第五十三癖『囮と三人、本命と二人』

「いいか、剣士になってから初の実践だが、今回の相手は剣機兵ソードロイドと呼ばれる機械で出来た雑兵だ。故に躊躇う必要はない。存分に暴れるといい」

「は、はい!」


 食堂で耳にした闇の剣士が襲撃して来たという報せ。それに対抗すべく、私たちは現在二手に分かれて囮と本命の敵を倒しに行くことになった。


 私、朝鳥強香は閃理さんとメルちゃんの二人と一緒に囮の撃退を担当する。

 ううー、緊張するぅ……。実戦なんて先月以来だから結構久々。皆の足を引っ張りそうで怖いなぁ。


 移動中、沢山の従業員の人たちが本社の方向へ走っていくのを見て、聖癖剣とは関わりのない人たちにまで被害が出ていることを知る。


 この人たちが聖癖剣のことを知っているかどうかはともかく、仮にも表向きはただの包丁メーカーの本社。周辺には住宅地もあるし、騒がしいことをしてしまうのは即近所迷惑になる。


 許せない……! 人々の平穏を脅かす闇の聖癖剣使いにはお灸を据えないと! 怖いとか、緊張してるだとか言ってられないよね!


 そうこう考えてたら本社の出入り口を抜けて現場のすぐ目の前に到着。そこの奥には数十体もの異様な雰囲気の人たちが集っていた。


 あれが闇の剣士が送り出した囮……?

 一見すると普通に人間のような……あ、でも確かによく見ると顔が人間のものじゃない。赤い玉が怪しく光ってる。


「数は……二十体前後か。朝鳥、前に教えた通り、剣の力を使い俺たちを強化してくれ。メル、お前と俺で殲滅するぞ」

「うン。Supportサポート、よろしク!」



雌童剣理明メスガキけんわからせ!】


褐蝕剣廻鋸かっしょくけんのこぎり



 あの剣機兵ソードロイド? にこれといった反応もしないまま、閃理さんとメルちゃんは臨戦態勢に。私も指示通りにやらないと……。


覚醒めざめ、今回もよろしくね」



鳳暁剣覚醒あさチュンけんめざめ!】



 前回の一件のおかげで私の覚醒めざめへの愛着はより一層強くなっている。こうして戦う前に剣を呼びかけて、力を借りる了承を取るくらいにはね。


 勿論そんなことをしなくても覚醒めざめは私に力を貸してくれるのは分かってる。ただのルーティンだけど、やらずにはいられない。


 先輩の二人は外部と内部を隔てる塀ごと聖癖の結界を飛び越えて敵のいる方へ。

 私も飛び越え──……るにはまだちょっと勇気が足りないから、大人しく正門を通って行く。


 私が現場に到着する時にはもうすでに二人は剣機兵の群と戦闘を始めていた。


「……ッ! こいつら、前のより手強イ!」

「この半年間で改良されたと考えていいだろう。なるほど、剣機兵改ソードロイド・ツーか。下手な仮契約剣士より強いかもな」


 そう二人は敵をレビューしてるけど、私が見る限り全然余裕そうだけど……。

 いいや、でも油断しちゃ駄目だよね。こういう時こそきちんと手助けしてあげないと。


「閃理さん、メルちゃん! 今サポートします!」



【聖癖暴露・鳳暁剣覚醒あさチュンけんめざめ! 目覚めし者に聖なる力を添えて!】



 手筈通り、聖癖暴露撃を使って二人を対象に力を授ける。イメージは『全体的な能力の増強』!

 覚醒めざめの『能力強化』の権能は私が望み、そして実現できる限りの範囲で叶えてくれる!


 剣を振るうと、一瞬二人の輪郭が一瞬明るく光った。それと同時に動きにも変化が。


「……うむ、先ほどまでとはやはり違うな。これならすぐに方を付けられそうだ」

「身体、すごい軽イ! なのに力、とっても入れやすイ! 覚醒めざめ、朝鳥、Thank youありがとう!」


 権能の影響を受けた二人の動きは格段に良くなった。元々戦闘技術はすごかったけど、まだ素人の私でもその変化が分かる。


 スピードの上昇、防御と攻撃の強化等々……。

 これが持ち主だけじゃなく味方にも力を与える覚醒めざめの力なんだ……!


「……はっ!? やばっ……」


 二人の戦闘に見入っていたら、別の方向から剣機兵が私に狙いを定めて襲ってきた!


 いけないいけない、私は外部者じゃないんだから。しっかり戦わないと!

 何とか近付かれ過ぎる前に剣を構え直して戦闘に移行する。


 こうして間近で見ると人間の服を着せてカモフラージュしているけど、案外そこまで隠しきれてないんだ。予算削減かな?


 前までならパニックになってただろうけど、この一週間ちょっとの間に積んできた訓練のお陰か多少の余裕を見せれるくらいには強くなった。


 このまま勝ってみせる! 私の力、ここでも見せつけてやるんだから!



【聖癖開示・『朝チュン』! 目覚める聖癖!】



「これでも食らえー!」


 初聖癖開示攻撃! 発動イメージが技の形に直結しているから、使う技には名前を付けて出しやすくするのが定石らしいけど、今はまだ考え中だからナシ!


 この攻撃方法は簡単。拳に力を込めてオーラを纏わせて、それを敵に向けて打ち込む!

 シンプルイズベスト! イメージ通りの形で私は相手の胸部に向けて拳を打ち放つ!


 敵は即座に袖から延びる剣を使いガードを取るけど……そんなものなんか意味を成さないと言わんばかりに砕き壊し、大きく吹っ飛ばす!


 今の一撃で剣機兵の胸にはくっきり私の拳の痕が付いてしまった。

 おお、これが開示攻撃。私の手、金属質な物体を殴ったのにほとんど痛くないよ?


「朝鳥、Nice attack良い攻撃ね! キチンと強くなってル。才能あるかモ」


 敵兵一体撃破する瞬間を見ていたメルちゃんは私の白星に祝福の言葉をかけてくれる。


 才能……! えへへ、そうかなぁ? でもでも、初見で闇の剣士を二人も倒してるし。実際そうなのかも?


 覚醒めざめがあれば、プロの剣士(?)にすぐなれるかもしれない! 私の黄金道ゴールデンロードは案外そこに舗装されているのかも──


「朝鳥、よそ見はするな!」

「へ、……おぎゃあああッ!?」


 すると突然後ろから敵の鋭い突き攻撃が私の身体を貫こうとしてきた!


 私史上最も醜い悲鳴を上げながらも間一髪回避!

 いやしかし本当にすれすれ。わき腹を抉られるかと思ったぁ……!


「今は真剣での勝負中なんだぞ! メル、お前も調子に乗らせるようなことを軽々しく口にするな!」

「ご、ごめんなさいぃ~! 気を付けますぅ~!」

I'm sorryごめん。褒めたら伸びるかと思っテ」


 不意打ちをしてきた剣機兵を斬り伏せつつ、閃理さんからのお叱りを受けてしまうことに。

 もしかして才能云々も適当なアドリブ!? だとすれば地味にショック!


 そうだよね、そもそも戦ってる最中に周りへの注意を疎かにする時点で才能があるとは言えないよね……。うぅ、精神的ダメージが大きい。


「やはりこちらからの補助も必要そうだな。朝鳥、多少煩くても我慢してくれよ!」



【聖癖開示・『メスガキ』! 煌めく聖癖!】



 と、ここで閃理さんは突然聖癖開示を発動。

 敵を一掃する攻撃でも放つのかと思えば、剣の彫刻部分を私のいる方向へ向けて光を解き放つという行動に。


 剣から放たれる人型の光がこっちに来ると、そのまま私の身体にぶつかって消えた。

 一体何を……と思ったのも束の間。今度は私の耳に他の誰でもない声が響き始めた!?



【──左前からもう一体来るよぉ】

【──後ろに一瞬下がれば攻撃をかわしてスムーズに反撃に移れるよっ】



「ええええええ! なんか子供の声が聞こえる!? これ何なんですかぁ!?」

「俺の剣による戦いのサポートだ。それの言うことに従っていれば致命打を受けることはなくなる。活用しておけ!」


 そ、そんな便利な能力が!? あ、そういえば閃理さんって常に剣から情報を教えられてるっていう話だったっけ? 理明の声これなんだ。


 脳内に直接送られてくる情報通り、私の左斜め前から剣機兵が突撃攻撃の予備動作を発見。

 後ろに待避……。すると、迫ってきた剣機兵は勢いを殺しきれないまま体勢を崩してしまった。


 な、なるほど……! これは便利だ。未来を予測する権能なだけはある。

 私は目の前で転んだ剣機兵を切りつつ、次の相手を理明わからせに教えてもらう。



【──奥の三体が怪しい動きをしているよぉ】

【──聖癖の力でやられた仲間を修復するつもりだよっ】



「なっ……、閃理さん!」

「ああ、把握している。まさか修復能力まで持ち合わせるようになっているとはな」


 教えられた情報を聞き、思わず閃理さんにそのことを伝えようとしたが、本人はすでに認知していたみたい。


 そして奥を見やると、そこにはさっき私がグーパンで倒した個体と他数体の剣機兵が、別の剣機兵の剣を突き立てられて何かをしている様子を発見。



『復帰プロトコル開始。模造聖癖章選択。悪癖リード・機械姦。悪癖一種。悪癖孤高撃』



 聖癖章のリード!? もしかしてこの兵士たちも聖癖の力を使えるっていうの?

 人工物が私たちと同じように道具を使うのね……。闇の技術力、侮れない。


 聖癖の力を解放した剣機兵。仲間に思いっきり剣先を突き立てた途端、その身体に変化が。

 剣で付けた斬撃痕や破壊した手足や剣が元に戻るだけじゃなく、拳のへこみも元の形状に修復。


 完全復活を果たした剣機兵は、再び私たちに向かって攻めに来た!

 嘘ぉ……。何の消費もなしってズルくない!?


「そ、そんな……。これじゃあいくら倒してもキリがないって!」

「問題ない。復活要員となる個体を一体も残さず全員切り伏せれば万事解決だ!」

「の、脳筋アイデア~……!」


 もしかして閃理さん、意外と物事をごり押しで解決する派なのかな……?

 でもその意見自体に異論はない! この二十体もの剣機兵改を全て倒せば復活も出来ないし!


 ここは私の力を最大解放して、一気に方を付けるべきかな? 各々が同時に五~七体倒せれば……。

 二人はともかく私一人は大丈夫かな? いや、ここはとにかくやらないと!


「閃理さん、メルちゃん。今からもう一度覚醒めざめの強化を施します。一人で複数体を相手にして、復活される前に全部倒しちゃうって作戦で!」

「ああ、俺も同意見の案だな。一分一秒でも早く片付け、焔衣の所へ行かねばならないからな」


 思いの外あっさりと作戦は可決。取りあえずこの方向で敵の殲滅に移ることに。


 やっぱり閃理さんも気になってるんだ。今、私たちと平行して剣の保管庫前で戦っているであろう焔衣くんのことが。


 理明わからせを頼ってもここからじゃ焔衣くんたちのいる保管庫までは権能の範囲外。だから様子も確認できない。


 いくら悪癖円卓マリス・サークルを二度退けた経験を持ち、さらに上位剣士並の実力を持つ透子さんを付き添わせているとはいえ、やってくる相手が不明である以上不安になるのも仕方がないんだ。


 信じて送り出したとはいえ、判断が間違っていれば焔衣くんたちの身を危険に晒しかねない判断。

 班の長として責任は重大。その気持ち、尊重するべきだ!


「行きますよ……!」

「ああ、速攻でケリを付けるぞ」

「あっちに悪癖円卓マリス・サークル、来たら大変。早く行かないト」


 メルちゃんも同意見みたい。勿論私も気持ちは全く同じ。もし苦戦しているのなら覚醒めざめの力を届けてあげないと。


 聖癖暴露撃をもう一度使用。私たち三人の身体に光のオーラが宿ると、疲労が発散されると同時に更なる力がわき起こってくる。私の思考にも変化が。


 ──相手に復活させる隙は与えない。

 意識を敵に向けろ、強香。あの時みたく、敵をただ倒すだけに集中するんだ。


 一瞬の隙や油断が試合を長引かせる。そこに注意しつつ、最速のクリアを目指す!


「──行くぞ!」

「はいっ!」

Of course勿論!」


 私たち三人は同時に攻撃へ。この無意味な囮を始末し、向かわなければならない。

 待ってて、焔衣くん、透子さん! 私たちが来るまで、頑張って耐えていて────











 場所は保管庫前。そこで俺たちは侵入者を待ち伏せるために待機中だ。


 ここは文字通り所持者未定の剣を保管しておく施設。支部では十数本ほどが保管されており、遮霧さえぎりも俺の知らない間にここへ納められたのだそう。


 侵入者の目的が遮霧さえぎりの奪還と仮定すれば、自然と目的地となるのがこの場所。

 そして仮定は間違いなく正解。だから俺たちはここにいるのだ。


「緊張してる?」

「え? まぁ、支部でも闇の襲撃だなんて思わなかったですし、そりゃしますよ」


 敵を待っている間に剣舞を積んで戦いに備えていると、不意に透子さんが俺に話しかけてきた。

 この状況じゃそういう話を振るよな、って感じの中身。普通に考えて緊張しないはずがない。


 俺自身、闇の襲撃自体は初めてではないが、支部という完全なセーフティーゾーンだと思っていた場所でも決行されたんだ。驚かずにはいられない。


「私もよ。監視か何かで近付いてくることはたまにあるんだけど、こうやって侵入を目的にやってくるのは久々らしいわ。少なくとも私が剣士になってからは初めてね」

「あ、そうなんですか? へぇ~、意外だ……」


 ということは、もしかして透子さんは実質的に闇の襲撃は初めてなのか。

 俺よりずっと強いからそういう経験も豊富かと思ってたんだけど……ふむ、意外な一面を知れたな。


 っていうか、よく考えたら初めて剣を取った日もカウントすると、この約半年間で三回近くも襲撃されてる俺が異常なだけなのでは……?


 これってある意味不名誉じゃん? ショック……とまでは言わないけど、なんだか妙に複雑な気分だ……。


 とまぁ変な偶然はさておき、気になることは沢山あるぜ。


「それはそれとして透子さん。今回の敵って誰だと思います?」


 閃理らの状況もそうだけど、信頼してるから何も心配はしていない。

 俺が気にしてるのは侵入者の正体について。


 今回、支部を襲撃するという大胆極まりない行動に出たのは何者なのか──それが気になるんだ。

 普通に考えれば、やってきたのはキャンドルかと思う。


 剣より保身を優先するっていうやらかしをしてるわけだし、責任持って自分で回収しろと言われているのかも。


 でもキャンドルが来る可能性は限りなくゼロに近い。どういうことかと言うと、敵側のルールが関係している。


 何でも闇の聖癖剣使いという組織は任務に失敗すると、謹慎処分という体で剣を没収までして活動を強制的に止めさせる習わしがあるそう。


 当然失敗した内容によって期間が短かったり長かったりする。それを踏まえると、剣を渡したキャンドルがたった一週間弱の謹慎で済むとは思えない。


「そうね……。闇にも沢山の剣士がいるけど、わざわざ支部へ襲撃を仕掛けるなんてハイリスクな任務を受ける剣士はいないと思うわ。それを成功させられるのは悪癖円卓マリス・サークルだけでしょうしね」

「ですよねぇ……」


 そう、俺もその結論に至っている。今回の襲撃者は悪癖円卓マリス・サークルである確率がかなり高い。

 だとすれば次の問題が。その悪癖円卓マリス・サークルから誰が送られてきたのかだ。


 順当に考えると、キャンドルの上司らしい『ウィスプ』なる剣士がやってくる可能性がある。


 どんな人物なのかは全く知らないけど、その名前を聞いた閃理がかなり苦い顔をしたことは覚えている。相当な相手であることは理解に容易い。


 まぁ誰が来ても嫌だけどさ。もしディザストだったら最悪だ。今の俺じゃまだ倒すには至らないからな。


「あら? 曇ってきたわね」

「本当だ。今日は一日中晴れって天気予報は言ってたんだけどなぁ」


 そんな時、ふと空を見上げた透子さんが天気の変化に気付いた。

 ふーん、天気予報も外れるんだなぁ。雨が降らなきゃ別にいいけど。


 天気……天気ねぇ。うーん…………うわぁ、なんか変なの思い出しちゃった。

 俺が知る中で天気というワードに一番強く関連付けられている人物はたった一人。


 理由は分からないが俺はどうやらその人にめちゃくちゃ気に入られているらしい。

 それはキャンドルの言葉からも事実であることは間違いない。嬉しくはないけどな。


「はぁ…………、あ?」


 大きなため息であの人が来ないことを願っていると、熱感知能力が何者かの気配を捉えた。

 気付けば空は曇りに覆われるだけじゃなく、俺たちの周辺にうっすらと霧が発生している。


 前方数十メートル先。流石にその距離だと感度はかなり悪いが、それでもこっちへゆっくりと近付いて来ているのが分かる。


「透子さん、多分侵入者が来ました」

「そうみたいね。ここから気を抜かずに行きましょう。相手が格上だとしても、閃理さんたちが来るまで保たせるのよ」


 敵らしき存在の接近を教えると、どうやら透子さんも気付いてたみたい。

 この人の言うとおり油断はもう出来ない。相手が誰であろうと全力で保管庫への侵入を防ぐのだ。


 緊張感が走る。姿を紛らすようにだんだんと濃くなっていく霧。だが目で姿を認識できる距離まで近付けば自ずと正体が分かってしまう。


 んんー……? あれ、もしかしてあれって……?

 うっすらと見え始める輪郭を見て、俺は気付いてしまったことを大変に後悔することになる。


「うん? おお、もしかして焔衣くんかい!? まさか君から迎えてくれるなんて思わなかったなぁ」


「う、うわぁ……。マジかよぉ……」


 その人影は俺の姿を認識すると、大きな声で俺の名前を呼んできた。

 ああ……、最悪中の最悪。第三剣士のクラウディが今回の襲撃者らしい……。

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