第十七癖『母性に抗え、三剣士』
地獄がこの世に存在するのであれば、俺が思うに二つあると思う。
一つが命が脅かされる状況に遭うこと。こんなでも一ヶ月で数度に渡って狙われ続けた身だ。これはガチだぜ。
そしてもう一つ。ある意味こっちの方が地獄度が高い。その内容っていうのが……。
「…………」
「お、おぎゃ…………」
「はぁ~~い、いい子いい子~。い~っぱい食べてくださいね~」
ワゴンに乗せた鍋から俺の分のスープが皿に注がれる。あ、めっちゃ良い匂い……だけど目の前の料理に全然集中出来ねぇ……。
今の俺はさっきの二人と同じくおしゃぶりをくわえさせられ、絶望的な面持ちで座席に座っている。
あー、いつだったかに閃理がお前の所にはいかせられないって舞々子さんに言ってたのってこういうことだったのか。
何で招待されて早々赤ちゃん扱いされながら飯を食わねばならないのか。甘やかしにしても限度があるだろうが。ここが地獄だな?
おまけに聖癖剣の影響か身体に力が入らない。このおしゃぶりも外したいのに身体が言うことを聞いてくれないんだけど。やっぱり地獄だわ。
「……舞々子、何故いつもの発作が起きていることを事前に知らせてくれないんだ……」
「そうは言っても新しい子と会うって考えたら居ても立ってもいられなくなってうずうずしちゃって~。はい、あ~ん」
ふがふがとおしゃぶりを含みながら舞々子さんの変異に嘆く閃理。
ひえぇ、高身長で濃い目な顔立ちの美丈夫が赤ちゃん用の帽子を被せられている様子は悪い意味でインパクトがすごい。本当にヤバい物を見てしまっている感じがする。
閃理の問いに対し身も蓋もない回答をしながらスプーンで掬ったスープを閃理の口にねじ込もうとしているのが例の第二班リーダー、彼女が
ふわっとした茶髪のロングヘアに縦セタとエプロンの着用。如何にも優しそうな……っていうか実際優しいんだけど明らかに度が過ぎている。
異常なまでに人を甘やかすその姿はまるで母親……のそれを越えていると思う。
「焔衣くんも……はい、あ~ん」
「何でこんな目に……。あーん……あ、すっげー美味しいわ」
一瞬おしゃぶりを外され、スープを一口。うーんなるほど。これは確かにプロの味だわ。店で食べるような完璧な味付けとはまさにこれのこと。でももっと普通に食べたいな……。
だがきっとこれが舞々子さん流のもてなし方なんだろう。閃理の言ってた発作っていうワードも気になるが、気にしたところで今はどうにもなるまい。とほほ……。
「と、ところでそこの二人が第二班のメンバー?」
「そうよぉ。青いおしゃぶりの子が
向かいのテーブルで黒いおしゃぶりを付けた少年がおずおずとした様子で軽く礼をする。もう片方は未だ凍り付いたままだが。
こんな尊厳陵辱を平気でかましてくるような人と一緒にいるなんて精神強度どうなってんだ……。心中お察しします。
そして舞々子さんが凍原の所にあーんしに行ったのを見計らってから、閃理がイスをずいずいと近付けて耳打ちをしてきた。身体に力が入れづらいってのによく動けるもんだ。
「焔衣。メルがこの状況をなんとかするために俺たちの聖癖剣を持ってくるだろう。知っているとは思うが舞々子は日本一の剣士だ。純粋な実力なら俺に分があるが、剣の能力が非常に厄介だから僅かに俺より強い」
「えっ、実質閃理より強いってマジ!? ってかどんな能力なの?」
「『封印』だ。彼女の剣【
こそこそと話を聞いてたら、これまたヤベェ情報を耳にしてしまう。
舞々子さんの剣、まさかの封印属性!? 他の聖癖剣を封印出来るなんてあんまりズルすぎないかそれ!? ってか十聖剣なんて存在を聞くのも初耳なんだが?
まさか今俺たちがあんまり自由に動けてないのは、もしかしてその能力のせいなのか? だとしたら相当強い剣だぞ、マジで。
「彼女を元に戻すには『不感聖癖章』を使うか満足するまで甘やかさせられるしかない」
「不感て……。それ持ってるの?」
「愚問だ。何十回あれに付き合わされていると思ってる」
流石日本一とタメ張れる実力を持つだけはある。何度も赤ちゃん扱いされてきたことへの慣れが垣間見える。完全に不名誉だけど。
とにかく不感の聖癖章だな。
ともあれメルが俺たちを裏切ったわけではないことに安堵しておく。
明日の晩飯のピーマンにはしっかり火を通しておくことに考えを改めつつ、打開策を考える。とんだミッションの始まりだぜ。
まずは第一に剣は必須。それはメルが運んできてくれるだろうからいいとして、次の問題は相手だ。
閃理も認める実力を持つ封印の聖癖剣士なわけで、下手な抵抗は文字通り封じられてプレイ続行。そうなればバッドエンドルート確定だ。気の済むまで
その状況を回避するためには──やはり奇襲攻撃が妥当か。しかし、あの人の聖癖使いはただならぬ物があるのもまた事実。
だってさっきの攻撃は実際ヤバかった。ただの包帯かと思ったら追尾してくるし、捕まったら何故か抵抗する力も奪われたんだぜ?
閃理でも自力脱出は不可、メルも俺らを見捨てて一目散に逃げ出すのを優先したくらいだ。多分いつ不意打ちを食らっても対処出来るようにはしてあるんだろうな。
「あ、そろそろケーキも焼き上がる頃かしら~? みんなごめんなさいね~、ちょっとキッチンに行くから少しだけ待っててくださいね~」
「!!」
そうこう考えてたらまたとないチャンスが来たのでは!? 偶然か必然かはさておき、舞々子さんがケーキを持ってくる間に俺たちがやらねば誰がやる!
閃理の方を見ると強く頷いてくれた。リーダーの許可も下りた今、ここでやるしかない!
「め、メル~……! いるんだろ、そこに」
「……よく分かっタ。はい、
「助かる。それとついでに
ヌッと真下の床から現れるメルの頭。やはりメルは俺たちを見捨ててなんかいなかった。きちんと仲間としての役目を果たしている。
メルは身体を物理的にすり抜けることが出来る『スク水聖癖章』を持っているから、あの後もしかしたら近くで様子を伺ってるんじゃないかと思ってたさ!
俺たちはそれぞれの愛剣を持ち、サポートもあって
三人。第一班の全兵力をもって封印の聖癖剣士の沈静化に臨む。最悪俺やメルが囮になるのもやぶさかじゃない。
これ以上の赤ちゃんプレイはゴメンだからな。普通に食事するためにも、再度犠牲になるのも覚悟の上だ!
「クリームぬりぬり~、イチゴを乗せて~、チョコペンで~『ほむらいくんそしきかにゅうおめでとう』、と。ふふふ」
……うう、やっぱりこの人優しい人だ。ドア越しに聞こえる鼻歌は俺を歓迎している旨の歌詞を口ずさんでいる。
そんな人を正常に戻すためとはいえ剣を向けなければいけないという事実。こ、心が痛む……。
「焔衣、気持ちは分かるが耐えろ。彼女が母性を暴走させたその果ては口では言えないくらいにヤバいぞ。最悪記憶の忘却が可能な聖癖章に頼る羽目になる。ちなみに俺はそれを持っていない」
「何それ怖すぎィ……!?」
記憶消去を余儀なくするレベルの
しかし折角焼いてもらったケーキを壊すわけにもいかない。何とかしてケーキも無事でいられるよう慎重にいかねばならぬ。
閃理はさんにーいちのタイミングで突入することを指示。奇襲攻撃が有効と見ての判断だが、流石にちょっと怖い。
落ち着け……要は舞々子さんに一人でも不感聖癖章の力を当てられればいいんだ。三人もいるんだから確率はそれなりに高いはず。
「いくぞ。……さん、にー────」
いち! それを合図に俺たち三人は建物内へ突入する軍人部隊よろしくダイニングルームへと奇襲をかける。
丁度出来上がったケーキを手に舞々子さんも扉へ向かって来てる途中だった。少しタイミング悪かったか……?
「あらあら~。そんなにケーキが待ち遠しかったんですか? まだ他のお料理もほとんど手を付けてないのに……しょうがない子たちですね~」
【
すると俺たちの奇襲にも驚くことなくホールケーキを片手に舞々子さんは例の剣を取り出した。
大まかな形状は俺と同じロングソード型だが剣身が異様に厚く、根本の一部が円筒形に盛り上がっていて、さらに鍔の両端からは紐で繋がれた玉が一対ぶら下がっている。
まるで剣にガラガラ鳴るおもちゃとでんでん太鼓を混ぜ合わせたような聖癖剣ならではの
そんな脅威度マックスな剣を構えたということは、やっぱり舞々子さんは奇襲にいつでも対応出来るほどの実力者だということだ。
「このケーキは食後に食べる物ですよぉ。食べ盛りで食いしん坊なのはいいですけど……物事の順序をきちんと守らないのは、めっ! ですよ~」
【聖癖開示・『バブみ』! 愛おしき聖癖!】
くっ、聖癖開示!?
すると舞々子さん。切っ先を床に突き立てるとそのまま手首を捻るように揺らして剣をゆらゆらと小さく往復回転を始めた。
鍔に付いている二対の玉はでんでん太鼓の要領でエンブレム部分を叩いてポコポコと音を奏で、円筒状の部位からはガラガラと不思議な音が鳴り始める。
「
何だ……これから何が起こるってんだ? でも……あれ、なんだろう。よく分かんないけど、少し気分が良い……感じがする?
なんかスッゲー懐かしい感じだ。既視感を覚えるこの妙な心地良さは……そうだ、まるで赤ん坊の頃に母親の側で何をするでもなくいるような、無垢な心で原始の感情を────
「焔衣、気をしっかり保て! お前の意識が封印されかけてるぞ!」
「封印……あ! そ、そうだった。今の
閃理が叫んだことにより半分混濁していた俺の意識は明るさを取り戻した。一瞬ヤバい領域にまで足を踏み込みかけてたわ。
もしかして今のが封印の権能ってやつか? 剣のみならず人の意識まで影響を及ぼすなんてガチでヤバい剣じゃん!
相手の策略に捕らえられかけたのはマズい。俺は
横を見ると閃理は耳栓のような物を付けており、メルはまたスク水聖癖章を使って床に潜っているっぽい。
どうやら封印のトリガーは音のようだ。ポコポコとガラガラの音を聞いていると次第に脱力感と安心感に襲われていき、最後は未知の領域に精神が逝ってしまう。
ほんと、敵じゃないのがこれほどありがたいとは思わないよな! あまりにも怖すぎるってこれ!
「あら~? う~ん、あんまり効かないんですねぇ。じゃあ、これはどうでしょう?」
【聖癖暴露・
「まさか聖癖暴露を撃つつもりかこの人!?」
さっきの聖癖開示ですら意識を持ってかれかけたんだ。暴露がどれほどのものが来るのか全く予想出来ない! ってか全く容赦してくれない!
舞々子さんは剣を普通に持ち直すと、今度は天井を突き刺さんとばかりに掲げ上げる。ハチャメチャに嫌な予感──!
「よい子はおねむの時間でちゅよ──……きゃっ!?」
しかしその瞬間、今にも聖癖暴露撃を発動しようとした舞々子さんの顔面に毛の塊が飛び掛かった。
あれは何だ? もしかしてリス……いやモモンガか? ってかなんで森の小動物がこんなところに?
そして続けざまに背後から冷気を感じた。
俺と閃理の間を通って冷気の塊が現れると、舞々子さんの脚に絡みついて氷塊になった。
「閃理さん、焔衣さん。い、今の内にっ……!」
誰の声──いや、今はそれを気にしちゃいられない。何者かの声が導くように二つの事象による妨害で舞々子さんが攻撃を中断している。
「うおおおおッ!」
「はああああッ!」
【聖癖一種! 聖癖唯一撃!】
俺と閃理は二本の聖癖剣による聖癖唯一撃を舞々子さんに向けて同時発動させる。
これにより母性の暴走に歯止めが利かなくなっていた封印の聖癖剣士の様子は一変。構えていた聖癖剣を降ろし、脱力する。
ついでに聖癖章の効果なのか、顔面に張り付いていたモモンガは布巾の姿を取り戻し、脚を抑える氷は跡形もなく消え去った。
ポトっと布巾が落ちると、舞々子さんの表情は憑き物が無くなったかのように落ち着いているかのように見える。やったか……?
「あら……? 私、またいつもの症状を起こしてたのかしら……?」
ふぅ、どうやら沈静化には成功したっぽい。暴走していたことを自覚する旨の発言は勿論のこと、口調もいつぞやの電話越しに会話したような穏やかな感じに戻っている気がする。不感の聖癖章すげぇわ。
ガチャーン、と嫌な音がダイニングルームに鳴った。おいおいおいおい、まさか……!? 嘘、だよな……?
「いやあああああああああぁぁぁっ!? 愛情込めて焼いたケーキがぁ……!」
制作者の悲痛な叫びがキッチンに轟く。音の正体がどんな物かを目の前で見ていた俺も心の中で叫んでしまう。
舞々子さんのすぐ足下。そこにぶちまけられているのは
沈静化に成功した代償──それは舞々子さんの一瞬の脱力により手から皿ごと落ちてしまった歓迎のホールケーキが見るも無惨な姿になってしまうことだった……。こんなのって無いぜ神様ァァァ!
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