第百二癖『敵を穿ちて、先行く場所へ』

 第一フィールドで戦う私たちは──予想に裏切らず苦戦を強いられていました。


「これでも食らいなさい!」

「そんな攻撃、効くかなのだー!」


 私は氷の塊を撃ち出すも、新たに現れたバイツはその顎門あぎとでいとも容易く噛み砕いてしまいます。

 聖癖剣あっての力とはいえ、氷牙ひょうがの氷を噛み砕けるなんて……。流石に異常と言わざるを得ません。


 いえ、むしろ驚くべきなのは敵の攻撃を口で迎え撃つということ。このような行為を平気で行うとは、その度胸も尋常ではありませんね。


「やはり応援に来た剣士なだけのことはあります。あなたは強い。侮れません!」

「気付くのが遅いのだ。これでもクラウディ先生のところで勉強も剣士の訓練も積んでるのだ。弱くあってたまるかなのだ!」


 悪癖円卓マリス・サークル直々の指導を受けていれば尚更ですね。推定年下だからと言って、舐めてかかるつもりは始めからしていませんが!


 今やり取りの間にも戦況は次々と進んでいきます。

 接近しては次々と噛み付こうとしてくるそれはもはや狂犬。剣ではなく己の顎門で戦うとは流石に予想外の戦い方に困惑させられるというもの。


 バイツの剣の能力は恐らく『咬合力こうごうりょく』でしょう。

 呼んで字の如く噛む力を指すそれですが、先ほどメラニーさんの暴露撃を噛み砕く力を見せつけられている以上、単に力を増すだけではなさそうです。


「ちょこまかと逃げるななのだ! こーなったら……」



【悪癖リード・『ヤンチャ』! 悪癖一種! 悪癖孤高撃!】



 するとここでバイツは悪癖リードを選択。一つの聖癖章を読み込ませ、それをすかさず承認。

 一体何の権能を使うというのでしょう。慎重にいかなければ……!


「これでも食らうのだ! ぶふぅ──ッ!」

「これは……?」


 大きく息を吐きかけるバイツ。これだけでは何をしたのか全く見当が付きませんが、何かあるのは確実のはず。


 そしてガシガシと空を噛む動作を数回すると、そこから何故か火花が飛び散ります。

 嫌な予感──それを感じた瞬間に私も動く。


「ガブガミボムボムなのだァ!」

「くっ──」


 その瞬間、バイツと私を挟んだ中心の空間が突如として爆発。


 咄嗟に氷の壁を展開していたことで直撃はかわせたものの、それでも衝撃の勢いで壁は粉々に砕け散ってしまいました。


 まさか『爆発』の権能とは……。まさか今の息を吹きかける行為は目に見えない燃焼物を吹き付けたのでしょうか?


 相当危険な聖癖章も所持しているようで、一層油断が出来ませんね。


「これで終わらないのだ! 吹っ飛ばされろー!」

「まだ続きますかっ……!」


 あの威力だったにも関わらず、バイツ本人へのダメージは皆無。おまけに権能の持続時間が切れるまで爆発噛み付きを続行させるつもりのよう。


 先ほどよりも威力は随分落ちているものの、爆発という現象自体の攻撃範囲は広い。故にそう近付かれなくとも下手をすれば当てられてしまうでしょう。


 下手に背中は向けられません。バイツをしっかりと見ながら私は後ろ向きで距離を取っていきます。

 しかしこのフィールドは足場が相当悪く、無造作に薙ぎ倒された倒木がとても煩わしい。


 気を付けて進まなければ──最悪の状況へと自らを陥れかねない!


「──あっ!?」


 そして、一抹の不安はすぐにやっきます。後方へのジャンプをした瞬間、踵に当たる障害物の感触。

 次の瞬間には私は倒木に足を引っかけてしまい、そのまま地面へと尻餅を突いてしまいました。


 まずい──この状況をすぐに理解した時には、もう危機は目の前に迫っています。


「もらったのだァ──!!」


 眼前に迫るバイツの爆破噛み付き。直撃を食らえばいくら剣の加護付きといえどもただでは済まないでしょう。


 でも──対処法は見えています! こちらも一か八か賭けるだけのこと!


「はぁっ!」

「な──ぐがッ!?」


 脅威が迫ったその瞬間、私はバイツの口に氷牙ひょうがを横向きのままあてがわせます!


 これにより剣に噛み付く形となったバイツ。私の予想は正しかったようで、上顎と下顎が合わせることを阻害されたためか、やはり爆発しない。


 顎を打ち鳴らすことが権能発動のトリガーであれば、顎を鳴らさせないようにするのがベスト。氷牙ひょうがには少々申し訳ないことをさせてしまっていますが。


「あがが。は、はじゅしゅのら……!」

氷牙ひょうがの刃に直接触れているのに欠けの一つもしないとは……咬號こうごうの加護は顎の力だけでなく歯にまで影響を及ぼすのですね」


 氷牙ひょうがによるストッパーはかなり効いている様子。顎が全開の状態でいるのは流石にきついのでしょう。


 そういえば暴露撃の時に前歯が折れたと言っていたにも関わらず確認出来る範囲ではそのような痕跡は見られないですね。


 テンタクルもすぐ生えると言っていたのでもう生え変わったのでしょうか? 中々珍妙な福次効果……いえ、敵の物珍しい力に興味をそそられている場合ではありませんでした。このまま仕留めます!



【聖癖開示・『クーデレ』! 凍てつく聖癖!】



「そのまま氷漬けになりなさい! 凍結のエチュード!」


 氷牙ひょうがを噛み付いた状態で発動させる開示攻撃。このゼロ距離ならば致命打にもなるはず!

 徐々に凍り付いて霜だらけになる刀身。そのままバイツにまで侵食を始めようとします。


「んがっ、あ、あぐいのら。うぅ──……あんがりしたくないけど、背に腹ふぁ変えられないのら!」


 もごもごとした発音で危機的状況を察するバイスは躊躇いつつも何かをする様子。

 一体何をするというのか。勿論そんなことは許しませんが!


「させません!」

「んごっ!?」


 自身の顎を掴むバイツ。もしや剣から無理矢理外すつもりなのでしょうか?

 どんな抵抗であろうと私はそれを止めるだけのこと。謎の抵抗を制するように私は妨害にかかる。


 尻餅の状態からすぐに片膝立ちに移ると、思いっきり氷牙ひょうがを押し付けてやります!

 何をしようとしているのは分かりませんが、敵に有利を与えさせません。


 しかしかなり強めに押し込んでいるというのに、動じることなく耐え忍ぶとは何たる根性の持ち主。

 そして、謎の行動の真意がついに判明する。


「ううーっ……、うがああああッ!」


 叫ぶような声。次の瞬間ごりっ、という痛ましい音が発生。

 同時にバイツの凍結侵食しかかっていた口は氷牙ひょうがから離れてしまう。


「なっ……!?」


 これには流石の私も驚かざるを得ませんでした。

 まさか自分よりも年下であろう剣士がまさか──という行為に出たのですから。


「あがが……フンッ! ……うえぇ、やっぱ痛いのだ」

「何て人……!」


 自身の顎を外し、氷牙ひょうがの侵食凍結から何とか逃れることに成功したバイツ。

 恐らく過去に数度経験があるのでしょう。外れた顎をあっさりと元に戻してしまいました。


 縄で身体を縛られた際に全身の骨を外して脱出するネタを使う小説を呼んだことがありますが、それはフィクションの表現だとばかり……。


 度肝を抜かれたというのはこういう時に使う言葉なのでしょう。

 些か形は違うとはいえ、考えを改める必要性がありそうです。




「はっは──! 取ったぁ!」



 するとここで突然何者かの絶叫が。それはもう一人の闇の剣士であるテンタクルの声。

 まさか──と思いつつ敵の隙を突いて横の戦いを見やれば、そこにあった光景はまさかのものだった。


「うぅー、しくっター」


 すぐ隣で戦っていたメラニーさんは、あろうことかテンタクルの大蛸に捕まっていました。

 スピードなら日本支部で勝る者はいないと言わしめる人を捕まえるなんて、一体どんな手を……。


「さぁ、どうしてやろうか? 散々あーしを手こずらせてくれたんだし? 相応のやり方ってモンを味わってもらわないとねぇ!」

「うワー。怖いナー。やられちゃうヨー。Help meたすけてー


 ……疑うわけではありませんが、もしやわざと捕まったとかではありませんよね?


 普段のしゃべり方もやや棒読み気味であるため少し判別しづらいのですが……何と申しましょうか、今の声は少々わざとらしく感じたのは私だけでしょうか?


 まさか上位剣士一歩手前という実力者のメラニーさんが、そんな不利益にしかならないような真似などするとは思えません。きっと私の思い違いに──


「で、どーすんノ? メルをこの後どうするっテ?」

「は、はぁ? そりゃ……あーしの権能でそれっぽいことをして……」

「それっぽい、ってどれっぽいこト? 具体的に言わないとメル分かんなイ」


 するとメラニーさん、今し方の焦っているかどうかも怪しい悲鳴から一転、敵の考えを冷静に問い直すという行動に出始めます。


 その予想外な反応にテンタクルも動揺を隠せない模様。メラニーさんへと企む仕打ちの内容……それに言葉をまごつかせてしまいました。


 やはり捕まったのはわざとかもしれませんね……。

 敵を油断させるためか、それとも単に余裕を見せつけているだけなのかは定かではありませんが、何かしらの作戦を考えての行動に違いはないでしょう。


「じゃ、じゃああんたの身体を触手で弄んでやる! 陵辱よ、陵辱。意味分かる? 全身くまなく触手でまさぐって嫁に行けないようにしてやるし!」

「うわー怖いヨー。ハッ、Try and do it出来るものならやってみれば

「んなっ、何て言ったか知らないけどなんかムカつくぅ~……!」


 今英語で挑発しましたね。相手の方も内容までは理解出来ていないようですが挑発であるとは分かっている模様。


 それにしてもメラニーさん。あなたは一体何をしようとしているのでしょう。

 この心配がただの杞憂であればいいのですが……。



「よそ見は厳禁なのだぁッ!」



「……! しまっ──」


 するとここで私の戦況にも変化が。

 先ほどまで外した顎の調子を整えていたバイツが復活し、襲いかかってきました!


「ぐっ……!」

「腕、取ったのふぁ!」


 そして咄嗟のガード……が不幸にも間に合わず、私の左腕に噛み付くことを許してしまいます。


 これは……流石に私の不注意が招いた結末でしょう。よもや隣の戦況に気を取られて過ぎて目の前の敵から意識をそらしてしまうとは。


 今は仮にも本番の戦い。もしこれがバイツよりも格上であれば、私はここで死んでいたかも分かりません。一生の不覚に他なりませんね。


「離しな……さい!」

「離へと言われて離ふはかはいないのら!」


 とにかく今は引き剥がすのが先! 腕に食らいつくバイツの顔面を右手で押し込み別離を試みます。

 しかし『咬合力』の権能は凄まじい。いくら押しても離れるどころか肌に歯が食い込んで血が滲むほど。


 このままでは食い千切られてしまう……? 一瞬だけ思い浮かぶ先日の戦い。まさか同じ轍をここで踏むのでしょうか?


 いえ、一瞬嫌な考えが脳裏を過ぎましたが、このままでいるわけにはいきません!

 これほどまでに至近距離でいるのですから、むしろ相手も私に隙を見せているも同然。今こそが好機!



【聖癖暴露・狗冷剣氷牙クーデレけんひょうが! 聖なる氷は万物をも凍てつかせ往く!】



「あなたに恨みはありませんが、これも剣士としての定め。不用意に近付いたことを後悔しなさい! 凍結のカプリチオ!」

「んぎっ!? し、しま──」


 すかさず聖癖暴露撃を発動させた私は、周囲の気温を急激に下げ、氷塊を生成させます。

 対象は──当然バイツ! 氷漬けにしてやります!


「は、離れないと……なっ!?」

「今更離れようとしたところで無駄です。もうあなたは氷の世界から逃れることは出来ません」


 腕に噛み付いていたバイツは暴露撃の直撃を避けるべく即座に離れようとしますが──一歩遅かったようです。


 すでにバイツの足には猛烈な勢いで氷の侵食が始まっており、無理に引き剥がせば痛い思いをすることでしょう。


 後は氷の中に閉じこめられるのを待つだけ。どちらかと言えばまだ幼いと言える年頃の剣士にこのような目に遭わせるのも気が引けるのですが、これも戦い。


 不用意な接近は身を滅ぼす良い教訓となったでしょう。次に生かす時が来ればの話ですが。


「あ、あ……そんな。こんな負け方、認めたくないのだ────」


 負け惜しみの途中で氷はバイツを覆い尽くしてしまいました。完全に氷の塊に閉じ込められ、動けなくなってしまったのを確認。


 これにて状況終了──と言いたいところですが、ここからが最後の仕上げになります。



【聖癖リード・『騎士』『巨女』『高飛車』! 聖癖三種! 聖癖融合撃!】



「光の聖癖剣協会は活人の剣。安易な殺人は禁止されています……が、殺められない分酷な目には遭っていただくので、お覚悟を」


 私も鬼ではありません。このままでは氷の中で窒息するであろう敵剣士に相応の慈悲を与えましょう。


 三つの聖癖章をリードすると、氷牙ひょうがは鋼鉄を纏って巨大化。言葉として言い表すのであれば金属の棍棒のような風体へと変貌を遂げます。


 さぁ、かっ飛ばします。野球はこれでも好きな方なので──思いっきり全力で!


「鋼鉄のスケルツォ!」


 そう叫びながら棍棒と化した氷牙ひょうがでバイツが閉じ込められている氷塊をフルスイング!

 見事命中するそれは、砕けることなく空へと向かって吹き飛んでいってしまいました。


 組み合わせた内の一つ『高飛車聖癖章』は物体の飛距離を操作出来る権能。そのため壊れることなく遠くへとかっ飛ばせたのです。


「はっ、バイツ──ッ!?」


 ここでもう一人の敵であるテンタクルが今し方頭上を通った氷塊の中身に気付いた模様。


 しかし大蛸の触手で救助しようにも時すでに遅し。

 バイツが閉じ込められた氷塊は遠い森のどこかへと消えていってしまいました。


「場外ホームラン……と言ったところでしょうか」


 ふふっ、私がしたこととはいえ、なんておかしな最後なのでしょう。相手には申し訳ないのですがこれにはほくそ笑みも漏れてしまうというもの。


 とにもかくにも私の戦いは終了です。腕の噛み痕こそ血が流れてしまいましたが、この程度なら無傷も同然でしょう。


「お前──ッ! 人の仲間に何してくれてんのさ。もうこれは許されないでしょ!」


 捕まえているメラニーさんをそっちのけで怒りを露わにするテンタクル。

 なるほど、闇の聖癖剣士でも仲間意識はそれなりにある模様。味方を倒され、怒り狂っている様子。


 ですがそのようなこと、こちらには一切関係ありません。


「私への怒りはごもっともですが、今はそのようなことをしている場合ではないのでは?」


 そう私は告げると、テンタクルははっと我に返ったように自分自身が相手にしていた剣士へ意識を戻す。

 大きな触手でからめ取る女剣士……メラニーさんの全身から電流が迸っていました。


 一体何が──というのは野暮な疑問でしょう。私はそれを知っているので、ここで問い直す理由はないからです。


「甘いヨ。メルに勝てるなんて、百年早イ」



【聖癖リード・『褐色』『褐色』『褐色』! 聖癖重複! 潜在聖癖解放撃!】



 承認される解放撃の手順。どうやらわざと捕まったふりをして、敵に悟られぬよう解放撃の用意をしていたみたいですね。


 元々リスク過多な技。メラニーさんは反動を嫌っているためか滅多に使うことはないのですが、今回の敵に対し出し惜しむ場合ではないと判断させたのは敵にとって大金星とも言えるでしょう。


 もっとも、それは確実な敗北を相手に与えるということに直結するわけではあるのですが。


「な────ぎゃあああああ!?」


 そして次の瞬間、メラニーさんの聖癖剣から発せられる強力な電流が大蛸を介してテンタクルを襲います。あまりの威力に叫ぶことしか出来ない様子。


 いくら剣の加護を受けていても直撃は大ダメージ。

 その証拠に大蛸の触手は拘束を緩め、メラニーさんは文字通り稲妻の如きスピードで脱出します。


「メル、途中から何となく思ってタ。あなた、もしかしてそこまで強くないかモ」

「はぁっ!? 何、うぐ……挑発? そんな見え透いた話であーしを油断させるつもり?」


 痺れて動きを鈍らせる相手に向かって、容赦なく駄目出しの言葉を突きつけるメラニーさん。


 ふむ、彼女と相手に戦ったのは最初だけだったので私には分からないですが、どうやらそう考えを改めさせる要素を感じ取っていたみたいですね。


「うーン。メル、あなたと戦いながら動きのクセとか、そーいうの観察してタ。そしたら触手っていう変わった権能のくせに攻撃が読みやすかったこと、攻撃にやられてすぐ触手離したこととカ? 何というか、全体的に使い方が甘い気がしタ」

「ぐ、ううぅぅ~……! うっさい! うっさいうっさい、うっさぁいッ! それがなんだってのよ! そんなのただのこじつけじゃん!」


 その主張が図星なのか、テンタクルは声を荒くして反発。駄々をこねる子供のような口調へと変化してしまいました。


 確かにテンタクルは身体を大蛸に張り付けていますが、融合しているというわけでもなさそうなので分離も出来て当然のはず。


 敵が電気を操ることを理解しているのであれば、大蛸を犠牲に自分を守ることが出来たでしょう。

 にも関わらず直撃を食らってしまった……ということは、つまり?


「もしかしてですが、あなたは聖癖剣士になって日が浅いのですね?」

「ぐっ……」


 言葉にして認めることはなくとも、態度から察するに図星のようです。

 ふむ、思い返してみれば不可解な点も多々あることに気付かされますね。


 先ほどメラニーさんがわざと捕まった際、この後はどうするのかを問いかければ何をするのか全く考えていないようでしたし。


 さらに回避の時も同様。性質上そうなって仕方がないとはいえ大蛸が後方にしか跳ね飛べないのを弱点としてすら気付いていなかったのもそう。これは自身の権能を理解出来ていない証拠になりえます。


 大蛸を相手にすることと、触手という権能に注意を向けすぎたあまり、敵の本質を私は見抜けていませんでした。


 それを戦いの中で見定めていたのですね、メラニーさんは。流石は上位剣士一歩手前、やはり強さは本物です。


「……した」

「ン? What's that何だって?」

「だからどうしたって言ったんだよ! 剣士として新人だから? それが何だって話だっつーの! どうせあんたたちを足止めさせた以上あーしは自分の役割を十分に果たしてる。それにバイツがやられてもオクピーはまだ死んでない。あーしたちはまだやれる。最後まであんたたちを止め続けるだけだ!」


 叫ぶような主張。そして痺れから回復した大蛸を大きく動かして戦いの意志を示すテンタクル。

 新人であることを改めて認めさせたのはこの際置いておくとして、向こうは本気になった模様。


 確かに高さに勝り、機動力も申し分ない。あの大蛸は新人が操るにしてはかなり厄介な存在であることは認めざるを得ません。


 しかし、相手は失念しているようです。今、自身が置かれた状況がどういったものなのか……感情の爆発と共に忘れてしまっていますね。



【悪癖暴露・触手剣蛸攻しょくしゅけんたこぜめ! 悪しき意志が絡み付く永久とこしえの蹂躙……!】



「食らえ! あーしの悪癖暴露撃──」


 発動される悪癖暴露。それによって大蛸はこれまでの俊敏性を裏切らない動きで身体を宙に押し上げる。

 今度は後方に飛ばず、多少の姿勢の悪さを無視して真上へと天高く跳躍。


 回転を加えつつ触手の先を合わせ、円錐のような形状へと変貌させます。



「オクトパスエッヂ!」



 まるでドリルを彷彿とさせる凶悪な形状。質量に加え回転力と落下の影響も合わせることで威力は増幅され、落ちるだけでも相当なはず。


 技の矛先はメラニーさん。ですが心配はしません。

 何故ならば、廻鋸のこぎりによる攻撃はまだからです。


「メルに一瞬でも強いと思わせたことは誇って良イ。そのお礼にメルの本気、ちょっとだけ見せてあげル!」


 そう言ってメラニーさんは不敵な笑みを浮かべた途端、全身から猛烈な電流が迸り始めました。

 スパークは周囲を何度も瞬かせ、その尋常ではない猛烈な勢いの前に気圧されそうです。


 これがメラニーさんの本気の一端……? 恥ずかしながら私も彼女の本気の戦いを見たことがないので、実に興味深いところ。


「ただの電気に私が負けるかァァァッ!」


「メルの電気、ただの電気じゃなイ。メルが勝ったら発言の撤回を要求ヨーキューするかラ」


 冗談混じりの勝利宣言を唱えた刹那──私は自身の目を疑わざるを得ない瞬間を目撃することに。


 一瞬にして姿を消したメラニーさん。代わりにへと向かって伸びていくパルスを目で追うと、その先にある光景に絶句。


 回転しながら落下してくるはずの大蛸は──元の面影を残すことなく細切れにされ、大粒の肉片の群となってしまっていたのですから。


 ここから先は私が肉眼で捉えられた一部始終。

 唯一原型を留めているテンタクルは空中に放り投げられたも同然の状態となっており、その目の前にはメラニーさんが。


 そして、相手へ敗北を突きつけるが如く技の名を言葉にします。



Thunder dance wildly霆の乱舞



「──ッ、がはァ……!?」


 次の瞬間、叩きつけるかのような勢いで空中にいた二人は地面へと落下。それはまるで稲妻がそこに落ちてきたかのよう。


 見やれば廻鋸のこぎりを自身の足越しにテンタクルの胸へと押しつけていました。

 不殺を守り、勢いそのまま着地の衝撃だけで相手の気を失わせた模様。


 これが上位剣士に最も近い剣士の実力なのですね。

 最早ありきたりな言葉しか出ませんが、流石としか言いようがありません。


I win私の勝ち……。あ、訂正テーセー言わせるの忘れタ」

「それは別にいいのではないでしょうか? もう誰が見ても勝者は決定的ですから」


 細切れになった大蛸が降り注ぐ中で、テンタクルへ言わせるよう考えていた件を思い出すメラニーさん。

 しかしその必要はないと私は考えます。何故ならば私たちの戦いは今終わったのですから。


「で、どーすル? メルたち、この後は何をすればいいと思ウ?」

「そうですね……もしかすれば他のところは苦戦しているかもしれません。加勢に行くべきかと」


 そうと決まれば私たちも進みます。向かう前にやることは勿論忘れません。


 遠くへかっ飛ばしてしまったバイツは仕方ないにして、私たちはテンタクルが目覚めた後に逃げ出さないよう近くの倒木へと括り付けておきます。


 全ての戦いが終わったら支部へと引き渡すつもりですので、ここに放置することに。

 聖癖剣も……下手に触れれば報復が発動しかねませんので慎重に運んでおきましょう。


「で、みんなどこいったか青音は分かル?」

「申し訳ありません。戦っている内に皆さんが入って行った位置を見失いまして……。こういう時に閃理さんの聖癖章があれば便利なのですが無いものは強請れません。場所も圏外なのでスマートフォンでの連絡出来ないのが痛いですね」


 取りあえず次の行動を決定したのはいいとして、問題なのが位置。

 場所を見失ってはどうしようもありません。向こう見ずに突入すれば遭難してしまうだけですし。


 こうなっては奥の手です。少々危険ですがこの手を使うべきでしょう。


「ここと同じように森を切り開いた空間があるはずなので、高所から確認するしかないようですね」


 許可を取りつつ私は聖癖暴露を発動。氷のオーラを纏った剣を振るい、目の前に氷の塊を創造します。


「氷壁のセレナーデ」


 これは先ほど大蛸を足止める時にも使用した技。すぐさまそれに乗って剣を突き刺し、聖癖の力を込める。


 それにより巨大な氷筍の如く壁は天高く伸びていきます。即席の遮蔽物を作る技ですが結構応用の効く技なのです。


 高くなるにつれて不安定になっていく氷壁に耐えつつ、空から森を観察。

 一見するとそれらしい空間は見られませんね。反対方向も確認しますが、他には何も……。


「ん!? 今のは……」


 諦めて降りようとしたその瞬間、視界に黒い何かが映ったのを確認。


 目を凝らして同じ場所を注視し続けると、また発生。ドーム状の結界のような何かが時折黒く染まったのを改めてこの目で認めました。


「あれは……何なのでしょう。剣士の戦いであることは間違いなさそうですが」


 思案と観察もそこそこに私は氷壁をゆっくりと溶かして地面へと着地。結果待ちをしているメラニーさんに報告します。


「メラニーさん。あちらの方角に黒いドーム状の何かがあります。そこへ行きましょう」

「Ok! 行こウ」


 方向もしっかりと記憶しつつ、私たちは向かいます。

 誰が戦っているのかは分かりませんが、メラニーさんの存在は心強いはず。


 今助太刀に向かいます。なので、もう少しだけ待っていてください……!

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