第百三癖『覚醒める太陽、刹那の真価』
「でああああッ!」
これまでの剣士人生において、私は今間違いなく一番全力を尽くして戦っている。
相手は二人の闇の剣士。シールドを自在に展開するモナカと影の手を操るシャドウ。そいつらと一対二の真剣勝負中。
正直不公平だと思ってるけど、私がここで頑張らないと他の皆に迷惑がかかる。
だから弱音や文句を吐く暇なんて無い! 全力を出してあいつらをぶっ潰すだけよ!
「チッ、この女……。いきなり強くなるとはどういうことだ」
「同意します。最初の打ち合いよりも明らかに力が上がっています。聖癖章も使ったわけではないのに何故……」
攻めや防御、全ての動作に全力を注ぐ私に敵二人はたじたじ。
何せモナカのシールドは展開しても叩き切って、シャドウの影は捕まったとしてもすぐに引き千切ってやってるんだから。
込み上がる怒りのパワーは凄まじい……と、言いたいところなんだけど、実はこれにはタネがある。
最初に捕まった時、怒りの感情と同時にどこか別の場所から不思議な感覚が身体に入り込んでいるのを感じ取っていた。
そして、それに似た感覚をごく最近……いや、むしろほんのちょっと前に受けていたの。
それは出撃前に
つまり、この結界の外には朝鳥さんたちがいる。見えない場所から私を応援してくれているんだ!
しかも敵にはまだ存在を勘付かれていないみたい。バレる前に全部終わらせる!
「はあッ!」
「シャドウさん!」
「ぬうぅ……!?」
瞬間、
鍔迫り合いへ移行──なんてさせない! 私はそのまま剣腹に刃を滑らせてシャドウ本人へより近付く。
最接近の鍔迫り合い……と見せかけて空いた左手のパンチ……だと思うじゃん?
ふふ、剣ばかりに頼った戦い方はド素人のする戦い方だって学んだ以上、こんな幼稚なことはしない。
やるならもっと徹底的に! 折角ならこのままダウンを取ってやるつもりよ!
「食らえ!」
「おぶぉ……!?」
こっちが本命。パンチじゃなく、金的!
二重フェイントで男の急所に一発蹴りをかましてやったわ!
この不意打ちは見事に成功。いくら剣の補助分の頑丈さを与えられているとはいえ、痛いもんは痛いに決まっている。
それを表すようにシャドウは呻き声を上げながら数歩後ずさり、それでも根性で痛みに抗うも耐えきれずに膝を落とした。
男なら大事なトコにはしっかり意識を向けておかないといけないんじゃない?
ましてや真剣勝負中ならいつ狙われてもいいよう対策くらい立てておかないと。
「ハッ、ざまぁないわね! 今ので潰れたんじゃない?」
「ぐ、ぎ……貴様ぁ……! 不意打ちで、しかも金的を狙うとは……」
「そうです、今のは流石にやりすぎです! なんてゲスな真似を……!」
ゲスとかあんたらが言えた台詞じゃないでしょ?
心の中で突っ込みつつ、無言のまましたり顔を浮かべて余裕たっぷりのフリをしておく。
これだから体外露出してる臓器は嫌ね。そこを叩けば効果抜群なわけだし。
女にはそんなもろ出しの弱点なんか無いから、こういう時ばっかりは女に生まれて良かったと思うわ。
「なぁに? これでお終い? だとしたら闇の増援なんて大したこと無いのね。フラットを相手した時と比べれば本当に雑魚同然って感じ」
「言わせて、おけば……ッ!」
相手の平常心を崩すには挑発が有効的って学んでるから、躊躇うことなく実行。
現に不意打ちで急所を強打したシャドウは見えづらい顔に怒りの表情を浮かべていた。
横のモナカもさっきまでの慈悲深い(笑)表情から一変、異端者を見るような険しい目つきで私を睨みつけている。
効いてる効いてる。朝鳥さんによる多重強化もあってか、今の私は負ける気がしない。
もしかしたら勝てるんじゃない? 少しくらいそう思っても許されるでしょ。
「ぬぅぅ、許せん! 必ず奴を倒すぞ、モナカ!」
「今回ばかりは血を流さない戦いは難しいと判断するべきでしょう。神の教えに背くことになってしまいますが、致し方がありません」
すると何やら小さく耳打ちし合ったと思えば、二人は立ち上がって剣を同時に構えた。
一体何をするっていうの? イヤな予感はするけど、どうせ大した結果には──
【悪癖開示・『手フェチ』! 手に帰す悪癖!】
まず最初に発動したのはシャドウの悪癖開示。順々に使って私を追い詰めるつもりかしら?
とはいえ私だって二本の剣から力を与えられているようなもの。油断せずに迎え撃てば……。
「何するつもりか知らないけど、今の私になら簡単に避けられ──きゃっ!?」
そう思って咄嗟に動こうとした時、変化はすでに始まっていることを悟る。
地面を蹴ってこの場から退避……しようとするけど、ぐいっと何かに引っ張られてそれを阻害された!?
い、一体何が!? 反射的に足下を見やったその時、私を邪魔した物の姿が明らかに。
「んなっ、私の影から手が……!?」
それを視界に入れた瞬間、鳥肌がぶわっと立った。
太陽に照らされて映る私の影から、複数もの影の手が伸びて足をがっちり捕らえていたからだ。
底なし沼の亡霊が私を引きずり込もうとする──そう例えるべきホラー映画の中みたいな技ね。
とにかく今の私は自分の影のせいで動きを封じられた。
正直言って完全に想定外……まさか私の影も操ってくるなんて、思いもしなかった。
そんな不意を突かれた私に技の主であるシャドウは一歩踏み出して言葉を投げかけてくる。
「影手潜伏──。権能の範囲内のあらゆる影から影手を創り出せる。もっとも、開示攻撃でしか使えないのが難点だがな」
「はっ、自分の技を教えるとか。動きを止めたからって余裕ぶっこいてると逆転されるかもよ?」
「その心配には及ばん。今ここで、お前は終わるのだから」
はぁ? 私がここで終わる? 何バカなこと言ってるの?
そんなハッタリ通じるとでも思ってるのかしら。こっちは
あんたらが思っているようなことになるはずが──
【悪癖開示・『シスター』! 祈りし悪癖!】
「食らいなさい! 障壁展開・
すると次の悪癖開示の音。その瞬間、シャドウはその場から退避すると、剣を構えて技を放とうとするモナカの姿が見えた。
そして、私へ向けて判子状に形成したバリアを突くように解き放つ。
まずい、避けられない──そう思うのも束の間、
影の手の拘束さえもぶち破る勢いで衝突したそれは、ドォンという衝突音と共に外を区切る結界を一瞬黒くさせる。
「あ、が……」
きっと車に真っ正面からぶつかって、そのまま壁に圧し潰されるってこんな感じなんだろう。
剣士だから身体の原型は留めてるとはいえ、もしそれが無かったら本当に潰されてたかも……。
そう思うに十分な威力だった。壁と技に挟まれた私は一瞬にして瀕死の状態へと追い込まれてしまう。
壁に押しつけられた状態から解放され、その場に力なく倒れ込んでしまった。
「よし、上手くいったな」
「この技は直撃してしまうと残酷な結果になりがちなのであまり使いたくはなかったのですがね……。今回ばかりは仕方がなかったのです。申し訳ありません」
倒れた私を見てか、どことなく嬉々とした声で作戦の成功に喜ぶシャドウ。
一方のモナカは少しだけ申し訳なさげにしながら、小さな声で謝る。
やばい。全身が痛くて動けない。けど意識はきちんとあるから二人が近付いてきているのが分かる。
動けるか、私? ……いや、無理そう。衝突の衝撃は思いの外ダメージとして大きい。
声も出ないどころか呼吸すらしづらい。もうこんなに早くピンチが来るなんて。
くそっ、調子に乗るといつもこうだ。私の悪い癖、必ず直さないと今後も同じ目に遭うかもね……。
動けない中で思考は後悔ばかりを繰り返す。その間にも闇の剣士は近付いてくる。
このまま私はどうなるんだろう。なんか心配になって怖くなってきちゃった。
シャドウは最初私を殺すつもりでいる感じだったし、恨みを買うようなこともしたから本当に何されるか分からない。
「さぁ、この女をどうしてやろう。散々手こずらせた分、相応の仕打ちをするべきか?」
ついに足音がすぐそこまで来た。シャドウの独り言もはっきりと聞こえるくらいの位置だ。
私はもうここまでかな……。万事休す、敗因はまた慢心かもね。
命乞いさえも呼吸がきつくて出来ない。もはや諦めるしかない、そう思っていた矢先のこと。
どんっ、という音が耳に届く。それが最初、何の音なのか全く理解出来なかった。
「今のは……?」
「鹿か何かがぶつかったのでしょうか? 何者かが大結界を攻撃した可能性もありますが、逃げられた剣士は全員次の所へ向かったはずなのでわざわざ戻ってきたとも考えにくいですが……」
近くにいる闇の剣士にもそれは聞こえたようで、結界を展開した張本人であるモナカも誰による攻撃なのか見当もつかず不思議に思っているっぽい。
まさかとは思うけど……あの人じゃないわねよね?
ある人物の姿を脳裏に思い浮かべている間にもドンドンと壁を叩く……いや、殴る音は音量と勢いを増していく。
うつ伏せになって動けない私にはよく分からないけど、音がする度に結界全体が黒くなって空が点滅しているのが分かる。
明らかにこれは人為的なもの。敵もそれに気付いているはず。
そして六回目の音が鳴った瞬間──何かがひび割れる音が結界内に響いた。
「七連……お
静かな叫び声が結界の外から耳に届く。それと同時に結界全体が完全に黒に染まる。
そして粉砕。雨のように落下して消える結界の破片と共に、太陽の光は再び私へと降り注がれた。
「なっ、大結界が!?」
「今の声は……もしや新手でしょうか?」
闇の剣士も突然の出来事に焦りの色を隠しきれていない。私だってそれは同じこと。
ただ一つ分かっているのは……この崩壊はたった一人の剣士が引き起こした現象だってことを。
「日向さん! 大丈夫!?」
「あさ、どりさ……ん?」
割れた結界の外から一人の剣士が透明化を解除して走ってくる。
動かすのもつらいけど、私は首の向きを何とか変えてその人物を見る。
やっぱり……。朝鳥さんが来たんだ。本当に近くでサポートしてくれてたんだ。
でも駄目。いくら初戦で闇の剣士を三人倒した経験があって、今は第三班所属でもモナカとシャドウの二人組には勝てない!
自ら危機的状況に乗り込むなんて無謀過ぎる。そもそもサポートに徹するよう言われてたのに。
私が言える台詞なんかじゃないだろうけど……この参戦は認められない。私の二の舞になるだけだ。
「む、こいつは……。貴様、朝鳥強香だな? 姿が見えないから戦闘に参加していないと思っていたが、まさか自らやってくるとはな」
「この方が例の……?」
所属が違うモナカは別として、シャドウは朝鳥さんのことを知っているらしい。
そりゃ姿を現さなかっただけで、現場にはフラットの影になって潜んでいたらしいし当然か。
「うわ、近くで見れば本当に忍者っぽい。えっと、確かあなたはシャドウ……だっけ? 私の仲間にを傷つけたことは許さないから!」
何やら自信でもあるのか、威勢良く啖呵を切る朝鳥さん。でも私……そして敵側もそれを見逃さない。
「そうは言うが足を見てみろ。自分のな」
「へ? ……あ。いや、これはただの武者震いだよ! あなたたちなんか怖くないんだから!」
指摘されたのは朝鳥さんの足。その内股気味の両足はぷるぷると震えていた。
言われてようやく自身の変化に気付いたのか、足を締めて震えを誤魔化すように言い訳する。
やっぱり本人も分かってるんだ。闇の剣士二人に挑むのが無謀だって。
倒れる私のために無茶をさせてしまっていることを改めて知り、心が締め付けられる感覚に陥る。
年上だけど剣士としては私が先輩。なのにこんなみっともない姿を晒した上に身を挺して守られるなんて……。
穴があったら入りたいってことわざはこういう時に使うんでしょうね。自分自身のふがいなさで死にたくなってくるわ。
「勝負だ、闇の剣士! この一ヶ月間の指導で培ってきた全てをぶつける時。私の全身全霊を込めて──あなたたちに戦いを挑む!」
「だ、め……。朝鳥さ……」
そうこう自己嫌悪に陥っていたら朝鳥さんが本気で挑もうとしていた。
早く止めないと……そう思って声を出すけど、ダメージの影響で全然声が出ない。
このままじゃシャドウの影に捕らわれてどんな目に遭わされることやら……。
剣士になったばかりでまだ一般人とそう変わらないあの人の手なら、手フェチの変態野郎に目を付けられて────
うわっ、やばい。自分のことじゃないのに考えただけでめちゃくちゃ寒気がした。
朝鳥さんには不快な思いをしてほしくない。一瞬そんな強い気持ちが沸き立ったところでまたも変化が。
【聖癖開示・『ボテ腹』! 孕む聖癖!】
不意に側で鳴る開示攻撃の音声。その瞬間、身体中にまとわりつくような鈍く強い痛みがすっと引いていくのを実感する。
これは……? と思うのも一瞬だけ。すぐに何の力なのかを理解した。
「日向さん、大丈夫? 痛くない?」
「その声は……孕川さん? 近くにいるんですか!?」
今度は私の様子を窺ってくる声。それは案の定サポート組であるはずの孕川さんの物だった。
こっちは朝鳥さんと違って透明化は解除していないからか姿は見えないけど。
「あなたがやられそうになったのを見て放ってはおけなかったの。命令を破ったのは本当にごめん。朝鳥さんが気を引いている間に回復させるから、もう少しだけ待ってて」
そう言って治療に戻る孕川さん。身体は軽くなってはいるけどまだ完全じゃないらしい。
ありがたい。でも正直言ってとても複雑な心境だ。
だってほんの数日前に会ったばかりのくせに、こうして二度もお世話になって困らせてしまっている。
これじゃ名誉回復どころか汚名挽回じゃないの。
許せない……敵もそうだけど、何より情けない自分自身が。
余裕ぶっこいて慢心してしまう私の悪い癖。反省はしたつもりでもそう簡単に直るわけないわよね。
「んにゃろぉぉぉ……! 絶対許さないんだから……!」
「ちょ、まだ治療は終わってないって! 全身を強く圧迫されたんだから、いくら剣士でも無理に動くのは危険だよ!」
「でも朝鳥さん一人じゃ……」
今度こそ自分自身の弱さに向き合う時。そう思い立った私は鈍く痛む程度にまで回復した身体を無理矢理立ち上がらせようとする。
これには流石に孕川さんから指摘を受けるけど、そんなこと今はどうでもいいの。
朝鳥さんを一人には出来ない。戦わせるのならせめて二対二でしないと……。
でも決死の思いで立ち上がった時にはすでに朝鳥さんと闇の剣士の戦いは始まっていた。
「貴様はキャンドルを倒したそうだな。あの女、性格は些か良くないが第七グループではそれなりに強い剣士だった。それを撃破した力、俺にも確認させてもらおう!」
高らかに言葉を発するシャドウ。朝鳥さんの実力をその目で確かめるつもりなのかしら?
だとすればマズい。入って一ヶ月の新人が何分、いや何秒も持つかな……?
そして発動される悪癖開示。まさか、また人の影を操るつもり!?
「うっ、さっき日向さんにしてた技……。ひえぇ、気持ち悪い……」
予想に違わず朝鳥さんの影から複数の手が伸びて身体を拘束し始める。
あっという間に足、胴体、腕と黒い影の手で縛り上げてしまう。あれじゃ一歩も動けない。
やっぱり助けに行かないと──そう思った、次の瞬間。
「えいっ」
「なっ……!?」
気の抜けた掛け声と同時に影の腕はブツっと軽く引き千切られてしまう。
これには私は勿論のこと発動者のシャドウ、おまけにモナカも絶句。
空は
にも関わらずまるで綿菓子で出来たひもを裂くように影の手はあっさりと千切れてしまった。
足や胴体も同様。本当に初めから何にも囚われていなかったように、いとも容易く突破してしまう。
「えっと、今のって本気? 見た目は気持ち悪かったけど、思ったより力は強くないんだね」
「さっきの女でさえ引き剥がすのに相当な力を使っていたんだぞ!? 何故空気を切るように千切ることが出来たんだ……!?」
あまりにも予想外な展開になり、シャドウは自慢の影の手があっさり攻略されてしまったことに疑問を抱かざるを得ないみたい。
こればっかりは同じ意見ね。私は強化を受けてようやく影の手を突破出来たのに、朝鳥さんは何もしていな……いや、違う?
何もしていないんじゃなくて、もうすでにしているのかも?
「
「当然だ。フラット様がお気に召した剣士候補の詳細を知らないわけがない」
「うわ、やっぱ私の個人情報って筒抜けなんだ。ちょっとイヤな気分。まぁそれはこの際置いておくけど」
若干嫌な顔をしながらも朝鳥さんはポケットに手を入れてある物を取り出した。
それは色を失って崩壊しかけている物体。それが何なのかはすぐに判明する。
「これ、この前初めて作った聖癖章。でも正直言って出来が悪くってね、何回か使っただけで壊れちゃうって言われちゃっててさ。長く使い続けれられないのなら……ここで
「まさか貴様、解放撃を使ったのか……!?」
軽く握ると砂状となった聖癖章。それを地面に落としながら説明する。
えっと要するに朝鳥さんは今、潜在聖癖解放撃を発動している状態ってこと?
口ではああ言ってるけど、つまりは私を助けるためにリスクのある技を使わせたのね……。
うぅ~……早く治れ私の身体。朝鳥さん一人に負担を掛けさせてたまるか!
「なるほど……。解放撃ならば俺の影手はおろかモナカの大結界も破壊するに事足りるな」
「ですがにわかに信じられません。
一人納得する様子を見せるシャドウだが、一方のモナカは不服な面持ちをしている。
大結界とやらは確かに閃理さんが一筋縄では破壊出来ないと評していただけに相当な堅牢さを誇っていたに違いない。
でもそれは朝鳥さんの手でいとも簡単に崩れ去ってしまった。これには流石のモナカもプライドに傷が付いたんでしょうね。
一歩前に踏み出すと朝鳥さんをきつく睨み、
「
「つまりあなたが私の相手ってことか。あと
モナカの奴……戦いは野蛮だとか好まないだとか言ってたくせに、自分の名誉に傷が付いたら怒って戦おうとしてる。やっぱりエセじゃない!
「では行きます。盾を貼るだけが
遂にモナカが動く。修道服を着ているにも関わらず俊敏な動きで接近し、
思わず目を閉じそうになったけど、そこは第三班所属。しっかりと剣を受け止めた。
そして朝鳥さんの現在の実力を思い知らされることとなる。
「ぐぉっ!? な、なんという重さ! まるで鋼鉄の壁に剣を当てているかのような……全身の力を込めても動じない、底の見えない何かを感じます。性差や身体能力、その全てを超越したような──」
「小難しいこと言いながらさり気なく私のこと重いって言うなぁ!」
激突からの鍔迫り合いとなった二本の剣。朝鳥さんの耳が捉えたワードを切っ掛けにぐるっと半回転。
金属が擦れる音と共に
「はっ!? ぼ、防御──」
「お
あろうことか朝鳥さんは剣を捨て、腰を低く落としてからの右手で刺すような突きを繰り出した。
モナカは咄嗟にシールドを貼るものの、貫手はそれをあっさりと貫いて直撃する!
「こぉッ…………!?」
権能による防御さえ打ち破る威力の突き。それの直撃を食らわされて無傷でいられるはずがない。
流石の聖癖剣士も胴体にめり込むほどの貫手を食らったのは痛手のようで、痛ましい呻き声を上げてその場に固まってしまった。
嘘でしょ、朝鳥さん。メイディさんが考える剣以外の手段を普通に使ってる……!?
え? ちょっと待って。権能ありきで心盛先輩の指導を受けてるとはいえ、何か想像より強くない?
「ご、おォっ……んな、はずで、は……!?」
「ん? 何か温い……って、ぎょええ!? 血、血だ!? ご、ごごごごめんなさい! うわああ、もしかしてやっちゃったぁ!?」
そしてさらに今の攻撃は本人にとっても予想だにもしない悲劇を招いていたみたい。
朝鳥さんの貫手はあろうことかモナカの腹を貫通してしまっていたらしい。
自分のしたことに気付いて慌てて腕を抜く。当然その手には赤い血がべったりと付着していて、貫手を放った本人の顔が真っ青になった。
うわぁ……これは流石にドン引き。ちょっとやりすぎじゃない?
それはそうと大結界を破壊し影の手をあっさり突破、さらにはモナカの腹を串刺ししての一撃KO……。
予想外の展開が続いて何が何だか分からなかった。少しだけ頭がショートしてたんだと思う。
もしかして朝鳥さんって強い? この時はそうとしか考えられなかった。
「モナカ! くそっ。朝鳥強香、貴様ァ!」
「ひょえぇぇっ、今のはわざとじゃないよ! 事故だよ事故! ここまでする気は無かったんだって!」
そして地面に倒れて動けなくなってしまったモナカと変わるようにシャドウが参戦。
しかも最悪なことに血が付いた自分の腕を見てしまった朝鳥さんは、へっぴり腰になって動けなくなっている。
いくら影の手を引き千切れるほどの力があるとはいえ、この状況は明らかに不利。こればっかりは私の力が必要そうね!
「……よし、日向さん。身体はもう大丈夫なはず。頑張って!」
「分かった! ありがとうございます!」
おっ、このタイミングで完全に回復したみたい。確かに最初の時くらい身体が軽い気がする。
孕川さんに一言感謝を述べつつ、私は今にも朝鳥さんへ襲いかかろうとするシャドウをどうにかするべく猛ダッシュで駆け寄っていく!
「させるかぁッ!」
「ぐふぅっ……!」
私は奴へ向かって飛び膝蹴り。朝鳥さんへ意識を集中させてたせいか、接近に気付かれることなくクリティカルヒット。遠くへと吹っ飛ばした。
どしゃっと地面に転がされたシャドウ。はっ、ざまぁないわ。
でも、こんなんじゃ私の気は済まないんだから!
「ひゅ、日向さぁ~ん……」
「大丈夫ですか──の前に朝鳥さん! いくら敵とはいえやりすぎ! 何で手加減しなかったんですか!?」
「ごめんなざいぃ……。実は
情けない声で私の復帰に安堵する朝鳥さん。助けてもらった手前、こんなこと言うのも何だけど本当にヒヤヒヤさせられた。
それはそうと訳を聞いてみれば本人曰く力の加減がまだ不完全とのこと。
そういえば剣士になった初日に閃理さんをぶっ飛ばしたって言ってたっけ?
なるほど、要は強いわけじゃなく暴走してるも同然って感じなのね。おまけに解放撃も発動中なら制御出来るはずないか。
「こ、この暴力女、お前まで戻るかぁ……!」
「シャドウ! 朝鳥さんにはもうこれ以上戦わせない。改めて私とあんたで一騎打ちよ。今度は一対一で正々堂々戦え!」
私の復帰に不満気な声で悪態をつくシャドウ。不意打ちのダメージはそう小さくはないはずなのによく耐える。
でも好都合。完全に回復した今の私なら奴を倒せるだけの自信がある。今度は慢心じゃない、確信をね!
絶対に勝てると踏んで、私は剣士らしく一騎打ちを奴に望む! この戦いを終わらせるために!
「望むところだ。朝鳥強香の前では俺の影手は効果が薄いが、お前なら俺一人でもどうとでも出来るッ!」
「言ってろ変態手フェチ野郎!」
私が相手になると言って途端勝ち気になりやがって……! 私もナメられたもんね。
なら──その人を舐め腐った考えを断ち切ってやらなきゃ。それが筋ってモンでしょう?
【悪癖暴露・
「食らえ、暴力女!
そして先んじてシャドウの悪癖暴露撃が発動。
自身の影に剣を突き立てた途端、この森を形成する木々が落とす影から無数の手が造られていく。
瞬く間に戦場を支配する影の手の群。周囲の木々は完全に埋め尽くされ、気付けば太陽さえも隠しきって真夜中同然の暗さになっていた。
大結界の代わりと言わんばかりに覆い尽くしたってわけね。結構想像以上の技を使ってくるじゃない。
いくら暴露撃とはいえ、私の一番強い技を使ってもこれを返せるかどうか……。
「日向さん! 剣、剣を貸して!」
「へ、急に何? 剣を貸せってどういう……」
「お願い!
しかし、こんな状況で唐突に朝鳥さんが何か言ってくる。
いや、でも迷ってはいられない。あの影の手を捌ききらないと負けは確実。
一か八か……やってやる! もし何も起こらなかったら、その時はその時だ。
「……分かった。朝鳥さん、お願いします!」
「うん、任せて!」
私は
一体何をするつもり……? 不安と焦燥に耐えながら、その行く末を見守っていく。
「お願い、
【聖癖暴露・
聖癖暴露……からの切っ先を
その瞬間、
「何だ……何の光だ!?」
あまりに突然な発光は闇に覆い尽くされた世界を明るく照らし始める。
まるでそこに新しい太陽が生まれたかのような──とても暖かで優しい光。
何だろう……この感じ、今まで私が感じてきた力とは一線を画しているような気がする。
多分、この力は──メイディさんが言っていた
「ありがとう、朝鳥さん。これなら奴に勝てる……! 勝ってみせる!」
止むことのない輝きを放つ
握る柄が熱い。ここまでの熱を感じたことなんて今まで一度も無かった。
本当に真の力を解放したのかもしれない。そう思うには十分過ぎる現象を体感している私は、異様なほどの自信に満ち満ちている。
一歩踏み出す。それだけで全身から未知の力が溢れだしていく。
体内を駆け巡っている
「何が起きたかは知らんが、ただ光が強くなっただけで勝てる気でいるな暴力女!」
「うっさいわね。さっきから暴力女暴力女……私にはきちんと名前があるってのよ」
私の異変に吠えるシャドウ。そういえば私、あいつに自分の名前を名乗って無かったっけ?
なら丁度良い。知ってか知らずかは分からないけど、あの変態手フェチ野郎に敗北と一緒に私の名前を突き付けてやろうじゃない。
まず準備運動がてら
敵の位置は今のであらかた割り出せた。次はそこで向けて……走り出す!
「来るか! これで終わりだ、暴力女ァ!」
私の動きに反応して向こうも動き始める。
輝きを放っているとはいえ暗闇の中であることは変わらない。無数の手が私に向かって伸びてくるのが見えた。
通常攻撃や開示攻撃の時とは物量が違う。でも今の
「はあっ!」
再び一閃。今度は光の軌跡は散ることなく衝撃波となって上から迫り来る影の手を消し去った。
やっぱり……振った感覚が全くの別物。まるで新しい剣を手に入れたみたい。
でもこれは
いつか私は自分自身の力でこの強さを引き出してみせる。今はその前借り……ちょっとズルいけどね。
【聖癖暴露・
さぁ、
「聖癖暴露撃────ソルフレア・プロミネンス!」
不意に脳裏を過ぎったそのワード。これが私の即興ネーミングなのか、
ただ、それを口にして振り払った剣は今まで出したことのないような猛烈な熱と光を放って影に閉ざされた世界を払拭させた。
撃った瞬間、凄まじい光量が私自身の視界さえ潰したから具体的な内容はよく分からない。
ただ、その辺一帯の影という影は光によって塗り潰されたのは間違いなかった。
「んなっ……、なんだとおおおおお──ッ!?」
何せ聞こえたのはシャドウの悲鳴。『影』の権能なんだし、影が消えたらどうにもならないよね。
光が全て止んだ時、剣を振りかぶったままの私はようやく目を開ける。
そこにはもう敵の暴露撃で支配した影の世界はなく、森を切り開いた空間に太陽が降り注ぐ日中の景色に戻っていた。
「……勝った、のかな」
その台詞を溢す切っ掛けになったのは、目と鼻の先に倒れる黒装束の男が見えたから。
胴体に浅くも焼き刻まれた傷跡。
気付けば私は奴の近くへ歩き始めていた。
別にこいつの命の心配とかをするわけじゃなく、さっきの宣言を果たす以外の考えは一切ない。
「どう? これが私“太陽の聖癖剣士”である日向燦葉の力よ。覚えときなさい、変態手フェチ野郎」
ふふっ、言ってやったわ。聞こえてるかどうかは知らないけど私のことを舐めてた報い、きっちりと受けてもらったから。
これで私たちが相手にする闇の剣士は全員倒せた──それを改めて認識したら、急に身体から力が抜けて倒れてしまった。
まぁ、こうなるのもわけないか。一時的に真の力を引き出したんだから、慣れない力に体力を奪われたんでしょうね。
でも……なーんかスッキリした気分! 敵を倒した手前不謹慎だけど、ざまぁみろって感じ!
「日向さん! 大丈夫? 生きてる?」
「スゴい光だったね、今の。まるで太陽が直接目の前に現れたみたいな……あ、今の表現我ながら良い表現だな……」
ここで朝鳥さんと孕川さんがやってきた。
忘れてたわけじゃないけど、あの暴露撃の余波とか受けてないのか今更心配になる。
でも今は人の心配よりも、自分自身の達成感を誰かと共有したいっていう気持ちが勝っていた。
「勝った……勝ちました! 力の前借りだけど、
「うん、そうだね!
もう一人のMVPである朝鳥さんは
私の勝利は能力強化による剣の強化が大きい。私からも感謝を伝えたいくらいよ。
回復も同じ。もし完全に回復出来てなければ途中で倒れてたかも。孕川さんも陰のMVPね
改めて脱力して地面に伏す私。他のところも心配だけど、今は疲れを癒したい気分。
不利を覆しての勝利なんだから、次の場所へと向かう前に少しくらい休憩しても許されるわよね。
こうして私たち三人は軽く休息を取ってから他の剣士たちの応援に向かって行くことにした。
実は休憩中にちょっとだけ予想外な出来事が起きるんだけど……今は割愛。
結果的に悪くない成果を得たことだけは言っておくけど。
休憩を終えると、閃理さんから借りた『メスガキ聖癖章』を頼りに次の場所へ。
その先に何が待っているのかは分からないけど……何かしらの助けにはなるはず。
きっと大丈夫。私だって勝てたんだから、他の皆だって
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます