第五部『ここが我らの、光の支部』
第四十六癖『出会うは支部長、向かうは暗雲』
朝鳥さんの帰属先決定のメールから数日、俺たちは指令通り支部を目的地として現在進行中だ。
日本支部……一体どんな所なんだろうか。俺も不安半分のまま今日の特訓に取り組んでいく。
「うう、お……鬼……! もうちょい手加減を……」
「駄目だ。素のフィジカルも高めなければいざという時に悲劇を招く。
すぐ隣では朝鳥さんが悲鳴を上げていた。ははは、閃理も容赦しないな。
新人がまず最初にやるトレーニングは筋トレだ。基礎を鍛えないとまず剣士としてやっていけない。
俺だって最初の数日はそれだけをやってたし、剣を使ってる今でも準備運動で朝鳥さんのと同じかそれ以上のメニューを毎日こなしている。
毎日六時間ある訓練の内、始めの一時間は準備運動に費やす。しっかり身体を慣らさないと怪我に繋がるからな。
運動に不慣れな今はきついだろうけど、慣れればどうってことない内容だ。
「いやもうこれほんとにキツい……。なんでこれ毎日やれるの……?」
「俺も最初はそうだったけど、もう慣れちゃったからなぁ……。まぁ頑張ってください」
「ふぇぇ……。剣士になるんじゃなかった……」
今更後悔しても遅いんだよなぁ……。書類とか全部通してるし仮に辞めたとしても家は勿論仕事も無い。人生が別の意味でハードになるだけだ。
だからもう観念して大人しく鍛えるしか生きていく道はない。
これが剣士になるということだ。うーん、こっちもこっちで厳しい世界だぜ。
「言っておくが第三班のリーダーである
「ごばっ……!? これよりキツいのが!? 準備運動の時点で!?」
うわぁ、このカミングアウトは流石に居たたまれねぇ。絶望する朝鳥さんの手が止まるのを見た。
第三班。本当なら四月の頭に俺も会うはずだったんだけど、諸事情で歓迎会には不参加になった班だ。
そこのリーダーは心盛さんという人で、舞々子さんが剣士になる以前まで日本一強い聖癖剣士の称号を持っていたらしい。
俺自身第三班についての情報はほとんど知らない。
いや別に関心が無かったとかそういうわけじゃないけどさ、何か忘れてたわ。タイミング的にも丁度良いし閃理に訊いてみるか。
「そういえば閃理。俺その人のことあんまり知らないんだけど、具体的にどんな人なの?」
「そうだったな。お前も会ったことはないし当然か。あの人は男勝りな性格で、なおかつやることは豪快な人物だ。熱血人……とも言うべきだろう」
「へ、へぇ……。じゃあ良い人なんですかね……?」
男勝り? ってことは心盛さんって女性なのか。これはまた意外な情報だな。
元日本一ってんだからてっきり男だと思ってたけど実際は違うみたいだ。
運動能力が僅かに閃理より劣っているのに現日本一の称号を持っている舞々子さんは、剣の能力が特殊だからという点が強い。
それ故か普通に考えればフィジカル面が最強の人物像……つまりガタいの良い男性を真っ先にイメージするだろう。
前情報によく食べる人だとか、龍の聖癖剣士の撃破を目指すみたいなことも言ってたわけだから、てっきり男なんだとばかり……。
……うん? なんか気のせいかもしれないけど、聖癖剣士って女性が多くない? 味方サイド、俺含めて男の剣士が三人しかいないんだが。
もしかして偶然なのかな。まぁ何でもいいけどさ。
「優しいには優しいが基本的に直情径行な気質──早い話が思ったことをすぐ口にする人だ。語気も強いし慣れない内は常に威圧されてると感じるだろう。当然本人は自覚はしていないから注意してくれ」
「体育会系かぁ~。何か大変そう」
ふーん、そういうのなんだな、心盛さんって人。そんでもって実力は上の上って属性盛りすぎじゃない?
そんな人の所に所属することになった朝鳥さん、大丈夫かな。やっていけるんだろうか。心配になる。
「えっと、それじゃあ第三班の他のメンバーってどんな人たちなんでしょうか?」
「ああ、それなんだが……実は昨年心盛さんを含む三人の内二人が諸事情あって脱退して現在は一人で活動している」
「え、脱退ってそんなことあるの!? ってか何の理由で辞めたんだ、その人たち……」
えぇ……、第三班って今一人だけなのかよ。班ってかもう個人じゃん。
まさかとは思うが、パワハラとかそういうので辞めたんじゃないだろうな? 聞いた話から考えられる性格じゃあ確かにそういうことを意図せずやってそうではあるけど。
この話に朝鳥さんも固唾をのんで聞き入っている。
そりゃ自分の暮らしていく班でそういうのが横行してたら覚悟はしないとだしな。
「一応言っておくが今考えているようなことが原因でそうなったわけではないからな? パワハラだのいじめだのが原因では無いから安心しろ」
「良かったぁ~。剣士の間でもそういうのがあるのかな~って不安になってましたけど、無いんですね。安心しました……!」
ほっと胸をなで下ろす朝鳥さん。いじめやパワハラを気にしていたのはやっぱり前職の職場関係も影響してるんだろうか? いやはや、社会って怖い。
ふーむ、前の所属二人が辞めた話も気になるけど、訊いたところで意味はないから今はいいや。
まぁこれで大体の話は聞き終わったのかな。あー、でも心盛さんの聖癖剣ってどんな物なんだろう。そこも気になるな。
「あの人は現在北海道にいるらしい。だから支部到着には少し時間がかかる。俺たちが先に到着したら、諸々の準備を整えてから送り出す」
「ううう、何か今から緊張してきた。本当に行っても大丈夫なんですかぁ……?」
「そこは心配しなくても良い。むしろ面倒見は良すぎるくらいだ。おまけにあの人の下に就くと強くなれると言われるくらいに教え上手だから、しっかりついて行ければすぐに一人前になれるぞ」
えっ、それマジ!? 心盛さんのとこに行けば強くなれるって、それが本当なら俺も行きたいんだけど!?
まさかそんな話があるとは……! 会ったらちょっと相談してみようかな。
と、そんなことを考えてたら閃理の携帯に着信が。
近くに設置していたミニテーブルに置かれてる俺たちの携帯から自身のを取ってすぐ電話に出る。
「メルか。どうした……そうか。分かった、すぐ準備する」
電話の相手は現在車を運転して移動を任されてるメルからの模様。
閃理の様子からして……遂に来てしまったのか?
「二人とも、トレーニングは一旦中断だ。準備をしておけ」
「じゅ、準備? それってもしかして……」
「ってことはもう着いたってわけか?」
「まぁそうだな。光の聖癖剣協会日本支部……今はその敷地内を移動している。もう間もなくすれば建物に到着するだろう。さっさと汗を流して身なりを整えておけよ?」
どうやらその通りらしい。遂に俺たちは日本支部に到着したようだ。
敷地内を車で走ってるってことは、結構広い土地を有してるんだろう。まぁ世界を裏から守る大組織の支部なんだし、それくらい有って当然だが。
「それにしても支部ってどんな感じなんだろう。やっぱり軍隊みたいな感じなのかな?」
「別にそこまで堅苦しい場所じゃないぞ。大まかに言って大学のような感じだとイメージすると良い。土地こそ何十倍も広いがな」
「俺大学とか行ったことないからそういう例えが分かんないんだけど」
高卒の俺にその例えは具体的に感じねぇよ……。大学の敷地ってどうなってるかも知らないのに。
でもまぁ、とにかく広い敷地に建物があるんだろ。それだけは分かったぜ。
そいじゃ、車が停まるまでの間にやることやって準備を進めていく。
いよいよかぁ……。おお、何か俺も緊張してきた。こういうドキドキって何か久しぶりだな。
支部にはどんな世界が広がっていることやら。
所属の聖癖剣士たちはどういう感じなのか、そもそも元老院じゃない上層部がどんなものなのか──そういう不安もあるけど、とにかく今は目の前のことに集中する。
俺とて剣士。先輩方や上司らに失礼をしないよう接することを心がけて置くぜ。
†
そしてメルが到着を知らせに来ると、それと同時に俺たちも車を出た。
どうやら今は地下駐車場みたいなところにいるらしい。閃理の案内に従って俺たち四人は支部拠点へ移動をし始める。
「まず支部長に挨拶をしに行く。その後に所属の剣士たちに会ってもらう」
「そりゃまず最初はお偉いさんからだよな。大丈夫? 俺の髪型変な感じになってない?」
「顔が変」
「嘘でもひでぇや」
顔を指摘されちゃどうしようもないだろ……。
冗談であってもそれは失礼ってんだぞ、メル。親しき仲にも礼儀ありってことわざ知ってるか?
でもまぁ、俺とてその程度のことでいちいち腹を立てる人間じゃない。無用な諍いを作らないのが俺流だ。気にしない気にしない。
仲間の冗談はさておいて、エレベーターに乗って上層階へと移動。長い待ち時間を経て、チーンという音と共に開かれるドアを潜り抜ける。
「ここが支部の中か……」
ふむ……確かに何というか普通のオフィスって感じ。今のところ他の職員も見当たらないし、むしろちょっと静かすぎる気もするくらいだ。
感想に困るくらいになんの変哲もない綺麗でこじんまりとした内装である。本当に人いるのかな?
「ああ。支部本拠点内の五階に相当するここは、上層部が主に利用する」
「焔衣にも分かりやすく言うと、上司の職員室とか会議室のある場所。
だそうだ。ここは案の定上層部の人たちが働く階らしい。
むむむ……そう言われればますます緊張してきた。
この静けさはきっと職員らが会議とかで部屋に籠もってるとかそういうのだろう。
でも一方で隣の朝鳥さんはあんまり緊張してる風には見えない。
元OLだしこういう偉い人たちがいるような場所には慣れてるんだろう。ちょっとそこは尊敬するわ。
そうこうしてる内に俺たちは移動をして目的の場所にたどり着いていた。この扉の向こうに支部長っていう日本支部で一番偉い人がいるわけだ。
「取りあえず二人は支部長に自己紹介をするんだ。少々堅苦しい人物だが、変に畏まらなくてもいい」
「分かりました。こういうのには慣れてますので!」
「朝鳥さんすげぇ。俺ちょっと緊張が……」
やっぱり社会人経験は大事だな。俺、こういうことにはあんまり慣れてないから正直きつい。
うぉ……なんか元老院の面々と面接した時のことを思い出してきた。あの時みたいな失敗はしないだろうけど、流石に軽くトラウマになってるっぽいわ。
気を紛らわすために大きく深呼吸。それを見守られながらも、呼吸を整えていざ候。
「失礼します。先ほどご連絡致しました閃理・ルーツィです。例の二人を連れて来ました」
「そうか。入ると良い」
二回ノックをしてから、入室の許可を求める閃理。
……あれ、女の人の声? もしかして支部長も女性なのか?
疑問など今の時点で生まれはしても解決することはなく、そのまま扉を開けて中へと招かれる。
如何にも偉い人の仕事場って感じの部屋の奥には、椅子に座る一人の女性がいた。
他に人はいないし、あの人がここの支部長か……。
「君たちが新たな剣士か。ようこそ、光の聖癖剣協会日本支部へ。私はここの支部長を務める
椅子から腰を上げて、そのまま俺たちの方へとやってくる支部長。やはりこの人がそうみたいだ。
支部長の容姿はともかくとして、閃理からの紹介で俺たちの自己紹介タイムが即刻始まる。姿勢もビシッと正しくな。
「支部長。こちらが炎熱の聖癖剣士と覚醒の聖癖剣士になります」
「はっ、初めまして! 俺……あっ、自分は【
緊張しながらもまずは挨拶! 流石に一人称も気をつけないと。
ちょっとばかり失敗したような気もするけど、これでよし。次、朝鳥さんの番だ。
「初めてお目にかかります。【
え、何? どうしたの? 最初はやっぱり元OLだけに丁寧な挨拶から始まったかと思えば、急に色んなポケットに手を突っ込み始めたぞ。
そして途中で何かに気付き、そして硬直。おいおい、もしかして何をやらかしてしまったんだ……?
「も……申し訳ありません。前職の習慣といいますか、名刺交換の癖が出てしまいました……」
ああ、名刺ね。元OLとはいえそういうのは持ってただろうし、交換もしたことあるんだろう。
ぺこりと深くお辞儀をして素直に謝る朝鳥さん。
これはやっちまったなぁ。さて、このミスに支部長はどう出る?
「構わない。むしろ律儀な面は感心出来る。そして改めて歓迎しよう。剣士としての道を選んでくれたこと──心から感謝する。今後、間違いなくこの道を選んだことを後悔する日が来るかも知れないが、それでも屈せず戦士としての使命を全うしてほしい。君たちについては以上だ」
でも支部長はそんなことを咎めるどころか気にする素振りも見せず、淡々と話を続ける。
冷静だなぁ。まぁ変にそれをイジられるよりかは断然良いだろうけども。
話も今ので終わったっぽい。確かに終始堅苦しくはあったけど、いきなり何かをダメ出ししたりとかはなかったし、むしろちょっとしたミスを容認してくれたりと思いの外優しい人物だった。
人は見た目によらないんだな。まぁ今だけのことかもしれないけども。
「そして
「ほうしゅ……!? きょ、恐縮です!」
うおぉ、報酬ってマジに!? ってか俺たち全員にくれるの? うっわ、スゲェ!
「こちらの件も以上だ。閃理。この後の予定は?」
「はい。支部所属の聖癖剣士との対談の時間を設け、その後施設内部の案内などを行います」
「そうか。本来は私が行うべきなのだろうが、スケジュールはすし詰め状態なものでな。すまないがこのまま大阪へとんぼ返りだ。以降の案内は全て君に任せることにする」
内心報酬のことについて喜ぶ横で閃理はこの後の予定を説明し終えると、それらを聞いた支部長はそのまま書類などを纏めて席を立った。
今から大阪に行く……ってか戻るのか。ってことはもしかして俺たちのためだけに戻ってこさせてしまっていたのか? だとすれば申し訳なさでいっぱいだ。
仕事とはいえ良い人じゃん……。この人に限った話じゃないけど無礼なことは出来ないよな。
今後また会うことがあればより一層態度には気をつけていこう。
「……ああ、もう最後に一つだけ。
「ヒェッ!? は、はい!?」
「私は
俺の前に立つや否や警告みたいなことを言って、そのまま部屋を出る支部長。いやこれ……えぇ……?
緊張の糸が解れるどころか余計に張り詰められたような気がするんだが……?
「な、何か最後に嬉しいような嬉しくないようなこと言われたんだけど……」
「人間は嫉妬する生き物だ。それは聖癖剣士とて変わらん。支部長の言った通り、お前に嫉妬し認めない者がいるのも事実。そこは割り切っていくしかない」
うわぁ、マジですか……。勿論万人に好かれようとかそんなことは思っちゃいないけど、面と向かってそんな奴が実際にいると教えられれば流石にへこむ。
これから支部所属の剣士と会いに行くってのに、何か今の気分的に全然会いたいと思えないんだけど。
確かに今のは大事な話だけど、今知りたくは無かった。くそぅ、支部長め……!
「そんな心配しなくても良イ。支部の剣士、みんな良い人ばっかリ。焔衣ならすぐ仲良くなれル」
「ほんとぉ? なんか安心出来ないんだけど」
そりゃ全員が俺のことをそう思ってるわけじゃないのは分かってる。ああ、でもやっぱり怖いな。
せめて最初に会う人たちがメルの言うとおり良い人ばっかりであればいいんだけど。
憎悪の対象になる経験は俺自身初めてじゃない。
過去、龍美を行方不明にさせてしまった俺への罵詈雑言で引きこもった経験を思い出す。もっともそれは半分以上が俺の思い込みによるものだけど。
でも嫌な思い出だ。まさかここでそれを思い出すなんて思いもしなかった。
手柄を立てるってのは何も良いことばっかりじゃないな。今それを学んだわ。
「何はともあれ行くぞ。全員がお前と一目会うのを心待ちにしているんだからな」
「焔衣、有名人。会いたいって思ってる人、いっぱいいル。多分手合わせ願おーって人もいるかモ」
「余計嬉しくないんだけどそれ……」
ちょっとナーバスな気分になってるけど、今はとにかく行かなくては。
それに落ち込むにはまだ些か早いし、マスターとの約束も破るわけにはいかない。焔衣兼人、気合いを入れ直して行くぜ!
次なる目的地は支部所属剣士たちが待つ一階へ。
ほんと、何事もなければいいんだけど……メルの言葉を信じるしかない。良い人たちであれ!
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