ぁ~!」

「ふざけてるのはどっちだよ! 人の物盗んで楽して稼ごうだなんて思うな! 毎日満員電車に乗って通勤して、上司に怒られたり残業したりしながら働いてみろバカヤローっ!」


 逆上して三度襲いかかる犯人だが、今度は朝鳥さんの怒りが爆発する。


 迫り来る相手の顔面に見事な右ストレートと明らかに日頃のストレスを込めた文句を決め、悲鳴すら上げさせずに大きくぶっ飛ばした!


 犯人はそのままキャンドルの横を通り過ぎて塀に激突。これまで一度も離さなかった遮霧さえぎりさえも手放し、完全に沈黙する。


 朝鳥さん……本当に勝ちやがった! 仮の剣士とはいえ、自分の手で因縁の相手を一人倒した!


「……どうやら最後の最後に面倒くさい相手が出来たってことねん。こうなったらこのあたしが相手になるわ! 本当はあたしが直接手を下すのは控えたかったけど……代理がやられちゃってる以上仕方ないわ。限界まで痛めつけてから、あなたもアジトに連れて帰るだけよん!」


 そして第二回戦の相手になると自ら宣言したキャンドル。

 鬼燭ほおずきを銃形態にすると、俺の両足目がけて発砲してから朝鳥のところへ移動する。


 ちょっと熱いけど俺には些細な問題でしかねぇ。それに、奴がいなくなった今がチャンスだ。鬼の居ぬ間に『癒し系聖癖章』で回復を……。


「一応言っておくけど、私は結構強いわよん。あなたは勝てるかしら?」

「勝てるかどうかの問題じゃない。勝つんです! 今、ここで!」


 俺がせっせこと背中に聖癖の力を当ててる間に、覚醒めざめ鬼燭ほおずきの戦いは始まろうとしている。


 キャンドルがそう自称するだけあって、かなり強い方の剣士であることは違いない。特にあの蝋は防御技のみならず攻撃技としても尋常じゃなく厄介だ。


 今度こそやられるんじゃないかって正直思ってる。でも、今の希望はあの人だけなんだ。俺は信じてるぜ……!


「まずは小手調べ! いでよ、小蝋騎士団スモール・キャンドルナイツ!」


 キャンドルは悪癖開示を発動し、近くの蝋の柱を小突く。するとさっきの蝋騎士と同じく、今度は空の蝋の枝から大量の小さな蝋騎士が降ってくる。


 あの蝋の大樹……まだそんな使い方があるとは思わなかった。デカいのだけじゃなく、小さいのをこんなにも増やせるなんて……。


 流石にこの量を相手にビビってる様子を見せる朝鳥さん。だが、それでも負けじと剣を構えている。


「ひ、卑怯だよそんなの! 剣士なら剣で戦え!」

「卑怯結構! あなたも卑怯な手を使ってもいいのよん? どうせ勝てやしないんだから。行きなさい、あたしの騎士たち!」


 挑発を口にして、キャンドルは蝋騎士たちに命令を下す。

 目測だけでも百体はいる小さな敵。それはあっという間に朝鳥さんの周囲を包囲していく。


 当然抵抗するも、そんなのお構いなしと言わんばかりに朝鳥さんを覆い尽くして瞬く間に一本の巨大な蝋燭みたいな形に固まってしまった。


 近付いて完全拘束を確認したキャンドルは、銃口から火を出して点火しようとしている。


「ふふん。後は火をつけて、お終いっと」


 このままではマズい! 加勢したいけど、まだ傷の応急処置は出来ていない。早速大ピンチ!

 緊張の瞬間……だが、それは杞憂に終わることになる。


 刹那、バキッ……っと何かが割れる音が聞こえた。


「へ?」


 これにはキャンドルも驚きの声を上げる。今にも火を放とうとした瞬間、目の前の蝋燭に大きなヒビが走ったからだ。


 さらにそれだけでは終わらない。蝋燭のヒビはさらに広がっていき、そして砕かれた──その瞬間。


「ぶッ……!?」


 砕かれたヒビの奥から右ストレートがキャンドルの顔にめり込んだ。

 この不意打ちに何の防御も出来なかったキャンドルは先ほどいた場所まで吹っ飛ばされてしまう。


「私をこの程度の拘束で捕らえられると思わないで。覚醒めざめの力……“能力強化”の権能を知らないわけじゃないでしょ?」


 そして再び姿を現す朝鳥さん……なんだけど、なんか雰囲気違うくね?


 さっきまではもう少しおどおどしてたのに、今はまるで歴戦の戦士かってくらいに吹っ切れてるっていうか……何か変だぞ!?


 今の一撃をモロに食らったキャンドル。その顔には殴られた痕と鼻血が。剣の補助ありでもここまで強くダメージを受けてるってわりとヤバいぞ。


「あたしの顔に傷つけるなんて……やるじゃない。素人と侮ったらヤバそうね!」


 どうやら今の一撃で朝鳥さんを下に見る考えを取り止めた模様。つまり本気にさせたってことか……!


 一体どうするんだ? 今の朝鳥さんは雰囲気が変だとはいえ、剣士としてズブの素人であることに変わりはない。


 くっ、俺の傷もあともう少しかかりそうだ。それまで耐えててくれよ。


「いいわ。剣士同士──あなたのお望み通り接近戦でいくわよん!」

「来なさい。覚醒めざめの力、見せつけてやるわ」


 お互いに剣を構えると、先んじて動いたのはキャンドル。

 地面を蹴って瞬時に移動する。犯人の男よりも無駄のないスマートな移動であっという間に朝鳥さんの懐へ潜り込む。


 そして切り裂き……に失敗。懐に入った瞬間にはすでに朝鳥さん側の防御は完成していた。

 あれ、ちょっと技術も上がってないか? 覚醒めざめの本気か、これが……!?


「くっ……、ならこれはどう!?」



【悪癖暴露・灯蝋剣鬼燭とうろうけんほおずき! 悪しき蝋涙が造り上げる煉獄の形象……!】



 来た、敵の必殺暴露撃! 今度はどんな攻撃が来る……?

 遠目で不安になりながらそれを待つと、俺の後ろで待機していたデカい方の蝋騎士が朝鳥さんへ向かって行った!


 そして、上から滝のように滴る蝋に触れると、瞬く間にその大きさを倍以上にして襲いかかろうとしている! これが大技か!


「行け、蝋騎士王キャンドルナイト・キング!」


 そして全長も八メートル近くある巨大な姿となった蝋騎士王は、剣からハンマーへと形状を変化させた得物を振るって襲いかかろうとしている。


 何て技だ。ただでさえ巨大な相手がより大きくなるだけじゃなく、武器でさえあんな車を壊す破砕機みたいな凶悪な形状に変えやがるとは。


 大振り……からの振り下ろし! 聖癖の蝋で出来た破壊鎚が朝鳥さんを襲う。

 またまたピンチ──なんだけど、もう何か大丈夫な気がしてきた。今のあの人ならなんとか出来るはず。


覚醒めざめ……何度もごめんね。また力を借りるから!」


 そう呟くと、あろうことか朝鳥さんは迫り来る破砕蝋に向かって飛び出した!

 それ自殺行為だぞ!? って思ったけど、その考えもまたまた一撃で粉砕されることに。


「そ、そんなのアリぃ~!?」


 迫る破砕鎚を剣一本で見事に破壊。それだけじゃなく壊した柄を蹴って得た勢いのまま蝋騎士王の頭も粉砕する。


 一切の傷を負わないままに朝鳥さんは敵の大技を突破しやがった!


 すげぇ、あれが覚醒めざめの力か! 朝鳥さん自身の身体能力を底上げして俺たち以上の馬鹿力を発揮させてるんだ! ごり押しとも言うんだけど。



 敵は自分の技を突破されて唖然としている。今が絶好のチャンスだ!


 見事蝋騎士王を打ち倒して地上に降り立った朝鳥さんは剣を構えてキャンドルに迫っている──のだが、ここで俺も驚愕せざるを得ない行動に出る。


 あろうことか迫る直前に剣の構えを解いた。一体何故……そう思うのもつかの間、より分からない方向へとそれは進む。


「えいっ!」


 ぽーん、と朝鳥さんはどうしてか自分の剣を投げ捨ててしまったのだ。ええ──ッ!? 何してんのこの人ォ!?


 俺は勿論、閃理とメル、さらにキャンドルも驚きを見せている。

 この突然の奇行だが────すぐのその真意を見せつけられることとなる。


「え?」


 投げられた剣はそのままぽすっとキャンドルの手に落ちた。それを確認した瞬間、大声でこう



「すぅ────、私の剣盗られたああぁ──!!」



 まさかの絶叫。だがこの行為の意味にいち早く気付いたのは俺でも閃理でもない。キャンドル本人だ。


「し、しまっ──」


 その瞬間、覚醒めざめから光が放たれる。それに気付いた時にはもう手遅れだ。


 今頃焦ったところで覚醒めざめはもうあの女に発動されてしまっている。無限の身体能力上昇という時限爆弾が、な。


「いやああああああッ!? 嘘、嘘よぉぉん! 覚醒めざめの報復が、あたしにぃぃ……!?」


 そのことに気付いたキャンドルは我を失って自分の剣共々覚醒めざめを手放してしまう。

 当然その隙を逃すはずもなく、朝鳥さんは即座に懐へ潜り込んで地面に転がる剣を取り返した。


 わざわざ一般人を使って自分の代わりに朝鳥さんを殺させようとしてたんだから相当警戒してたんだろうなぁ、覚醒めざめの報復。あの取り乱し様は尋常ではない。


 それにしても、まさか報復っていうを攻撃に使うなんて……戦いのセンスまでも強化されてますよ!?


「許さない……死ぬ前にあなたも道連れにぃ……!」

覚醒めざめ、今すぐあの人に対する報復をにして」

「うぐぅっ……!? あ、が……」


 キャンドルが我を忘れて強硬手段に出かかった時、朝鳥さんは冷静に覚醒めざめへと指示。報復の効果を一気に引き上げた。


 俺でも分かるキャンドルに起きる変化。その場に崩れるように倒れ、苦しそうにもがき始めている。

 本来なら人を強化し活力を与えるはずの力は、今まさに人体を蝕むものとなっていた。


 毒を薄めた物が薬だとするのなら、行きすぎた力の付与は人体を破壊してしまうまさに猛毒。もうまともに動けなくなって当然か。


「うぐ……。閃理、メル。今……助ける」

「すまない。だがいくら応急処置を施したとはいえ、軽くない怪我なんだぞ。無理をするな」


 一方で俺。何とか背中の傷を塞いで拘束を解いてから仲間の救出に出る。閃理とメルを捕らえる蝋を溶かして、何とか解放することが出来た。


 でもやっぱりキツいわ。傷を塞いだとは言っても痛いもんは痛い。動くに多少マシになった程度だ。閃理の肩を借りて俺は少し休むぜ。


「ああ……、はぁっはぁ……。し、死ぬ……!」


 ここでちらっとキャンドルの方を見る。息づかいも敵ながら心配になるくらい上がってるのに満足に呼吸も出来てなさそうだ。顔も目も異様に赤いし、大丈夫? これあと数分で死んだりしない?


「……あれ、めちゃくちゃ苦しそうだけど、どういう状態なの?」

「俺も実際の覚醒めざめの報復を見るのは初めてだが、恐らく呼吸をする度に肺が過剰に膨らんで臓器や骨を圧迫、心臓の鼓動も通常の数倍に跳ね上がり通常ではあり得ない速さの血流が血管内を駆け巡っているはず。下手に動けば自分自身の身体を破壊しかねない。聖癖剣の補助がなければ死んでるかも分からん」

「何それエグぅ……」


 ひえぇ、恐ろしすぎるぞ覚醒めざめの報復。内臓が過剰な働きをして、本人に限りなく死に近い生を体験をさせてしまっている。


 そりゃ警戒もするわな……。犯人の男もここまで進行してたりしたのかな。いやマジで怖いわ。


「以前にも言ったが聖癖剣による報復でも死者を出すわけにはいかん。それが例え敵であってもな。今ここで奴の剣を封印すれば間違いなく死ぬだろう。故に朝鳥にこれを少し弱めてもらう。話はそれからだ」


 リーダーの判断はそういうことらしい。けど報復を解除するって考えはないのね。

 まぁ敵だし下手に弱めれば逆襲されるかも分からないし当然か。キャンドル、南無三。


 また一方を見ると、朝鳥さんが剣を杖代わりに片膝を付いて荒く呼吸をしている。その身体からはさっきの犯人と同じく湯気がもうもうと昇っていた。


 こっちもこっちで大丈夫か? 心配になって俺は声を掛けようとした、その時である。


「あの……朝鳥さん? 大丈夫で──」

「……うぅ、うわあああん! 怖゛か゛っ゛た゛よ゛おおおおおん゛!」


 覚醒めざめを手放して片膝立ちからぺたん座りになると、そのまま大声で泣き出し始めた。

 おいおい、良い歳してそんな泣くなよ……ってか泣き方汚いな。


 あー、でもまぁまだ正式な剣士ですらない人が二人の闇の剣士に立ち向かったんだ。自分の剣があっても本当は怖くて仕方なかったんだろう。


 いや、すげぇ頑張ったよ、朝鳥さん。この人が勇気を出してくれなかったら今頃俺は敵のアジトの中だった。また命の恩人が増えちまったな。


「朝鳥、大丈夫? すごい、とっても頑張っタ。メル、褒めたげル。えらいえらイ」

「ぐすっ、ありがとうメルちゃん……。あともっかい泣かせてええぇぇ……!」


 メルは朝鳥さんを慰める。子供のように泣きじゃくる年上に泣きつかれるのは流石に困惑のようだが、抵抗しないあたり空気は読んでくれてるみたいだ。


 ああ、本当にすごいことをしてくれたもんだ。これは間違いなく剣士と認めざるを得ないな。感服だぜ。


「そういえば、朝鳥。どうして覚醒めざめを持っているんだ? 奴らが隠していたんじゃないのか?」


 すると、ここで俺たちが内心思ってる疑問を閃理が口にする。


 そうだよ。少し忘れてたけど一番の謎が残ったまんまじゃねぇか! 一体どうやって朝鳥さんは自分の剣を取り返したんだろうか……?


 メルの脚にコアラみたいに引っ付いて未だに泣いてる朝鳥さんから、真相を聞き出しておく。


「ええっと、実は拠点を出た時に──」



 ふむふむ、話をかいつまんで説明するとこうだ。

 謎の使命感に突き動かされた朝鳥さんは、俺たちの所へ行こうとした時にもう一人の犯人に出待ちされたという。


 んで、あろうことかそいつが覚醒めざめを持っていたんだと。


 そういえば空き巣犯って二人組だったな。キャンドルも『もう一人は何をやっているの』とか『殺すどころか取り返されちゃってる』とか言ってたような……。


「それから私、逃げてる内にどっかの路地の行き止まりまで追い込まれたんです。もう駄目だ──って、剣で切り殺される──って思ってたら、私切られたのに切られて無かったんです!」

「は? どゆこと?」

「なるほど、そういうことか。相手も知らなかったとは言え、これは酷いミスをしたものだな」


 いやどういうことなんですか。説明してくれよ。

 そしてその話を聞いてみたら俺も納得した。切られたのに切られてなかった──というのは、俺たち剣士の特権みたいなのが関係してるらしい。


 俺たち聖癖剣士に対し、聖癖剣は持ち主を傷つけることが出来ないようになっている。つまり俺の場合は焔神えんじんで自傷しても火傷はおろか切り傷一つ付くことはないのだ。


 朝鳥さんが無傷だったのは、犯人が覚醒めざめで切ったから。ここまで言えば分かるだろう。剣は真の持ち主を傷つけない……だから朝鳥さんは無傷で済んだってことよ。


 後の話は超簡単。切られたってことは剣に触れたってことで、剣士としての身体能力を取り戻し犯人を撃破。剣を取り返して俺たちの所に来た──ってわけなんだとさ。


「ま、何であれあなたが無事で何より。負傷者を出してはしまったが、結果としては万々歳だ」

「閃理ぃ、俺の傷って綺麗に治ったり出来る?」

「かなり痛いが一週間で治せるぞ。やるか?」


 えぇ、マジぃ~……? 痛いのは嫌だなぁ……まぁやるけどさ。

 あーもう最悪だよ。不意打ちだとしても剣でバッサリ切られるなんて体験は金輪際ゴメンだぜ。


 覚醒めざめ奪還の理由も判明したことだし、これにて一件落着……にはまだならないんだよな、これが。


「あ……、が……! はぁっ、うぐッ……!?」


 そこでのびてるキャンドル。いっけね、放置したまんまだったわ。早いとこなんとかしないと。


「闇の剣士よ、この後どうするか選ばせてやる。そのまま苦しみもがきながら死ぬか、降参して収容施設に送られるか──さぁ、どうする?」

「ぐっ…、うぅ……! い、嫌よん! 組織の……剣士として、負けを認めるだなんて……!」


 キャンドルへ二択を突きつけると、非常に苦しそうな声で否定を言葉にしてきた。ラピットもそうだったけど、組織への忠誠心は高い方なんだな。


「そうか。それは残念だ。……朝鳥、奴への報復をさらにもう二十倍引き上げてくれ。躊躇わなくてもいい、どうせあなたを殺そうとした奴だ。本人もこうなる覚悟は出来てるはずだろうしな?」

「えっ、えぇ……」


 すると閃理、朝鳥さんを呼び出すと再び剣を使うよう指示を出した。

 うわぁ、容赦しねぇな……。どんだけ闇の聖癖剣使いが嫌いなんだよ閃理は。


「ま、待って! そ、それ以上は……本当に死んじゃ……」

「本当は殺したっていいんだぞ? まだ生かす選択肢を与えているだけ温情だと思え」


 いつにもまして怖いぞ閃理。朝鳥さんは何も言わないけど、普通にドン引きしてるからな。


 躊躇うなとは言ってもこれ以上は可哀想だ。勿論俺もこのまま解放して逃がそうだなんて思っちゃいないけど、流石に限度って物があるだろうに。


「うぐぐ……。投降は嫌だけど……分かったわ。遮霧さえぎりを……代わりに差し出すから、命だけは助けて欲しいのよん!」


 そしたらキャンドル、遮霧さえぎりの譲渡……っていうか返還を条件に見逃すように言ってきた。


 これは……条件として悪くはないのでは? 元々遮霧さえぎり光側こっちの剣。取り返して本来の剣士へ返却出来るのは良いことだし。


 それに剣の所有数=闇の剣士(候補や仮契約含む)だから、遮霧さえぎりが無くなれば敵が一人減ることになる。


 俺は賛成するが、閃理はこの条件にどう出るのか。沈黙するリーダーの回答を待つ。


「……朝鳥。報復を解除してやれ」

「いいんですか? 解いたら襲いかかるんじゃ……」

「どのみち奴は内臓にダメージが入って戦える状態ではあるまい。……キャンドルと言ったな。良いだろう、お前の提示した条件に乗ってやる。だからさっさと去れ! 二度とその姿を俺たちの前に現すな!」


 良かった。閃理は相手の条件を認めるみたいだ。

 朝鳥さんの操作でキャンドルへの報復は解除。そして早急に去るよう大声を出して追っ払う。


「次会ったらタダじゃおかないから……!」


 心身共にボロボロのキャンドルは、負け惜しみを口にしつつ聖癖の力で逃走。それと同時に蝋の柱は溶けて跡形もなく消え去った。


 もう会うことがなければいいな。ともあれこれで本当に一件落着だ。俺も早く帰って休みたいぜ。






 かくして覚醒めざめの件から始まった闇との戦いは終結した。


 怪我を負った俺は、あの後地獄の治療を経て四日ほどで回復。もう動いても問題ないようになった。聖癖の力ってやっぱすげーわ。


 犯人の方はというと、俺たちがドンパチやったことの罪も擦り付けられるペナルティを課されて警察へ連行。メルが守った盗品も無事に被害者らの下に返されて町にも平和がもたらされた。



 後は朝鳥さんは結局剣士になるのかどうか何だけど、それについても結論は出ている。

 まぁ、詳細は追々な。今はとにかく、一時の平穏を満喫することにするさ。

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