第二部『焔と龍、変えられぬ定め』
第十六癖『迫り来る、母なる聖癖』
俺が見習い聖癖剣士となってから早一週間。次なる目的地を関東方面とし、そこを目指して着々と歩みを進めている。
その間、俺は閃理の指導の下、日々鍛錬を積み重ねている……のだが。
「踏み込みが甘い! それでは敵に足下からやられるぞ!」
「ぐぇっ!?」
この日もまた模造剣での打ち合い訓練……なんだけど、師範もとい閃理は容赦なく本気の攻撃を繰り出して俺に反撃の余地すら与えない。本日五度目となる立ち合いも俺の完全敗北で終わった。
勿論これは俺のためだとは分かっているし、剣士になった以上逃げ出すつもりもないけど……いやー、きついっす。
「いいか。聖癖剣は戦闘時、持ち主の身体能力を向上させる。元の
「それは何度も聞いてるって。それくらい分かってるし、毎日メニュー通りの筋トレもしてる。でも閃理の特訓は一方的過ぎて学べる物も学べないって!」
俺はついこの特訓に対する不満をぶちまける。いやぁ、あんな特訓続けてれば誰だって一つは文句言いたくなるって。
閃理と行っている模擬戦闘訓練。剣道とかフェンシングみたいな試合方式で行われるそれは、学ぶにはあまりにも差がありすぎるのだ。
そう! 例えるなら俺Lv1一般剣士。メルLv50先輩剣士。そして閃理Lv99上位剣士──みたいな。最近のうざったいほど出てくる興味のないソシャゲの広告ばりの差が今の俺らにはある!
早い話、加減をしてほしいんだよ! 何で訓練初日に脳震盪起こして倒れたり物置に頭から突っ込まなきゃならんのだ!
「そうは言ってもだな、お前は第三剣士を瀕死にさせたんだぞ。それがどういうことを意味してるのか分かってるのか?」
「え、意味……? 何それ……」
「お前は敵に危険視されている可能性があるということだ。
何…………だと…………!? じょ、冗談ですよね?
さらりと暴露された俺の状況。何、俺まだ狙われてんの? ガチで命狙われてるの?
聞きたくなかったそんなこと……。っていうか閃理の特訓がめちゃくちゃ厳しいのってそういう背景があったからだったのか……。
いや、でもだからってそこまで急がなくてもいいんじゃない? 警戒してるってことは、つまり慎重になってるってことだし、多少なり猶予はあるはず。
でも心配になってきた。本当に何も無いままで済めば良いんだけど……。取りあえず練習には本気で取り組むつもりでいこう。
「うぅ、ああ。それマジかよ……。分かった。加入早々やられたくねぇし、我慢するよ。でももう少し加減して?」
「良いだろう。
「やっぱり聖癖剣の力使ってるじゃんかよぉ!! ずりぃ!」
そうだろうと内心感じてたよ! いくらそういう性質だとはいえ
くっそぉ~。なんかムカって来た。こうなったらヤケだ。先代の記憶から一つ、閃理も驚かすような技をやってやる。
うおお、お願いします先代炎熱の聖癖剣士様! 俺にあの人から一本取れる動きのご教授を!
そしてピーンと来た記憶の断片。ふむふむ、この動きなら何とかなるはず!
「さぁ来い。言っておくが、俺は
「それでもやるのが剣士だろ? 負けねぇ、この勝負は俺が貰うぜ」
俺は模造剣を横に構えてそのまま接近。相手はおそらく俺の攻撃を至近距離からの薙ぎ払いと予想するはず。
しかし、それはハズレ。真の狙いは柄頭での打撃攻撃だ。
リーチこそ短いのが難点だが、少なくとも刃を使って攻撃することに気を取られてるせいでこの動きになるとはまず考えないだろう。わき腹や鳩尾に上手く当てるのがポイント……記憶はそう導いてくれた。
そして俺が剣を逆手にして攻撃を仕掛けようとした時──ここで衝撃の事実が明かされる。
「おっと。何やってるんだお前は」
「……あり?」
ぽこーん、と気付いた時には閃理の模造剣が俺の頭で軽ーい音を奏でた。いや俺の頭の中は空っぽってことじゃねぇよ。
いやそれはどうでもいいや。今何が起きた? 確かに俺は記憶が導いたとおりのやり方で閃理へ攻撃を仕掛けようとしたはず。
だが何故か。俺の身体は相手の前で剣を構えたまま止まって隙だらけの状態になっている。接近、そして逆手持ちからの打突というコンボが全く決まっていなかった。
「……あれぇ、なじぇ?」
「おそらくイメージした動きに対し身体が追いつかなかったんだろう。以前の戦いは聖癖剣による身体能力向上化があって奇跡的に成立したもので、普段の運動神経はこの程度だということだ」
「そ、そんなぁ……」
き、きっついお言葉を貰ってしまった……。そうか、俺の運動神経なんてこんなものだったのか……。
あの時の戦いも、聖癖剣の補助無しでは決して成し得なかった奇跡というわけだ。ふふ、そりゃそうだ。そうでなければLv1剣士がLv99闇の剣士(手加減)に勝てるはずもないわな。
俺、落胆。いやー、脳に身体が追いつけないってこうことを意味するんだなぁ。地味にショックだわ。
己が素の弱さを認めざるを得ない事実に打ちひしがれていると、近くに置いていたスマホに着信が。
閃理のスマホから鳴るそれは、現在目的地までの道のりを代わりに運転しているメルからの物だった。
「メルか。どうした?」
『閃理、舞々子と会う場所、近付いてきタ。準備、焔衣に言っといテ』
「俺も聞いてるぞ。ってかもう着くのか。早いな」
スピーカーを最大に上げて通話に出る。次の目的地はもうすぐのようだ。
そう、関東方面へ向けて出発した俺たちが向かっているのは、第二班と合流する予定のキャンプ場。そこで前々から言ってた親睦会を開くことになっている。
この日を四ヶ月以上も前から楽しみにしてたからなぁ。曰く組織の剣士きっての善人とも呼ばれ、さらに料理上手な舞々子さん。その腕前は言わずもがなプロ並みなのだとか。
そんな人の手料理を味わえるのだから楽しみじゃないわけがない。あわよくば味を盗む……否、料理でも教えてもらえないかな。
「よし、今日の訓練はこれまでにする。すぐに準備を急ぐぞ」
「はぁー、や~っと終わったぁ。腹減ったー」
電話を切って早々に訓練を終了。親睦会の準備のために俺たちは作業に移る。
はてさて、第二班ってのはどういう人たちがいるのだろうか。事前に閃理から少しだけ話を聞いてはいるが、それでも分からないことは多い。
俺は着々と親睦会の準備を進めつつ、期待に胸を膨らませる。
……が、俺はこの時気にもしていなかった。
いつぞやに閃理が口にしていた言葉を。優しいだけの人間がこの世に存在しないことを……!
そしてもうしばらくして、俺たちの車は目的地としているキャンプ場へと到着する。季節は春なので人はまだ少なく、事実上の貸し切りだ。
んで、俺たちは俺たちで持参してきた物を持って、すでに停められている第二班のキャンピングカーへお邪魔する。
案の定こっちのアジトと同じ作りをしていた第二班アジト。ホールにはすでに沢山のご馳走が並べてあったにも関わらず、それになんか目がいかなかった。
そう、そこで俺が目にしたもの──それを見た瞬間、背筋が凍り付くような悪寒を感じ取ったのだ。
「…………っ」
「…………はぶぅ」
「なんだ……? なんなんだよ、これ……!?」
入っていきなり視界に飛び込んできたのは、おそらく第二班の剣士と思われる若い男女が絶望的な表情のままおしゃぶりをくわえ、さらに赤ん坊をあやす時に使うようなガラガラ鳴るおもちゃを持たされている光景。
一瞬、そこにある景色を脳が理解しきれなかった。閃理もメルも、やべぇモン見ちゃったみたいな名状しがたい顔を浮かべている。
なにこれ地獄? 見る側も見られる側もメリットが一切無い謎の儀式。いやほんと何なのこれ?
「あらあら~、いらっしゃ~い! 今少し手が離せないから、あともう少しだけ待っててくださいね~」
すると、ここで聞き覚えのある明るい声が向こうから聞こえた。それに反応するように第二班の二人はびくりと肩を震わせる。
なんだろう……すげぇ怖い。前に聞いた時はめちゃくちゃ優しいイメージを持ったのに、この光景を見てから聞くと背筋にナイフのような鋭い何かを突き立てられたかのようなイメージが湧き出している。
「……メル、焔衣。荷物をこの場に置いて一旦下がるぞ」
「それ、賛成……」
「一体何が始まるんです……?」
不意の提案。勿論否定はしないが、念のために訊ねておく。
「舞々子の悪い癖に巻き込まれる前に逃げるだけだ」
「お待たせしちゃいましたぁ~! スープの味付けに手間取っちゃってぇ~……」
そう回答をくれた瞬間、向こうのダイニングルームに繋がる部屋からあの惨状を生み出したであろう存在が現れる──と同時に俺たち第一班の三人は全く同じタイミングで逃げ出した。
あの閃理でさえここまでの冷や汗をかかせ、メルも従順に従うレベル。歴戦の二人をここまでにさせる悪い癖とはまさか……!?
「あらあら、そう恥ずかしがらなくても~。閃理くんたちはいつもそうなんだから……お互いに遠慮いりませんよぉ~?」
【聖癖リード・『マミフィケーション』『ストーカー』『バブみ』! 聖癖三種・解釈一致! 聖癖調和撃!】
な、なんか後ろの方でヤバい感じのコンボが決まったような気がする!
そして背後から無数の包帯がこっちに向かってやって襲いかかってきてるゥ!? なんか捕まったら死よりも恐ろしいことになりそうな予感が!
足を回せ! ああ、さっきの訓練疲れで上手く足が動いてくれねぇ!
「アアッ────!!」
「焔衣ーっ!」
他の二人より
閃理も思わず悲鳴を上げて、一番先頭に居たのを振り返って俺を助けようとしてくれる。ありがてぇ……けど、駄目だってそれは!
「閃理ぃー! 俺に構わず逃げろって!」
「俺は部下を置いて逃げるなんて剣士にあるまじき行為はしない! 例え仲間に凶刃を向けられてもそれは変わらなぐあっ──!?」
ああ、もう言わんこっちゃ無い。そんなカッコいいこと言うから捕まったじゃねぇかよ! いつもの
閃理もやられた以上、もはやこれまでか……いや、一つ希望はある!
いつぞやに
あのスピードなら包帯が巻き付く暇も無く何とか出来るはず。頼むメル、一瞬にして細切れにしてやってくれッ──!
「焔衣、閃理! 二人の
ばたん、と閉じられる扉。ああ、自由奔放って悪い面も多いんだなぁ……。
「この裏切り者ぉぉぉぁぁぁ────!?」
まさかの裏切りを受け、失意のままに俺たちは包帯に引っ張られて第二班アジト内ホールへ強制招待されてしまう。
マジ許せねぇ……! 明日の晩飯覚悟してろよなァ!? 生のピーマン食わせてやるからなマジでよォ!
そして扉は固く閉ざされ、親睦会という名の地獄が幕を開けた。
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