第五十四癖『曇天に誓う、愛の言葉』
うっわぁ~、まじかぁ~……。まさかの人物の登場に俺はげんなりとせざるを得ない。
……いや、違うな。正確に言えば俺は輪郭が見え始めた段階でその正体に気付いていた。
だって俺の人生で常に日傘差して歩いてる人なんてクラウディだけだし! 一瞬で気付いて、気付いたことを否定しちまってたわ!
一方で俺の存在に気付いたクラウディはゆっくりとした歩みをやや駆け足気味にして接近。
当然警戒する俺たちは剣を抜いて戦闘態勢に移行する。
「止まりなさい! まさか本当に
「ふむ……閃理くんの姿は見えないのに保管庫の前に剣士がいるということは、どうやら私のことはバレバレだというわけだ。うーん、ちょっと残念」
一歩前に出て制止を呼びかける透子さん。格上相手にも気圧されないとはしっかりしてるな。
もっともそのクラウディは透子さんのことなんか気にせず、むしろここにはいない閃理の手の回しが早いことに賞賛と落胆を見せているが。
あれが強者の余裕というやつか。流石は
「クラウディ! 今度は何が目的だ。
「分かってるじゃないか。そう、私がここに来たのは先日奪われてしまった剣を取り戻すこと……でも、正直今はそんなことどうでも良い気持ちにはなっているけどね」
どうでもいい、だと……!? 存在が聖癖剣士の数に直結する大事な剣をだぞ?
一応は剣が目的で来てはいるそうだが、一体他の理由はなんだってんだ? 組織の壊滅か?
如何せんろくでもない理由なんだろうけど。
「私にとって
スッと手を差し出すようにしてクラウディは俺の勧誘に出始めるという奇行に出た。
正直そう言うのは分かってはいたぜ。勿論、この提案に乗る気はさらさらないがな。
「何言ってんだあんた。そんな提案、乗るわけないだろ! ふざけやがって」
「本気だよ。おふざけ無しの真剣なお願いさ。君自身、この話自体はそう悪いものではないと理解しているだろう?」
勧誘を拒絶すると、まるで俺の考えを見通しているかのような発言をしてきた。
そう、確かにクラウディの発言にも一理ある。
何故なら闇の剣士になれば少なからず今の俺がぶつかっている問題を解決することが可能だからだ。
俺が剣士として突き動かされている原動力の一つ──それは龍美の捜索と救出。
だからディザストが知っているという龍美の居場所を知ることが出来るというのはかなり魅力的……もとい、悪魔の囁きだ。
勿論それだけじゃないけど、理由としてはかなり大きい部分を占めているのは間違いない。
それに闇の聖癖剣使いが世界を守る組織だと自称する理由も気になるところ。
光の聖癖剣協会と闇の聖癖剣使い、この二つが掲げる最終的な目標は同じだとクラウディが言っていた話も引っかかる。
ぶっちゃけ言って気にならないわけじゃない。
出会い方が違えば、もしかすると俺はそっちに行っていたかもしれないしな。でも──
「それでも断る! 例え俺が抱える問題が闇の剣士になることで解決出来ても、今の仲間は裏切れないからな!」
ここで俺はもう一度はっきりと誘いを断った。
今言ったとおり、元から闇の剣士になるつもりは毛頭無い。閃理やメルたちを裏切るような真似は絶対に出来ないからな!
俺は
透子さんも同じく構え取り直し警戒を高める。
これを見てかクラウディ、小さくため息を吐き出した。
「ふぅん。私個人としてはあまり戦いたくはないんだけど、君たちがやる気なら応えてあげないといけない。なるべく穏便に済ませたかったんだけどね」
【
そしてクラウディは自分の剣を抜いた。
いよいよ戦う気になったクラウディ。いくら一度瀕死にまで追いつめたことがあるとはいえ、その時は本気じゃなかったんだ。今回はきっと本気で来るだろう。
勝てるか……? いや、勝てはしなくとも閃理たちが来るまで持たせればいいんだ。透子さんもそう言ってたし、とにかく戦況の維持を務める!
「ん……? なんだアレ……?」
そして今更だが俺はクラウディの左腕に見知らぬ盾のような物が装着されていることに気付く。
色合いは
丸い形状も相まって、特大な聖癖章にも見えなくもない。あれも聖癖剣の一種なのか……?
「よそ見は厳禁だよ!」
「はっ……!?」
謎の装備品に気を取られていたら、あっという間にクラウディを真横にまで接近を許してしまった。
速すぎじゃないか!? でも俺だって前よりはずっと強くなっている。即座に剣でガードの体勢へ!
ガキィン、と金属質の鈍い激突音が鳴る。
うおっ、なんつー重い一撃……。剣舞も積んでるのに今まで受けたどの剣士よりも重い!
これが
「うん、反応速度、腕力、共に成長しているね。やっぱり君には才能がある。より君のことが欲しくなってきたよ」
「お褒めに預かり光栄~……! でも、何を言ってくれても俺は闇の剣士にはならねぇよ!」
とてもではないが重い剣を弾き返すと、俺は距離を取って後方へバックステップをする。
まだ余裕はあるけど、今の一撃を何度も食らうわけにはいかない。味方にも頼らせてもらおうか!
「私のことを忘れてもらっちゃ困るわよ!」
瞬間、クラウディの背後から飛び上がって攻撃を仕掛ける透子さん。俺が戦ってる間に地面へ潜り、奇襲に出た模様。
「目障りな君のことを忘れるわけないじゃないか」
そう言ってクラウディは
そして脳天を叩き切らんばかりの強攻撃に迎え出る。
するとどういうことだ? さっきと同じく鈍い金属音が鳴ったかと思えば、そのまま鍔迫り合いの状態になっているぞ!?
「君の権能は物理的な物をすり抜けることは出来ても、聖癖の力で構成した物まではすり抜けることは出来ないんだろう? それくらいリサーチ済みさ」
「くっ……!」
どうやら
なるほど、確かに言われてみれば部屋の壁や床はすり抜けられたのに俺の炎は回避していたな。
ふむ、意外なところで
いやいや感心してる場合じゃない! 弱点がバレてるんだから、これピンチじゃん!
そして透子さんはその場から離脱しようと地面へと潜ろうとするが、弱点を知っている相手がそれをみすみす逃してくれるはずもない。
「逃がさないよ!」
【悪癖開示・『曇らせ』! 翳る悪癖!】
敵の悪癖開示攻撃。剣を地面に突き立てると、足下の大地が一瞬にして広範囲に渡り凍結した。
氷を操ってる……!
「しまっ……!?」
この攻撃により、太股までが地面に沈んでいた透子さんはこれ以上の潜行を強制停止させられた。
聖癖の力で造られた氷だから、
まずい、このままじゃやられてしまう。俺が何とかしないと……!
「……っ、一か八か!」
【聖癖開示・『ツンデレ』! 熱する聖癖!】
俺は咄嗟に開示攻撃を発動。燃えさかる炎の剣を凍った地面に突き立てた。
物理法則とは縁遠い現象である聖癖の力は、氷を溶かすだけに留まらず、そのまま地面の上を燃え盛らせる!
「むっ、危ないねぇ。でもそれ、味方にも当たらないかな?」
「むしろそれが狙いだけどな!」
ひょいっと簡単にクラウディは避けてしまうが、それはむしろ作戦通り。
俺の真の目的は透子さんの救出。敵を遠ざけるだけじゃなく、凍った地面を完全に溶かして逃げるのを手助けするってわけよ!
思惑通り透子さんはするっと地面へ潜行を再開。そのまま俺のすぐ横に浮上してきた。
「ありがとう、助かったわ!」
「むしろ大丈夫でしたか? 火傷してません!?」
「ええ、ちょっと熱かったけど問題ないわ!」
よし、何とか無事のようである。俺の心配していた二次被害も無さそうだ。
安堵のため息を吐きつつ、再び敵の方向へと向き直す……のだが、ちょっとした変化が。
「……ふーん。君たちって結構仲が良いんだ。正直気に食わないねぇ」
「急にどうした? 仲間と仲が良いのがそっちに何の関係があるんだよ」
クラウディがもの凄いジト目でこっちを睨んでくるのだ。
俺たちがどう会話しようとそっちには無関係。どういう感情なんだよそれは。
「……うん、この際だ。はっきり言おう。焔衣くん、君と私が初めて出会った時のことを覚えているかい?」
「そんなの……覚えてるに決まってるだろ。っていうかむしろ忘れらるわけない」
何やら俺に言いたげなことがあるらしいが、その前座と言わんばかりに過去の話を振り返り始める。
俺とクラウディの出会い。それは今から半年近く前、とある秋の日だ。
その日、俺は剣士として覚醒した。そして
忘れるはずもない。俺の人生を振り返って何か一つ思い出を上げろと言われたら、真っ先に思い浮かばさる出来事の一つだ。
今でも当時のことを鮮明に思い出せるくらいには衝撃的な体験。そうそう忘れられるもんじゃない。
「君の炎に焼かれた時、私は君に興味を抱いてしまった。ただの興味ならそれで良かったのに、この半年間君のことを考え続けている内にこの興味は変化してしまったんだ」
「変化……? もしかしてだけど、それって……」
クラウディがつらつらと語る話の内容に透子さんが何かを理解してしまった。
女同士だからか、分かり合えるような物があるのだろうか? どういうことなんですかね、それは。
一人ちんぷんかんぷんな俺を見てか、クラウディは一度空を仰いで深呼吸をして、俺の方を向いた。
「単刀直入に言うよ。焔衣くん、私は君のことが好きだ。剣士としてだけじゃなく、人として……私の恋愛対象にしたいという意味で君のことが好きになってしまったんだ。だから、他の異性と楽しそうにしていると心の内から黒い感情が沸き起こってくるのを感じるよ。俗に言う嫉妬というやつだ」
その話に俺は一瞬どういう反応をすれば良いのか分からなくなり、固まってしまった。
当然困惑である。いや、だってそうだろ?
俺自身人を好きになった経験はあるが、逆に誰かの好意の対象になったことはない。
面と向かって想いを伝えられたのもこれが初めてのことだ。
まさかそれを敵から言われるなんて思いもしないだろ!? それも一度倒した相手にだぜ?
「まさか光側の剣士のことを好きになるなんてね。それも
「それについては奇しくも同意見だね。敵に片想いするなんて私自身夢にも思わなかったさ」
俺より先に理解していた透子さんの言葉に同意を示す本人。やはり組織の立場上禁断の感情を抱いてしまっている自覚はあるみたいだ。
俺のことが好き、か……。そう言われて一瞬ドキッとしたように、正直言うと嬉しくないということはない。
俺だって男だ。異性とそういう仲になりたいと思ったことはそれなりにあるし、俺のことを好きになってくれる人のことを好きになる自身はある。
だからと言ってクラウディの告白を了承するわけにはいかないけどな。悪いが立場の問題だから断らせてもらうけど。
「正直驚いたけど、悪いが俺は敵と恋愛するほど冒険出来る人間じゃない。その話も断らせてもらう。どんな感情を抱いていようがあんたは俺の乗り越えるべき通過点の一つに過ぎないからな」
改めて俺は告白の回答を口にした。
これをカウントしていいのか分からないが、まさか初の告白に振る選択を取るなんて思わなかったけどな。
これに対しクラウディ。俺の返答を受けてどうなっているかというと、表情はそのまま固い顔を維持している。
悲しんでいるのか怒っているのか──それは分からないけど、急に黙りこくったままになっている。
そして数十秒もの沈黙から、ついに口を開く。
「……そっか。君のそういう真面目さは本当に好意に値する。はっきりとそう言ってくれて嬉しいよ」
先ほどまでの嫉妬から一転、振ったことに対し意外にも穏やかな表情で受け入れてくれた。
やっぱり未練なんてお互い作りたくないもんな。潔く諦めてくれて俺も安心────
「……でも、私は諦めが悪い人間でね。愛を囁いて駄目なら力ずくで懐柔するだけのこと! 私と君が両想いになれるその時までね!」
【
ぜ、全然受け入れてないわこの人──!!
そして続けざまに左腕に装着されていた謎の盾を起動する。
常々気になっていたが、それは一体どんな能力を持っているんだ……?
「君は初めて見るだろう? これは【
【八天選択──『砂塵』! 悪癖変質・『苛つかせ』!】
仰ったとおり完全初見な俺にご丁寧な説明。そして実践とばかりに
土色の紋様が窓に止まると、続けざまに鳴った音声に疑問を抱かせる。
苛つかせ……? なにその聖癖。ってか聖癖なのか、それは?
「まずは邪魔者にはご退場願おうか!」
【悪癖開示・『苛つかせ』! 苛立つ悪癖!】
なっ、聖癖が変わっただと!? てか剣の聖癖って変えられるものなのかよ!?
俺が驚くのを気にすることなく、クラウディの開示攻撃が炸裂。対象は透子さんか!
「くっ……!?」
大きな一振りにより周囲に漂っていた霧は砂塵に変化。そのまま対象に向かって襲いかかる!
瞬く間に砂の竜巻に囚われた透子さん。砂の一粒が物質化した聖癖だから、権能が効果を発揮出来ず、抜け出せないんだ。
近付こうにも砂嵐の勢いが強い……っ! でもこのまま放っておくわけにはいかない。
勇気を振り絞って俺は砂嵐の中へ突撃。勢いよくぶつかる砂粒が痛ぇけど耐えるぜ!
砂嵐の中心まで来ると、防御の姿勢を取っている透子さんを発見。急いで脱出するために俺はその身体を抱き寄せて
【聖癖開示・『ツンデレ』! 熱する聖癖!】
「
開示攻撃で使うのは新技!
でも今回はタイミングが良かったぜ。炎の熱で起こした風により砂嵐は払拭され、攻撃を防ぐことに成功。仲間を救出することが出来たな。
「透子さん、大丈夫でしたか!?」
「…………わよ」
「え? 今なんて────」
「……気安く触るんじゃないわよっ、このスケベ!」
様子を伺ったその時──俺の頬に強烈な一撃がお見舞いされた。
な、何事? いや、マジで今一瞬何をされたのか分からなかった。
冷静に状況を復唱。砂嵐から透子さんを助けた直後、変態扱いされながらビンタされた。
何を言ってるか分からないと思うが、俺が一番分かってない。な、なんで……?
「ああー、もう砂が変な所に入ってイライラするわ! ほんっと最悪!」
「と、透子さん……? マジでどうしたんですか!?」
何故か透子さんの様子がおかしい。突然イライラし始めて振る舞いが乱暴になっている。
そんな……ついさっきまで試合して、一緒に昼食を食べたばっかりなのに……。
とはいえいきなりこうなるはずがない。さっきの砂嵐が──つまりクラウディの仕業に違いない!
「あんたの仕業だな! 透子さんに何をした!?」
「ふふふ、これが
人の感情に作用する……!? 天気のみならずそれまで操れるだなんて、そんなヤバい権能持ちだったのかよ、
まずい、戦いが終わった後も透子さんがこのままでは人間関係に亀裂を走らせてしまう。何とかして正気に戻さないと……!
「透子さん、一旦落ち着いてください! そのイライラは敵の攻撃によるものです。術中にはまらないでくださいって!」
「あー、我慢してたけどこれ以上は無理。焔衣くん、あなたさっきの試合にどうして解放撃を使ったの? 私、全部かわしなさいって言ったわよね? それなのに全部破壊して解決したと思ってるの? まさか誰に対してもそんな曲解をして困らせてたりするわけ? 正直ありえないわ。最低の発想よ? 理解してるの? 反省とかしてるわけなの?」
「さっきの試合気にしてたんですか!? そのことは後で謝りますから今は勘弁してくださいって!」
ウワ──ッ! イライラしてる透子さん、めちゃくちゃネチネチ言ってくる!
あの透明感のある人がこんなになるなんて信じられねぇ。これもクラウディの仕業か?
「あっはっは、本性現したね。一応言っておくけど、
「知りたくなかったそんなこと……」
まだ横からネチネチ言われてる最中、クラウディからの説明が俺の心を傷つける。
この文句、どうやら透子さんの本音らしい。いや俺自身不正したかもって自覚はしてたけどさ……。
地味にショックを受けていると、しつこく俺をまくし立ててくる様子の透子さんを見てか、クラウディはまたも行動に出る。
「うーん、イライラすれば勝手に帰って行くと思ってたんだけど、これは選択ミスだったかなぁ。ごめんごめん、今変えるよ」
【八天選択──『降雨』! 悪癖変質『悲しませ』!】
【悪癖開示・『悲しませ』! 悲しむ悪癖!】
立て続けに
霧、砂塵と来て今度は雨。超局所的な通り雨が俺たちを……正確には透子さんを再び狙う。
「人の話聞いてるの? 私仮にも先輩よ? 他の剣士に対してもそんな態度を取ってるんじゃないで────…………」
近くにいた俺も少し雨を被ってしまうが、本命が別にあるためか俺自身に影響はない。
当然、透子さんにその変化は起きるのだが。
雨に打たれた透子さん。まくし立てるようなネチネチした小言の嵐は急激に鳴りを潜めてしまう。
その代わり、また新たな感情に支配されることになるのだが。
「……う、うわあぁぁん! ごめんなさい、ごめんなさいいぃ~!」
「今度は泣き出した。情緒かき回されすぎだろ!?」
次の感情の暴走は悲しみ。
まるで子供のようにわんわんと泣き出す透子さん。ああ、少なくとも朝鳥さんよりかは年上であろう大人の女性をこんな風に泣かせるとは……。
どれだけ透子さんを俺の前で辱めるつもりなんだ、クラウディの奴は!
「うぅー……、自分のイライラを大事な後輩にぶつけるなんて、最低よぉ……! 本当にごめんなさいぃ~……!」
「ああもう、気にしてませんからこれ以上敵の罠にはまらないでくださいって!」
ついには膝を突いてぺたん座りをした透子さん、さっきのイライラの件について泣きつきながら謝ってくる。
でもやっぱり気にはしてたんだなぁ……。
無事に戦いが終わったら謝ることを心に決めつつ、必死に宥めてやる。
だが奮闘虚しく透子さんは
そして、その用途に俺は驚愕せざるを得ない。
【聖癖開示・『スク水』! すり抜ける聖癖!】
「ごめんなさい、ごめんなさい……。もう会わせる顔なんてないわ。本当にごめんなさい……」
「え、えぇ──!? ちょ、透子さん!?」
あろうことか、聖癖開示を使って透子さんはそのまま地面の中へと沈んでいってしまったのだ!
つまり戦線離脱! 俺は一人取り残されることになっちまった!
「あっはっはっは! これは傑作だ。まさか上位クラスともあろう実力者が後輩を置いて逃げてしまうなんてね!」
「誰のせいだと思ってんだ! あんたのやったことだろうが!」
遠くで透子さんの行動を大笑いするクラウディ。どこまでも人を馬鹿にしてきやがる。
くそっ……。どうする? 最悪なことに
人の感情を操れる能力を得た本気のクラウディに俺が敵うとは思えない。おまけに敗北はイコールで拉致にもなってしまう。
閃理たちはまだ来ている感じはない。流石に響たちにも支部襲撃の連絡は届いてるだろうけど、それもいつ頃到着なのかも不明のまま。
この状況……どうにかなるのか? 相手にとって俺は獲物の一つに過ぎないし、さらにもう一つの獲物である
本気の相手に俺の技がどこまで通用するのかも分からない以上、防衛出来るのかでさえ不安だ。
どうあがいても絶望、危機的状況。逆転の糸口は無いのか──……!?
「さて、いろいろあったけどこれでようやく二人きりになれたね」
「なっ……!?」
すると、すぐ横からクラウディの声。それに反応するよりも速くその足で俺は蹴り倒された。
無様に転がり仰向けになると、その上からクラウディが馬乗りになってのし掛かってくる!
「ごめんね、足蹴にして。君を説得するにはこれくらい近付かないと思ってね。改めて私の心からの言葉を聞いて欲しいんだ」
俺の視界はクラウディの姿一色にされた。垂れ下がった灰色っぽい髪がカーテンのように周囲の景色までも隠してしまう。
逃げられない──俺は今、完全に拘束されてしまっていた。
「私が君を好きになったのは何も一目惚れだけじゃなくて、君の才能に関心を持ったからなんだ。私直々の指導があれば君を
「勝手に話を進めるなよ! 俺は何と言われてもそっちに付くつもりはねぇ。さっさとどけ……ッ!」
三度目の正直と言わんばかりにクラウディは俺へ、今度は才能を理由にしつこい勧誘を再開。
おまけに闇の剣士特有のコードネームまで考えるとはな。捕らぬ狸の皮算用って言うんだぜ、それ。
どう言われようとも俺の意志は変わらない。このまま断り続けてやる。
「……どうしてそこまで頑なに拒むんだい? 闇の剣士になることは君にとっても完全に不利益な行為じゃないと理解はしてるんだろう? それなのに何故……」
「そんなの決まってるだろ。あんたらは俺を殺そうとして、閃理らは俺を救ってくれた。そんな簡単なことが逆に何で分からない!? どっちの味方に付くかなんて分かりきってるだろ!」
俺がここまで強靱な意志を保てているのは、閃理たちへの恩義のおかげだ。
あの二人がいなければ、俺はずっと後悔したまま何もせずにいただろう。……いや、むしろあのまま殺されていたかもしれない。
俺に剣のことを教えてくれて、いろいろなことを手伝ってもらったりもした。
あの十数日間で、俺の無意味に後悔し続けるだけの人生は大きく変わったんだ。
全部……全部光の聖癖剣協会のおかげなんだ。あの組織が俺を救ってくれたんだよ。
だから、俺はこの恩を絶対に忘れない。仇で返すようなこともしない。そう誓ったんだ!
キッとクラウディを睨みつけて、改めて拒絶の意志を強く示す。もうこれ以上の説得は無駄ってな!
「……君の意志は相当に堅いみたいだ。うん、これちょっと予想外だったね」
俺の叫びを聞いてか、ついに折れたかのような発言をする。
ようやく諦めてくれたか? とはいえ拘束はされたままだから危機的状況に変わりはないけど。
両目を閉じて何かを考えているかのように黙りこくるクラウディ。
それから数分の間、日本人離れした端麗な顔を拝みながら脱出の機会を窺いつつ沈黙が流れていく。
そしてどれくらい経っただろうか──遂に次の行動に出た。
「……仕方ないね。こればかりは強引極まりないからやりたくはなかったけど──今ここで落とせば万事解決だ。乙女の覚悟、受け取ってくれよ?」
えっ……ここで落とす!? それ、どういう意味? ってかとっとと諦めてくれ!
すると次の瞬間、僅かに唇をすぼめたクラウディの顔が迫ってくる!?
おいおいおいおい! 落とすってもしかして、そういうことをするつもりなのかよ!
まずい、逃げられないから抵抗も出来ない! ゆっくりとキス顔が迫ってくるのは最早恐怖!
身柄と戦況に続き、今度は貞操がヤバい! 誰か……、誰か助けてくれ──ッ!!
心の中でそう本気で願った時、奇跡……と呼んで良いのかは分からないが、ある出来事が起きる。
何かの鳴き声が聞こえるや否や、キス顔だった表情を険しくして、どこかを見るクラウディ。
その鳴き声は人の物じゃなく、何かの動物の……いや、動物という例えももしかしたら違うのかも。
猛獣かあるいは──そう、化け物の声。
「今のは……!?」
瞬間、俺の熱感知能力は少し遠くにある反応を捉えた。巨大でなおかつ高速で動くそれを。
存在を感知した場所はクラウディも顔を向けている方向だ。お互いにこれから来る何かの存在に気付いたらしい。
そして──霧の向こうから現れた何かが俺たちの真上を通過した!
巨大な身体と長い尻尾……この世には本来存在しない生物、ドラゴンが!
さらにそれだけでは終わらない。ドラゴンが通過した直後、その空に突如として人影が出現。
人影は持っている何かを下向きに構えると、そのまま落下して来た!
「くぬぅ……っ!?」
その瞬間、クラウディは俺を抱き寄せつつその場を離脱。刹那に今いた場所へそれが落ちてくる。
凄まじい衝撃と共に広範囲に巻き散らかされる砂埃。その正体は最早明らかだ。
「炎熱の聖癖剣士から離れろ、クラウディさん……いや、悪天の聖癖剣士!」
これまで耳にしたこともないような殺気立った声と共に煙幕の中から現れたのは──龍の聖癖剣士。
俺の因縁、ディザストだった。
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