第五十六癖『来たれり、最強の女』

心盛増魅むねもり ますみ……さん? あの人が……?」


 まさかの人物の乱入に俺は困惑……というか、願ったり叶ったりの奇跡に驚かざるを得ない。


 だってそうだろ? この危機的状況で助けが本当に来るんだから。それも、今回支部に来た目的でもある人物がだ。


「悪いけどあなたの相手をするつもりはないよ! 正直敵に回したくない剣士の一人だからね!」

「通さねぇよ」



乳盛剣重媒ちちもりけんじゅうばい!】



 心盛さんのことをスルーしてクラウディが保管庫に行こうとした時、その腰に提げる鞘から剣が引き抜かれる。


 遠目からでも見て分かった。剣の違和感。

 その聖癖剣は剣と呼ぶには余りにもデカく────まるで鉄の塊を剣状に削りだしたかのようなあり得ないデカブツ。


 二メートルは越えるのか? 本人も女性にしてはかなり体格の良い方だけど、剣の方が全然巨大だ。

 そんな大剣を軽々片手で持ち、振り払った瞬間、俺は目を疑った。


「ぐうぅっ!?」


 クラウディが吹き飛んだのだ。そういう比喩じゃない、マジで後ろに大きく吹っ飛ばされた。

 斬撃波が見えなかったということは、風圧だけでこれ!? なんてパワーだってのよ……!


 流石に着地は綺麗にされたけど、あの第三剣士に悲鳴を上げさせるとは……。


八天はってんが無ければ身体を背骨一本で繋がされるところだった。そのパワー、本当に危険だ」

「何をぅ、どうせ見切ってたんだろ? こんな小手調べに弱音吐かれちゃ困るぜ?」


 今の一撃が小手調べ!? 普通に俺の開示攻撃よりも強くなかったか? マジで元日本一なの?

 心盛さんの戦いに唖然とする中、キャンピングカーからまた誰かが数人降りてくる。


 そいつらは二人の剣士を避けるよう、遠回りをしながら俺のいる場所へとやってくる。


「焔衣さーん! 大丈夫ですか!?」

「あーっ! 見て、ディザストがいる! みんな気をつけて!」


「輝井に響と真視!? なんでここに……?」


 そいつらの正体はすぐに判明。つーか約一名の目が相変わらず光ってるお陰ですぐに気付いたけど。

 輝井星皇、瑞着響、四ツ目真視の支部所属の三剣士だ。近くの街で買い物してたんじゃ……?


「襲撃の報を聞きつけて支部に向かっていたら、途中で心盛さんに拾われ──」

「ってかディザスト! さっさとケンティーから離れろ! 人の仲間を人質にする気!?」


 到着経緯は真視が説明してくれたが、響の発言により途中でかき消されてしまった。


 心盛さんの登場で一瞬意識から逸れていたが、ディザストが俺の服の裾を掴んで移動に待ったをかけている状況。


 さっきまで俺のことを助けるために奮闘していたことなど三人は知らないことは当然だから、人質に取ろうとしている瞬間に見えているんだろう。


「ま、待て、一旦ストップ! こいつは俺を助けてくれたんだ! 敵だけど、今は見逃してやってくれ!」

「なっ……、敵を庇うんですか!? その人は闇の剣士で最も危惧するべき人物の一人です。そもそも敵があなたを助ける理由は無いはず!」

「いや確かにそれはそうだけど、本当なんだよ! ディザストがいなかったら俺、間違いなくまずいことになってたんだ!」


 そりゃそういう反応もするわな。敵を庇うっていう行為がどれだけ信用を損なう行為なのか、今の俺ならよく分かる。


 でも俺だって借りを仇で返すような真似はしたくない。それが敵であったとしてもだ。


「ケンティーは騙されてるんだよ! 敵が敵を守ってくれるなんてあり得ないって。絶対何か企んでるに決まってるよ!」

「そ、そうです! 一体何をしたのかは分かりませんが、裏があるのは確実です。今助けます!」

「それに何だか弱ってる感じもしますよ! 今なら自分たちでも倒せるかも……!」



響弐剣翠湊ビキニけんすいそう!】


狂眼剣禍穿ギョロめけんまがつ!】


炯眼剣綺羅けいがんけんきら!】



「あんたら……!」


 俺の言葉なんか一切聞かず、三人はそれぞれ聖癖剣を構えた。

 あの戦いには消極的な真視まで聖癖剣を出してやがる……。そんなに信じられないのかよ。


 まぁ当然っちゃ当然か。あいつらはディザストが俺に深い因縁を持っていることを知らない。

 俺もその内容は分からないが、少なくともただの一方的な感情じゃないことは分かる。


 それに、呪いのダメージを受けている状態のディザストなら倒せると思っているようだけど……。


「…………っ」


 いや、もしかしたら実際そうなのかもしれない。

 少し後ろに目をやると、そこにいるディザストは荒い息づかいのまま頭を視線ごと逸らしていた。 


 奴を倒せば多額の報酬と名誉が得られる。勿論皆が今そんなことを考えて行動しているとは思わないけど、これは間違いなくチャンスなんだ。


 俺も馬鹿だな……。こんな状況で取るべき行動はたった一つなのに、何をこんなことに時間を費やしているんだ。


 全く自分に腹立たしい。後で何て言い訳しようかなぁ……。


「俺だって……敵に救われたことは正直思うところもある。でもな、だからって恩を仇で返す真似はしたくねぇ! つーか、ディザストを倒すのは俺だ! 他の誰にも倒させやしねぇ。あんまりこういうことは言いたくないけどさ……、こいつに手を出すなら俺が相手になってやる!」


 気付くと俺は今の発言を叫びながら焔神えんじんを構えてしまっていた。

 俺の気迫に気圧されたか、三人は一瞬びくりと身体を震わせる。


 ああー、言っちゃった。内心自己嫌悪しながら絶賛後悔中。

 俺だって味方に剣を向けるのがどれだけの行為なのかくらい理解してる。


 これは反逆行為だ。支部長がいたら怒られるどころか剣士クビもあり得る行為。


 うう、正直今言ってやらなきゃ良かったってめちゃくちゃ思ってる。どう謝ろうかなぁ……ってか面と向かって謝れる機会があるかな……?


「焔衣さん……。自分はあなたのことを良い人だと思ってますけど、流石に敵を庇うほどとは思ってませんでしたよ」

「ケンティー、あたしがまだあだ名で呼んでる間にもう一回考えを改めてよ。それ絶対騙されてるって。あたし、新しい友達を敵にしたくないよ」

「私だって……あなたとの最初の試合が殺し合いになって欲しくありません。お願いです、どうか正気に戻ってください!」


 それぞれが俺に対する言葉をぶつけてくる。

 おそらくこれが三人との友好関係を元に戻す最後のチャンス。さっきの態度を取れば、俺はもう支部の人間とは仲良くなれない。


 それどころか剣士生命の危機。今の状況を何とか切り抜けたとしても、上に報告されておしまいだ。


 これ以上はもう本当に下手な選択が出来ない。

 それなのに俺は──まだディザストを守ろうとしてる気持ちがある。


 視線を逸らす姿はほぼ俯いている。その姿がなんと痛々しいことか。仮面越しでも敵意に晒されて苦しんでるのが嫌に分かる。


 この状況……ああ、最悪だ。少し昔のことを思い出しちまった。

 そのせいか汗が止まらない。俺のトラウマの部分が刺激されて心が苦しい。


 過去に似たようなことが俺にもあったからな。

 龍美の件で引きこもった俺が学校に復帰した時、周囲からの視線が死にたくなるほど怖かった。


 実際には俺のことを気遣ってくれた奴が多かったものの、中には陰で誹謗中傷をしてる奴がいたことも何となく気付いていた。


 あの時は当然の報いだとして先生は勿論親や他の友達、誰にも言わず無視し続けていたからな。

 心の傷が広がっていくのを自分自身の罰だと思い込んでいたんだ。


 だから正直、ディザストに不名誉な親近感を抱いている。俺も昔、同じことを思ってたんだ。


 こいつはきっと受け入れているんだろう。

 敵に……いや、もしかすれば味方からも非難を浴びることを。


 もしかしたら出会いが違えば、良い友達になれていたのかもな────もっともそれはお互いの傷を舐め合うような関係なのかもしれないが。


「俺は、俺は…………」


 奇しくも感じてしまった親近感に情を動かされつつある今の俺は、選択の難しさに戸惑っていた。

 ディザストを庇うか、味方の言葉に従うのか──とてもじゃないがどちらも選べない。


 というよりどっちも選びたい! 世界がもっと優しかったらこんなことにはなっていなかっただろう。恨む相手は違うけどさ。


 最近はそこまで優柔不断ではなくなってきた俺も、今回ばかりは迷ってしまう。

 本来ならば迷う理由はなんて無いが、それでも迷っている。そんな時────


「ククク、フフフ……ハハハハハ!」


 え、何だ? 背後から急に笑い声が。

 何事かと思い、もう一度後ろを見やろうとした、その瞬間────


「うぐぅ!?」

「ははは、バレちゃしょうがない! ああ、そうさ。僕はこの時を待っていた。炎熱の聖癖剣士……君の情に絆される姿は実に滑稽だったよ!」


 俺は突然組み伏せられ、焔神えんじんすら手放してしまう。

 ど、どうして……!? まさか、本当に……。


「やっぱり、焔衣さんは騙されてたんだ! 今助け──」

「おっと、動かないほうが良い。今一歩でも動けば炎熱の聖癖剣士の命は無いよ。大人しくするんだ」


 首筋には災害さいがいを突きつけられ、助けに出ようとした三人の動きが止められてしまう。

 ディザスト……本気か? さっきまでとは全然雰囲気が違うぞ。まるでクラウディみたいな……。


 ……ん? クラウディ……の真似?

 まさかとは思いつつも、ディザストってあんな高笑いをするようなキャラじゃないのは知ってる。


 俺のイメージと知る限りの性格じゃ、もっと寡黙で冗談の通じなさそうな堅物のはず。

 もしかすると演じている? 一体何のために?


「ケンティー! お人好しは結構だけど、敵にまでやるとこうなるんだから。今助けるからね!」

「で、でもどうするんですか!? 動いたら焔衣さんが……!」


 本性? を表したディザストの行動にどうにも出来ない支部剣士たち。


 実際ピンチだ。今ので焔神えんじんは手放しちまったし、首筋には刃。さらに関節技がほぼ完璧に決まっている。


 こんな真似をして、何が目的だ……? そう心の中で思ってると、またもや予想外のことが。



「うるぅぅああああッとォ!!」



 どかああああん、とド派手に地面を抉りながら向こうで起きていた戦いの余波が!

 おいおいおいおい! 地面が、さっき抉り飛ばした大地の一部分がこっちにぃ~~!?


「ギャ──ッ!? ……ってあれ?」


 慌てふためる三人。あまりにも大きな大地の塊だったが、それは何故か落ちてくることはなく、その変わりに小さな土塊がぽとんと一つ降ってきた。


 え、何? どういうこと? さっきの抉り飛んできたデカい塊はどこへ……?


「おっと、悪ぃ。気ィつけてくれよな! ってか何やってんだお前らは」

「あ、心盛さん! 大変です、焔衣さんが騙されて敵の人質に……」


「むっ、ディザストくん。君は何をやってるんだい! さっきのお願いを仕方なく聞いてあげたのに、何で焔衣くんを人質にするなんてことを!?」

「あなたには関係ありません。そっちの戦いに集中しててください」


 あーもう格上組がこっちに来たせいでしっちゃかめっちゃかな状態になったぞ。

 さり気なく人質の件を心盛さんに相談するし、ディザストの奇行もクラウディに見つかってる。


 ふむ……でもやっぱりディザストの行動はわざとっぽい。クラウディに対する返答が普段の塩対応に戻ったな。


「ほぉーん、お前が噂に聞いてた閃理のお気に入りか。こんな状況だけどあたしが心盛増魅だ。よろしくな!」

「はぁ……、って今そんな暢気に自己紹介してる場合じゃないでしょ!? 俺今捕まってんのに!」


 ええーッ、なんだこの人!? このタイミングで自己紹介はおかしいって。空気読んでよ!


 直情径行な人物とは聞いてるが、まさかここまでとは思わなかった。挨拶より救出を優先してほしいんだが!?


「ディザストくん……やっぱり君もそうなんだろう? 焔衣くんを闇の剣士にするってもう素直に言いなよ! 私も賛成だからさぁ!」

「僕の目的はあなたと同じではありません。いい加減理解してください」


 そっちもそっちで戦いを中断してまで俺の勧誘を推進するな!

 何の理由があって俺をまた拘束してるのかは分からんが、戦いに集中しろよ!


 どいつもこいつもどうなってんだ。剣士ってどこまでも自由な人しかいないのかよ!


「ほぉ~……、クラウディ。あんた、ウチの大事な後輩のケツを狙ってんのか? どうやら話は本当だったみてぇだな」

「人聞きの悪いことを言うね。不純な動機で仲間にしたいとまでは思ってないよ」


 闇側の会話を盗み聞いたのか、心盛さんは勧誘の件についての話に食いついてきた。


 そうは言うけどクラウディ、あんたさっき異性として俺を見ているって言ってたじゃん……。嘘をつくんじゃない、嘘を。


 意外だったが心盛さんは俺が闇からの勧誘を受けている件を知っているらしい。

 多分閃理から聞いたんだろうけど、一体いつの間に。てかケツを狙うとか言い方が下品だな!?


 流石にこれ以上はツッコミが追いつかない。早く戦いに決着をつけてくれよ!


「よぉ~し、ディザストくん。そのまま焔衣くんを連れて逃げるよ。潔く剣は諦めよう!」

「断ります。早く剣を回収しに行ってください。この場は僕が持たせます」

「ディザスト、無理すんなよ。今のお前じゃ心盛さんには勝てない」


 案の定撤退を考えているクラウディ。遮霧さえぎりの代わりに俺を連れて帰ろうとしてるらしい。

 勿論ディザストからは反対の声が。さらに戦いの相手を変えて、作戦の遂行に出始めた。


 とはいえ奴も呪いのダメージが残ってるはず。勝てない試合に臨むほど愚かじゃないだろうに。

 俺も挑発……のつもりで言ったわけじゃないが、止めておくべきだと忠告はしておく。


「龍の聖癖剣士、あんたの強さは常々聞いてんだ。これも何かの縁。怖いなら二人がかりでもいいさ。あたしとお手合わせ願おうか……!」


 一方の心盛さんはというと、何故か妙にやる気出して一対二でもオーケーという旨の発言までする。

 戦闘狂……? なんか、すげぇ戦う気満々だけど、これ色々大丈夫? 味方だよね?


 俺の言葉に一瞬黙っていたディザストは、剣を構えて構わず戦いの姿勢になった。同時に俺の拘束も外れる。

 マジで戦うつもりなのかよ……。


「クラウディさん。八天はってんを」


 すると、近くにいたクラウディから八天はってんを借りるという行為に。

 何をする気だ? 八天はってん叢曇むらくも専用の装備品じゃないのか?


 先行きを見守っていると、ディザストはとんでもない行動に出ることとなる。



八天選択はってんせんたく! ……『曇天』『稲妻』『吹雪』『濃霧』『砂塵』『降雨』『快晴』『虹霓』!】


【龍喚曲解・『曇らせ』『怒らせ』『困らせ』『焦らせ』『苛つかせ』『悲しませ』『笑わせ』『怖がらせ』! 悪癖置換・曇龍! 雷龍! 雪龍! 霧龍! 塵龍! 雨龍! 晴龍! 虹龍!】



「現れよ、我が隷龍しもべ。悪癖龍喚・天候龍群ウェザードラゴンズ


 あろうことか八天はってんに込められた全ての聖癖をリードし、全部を龍にして召喚して来やがった!

 全部で八体。この数に俺は呆然とせざるを得ない。これは……あんまり多すぎじゃないか……!?


「今の内に剣を」

「むぅ、どうしてもかい?」

「早く行ってください」


 まだ粘ってくるクラウディを急かさせ、心盛さんとの戦いの相手になったディザスト。

 災害さいがいはこんな大量に龍を出せるのかよ……。そりゃ最強も名乗れるわな。


「ひえぇ、これが龍の聖癖剣士の力……?」

「マジ……!? こんなに出せるなんて聞いてないんだケド!?」

「これを自力で退けたなんて、焔衣さんはどうやったんですかぁ……!?」


 この事態に支部剣士組は戦々恐々としている。

 当たり前だ。俺だってどうしてあっちから退いてくれたのか分からないんだから、こんな状況をどうすれば良いかなんて分かるわけない。


「くくく、ハッハッハッハッハ!! こいつぁいい! 年甲斐にもなくワクワクしてきたぞ。心から楽しませてくれそうだなァ!」


 しかし、ただ一人だけまるで別の世界にいるかのように大笑いをしていた。

 悪役みたいな台詞を吐きつつ、空を旋回する八体の龍を見上げている。


 こんな状況にも関わらず心盛さんは気を落とすどころか、むしろ戦いの相手が増えて嬉しそうだ。

 一体どこにそんな元気があるのやら……。戦闘狂って思ってたけど、案外間違いでもないらしい。


「おいガキども。お前ら三人で一匹を相手しろよ。あたしは残りを狩る」

「わ、分かりました! お願いします!」

「それと焔衣だったか? 寝転がってないでお前も戦えよ。疲れただなんて言い訳は通じねぇからな」

「あ……、はい!」


 すると今度は上位剣士らしく俺たちにを指揮し始める。

 あの人の言うように拘束は外れたんだ。焔神えんじんを拾ってディザストから離れて加勢に行く。


「……本当にごめん」


 近くを離れようとしたにも関わらず、ディザストは俺を引き留めることはしなかった。その代わり、微かにだが小さな声が聞こえた。


 誰に対する謝罪の言葉なのかは何となく察しはつくけど、ここはあえて無視しておく。

 急いで距離を置き、俺も戦闘態勢に。


「……やれ」


 この指示により、龍の群は動き始める。

 八体中五体もの龍は心盛さんを狙っていた。支部剣士組には虹龍、俺には晴龍と雨龍が来ている。


 まず俺のところの龍について。『笑わせ』なる聖癖から産み落とされた晴龍は赤い身体に蛇のような長い胴体。そしてどこか笑顔を彷彿とさせる特徴的な顔をしている。


 次に雨龍。『悲しませ』の聖癖を由来としたそれは、長い胴体に雨の塊をベールのように纏っていた。どこか悲しげな顔立ちは晴龍より蛇っぽい。


 相反する天気と感情を司っている二匹が俺の相手。龍と勝負するなんてファンタジー、夢にも思わなかったぜ!


「まだ疲れは取れてないけど──負けらんねぇ! 今出せる本気を出すしかない!」


 多少無理してでもやるしかないんだ。さっさと片付けてクラウディの目的も防ぎに行かないと。

 二匹の龍の内、雨龍が最初に雨をまき散らしながら俺へ真っ直ぐ体当たりを仕掛けてくる。


 全長は3mくらいか? それなりに大きいがかわせなくはない。透子さんとの交流試合の時と同様、ぎりぎりまで引き寄せてから回避。


 地面を泥に変えながら顔面から激突した雨龍。

 人為的に作られた存在でも痛みの感覚があるのか衝撃を受けて怯んでいる様子だ。


 今がチャンス! 俺は焔神えんじんに炎を纏わせて、奴の脳天に向けて剣を突き立てる!

 聖癖開示──こいつを食らいやがれ!



【聖癖開示・『ツンデレ』! 熱する聖癖!】



焔魔荒滾錐えんまあらたぎり!」


 その瞬間、焔神えんじんの炎は瞬く間に雨龍が纏う雨水の保護を沸騰させ、その身をボイルさせる!

 水の熱伝導率とやらは割と遅いとは言うが、熱も権能として操れる焔神えんじんなら関係はねぇ!


 ウナギに目打ちをするように、剣をより強く食い込ませて暴れるのに耐える。ぐぬぬ、こんなところで昔の経験が生きるぜ……!


「このままやられろおおぉぉぉ……!」


 ブクブクと沸騰するベールに身体を煮られ、流石の雨龍も苦しんでいる。可哀想な気もするけど、これも勝負なんだ。


 そして次第に暴れる勢いを衰えさせ、最後は尻尾を弱々しく上げて倒れた。

 形象崩壊した雨龍はその場に熱湯となって地面を濡らして消えてしまう。


 まずは一匹……。思いの外楽に倒せたけど、それはそれで中々つらいな。生き物を捌く経験がなかったらヤバかったかも。


 痛みを感じてるようだったし、なるべく一撃で倒してやりたいな……。それがせめてもの温情だ。

 弔い半分の気持ちでいると、容赦なく二匹目がやってくる。晴龍だ。


「ぐおっ……。お前はさっきのと違って炎は効かなさそうだな。さて、どうすりゃいいかな」


 雨龍同様体当たりをしてくるが、地面に激突することなく空中に戻って次の攻撃の姿勢に。

 相変わらずニタァっとした笑みのような顔をしている晴龍。むぅ、なんかムカつくな。


 あくまでそういう顔なのであって、俺のことをバカにしてるわけじゃないだろうけど、ちょっと苛っときてしまう。


 さて、どう攻略しよう。手持ちの聖癖章を使えば何とかはなるだろうけど、どれを使おうか──


「う、うわぁ────ッ!?」


 そんな時。別の方向から悲鳴が聞こえた。

 それは別の龍と戦う支部剣士組の一人、輝井の声だった。

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