第百一癖『久しぶり、俺の親友』

「……ところで焔衣、どうしてそんな話をする。何か気にかかることでもあるのか?」


 話は閃理との会話まで戻る。俺がディザストの呪いについて訊ねた後のことだ。

 相変わらず察しの良い閃理は俺が悩んでいることをあっさり見抜いてしまう。


 その通り、俺は支部襲撃の件で奴へ感じた違和感に頭を悩ませていた。

 どうにも無視しきれなくてずっと気になっているんだよな。


 奴はどうしてクラウディへ反抗し、呪いの痛みに耐えてまで俺を守ったのか。

 初めて会った時からそう。何故にそこまで俺に拘るのか────分からないことだらけだ。


「あー、うん。えっと、じゃあ単刀直入に訊くんだけどさ、いい? っていうか閃理はもう俺の考えてること分かってる……んだよね?」

「……まぁな」

「そっか……。じゃあ、改めて訊いてもいい?」


 やっぱり閃理は察しの良い男だ。理明わからせあっての物だろうけど、俺の悩みの内容を知っているらしい。

 それじゃあ躊躇う理由はない。俺が日本支部で一番信頼しているのは閃理だからな。


「閃理は……本当は知ってるんだろ? ディザストの正体を」


 この言葉、俺が思ってる以上にあっさりとどもることなく口に出来た。


 そう、俺が気になっているのはディザストの正体。それ以外無い。

 今になって思うのもなんだが、あの時の閃理はやっぱり変だったと思う。


 あの時というのは初めてディザストが襲って来た後、しばらく俺に対して話しかけることが妙に増えていた頃辺りになる。


 どうにも何か言いたげにしては特段意味もない駄弁りで終わらせるアレ。

 その行動、実は何か俺に言おうとするのを直前で取り止めていたからなのかもしれない。


 そもそもだ。敵はジャミングで理明わからせの権能を回避していたと言っていたけど、それ自体が本当の話なのかも分からないしな。


 何か隠し事をしている──あの時は冗談程度に考えていたけど、それはどうにも本当かもしれないようだった。


「…………知りたいのか?」

「うん。俺も、何となくだけど中身が誰なのか見当は出てるから」

「そうか……。分かった。ならば俺も覚悟を決めなければな。お前に真実を告げる日が来たことに」


 呪いの話をした時よりも深い沈黙を経て、閃理は一際真剣な表情を浮かべて俺の顔を見る。


 日本人とロシア人のハーフである閃理は両方の国の良い部分を掛け合わせた精悍な顔つきをしている。

 今のその顔は本気の顔だ。ここまで真剣な表情を見るのはもしかすれば初めてかもしれない。


 本当に何か知っているんだ。ディザストについて、俺にずっと言わなかった……言えなかったことを。

 それに感化されたのか俺も全身が強ばる感覚に襲われる。硬い表情のまま告げられる真実に耳を傾けた。


「ディザストの正体──それは行方不明になったお前の親友、神崎龍美である可能性が極めて高い」

「ッ……!? や、やっぱりそうだったんだ……」


 重い口が開いてディザストの正体が何者なのかを知ったことで俺は複雑な感情で一杯になる。

 まさか本当にそうだったなんて……薄々感づいていたけど流石にショックを隠しきれなかった。


「今まで黙っていてすまない。知ってしまえばショックを受けるだろうから、中々言い出せなかったんだ」


 閃理は俺に隠し事として言わなかったことを素直に謝罪してくれる。

 そりゃこんな重大な内容をあっさり口に出来るわけないよな。逆の立場なら俺も同じことをするだろう。


 でも内心悲しく感じると同時に、奴が俺に対して行っていた全ての不可解な行動を納得、そして理解させるに足り得る情報でもあった。


 あいつは本当に俺を守るために動いてたんだって。

 初めに出会った時、俺に辞めるよう言ってきたのは剣士という危険な道を歩ませないためだったのかも。


 俺の剣士になるっていうのも、形は変われど俺と龍美は今でも親友同士であることを暗に示そうとしての発言なのかもしれない。


 全く……あいつはきちんと考えて行動していただろうに、肝心の俺は行方を眩ませた親友が敵として立ちふさがっていたことに気付けなかった。俺自身の鈍感さを恨みたくなる。


 軽い自己嫌悪を感じる一方で、本当に龍美が生きていることを知り、泣きたくなるくらい嬉しいとも思っているけどな。


 まぁ何で闇側にいるのかとか、呪いの話とか、そういうのもあって一切安心は出来ないんだけど。


「そのこと……いつから気付いていたの?」

「お前が初めてディザストと戦った時からだ。理明わからせはディザストが心底悲しみながら戦っていたこと、お前の過去を知っていたこと。そして何かしらの関係性があることを伝えてくれた。俺の意志とは関係なく知ったこととはいえ、本当にすまないと思っている」


 うわ、結構最初の方でバレてるじゃん。俺がディザストと戦ってる間に全部知ったとか流石理明わからせ

 やっぱりジャミング云々も嘘だったらしい。そりゃそうだろうな。


 先日の夜、まさかとは思った人物がディザストの正体だったなんて……。

 世の中、本当に何が起こるのか分からないよな。


「そっか……。うん、ありがとう閃理。少しだけスッキリした。俺の探してる人がこんな近くにいたのに気付かなかったなんて、馬鹿みたいだな。俺」

「ああ、だがまだ早まるなよ。ほぼ確定的とはいえ、奴が本当に神崎龍美であるとは限らない。それに、おそらく本人は自身の正体に気付いて欲しくないとも考えているはずだろう。接触する際は十分に気をつけて行けよ」


 正直言ってこの話自体は最悪極まる真実だ。でも、俺にとってそれはマイナスばかりの話ではない。

 龍美が今も生きてる。それを裏付ける話を聞けただけでも十分な収穫。勇気を出して聞いて良かったぜ。


 忠告についても同意。あいつのことだ、考えは大体分かる。

 昔から友達が不快になるような発言はなるべくしない性分だったからな。


 ほぼ百パーセント龍美本人であることが判明したディザスト。それと次に会う時がいつになるのかは分からない。


 俺はここで初めて奴ともう一度会いたいと願ってしまった。あの仮面に隠れる顔を暴いてやるのだと、そのつもりで。


 そのためにはまず対話が必要だ。あいつが剣士として初めて俺に接触しに来た時と同じく、一対一での話し合いが。




 この望みはおよそ一ヶ月後に叶うこととなる。

 そう、今がその時だ。











「あんたは────……、神崎龍美なのか?」




「…………ッ!?」



 この言葉を口にした瞬間、ディザストの身体は大きく動き、数歩後退りをしてしまうほど。


 俺が奴の正体に気付いてしまっているという事実。閃理の言うように本人的には絶対に知られたくなかったことで間違いなさそうだ


「違う、違う違う違うっ! 僕は神崎龍美じゃない。勘違いも程々にしろ! いくら君でも許さないぞ!」


 明らかに取り乱すディザスト──否、龍美。おいおい、その反応は自白してるようなもんだろ。

 俺はもはや目の前にいるのが敵の剣士ではなく、道を踏み外しそうな友達として見ている。


 そんな奴がいたら、友達として……親友として、やるべきことはたった一つ。

 俺はあいつを説得する。その第一歩は自分自身を神崎龍美本人だと認めさせることだ。


「いつまでディザストの演技を続けてんだ龍美! 一応言うけど、俺は最初から薄々勘付いてたぞ」

「な、何を……?」

「その鎧、昔描いてた絵に似てることだよ。ドラゴンとか、そういうファンタジー物が好きだったもんな。一目見てお前の趣味だなって思ったさ」

「っ……!」


 多少話は盛ってるがあながち嘘ではない。俺のディザストという剣士の第一印象はそれだった。

 神崎龍美は所謂本の虫。読むのは大抵ファンタジー小説と、他には架空生物図鑑とかを愛読してたっけ。


 挿し絵に触発されてか絵も描いていた。小学生らしいお世辞にも上手いとは言えないイラストに描かれていた龍騎士……色使いといい形状といい、まさに今着込んでいる鎧そのもの。


 あの時はすぐにパッと思い付かなかったが、最近になって思い出せたんだな。これも全部、一ヶ月前の回想のおかげだ。


「……そんな物、偶然だ。鎧なんてちょっと創作物に触れていれば誰にでも考えつく。どんな絵かは知らないけど、それを証拠にされるのは困る」

「はっ、誰がそれだけを証拠にしてるって? まだあるに決まってんだろ」


 顔を右側へそらされながらも否定が飛んでくる。

 けど俺はそいつを一蹴。ふっ、そりゃ当然だろ? たった一つの証拠だけで自白してくれるとは思っちゃいねぇからな。


 他にもディザストが龍美であることを証明する理由はある。こうしている今、現在進行形でな。


「気付いてるか? 龍美、お前人に嘘付く時さ、顔ごと視線ずらすんだよ。今もそれ、出てるぞ」

「え、あっ……。い、いやっ、今のも偶然、デタラメだ! 大体、僕は兜を被っているんだぞ。そんな微細な動き、すぐに気付けるはず無い!」


 それをカミングアウトした途端、龍美は自分自身の首の向きに気付いてそれを急いで直した。

 ふふふ、俺はちゃんと見抜いているんだな、ディザストの癖と龍美の癖が一致していることを。


 また反論してくるけど、それはもはや龍騎士らしからぬ少し懐かしさを感じさせる憤り方をしている。

 もうここまでくれば顔が見なくても確信出来るが、まだ油断はせずに俺は次の証言へ。


「いやわりと結構ずれてたぞ? 覚えてるか。いつ頃だったかチャンバラごっこして花瓶割ったのを誤魔化そうとした時、お前ほぼ真横向いてんのかってくらい視線そらして先生に即効バレたことあったよな? 嘘の程度が大きいほどずれる角度が大きくなる。今もその癖が変わってなくて安心したぜ」

「うっ……」


 次の説得材料に選んだのは過去の思い出。いやぁ、懐かしい記憶だ。

 あいつ、ファンタジー好きなだけあってドラゴン以外にも騎士みたいなのも好きだったんだよ。


 危ないのを承知で傘を使ったチャンバラごっこもしょっちゅうやっていた。だから今言ったみたいな事故も何度か経験している。


 んで、子供なんてミスったら保身のために嘘をつくもんだろう? 俺は勿論のこと龍美もそれは例外じゃない。


 だが本質が正直者であるために、龍美はとにかく嘘をつくのが下手だった。

 本意ではない言葉を使うと必ず出てしまう仕草。それが顔ごと視線をずらす、というものだ。


 この癖がある故に隠し事や嘘が驚くほど不得意で、ちょっとは上手に出来ないのかと当時は内心思ってたりしてた。今となっては大切な思い出だがな。


 あの不器用さがディザストとなった今でも残っているのはちょっとだけ嬉しい。

 人はそう簡単に変わらない……それを実感したことで、俺の中にある決意がより強くなるのを感じる。


 証拠とかの話はここまでだ。この辺りで俺はあいつの本性をさらけ出させる方向に舵を切る。


「なぁ龍美……いや、ディザスト。お前が本当に龍美じゃないんならさ、その兜を脱げるよな?」


 この問いに応えられれば俺の推測は全部外れ。勘違いも甚だしい間違いをしていたことになる。

 だが、拒否すれば即龍美本人であることの証明となる。さぁ、どう言い返す?


「それは……で、出来ない。この兜は外せない。脱ぐこと自体不可能で……」

「うわっ、そんなバレバレな嘘つくなよ。もしそうだったらとんだ呪いの防具だぜ。トイレとか食事はどうするんだよ」


 おいおい、その設定は流石に無理があるだろ。ゲームじゃないんだからさ。

 それに知ってるんだよ。世界には様々な権能を宿した聖癖章がいくつもあるってことくらいな。


 先日アヴァロンの地下で見た聖癖章の保管庫。そこで使う物を模索している最中に鎧を生成する聖癖章があるのを見かけている。


 それと同一の物かどうかは分からないけど、おそらくディザストの鎧はそれ系の権能で作られた物のはず。第一着脱不可なんて言い訳にしても苦しいしな。


 これで確定した。ディザストは鎧を脱げない。それは中身が神崎龍美本人であり、そのことを俺に知られたくないからだということが。


「まぁいいや。頑なに正体を明かしたくないってんなら……やるしかないよな」

「な、何を……?」


 おいおい、その台詞はお前が一番言っちゃいけないやつだろ。

 何故俺が、そしてお前がここにいるのか。話題のせいで忘れてるようだけど俺はちゃんと覚えている。


 鎧は自分からは脱がない。それなら次に俺がやるべきことはたった一つ。

 ──その鎧、俺が取っ払ってやる。


「決まってんだろ、決闘ケンカだよ」


 動揺しっぱなしの龍美には悪いが強敵が隙を見せてんだ。この機会を逃すわけにはいかない。

 俺は焔神えんじんを横に構え──そして大地を蹴って急接近する!


「ふぅっ……!?」

「さぁ、今度は負けないぜ、龍美! 男子三日会わざればなんとやらだ。この三ヶ月間の全部をお前に出し切ってやる!」


 俺の接近に間一髪災害さいがいで受け止めることに成功する龍美。

 ギリギリと鋼が擦れる音を奏でている。久しぶりに焔の剣と龍の剣が鍔迫り合いになった。


 たった三ヶ月、されど三ヶ月だ! 俺はその間に多くの戦いを経験している。

 闇の剣士や悪癖円卓マリス・サークルとの戦い。光側の剣士たちとの訓練と試合……他もろもろと!


 ここで一つ訂正だ。この戦いが始まる前、勝てると思っていないと弱腰な威勢でいたがそれを撤回。

 今の俺は前の俺よりずっと強い! だから勝ってみせる! いいや、勝つ!


 勝って俺が剣士として強いことを龍美に証明してやるんだ! あいつを力があることを!


「うおおおおッ! ぜッてェ勝ぁつ!」

「くっ、本当に以前と大違いだ。伊達に悪癖円卓マリス・サークルと戦っていないな……!」


 俺の連続攻撃はあの龍の聖癖剣士を驚かせるレベルにまで至っているようだ。

 現状防御一辺倒となっている龍美。勿論本気じゃないことくらい分かってる。


 むしろ本気なんか出せないんだろう。自身の正体を知ってしまった俺を相手にすることなんてさ。

 多少の卑怯臭さは承知の上! それにメイディさんだってこう言っていただろう?


 ──如何なる手段を用いても必ず勝利する、と!



【聖癖開示・『ツンデレ』! 熱する聖癖!】



「焔魔旋風!」


 剣劇から一歩退きつつ開示攻撃を発動させると、龍美に向けて炎の渦を放出させた。

 ディザストの正体が俺の探し求めていた人物であっても容赦なんかしてやらねぇ。だって相手は悪癖円卓マリス・サークルに上り詰めた男だ。


「ふぅっ!」

「それくらいどうってことないよな。じゃあ、もっと本気で来てみろよッ!」


 龍美は剣の一振りによる衝撃波で俺の開示攻撃を簡単に打ち消してしまう。これが当人の身体を心配せずに本気をぶつけられる理由ワケ


 攻撃を物ともしない頑強さと、最小限の力で受け流す柔軟さ。俺は敵ながら龍美の技量を信頼している。

 相手が強いことをこの身で味わっているからこそ、何の心配もせず本気で戦えるんだ!


「まだまだ本気じゃねぇぜ、俺も!」


 技を無効化された直後を突き、再度接近して剣の一打を狙って攻め立てていく。


 龍美を包み込む全身鎧の防御力は侮れない。燃える焔神えんじんを掴んでも平気なそれを打ち破ることは今の俺でもまだ不可能。


 でも攻略方法は存在するんだな。狙うはわき腹、そこを中心に剣を当て続ける。


「そこっ!」

「甘い!」


 閃理直伝の突き切りは的確にわき腹を狙っていた。

 だが、ガキンッという金属音と共に災害さいがいの剣腹に遮られていなされてしまう。


 まぁ簡単に防御されて当然か。しかし俺の真の狙いは他にある。

 悪癖円卓マリス・サークルほどの剣士なら、俺がわき腹に攻撃を集中させていることくらいお見通しのはず。


 だから狙われている箇所に防御を集中させる。

 いくら鎧が強くても過信はせず、ガードを怠らない。そうするのが道理だ。


 でも狙いはそれなんだな。俺の一点集中攻撃に気を取られ過ぎた瞬間を狙い、別の箇所を攻撃する。

 不意打ちじみたことをするけども、正々堂々さを持ち込みすぎないのが剣士の戦い方だ!


「……今だッ!」


 数なんて数えちゃいない。何度も狙い続けてきたわき腹への攻撃を寸でのところで止め、別方向へと剣の流れを変える。


 真に狙うべき箇所は──脚! もっと正確に言えば、足払いによる転倒を狙う!


 そう、絡め手だ。剣士たるもの戦い方を選り好みしては勝てる戦いも逃してしまう。メイディさんの教えを遵守するぜ。


 どうせ相手は俺のことをまだズブの素人と思っているはず。剣、剣、剣と続いてきて、次にする動きが剣ではなく足と推測するはずはない。


 流れるように剣を地面へ突き刺し支えとし、俺の足払いが龍美の膝裏を蹴りつける! ……のだが。


「うぉ硬っ!?」


 予想外なことが起きてしまった。俺の蹴りはかなり強めの威力で膝裏を打ったはず。


 だが龍美は膝を折るどころか不動のまま。むしろ俺が跳ね返されて尻餅を突いてしまった。

 う、嘘だろ……!? あ、この状況はヤバいのでは?


「足払い……搦め手まで使うようになったのか。本当に成長したよ。君はッ」

「ぐっ……」


 無様に仰向けになってしまった隙だらけの俺を逃さず、龍美はここで初めて反撃らしい行動に出た。


 馬乗り同然の位置につくと、災害さいがいの刃を俺に向けて押し付けてくる。

 咄嗟に焔神えんじんでガードするけど、この仰向けの体勢がとにかく悪い。


 あっと言う間に攻守を逆転された……いや、元々俺に渡していた試合運びの権利を取り返されたというのが正しいか。


「いきなり戦いになった時は焦ったけど、これでチェックメイトだ。確かに君は強くなった。もう下手な下位剣士じゃ相手にならないかもね。……でも、僕に挑むのはまだ早かったみたいだ」

「ふっ、なんか勝った気でいるみてぇだけど、あんま甘く見んなよ。こっから逆転してみせるっての」


 そう余裕ぶりながら返事をするけど、まぁー難しいよな。


 体勢は悪い。位置も悪い。実力差も埋まるほど近いわけじゃない。ここから逆転は至難の技だ。

 流石にこれは閃理の助けが入るか? きっと本人もどこかでスタンバってるに違いない。


 でも……この戦いに横やりはまだ入れて欲しくない。出来る限り、自分の力で何とかする。

 俺の思考はきっと理明わからせ伝いに閃理へ伝わっただろうと信じて俺は問題解決に取り組む。


 のしかかってないだけでほぼ馬乗り状態の現状。ふむ、足は動かせるから蹴り上げてみる?

 いやでも足払いに失敗したのは鎧の硬さ以外に龍美の体幹の強さも一因。失敗は目に見えている。


 むむ……じゃあ、また話をして意識をそらすか?

 それが一番良い方法だろうけど、取っておきたい話はまだある。無闇に使うのも良くはない。


 となると残りはたった一つ。高めのリスクはあるけど、これしかないな。

 一か八か──もってくれよ、俺の身体!


「ぐふうぅっ!?」

「なっ、何……?」


 俺は唐突に剣を支える腕から力を抜いた。それにより災害さいがいはそのまま焔神えんじんごと俺の身体へと押し付けられる。


 俺の胸に落下した威力は一瞬肺から空気が抜けきるほど。でも刃は当たってないから実質ノーダメージ!


 予想外の行動に驚きを見せる龍美。そりゃ押さえつけるような鍔迫り合いが突然解除され、自分自身が考えもしない攻撃方法となって俺にダメージを与えたんだからな。


 流石に痛いが怯む暇はねぇ! 俺は自由になった手ですぐさま聖癖章を取り出し、剣にリード!



【聖癖リード・『バニー』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】



「食らえ龍美!」

「ぐぉっ……!?」


 リードを承認した瞬間、俺は片足だけを龍美の腹部に密着させると、そのまま思いっきり蹴り上げた。

 すると、鎧ごと龍美は浮かばされ、そのまま強制的に離すことに成功する。


 さっきは無意味と判断した蹴りだが、聖癖章を使う場合じゃ話は大きく変わる。

 脚力の変化を司る『バニー聖癖章』ならいくら強固な鎧でも浮かばせることが可能。


 何も空中ジャンプをするだけの力じゃないってことだ。これで状況を振り出しに戻せた!


「まさか自分にダメージが入るのを承知であんなこともするなんて……。もう素人とは呼べないな」

「お褒めに預かり光栄~。俺の成長ぶりを感じてもらえて何よりだぜ」


 再び対峙し合う俺たち。龍美は俺のことを認めてくれたことはちょっとだけ嬉しい。


 そう、もう俺は素人じゃない。そのことを理解してもらえただけでも十分な収穫だが──俺が真に欲しいのはその言葉じゃないんだな。


 ややダメージはあるけどこの程度なら大丈夫。俺の戦いはここからが本番だ。


「君の努力に免じて──僕ももう少しだけ本気で行かせてもらう。剣士として、本気の相手に手を抜くのは侮辱行為だからね」

「判断が遅ぇって。さぁ、剣士同士語り合おうぜ……剣で!」


 ついに龍美は本気で来ることを宣言。ようやくここまでこれたな。

 ここからが本番っていうのは、そういうことだ。


 問題なのはあいつの本気に今の俺がどこまで持ちこたえられるかになる。

 最低でも来て欲しい状況になってくれるまで耐えたいけど……最悪強行手段に出るのも考えないとな。


「行くぞ……炎熱の聖癖剣士!」

「ああ、思う存分戦い合おうぜ!」


 龍美が構える災害さいがいに、この戦いで初めて紫色のオーラが纏い出した。


 あれが灯れば本気の証。正直怖いけど、虚勢でそれをかき消していく。

 そして──龍美が動く。その瞬間に俺は身構えた。


「うぉぉッ!? がっ、速──」

「まだだ! 今の君を剣士から解放するためには、多少乱暴になっても仕方がない。だって君は強くなってしまったんだから!」


 俺が咄嗟に防御の姿勢を取れたのは奇跡だったかもしれない。マジでそう思う。

 何せ龍美の素早い動きに俺は一瞬ついていけなかったからだ。


 災害さいがいの一打が焔神えんじんを叩いた瞬間、腕に尋常ではない痺れが襲ったほど。

 おいおい、本気じゃないって分かってたけどここまでとは……。


「くっ、やべぇ。想像通り過ぎて想定を越えてきた強さだ。流石に最強を名乗れるだけあるぜ!」

「褒めたって手は緩めないよ! いや、君のそれは皮肉だろうけどね」


 おっと、流石に皮肉った言葉なのはバレバレか。流石は俺の親友だ。

 とはいえ皮肉なのは半分だけで、もう半分は本気でそう思ってるんだけども。


 あの全身鎧のくせにここまで速いとはな。通りすがりざまの一撃はすこぶる重いし、こりゃ相当きつい戦いになるかも。


 でも、そのスピードはギリ見慣れている。俺はもっと速い動きをする剣士を知ってるからな!



【聖癖リード・『褐色』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃】



「速さなら俺だって!」


 今度はメルの聖癖章をリード。その瞬間、俺の身体には電流のパルスが走り、身体に変化が。

 そして踏み込み、からのダッシュ。俺のスピードは今、龍美の高速移動と同速となった。


 これなら今のあいつの動きに反応出来る。もっとも、どこまで着いていけるか分からないけど。

 そして猛スピードで追いかけ、その身体に一太刀入れようと奮闘していく!


「所詮聖癖章頼りの速さ。すぐに効果が切れて元に戻る。それまで避けきるだけのこと!」


 龍美の奴、付与された権能の効果が切れるのを待つつもりか!? なんつー卑怯な……。


 いや、でも選択としては正解か。本気で打ち合えば威力を相殺する剣を相手にする以上、少しでも侮れば負けかねない。


 逃げるのもまた一つの手……。いやはや、やはり闇の剣士は強い。でも──


「そうはさせるかってんだァ!」


 俺だって負けられねぇ! この戦いに全てをぶつけるつもりでいるんだから、こんなことで弱音を吐くわけにはいかん!


 聖癖章を取り出し、即座にリード。格上を相手にする以上こいつらに頼らなければやっていけない。



【聖癖リード・『朝チュン』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】



 借りるのは朝鳥さんの権能。三班に異動してからいくつか作ってたらしく、その内の一つを借りてるから、それをここで使う!


 不意にスッと身体が軽くなり、力がよりみなぎる。『能力強化』の力で今の俺の能力をさらに強くした証拠だ。


 剣の加護、剣舞のバフ、覚醒めざめの強化、そして聖癖章。四つの力を一つにして、あいつにもう一度戦いを臨む。


「うおおおおおおおッ!」

「なっ、速い!? 追いつかれる……!?」


 俺のスピードはついに龍美を上回った。高速移動するあいつの真横に並び、腕を伸ばす。


 ガッと肩アーマーを掴むと、そのまま引っ張る──つもりが引っ張り返された。そのせいで加速のついた身体は龍美に衝突。


 それはもうすごい勢いでステージの端に生える木に俺たちは激突してしまった。

 もっとも位置が位置だから、直接木にぶつかったのは龍美の方だが。


「いっててて……はっ。龍美!」

「くっ、僕の心配をする暇なんてあるものか!」


 ぶつかった木がベッキリと折れてしまう威力だった今の突進。流石に今のは鎧越しでも心配になる。

 つい声を掛けてしまったが返る答えは冷たい。でもそっちの心配はしなくてもいい。


 何故なら俺は肩のアーマーを離していない。衝撃に耐えつつ鎧はしっかり掴んだまま。

 そう、心配する暇なんてない……逃げる龍美をようやく捕まえられたのだから!


「やっと捕まえたぜ。追いかけっこは苦手だったってのに随分と上手くなったな。感動ものだぜ」

「……っ! 離せ!」

「うぉっ!? んにゃろぉ、大人しくしろ!」


 今度は俺が馬乗りになって龍美にマウントを取る!

 これでもう逃げられないぜ……って思った瞬間、相手は想像以上のパワーでそれを覆そうとしてきた!


 こんのぉ……、聖癖章のリードがあるから堪えられてるけど、無かったら一瞬でひっくり返されそうだ。


 俺と龍美の取っ組み合い。上を取ったり取られたりを繰り返していくと、次第に俺たちはフィールドの中へと転がり戻っていた。


「このぉッ!」

「ぎへっ!?」


 そして流石に耐えかねた俺は手を離してしまい、そのまま軽く吹き飛ばされてしまう。

 いてて。叩きつけられたとまではいかないけど、背中からぶつかったせいで少し痛かったぜ。


「はぁ、はぁ……君も、しつこいな。僕の知る焔衣兼人はもっと諦めの早い人物だったはずなのに……」

「ゲホッ……おぇ、ちょっと土食べちまった。まぁ、人は変わるんだよ。良くも悪くもな」


 味覚を刺激する土の味に吐き気を催していると、息を荒げる龍美が昔のことを口にし出してきた。

 昔の俺はわりと諦めが早い方だったな。主にテストの問題とか、苦手分野はすぐに諦めてたっけ。


 勉強とかの不得手なものは確かにそうだったけど今は違う。剣士の訓練や勉強はしっかりとやっているし、今日まで怠ったことはない。


 それは戦いだって同じこと。神崎龍美という人物に一番近いところに今の俺はいるんだ。死んでも諦められるかよ。


「……なぁ、龍美。もういいだろ? 俺はお前の正体に気付いてんだ。そろそろ、正体明かしてもいいんじゃねぇか?」

「でも、それでも僕は……」


 でも諦めが悪いのは俺だけじゃない。むしろあっちの方が重傷だ。

 本人だって理解しているはずなんだがな。これ以上の価値が今の戦いには無いってことに。


 ちょっとだけ痛む身体に鞭打って立ち上がると、ふらつく身体を焔神えんじんで支えながら龍美のいる方向へと向きを変える。


「お前のことだ、どうせ正体を知られたら俺がめちゃくちゃ悲しむって思ってんだろ?」

「そ、そんなわけ……」

「また顔の向きそらしてるぞ。それに俺だって剣士。覚悟してないわけないだろ? こうやってお前に挑んだんだのも全部承知の上だってのよ」


 片膝を突いて呼吸を整える龍美。やっぱりいつもの仕草は意識しても出てしまっているな。


 ディザスト=神崎龍美の疑惑はとっくの昔に裏付けられている。だから流石にこれ以上引っ張るのは止めて欲しいってのが本心だ。


 少なくとも俺はもうこれ以上のショックを受ける話が出ると思っちゃいない。それこそ本当にディザストの中身が別人だったくらいじゃないと驚けねぇって。


 でも決してそうはならないことを知っている。一ヶ月前のあの日から、俺の覚悟は決まっているんだ。


「…………そっか。君は剣の腕だけじゃなく、心も強くなったんだね」

「当たり前だろ? 剣士になったのはお前を救うためでもあるんだからな」


 すると龍美はようやく俺の主張について肯定するような発言をしてきた。

 はぁー……全く、散々苦労させやがって。でもまぁ、これで俺の目標の一つは達成だな。


 龍美……いや、ディザストは立ち上がると剣を構える。一瞬身構えたけども、それは戦いの構えでないことはすぐに理解した。


「龍装──解除」


 一言そう呟いた瞬間、ディザストの鎧は黒く煌めく塵を周囲に拡散させながら消滅していく。

 そして遂に、龍面の兜の下がさらけ出された。


「……久しぶり。兼人」

「ああ。本当に久しぶりだな、龍美。ま、さっきから何十回と言ってきてたけどさ」


 生身の姿となって一番に俺たちが交わした言葉は、五年ぶりとなる再会に懐かしむものだった。



 少し伸びた黒い髪と、中性的な顔には若干大人びた雰囲気を感じさせる。


 行方を眩ませた五年間、きっと剣士の修行を積まされていただろうに、それでもまだ優しさを感じさせる面立ちだ。


 ディザストの正体────それは神崎龍美だった。

 姿を眩ませていた親友が成長した姿でそこにいる。この事実に俺は心から震えた。

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