第九十九癖『噛み砕きし顎門と、影より出る手』

「ええい、動くなってのよぉ! ちょこまかしやがって!」


「敵に言われて動く馬鹿いなイ。このまま倒ス」


 他の方々を先に行かせ、テンタクルの足止めに出た私たちは現在、平行線の戦いとなっています。

 触手は私の予想通り電撃と凍結には弱いようで、捕まらなければどうということはありません。


 ですが相手も巨大な蛸に乗って高さにおいて優位に立っているため、こちらの攻撃は届かず当たらずの膠着状態に陥っています。


「青音!」

「はい!」



【聖癖開示・『クーデレ』! 凍てつく聖癖!】



 とはいえこちらが何も出来ないということはなく、高い位置にいる相手をどう攻略は対策済み。

 私は聖癖開示を発動。氷の結晶で出来た足場を空中に複数召喚。


 すると、メラニーさんはそれを踏んで飛び上がり、蛸の額に張り付けられているテンタクルへ攻撃を試みに行きました。


 私の剣ならばこのような芸当も可能。防御のみならずサポートだってお手の物です。


「めちゃくちゃ速いからってあーしが追いつけないとは思うな!」


「うっ、また失敗。あなた結構強い剣士ダ」

「なんて素早い身のこなし……。地上にいるとは思えません」


 ですが今の攻撃にテンタクルも素早く反応。触手を使い地面を押し出すことで巨体を浮かし、後方へジャンプをするという頭足類にあるまじき動きで回避。


 攻撃が空振りになったことでメラニーさんは落下。難なく地面に着地を成功させ無傷でいますけども。


 ご覧の通り敵も中々強敵。触手を無数に操るだけでなく、剣士本体は巨大な蛸によって守られており、その蛸も侮れない機動力を有しているという現状。


 流石に心盛さんと閃理さんがいる光の剣士を相手にするために呼び寄せただけのことはあります。きっと闇の剣士の中でも上の方の実力者なのでしょう。


「ですが私たちは……!」

「絶対負けなイ!」


 しかし何度かわされようとも私たちは諦めません。

 剣士としての意地で奴を撃破することを念頭に攻めの姿勢を維持。


 接近に反応してまたも蔓型の触手を地面から無数に生やして迎撃を試みるテンタクル。

 ですが蔓型ならば私の剣の力で駆除が可能。間髪入れずに再び聖癖開示へ。


「氷路のバラード!」


 剣を地面に突き立てた場所を中心に大地が凍り付いていく。それに伴い触手たちも凍らされていき、活動を強制的に止められていきます。


 この程度の小技では流石に大きな触手までは止められませんが──それはそれでメラニーさんが一刀両断することで破壊。何も問題はありません!


 再び開示攻撃で足場を作り、メラニーさんの補助へ。今度は敵を逃がさないよう続々と技を発動させていきます。



【聖癖暴露・狗冷剣氷牙クーデレけんひょうが! 聖なる氷は万物をも凍てつかせ往く!】



「氷壁のセレナーデ!」


 暴露撃を発動させると、氷牙ひょうがは氷のオーラを纏い始める。それをテンタクル──ではなく、その後ろへと向かって投げつけます!


 大暴投……ではなく意図的なもの。この技は文字通り氷壁を作り出す技。基本的には即席の遮蔽物を作り出す技ですが、相手の特性によってその姿を変えます。


「そんな遅い技なんか当たんないってのよ!」


 攻撃だと思って紙一重でよけるテンタクルと蛸。元々狙って撃った技ではないので当然当たることなく後ろの方に着弾し、氷の壁を生成。


 私の予測が正しければが正解のはず。

 先ほど作っていた結晶の足場を使い、メラニーさんは再びテンタクルに接近。再度攻撃を試みます。


「性懲りもなく同じ手を使うとかバッカじゃない? 学習しなってのよ!」

「そーいうそっちこそ、勉強力ベンキョーヂカラ足りてないんじゃなイ?」


 挑発を口にしながらまたも回避をしようとするテンタクル。ですが甘いのはそちらも同じこと。


 後方へと向かって跳び上がるように逃げる大蛸。しかしその回避はゴツンッ、という大きな音を鳴らして止められてしまいます。


「……ッ、何!? 何かにぶつかって──って、これは……!」


 テンタクル本人が驚くのも無理はありません。何故ならば、蛸の背後にあるのは──氷の壁。

 それは先ほど私が氷壁のセレナーデで作り出した物。それが予測通りの働きをしてくれました。


 敵の回避行動を数度見て理解した動き。蛸という生物の構造上後ろに垂れる頭……正確には胴体部に重心が置かれている以上、回避が最も楽な方向こそが


 ましてや水中ではなく陸ならばそれは特に顕著のはず。現にこれまでの回避した先は全て後ろであるため、イレギュラーが起きない限りは変わらないと踏んで設置をしました。


 つまり学ばないのは私たちではなく、あなただったというわけです。

 内心勝ち誇りながらも慢心はせず、最後の一撃をメラニーさんに任せます!



【聖癖暴露・褐蝕剣廻鋸かっしょくけんのこぎり! 聖なる雷が悪しき魂に裁きを下す!】



Thunder break saw大雷の破壊鋸!」



 結晶の足場を蹴り、必殺暴露撃へ。高速で回転するチェーンが纏う稲妻の奔流。それが膨れ上がって巨大な鋸の形状となっていきます。


 あの大きさならばテンタクルの蛸は一刀両断出来るはず。そうすれば二対一となり形成は逆転……いえ、勝利は確実に!


 氷の壁ごと切り断つつもりで振るわれようとする廻鋸のこぎり

 ですが──私の考えていた結末はやってくることはありませんでした。


「──フッ、甘いんだよ! バイツ!」

「あいあいさー! なのだ!」


What何っ!?」


 するとテンタクル。追いつめられている状況にも関わらず突然誰かの名を呼んだ次の瞬間、聞き慣れぬ声と同時に倒木の陰から何者かが出現。


 そしてあろうことか、その人影はメラニーさんの技に向かって飛び出して行ったではありませんか!?

 全く予想だにもしていない出来事に私は勿論メラニーさんも驚きを隠せません。


 現れた人物は聖癖剣を構え、開示攻撃を発動。きらりと光る白い歯を見せ、そして────



【聖癖開示・『甘噛み』! 喰らい付く聖癖!】



「ガブガミバリボリ、なのだァ!」



 まさかの廻鋸のこぎりの電流が形成する巨大な刃に噛み付くという行為に……!? この異常行動には流石に驚きを隠せません。


 いくら聖癖剣士でも触れれば感電、最悪口を境に頭と胴体が分断されかねない行為。目を逸らしてしまいたくなる光景が簡単に想像がついてしまいます。


 でも──目の前に起きる事態はそれ以上に信じられない光景を生み出していました。


 謎の剣士が噛みつく刃に起こる異変。何故かエネルギー体であるはずの刃に亀裂が走り、次の瞬間には粉々に砕け散ったのです。


 砕けた刃の衝撃なのか、メラニーさんと技を噛み砕いた剣士は吹き飛ばされてしまいました。


No way信じられない……!? メルの技、相殺ソーサイされた……」


「うぅー、ギリ成功したけど流石に今のは痛かったのだ。前歯一本折れちゃったのだ」

「大丈夫ー? つってもまぁどうせすぐ生えるんでしょ? あーしが心配する必要ないか」


 地面に着地してから改めて今起きた出来事に困惑するメラニーさん。あのような体験はしたことがなかったのでしょう。


 いや、普通はあり得ないことなのです。こうもなって当然……私だって理解が追いつかないのですから。

 対する向こうはテンタクルが吹き飛んでくる剣士を触手でキャッチ。そっと地面に降ろしていました。


 流石に暴露撃を噛みつきで相殺しただけに、全くのノーダメージではないようです。それなりの危険を承知の上で行った模様。


「まさか二人目が隠れていたなんて……。あなたは何者ですか!?」



甘噛剣咬號あまがみけんこうごう!】



「ふっふ~ん。悪癖円卓マリス・サークル第三剣士『叢曇クラウディ』先生の生徒で剣士。“噛砕ごうさいの聖癖剣士”、名前は『咬號バイツ』さんなのだー!」


 この闖入者に誰何すると、自らを名前と敬称付きで呼ぶ一風変わった一人称で闇流の自己紹介をするバイツなる名の剣士。

 おまけにまさかの第三剣士所属とは思いませんでした。


 テンタクルが第四剣士所属だという点を鑑みるに、恐らく増援として集った剣士は悪癖円卓マリス・サークルの上位四席……最上級幹部クラスの部下の可能性が考えられますね。


 侮ったつもりは微塵もありませんが、ここからはより気をつけて進めていかなければ。

 敵の自己紹介如きに気を取られるわけにはいきません。攻撃の手を止めることは敗北への片道切符。


 一瞬の油断が命取りになる以上、敵が一人増えたことをねちねちと気にするのは論外。

 故に──攻撃! より強気に攻めることこそが勝利の道しるべ!


「メラニーさん、怯んでいる場合ではありません。行きましょう!」

「分かってル! もう二回目はなイ!」


 味方を鼓舞しつつ、再度攻撃の姿勢へ。ですが気にしないと心に決めた一方で、敵が増えたという事実はあまりよろしくない出来事。


 単純に倒す相手が一人増えただけでなく、テンタクルの蛸は変わらずそのまま続投。数差をつけられた以上はさらに厳しい戦いになりそうです。


「青音、二手に分かれヨ。メルはOctopusタコの方。青音は噛みつく方」

「いいのですか? 流石に厳しいのでは?」

大丈夫ダイジョーブ。さっさと終わらせル」


 ここでメラニーさんからの提案。この状況で二手に分かれることを選択してきました。

 正直なところ不安……とまではいかないにせよ、あの巨体を一人で相手にするのは些か難しいのでは?


 ですがメラニーさんとて上位剣士一歩手前の強者。私如きの考えなど覆してくれるはず。

 むしろ巨大な相手を引き受けてくれたことに感謝すべきでしょう。であれば迷うことはしません。


「分かりました。それではお願いします」

All right任せて!」


 作戦を口頭で認めると、私たちは二手に分かれてそれぞれが戦う相手の元へと向かいます。


 稲妻の如きスピードでジグザグに駆け巡ると、メラニーさんは勢いそのまま跳び出してテンタクルへと一撃を入れにいきます。


「だから甘いって。スピードだけじゃあーしとこのオクピーには勝てないってのよぉ!」

「うるさイ。黙って戦エ」


 攻撃は案の定太い触手によって遮られ、本体には届かず終わる……が、それは作戦通り。


 今の攻撃によりテンタクルのヘイトはメラニーさんに注がれました。その隙に私はもう一人の方を相手にします!


「噛砕の聖癖剣士、あなたの相手はこの私です!」

「ハハハッ、やってやるのだ。さっさと倒して先生とディザスト様とフラット様に褒められるのだ!」


 戦う前から勝った気でいるのはいただけませんね。

 いくら第三剣士所属でも驕りは厳禁、痛い目に遭いますよ!


 新たな敵を迎え入れ、第一の場の戦いは過熱さを増していきます。

 他のみなさんはどうしているのでしょうか……。気になりますが今は目の前のことに集中しなければ。











「……あ、あった。よかったー、見っけられて」


 第二のステージ……の外れに位置する現在地。そこで私は暗闇の中を剣の灯りを頼りにある物を探していた。


 ある物というのは結界が完全に貼りきってしまう直前に閃理さんが投げ入れてくれた聖癖章。

 藪に紛れてしまったかと思ってたけど、二つとも無事に見つけることが出来た。


 おまけにはとても強力な聖癖章だ。謙遜する気はないけど私が持つには身に余る代物。

 それを貸し与えてくれたのは非常に助かる。この期待に添えられるよう頑張らないと。


「にしても太陽の光さえも遮断するとはね。私の剣が炎陽えんようじゃなかったら完全アウトだったわ」


 探し物を探し終え、私はふと空を見上げる。

 空……いや、結界の天井は真っ暗で一筋の光も通さない。時間帯は真っ昼間のはずなのに、今だけ真夜中以上の暗さね。


 視界を奪われたら剣士として致命的。文字通り闇討ちされてお終いになるところだった。

 でも私の剣【日焼剣炎陽にっしょうけんえんよう】は『太陽光と熱』の権能。剣自身が光源で熱源でもある。


 多少の暗さは一瞬で払拭が可能。似たことは理明わからせでも出来るだろうけど、そっちと違って炎陽えんようは『熱』も操れる利点がある。


 太陽の恵みを遮断されたこの空間。閉じ込められてからたった数分で気温がかなり低下している。

 でも光だけじゃなく熱も放出してるから私は全然寒く感じない。ほーんと、炎陽えんように選ばれて良かったわ。


 もし本当に私以外が閉じ込められたら凍死もありえたかも。マジで危険な場所よ、ここは。

 ま、この聖癖章を渡されてれば誰でも抜け出すこと自体は出来るけど────



「私の声が聞こえますか? もし聞こえておりましたら声のする方へお越しください」



「ん?」


 すると不意に誰かの声がどこからか聞こえる。今回の敵、モナカって名前の剣士だ。

 どうやら誰かが閉じ込められているのかを確認しに来たみたいね。ふーん……何ともまぁ律儀なこと。


 何か用でもあるのかしら。……でも接近したら罠でしたってパターンじゃないわよね?

 この結界を貼ったのはあいつなわけだし、油断して近付いたところをグサッとしてきそう。


 そう考えると返事はしないでおくべきかな。無人であると思わせることで結界を解除する可能性もある。

 下手な動きも出来ないから、無視を決め込むことに決定。解放されるまで待つことにする。


 そこから数度呼びかけをされるも無言を貫き通す。

 中に誰もいないんだから、とっとと結界を解除しなさいよ。



「……これが最後の警告です。呼びかけに答えなければ今から障壁を縮小し、内部の物体を押し潰します。十秒の猶予を設けますので、早急に名乗り出ることをおすすめします」



「え゛っ、マジで……!?」


 するとモナカの奴はあろうことか結界を解くんじゃなく縮めてくるという手段を取った。

 結界の縮小によって押し潰す? ただでさえ暗くて視界が最悪なのにそれヤバくない?


 もしかしてだんまりを決め込んだのは失敗? くっ、見立てが甘かったようね。

 これ以上の無視は危険と判断するのが良さげかも。そう簡単に考えた通りにはならないか。


「……いるわよ。私一人だけだけどね」



「そうでしたか。他の方々とご一緒ではないのは残念ですが、私の役目は最低限果たせたようで何よりです。では、天の指し示す方向へとお越しください」



 大人しく名乗り出たら、相手方はほっと一安心したように軽く安堵のため息を吐き出した。


 そして結界の天井に十数分ぶりに光が射し込む。見上げれば細い切れ目が天井の結界に走っていて、それが向こうまで続いている。


 正直言って怪しさ全開。明らかに罠っぽいけど……今は迷ってる場合じゃないか。


 こっちは仕方ないという諦め半分の気持ちが籠もったため息を吐いて光の指す方向へと歩く。一応は覚悟しとかなきゃね。


 んで、歩いて数分もしない内に到着。別についたところで状況は何も変わってない。むしろ私を導くための光は閉じられて再び真っ暗になってる。


 でもこの黒い壁のすぐ向こうにモナカはいるはず。取りあえずこっちから声をかけてみるか。


「来たわよ。で、どうすんの? 私と戦うの?」


「ご冗談を。そのような野蛮な行為、私は行いません。神に仕える身である以上、可能な限り争いにならないよう心がけていますので」


「……はぁ? あんた、何言ってんの?」


 私の問いかけに反応してくれるモナカ。でも思わず呆れかえってしまうほどの返答が来た。

 戦わない……って、こいつ何を口走ってるわけ? 敵としてここにいるのよね?


「戦いは好みませんが、その代わりに貴女の話し相手になるつもりでいます。お悩みがございましたら神のお言葉を代わりにお伝えしますよ」


「えぇ……」


 うわぁ、今度は何? 敵にお悩み相談を持ちかけるとか正気なの? ここを懺悔室か何かだと勘違いしてるんじゃない?


 確かにシスターだから神様だのなんだのはまぁ分からないこともないけど、それ以前に剣士でしょ?

 戦意が無いのは流石にどうかしてる。何しにここへ来たってのよ。こいつも中々の変人じゃない。


 ほんっと聖癖剣士って変わり者ばっかり選ばれるわね……。調子狂うわ。


「馬鹿言ってんじゃないっての。あんたは剣士、私も剣士。そもそもフラットの増援に来たんでしょ、あんたたちは。戦わないのはルール違反ってもんじゃないの?」


「申し訳ありません。今の言い方には少し語弊がありました。正しくは私の戦いはすでに始まっております。私の役目は光の剣士を結界に閉じ込め、戦力を削ぐこと……。つまり、貴女をここに幽閉し続けることこそが私の戦いなのです」


 続けてモナカはそう答えてくれた。剣士を足止めするってことは、どうやらお互いに目的は同じってわけね。


 ふん、それならむしろ好都合よ。増援の剣士を倒す役割を持った私としては一人を確実に仕留められるチャンスが巡ってきたわけなんだし。


 あとは敵の位置を把握出来れば良いんだけど……。

 聖癖章を使うことは相手に手の内を見せるも同然だから今使うにはちょっとリスキーね。


 場所を訊ねたら素直に教えてくれたりしないかしらね? まぁ流石に無理だろうけど、ダメ元で言ってみますか。


「ふーん、あっそ。それよりもモナカ、だっけ? あんたはどこにいるの?」


「先ほど天が示した先におります。貴女がきちんと従っていれば目の前にいるはずでしょう」


 うわっ、普通に居場所も教えてくれたんだけど。もしかして結構馬鹿よりの人間なのかしら? 


 それはそれとして、どうやらモナカはあの天井の切れ目が指した先にいるみたい。要は私の目の前ってことね。


 居場所が把握出来ればもう大丈夫。この壁一枚を越えた先に奴がいることは分かった。なら戦いを仕掛ける時は今!


 私は剣に聖癖章をリード。堅い結界が立ちはだかるけど、今の私にはそれを打ち砕く力がある!


「へぇ、そうなの。それじゃあ、私の質問を一つ訊いてくれる?」


「はい。何なりとどうぞ」


「あんたを倒すけどいい? 勿論いいえなんて言わせないから!」



【聖癖リード・『バブみ』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】



 炎陽えんように読み込ませた聖癖の力を承認。紫の光を纏う剣で障壁を一閃!


 それにより目の前の黒い障壁に一筋の線が走る。そして瞬く間に切れ込みから崩壊を始め、向こうの光が差す景色が丸見えになった。


「なっ、私の障壁がっ……」

「甘いのよ。あんたの壁なんか封印の前じゃ紙切れ同然! 覚悟しろ!」


 閃理さんがあの時貸してくれた二つの内、一つがこれ。日本支部が誇る最強の権能『封印』を宿した『バブみ聖癖章』!


 これがあれば権能そのものを無効化することが可能。脱出自体は簡単だったってわけ。

 さぁ、障壁の破壊に成功したら目の前にいるのは無防備のモナカ一人。このまま攻める!



【聖癖開示・『日焼け』! 陽射ひざす聖癖!】



「ブレード・デル・ソル!」


 即座に開示からの攻撃。炎陽えんようの刀身が赤く輝き、光の刃を作り出す。

 私が一番使い慣れている高威力の一撃を食らえ! 大振りの動きで敵に切りかかる。


「うっ……障壁展開・天使の盾アンジェロ!」


 が、相手も無抵抗なわけない。剣が命中する直前、咄嗟に防御技を発動していた。

 白い翼を交差させたような形状をした盾。それと炎陽えんようが激突。激しい光を放ちながら拮抗する。


「何という人でしょうか。神の言葉に耳を傾けることもせず、障壁を破って暴行に出るなど……!」

「いちいち聖女ぶって鬱陶しいわね! 一応言っとくけど、あの中すごい寒かったんだから。あそこに長時間いたら普通凍え死ぬってのよ!」


 至近距離での言い合い。私は黒い結界の中にいた感想を口にしつつ剣に力を込める。


 人を軟禁して人生相談をすると言っておきながら置かれた環境は最悪。私だったから良かったものの、普通の剣士でも長時間いたら流石に死ぬわ!


 善人ぶっといて他人のことを考えないのは馬鹿のすることよ。人を傷つける偽善者には消えてもらう!


「太陽に焼かれて消え失せろ、このクソシスタァ──!」


 真っ赤に輝く炎陽えんようを罵倒と一緒に盾へ全力で押しつける!


 盾も限界かしら? ヒビが入って今にも壊れそう。

 あともう一押し! このまま打ち砕いてやる!


「う、くぅ……なんて馬鹿力。このままでは……、好翳シャドウさん!」


 防御も限界に近付いた時、モナカは助けを求めるように誰かの名を叫んだ。

 そして次の瞬間、目を疑うような現象が発生してしまう。


 モナカの後ろから、どういうわけか黒い腕が伸び始めたの。それも一本や二本じゃなく、一目で数え切れないくらいに!

 一体アレは何!? どんな権能を使ったっていうの!?


「いっ……!? キャアッ!」


 そんな刹那の考えもつかの間。無数に延びる腕の群はあっという間に私と炎陽えんようを掴みまくって動きを封じ、それだけじゃなく持ち上げるまでしてきた!


 体勢を崩されたと同時に集中力を乱されたことで開示攻撃の光刃は消滅。さらに手放してしまった。

 逆さ吊りにされた私はそのまま結界の壁に押しつけられてしまう。


 一体どういうことなの? 一瞬の内に攻守が逆転しただなんて……。


「ほっ……助かりました、ありがとうございます」

「お前の防御が破られかけるとはな。影内なかから見て冷や冷やしたぞ」


 すると聞こえる男の声。どうやらそれはモナカのいる場所から出ているみたい。

 そいつの影から伸びる無数の腕。その根本が波打つように蠢いている。アレがシャドウ?


 そういえば──昨日閃理さんが言ってたっけ。フラットの部下には人の影に潜む剣士がいるって。もしかしてこの腕を出した奴が……!


「そこの影! まさかあんたの仕業ね!?」


「フッ、ご名答。俺は悪癖円卓マリス・サークル第六剣士『貧削フラット』様に仕える影。“影の聖癖剣士”こと『好翳シャドウ』。俺の居場所を言い当てるとは中々良い観察眼をしているな」


 モナカの影に向かって叫ぶと、案の定そこから何者かが声をあげる。そして、ぬうっと水面に浮かび上がるように黒装束の男が現れた。


 うわっ、何あの格好。目の部分だけ出した全身黒に身を包んだコーディネート、まるで忍者か何かね。


 シスターと忍者。どっちも黒い服装っていう共通点を持った二人が私の敵として立ちはだかるとは思わなかった。


「ふむ、乱暴な口調だが女か。どれ、一つ確認させてもらうぞ」

「シャドウさん……いくら敵とはいえ女性にそのようなことをするのは良くありませんよ」

「な、何するつもり……!?」


 何を企むのかシャドウが近付いてくる。

 そして目の前まで来ると不意に腕を掴まれた。ぐいっと引っ張られて思わず「きゃっ」と小さく悲鳴を上げてしまう。


 乱暴に掴み寄せた私の腕を顔に近付け、まじまじと観察するシャドウ。こいつ……何してるわけ?


「フッ、何だこの手は。いくら剣士とはいえ、ここまで潰れた肉刺まめだらけでは何の魅力も感じない。醜い手だ」

「んなっ。勝手に人の手を掴んだ上に馬鹿にするとかサイっテー!」


 この男……なんて言い草。女の子の手を無断で触っておいて吐き出した言葉がそれだなんて。


 確かに私の手はあんまり綺麗じゃないけど、でもこれは私が今日まで頑張ってきた証拠。

 この手を醜いだの何だのと馬鹿にされる筋合いはどこにもないってのよ!


「やはり女の剣士の手は駄目だな。どいつもこいつも肉刺まめだらけで美しくない。これならまだモナカの手の方がマシだ」

「この野郎ぉ……。そこ動くな! 人を馬鹿にしやがって。ぶん殴ってやる!」

「おまけに暴力女とは。フッ、呆れて物も言えん。モナカの手垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ」

「それを言うなら爪の垢では? それと女性に触れる際は一言断りを入れるべきです」


 うーわ、クソ腹立つ! すました顔でどこまでも馬鹿にしやがって!


 人なんて三者三様、十人十色でしょ。あんたにとってモナカがどこまで良い奴だと思っていようが理想それを人に押し付けんじゃないっての!


 今すぐぶちかましてやりたいものの、いくら動こうにも身体は影の手の拘束は外れることはない。

 早いとこどうにかしないとヤバいことに繋がりかねないな。考えろ、私。


「さて、どうする。この醜い手の女をここで始末してもいいんだが……」

「殺害は御法度ですよ。いくら私の権能が防御に特化した物とはいえ限度があります。それに神は殺生を好みません。このまま戦いが終わるまで拘束を続けるべきです」


 そうこうしている間に私の処遇を考える闇の剣士たち。

 でも……何も手段がない。いくら考えても今の私に出来ることが何一つない。


 手の影に捕まえられる時に炎陽えんようを手放して落としてしまってるから権能の行使は不可。まさに絶体絶命のピンチ。


 でも、そんなことで諦めたりしない。ここで負けを認めたら剣士としての名が廃る!


「ふっ、ぐ、おおおお……! こ゛んにゃろぉおお……!」

「フッ、無駄だ暴力女。その影は光が強ければ強いほど力を増す。今日の天気は快晴、故に影はより濃く、より強靭な物になっている。剣を手放している今のお前に抜け出すことは不可能だ」


 全力で拘束に抗うとシャドウは忠告をしてくる。この影がどんな性質をしているのかを。

 確かに今出せる全ての力を振り絞って抵抗してるけど動く気配は全くと言っても良いくらいに無い。


 あの説明も嘘じゃないってことみたいね。悔しいけどその点については『太陽』の権能である私をメタってる相性最悪の権能になる。


 それでも、まだ私は諦めない。最後まであがいてみせる! 諦めない奴に勝利の女神は微笑むのよ!

 諦めの悪さにため息吐かれようとも、そんなの関係ない。私はやる時はやる女だ!


 1対2、上等! 権能のメタ、上等! その程度の障害で立ち止まってなんかいられない。

 相手は悪癖円卓マリス・サークルじゃない。ただの闇の剣士。フラットの時と比べればこいつらは雑魚!


 一瞬で勝負をつけられてないだけまだ勝機は残ってる。私の力、ナメんじゃないってのよ!

 そして──諦めない私に奇跡は起きる!


「う゛っ、おおおおおおお!」

「なっ、俺の影手が……」


 ぐぐぐ、と私の右腕を掴む影の手を初めて押し返した! それに続き左腕のも同様に動かしていく。

 これに驚くシャドウ。そりゃ権能の強靭さに絶対の自信があるみたいな感じだったし、そうもなるか。


 でもこれを機に考えを改めるべきね。この世に絶対は無いってことを!


「だああああッ!」


 右手で左腕を掴む手を、左手で右腕を掴む手を交差するように掴み、私は全力で潰して引き裂いた!


 砕け散る影の手。影とはいえ権能の力で物体化していたからか、破片か紙切れのような断片になってから無に消えた。


 これで両腕は自由。足も同様、流石に逆さまになってるから上体を上げるだけでもきついけど、奇跡が起きた今の私なら問題ない!


 腕の時と同じように引き裂くことで私は落下。地面から二メートルも無い位置だったから身体能力強化の影響込みで無傷で済んだ。


「まさか俺の影を破るとは……。フッ、とんだ馬鹿力だ。モナカの防御が破られかけるのも納得だ」

「二人そろって馬鹿馬鹿うるさいわよこの馬鹿! あったまきたから絶対ブッ倒してやる……!」


 ついに拘束から完全に解放された私。自由を取り戻した以上、捕まってる間に言われたこと分の仕返しをしてやらないと気は収まりそうもないわ。


 地面を抉り飛ばすほどの踏み込み。この突然の行動に驚く暇も与えない。

 私は炎陽えんようの場所まで瞬時に移動して、勢いを殺しきれず地面を転がりながらもそれを回収する。


 敵の攻撃に囚われて剣を落とすなんて剣士として赤っ恥な行為よね。本当にごめんなさい。

 心の中で炎陽えんように謝罪をすると、刀身を赤く光らせて構えを取る。


 みんなに迷惑かけた分、それをここで取り戻す。二人の剣士を倒して汚名返上からの名誉挽回よ。


「さぁ、今度こそ正々堂々と勝負だ、闇の剣士! 私と炎陽えんようは──あんたたちなんかには絶対に負けないって証明してみせる!」


 大丈夫、怖くない。今は一人だけど、決して孤独なんかじゃない。

 今だってメルと凍原、そして悪癖円卓マリス・サークルに挑む焔衣と温温も頑張ってる。私だってそれは同じこと!


 私の真の戦いはここから始まる。仲間に心を支えてもらっているんだから、それに応えなくちゃね。

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