第百四癖『あの日に起きた、真実を告げる』
「ごめん、兼人。今まで騙してきて……」
「騙すも何もバレバレだったけどな」
「ふふ、はっきり言うなぁ、本当に。そういうところは変わってなくて安心したよ」
ついに正体を明かしたディザスト……否、龍美。俺の返答に少しだけ困りながらも笑みを浮かべる。
四年。短いようで長い年月を経て、俺はついに再会出来た。
俺の身勝手のせいで誘拐されてしまい、そして散々迷惑をかけてしまった大切な親友。あいつと会うために剣士の道を取ったも同然なんだ。
この再会の裏に隠されているものが何であれ、懐かしい顔を拝めて嬉しく思わないないはずがない。
内心泣きたくなるくらい感動してるけど、現状はまだ敵対関係なんだ。まだ喜ぶには早い。
「龍美、お前、なんで闇の聖癖剣使いになんかいるんだよ。一体いつから……」
正体を明かした龍美に俺が最初に投げかける問いは今に至るまでの経緯について。
正直なところ薄々察してはいる。龍美が何故闇側にいるのかの理由……これまでの戦い、そして組織間の話を聞いてる以上、予測出来ないはずはない。
「……あの時からさ。修学旅行中に誘拐された日、僕は闇の聖癖剣使いの人間に誘拐されたんだ」
「やっぱりそうだったのか……」
龍美は思いの外素直に闇へ在籍するに至った経緯を簡単に説明してくれる。
どうやら本当に闇の聖癖剣使いが絡んでいたみたいだ。予想が的中しても一切嬉しいとは思わないが。
「俺の……せいだよな。あの時、しおりに書いてない場所に行こうって提案して、止めるお前を無視して行ったから……お前はこんなことになったんだ。本当にごめん」
気付けば俺は地面に膝を突いて頭を垂らしていた。
あの日から今日に至るまで、何千回と頭の中で繰り返してきた謝罪の言葉を本人の前で初めて口にする。
これを言うために俺は今日まで頑張ってきた。どんな返事が来ても俺は受け入れるつもりでいる。
許されなくたって良い、自己満足と言われても否定はしない。
とにかく謝りたかった……龍美の人生を狂わせた張本人である俺が出来る最大限の償い。それこそ本当に何だってするつもりでいるくらいに。
そんな俺を見てから、龍美は何も言わずに言葉を続ける。
ただし、その返答はあろうことか俺の予想を裏切る言葉だったのだが。
「違うよ、兼人。君は何も悪くない。むしろ結果的に言えば正しいことをしたくらいだ。気に病まないで……と言っても難しいだろうけど」
「……どういうことだ?」
俺の身勝手が……悪くない、だと? むしろ正しい判断だって? いくら龍美の言うことでも流石に意味が分からないんだが?
思わず問い返すと、龍美は軽く息を整え、その真意を口にし始める。
「僕を誘拐したのは
固唾を飲んで聞き入れるのはあの日に起きた悲劇の裏話。それを語られるにはまず
第一剣士、つまりクラウディよりもずっと強い奴が龍美をさらった犯人。まさかそんな人物による犯行だったとは。
それと俺の身勝手に何の因果関係があるのかは分からないが、とにかく話の続きを聞いていく。
「その人は偶然にも僕らの修学旅行先と同じ場所にいたみたいで、そこで剣はこれまでにないくらいの勢いで反応したらしい。第一剣士が身体ごと持って行かれそうな勢いだったって言ってたよ。適合した人間がすぐ近くにいたんだ」
「つまりその適合者ってのが……」
「そう、僕。だからどうしても組織に連れて行かないといけなかったらしいんだ」
なるほど、そういうことか。龍美が誘拐されたのは案の定剣に選ばれたからってのが理由らしい。
そりゃ始まりの聖癖剣に最も近い剣である
肯定は出来ないが誘拐理由としては妥当とも言える。だとしてももっと穏便な方法を取れなかったのかとも思ってしまうけどな。
俺みたく学校を卒業するまで待つとか……いや、闇の組織にそんなこと期待出来ないか。
「でもその話が何で俺の選択が正しいってことになるんだ。どの道お前や周囲の人たちに迷惑をかけてることに変わりはないんだが」
第一剣士の任務。
結局俺の身勝手な行為が結果的に正しい選択だったって本当にどういうことなんだ? ってこと。
言ってしまえば我欲を押し通すために親友の注意を無視したわけだから、正しい以前の問題。完全に悪ガキのする馬鹿に他ならない。
一見すると何ら脈絡の無い話題。俺の知りたいこととどういう風に繋がっているのか、今の俺には全く見当がつかない。
だが龍美は重い口を開いて、当時実行するに至らなかった恐ろしい真実を教えてくれる。
「……もしあの時、しおりにない場所に行こうって言わなければ──第一剣士は送迎バスを事故を見せかけて破壊して、騒ぎに乗じて僕を誘拐するつもりだったそうだ」
「なっ……!?」
親友の口から出てきた真相を耳にした瞬間、俺は心臓が一気に縮こまるような感覚に襲われた。
俺の身勝手が無かったら、あの時のバスは事故に遭っていただって……?
そんなことになれば乗客である俺や龍美、他のクラスメイトに先生、さらにはバスの運転手までもが被害に遭っていたに違いない。
下手すれば一般の人たちも巻き込まれてしまう大惨事になる。仮に起きていたとしたら、間違いなく死傷者が出る最悪の事態になっちまうじゃねぇか……!?
まさかあの日にそんなことを目論む人間がいただなんて……。
四年前、見えない場所でそんな悪意を持った人間がいたことを知り、今更ながらに俺は恐怖を覚えた。
「つまり俺は龍美を犠牲に他の人たちを守ったってことなのかよ……?」
「うん。第一剣士は冗談だって笑ってるけど、やろうと思えば本気でやる人だ。だから君の判断は結果的に大勢の命を救ったことに繋がった。そう、君は皆を救った陰の英雄なんだよ」
龍美は冷静な口調のまま俺を褒めるような言い方をするけど、そんなのちっとも嬉しいとは思えない。
当たり前だろ。要はどっちの選択を取っていても、俺は後悔する運命にあったんだからな。
それを今になって──最大の被害者である龍美から教えられてるんだ。ショックに思わないわけがない。
まさか過ぎる話に何も言えなくなった俺を見て、龍美は表情を曇らせながら俯いた。
「ごめん。やっぱりこんなことは教えるべきじゃなかったんだ。嘘だと思って忘れてくれ。その方が精神衛生上良いからね」
「……いや、大丈夫。正直そんな話を聞かされるとは思ってなかったから驚いただけだ。それに俺はお前以外の友達を失わずに済んだのは事実だし、その点はお前の言うとおりだな」
納得したくない内容ではあるけど、結果的に俺のしたことは正しかったという部分の意味を完全に理解させられた。
例え俺が優等生と呼べるような人間であっても、龍美の運命を変えられないどころか更なる被害を生み出しかねなかったという事実は心にくるものがある。
どうやっても龍美は闇の剣士になる。子供だった当時の俺なんかがどうこう出来る問題じゃないな。
悔しい……と同時にまた闇の聖癖剣使いへの怒りが湧く。
流石は目的のために手段を選ばない組織だ。大勢の子供が乗るバスを事故に遭わせる作戦を画策してたなんて。
実行しなかったから許す、で済む問題じゃない。そんなことを考える奴を放ってはおけねぇよ。
「……なぁ龍美。お前、何で今もそんな組織にいるんだよ。最強の剣士なら他の剣士全員倒して無理矢理抜け出せるんだろ。何でしないんだ」
湧き上がる怒りはどうにか我慢しつつ、俺はもう一つ浮かんでいた考えを口に出した。
龍の聖癖剣士は闇側で最強の剣士。閃理や舞々子さんからそう聞いているからな。
「確かに物理的には出来なくはないけど、でも不可能なんだ。言っただろ、僕には呪いがかけられてるって。
「……ッ! だったらどうすればその呪いは解けるんだ!? 封印の権能ならこっちにある。能力強化の権能も回復の権能も……閃理の剣なら呪いを解く方法だって分かるかもしれない。頼む龍美。
呪いのことについて、俺は勿論忘れたわけじゃない。でもそんなことは後回しにしてもいいくらいに龍美を救い出したいという気持ちが勝っていた。
光の聖癖剣協会には十聖剣の一つである
他にも
それに
龍美が闇側を裏切ってくれれば、俺たちはまた一緒にいられる。お互いに失った五年近い時を取り戻すチャンスでもあるんだ!
叫ぶように懇願する俺を見て、龍美は俯き気味の顔をさらに辛く歪ませていた。
「君の提案は魅力的だ……でも、やっぱりその話には乗れない。何故なら僕は闇の聖癖剣使いに所属する
「龍美……っ!」
苦悩に満ちた表情……やっぱり龍美も闇側には居たくないんだろう。
でも呪いによって拘束され、自由を奪われた身はそれを許してはくれないんだ。
なんて不憫な奴になっちまったんだよ。いつかにディザストへ感じていた感情は、龍美となった今になってもう一度思ってしまっている。
すぐにでもどうにかしなければいけないという気持ちにさせられるが、さっきみたく正体がバレてるにも関わらず隠し通そうとする頑固さがあいつにはある。
今だって開き直ってディザストとしての体裁を取り戻しちまってるし、一体どうすれば……。
打つ手立てが無い。そんな状況の中、様々な考えで一杯になってる俺の頭の中に声が響く。
【──森の向こうから何かがやってくるよぉ】
【──闇の剣士が空から降ってくるよっ】
「なっ!? 新手か?」
「何……?」
唐突に聞こえたのは
そういえば閃理が近くにいるってことを一瞬忘れてたや。龍美のことに熱くなってたし、まぁ仕方ない。
どうやら俺たちのやり取りを見守りながら周囲の警戒をしていてくれたようだ。
とにかく、この報せには流石に意識をそっちに向かざるを得ない。
つい口に出してしまったせいで龍美にもそのことがバレてしまう……が、どうやら反応からして龍美もこのことは知らなさそうだな。
何であれ俺たちの対話に割って入ろうとする敵には容赦しない。この会話を上に報告されれば龍美にはきっと罰が下されるだろうしな。
「ん? あれは……?」
新たな敵がどこから来るのか、
白……いや、薄青の半透明っぽい塊がこっちに向かって落ちて来ようとしている!
あれが敵!? でも敵があの中に入ってる、あるいは敵そのものってのも変な話だから、先んじての攻撃なのかもしれないな。
それならば迎撃するまでのこと! 俺の遠距離攻撃で打ち落としてやる!
【聖癖暴露・
「焔魔刃弓波! これで打ち抜いて──」
「いや、違う。兼人、一旦ストップ。あれは敵……闇の剣士の攻撃じゃない」
いざ暴露撃からの炎の弓。どんな攻撃だろうとも当たる前に消せば無意味も同然──と思って行動しようとしたその矢先、龍美から制止をかけられた。
何ぃ……? 取りあえず言い分を聞いてみれば、あの塊は攻撃の類いなどではないらしい。
その間にも徐々に近付く塊。すると龍美は
「あれは多分連れの剣士だ。おそらく君のところの剣士に負けて、何らかの理由で氷漬けにされて飛ばされたんだと思う」
「氷……? ってことは凍原か。無事にテンタクルを倒せたんだな、そりゃ良かった」
龍美曰く塊の正体は氷に閉じ込められた闇の剣士なのだという。そこそこ遠いのによく見分けられたな。
氷と言えば凍原だ。つまりあのタコとの勝負に勝ったというわけだ。
まだ闇側の龍美からしてみれば一つの戦いに黒星がついたのが決定的になってしまったわけだから、あまり嬉しくない情報だろうけど。
【龍喚曲解・『龍騎士』! 悪癖置換・鎧龍!】
「現れよ、我が
そして
やっぱり聖癖剣の力だったんだな、その鎧。まさか
「ここは僕に任せて。部下の不始末は僕が責任を取る。君が手を出す必要はない」
「でも……」
「大丈夫。この戦いはもうとっくに終わってる。今はこれ以上君とは戦わない。約束する」
俺の方を見て訴えかけてくる龍美……いや、ディザスト。龍の兜越しじゃ表情は見えないけど、その目はきっと俺を見ているに違いない。
それに本人がこの戦いは終わりだと言ったんだ。新手の剣士がもしやる気でも止めてくれる……そう言ってるんだろう。
覚悟の上で望んだ戦いだとはいえ、精神的につらい話も聞かされた分かなり疲れてる。
なら別にいいんじゃないか? これ以上の連戦が無いのなら任せるべきだと俺は思う。
「分かった。じゃあ龍美、任せた」
「ありがとう。名残惜しいけど、今から君と僕は敵同士の体で頼むね」
ここは大人しく言うことに従っておく。発動していた暴露撃を中断した。
身体を落下してくる物体に向けると、ディザストはもう一度固有技を使う手順を踏み始める。
【龍喚曲解・『触手』! 悪癖置換・触手龍!】
「来い、
赤いオーラを纏った
リードした聖癖が聖癖だからか、創り出されたのはまさしくタコと龍の中間って感じの龍。見てれば正気度を減らすような気持ち悪い造形をしている。
触手龍は空を泳ぐように飛んで氷の塊と接触。無数の触腕で受け止め、そのまま包み込んでしまう。
そして落下の勢いで龍は潰れて消滅。その代わり氷の中に閉じ込められていた剣士を無傷で解放させた。
「ぐへぇっ! ううううう……! さ、さむ……出られたけど、さ、寒いのだ……」
「えっ、誰こいつ? テンタクルじゃないの?」
「彼女は“噛砕の聖癖剣士”バイツ。テンタクルと一緒に君たちの妨害任務を請け負ってたんだ」
現れた剣士はまさかの知らない奴。誰だ……と考えるのも束の間、ディザストが教えてくれる。
どうやら最初の相手として立ちはだかったテンタクルは他に味方を連れていたらしい。それがこいつなんだそうだ。
まぁ相手がメルと凍原なんだし、こればっかりは相手が悪かったな。ディザストの言った通り氷漬けにされて決着をつけられたんだろう。
「こんなところに焚き火が。ラッキーなの……あ、お前は炎熱の聖癖剣士! 先生がすごい気に入ってる奴! こんなところにいたのかなのだ!」
「なのだ……? ってか、それよりも先生だとか気に入ってるとかって、まさかクラウディの部下か!?」
「そうなのだ! 第三剣士グループ所属の剣士、バイツさんなのだ……うぅ、ふぇっくし!」
変な語尾に一瞬戸惑ったけど、発言内容を聞き逃さない。俺は思わず反応しちまった。
樹龍を構成していた燃えてる丸太で暖を取ってるこいつ、どうやらクラウディの部下らしい。
あの人の差し金とはこりゃ参ったな。何をされてるわけではないけども、面倒くさい予感がビンビンだ。
余計なことを考えたせいでどっと心労が増える俺。その間にディザストはバイツの方へと近付く。
「バイツ、君は負けた。そうなんだろう」
「ひえっ、ディザスト様までいるのだ。ご、ごめんなさいなのだ……。相手が思ってた以上に強くて、惜しいところまで粘ったけど罠にはめられてぇ~……」
「言い訳は結構です。それに僕と炎熱の聖癖剣士との戦いに水を差したことも含め、しっかりとクラウディさんに報告します。相応の罰を受けることを覚悟してください」
「うわぁ~ん! こんな結果になるなら志願しなきゃよかったのだぁ~!」
始まったのはお説教。これには寒さを紛らわすために火のついた丸太から離れ、ディザストの前で正座するのもわけないよな。
しかしあの龍美が人を叱る立場にいるって考えるとなんか新鮮。昔は俺の馬鹿に付き合わせて一緒に怒られる側だったのに、なんか不思議な気分になるなぁ。
よく見るとバイツは幻狼とそう変わらなさそうな年頃の少女だと気付く。
剣士ってよりもいたずらがバレて大泣きしてる子供って感じだ。ちょっと可哀想に見えてきたわ。
「ディザスト様! もう一回、バイツさんにチャンスをくださいなのだ!」
「何故?」
「だってバイツさんは全然本気を出せてないのだ! さっき戦った奴だって剣の相性が悪かっただけだし、次はもっと上手くやるのだ! だから、そこの炎熱の聖癖剣士と相手させて欲しいのだ!」
ここでバイツは一旦泣き止むと、醜くも汚名返上のチャンスを求めてきた。
言い訳ばっかりだけど、挽回したい気持ちは何となく分からんでもない。クラウディみたいに諦めが悪いな、こいつ。
んで、あろうことかその相手に俺を選んでくるわけだ。うむ、やっぱり予想通りだな。
でも残念。打ち合わせ通りに断ってもらうだけだから、安し──
「──駄目に決まってるだろッ!」
「ひっ……!?」
「うおっ。え、えぇ……?」
次の瞬間、まさかの怒鳴り声にバイツが女の子らしい小さな悲鳴を上げたのが聞こえた。
「君の実力で炎熱の聖癖剣士に勝てると思っているのか? 剣を取って半年程度しか経ってない相手だからと侮っているのなら今すぐその認識は捨てるんだ。僕の鎧を壊せる相手に君が適うわけがない。クラウディさんのところで何を学んできたんだ? 敵の実力を目で判断することも出来ないのか!」
「ひっ、ひいぃ……! ごめんなさいなのだぁ~!」
これには正直外野の俺もビビった。だってディザストの奴、バイツの目の前に剣を思いっきり突き立てて脅してるんだよ。
いくら身内相手でもそれはやり過ぎでは? 暴力をしない理性があるだけマシだろうけど、それ時代が時代なら行き過ぎた指導ってやつじゃねぇのかな?
というか、龍美がこんなことするのがマジで信じられねぇ。年月と環境は人をここまで変えちまうのかな……?
「おい、たつ……あー、ディザスト。もうその辺で良いんじゃねぇかな。敵の俺が止めに入るのも変な話だけど」
「駄目だ。こういう自分と相手の実力差を判断出来ない剣士はすぐにやられる。君は知らなくて当然だけど以前
思わず止めに入ったら、わりと冷静に返された。
一応きちんと考えがあって言ってるんだな。激情に駆られてるわけじゃなくてちょっと安心。
あと迫力のあまりスルーしてたけど、俺はこの鎧を一部だけだが壊したことがあるらしい。
暴露撃を手掴みで止めたのはかなり捨て身の防御だったんだな。無茶するぜ。
さりげなく判明する裏話はさておき、剣士としての指導込みで行ってるらしいこの説教。でも流石に年下の女の子が鎧姿の男にいびられてる光景は見るに耐えないな。
しょうがねぇ、仲裁にかかってやるか。仮にも敵に対してする行動ではないだろうけども。
「お前の言いたいことは分かった。でも今は止めとこうぜ。ってか、目の前で説教を見せられてる側のことも考えて欲しいんだけど」
「……それもそうだ。ごめん、以後気をつける。バイツ、君も謝るんだ」
「え!? 何で──……うぅ、身の程を弁えないこと言ってごめんなさいなのだ」
俺の仲裁によりディザストは説教を思いの外あっさりと止めてくれた。軽く謝りつつ、何故かバイツにまで謝罪を強要させてるが。
当然不服な様子を見せるバイツ。だけどすぐに龍面の兜による圧に負けて屈してしまった。本人的にはかなり理不尽だよなぁ。
まぁいいや。何であれ戦わずに済んだから良しとする。後はこれからどうするかだが────
「それよりもバイツ。テンタクルはどうしてる?」
「ごめんなさいなのだ。バイツさんが先にやられちゃってるから、今はどうなってるのかは分からないのだ。でも、雷の聖癖剣士を捕まえてたのは知ってるのだ!」
「なっ、メルが!?」
俺がこの後のことをどうするか考えてる途中、ディザストが第一の戦場の様子を訊ねていた。
そこを担当してる一人だったバイツ曰く、信じられないけどメルがあの大タコに捕まる光景を目撃していたのだという。
生粋のスピードファイターであるメルが捕まるなんて……何かヘマでもやらかしたんだろうか? 流石に不安になってくる。
まさかとは思うけど、変なことされちゃいないよな?
何せ敵は触手。ヌルヌルと蠢くタコの触手に絡め捕られてあんなことやこんなことを……。
【──メラニーのお姉さんはテンタクルに勝ってるよっ】
【──潜在聖癖解放撃で一撃だったよぉ】
と、あらぬ妄想が展開されかけた瞬間、
そりゃそうだ。メルが
勝利は納められているようで何より──って、何だよ。別にそんな展開になって欲しいとは一切思ってないってのよ。俺は触手プレイは門外漢だから……。
見えない何かに疑いをかけられそうになったのを感じ取った俺は心の中で性癖を否定しつつ、敵側の話にもしっかり耳を傾けていく。
「──分かりました。では確認のために僕たちも向かいましょう」
バイツから一通りの話を聞いたディザストは、ここから離れるようなことを口に出していた。
そうか……ここでお別れか。名残惜しいが仕方あるまい。
今は神崎龍美ではなく第十剣士ディザストであるため、炎熱の聖癖剣士である俺とは未だ敵対関係にある。だからこれ以上仲良く会話するわけにはいかないんだ。
戦いの結果はうやむやにはなってるけど、どの道さらに本気を出したあいつには勝てないだろう。ここは甘んじて敗北を受け入れておく。
「焔衣兼人!」
「……っ!? な、何だ」
するとここで突然、ディザストがまた大きな声を上げる。今度は俺のフルネームで。
「君との戦いは一旦お預けだ。またいずれ
「ああ、当然だ。次出会ったら容赦しねぇ。必ずお前を倒してみせるさ」
「ふっ。……それじゃあね、兼人」
最後の言葉こそ横にいる無関係な剣士のせいで聞き取りづらい小声になってるけど、それでも何故か聞き取ることが出来た。
きっとあいつも俺と同じことを考えてるんだろうな。
せっかく出会えたのにもう別れなければならない。別れたら最後、また敵として会うことになるのを。
違うようでよく似ている俺たちの因縁。これが無くなる日はいつか来るんだろうか?
……いや、悲観はしない。俺がさらに頑張ればそれは向こうから近付いてくれるに違いないからな。
そしてディザストは龍を召喚すると、バイツを乗せて飛び立ってしまった。他の仲間の下へと。
生い茂る木々の向こうまで飛んでいくのを見送った俺は、その場にへたり込んでしまう。
さっきまで色んな感情が綯い交ぜになってたのに、今は何も考えたくないって気分である。
「龍美……」
正体を見破って、戦って、真実を告げられて、一瞬だけ昔みたいに話も出来た。複雑な感情が一杯で、もう動けない。
「焔衣。大丈夫か?」
「閃理。ごめん、ちょっとだけ寝かせて……」
「そうか。ゆっくり休め」
そんな時、今までずっと隠れて待機してくれていた閃理が俺のところにやってくる。
なんか、よく分かんないけど久々に見た気がする。実際には一時間も経ってないはずなのにな。
心労の影響もあって俺はついそっけない態度を取ってしまった。でもそれに文句を言うでもなく、閃理は静かに肯定してくれる。
そこからしばらく沈黙が続く。何分か経った頃、心の落ち着きを取り戻した俺は自分から閃理へ話を振っていた。
「閃理。俺さ、後悔してないよ。ディザストが本当に龍美だったこととか、昔の話の裏話とか、そういうの全部知っちゃったけど……それでも無理してこんなことして良かったって。今人生で一番スッキリしてる」
「ああ。お前は本当によくやってくれた。あの戦いぶりを見て、俺も最早素人ではないと悟ったくらいだ。成長を見せつけれたな」
「……うん!」
この無謀な挑戦はやって正解だったと俺は思う。
だって知りたいことは知れたし、龍美に近付くことが出来たんだ。間違いなく大収穫である。
待ってろ、龍美。次会ったら必ず救い出してみせる。そして救えたら今度は第一剣士、あんただけは絶対にこの手で倒してやるからな!
新たな目標が二つ追加されたのを実感しながら、青い空へ手を伸ばす。
すると閃理が俺の手を掴んで引っ張り起こしてくれる。勿論抵抗はしない。俺は起き上がった。
「休憩終了直後で悪いが、心盛さんと温温は危機的な状況に陥っている。すぐに助太刀に向かうぞ」
「えっ!? マジで? じゃあ今すぐ行かないと……でも他の奴らのことも……」
「案ずるな。日向は朝鳥と孕川も加わえて戦いに勝ち、心盛さんの場所へ向かっている。メルと凍原も第二の戦場に到着後、
が、ここでまさかの情報を教えられた。そして相変わらず気の利く閃理の手腕に舌を巻かされる。
日向もあのシスターに勝ったとは。流石はメイディさんに褒められる実力者なだけはある。良い意味で心配して損したぜ。
それにしても危機的状況ってのがどれくらいなのかいまいち分からないけど、とにかく急ぐべき理由が出来た。うかうかしてられねぇ。
閃理の先導の下、俺たちは『褐色聖癖章』の力で速度を上げていの一番に最後の場所へと行く。
なんかとても心配になってくるけど、大丈夫。きっと無事に勝ってくれるだろう。
そう願いつつ、森の中を駆け回る俺たち。最後の戦いをこの目で見届けてやるぞ。
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