第五十二癖『侵入する悪癖、迎え撃つ聖癖』

「うぅ~ん、なんて良い天気なんだ。あーもう嫌になっちゃうなぁ……」


 私は朝が苦手だ。何故かって? そりゃあ朝の日差しが苦手だからだよ。


 どうにも朝が晴れるとやる気が出なくてね……。眩しいし紫外線は増えるしで良いことはない。まぁ、夏じゃないだけ全然マシだけども。


 天気確認のために致し方なく開けていたカーテンを締め、薄暗い部屋の明かりを灯す。

 浴びた朝の光を落とすつもりで顔を洗い、てきぱきと外出の準備を進める。


 好きな天気は曇り空な私は現在、日本支部に比較的近い街にあるホテルに宿泊している。


 明日……じゃなくて今日、私は剣の奪還を目的に支部へ侵入する。だから英気を養うために奮発してお高いホテルにいるんだよね。


「剣よし、盾よし、聖癖章もよし。うん、これでいいね」


 部屋を出る前にベッドの上へ今回の仕事道具を並べて最終確認。


 これから始まるであろう戦いで忘れ物をしたら勝てる勝負も勝てなくなってしまうからね。

 準備は常に万全に。うん、大事な作業だ。


 しかし──いくら悪癖円卓マリス・サークルと言えども、単身で支部に侵入するのは正直言って無謀に近い。


 何せやろうとしてることは、数十年前の事件である先代炎熱の聖癖剣士の襲撃とほぼ同じだからね。実のところ成功は困難を極める。


 うん……正直不安だよ。だって私が知る限りでは支部には上位クラスに匹敵するのも含めて八人の剣士に加え、今は第一班が合流中だ。


 本気で攻めるつもりでいる以上、並の剣士なら六人くらい相手をしても勝てる自信はある。

 けれど、閃理くんがいるとどうしても不安が拭いきれない。


 その上剣が保管されているであろう場所まで行く必要があるわけだし、遅かれ早かれ間違いなく閃理くんにはバレる。


 難易度はハードどころかナイトメア────恐らく私がこれまで請け負った任務の中では最高に難しい物になるだろう。


 本当なら他の悪癖円卓マリス・サークルと一緒に来るべきではあった。でも個人的な思惑がある以上それにはあまり頼れない。


 部下にもいきなりこんなハイリスクローリターンな任務で道連れや犠牲にさせてはいけないんだ。私の我が儘で未来は潰せない。


 そう、これは私一人でやらなくちゃいけない任務。私が務め果たすべきこと。

 この震えだってきっと気のせい…………。


「……怖じ気付くな、私。これも彼を自分のものにするための挑戦でもあるんだから」


 ははっ、私としたことが敵の支部に単身襲撃するという任務の前に緊張してしまっている。

 これでは焔衣くんに威厳を示せない。落ち着け、私。落ち着いて素数を数えるんだ。


「2、3、5、7、11…………、73、79、83……、97、101……うん、きっと上手くはいくはずさ」


 大丈夫、数字は嘘をつかないように、剣も私の力を鏡のように映してくれる。


 自分自身の実力を信じろ、クラウディ! 悪癖円卓マリス・サークルの序列三位の力、焔衣くんへ──いや、支部の面々に見せつけてやろうじゃないか!


「よし、まずは腹ごしらえだ。ファミレス行こう、ファミレス!」


 覚悟が決まってから最初にするのは食事だ。腹が減っては戦は出来ぬとも言うだろう?

 剣士だって毎日の食事は大事だからね。こっちも怠らないさ。


 ささっと荷物を纏めてホテルを立つ。お気に入りの日傘を差しつつ、向かうはファミリーレストラン!


 とはいえ、流石に昼時が近くなれば人も混むよね。一番近い所がショッピングモールと併設してるからなおさら沢山いる。


 とはいえ私は諦めの悪い人間。ここは少しだけ待って席が空くのを待つ。


「えーっと、一名様でお越しの曇子くもりこ様~! お席が空きましたのでこちらへどうぞ~!」

「うん、ありがとう、場所はどこかな……あ、窓際……」


 店員からの案内で連れて行かれた席は奇しくも日当たりの良い席だったけどね……。

 この混雑だし、我が儘は言ってられない。渋々席に座ってささっと注文をする。


 ああ、曇子っていうのは勿論偽名だ。悪癖円卓マリス・サークルは基本プライベートでも本名を口外しちゃいけない決まりでね。


 それはそれとして日差しが強い……。こっそり権能使っちゃおうかなぁ……?

 おまけに後ろの席から若い子たちの声がちょっとばかり耳を突く。元気が良くて結構。


「それで改めて聞くんだけどさぁ、あたしの水着何が良いと思う?」

「何と言われましても……昨日みたいなことが起きないよう丈夫な専用の水着を着ればいいのではないでしょうか?」


 ……え、水着? 今って日本五月だよね?

 いや、勿論他人の会話を盗み聞くだなんて行儀の悪いことをするつもりはないけど、水着だなんて二ヶ月ほど時期がズレてないかな?


 今の内に新しい物を用意するっていう話かもしれないけれど、返答をした男の子の話から察するに昨日着てたってことだよね?


 えぇ……今の子たちってそんなに夏が恋しいと思ってるのかな? それとも何か別のことにでも……。


「えー、でもアレ可愛くないもん。あんなの着てやるとか女子高生的に無理! 萎えるわー」

「でも相手が攻めるのが得意な以上、市販の水着では同じことの繰り返しになるかもしれませんよ。すぐに破られてしまうだけでは……?」


「うんっ……!?」


 え、えぇ────!? ちょ……、え、君たちは一体何の話をしているんだい!?

 水着を着てヤる!? 攻めるのが得意!? すぐに破られる!?


 そ、そんなまさか……もしかしなくてもセンシティブな事柄に使ってるわけじゃないだろうね!?


 しかも女子高生というワードが強い。その歳でハレンチな相談を……それもこんな人前で堂々と持ち込むのはどうかと思うよ!


 ああ、不味いぞ。これは非常に不味い席に着いてしまったかもしれない。


 私は悪癖円卓マリス・サークルになる前までは学校で真面目に教師をしていた身。未成年が不純な交遊をしたら、それを叱り制止する立場の人間だった。


 勿論今は教師ではないし任務のためなら多少手は汚すけれど、それでも元教師としての誇りを忘れたつもりはない。


 だからこそ、この会話は聞くに堪えないものだ。

 かつての血が子供たちの健全な青春を守ろうと叫んでいるんだから。


 本当は今すぐ注意してやりたい! でもそんなことをしたら場を白けさせるだけじゃなく最悪通報になってしまう。


 うう、だからお願いだから止めてくれ。私に注意させたくなるような話をしないでおくれ~……。


「お待たせしました~! こちらビーフシチューと付け合わせのバゲット、シーザーサラダになりま──……って、お客様? 大丈夫ですか……?」

「うん? あ、ああ……ごめんなさい。気にしないで。料理ありがとう」


 後ろの席の会話があまりにも気になりすぎるあまり、注文した料理を運んでくれたウェイトレスに心配をかけさせてしまった。


 そしてウェイトレスが去ったのを確認後、はぁー……と柄にもなく大きなため息を吐いてしまう。


 もしかすると後ろの子たちは遊びのつもりなのかもしれない。でも、大人としてラインを越えた行いにはストップをかけるべきだ。


 実際に体を重ね合う行為というのは親密な者同士のディープなコミュニケーション手段でもある。それ自体は否定するつもりはない。


 でも話を聞く限り相談者の女子高生の相手は水着の着用を強制し、なおかつそれを破くという乱暴者だという。


 全く女の子の身体とファッションを何だと思ってるんだ。下手な乱暴は取り返しのつかない悲劇に繋がることだってあるんだから!


「う~ん、はぁ……。いっそ社長に直談判してみようかなぁ。もっと可愛いくしてって」

「それが良いと思います。近寄り難い雰囲気ではありますが、何だかんだで良い人ですし」


「しゃっ、しゃしゃしゃ、社長……!?」


 ああー、あああああ、ああ──……。

 うん……ああ、援助交際の疑惑がぁ……。これは犯罪だよおおぉぉ……!


 最近の高校生はそういうことに手を出すのが増えてきてるとは耳にしていたけど、まさか真後ろの席の子がそれをしているだなんて……!


 ダメだ……まだ若いのにそんなことに手を染めちゃ。自分の身体、大切にして……。


 ……もうこれ以上は黙っていられない。

 大人として、元教師として、道を踏み外そうとしている少女に健全な世界に戻ってもらわないと──


「ん? あ、メルっちからメール来た。ケンティーとお姉ちゃんの試合終わったって」

「何となく予想はつきますけど、どっちが勝ったんです?」

「当然お姉ちゃんに決まってんじゃん! 焔神えんじんの剣士とはいえ、私たちに負けたんだから勝てるわけないじゃん!」


「……え?」


 今にも席を立って叱りに行こうかと思っていたら、唐突に聞き覚えのあるワードが聞こえたような……。

 。うーん、ただの聞き間違えかな?


「それじゃあ水着はどうしますか?」

「うーん、もうちょっと良いのがないか探してから行きたいかな。とりあえず試合は午後にしとくってやっとくけど、なる早で決めないとね」

「焔衣さんの炎は強いですし。耐火性能のある水着なんて支部の至急品だけだと思いますが」


 えぇ──!? 数分ぶり二回目の驚きが私を襲う!

 後ろの子たち、今確実に『焔衣』って言ったよ!? しかも耐火だの支部だのとも言ったし、これ間違いなく剣士の方じゃないかな!?


 気配と視線を察されぬよう恐る恐る顔を後ろに向かせると、そこにいた三人の若い男女。

 よく見なくても支部の情報に含まれている所属剣士じゃないか!


 まさか敵のことを心配していただなんて考え損じゃないかと思う反面、よかったとも思っている。


 だってつまり乱暴で趣味の悪い社長と援助交際をしている女子高生というのは私の勘違いだったわけじゃない?


 そんな可哀相な子が存在してるだなんて耐えられないからさ。本当に勘違いで良かった。

 ほっと安心して顔を戻すと、後ろの剣士たちがまた騒がしくなってくる。


「それじゃ次の店に行こ! 絶対に可愛くて機能性に優れた水着を買うんだから!」

「大人しく専用の水着を着れば良いと思うんですけどねぇ……」

「こうしてる間にも焔衣さんは響さん攻略の作戦を練っているのかもしれませんよ? 早くしないと今度は負けてしまうかもしれませんね」


 どうやら彼女らは店を出るみたいだ。

 大丈夫だとは思うけど一応メニュー表で顔を隠しつつ、ちらっと様子を伺う。


 ほー、焔衣くんと試合をするつもりなのか。

 そういえば支部に水着が聖癖の剣士が二人いるらしいから、きっとその片割れなんだろう。あの女子高生は。


 退店する姿を見届けて、私はようやく楽な姿勢へ身体を戻す。

 へーぇ……。それにしても良いことを知ってしまった気分だ。


 話の感じからして今日中には支部へ戻るつもりなようだけど、買い物を済ませてからのようだし、つまり今の支部は剣士が五人+四人。


 相変わらず閃理くんが不安要素だけど、この数ならギリギリいけるかもしれない。

 若干早いような気もするが作戦の決行時間を早めないとね。今がチャンスだ。


「すみません、お会計! クレジットで!」


 思い立ったが吉日。私はビーフシチューの付け合わせのバゲットを一つだけ口にくわえて会計をすることに。


 せっかく丹誠込めて料理を作ってもらったのに悪いことをした。今度部下を連れて売り上げに貢献するから、今は許してほしいな。


 店を出ると急いで支部方面へと走る。というか一般人のフリをしたままでは時間のロスだ。

 一度公衆のお手洗いに入り、中に誰もいないことを確認してから個室トイレの中へ。


 取り出すは私の聖癖剣【悄善剣叢曇しょうぜんけんむらくも】。すかさず悪癖リードをする。



【悪癖リード・『目隠れ』『バニー』! 悪癖二種! 悪癖縫合撃!】



 普段は逃走用に使う聖癖のコンボだけど、これは逃げる以外にも使える代物だ。

 誰にも姿が認識されない状態になると、そのままトイレを出て大ジャンプ。


 ラピットの聖癖は移動に便利だ。こうして空中を駆けめぐり、事実上の飛行を可能とする。

 これがあれば障害物や地形に囚われずに目的地へと行けるからね。


 ただ、私は趣味ではないから逃げる時以外はあまり使わないんだけど、今回は例外だから。


「よし、見えてきたね」


 空中を跳び回りつつ、やや遠くに見えるビルを一瞥。そこは光の聖癖剣協会が経営する『有限会社 シャインオブバリュー』の本社だ。


 あそこは敷地内が聖癖の力で守られているから、普通に侵入するのは難しいね。

 でも? 悪癖円卓マリス・サークルなら不可能ではない。今からその裏技をお見せしよう。


 一度地上に降り、人目の少ない場所へと隠れた私は再び悪癖リードを行う。



【悪癖リード・『機械姦』! 悪癖一種! 悪癖孤高撃!】



 リード後、すかさずサイドポーチに忍ばせていたサイコロ状の鉄粒を一掴み。今回もこれに頼らせてもらうよ。


「いでよ、剣機兵改ソードロイド・ツー!」


 聖癖をリードした刀身を掌の上のサイコロへ近付けてから、それらを放り投げた。

 すると、その粒は一気に大きさを人間サイズにまで肥大化し、依然の物と同様の形となる。


 最後に使ったのは半年前なだけあって、その間に博士の作った剣機兵は進化していてね。

 第一に人型サイズの鉄の塊を用意しなくて済むよう携帯が可能になったんだ。


 さらにカモフラージュ用の服も視覚に作用する聖癖のおかげでいらないし、一度に使える模造聖癖章の数は三つに増加。


 ふふふ、パワーアップした剣機兵ソードロイドの性能を試させてもらうよ。


「うん、君たちは本社の前で適度に暴れて剣士たちの気を引いておいてくれ。私が侵入して剣を回収するまでの間は絶対に持たせるんだ。いいね?」



『クラウディ様の指示を確認。シャインオブバリュー本社への襲撃プロトコルを承認。襲撃時、剣士以外の人的被害は最小限に留めるよう留意。行動を開始します』



 うん、理解能力ききわけもよろしい!

 全部で二十体ほどの剣機兵改ソードロイド・ツーが本社方面へと向かっていく間に、本命である私も動くよ。


 今度は現在地から敵支部を挟んだ向かいの場所へと移動。かなり遠いけど、ここが支部拠点から最も遠い位置にあたるからね。


 さて、当然だけど聖癖の結界で守られた敷地内に侵入すれば即座にバレてしまう。

 だから侵入したことに気付かれないよう慎重に、そして大胆な方法でそれを破るよ。



【悪癖リード・『無知シチュ』『百合の間に挟まる』! 悪癖二種! 悪癖縫合撃!】



 うん、それじゃあ第二剣士と第五剣士の聖癖の力を借りさせてもらおう。


 叢曇むらくもに宿った力、それはあらゆる性質を忘却させる『無知シチュ』の聖癖と、如何なる物も容易に断ち切る『百合の間に挟まる』聖癖だ。


 この組み合わせによって敵の結界を突破することが可能。やり方は……こう!


 切っ先をガツンと結界に突き立てる!

 本来は闇の気配を拒む見えない壁だが、叢曇むらくもの刃を簡単に通してしまう。


 それだけじゃない。『無知シチュ』の力で本来は発動する警報も無力化されて、本社は勿論支部拠点の誰にも気付かれずに鋭利さを増した刃で結界を切り離せる。ザクザクと行こうね。


 数分間にも及ぶ格闘ののち、私一人が通れるくらいの穴をこじ開けて中へとお邪魔する。


「ふぅー、侵入完了。さて、閃理くんに気付かれてないといいんだけど」


 唯一の不安点を気にしつつも私は聖癖の力で姿を隠しつつ支部拠点を目指す。

 理明わからせ剣機兵改ソードロイド・ツーの方を優先するだろうから大丈夫だと思うけど……何であれ油断は禁物。


 剣の回収は早めに遂行するに限る。うん、頭に叩き込んだ敵支部拠点周辺の図を思い浮かべながら行くよ。


 さぁて、ドキドキの侵入作戦の始まりだ。上手く行くかどうかは神のみぞ知るってね。











「ん、響からMailメール。水着、まだ買えてないっテ。試合は午後からが良いって言ってル」

「ほんっと拘りが強いんだから。これは支部長に打診して新調しないとダメそうね」


 今は街の方にいる響たちからメールが届いた模様。少し遅れるとのことだが、それはむしろ嬉しい誤算だぜ。


 閃理による適切な処置もあってすぐに治ったけど、しばらくの間痺れて行動不能になったんだから仕方がない。ダルさもまだ残ってるしな。


 だから次の試合はどのみちもう少し後にするつもりだったし、結果的に望みは叶ったみたいだな。


 そしてこれは余談極まる話なのだが、今は協会が経営する会社の社員食堂で休憩兼食事中だ。

 敷地内にあったあのビル、どうやら俺が表向きに就職している包丁メーカーの本社らしい。


 さらに支部長はそこの社長も兼任してるそう。仕事が出来る大人は大変だな。


「焔衣。響との再戦だが策は考えてあるか? 弱点の一つを見破られた以上、今度はまた別の方法で攻めに出るはずだろう」

「う~ん……それはそうなんだけど、音って結局見えないし触れないしどうすることも出来ないじゃん? 逆に聞くけどどうすればいい?」


 食事をしながらも響の権能対策を考える。

 俺はあんまり勉強が出来ないから、科学や物理的な側面での攻略方法を自分で考え出すことは無理。


 音の壁に対抗出来る聖癖章はまたメルから借りるから良いとして、きっと今度は聖癖リードで別の聖癖も使ってくるだろう。


 それにも対応すべく、他の聖癖章も選択しないといけない。ただ厄介な技だけ警戒するわけにもいかないのが聖癖剣士の難しいところだ。


「何だっけ、固有振動数? だったかを合わせれば物体も壊せるって言ってたけど、マジで何でも壊せるわけ?」

「ふむ、あれは一般に疲労破壊と呼ばれる現象だ。ガラスや人間の鼓膜程度なら短い時間で破壊が可能だが、密度や大きさで時間を要することもある。翠湊すいそうはあくまでも様々な“音”を操れるだけだからな」


 うん、さっぱりだわ! でも音は何でも簡単に物を壊せるわけじゃないってのは理解した。

 要はデカくて重い物を盾にすれば音による被害を抑えられるってことだよな?


 つまり何かしら実体のある大きな塊をぶつければ攻撃に繋げられるだけじゃなく、防御や回避にも使えるわけか。


「うーん、音なら耳を塞げばいいんじゃないかなぁ。ノイズキャンセリング機能の付いた耳栓とか」

「あ、それいいっすね。持ってないけど……」


 朝鳥さんからのアイデアはシンプルだな。音だから聞かなければ良いってある意味以外な案だ。

 問題はその高機能な耳栓が無いことなんだけど。どっかから借りれたりしないかな。


 音なんて普段から意識して気にするもんじゃないからな。改めて真面目に考えてみるといい感じの対策は思いつかないものだ。


 頭を使いながら唸りながら残り少ないハンバーグ定食に箸を伸ばした時、その報せは突如として降りかかってくる。


「……何? 理明わからせ、詳しく」

「え、どうしたの?」


 突然、閃理は理明わからせから何かの話を受信。さらに詳細を求めるまでした。


 周囲の情報を何でもかき集めて教えてくれる理明わからせ。その性質から、基本的に聞き流すのが扱いとしては正しい。


 だから閃理が気にしてしまうほどの情報とやらは、相応の内容を孕んでいる模様。一体どんな話なのやら。


「……どうやら本社の前で暴動が起きたらしい。闇による使いがな」

「い゛っ……!? それって襲撃ってこと!?」


 そうだな、と閃理は冷静に答える。おいおい、そんな落ち着いてていいのかよ!

 闇の剣士め……今度は何が目的だ? まだ俺のことを諦めてないのかな。


「おそらく奴らは遮霧さえぎりの奪還を目的にしている可能性がある。普通に考えれば本社前の暴動は囮と考えるべきだろう」

「つまり本命は別にあるってこと? でも聖癖の力で守護られている結界の中にどうやって……?」


 透子さんの言う通り、支部には闇の剣士を入れさせない結界に加えて複数の建物やビルを持つ広大な土地を有している。


 仮に剣の奪還が目的だとしても、侵入は難しいはず。そもそも触れたら侵入がバレるのに。


「闇にはこちらの結界を無力化する組み合わせを発揮できる聖癖を所有している。それを使われてしまえば侵入されてしまうだろう」

「え、じゃあなおさらダメじゃん! 急いで行かないと……!」

「落ち着け。確かにこのままでは不味いのは承知の上だが、だからと言って敵の策にわざわざ引っかかるようなこともするわけにはいかない」


 状況の不味さに気付いて急ぎで行動しようとする俺に、閃理は制止をかけてきた。


 おいおい、今閃理が言ったように結界を突破出来る聖癖持ちだったら元も子もないだろ。何でそこまで落ち着けてるんだよ。


「おそらく本命の敵は本社の前で暴動を起こしている者たちの中にいない。敵の考えは別の位置から侵入を試みることだろう」

「つまり侵入する方の敵の裏をかく、ってことですか?」


 朝鳥さんの気付きに無言の肯定をする閃理。

 ううむ、確かに思惑は分かったけど、じゃあどうするんだ? 誰が本命の迎撃に行くわけ?


 ただでさえ八人いる支部の剣士が四人が離れていて、さらに三人が離脱中。いるのは一班を含めた五人だけなんだぞ?


 上位クラスの透子さんとメル、日本一と同格の閃理がいるとはいえ、俺と朝鳥さんはまだ弱い。あまりにも戦力に偏りがありすぎる。


「本社の方はどうやら以前クラウディが使っていた剣機兵ソードロイドのようだ。ふむ……そうだな、俺とメル、そして朝鳥は本社の方へ。焔衣と透子は侵入者の迎撃に向かってくれ」

「え゛っ!? 閃理本気かそれ!? なんで俺をそっちに回すんだよ!」


 し、信じられねぇ……! 驚きのあまり心の中で叫ぶことも出来なかった。

 透子さんをつけるとはいえ、俺を侵入者側へ配置するなんてどういう考えなんだ?


 これには不満というか、ミスを疑わざるを得ない。失敗するつもりは毛頭ないけど、でも解せないんだが?


「焔衣。お前はどうも本番に強い節がある。輝井、響、そして透子や二班の面々には負けたのにクラウディを倒し、ディザストの猛攻に耐えるだけでなく撃退にまで成功した。他の闇の剣士とも渡り合えていただろう。お前なら出来るさ」

「俺自身の実力を信じろってことか……」


 そう言われてしまえば変に返せる言葉も無いな。

 確かに俺は練習試合や交流試合にはしょっちゅう負けているけど、本番とも呼べる戦いではそれなりに善戦してきた。


 もっともそれは敵が本気じゃなかったり、誰かの協力があったりで俺一人の力じゃない。

 今回だって透子さん頼りになるかもしれない。正直俺の存在は足手まといにしかならない気がする。


 俺、今回こそやれるだろうか? そこがとにかく心配だ……。


「大丈夫。焔衣の実力、メルは信じてル。むしろ自分の実力信じないと、剣に失礼じゃなイ?」

「そ、そうだよ! むしろ私の方が閃理さんたちの足を引っ張るかもって思って不安だし、気持ちは同じなはず。だからお互いに頑張ろう!」

「メル、朝鳥さん……。うん、そうだな。剣士だし、自分を信じないと」


 不安がる俺にメルと朝鳥さんからの応援が届く。

 二人に言われた通りだ。俺が俺を信じないと本気なんて出せないし、剣にも先代にも失礼だよな。


 それに朝鳥さんは闇の襲撃自体初めてなんだ。

 俺より不安に感じている人がすぐそこにいるというのに、それを無視して自分のことばっかりなのもダメだな。


 五月病になってるのかな、俺。これじゃ剣士としての面目が立たない。気合い入れ直すぜ。

 深呼吸をしつつ自分の頬をピシャリと叩く。


「分かった。俺頑張るよ。侵入者の方は俺たちが何とかする。信じててくれ」

「当然だ。お前たちのことは深く信用している。任せたぞ」


 改めてこの采配を受け入れた俺は、閃理からの言葉を受け取る。


 なんであれ上級クラスの透子さんがいるんだ。負けるってことにはなるまい。足を引っ張らないよう気をつけて戦わねば。


 残った定食を全部胃の中に収めると、俺たちはそれぞれ迎撃のポイントへ向かう。

 閃理、メル、朝鳥さんは本社前へ。俺と透子さんは支部拠点……ではなく、剣の保管庫へ。


 さぁ、やるぞ。闇の襲撃自体は初めてじゃないんだ。今回も無事に切り抜けてやる。

 誰が来ようとも、例えディザストであっても関係ない。俺は剣を護りきってみせるぜ。

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