第十五癖『焔の始まり、龍の胎動』
あれから約四ヶ月──俺はついに高校を卒業した。
こうして振り返ると卒業生としてそれなりに普通の最後を飾れたと思う。多分もう一生再会することもない人もいるだろうが、真の意味で他人になるクラスメイトたちを気にしちゃいられない。
式から数日後、俺はでかいキャリーケースを持って駅前にいた。そう、俺自身が旅立つ時が来たのだ。
「兼人、本当に行くんだな。親としてお前の成長を見れて嬉しいぞ」
「ありがとう。まぁ、時々電話くらいはするからさ、心配はしないでよ」
父である賢一郎とのしばしの別れ。今まで育ててくれたことへの感謝を込め、親子同士水入らずの会話だ。
とは言っても特段話すことはない。強いて言えば家事の類いは全部俺がやってたから、俺がいなくなった後の家が心配だということくらいか。父さんは家事出来る人だったか? ちょっと不安だな。
会話もそこそこにしていると時間が迫る。もう少しすれば包丁メーカーからの送迎車として例のキャンピングカーと共に閃理らが駅前にやってくる予定となっている。
もうすぐ俺の剣士としての人生が幕を開く。どんな人生になるのか、それは分からない上に期待するようなことになるとも限らない。でもきっと、普通よりかは良い経験が──
「兼人!」
と、色々考えていたら父さんが俺の名前を叫んだ。なんだびっくりしたぁ……。
「去年の秋頃までお前、とても暗い顔してたこと知ってるか?」
「……うん。進路とかそういうの悩んでたから」
「それもあるだろうが違うだろう。ずっと後悔してたんだろう。友達のこと。お前はあの日から昔みたいな元気な姿を見せなくなったからな」
唐突に語り出したのは、俺の人生最大の転換となったであろう親友のことについて。やはり親として俺の変化にはしっかり気付いていたようだ。
あの事件を境に俺は大きな変化をしたのは確かだ。まず消極的になり、徐々に卑屈な考え方をするようになり、そして優柔不断な性格になった。
笑顔も……きっと心から笑ったことはほとんどないかもしれない。
それほどまでにあの事件は衝撃的な内容を孕んでいる。吹っ切れたと思っている今でさえ思い出すと後悔が止めどなく溢れるのを心で感じるくらいだ。
「でも最近、良い意味で変わったよ。特に笑顔をよく見せるようになった。何でもない時にいきなり笑ったりしてさ。何か嬉しいことでもあったんじゃないかって思ってたらいきなり進路を自分で見つけたりしてな」
「そ、そう……? 俺そんなに変わってたかな」
うーん、確かにあの日の戦いを経てから俺自身少し変わったかもしれないとはうっすら自覚はしていた。
剣のことを考えたり、組織のことや人生だとか、沢山新しく考えなきゃいけないことが増えた上に追試の勉強だのと忙しい日々だったけど、確かに充実した日々を過ごせていたとは思う。まさか時折出していたニヤケ顔まで見られてるとは思わなかったけど……。
「父さんはな、お前があの事件から変わったことを気にしてたんだ。一番の友達が行方不明になるなんて経験、普通はしないからな。ずっと悔やみながら生活してきてたんじゃないかって。でも杞憂だった。お前はいつの間にかそれを乗り越えてたんだな」
「……いや、俺はまだ乗り越えきれてないよ。あいつの……
そうだ、俺はまだ過去を克服しきれていない。迷い癖こそ振り切ったつもりでいるものの、まだ完全ではないし未だに思うこともある。
そいつが悲しむかもしれないことは二度としない。これからは前向きな人生にすると決めたんだ。
「そうか、でもいいさ。誰かの想いを受け継いで生きる。それが出来るってことはお前は大人になっているってことだ。少なくとも父さんから見ればもう立派な人間に見えるぞ」
「へへっ、よくそんな小恥ずかしいこと言えるよな。でもありがとう。俺、あっちでも頑張るから」
父親から初めてそういう感傷的な話を持ち出されたのには驚いたが、最後にそれらしい会話が出来た。そして、このタイミングで例のキャンピングカーが駅前の車道に停車する。
いよいよだ。この車に乗ると、俺は剣士としての人生を第一歩を歩み出す。闇の聖癖剣使いと戦い、世界各地に散らばる剣を回収するっていうまるでマンガの中みたいなことを生涯の仕事として続けていくのだ。
ああ、当然後悔はしてないさ。きっと楽しいことばかりではないだろうが、それでも良いと思っている。
車の助手席に座るや否や窓を開ける。そう心配しなくても、俺は仲間とやっていくから安心してくれよな、そういう意味も込めたサムズアップを父親へ向ける。
「……それでは我々は出発します。息子さんのことはお任せください」
「はい。愚息のこと、よろしくお願いします。閃理さん」
最後に閃理は父さんへ軽く言葉を交わすと、そのまま車を走らせる。サイドミラーに映る父親の表情は心なしか悲しげに……それでいて安心しているように見えた。
「……お前の父親は良い人だな」
「もしかして
「まさか。
またまたそんなカッコいいこと言ってぇ。聞いてなかったらあんな丁度良いタイミングで車を出さなかっただろうに。
なんであれ過ぎたことだ。聞かれてもそこまで困るような話はしてないし、細かいことはどうだっていいのさ。許容の心は大事だってメイドさんも確か言ってたし。
取りあえず今は町を出るために車を走らせている。聖癖剣の回収ってんだから、次の目的地はどこになるんだろうなぁ。
「そうだ、これは組織からの餞別だ。念のために訊いておくが、前のスマホは手放したな?」
「うん。まぁ闇側に所在バレてるわけだし当然だよな。しっかり適当な店に売り払ってますよっと」
次の行き先について考えていると閃理は俺に箱を渡してくる。中身は勿論把握しており、開けると中にあるのは新しい機種のスマホだ。
前のは些細なミスで闇の聖癖剣使いに居場所を特定されている可能性があったから必ず手放さなければならなかった。故に解約からの即質入れで事なきを得て、こうして新規のスマホを受け取ったというわけだ。
すでに必要最低限の情報も入力済み。すぐに使えて最新式かつ組織に所属している人間専用カスタマイズされたこの世で数千台ともない光の聖癖剣協会仕様の特注品。閃理とメルも機種こそ違えど同じ物を持っている最高クラスの一品だ。
ちょっとうきうきルンルンですよ。そりゃ誰だって新しいものは嬉しいものでしょう?
と、このタイミングで俺へ電話がかかる。おいおい、なんだってんだ。えーっと、着信相手は……。
「もしもし、メルか?」
『もしもシ。焔衣? よかった、ちゃんと通じタ』
最初の電話相手となったのは
一応形式上は先輩にあたる人物となったメル。いやぁ、ちょっと忘れてたけど家事全般はきっと俺が担当することになるんだろうなぁ……。
『あと舞々子から伝言。今度のパーティー、やっぱり第三班来れなさそウ。だから、普通にどっかで落ち合って、舞々子の料理食べるっテ』
「ああ、そっか。まぁ日本全国回ってるわけだししょうがないか」
ついでのように前に言ってた俺のための親睦会についての最新情報が。どうやら第三班は不参加になる模様。
確か心盛さん……って人がいる班だよな。ちょっと残念な気もするが、仕事の都合上致し方あるまい。
まぁなんであれパーティーは開催されるのは決定的だし、今はそれでいいや。第二班の面々はどういう感じなんだろう。舞々子さんはともかく他のメンバーに怖い人がいなければいいんだけど。
ともあれ剣士としての俺の人生はついに始まった。不安も無いわけでは無いが──それ以上に心を支配するのは高揚感。他の誰にも過ごせないような刺激的な日々が待っていると思うと、どうにも興奮が抑えきれない。
ああ、当然だが生半可な気持ちで務まる仕事じゃないってことくらい十分に理解してるつもりだ。それを踏まえて、俺は必ず使命を全うしてみせる。マスターにもそう誓ってるからな。
「俺はやるよ。剣士として敵と戦う。使命をやり遂げる。先代の想いも継ぐ。大変だろうけど、絶対に諦めたりなんかしない。立派な剣士になってみせる」
「ふっ、頼もしいな」
気付くと車はすでに町を抜け出ていた。次の目的地はどこまでなのかはまだ教えてもらってないけど、きっと遠い場所なんだろう。
この仕事で、あいつの手がかりも得られればいいな……。いや、それは流石に高望みしすぎか。
†
「うん、うん……ははは、大丈夫だよ。もう怪我は治ってる。出撃はいつでも出来る状態さ。まったく心配性だなぁ」
とある場所で、私ことクラウディは知り合いと楽しく通話中。内容は炎熱の聖癖剣士によって付けられた怪我のことだ。
あれからもう四ヶ月近く経つ。通常の医療ならばともかく、聖癖剣による治療なら痕もほとんど目立たせないまま完治も可能。うんうん、聖癖剣の異能力さまさまだよ。
電話の相手は私と同じく
トキシーの応急処置が良かったものの、それでも決して軽度とは呼べないような火傷を半身に負った身。こうして剣士として復帰しているのも半分奇跡みたいなものだし、心配されるのも仕方ないね。
うーん、にしても失敗だったなぁ。あの時、もっと本気で向かっていればここまで酷くはならなかっただろうに。
あの戦いの後、私はボスから謹慎処分を食らった。噂に名高い【
その間に炎熱の聖癖剣士が学校を卒業して光の聖癖剣協会に入ったことも知っている。うん、こうなってしまったのは非常に残念だけど、私は組織の中ではかなり諦めが悪い方だから。
「謹慎も今日までだし、明日からはしっかり働くよ。それに今、私はあなたが普段抱いている気持ちが少し理解出来るんだ。ふふふ、これ以上は秘密だよ。じゃあね」
通話先の相手にちょっと意地悪っぽく秘密をちらつかせつつ、通話を切った。あともう少しすれば迎えも来る頃だろうしね。こっちも準備を進めなくちゃ。
第三剣士となってから、私は
でも──それはあの日に少しばかり変わったんだ。
焔衣くん……彼は剣を初めて握った直後だったにも関わらず、私を瀕死にまで追いつめる戦いをした。少しだけ手を抜いていたとは言え、それでも部下が束になって向かってきても私には勝てない程度の加減でいたはず。
そんな私に彼は勝利を収めた。強大な剣の力あってこその賜物とはいえ、あんなに魅力を感じる出会いは……うん、きっと初めてだ。
恨み辛み? 復讐? いや、そんな三流が抱くような感情なんか持ち合わせていないよ。私の心に残る想いはただ一つ。
「私は──うん、私は君が欲しい。是非とも直属の部下として迎え入れたいくらいに。ああ、なんてことだろう。年下に一目惚れしちゃったんだなぁ」
この数ヶ月間、何も出来なかった分、その想いは積もり積もっている。
彼には剣士としての才能があると睨んでいる。才能でのし上がった第十剣士にも劣らない、育てれば
実際私が一番に感じているのは、彼の曇る顔はきっと他のどの人らにも引けを取らない表情になるということ。ましてやそれが好いてしまった人ならもうそれは最高のスパイスになるに違いない。
彼の曇る顔を最前列の特等席で眺めていたい! 一番近い所で拝みたい! なんなら隣に居てあげて変に慰めるでもなくただ佇みたい! ああ、曇らせってのはどう転んでも最高の性癖じゃないかなぁ!?
もう妄想だけで涎が出てしまうよ。早く、早く彼の悲しみに沈む顔が見たい! 困難にぶつかって悔し泣くも良し、恋愛に敗北して泣くも良し。
細かなシチュエーションは問わない。とにかく彼の曇り顔が見た──と、内心の性癖が暴走しかけた時、玄関からノックする音が。
うーん、何ともタイミングの悪いこと。焔衣くんの曇り顔の妄想は一端脇に置いておくとして、来訪者の存在を確かめねば。
……とは言っても大体予想はついてるんだけどね。まさか彼が迎えに来ることになるなんて、私自身驚きだけど。
「はいはーい、随分と早いお迎えじゃないか……って、もしかしてそのままの格好で来たのかい?」
「……あなたにはどうでもいいことでしょう」
ガチャリと扉を開けた先にいた人物を見て、一瞬驚いてしまった。うん、こういう反応をしてしまうのも致し方ないだろうに。
謹慎中の私が退院後に住み込んでいたのは一般的なマンション。引っ越し作業もつい先ほど終えたばかりで、この後退去する予定の一室。
その玄関前に龍の意匠を組み込んだゴッテゴテの鎧を着込んだ男が立っているんだから。
その姿でここへ来てよく通報されなかったね……秋葉原みたいなコスプレやサブカルファッションを受け入れられる場所じゃないはずなんだけど。
この変質者……もとい私を迎えに来た人物こそさっきの例に挙げた第十剣士その人。誰に対しても素っ気ない態度でいて、正直なところ組織ではほぼ孤立状態にある食えない男の子だ。
「それはそれとして、珍しいお客様が迎えに来たんだ。アジトへ戻る前に乙女のお部屋でお茶でもいかが?」
「結構です。あの方から早急にあなたを連れ戻すよう言われているので」
「半年ぶりの再会なのに相変わらず君は堅っ苦しいなぁ」
うーん、流石例外的にボスとの謁見を認められているだけはある。軽い冗談に対してもまるで光の聖癖剣士並の排他的な言動で返してくる。
その態度を事実上の上司である私に向けることを許されている程度に彼は実力を持つ人物。それが皆からあまり好かれない理由の一つでもあるんだけどね。
うん、でもまぁ彼が闇の聖癖剣使いに入った経緯が他の人たちとはかなり違うから、私たちにそういう態度を取るのも訳ないのだけれども。
「これ以上の会話は時間の無駄です。あなたを送り届けて任務に戻りますので」
「はいはい。仕事熱心は結構だけど、あんまり真面目過ぎると後悔するよ? ……ああ、そういうわけにはいかない身体だからしょうがないか」
あ、つい口に出してしまった今の言葉。それに反応するかのように第十剣士の身体はピクリと小さく動く。
彼が一番気にしてるであろう話題を意図せず出してしまったのは失策だったかな。
ちらりと相手を見ると、龍を模した仮面の奥から感じる視線には強い害意を感じられる。うーん、やっぱり気にしてるようだ。
「ごめんごめん、今のは流石に失言だった。良いこと教えるから許して……ね?」
「良いこと……?」
「ああ、光の聖癖剣協会に新しい剣士が加わったこと──あの【
一言謝罪を入れつつ、お詫びとして例の情報を彼に教えることにした。
正直な話、第十剣士は性格もさることながら任務の都合上あまり組織の人と会話をしない。そのため、情報が遅れていたり知らなかったりするのもしばしばある。
うん、焔衣少年の技量と成長次第ではそう遠くない内に
きっと戦えば流石の第十剣士とて腰を抜かすと思うなぁ。次に会うのがいつになるかは分からないけど、少なくともあの時よりかは強くなっているはず。今からが楽しみでしょうがないよ。
「彼の名は焔衣くん。本気じゃなかったとはいえ私と戦って勝ち、瀕死にまで追いつめてくれたすごい子さ。実は私、彼に一目惚れしてしまってね。どうにかして闇の聖癖剣使いに勧誘できないかここ四ヶ月間考え続けて──」
そこまで話した時、私は咄嗟にその場から回避行動を取っていた。
私とて驚いた。急激に膨れ上がる殺気を感じ取り、本能的に逃げることを脳が命令として信号を発したのだから。
「っ……! いきなり何をするんだ。相槌の代わりに人の家に大穴開けるなんて礼節は日本人には無いはずだけど?」
咄嗟にかわした場所──そう、私が謹慎中過ごしてきたマンションの一室が完全に破壊されていた。玄関は勿論のこと向こうの景色まで見えてしまっている。
悪癖暴露撃さえも使わない牽制レベルの軽い一振りでこの威力。それを実現させたのは鎧と同じく龍の意匠を持った片手長剣。
彼を
元自宅を破壊されたのもそうだけど、何より彼自身のことも心配だ。何しろ
「黙れ……! それ以上口にしたら、次は……ぐふッ……」
その場で片膝をついて苦しむ第十剣士。仮面や鎧の隙間から漏れ出し、コンクリートの床に滴る赤い液体は彼の血だ。
彼には
「……分かった。この話は一旦止めよう。今倒れられたら病み上がりの私が君の介抱をしないといけなくなる。ボスへの示しもつかなくなるだろうし、取りあえず剣は仕舞ってくれないかな」
「あなたに……彼を渡しはしない。炎熱の聖癖剣士は僕が始末します……!」
血が吹き出すほどの呪いによる激痛が全身を襲っているにも関わらず喋れるなんて、根性あるなぁ。そういう所は私は嫌いじゃないよ。
にしても第十剣士の異常なまでの反応……。焔衣くんとの間には何か因縁でもあるのだろうか? 彼の剣と
ボスや第一剣士は何か知ってるかな? 近い内に訊ねてみよう。
「にしてもどうするのさ、これ。あーあ、これ聖癖章使っても完全に直せるかなぁ。もー、引っ越した直後なのにぃ」
「…………」
「いや、無視かい」
でも今問題なのはマンションの方だ。第十剣士が感情に駆られて破壊した一室はもう見る影もなくボロボロ。
聖癖の力で直しきれなかったら修理費を経費で落とせるかな? 如何せん壊した責任は部屋を借りてた私になるのはキツいなぁ……。
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